艦これ日誌   作:オリナル

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提督の好意によって姉妹の内一人だけ練度がずば抜けている軽巡洋艦『矢矧』
姉妹たちと顔を合わせる機会は日に日に少なくなり、煮え切らない気持ちのまま、矢矧はトラック泊地へと向かう。


矢矧と姉妹

「連合艦隊、これより敵主力部隊との交戦に移る。各員の奮戦に期待する」

 

連合艦隊旗艦を勤める戦艦『長門』の号令に、司令室に集まった艦娘たちは一様に真剣な眼差しで一言一句聞き逃さない姿勢でいた。

大本営より通達された本作戦の目的は、トラック泊地に深海棲艦の大艦隊が接近中との連絡が発せられ、それを迎え撃つのが作戦の第一目的である。各鎮守府に発せられたその号令に、我こそはと名乗りを上げる提督は数知れず、多くの鎮守府から多くの艦娘がトラック泊地へと集結しつつあった。

我が艦隊もその例に漏れず、来る決戦のための最終調整を行う段階に入ろうとしていた。

 

「出撃はマルハチマルマルを予定する。それまで各員戦闘に備えろ。解散!」

 

艦娘たちは旗艦長門とその後ろで悠然と佇む提督に敬礼し、司令室を後にした。

 

「矢矧さん、ちょっといいっぽい?」

 

司令室を出てすぐ、軽巡洋艦『矢矧』は同じ第二艦隊に入る駆逐艦『夕立』に呼び止められた。

 

「どうしたの?夕立」

 

「さっき廊下で酒匂さんと能代さんに会ったの。そこで私聞いちゃったっぽい」

 

夕立が言うには、能代がいつものように姉の阿賀野の様子を見に行った時、どうやら様子がおかしいと酒匂に呟いていたそうだ。原因はいくつか思い当たるが、最たるものは矢矧も検討がついている。

 

「トラック泊地は、阿賀野姉が沈んだところよ。たぶん昔の記憶が蘇ってるんじゃないかしら」

 

「ちょっと心配っぽい……」

 

「能代姉がいるから大丈夫よ。それに酒匂だって今はいるし、今は目の前の戦闘に集中する方が先決よ」

 

「……ちょっとその言い方は冷たいっぽい」

 

夕立に言われ、矢矧は少々眉を顰める。

 

「お姉さんの様子が変なのに、矢矧は心配じゃないの?」

 

「夕立、私は心配してないわけじゃないわ。今はそれどころじゃないって話をしているの」

 

「でも……」

 

「あなたも、明日の準備をして早く寝なさい」

 

矢矧はその場から早歩きで去っていく。その背中を見つめる夕立に、同じ艦隊の秋月が話しかける。

 

「夕立、矢矧さんは何て?」

 

「能代さんや酒匂さんがいるから心配いらないって。いくら戦闘前だからってちょっと冷たいっぽい」

 

「しょうがないよ。とても真面目な人だし……でも、私がこの艦隊に来て何度か矢矧さんと同じ艦隊になったけど、他の姉妹の人と話してるところってあまり見たことないような」

 

「夕立もそうなの。姉妹なのに不思議っぽい」

 

秋月と夕立は互いに腕を組んで唸りながら、戦艦の先輩に怒られるまで考えていた。

 

 

 

 

海域での戦闘は敵の大隊を迎え撃つべく鎮守府側も艦娘12人の編成となる連合艦隊を編成しての進撃となる。並み居る深海棲艦の猛攻を潜り抜け、ついに艦隊は敵の旗艦艦隊へと接近しつつあった。

 

「全艦、東方へ向けて両舷前進原速」

 

旗艦比叡からの伝達は艦娘たちに伝わり、各自警戒態勢のまま東方へと進路を向けた。トラック泊地を占領せんと攻めてくる敵の攻撃は激しく、また強大であった。味方戦艦を一撃で大破せしめる戦艦棲姫引き入る敵主力艦隊の猛攻を掻い潜り、艦娘たちは疲労と負傷で困憊している。緊張に継ぐ緊張の連続ゆえに、艦娘たちの精神状態も限界一歩手前まできていた。

 

「うぅ……お風呂入りたい……」

 

