捕虜になって2週間が過ぎた。傷が癒えた私はエースタシアの上陸部隊指揮官の指示に従ってライフラインの定期点検及びレーダーシステムの修復を行なっている。レーダーシステムの復旧を一人でこなすのは大変だけれど、ニコラスさんの教えが良かったおかげで大半の作業はなんとかなった。あの懲罰部隊の男が命令しかしてこなかったことに対して、エースタシアの指揮官は違った。私の作業工程やメンテナンスの手際について称賛が与えられた。とはいえ、あくまでもエースタシアが使う機材の中でレグストルが使用している軍事機密が漏れないよう多少の嘘を織り交ぜながら作業している。サーバーシステムやレーダーシステム周りなんかはいい例だ。
サーバーシステムは作業はできるけれど部品がなく、あまりにも古すぎるので修理できないと拒否した。嘘はついてない。実際問題、本当に旧式過ぎてサーバーの修理は困難を極める。ただ部品は最悪端材から削り出しで作れるし、ニコイチを繰り返せばなんとかならないでもない。
レーダーシステムについてはいくら私でも修復できない。ハード面では確かに修理する技術を学んだ。ただしソフト面では全く分からない。それこそ最高機密なのだからそう簡単に教えてもらえるわけもない…と本来なら言うところだけど、この基地にあるレーダーはパラボラ式の2世代も前の代物。ぶっちゃけ使い物にはあまりならない。とはいえ一応命令されてる以上はそれなりに修理しなければならないのが現実だ。
そして夜になり作業時間が終わると食事が与えられる。さすがに営倉の鍵は閉められるようになってしまったものの、食事が与えられるのだからマシな方だろう。
最近は、就寝時間の1時間分だけ小物の修理屋をやるようになっていた。就寝時間は10時。ただし捕虜が私一人しかいないおかげなのか、1時間程度ならば起きていても何も言われることはなかった。物々交換制度も生きていた。作業時間内に私の営倉の箱に修理してもらいたい物を入れ、1時間の起きている間に受け渡しとなる。今までもらったものとしては、使わなくなった機材の欠片や落ちていた金属片などの小さな物から紙、鉛筆、飲み物といった大きな物まで様々。修理依頼も開かなくなったペンダントや壊れかけのトランシーバーまで幅広かった。
「エリューシヴ。例のやつ。直ったか?」
「ロケットペンダントですか。どうぞ」
「いやぁ。ありがとう。何度も頼んで悪いな。で、交換の件なんだが…」
「ツケですか」
「今交換できそうなものがないんだ…。頼む!」
「…分かりました。ただし、次払わなかったら2回分払い終わるまで修理しませんから」
「恩に着る!」
「次のあなたは…こちらですね。どうぞ」
「やっぱりお前がやると綺麗になるんだよなぁ」
「捕虜に弾なしとはいえ銃の清掃頼むってどうなんですか」
「ま、まあそこは…。ところでお嬢さん。君ガンスミスの腕があるんだな。銃が凄く綺麗だ。手入れが行き届いている。ウチの近くの猟銃店のおっさんは腕はいいんだが、いかんせん歳が歳でね。目が悪くなって整備が難しくなってるらしいんだ。戦争が終わったらエースタシアに来ないか?」
「考えておきます」
「おい。14歳の少女なんだ。もっと未来ある場所に連れてけよ」
「かっこいいボーイフレンドだってできるかもしれないからな」
「それもそうだ」
エースタシアの兵士は呑気だ。戦時中であるということを忘れているのだろうか。とは言っても、私もこの空気が嫌いなわけでは無かった。捕虜であるにも関わらず、私を見下すような人はいなかった。敵として出会ってしまったのが残念なくらいだ。それに私は撃たれてしまう存在であっても撃つことはできない。状況が変わってしまえばそうは言っていられないけれど、今は撃てない。いや、特技兵の私が戦うことは少ないだろう。早く戦争が終わってほしいものだ。
修理屋の看板であるLEDランタンの電源を切り、明かりを消す。その時、ふと思った。なぜ私を助けに来ないんだろうと。ただ、よくよく考えてみれば私一人を助けるために来るはずもなかった。エースタシアの捕虜になってるうちに、きっと戦争は終わる。エースタシアに行ってもいつかレグストルに帰れるだろう。そう考えて寝た。この生活がいつまで続くかは分からない。でもきっとすぐ終わる。そうだ。すぐ終わるに決まってる。それまで私はここにいればいい。それだけの話だ。
「…寝よ」
ぐっすりと眠りについた。いつものようにゆっくりと。睡魔に襲われながら。
夜中2時くらいだろうか。物音で目が覚めた。嫌な気配がした。具体的には分からないけれど、空気が変わった。目が冴えてしょうがない。数秒後には心の中で確信に変わった。これはヤバいと。
