昼休みに俺、ケンスケ、トウジは屋上にいた。
教室でみんなでワイワイとするのも良いんだが、俺がエヴァパイロットだというのを知ってるのはケンスケとトウジだけだ。
その辺の事情を含めた会話をするときには屋上に行くことにしていた。
「センセ、今週の金曜日ゲーセン行かへんか?」
「別に予定開いてるけど、妹さんのお見舞いは良いの?」
「おかげさまで退院や、来週くらいから小学校に行くんちゃうか」
「よかったな」
「入院した時は『行かんとってー』とか言うてたのに、今やアイス要求しよるからなアイツ」
アニメ版ではトウジが参号機に乗る頃まで入院するほどの重傷だったが、こっちではそこまでのケガじゃないようだ。
「ここのところずっと暑いからなあ、今度、トウジの家に行くときはアイス持ってくよ」
「おっ、ええんか!」
「ほな、給料入ったらハーゲンダッツ買って持ってったろか」
「サクラの要求がどんどんキツくなるからやめーや」
ちなみにエヴァパイロットなって2か月目くらいの俺の給料は70数万あった。
「国際公務員すげえ」と思っていたのだが利用限度が設けられてひと月に使えるのは19万。
……大卒の一般曹候補生の初任給と変わらねえな。
一人暮らしなんで家賃・光熱費・食費で使うけどまだまだ残ってるので、お高いアイス数個くらい痛くも痒くもない。
「シンジ、トウジの関西弁移ってるぞ」
「俺も大阪住んでたことがあるから、時々出るんだよな」
「意外やなぁ、なんでこっちの言葉にするんや」
「トウジ結構目立ってるから、シンジはそれが気になって標準語にしたんだろ」
「ワシは目立つためにやってるわけやないわ!」
憑依前に使ってた河内弁いわゆる“関西弁”を使わないのは、長野県付近にずっといたシンジ君が流暢な関西のイントネーションで喋るのは無理があり、経歴調査や身辺監視の情報と食い違ってしまうからだ。
もっとも、一人称に“俺”と“僕”が混ざるのは、原作シンジ君を意識したからではない。
部隊配属後、ある陸曹に徹底的に
それまで、“俺”と“私”だった。
だが「自衛官は公僕なんだからインテリぶらずに僕と言え」という持論の下でそうなった。
だから、未だに上級者に対しては“僕”を使うし、柔らかな印象を与えたいときも使うようになったわけだ。
そんな人には言えない使い分けをしつつも、鈴原家の日常を聞く。
俺と一緒にトウジの話を聞くケンスケの手には今月号の『世界の艦船』があった。
憑依前に読んでいた雑誌という事もあって興味を引かれた。
「世界の艦船か……」
「今月から太平洋艦隊が新横須賀に向かって集結してきてるらしいぜ」
「リムパックでもやるのか?」
「何やそれ」
「“環太平洋合同演習”、国連海軍になる前から多国間で合同演習やってたのさ」
トウジの疑問に嬉々として解説を始めるケンスケ。
憑依前の世界では“西普連”(現:水陸機動団)が上陸作戦で参加していたなあ。
「さよか、ホンマにお前ら好きやなあ」
「でも、シンジは時々俺よりも詳しいからビックリするよ。でも、今回のは違うみたいだぜ」
「なんて?」
「今回は“キーストーン”演習らしいよ」
参加艦艇の出港写真を見ると、察した。
俺の居た世界の2015年には存在しない艦種が参加艦艇に居たのだ。
戦艦イリノイ・ケンタッキー、そしてロングビーチ級原子力巡洋艦だ。
アイオワ級戦艦は4隻ともすでに退役し、イリノイやケンタッキーは建造中止でいない。
これは演習という名目だが、実際はエヴァ弐号機を輸送しているのだろう。
弐号機を積んだ輸送船は、“謎の補給艦艇”という事で写真の端にちらりと映っているだけだった。
ある一枚の写真以外には全く映ってないから、おそらく何かの力でもかかったんだろうな。
「ま、新横須賀に来るのはもうちょっと先だろうな」
「またガッコ休んでまで見に行くんやろ?」
目を輝かせるケンスケを見たトウジが呆れたように言う。
「あたりまえじゃん! レアな艦ばっかりだぜ、な、シンジ」
「動く戦艦とか、骨董品みたいなもんだから一見の価値はあると思うぞ」
「そう! アイオワ級に、国連海軍になってから建造された空母オーバー・ザ・レインボー!」
「ワシにはよー分からんわ」
