また新しいのに手を出しました。
それぞれきまぐれ更新です。
*_ _)ペコリ
風が頬を撫でていく。フワリと花の香りがして、鼻をスンと鳴らした。徐々に頭が覚醒していき、そのうちに水の音と匂いが五感を揺らす。手にカサカサと当たるのは草だろうか。チクチクと痛い気もするが、何故か火照った体には冷たい草と土が心地いい。瞼を見る目に映るのは黒。ということは、今は夜。
そこまで考えて、ようやく瞼を押し上げた。ゆっくりと重い体を起こす。
最初に見えたのは、ぼんやりと光る三日月。雲の隙間から覗く星々は、キラキラと己の存在を主張しているよう。
空から地面へと目線を移す。目の前には砂利の河原、その奥には川が流れていて、私は土手に横になっていたようだ。何年ぶりかに見る川は、少し曇っている空を反射して、月の光を反射する。窓越しではなく、テレビ越しでもなく、目の前にあるそれらに胸がはねた。
頬が緩みそうになった瞬間、私の頭は冴え渡る。
生まれたのは疑問。
(どうして私は生きてるんだ?)
自分の土と草の着いた手を見つめて、生きていることが分かった。開いて閉じてを繰り返す手は何事も無かったかのように動く。一直線になったはずの心電図も、甲高い機会の音も、何も無かったように。まあ、それを望んで私は
ふと、顔を照らしていた光が落ちる。どうやら何かに月光が遮られたらしい。
正体を見るべく見上げれば、そこに浮かぶは空飛ぶ船。
驚いて辺りを見回せば、木造の橋や今どき珍しい古臭い家たち、さらにはもっと珍しい・・・というかテレビでしか見ないような着物や昔の髪型をした人、明らかに人間ではない者たち。
私は、見たことの無い世界に目を開く。
だが、同時に知っている世界であることにも驚いた。
「・・・銀魂だ」
あまりに小さく、誰の耳にも届かない声がついてでた。
頬をつねって見れば、当たり前に痛みが頬から伝わってくる。それは、今私が見ているものを肯定するのと同義。今まで感じていた倦怠感も息苦しさも痛みもない。今まで腕を拘束していた点滴も、呼吸を補助する機器たちも、何もかもが外れて体が軽い。
常に体に
「うわぁ・・・」
改めて自分の身なりを見て、あまりの惨状に思わず声が出た。
いつも着ていた入院着はそのままで、ありえないほどに土や草が着いていたのだ。さらに、足は何も履いておらず裸足。こちらも同じく汚れている。
とりあえず、足や手の汚れを落としたいと思ったので、久しぶりに川に入りたいと思ったこともあり、川の水で洗うことにした。草の地面から一転、砂利になったので足の裏が細かい石たちによって猛攻撃される。が、それよりも早く洗いたいという気持ちが勝り、すぐに冷たい水が足を包んだ。
─チャポン─
手と足を川につけて土と草を洗い流す。袖や裾がビッチャビチャになったけど気にしない。たぶん気にしたら負け。
「さてとぉ・・・どーしましょーか・・・」
川で突っ立ったまま、濡れた手をパッパとしながら呟いた。
改めて周りを見渡すと、ゴミがかなり落ちていることが分かった。正直、綺麗にして欲しい。私みたいに川に入るヤツいるかもじゃん。
ため息をついて、頭をガシガシとかく。
「・・・・」
嫌な音と嫌な感触がした。いわゆるヌチャ音である。恐る恐る手を見ると、そこにあるのはべっとりとした泥。
(・・・・最悪・・)
せっかく洗った手が再び汚れた上に、洗いにくい頭にまで泥が付着している。神よ、そんなに私が嫌いか。
「あ〜あ・・・」
テンションがダダ下がりである。なんかもう色々面倒になったので、川で洗うことなどせずに内側から
髪にまとわりついていた重たい泥がフワリと浮いて四散する。同時に、体のあちこちに付いていたモノも取って消した。
「これで歩くわけにはいかんよなぁ・・・」
汚れをとったが、入院着はさすがに目立つ。さらには裸足。目を引くどころの話ではない。