誰が呟いたか、疲れからくる懇願の声を、第二艦隊旗艦の矢矧が喝を飛ばして一蹴する。

 

「作戦中よ!対潜対空警戒を怠らない!」

 

矢矧の声に感化され、艦隊に再び緊張の空気が張り詰める。だが、かく言う矢矧も緊迫した空気と自身の損壊状況から来る体力の消耗を隠し切れず、肩で息をする。

連合艦隊は進路そのままに進行し、やがて第一部隊からの入電が全艦娘に伝達された。

 

「索敵中の偵察機より入電!我、敵艦隊を発見せり!」

 

第一艦隊の空母千歳の無線越しからの声が、耳元より聞こえてくる。さっきまで緩みがちだった空気が一瞬にして四散し、さっきまでの警戒態勢をより一層のものとした。

 

「全艦、これより敵旗艦を叩きます。陣形、第四警戒航行序列」

 

比叡の指令に速やかに対応。12人の艦娘による戦闘隊形が組まれる。第一艦隊は後方に4隻の複縦陣と前2隻は単縦陣をとり、第二艦隊は旗艦を先頭に扇状へ広がる陣形を組んだ。

 

「全艦、第二戦速。千歳さんと隼鷹さんは、第一攻撃隊の発艦用意を」

 

「了解」

 

「よっしゃー!」

 

最後尾に控える2隻の軽空母は艤装を展開していく。商船改装空母隼鷹は持ち前の巻物を取り出し、その封を解く。巻物は風に靡かれその全容を露わにする。中に描かれているのは飛行甲板を模した絵であった。次に隼鷹が用意したのは人型を模した白い紙。その束を人差し指と中指で挟み、隼鷹が念を込めると、指の先から紫色のゆらゆらとした人魂が現れた。勅命という文字が浮かび上がったそれに触れた人型の紙は次第に導かれるように巻物に描かれた飛行甲板を目指し宙に浮く。

 

「彩雲より入電!敵空母2、戦艦1、駆逐2、新型1。輪形陣にてこちらに接近中」

 

索敵を続けていた千歳の艦載機からの情報が全艦に伝わる。水上機母艦改装空母千歳の艤装は隼鷹とは打って変わり、機械仕掛けの箱を開くかの様に、飛行甲板を模した箱の中から次々に艦載機が現れ、操り人形で使う手板と釣り糸を用いて艦載機たちの発艦準備を整えていく。釣り糸によって結ばれた艦載機たちは次々に千歳の指の動きに合わせてエンジンに火がつき始める。

 

「水上電探に感あり。距離30」

 

「目標、敵空母!艦載機、発艦始め!」

 

比叡の掛け声で、待機させていた艦載機は一斉に飛び立たんとする。隼鷹からは人型を模した紙が飛行甲板を滑ることで瞬く間にその姿を戦闘機、艦上爆撃機へと変わった。千歳からは釣り糸によって結ばれた艦載機たちが一斉にその手を離れ、大空へと飛び立っていく。

烈風と零式艦戦62型の計40機が編隊を組み、敵艦隊に向けて飛び立っていった。

艦載機たちが点になるまで見届けた矢矧は駆逐艦たちに指示を出し始める。

 

「第二艦隊は先行して敵に接近、第一艦隊の攻撃の後に即時砲雷撃戦を開始する」

 

無線より「了解」の声が一斉に耳に届く。

 

「電探に感あり!対空警戒!」

 

比叡の声で皆は一斉に空を見上げる。艦隊が進行する先の空から黒々とした点々がぽつぽつと見える。やがて肉眼でも認識できるほどになったそれは、間違いなく敵の艦載機。白くボールのようなフォルムの中心に汚く歯が生えた口。腹には爆弾や魚雷を抱え、こちらに真っ直ぐに飛来してくる。

 

「第二艦隊、対空射撃用意!」

 

矢矧の指示に第二艦隊艦娘は装備した対空砲、機銃を最大仰角まで向け、次の矢矧の合図を待つ。

 

「敵艦載機通過後、全艦第4戦速へ移行。一気に敵艦隊を射程距離に入れます。全艦回避態勢を取ってください」

 

敵艦載機が対空砲の射程に入ったのを見計らい、矢矧は声を上げる。

 

