高度300メートル、対地速度850キロで飛行している。
眼下には所々水没した街が広がり、投下地点マーカーが点線を曳いて地面を這っていた。
そう、エヴァは黒い全翼輸送機の胴体下に
「シンジ君、エヴァの姿勢制御はコンピューターがやってくれます」
「投下マーカーに合わせて、落ちていくから着地はしっかりね」
「はい!」
リツコさんから渡された着地方法を、生身で練習してからシミュレーション訓練に参加していた。
しかし、パラグライダーやドローンの空撮画像のように、エヴァの目を通していることもあってどうも距離感がわかりにくい。
マヤちゃんが言うには、肩の拘束具などを使ってエヴァ自身が姿勢制御を行うらしい。
アニメでは描写が無くて、いきなり投下されていたがこういう機能があったとは。
緑の降下開始灯がプラグ内に灯り、輸送機のパイロットがロックボルトを外した。
「降下!」
ガイドレールを滑ったあと、エヴァンゲリオンは空中に投げ出された。
僅かに身じろぎするような挙動を見せた後、地面に対し垂直姿勢へと変化する。
両足でしっかりと地面を捉え、前に倒れ込む前に、前へと大きく踏み出す。
「初号機、着地しました!」
エントリープラグ越しにもわかる衝撃のあと、そのまま止ま……らず、倒れてズザザザッという音が流れた。
「シンジくん、踏み出しが遅いわ」
リツコさんの講評のあとプラグが暗転し、また上空300mへと舞い戻っていた。
「エヴァンゲリオン、降下用意!」
旧伊東沖遭遇戦から数日。
俺はひたすら輸送機から大地へとダイブする訓練をやっていた。
ジェットアローン停止作戦で、降下の訓練を全くしていないという問題が発覚したため執り行われることになった。
綾波は空挺降下プログラムやら支援装備の開発時のテストパイロットという事で慣熟しているし、アスカも来日してすぐという事とドイツ支部で訓練していたこともあって免除。
そういうわけで、シミュレーションルームで模擬体を使っているのは俺だけなのだ。
ぶっつけ本番で生身のミサトさん握ってなくて良かったぁ。
そんな事を考えながら降下して、着地する。
足を前後に開き、握りつぶさないように空間を開けた左拳を前に突き出して、右腕は後ろにピンと伸ばし、頭は下へ。
「先輩、初号機の着地姿勢が……変です」
「シンジくん、どうしたの。マニュアル通りにやってちょうだい」
「すみません」
「まあ、いいわ。もう上がっていいわよ」
そこまで言われたとき、ようやくこの姿勢が何なのか気が付いた。
そう、「エッサッサ」だ。
日本体育大学に伝わる応援展示で、鉢巻、上半身裸になり短パン一丁で「エッサッサ」と雄々しく叫びながら腕を前後に力強く振る。
百聞は一見に如かず、動画サイトで見たらよくわかると思うが、エッサッサだ。
高校時代、体育教師が日体大出身だったから男子は全学年合同、毎年体育祭でやったのだ。
日体大出身の職員が居ればピンときただろうが、あいにく技術局にはそういう体育大学出身者は居ないのだった。
俺がネルフ本部に通い詰めて空挺降下訓練をやっていたころ、中学校では空前のアスカフィーバーだった。
「先週、2年A組に可愛い外人が転校してきたんだって」
「知ってる、アスカ・ラングレーちゃんだろ」
「帰国子女だってよ、めちゃくちゃ可愛いよな」
久々に学校に行くと、同学年どころか上級生、下級生問わずにアスカを一目見ようと廊下に集まってくるのだ。
「碇はどう思う?」
「そうだな、可愛いと思うよ」
「でも、マジマジとガン見もできねえよな」
「女子ってそういうの敏感だしな」
「だから、俺はこれを買ったわ。先着30枚限定生写真!」
「いくら出したの」
「一枚1500円」
「高いわ」
さらにクラスメイトの男子数人と話をしていると、なんとアスカの隠し撮り写真を売りさばいてる奴がいるようだ。
商魂たくましく一枚数百円から、最高数千円で売って、売上金を迷彩戦闘服、バンダリア(弾帯)に変えてしまった奴がいる。