適当に服を出して、濡れないように空中に浮いて入院着と交換する。靴も靴下と一緒に歩きやすそうなスニーカーを出して、空中で装着。ゆっくりと地面に降り立った。軽い足取りで土手をのぼり、舗装されていない道に立つ。先程までいた川を振り返って、背伸びをした。
さよなら入院着。久しぶり普通の服。
世界?漫画?アニメ?を超えてたどり着いた、この世界。
すでに日は落ち、するべきことはなくなった。はてさて、一文無しで放り出されたわけだが、どうしようか。
「オイ、んなとこで何してんだ」
背後から声がした。聞いたことがある声。ただし、私にとってそれは画面やスピーカー越しに聞くのが当たり前だったもの。
振り返って目に入ったのは、黒い制服と腰の刀。口にくわえた煙草は彼の特徴の一つだろう。その先の灯りから煙が揺らめき、顔を僅かに照らしていた。おそらく彼は、
そのV字前髪を見た瞬間、私は──
「少し、川を見たくなったものですから」
──笑顔を貼り付けた。
我ながら馬鹿な言い訳だと思う。日が落ちた時間帯に川が見たくなったとか・・・どこのクソガキだ。いや、実際未成年だけども。
それにしたって酷い。酷すぎるぞ私よ。情緒不安定の厨二か。こんなんで武装警察の副長を騙せるわけが・・・
「・・・そうか」
騙せたよ。
いいのか鬼の副長。それでいいのか。
深く聞かれたら困るけども、私としては嬉しいけども。それでも何か心配になってきたぞ。
「ガキがうろついていい時間じゃねぇんだ、帰れ」
フゥと煙を吐いて歩き出す。すれ違う時に煙の匂いが鼻をかすめた。
まあ、この世界において誕生したてのモブキャラに、主要キャラが深く関わるはずはない。彼らの隣に私はいないし、彼らの最後にも私はいない。それでいいのだから。
ホッとして、胸を撫で下ろした・・・はずだった。
──バッ──
「っ!?」
視線をそらそうとした黒い背中が、いきなり横に飛び退いた。瞬間、目に入ったのは大きな弾丸。土方さんが飛び退いて崩れた体制のまま何かを叫んでいる。根が優しいあの人のことだ、避けろとか伏せろとか、そんなところだろう。
が、私は少し目を見開き、首を傾げて避けただけ。顔の左側をものすごいスピードで通り過ぎ、時間差で後ろから爆音が鳴り響いた。
(・・・・・)
咄嗟に反射神経と回避能力を底上げしなかったら、どうなっていたことか。
煙草とは違う煙の匂いと焦げた匂いが鼻まで届き、パラパラと砂利が宙を舞う。振り返れば、アレの被害にあった可哀想な地面があった。慈悲もなく焼けて黒焦げだ。
「・・・ハハ」
そんな惨状を見て、私は思わず苦笑い。かなり頬が引きつっている。というかピクピク痙攣している。コレの犯人を100%当てられる自分が嫌になってきた。
「土方さーん、生きてやすかィ」
向こう側から歩いてきた栗色の髪のバズーカを構えた男。その甘い
自分の行いで一般市民(仮)の命が危ぶまれたというのに、悪びれるでもなく悠々と歩いて姿を現した。
いきなりの展開に驚いていると、土方さんと目が合った。
・・・・合ってしまった。
先程まで興味の欠片も示さなかった顔は、ニヤリと獲物を見つけた獣のごとく笑った。
「・・・・・え・・」
「今回だけは許してやる、総悟」
ゆっくりと足を踏み出し、こちらへ歩み寄ってくる。
ソウデスヨネ、コウナリマスヨネ。
避けれるはずないもんねぇ、さっきみたいなバズーカ。一般市民が避けれるはずないもんねぇ。
目の前にいるのはれっきとした警察であり、その警察の仕事は不穏分子を探して逮捕すること。そのための見回りをしていて、その中で避けれるはずのないバズーカを何故か避けれる謎の女が現れたら、そりゃあ獲物ですわなー。さっき苦し紛れすぎる言い訳したから、余計に怪しまれてるだろうしなー。でもさーあ、普通、避けれたら避けるよね?痛い思いしたくないよね?疑われたくなかったら当たれってか、捕まりたくなかったら死ねってか。オイ、神様殺すぞ。