ミリタリー趣味の人間でもなきゃ兵器の価値なんて分からないよな。
ミサトさんと同居してないんでどうなるかは分からないが、アスカのお迎えで太平洋艦隊に行く機会があったら誘ってやろう。
「シンジ、空母オーバー・ザ・レインボーってどうしてその名前になったか知ってる?」
「合衆国海軍の
「予定されていたユナイテット・ステーツだと、一国の所有物というイメージが国連海軍的にダメなんだとさ」
「おいおい国名や大統領の人名はダメで、地名とかはオッケーなのか……」
ケンスケとオタクトークをしたり、ボケを振ってトウジのノリ突っ込みを体感する。
そんな男子中学生の時間を楽しんでいると、一人の女子生徒がやって来た。
「綾波だ」
「綾波ィ? どうしたんや」
普段、教室の端で誰とも話さずにぼうっとしている彼女がいきなりやって来たという事もあってトウジとケンスケは面食らっていた。
「お疲れ様、どうしたの」
「今日、起動実験があるから1700に作戦室に集合、それじゃ」
綾波とは何度もシンクロテスト中に会う事で一言二言話すようになった。
ここで幾多の二次創作主人公であれば、ずかずかと踏み込んでいって出生の秘密やらなんやらを聞き出したうえで、孤独を解決していくのだろう。
しかし、俺はそれ以上踏み込むわけでなく距離の遠い同僚といった間柄であり、こうして事務的な連絡以外はあまり喋らない。
「綾波もパイロットだったのかよ!」
「ヘンな奴やとは思っとったけど、エヴァのパイロットやったんか」
「おい、エヴァのパイロット変人説はやめろ、マジで」
とりあえず否定こそしたものの、考えれば考えるほどまともな奴がいないことに気づいた。
綾波レイは使徒だか何だかのクローンで容姿は碇ユイに似ているといった、人類補完計画のキーマンであるゲンドウの趣味のもと? 生み出された女の子だ。
ゲンドウとの絆しか知らず、暗い団地で一人過ごしてきた子にまともな対人関係や応対能力を求めちゃいけない。
続いて、惣流・アスカ・ラングレーだが、母親の精神崩壊によって孤独感から承認欲求を募らせ、裏返せば自分の存在意義を見失っているわけで、母に認められたくてエヴァに執着するようになる。
結局母親は自殺、残ったのはプライドと承認欲求が高くてエヴァにしかしがみ付けない少女だけ。
最後に原作シンジ君だが、母は行方不明になり唯一残った父は自分を捨てて、自分の都合で呼び出してくる。
現地の大人や周囲の人々が求めるエヴァパイロットであるうちは自分の居場所があるので従順に従って波風を立てないように、嫌われないようにという処世術を持った少年。
だけど、あるポイントを超えると頑固に、自分を貫き通そうとする強さも持っている。
シンジ君自体は普通なんだけど、周りがことごとくクズ過ぎる。
「おい、シンジ、どうしたんだよ」
「ああ、でも、考えたら周りの環境がなぁ……」
どうやら考え込んだのが顔に出たらしく、ケンスケがのぞき込んできた。
「なんやそれ?」
「大人の都合であっち行け、こっちに行け、エヴァに乗れって振り回されるんだよな」
「センセも苦労しとるんやなあ」
「でも、エヴァのパイロットとか憧れるよな!」
「ただし、上司である父親は権力を持っていて自分勝手な事ばかりいうものとする」
「オヤジさんと仲悪いんかいな」
「マジで?」
「そう、だから預け先から『乗れ』で呼びつけられて来たんだよ」
俺自身はどうとも思っていないが、ケンスケとトウジは碇家の家庭環境を察したようでばつの悪そうな顔になった。
「シンジ、悪い、無神経な事ばっかり言っちゃって」
「そやったんか」
「ま、それでも乗ると決めたのは俺の意志だし、気にしないで」
昼休みが終わって階下の教室に戻ると、綾波は窓辺の席で相変わらずぼうっと外を見ている。
連絡があったから、そのためだけにわざわざ屋上に上がって来てくれたのか……。
「綾波、さっきはありがとう」
「構わないわ」
綾波は窓の外からこちらに目線をやると、それだけ言ってまた意識を外へと向けてしまった。
きょうEVA零号機の起動実験か、上手くいくといいな。
授業が終わり、俺は綾波と別行動でネルフ本部に直行だ。
まあ、ミサトさんと同居してるわけでもないし綾波のマンション訪問イベントは起こらないだろう。
