日輪の進撃   作:狼ルプス

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日輪と女神の少女

雨の中、少年は目が覚めた。左側の額にある揺らめく炎のような痣が特徴的なその少年は、木製の柵に背中を預けて凭れかかっていた。

今までの記憶が曖昧で、何が起こっているのか全く分からない、自分の名前すらも……。雨に打たれ続けていたようだが、不思議と体は熱いくらいなのは幸いと言うべきか。

 

辺りを見渡すと、建物が見えた。周囲の草原と動物用らしき柵から、家畜小屋であると推測できた。

 

建物を確認した瞬間、目がくらんできた。寒さを感じなかったとは言え、限界は近づいていたのだろう。少年の意識が途切れる直前、そこに住んでいる人が雨具を身にまとい近づいてきたのが見えた。それで安心したのか、少年は完全に意識を失った。発見されたのが直ぐだった為、少年は当初高熱と診断されたが、本人が目を覚ました時は健康そのものだった。

 

 

 

 

 

これが、田舎の貴族「レイス家」との出会いだった。

 

数日経って、体調も回復した後、この家の主人は、この牧場の手伝いをする事、そして、ある女の子の遊び相手をすることを条件に、何処の誰だかわからない俺を、ここに住まう事を許してくれた。そして、紹介してくれた自室には、その女の子がいた。

 

「今日からここが君の部屋だ。ヒストリア、挨拶なさい」

 

「え?あなた…誰…?」

 

「…そういえば伝えて無かったな。今日からこの部屋に彼も住む事になった。そして牧場の手伝いもな。明日からで良い、色々教えてあげなさい」

 

「え…?は、はい…」

 

俺をここまで連れてきた人は、そう言ってそのまま部屋を去ってしまった。もうここには俺と目の前の女の子しか居ない。

 

「…えっと、あなたの名前は?」

 

「名前?…ごめん、名前はわからないんだ」

 

「えぇ!?自分の名前、わからないの!?」

 

「…ごめんなさい」

 

「うーん、どうしよう…あ、そうだ!あなたの名前、私がつけてあげる!」

 

少女は少し考え込んだ後、そう提案してきた。少女の笑顔を見て直感した事がある。記憶は無くしてしまったが、ここまで優しく接してくれた人は居おそらくいなかった……そんな気がした。

 

「うーん…何が良いかなぁ…」

 

ここまで自分の為に、考えてくれる人がいるなんて—————

 

「そうだ!あなたの名前は—————」

 

多分、俺は、

 

「リン!リン・カグツチなんてどう!?」

 

話をしていて、初めて心が温かくなる感覚を覚えた。

 

「ありがとう…!凄く嬉しいよ…!」

 

「…ッ!!う、うん!」

 

俺も彼女も、この日おそらく、今まで生きてきた中で1番の笑顔になったと思う。

 

「君の名前は…?」

 

「私はヒストリア!ヒストリア・レイス!これからよろしくねリン!」

 

 

 

 

 

俺は、記憶を失くす前の事は分からない。名前も年齢もわからない。何故俺がヒストリアの牧場の前にいたのわからない。

少なくとも俺が目を覚ました時は、碌な状況じゃなかった。良い人生を送っていたのかすら疑わしい。

 

だからもう、記憶は思い出さなくたっていい。俺に名前と居場所、幸せをくれた彼女と一緒にこれからを生きていこう……俺は、そう誓った。

 

 

 

あれから4年、俺はこの世界のことや壁の事を知った。壁の外には“巨人”と呼ばれる人を捕食する奴らが存在していることも。最初は信じられなかったが、状況を見て信じざるを得なかった。

牧場の手伝いをしている内に分かった事があった。俺の身体能力と自身の体温が普通の人よりありえないくらい高い事だ。いくら身体を動かしても疲れないので、力仕事をしていた時にはヒストリアには驚かれた。今ではそれも楽しい思い出の日々となっていた。彼女を除いた他のみんなからは薄気味悪がられたが、俺は気にしなかった。

 

 

ただ、人や動物の体が時折透けて見える事があるのが気にかかる。

 

 

ふとした時、棒を振り回してみたが、激しく動かしても疲れなかった。

 

振っている時、綺麗な火が見えた様な気がした。

 

 

「…………」

それを影で見たヒストリアはリンの姿に魅了されていた。

 

動きに無駄はなく、幻視するほどの炎が見え、息を忘れるほど綺麗で、それは余りに美しすぎた。

 