「何モンだ、テメー・・・」
自分にバズーカを打った沖田さんには目もくれず、私の方へと来る土方さん。短くなった煙草を足で揉み消して、瞳孔をかっ開いている。私は崩れていた笑顔をまた貼り付けた。
「ただの一般市民ですよ」
「ほぉ〜。なら、住所言えるよな?俺がキッチリ身元確認してやるよ」
え〜。いや、言える、言えますけど。私の住所、この世界にはないんじゃないかな?というか無いです。そもそも戸籍もないと思います。
なんて言えるはずもない。
「実は最近、ここらで攘夷浪士を見たっつー通報があってなぁ。見回ってたんだが・・・・ご同行願おうか、お嬢さん」
刀を抜いて、私に構える。え、問答無用?丸腰の女相手に?明らかに未成年なのに?というか、私が攘夷浪士だと思ってんのかよ。メンド。
「えーと、少しお話しません?何か誤解してらっしゃるようですし」
「話は全部、屯所でな」
両手を前でヒラヒラさせて敵意がないことを示すが、聞く耳持たず。
屯所に行くのが嫌だから話をしようって言ってるのに。そんなんだからマヨラーなんだよ。万年V字が。
口には出せない文句を心で呟き、逃げようと後ずさる。しかし、すぐに逃げようとした場所に刀が振り下ろされた。明らかに今いる位置も巻き込む太刀筋。私は横に飛んで避ける。弾けた土やら石やらが、顔と手足に当たる。痛いんだけど、地味に。
「何すんですか!一般市民だっつってんじゃん!少し動けるだけの一般市民だってーの!!」
「嘘つけ!一般市民が今の避けれるわけねぇだろ!!」
「斬られろってか!一般市民ならぶった斬られろってか!つーか斬って確認しようとすんなや!」
つーか本当に一般市民(仮)なんだって!反射神経とか回避能力とか、その他諸々を底上げしてるだけの一般市民(仮)なんだって!説明できない叫びを堪える。
土方さんの刀をもう一度飛んで避け、片手と両足で着地する。距離を取るため後退しようとした時、背中に微かな悪寒が走った。咄嗟に横へジャンピング前転をする。
「いつまでチンタラやってんでさァ」
風を切る音と声を追って視線をあげると、後ろで爆発が起きた。もちろん、さっきまで私がいた場所である。
幸か不幸か、爆発のおかげで土煙が辺りにたちこめた。土方さんも巻き込まれたようで、何かを沖田さんに叫んでいる様子。
私はこれ幸いと、
なにぶん初めてのことなので、適当に繋げてしまった。あの状況だったのだから、逃げれれば"よく頑張りました"くらいのハンコは貰える。うん、私、よく頑張りました。
太い木の枝をまたぐように座り直して、足をぶらつかせる。背を幹に着けて上を見上げても、枝や葉に隠れて空は見えない。僅かな隙間から月光がチラつくばかりだ。
落ち着いてきたからだろうか。今更ながらに体が震え出した。
今まで向けられた敵意よりもはるかに強い殺意、ギラギラと月の光に反射する刀、自分を睨みつける目。
木に触れる右手がガタガタと震え、木の感触すら感じられない。それを止めようと左手を出すが、こちらも無様に震えてしまっている。痛いほどに脈打つ心臓、まともに空気を取り込めない肺。
浅い呼吸を繰り返しながら、必死に酸素を取り込む。
せっかく丈夫な体になったのに、恐怖で過呼吸とか笑えない。やっと好きに生きられるのに。
そう思ったら、自然と呼吸は落ち着いてきた。落ち着いて改めて感じる、体の身軽さ。そう、私を縛り付けるものはもう無い。生きるも死ぬも私次第。誰を守ろうが、誰を助けようが、私の好きにできるのだ。それが善なるものでなかったとしても。
(自由、か・・・)
焦がれていたものが手に入り、嬉しいはずなのに、その響きはどうにも寂しく思えるのはどうしてだろうか。
直ぐに忘れる疑問を最後に、私の意識は夢へと移行された。
《主人公》