「ヴァントさん。そのまま聞いてください。私の思い過ごしならいいんです。ヴァルクさんだけでも隠れた方がいいです。もし隊長さんが来たら私から言っときます」
「…何が聞こえた?」
「外から物音です。何人かの気配も感じました」
「…本当はダメなんだが」
そう言ってヴァルクさんは私にハンドガンを手渡してきた。軍用の銃。マガジンを出してみると弾は15発入っている。彼はセーフティの解除の仕方だけ教えてくれたあと、すぐに立ち上がった。
「君を信用する。くれぐれも私を撃たないでくれよ?」
「…その前に撃てるかどうか、が入りますがね」
「冗談を言える気力はあるな」
「営倉から出さなくていいんですか?」
「君こそ隠れた方がいいんじゃないか?」
「レグストルの兵士だった場合、私を見つける可能性があります。いた方が都合が良いです」
「分かった。気を付けろよ」
「ヴァントさんも」
営倉内であえて寝たフリを敢行する私。銃は念のためセーフティはかけたままにした。暴発はさせたくない。
静かな足音が近づいてくる。予想通り何かが来た。営倉は薄暗いからそう簡単に分からない。ただ、私にだってこういうところに入ってくるのだからアレを使うことくらいは想像する。本当は使って欲しくないけれど、対策する以上何も聞こえないように耳を塞ぐしかない。光を感じることもあってはならない。気配とコンクリートを伝う振動だけが命綱だ。
ふと片方だけ耳から手を離してみる。足音が無い。突入間近なのか、それとも近接戦闘前の静けさに入ったのか私には分からなかった。ただ、気配は違った。空気が変わっている。彼らは私の味方なんだろうか。そもそも、レグストルの兵士なんだろうか…。
「動くな」
「ッ…!」
「捕虜はクーレビン条約に従って保護される。仲間を呼んでも無駄だ。既にこの基地は我々の管制下にある」
「銃を下ろしてもらおうか。我々とて、無駄な血を流すことが目的ではない」
「…分かった」
銃を床に落とす音が聞こえた。ヴァントさんは降伏したらしい。誰だかは分からない。ならば私がやることは一つ。対象が敵であろうとなかろうと、この近距離なら1発は当たる。致命傷を与えられずとも、隙はできるはずだ。
ゆっくりと薄い布の下でセーフティを外す。スライドは済ませてある。この薄暗さでは、NVGを持っている相手には不利だ。だからこそ、一瞬の判断が全てを分ける。
心の中でカウントを始めた。5秒の間で心拍数を抑える。準備は終わっている。やるしかない。
「…動くな!」
「嬢ちゃん!撃つな!」
静かに立ち上がって大見え切って叫んだ私に対してヴァントさんが両手を上げている相手をよく見ろと言わんばかりに顔を横に振る。ライフルを構えている彼らはNVGを装備し、いつだって私を殺すことはできていた。だけど、銃口は私を突きつけたあとにすぐ地面へと下された。
「…エリューシヴ・ウェールズ特技兵だな?」
「そうですが…何か?」
「目標確保!エリューシヴ・ウェールズを発見!」
《よくやったW2。目標を保護し、直ちに健康状態を確認せよ。捕虜は武装解除させ、集約させろ。現状、誰一人として欠けることは許されない》
「了解」
ヴァントさんは兵士達にどこかへと連れさられた。一方、私は地下の営倉から地上へと出た。そこには大量のヘリやACS、更に海岸線付近には沿岸警備艇と思われる船がいくつも光を放ちながら海を走っているのが見えた。どれもこれにも彼らのマークが描かれていた。彼らの正体はレグストルの兵士だった。
健康チェックの際に撃たれたことやその後は治療され、捕虜として基地の整備を一人で続けていたことを報告した。私としては、勝手に捕まったので敵前逃亡罪にあたるものかと考えていたけれど、そのような罪に問われることは無かった。逆に私を置き去りにした刑務官らには管理体制などを問われていると聞いた。まあ、別に彼らに非があったわけじゃないのでどうなんだろうとしか思えない。
夜が明けた翌日、エースタシアの兵士達は武装解除されていっぺんに集合させられていた。もちろん捕虜として扱われ、営倉の掃除などを指示されていた。私はというと、上の人間に呼ばれて司令室にいた。
「おはよう。エリューシヴ特技兵。撃たれた傷は大丈夫かね?」
「はっ。問題ありません」
「今回の置き去りに関しては、海軍の海上封鎖の遅れと基地奪還部隊の編成が遅かったことも含まれている。救助が遅れてしまい申し訳なかった」
「いえ。私のような一兵ごときを救助していただき、感謝しております」