「対空射撃、始め!」

 

一斉の砲撃が空を覆い尽くさんと天高く舞い上がる。その砲弾は敵艦載機に直撃、あるいは掠める。ダメージをおった艦載機は海へとその身を沈め、運よく回避したものは進路そのままにこちらへ向かって、爆弾を投下し、魚雷を放つ。連合艦隊はそれぞれの旗艦の指示の下、右へ左へと蛇行し敵の攻撃を回避する。あちこちから水柱が上がるが、第二艦隊は対空射撃を止めず、第一艦隊への被害を最小限に留めようと努める。

 

「この秋月が健在な限り、やらせはしません!」

 

中でも防空駆逐艦秋月の働きは目覚しいものだった。近年における敵勢力の増強により、対抗すべく建造されたこの秋月は、呼んで字の如く空を守る駆逐艦。両舷に装備された長10cm砲は駆逐艦の誰よりも射程が長く、内に装備された対空電探、高射装置が対空射撃の精密性を補いその力を最大限に発揮させ、まさしくハリネズミの如き対空射撃を可能にしている。

連合艦隊の被害は、第一艦隊の摩耶小破、千歳中破に留まり、作戦通り速度を第4戦速へ移行。敵艦隊へ一気に接近を図る。

 

「千歳さん」

 

比叡が無線で千歳の安否と敵の損害状況を手短に聞いた。

 

「敵駆逐艦1を撃沈。残りは全て回避されました。それと、新に敵艦隊の情報です」

 

その情報とは、敵の新型にあたるものだった。艦隊の誰もがおそらくそいつが敵旗艦である事の察しがついている。

 

「形状としては人型深海棲艦と断定。砲塔の形状から軽巡洋艦であると思われます」

 

「軽巡?」

 

誰が呟いたかそんな声が無線から聞こえる。確かに敵の大隊を率いるのに軽巡洋艦を旗艦に据えているのは確かに不自然極まりない。ひょっとしたら自分たちの進むべき航路は間違っていたのだろうか。人類の持ちうる英知と妖精の力を出来うる限り解明し、その全てを注ぎ込んで作り上げた羅針盤も完全に万能なものとは言えない。時として目的の航路とは大きく外れた道を指す事があるのだ。しかし、それは誰もが承知の上である。全海域を深海棲艦に支配されている今、人類が海を安全に進むにはこの羅針盤を頼りに進むしかないのだから。

 

「これより敵旗艦を軽巡棲鬼と仮名。第一艦隊、砲撃戦用意!」

 

戸惑われた空気を比叡はぴしゃりと終わらせ、第一艦隊は主砲に弾頭を込める。敵艦隊の数が肉眼で捉えられるくらいまで近づいた時、その火蓋は切られた。

 

「主砲、斉射、始め!」

 

「第2次攻撃隊、発艦しちゃってー!」

 

戦艦2隻の35.6cm砲から放たれる徹甲弾と、重巡2隻の20cm砲、その後を隼鷹の艦載機が続く。同時に敵からの砲撃が交差し、辺りは水柱で埋め尽くされていく。第二艦隊は雨あられと降り注ぐ鉄の雨の中、ひたすらに敵艦隊を目指した。先頭を走る矢矧に続き、駆逐4、重巡1の艦娘たちが海を走る。

 

「敵艦見ゆ!」

 

敵艦隊を肉眼で確認した。その姿を目視で確認できるほどまで第二艦隊は近づいたのだ。第1艦隊の善戦もあって、敵駆逐はすでに全滅。戦艦も1隻は中破、もう一隻も大破の状態となっており、空母に至っては共に中破となっており戦える状態とは言えない。

 

「全艦!砲撃よう………」

 

瞬時に敵の状況を把握していた矢矧が一瞬その姿を見て息を呑む。

 

「あ、阿賀野さん?」

 

雪よりも白い肌を露出させ、ボロボロの黒い衣装に身を包み、その瞳に青白い光を宿したそれは、紛れもなく矢矧の姉妹艦阿賀野の姿だった。阿賀野に似たそれは第二艦隊の面々を値踏みするように眺め、憎しみに満ち満ちた声をその場にいる全員へ伝達させる。

 

「ニドトフジョウデキナイ……シンカイニ……シズンデイケ!」

 