「シンジ君、おつかい頼んでいい?」
「なんですか?」
「レイに新しいパス渡すの忘れたから、届けてくれない?」
「了解」
本部の廊下でそんなことを上司に言いつけられ、俺はゲートまで戻ることにする。
同居してるわけでもないのにおつかいを頼まれ、綾波にカードを渡しに行くとはねえ。
「ところで、なんで渡すのが期限切れ当日なんですか……」
「ごみん! 正直なところ、レイと話すきっかけになればと思ってェ」
「時間的にゲートで困惑してるだろうし、助けに行きますよ」
俺が正面ゲートに向かうと、何度挑戦しても読み取りエラーが出て入れず困惑している様子の綾波がいた。
「どうして?」
声色やリーダーを通す手に、いつもの無表情ではなくわりと焦っているのがよくわかる。
人間味があってかわいいけれど、いつまでも困っているのを見て楽しむ趣味は無いので声を掛ける。
「そこでお困りの綾波さん、新しいパス持って来たよ」
俺の手から新しいパスを取った綾波はその流れでリーダーに通した。
ピッという電子音が鳴り、シャッターが圧縮空気の力でシュッと軽やかに開く。
ゲートを抜けると、長いエスカレーターに乗り地下深くの実験場に向かう。
ミサトさんや赤木博士がどういう意図で俺と綾波の関係を近づけたいのかわからないけど、せっかく機会を貰ったんだから有効に使うとするか。
「そういえば、この後実験だよね」
「そう」
「綾波さんはどうしてエヴァに乗ってるの、アレ結構怖くないか?」
「どうして?」
「よくわからないところも多いし、いつも制御受け付けないイメージだから」
アニメではマヤちゃんが「ダメです、信号拒絶」とかよく言ってるなと。
あっ、でも今は零号機の一件と第三使徒戦の二件目だけだったな。
「そう、平気」
原作シンジ君のやり取りを思い出しつつ、どうやって話を引き出そうか思案する。
単身赴任であまり会えない娘に「最近、学校どうだ」と聞くしかできないお父さんか俺は。
「あなた、碇司令の息子でしょ。信じられないの、お父さんの仕事が」
なんと父親の立場ではなく、むしろ言われる(はずの)立場だった!
もし、ユイ似の一人娘レイだったらゲンドウはどうしてたんだろうな。
赤い瞳で見つめる彼女に、俺は少し考える素振りを見せて言った。
「長いこと会ってないからなあ、わかんないや」
「どうして?」
「人を信じるには、時間と実績が必要なんだよ。たとえ血が繋がってようが、いまいが」
「そう」
引っ叩かれることはなかったけれども不思議なものを見るような、そしてどこか寂しそうに見える表情だった。
それきり綾波と俺の会話は途切れ、起動実験まで一言も交わすことなく過ごした。
「シンジ君がレイに渡してくれたのね、ありがとう」
「ところでシンちゃん、レイと何か話した? どうだったの」
「ミサト、年頃の男の子にそういうのは却って逆効果よ」
「話題に困りました。共通の話題もエヴァかネルフのことしかないし」
「そうねぇ、レイって独特だもんね~、この中で付き合い長いのってリツコくらい?」
「私もレイのことを深く知っているわけではないわ、シンジ君、頑張ってね」
仕組んだであろう赤木博士、ミサトさんに茶化されながらも起動実験は進んでいく。
エヴァ零号機は無事に起動し、いよいよ戦列に加わることになった。
房総半島方向より第5使徒襲来。
葛城一尉、赤木博士、エヴァパイロットは作戦室に集合し、作戦会議を始める。
「目標は正八面体で移動形態は飛行している模様」
「観測所からの映像回します」
日向さんと作戦課員の男がモニターに観測所からの中継映像を表示した。
ピラミッドを上下にくっ付けたような青く輝く巨大な八面体が空を滑るように飛ぶ。
航空力学や流体力学といったものに正面からケンカを売るような光景に使徒の非常識さを実感する。
「またでっかいわねー、攻撃手段は?」
「スクランブル発進した国連軍の戦闘機が接触しましたが不明です」
国連軍提供の写真には、手も足も、生物的特徴でさえない無機質な使徒が映っていた。
そして、撮影機のF-15J戦闘機が映り込んでいたことから表皮は光を跳ね返す鏡面のようだ。
あれ、一定範囲の空間に侵入した物を自動で排除するんじゃないのか?
