エヴァ体験系   作:栄光

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番外編:怪生物現るの第2話です


湖のほとり

 謎の移動物体が広大な芦ノ湖の中にいるらしいという事が分かった。

 しかし、沿岸への立ち入り制限などがされることもなく、エヴァパイロットは警戒シフトに移ることもなかった。

 

 そう、人が襲われて喰われるといったような被害が現在のところ出ていないのだ。

 日重の水中探査機アシュラが行方不明であって、その外装のようなものが動画に映った、それだけだ。

 手掛かりの無いツチノコを探すような話だから、エヴァ起動について内閣の承認が降りるわけもない。

 一回起動するだけで約四億円、戦闘行動で十数億円かかるエヴァをアテもなく起動することなんてできないのだ。

 

 運用支援部2部の職員は各機関と連絡を取って、芦ノ湖の怪生物の情報を収集していた。

 海上自衛隊のSH-60K哨戒ヘリコプターのディッピングソナーによる捜索や、神奈川県警察水上パトロール艇が動員され、水中に湖底を徘徊している何かがいるらしいというのは判明した。

 よく分からない水中雑音がして、時々湖底の砂が巻き上がって濁る様子を確認したところまではよかったが、それが何であり目標である怪生物なのかまではわからずじまいだった。

 

 シンジとケンスケ、トウジは放課後、学校の裏手にある岸で枯葉を集めて焚火をしていた。

 体育館裏に捨てられていたパイプ椅子を拾ってきて修理し、三人のたまり場にしているのだ。

 

「最近カヲルのヤツ学校休んでばっかやな」

「カヲル君は出張だよ、例の件がらみで」

「ああ、ここんところソロキャンに行く暇もないって言ってたなアイツ」

 

 カヲルは今日も学校を休み、某所に出張に出かけている。

 そして高校生をやる以上、出席日数は計算済みである。(リツコが)

 なお、アスカは大卒であるため、学校には通わずに特災研で常勤職員となっている。

 

 低く垂れこめた鉛色の空、雪のちらつく芦ノ湖を眺めながら雑談をする。

 夏は山と湖で冷やされた涼しい風が吹き抜けて快適だが、今の季節は吹きっさらしで寒い。

 

「やっぱり冬はめちゃくちゃ寒いなぁ、だから焼き芋が美味しいんだよな」

「もっと燃やさなあかんのちゃうか」

「フッフッフ、こんな事もあろうかと、こんなものを拾っておいたのさ!」

「ケンスケ、うわ、どっから持って来たんだよコレ」

「進路指導室の大掃除の時に纏めて捨ててたから、パクってきたんだよ」

 

 最初は退色した赤本の表紙を剥ぎ、ページを千切って火に投げ入れていたが、次第に火が強くなって来ると丸ごと投入する。

 シンジが燃料として校舎の隅の吹き溜まりで拾った乾いた枯葉や、ケンスケがごみステーションから拾ってきた大量の赤本を焚火にくべるといい感じに燃えていく。

 パチパチと炎が揺れて紙とインクが焼ける匂いが辺りに広がり、黒煙が上がるが気にする者はいない。

 

 「ダイオキシンが健康に影響を与えるので焼却炉を廃止しよう」なんて意見は、混乱によって石油輸入が一時ストップしてしまった後の強烈な燃料難、食糧難で始まった苦難の時代、ポストインパクト世界では主流にはならなかったのだ。

 先進国といわれた国に安定が戻って豊かになり始めた10年代にようやく環境問題に目が向けられるようになったとはいえ、まだまだ環境意識より目先の生活という者も多いのである。

 

「なあケンスケ、ホンマにアッシーなんておるんか」

「居るよ、だって俺見たもん」

「テレビでやっとったアレやな」

「アッシー探しはともかくとして、日重の水中探索機が行方不明だから、今捜索やってるよ」

「それ、特災研がやる事かいな?」

「ケンスケの特ダネがあったから、ウチに出番が回って来たの。よく分かんない生き物と戦えって」

「でも、怪生物ってロマンだよな! ネス湖のネッシーとか、チュパカブラとか」

「ネッシーはわかるけど、チュパカブラってなんやねん」

 

 ケンスケは俯き、焚火でメガネを怪しくキラリと輝かせる。

 

「そう、奴は真夜中に現れて家畜から生き血を啜る、赤く光る眼と鋭い爪が特徴で血を吸われたヤギは……」

「やめーや! ションベンちびったらどうすんねん!」

 