女子からの妨害を避けるため、男子間のネットワークで不定期に場所を定めずこっそりと校内で販売しているらしい。
「あーあ、猫もシャクシもアスカ、アスカか」
「みんな平和なもんや、写真にあの性格はあらへんからな」
「せやな、ケンスケ、なんぼ稼いだんや?」
「3万8千……シンジ!」
「センセ、いつの間にここに」
「ついさっきかな、荒稼ぎしてるやつがいると聞いて」
「どうか、惣流にだけは……」
「アスカに言ったりはしないけど、盗撮は肖像権や迷惑防止条例に掛かるから気を付けろよ」
「さっすが特務機関ネルフのパイロット、話が分かるう!」
「超法規的措置、見なかったことにしよう……
トウジとケンスケは保安部とアスカが苦手だ。
シェルター脱出事件のおり猛烈に怒られ、アスカには艦上でボコられたのである。
それでもって商売につなげるんだから大した奴だよな。
「うっ、わかったよ。もうちょっとやり方を考えるよ」
「ということで、この写真は視認情報として押収!」
「センセも買うんかい!」
「せっかくだし、記念には」
「毎度あり!」
ネタ程度にケンスケから写真を買う。もちろん健全なヤツだ。
アニメでケンスケはきわどい写真を撮ってたけれど、よく捕まらなかったな。
教室での更衣風景の写真とかあったけど、あれ完全にアウトじゃねえか。
友人に自重を促しつつも、自分も買うという青少年の性って悲しいね。
そして下校時、ネルフ本部目指して歩いていると後ろからアスカに声を掛けられる。
「ヘロー、シンジ」
「今日もお疲れ」
お互いに人気者なので教室ではあまり話せない。
女子に人気の美少年シンジ君と、噂の帰国子女アスカが話そうものなら、嫉妬するやつが出てきてややこしいことになるのは目に見えているからだ。
現に、女子の一部はアスカのもてはやされぶりに反感を抱き、その中には何かしら仕掛けようと考えている子もいるとか。
俺はというと女子にまあまあ人気であるのでそういう情報が入ると共に、同性の男子から抜け駆けとしてシメられるリスクがある。
まあ単純な殴り合いなら戦闘訓練をしている俺やアスカの方が強いだろうが、陰湿ないじめに関してはさほど強くないのだ。
そういったことへの備えとして学校では距離を置くことにしているのである。
「アスカ、凄い人気じゃないか」
「アンタこそ、女の子たちに話しかけられてデレデレしちゃって」
「誤解だよ、男友達と同じように話してるさ」
「それってメガネ、それともジャージ?」
「あいつらと同じではないけど、クラスの佐藤君とか」
「あのサッカーしかアピールできないアイツね」
「ひどいな、あれでも女子人気ナンバーワンだぞ」
「あんなのがいいなんて日本の女はお子様ばかりね」
哀れ、アピールするために体育の時間に頑張って「見せるプレイ」をしていた佐藤君。
彼が「成功した」と嬉々として語ってくれたハットトリックはアスカの心には響かなかったようだ。
雑談をしているうちに、気づけばだいぶ街中に来ていた。
「そういえば、ここにいるんでしょファーストチルドレン」
「綾波なら、今日は自宅直行だからベンチだな」
よく晴れた日、歩道橋の下のベンチで綾波は時間調整のために本を読んでいる。
綾波とふたりの時はよく歩道橋脇で合流してネルフ本部へと向かっていた。
今日も綾波はベンチで本を読んでいた。
よく目立つ青みがかったショートカットを見つけたアスカはズンズンと向かっていく。
「綾波、お疲れ!」
「ええ、お疲れ様」
アスカが花壇に乗る前に先手を打って声を掛けた。
一応、返事は返してくれたけれど、目線は数式の書かれた本だ。
「ヘロゥ! あなたがファーストチルドレンの綾波レイね!」
「アスカ、そういう事はあまり大声で言わないほうが……うっ」
エヴァパイロットであることを声高々に叫びそうだったアスカに水を差す。
アスカは肘で俺の脇を突く。痛い。
「シンジうっさい! 私はアスカ、惣流・アスカ・ラングレーよ! 仲良くしましょ!」
「どうして?」