 

 

 

その日の鎮守府内は慌しく人が行き来していた。ある人は工廠へ、またある人は入渠施設へと足を向ける。

連合艦隊が鎮守府へと帰還してすぐ、傷ついたものを入渠施設へ連れ、装備一式を点検のために工廠へ運ばれた。一部の艦娘は疲れによりすぐさま艦僚へ向かっていった。おそらくは自室に入った途端寝息が聞こえてくる事だろう。旗艦比叡と旗艦代理の秋月の2人は共に提督執務室へやってきて、作戦の報告を行っていた。

 

「敵旗艦艦隊の被害は甚大。敵旗艦を夜戦にて大破せしめましたが、こちらの被害および燃料弾薬を加味し追撃の要なしと判断し帰投しました。第一艦隊は摩耶中破、筑摩小破、千歳大破、隼鷹中破です」

 

「第二艦隊は夕立中破、綾波大破、愛宕小破、矢矧大破にて入渠中。旗艦代理の秋月が報告させていただきました」

 

報告書を提出し、提督の指示で退室した。

初めての戦果報告の緊張から退室後息を吐く秋月に、比叡がそっと肩に手を置いた。

 

「大丈夫?秋月ちゃんも疲れてるでしょ?後の事は私がやっておくから、先に寮に行ってていいよ」

 

秋月のことを気遣って比叡は言った。

秋月はほぼ無傷で帰投した。しかし、激戦と慣れない艦隊指示に肉体的にも精神的にも疲労の色が見えていた。その事はいくつもの実戦をしてきた比叡が一番よく分かっていることだ。しかし、当の本人はそんな心配を知ってか知らずか比叡の提案をやんわりと断る。

 

「大丈夫です。秋月はまだまだお役に立たなくてはいけません。ここで休んでは比叡さんにもご迷惑をかけてしまいます」

 

秋月の人柄からしてこういった申し出は断ることを、比叡は口に出した後で思い出した。そういった判断が鈍っていることを考えると、自分も疲労が溜まっているのだろう。少し考えた後、比叡は言った。

 

「じゃあ秋月ちゃん。第一艦隊旗艦として命令します」

 

「は、はい!」

 

「私と一緒にお姉さまのところにいきましょう」

 

「……え?」

 

「きっと今頃、金剛お姉さまが私たちの帰投に合わせて、お茶を入れてくれている頃だと思います。今からご一緒しましょう」

 

「え?でもまだ旗艦任務の引き継ぎや艤装のチェックなど……」

 

「そんなの後々。どうせ今入渠してる人たちが出てこないとやれないんだから。それに最初に言ったように、これは旗艦命令です」

 

「……分かりました」

 

秋月の返答ににっこりと笑みを浮かべる比叡は、秋月の後ろに回って、急かすように背中を押し始める。

 

「さあさあ、早く行かないと金剛お姉さまをお待たせしちゃいます。気合!入れて!いきます!」

 

秋月の背中を押し、金剛の待つ部屋へ直行していく比叡とそれに困惑する秋月であった。

 

 

 

 

矢矧が目を覚ましたときに、視界に入ったのは鎮守府の天井だった。状況を察するに、自分は先の作戦で大破し、意識を失ったまま鎮守府内に作られた病室に担ぎ込まれたようだ。

艤装は機械ゆえに修理すれば直るが、人の身である艦娘は療養も必要とする。幸い艤装の加護により矢矧自身の肉体に大きな損傷はない。かすり傷や打撲といった至って軽症に留まっている。しかし、自分の思い起こす限りの記憶では艤装に相当なダメージを負っていたはずである。いち早くここを抜け出して提督に高速修復剤の許可をもらわなくては、と身を乗り出したとき、横から声を掛けられた。

 

「お前は出撃を控えろってよ」

 

はっとし横を見ると、同じくベッドで身体を起こし、漫画を読みふけっている摩耶の姿が目に映った。

 

「起きたら伝えてくれって姉御……秘書艦の愛宕が言ってたぜ」

 

「愛宕さんが?」

 

「おう。あたしも中破で担ぎこまれたクチだけど、ちょいと当たり所が悪くってな。軽く脳震盪でぶっ倒れたそうだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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