 おどろおどろしく話すケンスケ、トウジはフザケ半分で怖がって見せる。

 シンジはというと「昔テレビでやってたよな、懐かしい」と思った。

 

「プエルトリコの生き物だし、こんなところには居ないだろさすがに」

「わかんないよ、セカンドインパクト後の天変地異で藪の中から……」

「ジュパー!」

「うわぁああ! ……って脅かすな!」

 

 シンジは両手の指を鉤爪のように曲げて、勢いよく振り上げてみせる。

 

「ほとんど声と勢いだよな……チュパカブラってなんて鳴くんだろうな」

「ケンスケ、それを歌にしてみたらいいんじゃないか?」

「そんな歌誰が聞くねん!」

 

 シンジは『The Fox』というキツネの鳴き声について歌った曲がどうしてヒットしたのだろうかと考える。

 

 三人で焚火を囲んでバカ話をして笑っていると、ボボボボという原付バイクの音が聞こえてきた。

 そこにいたのは厚いモスグリーンの防風防寒コートに赤いマフラーを巻き、猫のアップリケのついたヘルメットバッグを肩から下げたレイであった。

 暖房の効いた電車通学組と違い、寒風荒ぶバイク通学生は総じて重装備なのだ。

 駐輪場は校舎を挟んで反対の方向で、いつもまっすぐに帰る彼女がどうしてこんな校舎裏に来たのだろうか。

 

「どないしたんや?」

「珍しいじゃん」

「綾波、帰ってなかったの?」

 

 レイは押していたスクーターのエンジンを切り、スタンドを立てる。

 

「碇君、非常呼集」

「非常呼集? 携帯は鳴ってないけど」

「これから鳴るわ」

 

 レイが言い終わって十数秒もしないうちに電話が鳴った。

 緑色の液晶画面を見ると、“カツラギミサト”と発信者が表示されている。

 

「はい、碇です」

「あっ、シンジ君、1800に運用室に集合ね」

「了解」

 

 電話の様子からして緊迫したムードの緊急事態という感じではなく、何かあったからすぐに集まってねくらいの感じだ。

 

「お呼び出し、ゴクローサンやでホンマ」

「かつて使徒から地球の平和を守った名パイロットはいま……」

「親方日の丸、ただの特別職国家公務員だよ、じゃあ俺、行くわ」

 

 トウジとケンスケにシンジは笑いながら手をヒラヒラと振って岸辺を後にする。

 学校から特災研へ直行できるレイと違って、電車を乗り継ぐと40分は絶対かかるのだ。

 

「シンジ、行ってもうたな」

「この芋、どうすんだよ……トウジ、持って帰る?」

「おっ、ええんか?」

 

 シンジが焼き芋をしようと買っていた安納芋6本を置いて行ったので二人で分ける。

 ひとり3本だが、ケンスケは気を利かせて自分の分からトウジに2本渡した。

 

「サクラちゃんにあげなよ、芋、好きだろ」

「なんで知っとんねん」

「こないだの集まりで、スイートポテトほとんど食べちゃったじゃないか」

「アレかいな」

 

 先々週トウジ宅に集まった際に手土産としてシンジが持って来た10個入りのスイートポテトのうち、ケンスケとトウジが食べた数よりサクラが食べた数のほうが多いのだ。

 なお、シンジは年下の女の子に甘く「どんどん食べてよ」と言ってひとつも食べていない。

 

「センセはサクラを甘やかすからなあ、『シンジさんがお兄ちゃんやったらええのに』とか言うんや」

「シンジが兄貴か、楽しそうだよな……」

 

 そんな会話がなされていると知らず、シンジは電車に揺られて運用室(元、作戦室)に向かっていた。

 

 更衣室で制服に着替え、運用室でアスカや先行していたレイと合流したシンジは、ミサトに連れられて大会議室へと入った。

 そこには紺色の勤務服のほかに、防衛省の幹部自衛官、新迷彩作業服に身を包んだ戦自隊員やら警察官と様々な機関の職員が座っていた。

 

 各機関の情報職種や公安系警察官などが芦ノ湖に潜む怪生物について様々な方面から調査をした結果、ある研究所に行きついたという。

 人工進化研究所時代に作られ、ゼーレの息の掛かった人員によって運用されていた“7号分室”の()()()が3カ月前に実験体を芦ノ湖に放ったらしい。

 シンジ、レイ、アスカはネルフの闇の部分をある程度知っているため、あまり驚きはない。

 