綾波はアスカの名乗りにキョトンとしたような顔を向ける。
「何を言ってるのかわからない」というような表情にアスカは一瞬たじろいだ。
「その方が都合がいいからよ、色々とね」
「命令があればそうするわ」
「変わった子ね」
「綾波はずっと一人だったから、人付き合い不慣れなんだよ」
「へぇー、やけにこの子のことかばうじゃない」
「そりゃ第五使徒戦まで二人しかいなかったからね、コミュニケーションも考えるさ」
いつものように綾波はベンチからスクっと立ち上がり、本をしまうと歩きだす。
「碇くん……行きましょう」
「アタシも行くわよ」
綾波は俺とアスカの方を見て、ネルフ本部へ出発することを告げる。
だが、まるで綾波がアスカの
原作ではエヴァのパイロットであることを主張したアスカの自己紹介シーンから、一気にユニゾン訓練まで場面が飛ぶ。
それ以降は「セカンド」「ファースト」と番号で呼び合う仲になってしまう。
この初対面での誤解は早めに解いておかないとマズイな。
「綾波はなんて呼んだらいいのか分からないんだよ」
「そんなこと? じゃあアンタもアスカで良いわ! その代わりレイって呼ぶわよ、いいわね」
「ええ、アスカさん、も来る」
「あったりまえじゃない! じゃあ行くわよ!」
存在を無視されたわけではないと知ったアスカは、早速仕切り始める。
出会った時より会話しやすくなった綾波と、上手くやってくれるといいなあ。
そういえば着隊直後、同室になった班員をどう呼ぶかで悩んだのを思い出す。
ある日を境に年齢も、出身地も、前職の有無もバラバラな10人の初対面の人間が“同期”として同じ部屋で寝起きをすることになるわけだ。
結局、「〇〇二士」と階級付きで呼べという指示で落ち着いたわけだが。
チルドレンに階級があれば、呼びやすかったんだろうかと考える。
葛城一尉の指揮下に入ってるから、たぶんこんな感じか。
碇二士、綾波三尉、惣流三尉……あっ新劇場版では式波大尉だっけか。
アスカは大卒だし、綾波もネルフ歴長いからおそらく幹部候補生枠だろう。
そうなるとエヴァ乗って三カ月位の俺なんか前期教育終わりたての新兵だ。
エヴァパイロットが航空要員準拠なら、碇候補生のちに曹長昇進だろうか?
俺がネルフの階級制度と呼びやすさについて考えている間に、気づけばネルフ本部にやって来ていた。
本日はアスカ、綾波、俺の三人でシミュレーターを使った戦闘訓練だ。
綾波の援護射撃のもと、俺とアスカで相互に躍進、近接戦で使徒を殴り倒すという内容だった。
結果は案の定、アスカが突出して単機で使徒を撃破したり、また逆に俺が援護に入る前に飛び出したアスカが第四使徒の鞭で串刺しになったりと散々たる結果だ。
「レイもシンジも撃つの遅いのよ! あたし一人で十分じゃない!」
「そういうアスカは平気で射線に飛び込んでくれるじゃないか」
「アスカは、早い」
普段物静かな綾波にまで言われたアスカはドヤッとした顔で言った。
「戦いは常に素早くって孫子も言ってるわ!」
「兵は拙速を尊ぶ……」
「それはちんたら作戦に時間かけるより
アニメで同居が決まった時の男女七歳にして~というセリフといい、アスカは変な言葉は覚えてるんだなぁ。
「あーうっさい! じゃあシンジ次突撃ね。アタシは後ろで見ててあげるから」
「いいよ、ただしフレンドリーファイヤは勘弁しろよ」
アスカがチャーンスとばかりに悪い笑みを浮かべている。
アレは絶対後で「あらぁ、ゴメンあそばせ!」なんて言いながらやらかすやつだ。
「フレンドリーファイヤ……友好的な射撃?」
「綾波、
一方の綾波は直訳して言葉の意味をどう取るか悩んでいたようだ。
ありがとう、綾波のそういう反応好きだぜ。
そして、俺は打ち合わせ通り、第四使徒相手に突撃を敢行した。
もちろん、アスカや綾波の援護射撃があったが、アスカはやっぱりアスカだった。
目の前で遮蔽物のビルの一棟が粉々になって、使徒の触手かと思ったが土煙の方向が違う。
「近い! 近い!」
