棋帝戦「五」番勝負第「七」局。
そのネット中継解説に、俺は出演していた。
「皆様おはようございます。本日は、東京将棋会館で行われております棋帝戦第七局の模様を、終局まで完全生中継でお送りします。聞き手を務めさせていただきます女流棋士の鹿路庭珠代です。」
今回聞き手を務めてくれるのは、鹿路庭珠代女流二段だ。関東所属の二十歳で、華の女子大生。姉弟子の次に人気のある女流棋士といっても過言ではない人だ。
ただし、その異名は”研究会クラッシャー”。鹿路庭さんが参加した研究会は、なぜかどれも長続きしないのだという。
「本日の解説者をご紹介します。九頭竜八一竜王です。先生、どうぞよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「早速ですが、対局者のプロフィールをご紹介させていただきます。本局では後手番となりました篠窪大志棋帝は現在二十三歳。昨年この棋帝戦で初タイトルを獲得し、関東若手棋士の中で一躍トップに躍り出ました。九頭竜先生はどのような印象をお持ちですか?」
鹿路庭さんの手慣れた進行はすごくやりやすいので助かる…なんてことを考えながら質問に答える。
「そうですね。ルックスもよくて将棋も強いという…まあ非の打ちどころがないですね。研究もしっかりとしている印象があります。」
「そうですね。例の七番勝負でも唯一『彼』に勝利したのが記憶に残っています。」
やはり、どうしても将棋界の話をするときに『彼』の話をしないというのは難しいようだ。
俺も前に歩夢から聞いた情報を話す。
「それ以来、『彼』と研究会もかなりの回数しているということで、最近メキメキと実力をあげていられますね。今回も、一回の千日手と二回の持将棋で、下馬評では篠窪棋帝のストレート負けだろうとも見られていたこの五番勝負を、第七局までもつれ込ませています。」
「恐らく初めての事態ですよね…?」
「そうですね、同じタイトル戦で持将棋二回というのはちょっと聞いたことがないので…」
「あの名人を相手にフルセットというだけでも最近は無かったと思うので…」
「本当に凄いことだと思います。両者の実力が拮抗しているからこそですね。」
「はい。ではここで今話に出ました、挑戦者の紹介ですが…」
ついに名人の紹介だ。
「まあ、説明不要でしょう。名人です。」
「はい。現在、『名人』『玉座』『盤王』の三冠を保持、棋帝も奪取となると、八大タイトルの半分、四冠を手中に収めることになります。」
「大きな勝負となりましたね。本局には注目です。」
「また持将棋でもう一局なんてことも…?」
「いやあ、流石にそれは勘弁してもらいたいですね(笑)」
そして午前十時、いよいよ対局は始まった。戦型は横歩取りに進む。
「九頭竜先生、こちらの戦型は予想していましたか?」
「そうですね、後手の篠窪棋帝の得意戦法ですので予想はしていました。名人は基本的に相手の得意を避けませんから。」
「鹿路庭さんは横歩取りは?」
「私は振り飛車党ですので勉強不足で…でも最近流行っていましたね。」
「そうですね。『彼』が苦手にしているんじゃないかということで対策として一時期流行ったんですが、最近は『彼』も克服気味なのでなんとも。」
「よってたかって皆がぶつけるので経験値が上がってしまったという…。」
「そうなんです。棋士は皆『彼』に全力をぶつけますからね。でも、『彼』はむしろそれを利用して指数関数的に成長しているんじゃないかと最近思います。」
その場にいない棋士の話をし続けるのもまずいと思ったのか、鹿路庭さんが方向転換をした。
「少し話がそれましたね。現局面はいかかでしょう?現地の検討では4六銀や7七金が調べられているようですが…。」
「7七角だと思います。」
「え、7七角ですか?金上がりなら取られない歩を取られてしまいますが…。」
「先手はもともと一歩得です。なので、歩を取られてでも角を働かせて行く方が名人らしい手の組み立てだと思います。壁形も解消して玉を囲いにいけますし、それに、歩を取るためには飛車を7筋に持っていくことになりますから、安定した位置まで戻すには手数がかかる。ならばそのうちにということで、角を活用した速攻も見せているんですね。」
「なるほど…あ、今指されましたね。7七角と上がりました!九頭竜先生のおっしゃる通りでしたね!」
「当たってホッとしましたよ。まあこれで歩を取りに行きつつ角を狙うというのがまあ一目あるんですけれども、明らか研究手順がありそうですし、飛車角交換の激しい将棋になってしまう…まあ、横歩はそうなりがちでもあるんですが、流石にタイトル戦のフルセット局なので、お互いもう少し間合いを測ると思います。」
このような感じで解説をしていき、途中あい達がスタジオに乱入してくるというハプニングもあったものの、対局は終盤に入っていった。
現状は名人が優勢。しかし、名人の寄せ方には違和感があった。
それをあいに解説をさせる。
「あい。最善の寄せを言ってみなさい。」
「▲9一銀に代えて▲9三銀△同玉▲7一銀です。以下後手が7一同金でも6九銀でも詰み筋です。」
ここで天衣も口を出してきた。
「というか、そもそも107手目に▲4六同歩で明快だったのに、わざわざ端に味付けなんかするからめんどくさいことになるのよ。こんなんじゃ、名人もそのうち『彼』にタイトル取られちゃうわよ?」
流石の物言いに鹿路庭さんも絶句しているようだ。
――そして、ここで篠窪棋帝が投了する。
第七局までもつれ込んだ五番勝負も、今ここで決着した。
これで名人は四冠を手にし、タイトル獲得九十九期を達成。奇しくもこの日は名人の師匠(故人)の誕生日であったという。
インタビューでは、「意識はしていませんでしたが、いいプレゼントにできたのではと思います。」と無難に回答していた。
日本中が沸くなか、俺は名人からタイトルを守らなければならなくなる可能に震えていた。
名人は竜王戦の挑戦者決定戦まで駒を進めていたからだ。果たして、篠窪さんほどの熱戦にできるだろうか。名人相手に高度な感想戦を繰り広げる篠窪さんの姿を見ながら、俺は嫌な汗が伝うのを感じていた。