「…そう、か。一部の間では君ら特技兵は捨て駒であると噂するものもいるが、特技兵が不足しているのは事実だ。なにより君のような優秀な人材を一人失うだけでも我々には痛手なのでな」
「ありがとうございます」
「さて。君にはこの基地から撤退し、別の任務についてもらう予定だ。3日後に来る輸送機。それが君のフライトチケットとなる。それまではこの基地に着任した特技兵らに引き継ぎを行うように。以上だ。他に質問はあるかね?」
「いえ。ありません」
「よろしい。早速だが保守点検任務を君に…」
久しい音が聞こえた。数ヶ月前なら普通の音。ただ、戦力が集中しているこの基地の状態から考えると非常にまずい音。爆撃音。基地のどこかに爆弾が落とされた。揺れが大きい。近くに落ちたんだ。
「何が起きている!状況を報告せよ!」
《攻撃を受けています!複数の爆撃機と敵ACSを上空に確認!》
《こちら宿舎!爆撃を受けました!パイロット複数人が負傷!》
《ACSは無事だ!発進準備!滑走路はまだ生きている!》
《空に上がれるやつは何人いる⁈》
《負傷者はあとにしろ!衛生兵に任せるんだ!》
《最悪のスクランブルだ!クソ!》
《急げ!ACSの発進を優先しろ!》
今となっては懐かしい音であったはずの爆撃音が恐ろしい音へと変わった。悲鳴と怒号で溢れる無線。慌ただしく走る音が聞こえる廊下。とにかく指示を出す指揮官。指揮官室から見える爆煙。無機質な警報音。ACSと爆撃機を迎撃する対空機銃。負傷者が運ばれていく姿。どれもが夢物語のように見えた。
気付くと私の足は滑走路へ向かっていた。パイロットがいない。負傷している。彼らがACSで飛ぶことはできない。では…技術を持った者が飛ばしてはならないのか。正規パイロットでなければならない理由などあるのか。足手纏いになるのはわかっていた。
私には、あの空を飛んでいる彼らに意志を感じなかった。でなければ宿舎になどにあてるものか。彼らは…この基地の捕虜について何も知らないのか?捕まっている捕虜に攻撃が当たったらどうする気なんだ?私には分からない。知るには…同じ舞台に上がるしかないのだろう。
「ACSの発進を急がせろ!」
「対空機銃の弾幕が薄すぎる!MANPADSを出せ!敵のACSを近づけさせるな!」
「493飛行隊は全員飛べる!各機、フォーメーション・テイクオフ!」
「355飛行隊はどうした⁈」
「全員負傷!飛べるのは612飛行隊の3機だけです!」
「迎撃戦に9機だけかよ⁈」
「文句言ってる場合か!急げ!」
「…いえ。10機です」
自分でも思った。なぜ私はこんなことを言ってしまったのだろうと。所詮私はひよっこだ。いや、ひよっこ以下の特技兵に過ぎない。彼らは思うだろう。この状況下で何を言ってるんだと。分かっている。だから私は黙って立ち去ろうとした。
「…いいだろう。名前を聞こうか」
「エリューシヴ・ウェールズ特技兵です」
「エリューシヴ…?隊長。こいつもしかして…」
「生身で10Gに3時間耐えた特技兵…間違いない。アレスタ2。面倒を見てやってくれ」
「…正気ですか。隊長」
「1機でも多ければ敵を騙すことくらいはできる。頼んだぞ。アレスタ3。お前は先に俺と上がれ。迎撃戦だ」
「了解」
「ッ…アレスタ2。了解。エリューシヴ特技兵。お前は俺とエレメントを組む。空でのお前の名前はアレスタ4だ。覚えておけ」
「はっ」
「…その様子だとある程度は分かっているみたいだな。ついてこい。ACSに乗せてやる」
彼について行った先にあったのは、私が修復したものとはまた違ったACSだった。
「ぼさっとするな!敵は待ってはくれない!」
修復作業の際に動作チェックを教わっていたおかげでACSの乗り方は分かっていた。内部に搭載されている耐G圧迫装置を起動し、各部の補助翼の動作チェックを行う。飛行コントロールシステムを完全に起動させエンジンルームの異常をチェック。問題が無ければ最後の工程。フェイスシールドと腕部、胴体部のアーマーを展開し身体に密着させる。これで大方の準備は終わった。エンジンの吹かし方も分かる。あとは…戦い方だけだ。
アレスタ2に従って滑走路に移動を開始。敵が空の先でどんぱちやっている間に、発進準備が進む。
《急げ!発進させろ!》
《こちらアレスタ2。アレスタ1。これより発進します》
《アレスタ2。早めに上がってくれ。敵は思ったより多い 》
《ウィルコ。アレスタ4。俺に従って離陸しろ》
《了解》
空の向こう側。青い雲海。綺麗な空でおこなわれているのは戦争だ。私には分かっていない。だから…今から私は『戦争』を知りに行く。この雲海で行われている戦いを。
戦闘描写はカロリー高すぎて難しいよ…