「あらぁ、ゴメンあそばせ。無敵のシンジ様に援護射撃は不要かしらぁ」
「なんで俺の進行方向に弾撒くんだよアスカァ!」
「碇くん!」
俺をかすめた光が使徒の目のようなところに当たって焼ける。陽電子砲だ。
段違いの攻撃力に慌てて触手を振る使徒、しかし射手である綾波は遮蔽物のビルの遥かむこうにいる。
触手のリーチが足りずに伸び切ったところに“銃剣突撃”を行った。
パレットライフルにプログナイフを付けられるように改修した、パレットライフル改が俺の武器で、突くにも切るのにも使える。
この銃剣付きガンは長物が欲しいと第四使徒戦後に提案し、ようやく実戦配備になったばかりの新装備だ。
プログナイフで刺すよりも力強く突き込め、なおかつリーチが長くなる。
速度を乗せて間合いを詰め、気合と共に踏み込み、直突をコア目掛けて放つ。
「ヤぁ!」
銃剣道は“心・技・剣”いずれも満たされた状態でこそ威力を発揮するのだ。
剣先がコアを捉えて火花を噴き、脚で使徒を蹴って引き抜きざまにパレットライフルをコアの裂け目に数発撃ち込む。
あのとき、必死になってナイフを突き刺していたよりあっさりと勝負はついた。
「仮想使徒、殲滅」
「状況終了、ところでシンジ君、銃剣上手いわね」
「自分から言い出したことなんだから、勝算はあったんじゃない」
マヤちゃんの声が聞こえて、仮想使徒を撃破する訓練が終わったことを知るのだった。
リツコさんとミサトさんはというと“意図的な誤射”をやらかしたアスカを叱るのもほどほどに、着剣装置付きパレットライフル改(仮称)の有効性に目を向けていたように感じる。
本部で四回目の戦訓が行われようとしていたある日、第一種戦闘配置が発令された。
国連軍の巡洋艦“はるな”が紀伊半島沖で正体不明の潜行物体を確認、艦載ヘリコプターで現在も追尾中。
哨戒ヘリの吊り下げ式“特殊器材”などからの情報を照合した結果、波長パターン青、使徒と断定。
第三新東京市の迎撃システムの復旧率は26パーセントで実戦においてはほぼほぼ役に立たない。
そのためネルフは上陸予想地点において使徒の
黒焦げにされてしまった零号機はまだまだ鈑金塗装……もとい修理中。
新厚木基地から発進した輸送機から投下されるまでの間、そうした説明を受ける。
葛城一尉ほか作戦部要員は、
「上陸直前の目標を一気に叩く、初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、近接戦闘で行くわよ」
「了解!」
「葛城一尉、地域住民の避難は?」
「そのへん、臨海地区までは水没地域だから人なんていないわ」
「了解、アスカ足元は考えなくていいよ」
「分かってるわよ、アンタこそ足引っ張んないでよね」
艦で見た負傷者のショックから、俺やアスカはつい足元を確認してしまう癖がある。
とくに、トウジ妹の件とシェルター脱走事件を経験している俺にとっては、てきめんだったようでリツコさんにも軽度のトラウマと診断されてしまった。
プラグ内部手元のコンソールに設けられた降下灯が緑に変わった。
「降下!」
眼下に海と市街地が見え、エヴァは切り離されて砂浜へと落ちてゆく。
外力があまり考慮されないバーチャル空間と違い、風などで少しずつ投下地点からずれていき、そのたびに手や脚、肩の拘束具までもが結構動いて修正に入る。
凄い勢いでビルや人家の上を滑空し、10秒足らずで着地姿勢を取った。
すぐさま、アンビリカルケーブルドラムやソケットリフターという電源支援車両が到着してエヴァに取り付いた。
「初号機、受電よし」
「弐号機、オッケー」
電力供給が終われば、次にやるのは武器の結合だ。
40m級のエヴァの武装はどれも大きすぎて国内の道路、トレーラー車では運べないからだ。
輸送ヘリ数機に懸吊されてやって来たパレットライフル改や、二分割された“長槍”こと新武装“ソニックグレイブ”のコンテナを開け、組み立てる。
再生力も高く分裂する今回の使徒には相性が悪いのだが、まだ見ぬ使徒の特性を知っているわけがないので、如何に被害を抑えて同時撃破か足止めできるかを考える。