「赤木博士、それで実験体とはどのようなものですかね?」

「はい、私たちが開発していたダミープラグのための生体部品と、使徒の体細胞を復元した生体部品サンプルを()()()()()()ものだと聞いております」

 

 野に放たれたモノがどういうものか今一つよくわからないと防衛省の職員が尋ねる。

 リツコは警察からの、いや、ある警官からの情報提供によって得た情報を開示する。

 

「つまりは……使徒のようなもの、ということですか?」

「現時点では何とも言えませんが、おそらく、そういった性質を持っている可能性はあると」

 

 リツコにもわからないのだ。

 

 なにせ、情報源は捜査関係者からの又聞きであるし、それも実験体を放った峰生(ほうしょう)チグサという女性研究者の証言と、発見された破棄されたはずの資料の一部。

 そして盗まれていたゲンドウの右手のアダム……という状況証拠のようなものしかない。

 

 レイクローン技術で培養されたアダムの胎児はどうやら人の細胞などとかけ合わされ“神の子”として誕生するはずだったらしい。

 しかし、生まれてきたものは人の形をしていない化け物だったという。

 公安警察に関東最後のゼーレ残党拠点が摘発されるという段になって、グループは国外逃亡を決心して実験体の破棄を決めた。

 そのとき最後まで反対したのが主任研究員であった峰生チグサ(37)であり、破棄するという決定が覆らないとなったとき、彼女は実験体を芦ノ湖へと放ったのだ。

 

 その話を聞いた人の作りし使徒の成功例であるカヲルは「ガフの部屋に魂がなく、使徒の因子を持った模造品にしかならない」と言い切った。

 しかし、“使徒の因子を持った何か”にはなっているわけで、それがどんな能力を持っているかまでは誰にもわからないのである。

 フラスコの外に出たホムンクルスが死ぬように何らかの安全策はないのかと期待したが、どうもそういうものは備え付けられてなかったらしい。

 

 なにより、成功作たるカヲルとレイが2年以上も人生を謳歌しているのである。

 シンジやアスカ、レイはゼーレの妄執というかヒトの業というものをまざまざと見せつけられ、実験体がかわいそうだと思っていたが他の面々にとってはそういう存在ではない。

 

「おいおい、地下水道の白いワニどころの騒ぎじゃないぞ」

「拳銃、効かないってこと? それじゃあ警察力じゃどうにもならんよな」

 

 ある警察官が言い、その上司である警部補が戦自や防衛省職員の方を見る。

 「自衛隊さん、出番ですよ」という目だ。

 

「住民の居る市街地で重火器を用いた市街戦なんてねえ……」

「そもそも、使徒のようなものというとA.Tフィールドがあるんじゃないか?」

「一度戦ったことあるけど、アレは戦車砲で抜けんなあ」

 

 いっぽう、防衛庁時代に使徒に煮え湯を飲まされ続けた彼らも、よくわからない相手ということで特殊災害研究機構のメンバーへと目線をやる。

 

「ウチもネルフだった時と違って、ポンポンエヴァ動かせないもんでね。すみませんねぇ」

 

 ミサトはそう言って戦略自衛隊の幹部自衛官や防衛省の職員に釘をさす。

 初動対処からエヴァを投入していたら予算が何億円あっても足りないし、さらに大掛かりな修理が発生したら単独管理者となってしまった日本政府が財政破綻する。

 エヴァの管理、独占について諸外国からの干渉を受けなかったのはこの点にあるのだ。

 S2機関やらN2リアクターなんて超技術でエネルギー問題を解決したスタンドアローン型兵器なら脅威であると干渉されたかもしれないが、電気代や維持費で莫大なコストのかかる有線電源稼働の“専守防衛用人型決戦装備”をわざわざ欲しがる所などなかったのだ。

 

 同じ金を出すならまだ国産空母や弾道ミサイル開発の方がマシであるし、そもそも口を出してきそうな国は補完委員会の影響下において自国のネルフ施設でエヴァ量産機を作り、大損しているのだから欲しがるわけがない。

 エヴァは平時においては金食い虫、さながら双六系電鉄ゲームにおける貧乏神である。

 

「パイロットの意見としては、どうかな」

「実験体が何食べて生きてるのかにもよりますけど、A.Tフィールドが強靭な使徒なら永久動力機関積んでいるので食事は不要ですし、人が喰われたとか被害が出ないようなら静観で大丈夫かと」