それは約六時間くらいは続き、リンは棒を振るのをやめた。

 

 

「ふぅ、もう夕方か……此処までやって息ひとつも切れてない」

 

リンは棒を捨て自分の部屋に戻ろうとすると、ヒストリアが木にもたれ掛かり眠っていた。

 

リンは、彼女を優しく抱えて、部屋へと運んだ。

 

 

 

俺とヒストリアが共に10歳になった時、ウォール・マリア陥落から数日経った時、事件は起こった。

 

 

 

「♪〜♪〜」

 

この日のヒストリアは、鼻歌を歌っており、かなり上機嫌だった。

 

「ご機嫌だね、ヒストリア、何かあったのか?」

 

「うん!実はね!今日の夜、またお母さんに会えるんだ!」

 

「そっか…………久しぶりに会えるんだもんな。」

 

「うん!だから凄い楽しみなの!」

 

俺はヒストリアとの会話に笑顔を取り繕う。ヒストリアとの会話が楽しくないとかじゃなく、俺が穏やかじゃないのはヒストリアの母親についてだ。

 

ヒストリアの母親は……ヒストリアには悪いがとても良い親とは言えなかった。それどころか、「親なんて名乗るな」と言いたくなるほど、酷い親だった。

前まで俺達と一緒に住んでいたが、ヒストリアとは全く関わろうとはせず、むしろ距離を取っている様だった。あろう事か、ヒストリアから近付いても、怪我するなんて微塵も考えず突き飛ばす。それを見たとき、最初は信じられなかった。記憶をなくしてから初めて怒りを感じたのもこの時だったと思う。

 

ヒストリアに止められていなければ、俺はあの女を殴っていたかもしれない。あんな奴でも、彼女にとっては、大事な母親だったんだ。だから、あの時、俺は何もしなかった。

 

だが、今日来るなら何もしない訳には行かない。手は出さないが、ヒストリアが傷つかない様にすることは出来る。その為に、今日の面会を影から見守ると決めた。

 

そしてその日の夜、遂に面会の時間がやってきたのだ…。日が完全に沈んだ真っ暗闇の中、家に灯されている火だけが唯一の明かり。その付近に立っているヒストリアだけが唯一捉えられた。そしてしばらくすると、馬車がヒストリアの前までやってくる。馬車が止まると、その中からやけに怯えた様子のヒストリアの母親、そして、しっかりした身なりの謎の男が降りてきた。男は紳士風で、どこかの貴族であることが伺えた。顔は黒い帽子の影でさらに黒く塗りつぶされよく見えない。

すると男が口を開いた。

 

「君がヒストリアだね。初めまして、私はロッド・レイス。君の父親だ」

 

「…え?」

 

あの男、ヒストリアの父親だったのか……。何故今になって?今までそんなこと一度も無かった…。聞けば、ロッドという男はこの土地を治める領主で、これからはヒストリアも一緒に暮したい、と。

 

待ってくれ、いきなり過ぎて状況が整理できない。

 

ロッド・レイスがヒストリアを連れて馬車に行こうとしたその時——

 

「キャアアアアアァアアァァァッッ!!!!」

 

「!?」

 

な、なんだ!?暗くてよく見えないが、なにかに…囲まれているのか?

 

 「行けませんなぁ、レイス卿。この様なマネはご容赦いただきたい。ウォール・マリアが破られた事で、不安に襲われましたか?」

 

今度は細身のスーツ姿の男が出てくる。

 

「ひいぃぃ!」

 

 「お母さん!」

 

「違う!私はこの子の母親ではありません!!私とは何の関係もありません!!」

 

ヒストリアはその言葉を聞いて呆然としている。

耐えろ、耐えろ、耐えるんだ…!

もしここで出たらヒストリアがどうなるか分からないんだぞ…!

 

 「ほう…それは本当ですかな、レイス卿?この女も、その子も、貴方とは関係無いと?」

 

そしてレイス卿は、ヒストリアの顔を見て残念そうにして目を瞑りながらこう冷たく言い放った。

 

「…ああ、仕方ない。この2人は私と何の関係もない」

 

はあっ!?さっきまで父親だと、一緒に暮らそうと言っていた男が……なんで……そんな冷たいこと言えるんだよ……!?