今まで追跡監視をしていた国連海軍のP-3C哨戒機が海上に見え、使徒の上陸地点を教えてくれる。
水没した障害物に激突したのか高い水柱が立ち上り、グレーの巨体が姿を現した。
「攻撃開始!」
葛城一尉の号令と共に、一斉射撃を行う。
体表で徹甲弾が砕け、支援機のVTOL重戦闘機(対地攻撃機ではなかったらしい)が放った2.75インチロケット弾の成形炸薬も効果が見られない。
両手を上げて威嚇しているかのようなスタイルだが、射撃に反応しない棒立ちで不気味だ。
「そうだろうなと思ったよ! ミナミコアリクイが!」
「じゃあ、アタシから行くわよ!」
「射撃が途切れたらね!」
アスカがソニックグレイブ片手に側面に回り込む間に、俺と重戦闘機部隊は注意を引くために間髪を置かず射撃をする。
全機コア目掛けて射撃しているのだが、嫌がる素振りさえ見せない。
「射撃中止、撃ち方待て!」
「アスカ、突撃しまーす!」
重戦闘機のパイロットの声に、射撃を中断するとアスカが長槍を振りかぶって飛び込んでいった。
上から下まで真っ二つ、見事な唐竹割りだ。
ぶった切ったアスカも指揮通信車の葛城一尉も重戦闘機のパイロットたちも皆、撃破を確信した。
体幹を切断されても活動できる……原作知識が無かったら、俺も騙されていただろう。
「何かおかしい、離れろっ!」
俺の叫びに違和感を覚えたアスカは、肉片が蠢くのを見た。
「えっ! 何なの!」
予想外の光景に動転して硬直しているアスカ、俺は思わず駆け出した。
ずるりと脱皮する使徒。
グレーのやつに横っ面を殴られて、海面に伏す弐号機。
「ぬぁんてインチキ!」
葛城一尉の声が聞こえたけれど、俺は次の行動に入っていた。
「そこをどけぇ!」
目の前に立ちふさがる黄色の奴のコアに銃剣を突き刺す。
二つのコアに対する同時荷重攻撃でなければ撃破できないのはわかっている。
しかし、アスカを助けようと体は動いていたのだ。
コアを突き刺し、射撃の反動と蹴りを使って引き抜くと、黄色の使徒は後ろに吹き飛んで水柱が立つ。
「次っ!」
弐号機を殴り倒して味を占めたグレーのやつが鉤爪をブンブンと振り回し始めるが、不意を突かれなきゃそんな大振りパンチ当たるかよ。
俺は弾の切れたパレットライフル改を上下逆さにすると投げ槍のように投げた。
エヴァの筋力を使った投擲はものすごい初速であり、グレーの使徒のコア周りを吹き飛ばした。
その対価としてパレットライフル改は粉々に砕けてしまったが、両手で弐号機を抱えて脱出できる隙ができれば上等。
撃破できなくとも、コア周りをえぐり取られた使徒は動きが鈍るらしい。
水の中からゆらりと立ち上がった黄色を無視してザブザブと弐号機を砂浜まで運んだ。
黄色とグレーの使徒甲・乙はゆっくり、ゆっくりとエヴァ目指して近づいてくる。
「葛城一尉、奴のコアは自己回復します! どっちか
「シンジ君、どういう事っ!」
「さっき二体ともコアを破壊しましたがあの通りです!」
そう、指揮車からも見えていた通りコアを銃剣で破壊したはずなのに、回復し悠然とこちらに向かってきているのだ。
こちらはというとアスカが気絶、初号機は武器喪失。
弐号機のパレットライフル、予備銃含めてあと三丁あるが、いずれも効果は見込めないだろう。
「作戦中断、第二方面軍に遅滞攻撃を要請します」
葛城一尉のよく通る声がプラグ内に響き渡る。
一旦エヴァを撤収して退避させるわけだが、周りを見回してあることに気づいた。
このまま前進されると居住地のある臨海地区まで侵入されるか、相当近いところで爆撃が始まる。
民間人の被害、それは避けたい。
N2航空爆雷の攻撃力は凄まじく、ちょっとしたシェルターやコンクリート製建造物なら余波で吹き飛ぶのだ。ちょっとしたガス漏れ事故の爆発とは威力が違い過ぎる。
使徒襲来以降、新強度基準で建て替えが進んでる第三新東京市の避難所とは別物だ。