「シンジは放っておきたいようだから、アタシが言ったげる。エヴァ使いたいなら水の中から引っ張り出してからにしなさいよ。そしたらいくらでもボッコボコにしてやるわ」

「碇君、ご飯を食べないとお腹がすくわ……そういう、身体だもの」

「悪い、綾波」

「実験体は私たちよりも不完全だから、エネルギーは作れないはず」

 

 シンジは実害がなければ別にいいんじゃないかというスタンスで、アスカも放っておいていいんじゃないかと思っていたが、どうしても討伐したいならB型装備で水中戦なんて無茶なことはしたくないので陸に引っ張って来てからにしろと言った。

 一方、レイの見解はゲンドウの腕に癒着したアダムの細胞から取った遺伝子と自身のクローン体のデータから取った遺伝子を組み替え、合成事故を起こしたような存在だからかつての使徒のような強靭さと自己完結能力は無いというものだ。

 

「そういえば、渚のヤツはどこほっつき歩いてんのよアイツも高校生でしょ?」

「渚君はレイの代わりに研究所の跡地へ行ってるわ」

「あ、そう。アイツなら襲撃受けても大丈夫だもんね」

 

 出動服装である戦自迷彩作業服に身を包んだカヲルは、運用支援部の職員や数人の警察官とゼーレの置き土産の建物に突入していた。

 リツコ曰く、使徒としての知見から何か手掛かりが掴めるのではないかという事だったが、8割ほど人員を守る盾としての役割である。

 

「ふうん、これが……この世界は悲しみに満ちている。けど、それがリリンの選択だ」

 

 カヲルは落ちていた写真を拾い上げると、遺棄された研究所のメインコンピューターにアクセスし始めた。

 ピッ、という電子音と共に電力供給の無いはずの電子ロックキーが開き、隠し部屋への道が現れる。

 階段を下りていくと、ピーンという金属音がしていきなり何かが飛び上がる。

 地下からの爆発音に同行していた警官と職員が声をかける。

 

「凄い音がしたぞ、大丈夫か!」

「大丈夫ですよ、だから待っててください」

 

 闇の中に仕掛けられたトリップワイヤや感圧板と連動して跳ね上がる「Sマイン」と呼ばれる対人地雷が作動したのだ。

 散弾を間近で受けてなお無傷で、平然とカヲルはパンパンと埃を払う。

 

「Sミーネか、僕が来て正解だったね」

 

 乗るべきエヴァの無い彼は使徒の力と合わせて近接格闘から銃器の扱いまで習得していることから「見た目は少年、中身は戦艦並みのパワー」と評される究極の戦闘要員になっていた。

 普段ブラブラ遊び歩いているように見えるけれど、本省の調査室に戻った加持やマナ達運用支援2部と共に情報収集に参加しているのである。

 

「疑わしきはIEDだから爆破ってシンジ君は言うだろうね」

 

 カヲルはシンジから対テロ戦争の話を聞いていたから、腰だめに構えたM870をコンソール下に置かれていたアルミのゴミ箱に向かって撃つ。

 12ゲージ弾によって穴だらけになったかと思えば、次の瞬間爆発した。

 中に手榴弾が仕掛けられており、少しでも動かすとレバーが飛ぶ仕掛けだ。

 土埃の中ズンズンと進んではショットガンで爆破し、破片や爆風は気にしない。

 こうしてA.Tフィールドとショットガンでのごり押しで仕掛けられたブービートラップを無力化して研究所跡の完全制圧が完了した。

 

 研究所跡の部隊が帰ってくると、第一回芦ノ湖正体不明移動体対策会議は終わっていた。 

 ひと仕事を終えて帰って来たカヲルとシンジは運用課事務所で報告書を片手に話す。

 

「シンジ君、これが彼女の“動機”だろう」

「……オヤジにしろ、ユイさんにしろ実行力のあるヤツがやらかすとロクなことにならないな」

「人は愛ゆえに悩み、それが行為の原動力になる……補完計画は彼ら自身にとっての救済の形だったのかもしれないね」

「そうだろうな、それでも巻き添えは勘弁してくれってね」

 