 

「やはり、そうでしたか…」

 

「ひィッ!!?何!?何を!!?」

 

細身のスーツ姿の男は、ヒストリアの母親を力づくで跪かせる。

 

「お前は存在しなかった。屋敷に勤めていた事もない。誰もお前のことなど知らない」

 

「そ、そんな!?話が違うではありませんか!!?旦那様!旦那様!!」

 

ヒストリアの母親は絶望に染まった顔でレイス卿に叫び訴える。

 

「あ…お母……さん………」

 

「お前さえ……」

 

ヒストリアの母親の首にナイフの刃が当たる。

 

「お前さえ産まなけ———————」

 

言葉は最後まで発せず、クビをかっ斬られ、絶命した。その斬られた首から血が吹き出していて、それをヒストリアは呆然と眺めている。そしてヒストリアの母を殺した男は、彼女の頭に手を掛けた。ヒストリアも殺す気だ!

 

 

リンは近くにあった棒を持つと、ヒストリアのもとに駆け出した。

 

 

「やめろぉぉぉーーっ!」

 

声を上げると、連中の動きが一瞬だけ止まった。

 

「!何者だ!?」

 

「子供?とりあえず取り押さえるぞ!」

 

そう言った黒服の奴らは俺を取り押さえようと接近してくるが、連中を躱し、ヒストリアの元へ急ぐ。

 

俺は無我夢中で走った。無謀かもしれないが、やるしかない!その時——

 

 

 

「(まただ、あいつらの身体が透けて見える。それになんでだ…俺は、戦い方を知っている!?)」

 

 

ーー日の呼吸・幻日虹

 

 

高速の捻りと回転による回避……速度だけでなく残像により相手をかく乱する。

 

その瞬間、リンは、その場から一瞬にして消えた。

 

「なっ!?…消え「遅い」ガッ!」

 

 

一瞬にして、三回の連撃を与えて、黒服の意識を飛ばすことができた。相手の身体が腫れているのが映る。

 

次は加減をしないとな。

 

「なんだ!?何なんだこのガキは⁉︎—————」

 

今度はできる限り加減をし、意識を飛ばすだけに必要な力で相手にダメージを与えて、落とす。しかし今の暗いこの状況は丁度いいな。姿を闇に消して奇襲が出来る。多対一には最適だ。

 

「な、なんなんだよ…!クソ!調子に乗—————」

 

そしてそんな声が上がり、途切れた時には、遂にレイス卿とヒストリアの母親を殺した細身の男以外の全員が倒れていた。

 

「何が起こったと思えば、こいつは驚いた。まだガキじゃねぇか」

 

リンは無表情で、男を睨みつける

 

「それで、たかがこいつらを倒したぐらいでどうなるってんだ?」

 

「……」

 

「だんまりかよ。もっとお喋りしようぜ…………坊や!」

 

その瞬間、細身の男は、一瞬で俺との距離を詰めクビ目掛けてナイフを突き刺しに来た。普通の人なら気付く間も無く殺されていただろうが、生憎俺は普通じゃないようだ。

 

深く息を吸い込み棒を両手でしっかり握る。

 

 

「日の呼吸・炎舞」

 

刀を両腕で握り、振り下ろした後、素早く振り上げ、高速二連撃を繰り出す。

 

持っているなナイフを弾き飛ばし、眼前で寸止めをする。

 

男は驚いた表情をしていた。

 

「マジかよ、避けるどころか負けちまうとはな。おじさん傷付いちゃったぜ……それに、なんでテメェの棒っきれから火が見えたんだ?手が痺れちまった」

 

「俺にもわからん」

 

そう言うと、男は新しい玩具を見つけた子供を何十倍も歪ませた様な邪悪な笑みを浮かべた。

 

「良いなぁ…。その目、最近のガキも捨てたもんじゃねぇ…」

 

「待ってもらおう」

 

一部始終を見ていたレイス卿が、落ち着きを取り戻し、ここで俺たちにストップをかけた。リンは男の眼前に寸止めした棒を下ろす。

 

「君の名前を、聞いてもいいか?」

 

「リン・カグツチ……自分のことは一切憶えていない。この名前は、アンタが殺そうとしていたヒストリアに付けて貰った大切な名前だ。」

 

「リン…確か私の元に、記憶喪失の男の子を保護したと連絡が来たが……それが君か?」

 

「恐らくな」

 

「……ケニー。ヒストリアとリンの件、提案がある」

 

「……愛する我が子に情が移ったってツラだなぁ、そりゃあ」

 