「とりあえず、エヴァを用いた威力偵察を実施しましょうか」
「葛城一尉、意見を具申します」
「シンジ君、どうぞ」
「攻撃手段の解明に唯一の主戦闘力をぶつけた場合、敵が想定より強烈だった場合には戦闘能力を失います」
「難しいこと言うわねシンジ君、つまり、どういう事?」
「無人兵器群があればそういった物で威力偵察をし、攻撃手段と威力を見極めたうえで対処したいという事です」
今回は特に中学生らしからぬ発言に、作戦課員がざわつく。
なりふり構わず開幕加粒子砲の回避にかかっていた。
シンジ君のキャラどころか、いつもの大人びたミリオタ少年でさえないけど、ここは何としてでも回避したい!
「無人兵器群ねえ……赤木博士、何かいいものあったっけ」
「エヴァに似せたバルーンがあるわ、光学的手段で脅威を識別できれば有効ね」
「あと、高火力なものといえば自走臼砲ですかね」
「レーザーの撃てる“列車砲”ねぇ、A.Tフィールドの強度測定には十分だわ」
原作アニメでみた初号機型のバルーンデコイ、そして列車砲を使ってはどうかという意見が出てきた。
ひょっとしてミサトさんの“威力偵察”案が素通りしたがゆえに開幕加粒子砲が行われたんじゃ?
「列車砲、そんなものまであるんですか……」
「そうよん、まあ今回みたいに図体がデカくないと狙えないけど」
射撃後、射点が暴露するのよねというミサトさんに日向さんがメガネを怪しく輝かせて言う。
「葛城さん、直射火力だけで不安なら斜面のVLS群も使いますか?」
「そうね、出し惜しみをして負けたら元も子もないわ」
山の影に隠れた垂直発射機から地対地誘導弾を発射、地形追随飛行で発射点を秘匿し迎撃させにくくするという巡航VLS射座などもあるようだ。
わりとなんでもあるなネルフ。そのうちイージスアショアなんかも出来るんじゃないか?
あれやこれやと案が出る作戦会議に、ひとり置いて行かれそうになっている赤木博士が言った。
「そもそも、使徒はどうやって外界を識別しているのかしら」
眼球などの感覚器官も外部からは確認できず、飛行ルートも第三新東京市に迷いなく向かうルートを選択している。
いたずらに刺激したからといって効果があるのかどうかわからない。
赤木博士はそういって、威力偵察を過信しすぎるなという。
おそらく本部地下のアダム、エヴァ(第二使徒リリス由来?)の何かに反応する本能を持っているんじゃないかと疑っているんだろう。
俺の原作知識もあやふやだが、“知っている”彼女がそういったところに目を付けているのは無理もなさそうだ。
「エヴァの出現に応じて戦闘態勢に入っているってことですか?」
「その可能性は否定できない、とはいってもまだ三体目だから判断するだけの情報が無いわ」
「つまり、リツコでも分からないって事ね」
通常兵器よりエヴァへの攻撃を優先するかどうかを知るには同じような状況が必要だが、第3使徒、第4使徒とも状況が違い過ぎる。
国連軍と肩を並べた共同作戦で、あきらかに国連軍兵器を無視してエヴァに攻撃するような状況が何度もあれば“エヴァ脅威優先説”が立証できるけど、原作テレビ版でさえエヴァと通常火力の共同作戦で使徒殲滅に至った例が少なすぎだ。
……自沈させた戦艦による零距離砲撃というトンデモくらいか?