 拾った写真には幸せそうな一家が写っており、子供を抱いている女性が今回の一件を引き起こした峰生チグサであった。

 シンジは先ほどの会議で見た幸薄そうな女性科学者の顔写真と、この2000年3月撮影の若い夫婦の姿を見比べる。

 再会の時を十数年待って、ゼーレ教義の下の“神の子”とはいえ自らの子が蘇る……と研究をしてきた。

 しかし、サードインパクトの阻止によってご破算になり、さらには唯一の頼みの綱であった研究機関さえ取り潰されるとなって彼女は狂ったのだろう。

 どんな姿であれ自分が心血を注いで作った“子供”を殺させはしないと。

 

 シンジはふと考えることがある、自分のやったことはゲンドウをはじめとして多くの人の希望を奪ってしまったのではないかと。

 

 全ての人の利害は一致しない、誰かが何かを選択すればその対価は何処かで支払われ、選ばれなかった方に不利益が降りかかるなんて言うのはよくある事だ。

 そこに休憩を終えたアスカとレイが戻って来た。

 ゲンドウと面会したり、こういったケースを見るたびにシンジは自分の正義とは何なのか柄にもなく考えるのだ。

 そこに休憩を終えたアスカとレイが戻って来た。

 

「シンジ、あんたまた悩んでんの?」

「いいや、俺のやるべき事は使命の遂行……わかってるんだけどね」

「言い方悪いけどあの人は犯罪者なの。そんな人に入れ込んでうじうじ悩んでたら蹴っ飛ばすわよ」

「アスカさんは、もしも母親に会えるかもしれないってなったらどうするんだい?」

「アンタバカぁ? そりゃ会いたいけど、死んじゃったものはどうしようもないでしょうが」

「碇君がもし死んだら、アスカはどうするの?」

「そりゃ悲しいけど、そのうち受け入れるしかなくなんのよ」

「シンジ君はどうなんだい」

「辛いんだろうな、でもいつまでも泣いてられないだろ。死者は蘇らないんだからさ」

 

 そう言うとシンジは手元の缶コーヒーをぐいッと飲み干して再び報告書作成業務に戻る。

 ふっと二年前の合同追悼式で見た喪服の隊員遺族、父無し子となった子供たちが頭をよぎった。

 

 __俺はそういう人たちを出来る限り減らすために、任務に就いてるんだよな。

 

 情にほだされて、自分が蟻の一穴になって敵に利用され味方や国民を危険にさらすことになってはいけないのだ。

 

 

 そして翌週の12月24日、事態は急展開を見せることになる。

 午前7時、元箱根港や箱根神社の周辺にパトカーや警官が集まっていた。

 

 

「本部、本部こちら箱根2、元箱根港で人の腕のようなものを発見したとの通報あり、専務員の派遣願う、どうぞ」

「本部より各PSへ、多数の通報があり芦ノ湖南岸より5キロ圏配備を行う」

「箱根6より本部、本部……通行人より水棲生物と思しきものが、人を襲っていたという申告あり、どうぞ」

「本部より各局、本日7時17分元箱根港近辺で連続G事案が発生……各警戒員は拳銃使用も許可する」




冬の風景描写が書きたくてANIMAとは違った2017年を目指していたら、気づけば廃棄物13号になっていた番外編……の第二話です。
ご感想、ご意見等楽しみにしております。


用語解説

ディッピングソナー:対潜ヘリから吊るして海中の反響音などを拾う送受信装置。海面に投下するソノブイと違い巻き上げれば繰り返し使用でき、情報量が多く信頼性が高いのが特徴

赤本:大学の過去問集のこと。なお“緑本”や“青本”というと別のものになってしまう。(新隊員必携の通称)

『TheFox』:イルヴィスの楽曲。ネタ曲であり「馬とキツネが出会ったらモールス信号で会話するの?」という歌詞やこれ、当てる気ないだろうという鳴き声が出て来る。

Sマイン:跳躍式対人地雷、ワイヤーに触れるとバネで跳び上がり散弾をばらまく対人障害器材で「Sマイン」や「バウンシング・ベティ」と呼ばれ、ドイツ語では「Sミーネ」と呼ばれる。

IED:即席爆発装置のこと。手製の爆弾で近年の対テロ戦争でしょっちゅう仕掛けられ軍人、民間人問わず多くの犠牲者を生み出している大きな脅威の一つである。

PS:警察用語で「警察署」。PC(パトカー)やPM(警察官)という略語もある。
専務員:警察用語で「鑑識」のこと。また、そういう教育を受けてる人のこと
G事案:警察用語で「ゲリラ攻撃事案」のこと。一般公開されたサリン事件の無線交信なんかでも登場する。

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