「ここよりずっと遠い地で、慎ましく生きる事を条件に、2人は見逃してやったらどうだ」

 

「ハッハッ!飛んだ茶番だァ、もう好きにしろってんだ!おいガキ!悪くなかったぜェ!!」

 

そう言うと、ケニーと呼ばれたあの細身の男は、眠っていた他の黒づくめの男達を蹴り起こす。

そしてレイス卿はと言うと、ヒストリアの方に行き、こう言った。

 

「これからは、“ヒストリア・レイス”と言う名を使ってはならない。お前の名前は、“クリスタ・レンズ”だ。良いね?」

 

「……はい」

 

こうして、俺とヒストリア…改めクリスタは南の開拓地に移り住む事になった。そしてその開拓地に向かう馬車内に足を運ぶ。

 

 

「あのガキ……ただのガキじゃねぇな。だが、俺やリヴァイと同じアッカーマンってわけでもなさそうだ」

 

ケニーは未だに痺れている手に触れて、痛みに耐えていた。先程の連撃の衝撃で指の骨にヒビが入ったようだ。

 

「太刀筋がイカレてる。何だって火が見えんだよ」

 

 

レイス卿は違う馬車で内地方面に戻った。ケニーも続いて、後を追う。この馬車の中には、リンとクリスタの2人だけしかいない。車内は重い沈黙が支配していた。

クリスタは空っぽの様な暗い顔をしていた。

 

 

「ヒストリ「違うわリン、今の私はクリスタ・レンズ。もうヒストリアじゃないの」……」

 

そう言った彼女の顔は生気が無いようだった。

 

「……やめてくれ、俺は、君のそんな顔、見たくない。」

 

俺は、ヒストリアの体を強く抱きしめた。その行動にヒストリアは驚いた様子だった。

 

「俺は君のそんな顔を見たくて、奴らに立ち向かったんじゃない……。俺は、君に幸せになって欲しいんだ!あの時のように、俺に名前をくれた時の様なあの胸の温かさを、また感じて欲しいんだ。頼むヒストリア……そんな顔しないでくれ…」

 

「…リン……」

 

「キミの事だから、父親の言うことに従って、“クリスタ・レンズ”として生きようとするだろ。そうじゃないと、君自身も納得しない。それは俺も分かってる。でも、それじゃあ、君はいつか自分自身を殺してしまう。だからせめて、せめて俺の前だけでもいい、今までのヒストリア・レイスであってくれ。」

 

「……っ…」

 

「自分を殺さないでくれ。楽しい時には笑って、悲しい時は泣く、そんな人間らしい素直なヒストリア・レイスのままでいてくれ……」

 

「…ぁ……ぅっ…」

 

本心を隠していても意味がない。俺が今思っている事を全部ぶちまけた。互いに本音で話さなければ、一生ヒストリアはクリスタ・レンズのまま心を閉ざしてしまう。そう思った。そして、俺の胸に顔を埋めていたヒストリアから嗚咽が聞こえきた。

 

「…ぁ…お母さん……が……お母さんが…こ…殺され…ちゃった…!」

 

その言葉を聞いて、俺は右手をヒストリアの後頭部に、左手を背中に置いて、更に強く力を入れて抱きしめた。

 

「……し…知らないおじさんに……お母さんが…お母さんが…殺され……ちゃった………!!」

 

ふとリンは、手の力を緩め、背中と後頭部を優しく叩き始めた、ポン、ポンと。

 

「お母さんと…!まだ一緒に…っ……色々お話し…っ…したい事、いっぱいあったのに……っ!!」

 

「…うん…」

 

「お母さんを……っ…お母さんを殺した男にリンが…!リンが…!殺されるって…!!思って……!!」

 

「ッ…」

 

その言葉に優しく叩いていた右手を止め、また強く右手でヒストリアを抱きしめる。

 

「私…私…!本当に独りぼっちに…!!なっちゃうって…!!思って…!!」

 

「…ごめん、ごめんな…」

 

「リン……!!!お願いだから…私の事…!!一人にしないでぇ…!!!」

 

「…うん。大丈夫だヒストリア、約束する。絶対に君を…独りぼっちになんてさせない」

 

 

ヒストリアの心の叫びは開拓地に着くまで、ずっと続いた…。俺は彼女の叫びを受け止め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

そして時は847年に移る。

リヴァイに全集中の呼吸(常中を含め)を習得させるかさせないか

  • 習得させる
  • 必要ない
  • 作者に任せる
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