やっぱり、今後の為にも使徒の判断基準は知っておきたい。
敵は芦ノ湖上空に差し掛かっているようで、手元の情報機器には発進口の一覧が表示されていた。
そこで俺は山の斜面に設けられた発進口に目を付けた。
「葛城一尉、この擬装発進口より発進、目標がエヴァを何らかの方法で識別しているかどうかの検証もやりますか?」
「グッドアイディア、でもどうしてその発進口なの」
「ここは稜線の向こう側なんで、敵側から何らかの射撃があった場合、直ちに我が方斜面に退避できるからです。最悪、
「逃げてばっかじゃカタはつかないわよ、シンジ君」
「出撃即あぼーんじゃ話にならないんで、敵の攻撃方法見てから考えませんか?」
空地一体となった陽動部隊が敵に対して陽動を仕掛け、その間にエヴァ初号機が擬装発進口より展開する。
__そして陽動に失敗した場合、目標に対しライフルで射撃して威力偵察もしくは中・長距離戦闘を行う。
作戦室を出ると俺はエヴァ初号機に乗り込み、発進を待つ。
零号機はまだ実戦に耐えないとして今作戦は初号機のみで行う事となり、綾波は俺がプラグに乗り込むまでじっとこちらを見ていた。
相変わらず何を考えてるのかわからないけど、お見送りまでしてもらったんだから生きて帰らなきゃな。
「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフの後自走してハッチまで向かってください」
「了解」
エヴァ初号機が発進口の手前で待機すると作戦が開始され、プラグ内に観測所の映像が流されはじめた。
棒立ちの初号機等身大ダミーバルーンが三隻の高速艇で曳航され、向かっていくのが見える。
「エヴァ初号機、発進口より射撃地点へ前進せよ」
「了解」
アニメでエヴァ零号機がよく持っていたスナイパーライフルを持って初号機は稜線に伏せる。
森の中に紫の巨体と長い銃身があれば良く目立つので擬装網か何か掛けたいけれど、ない物はしょうがない。
出た瞬間、ズドンとやられないところを見ると、エヴァを視認する必要があるのか?
「目標内部に高エネルギー反応!」
次の瞬間画像が真っ白になり、高速艇とダミーバルーンが“消滅”していた。
「敵加粒子砲命中、ダミーバルーン消滅!」
「次っ!」
山中に設けられた複数のVLS射座が火を噴き、数十発の地対地巡航ミサイルが山肌を縫うように飛んでゆく。
低く、低くプリプログラムされた地形追随飛行と、湖側ではシースキミング飛行で飛ぶ。
第三新東京市上空の奴目掛けてホップアップ機動を取ろうとした瞬間、スリットより光が放たれた。
右から左へと48度、13秒間にわたってミサイルを薙ぎ払うように連続放射したのだ。
ここはテレビ準拠で新劇のようなトンデモ変形が無かったことに安心した。
「次!」
トンネルから出た自走臼砲がビーム砲を発射するも、使徒は強固なA.Tフィールドであっさりと弾き返して射点を加粒子砲で狙撃した。
「射撃、目視できるほどのA.Tフィールドで弾かれました」
「自走臼砲、消滅。湖岸トンネル内部で火災発生」
日向さんと青葉さんの報告に、発令所内がざわめくのを通信越しに感じる。
「無人攻撃機編隊、あと4分で攻撃位置に到着します。初号機、射撃準備良いか?」
「初号機、準備よし」
「作戦中止! 無人攻撃機編隊と初号機を回収して!」
最後に本命であるエヴァによる射撃が行われようとしていたが、的も小さい列車砲が的確に撃ち返された段階でミサトさんによりストップが掛かる。
下手に撃って応射されたらシャレにならないのがハッキリわかったからだろう。
「これまで採取したデータによりますと、目標は一定圏内に侵入した外敵を自動排除するものと推測されます」
「スクランブル発進した戦闘機は、外敵だとみなされなかったんでしょうな」
「ダミーも
「脅威判定関係なしの無条件攻撃だったら、移動経路上を火の海にしてますよ」
「強固なA.Tフィールド、威力と精度に優れた加粒子砲、同時多目標迎撃能力も持つ……まさに攻守ともにパーペキね」
作戦部の職員たちが意見や見解を述べ、葛城一尉が総評を行った。
一方、使徒はあらかた脅威を排除したとばかりに本部直上ゼロエリアに進出すると掘削を始めた。