N2爆撃があったら間違いなく数百人、数千人単位で死傷者が出てしまう。
「葛城一尉、使徒に対して陽動攻撃をさせてください」
「シンジ君、撤退よ」
「このままだと、居住地まで被害が及びます。進行方向を変えさせるくらいで良いんです!」
「じゃあ、どうするの。そこに居られても、エヴァが巻き添えになるだけよ」
「ケーブルドラムの限界いっぱいまで射撃しながら移動し、そこから水中障害物を用いて海上方向に跳躍します」
「それじゃ逃げられないじゃない。エヴァは水中戦出来ないの分かってるわよね」
「あとは国連空軍の皆さんにお任せします」
「アンタねぇ……」
回収から足止めまで見事に人任せな案に葛城一尉の呆れ声が聞こえる。
「戦略航空団、繋がりました」
いつもお世話になっている国連空軍戦略航空団の塚田一佐が応答してくれたようだ。
「特務機関ネルフの葛城です、当初の予定通りに攻撃を行ってください」
「わかった、ところで“彼”は居るかな」
「はい、碇シンジです。塚田一佐、お久しぶりです」
「今回も状況は部下から聞いているよ、時間は我々が稼いでおく」
「はい、ところで住民用シェルターが耐えられるN2爆雷の安全圏ってどれくらい必要ですか」
「おおよそ、3キロから5キロだが……」
「では、それくらいあれば、避難民に影響はないんですね」
「使徒の強度を見るに、直撃させなければ効果がないのだろう?」
「そうですね、砲爆撃に耐える強度に加えて回復力が強いタイプですから」
塚田一佐は近くでの爆圧、衝撃波でも使徒にダメージが入るかという確認を入れてくれた。
国連空軍の一員となっても自国民の住む領土に大量破壊兵器を落とすのだから、なるべく被害が出ないようにと考えているようだ。
だが、近距離爆圧や衝撃波での足止めは不可能に近く、反応熱による体細胞の
となるとやはり、安全圏までの陽動しかない。
使徒の現在位置的に、海岸を走るエヴァを追って来たらなんとか稼げる距離だ。
「葛城一尉、ここから3キロの海中まで走ります! そうすればいけます」
「シンジ君!」
「エヴァには特殊装甲があります、なので住民と地上班、アスカをお願いします」
そういうと俺は予備銃二丁を抱え、走り出す。
照準も程々に使徒の周りにばらまく。
使徒甲と乙は俺の方を向き、ざばっ、ざばっと追ってきた。
ここで回収作業中のアスカの方に行かれるとヤバかったが、人が乗って稼働しているエヴァの方が脅威と感じたんだろうな。
「ケーブル巻き出し限界まであと30メートル!」
日向さんの声が聞こえる。
ドラムリール車をひっくり返さないようにするため、使徒への挑発を中断して限界まですり足で移動し、パージ。
目線を逸らさず、リードを取る盗塁王のような動きで走り出した。
急な動きに使徒も興味をひかれたのか、大きく向きを変えて追ってくる。
波を蹴立ててスピードも上がってないか?
ミサトさんがN2を積んだ爆撃機が接近しているとずっと言っている。
「目標の誘い込みに成功しました! 攻撃お願いします!」
「承った、爆撃命令を下す。最後の決は頼んだぞ……」
「シンジ君、逃げて!」
走った勢いのまま海に飛び込んで水中で活動限界を迎えた。
ドン、ドドーン、ゴーッ
そんな音を金属と液体で幾重にも遮断されているプラグ越しに聞いた。
それから暫くして、ネルフの救助部隊がやって来た。
光の入らないエントリープラグで寝ていた俺は、引きずり出されるとモーターボートに乗せられて浜へと向かう。
使徒は丸焼けになって活動休止しているが、水の中でしゃがんだ初号機はN2爆雷の被害が全くない。
せいぜい回収がめんどくさい程度だ。原作シンジ君の犬神家状態よりはマシだろう。
俺は退避していたネルフ職員たちと共に陸路で本部に帰る。
空を見上げると情報収集中の偵察機、伝令の汎用ヘリコプターなどが何機も飛んでいた。
虎の子のN2爆雷まで使って国連空軍が稼いでくれた時間、すなわちリベンジマッチは六日後だ。
自衛隊では「水際」は「すいさい」と読みます