底から伸びる赤黒いボーリングマシンでゴリゴリとジオフロント目掛けて掘り進んでいる。
エヴァから降りて再び作戦室に戻った俺は、エナジードリンクを片手に作戦会議に参加している。
「N2爆雷による攻撃は?」
「MAGIの計算によると、目標のATフィールドを貫くには、ネルフ本部ごと破壊する分量が必要と出ました」
「松代のMAGI2号も同じ結論を出したわ、国連と日本政府はネルフ本部ごとの自爆攻撃を提唱してきたわ」
「対岸の火事だと思って好き勝手言ってくれちゃって、ここを失えばすべて終わりだというのに」
日向さんと赤木博士がMAGIの試算と、日本政府の回答を報告する。
つか、日本政府はそれでいいのか……どうなってるんだ政権与党、誰だよ総理大臣。
「使徒のシールド、現在第3層まで掘進中」
「今日までに完成した22層の特殊装甲板を貫通して本部到達予定時刻が、明朝午前0時16分です」
「おおよそ10時間弱ね」
青葉さんの報告に、残り時間があまりないのがわかる。
「零号機は調整中の為実戦投入不可能、唯一の戦力である初号機も接近不可能」
「まさに八方塞がりですね」
現在の状況を読み上げていく日向さんに対し、一言でまとめるマヤちゃん。
「白旗でも上げますか?」
「いっそのことジオフロント内で待ち伏せて、装甲板抜けてきたところをエヴァ二機で袋叩き」
「シンジ君、特殊装甲を抜いてくるような相手に近接戦ってできると思うかい?」
「すいません、冗談です。あの巨体じゃナイフもコアまで届きそうにないや」
白旗でも上げますか? なんて言ってた日向さんにツッコミを入れられる。
そのとき、ミサトさんが何かを閃いたようだ。
「日向君、確か、戦自研の極秘資料、諜報部にあったわよね」
「えっ?」
「戦自研?」
「あそこにはいくつか貸しがあるのよ」
それからあっという間に解散し、ゲンドウと日本政府の許可が下りたミサトさんは戦略自衛隊の研究施設に乗り込んでいった。
戦略自衛隊つくば技術研究所、俺の居た世界には無い組織なのでよく分からない。
しかし、名称的に“技術研究本部”や今でいうところの“防衛装備庁”のような組織だろう。
アニメで見た時に思ったけど、何と戦う気であんな超巨大な陽電子自走砲作ったんだろうな。
実際完成したところで、機動性もなくて速い対象に即応できないうえに航空攻撃の格好の的ってところだろうが。
あっ、使徒の存在、セカンドインパクトの真相が上層部の間で公然の秘密だったからか。
ミサトさんが超兵器の徴発に行ってる間、エヴァパイロットに課せられた任務はというと待機室での休息だった。
“ヤシマ作戦(仮称)を実施するために休息し、ポジトロンスナイパーライフル(仮称)の改造作業に合わせ技術部が作成したマニュアルを熟読してイメージトレーニングをする。”
正確には休息と、イメトレやってねというのが任務らしいが教本となるモノが無いのでただ、時間を潰すだけである。
この間原作シンジ君は心停止から生死の淵をさまよってたわけだ。
案内された部屋は自衛隊の警衛所みたいな雰囲気で、簡易ベッドとサイドチェスト、ロッカー、更衣用の衝立が備え付けられていた。
サイドチェストには目覚まし時計と電気ケトル、ロッカー上に増加食のカップ麺が置かれており、夕食もここでとってくれという事なのだろう。
プラグスーツを脱いで、ネルフ支給の黒ジャージに着替えた俺は簡易ベッドに横たわり、天井を見上げる。
こうしている間にもはるか上の地表では作戦課や技術局だけでなく施設部隊、ネルフ以外にも戦自に電力会社と官民問わず多くの人々が与えられた任務を果たそうと奔走しているのがわかる。
すべては使徒を貫く一撃のために。
そんなときに綾波とふたり、何もできずに時間が過ぎるのを待つのもつらいな。
「とにかく、寝るか。綾波、なんかあったら起こして」
「構わないわ」
俺はそう言い残すと、少しだけ仮眠をとる。夢は見なかった。
暴露=自衛隊用語で敵に企図や位置などがバレる事。例:遠方より我の位置を暴露する。
西普連=西部方面普通科連隊、WAIR。相浦駐屯地に所在する日本版海兵隊。水陸機動団へと改編された。