翌日。再び修行は続けられた。大臣には、今のところ順調だとだけ言っておいた。
「今日はな、おまえに真剣の恐怖を乗り越えてもらうぞ」
ジルフは木刀を捨て、背にかかる大剣を手にした。
えっ、というヒマもなく、切っ先がゆうやに向けられる。銀色に光り輝くその刀身に、ゆうやは身がすくんでしまった。
「いいか、よく聞け。たしかにおまえくらいの実力だと、剣や鉄砲などの武器に当たると重傷もしくは死にいたることが多い。まともに当たると死ぬんだ。だから攻撃は急所を外してかわさないといけない」
それを聞いて、さらに身が震える。当たったら死ぬって・・・
「恐怖を持つことは大事だ。無鉄砲だとすぐ死ぬからな。だが、怖がってばかりいては武器持ちに勝つことはできない。今日はその恐怖に打ち勝つんだ。さあ、やるぞ!」
「は、はい……」
ゆうやは震えながらも、木刀を手にした。
「おっと。おまえは素手だ。遠くから木刀振り回してもこの修行は効果が薄いからな。素手で俺の懐に飛び込み、一撃当ててみろ! 俺はゆっくり剣を振るが、途中でとめないし、当たったらちゃんと斬れるからな。冗談だと思っていたら死ぬぞ。本気でかかってこい!」
その言葉とともに修行は始まった。向かい合う両者。ジルフさんが、とても大きく見える。そして、その懐は遠く、まるで届きそうになかった。白く光る剣がこちらを睨んでいる。それを見ると、体が鉛のように固まってしまった。
「来ないのか? では、こっちからいくぞ」
次の瞬間、ジルフさんはもう自分の目の前にいた。逃げろ! でも、脚が……脚が震えて動かない。次の瞬間、剣が上から降りかぶさってくる。速い! も、もうだめだ。怖い。ゆうやはなんと目をつぶってしまった。
次の瞬間、激しい痛みが額のほうに起こった。おそるおそる目を開けると、ジルフが怖い顔で睨みつけていた。真上には、ごく近くに剣がそびえている。
額を触ってみた。手には鮮やかな鮮血がべっとりと付く。う……あ……あ……斬られた! 一瞬頭がパニックになった。血を見て、頭が真っ白になった。そこにジルフが一喝する。
「おい! ゆうや! 実戦だったら今のでもう死んでたぜ。攻撃が怖くて目をつぶるなんてのは、自殺行為にも等しい。おまえ、相手が俺だからってどこかで安心してたんじゃないのか? その血で目が覚めたろう。これが最後だ。次は本当に止めないぞ! 死んだらそれまでだったということだ」
ジルフがあらためて剣を構える。
ジ、ジルフさんは、本気だ。本気で俺のことを殺すつもりなんだ。目の前にジルフさんが迫ってくる。逃げなきゃ、逃げなきゃだめだ。今度こそ、本当に死んじゃう。俺の脚、頼むよ! 動け……うごけ!…………うごけっーーーー!
するとようやく固まりついた脚が動いた。ジルフさんの剣が空を切る。しかし、ジルフさんはもう二の撃の態勢に入っている。こちらを冷たい目で睨みながら。こ、怖い! どうしようもなく怖い! ゆうやは思わず背を向けて訓練場の遠くまで走ってしまった。しかし、逃げた先にはすでにジルフさんが回り込んでいた。ゆうやは足を止める。
「敵にあの状況で完全にすきだらけの背を見せるとは、殺してほしいと言っているようなものだよなあ」
ジルフさんが剣を横に振ってきた。慌ててバックステップで下がる。鼻先を剣がかすめた。
「あんな風な逃げ方は死に直結すると肝に銘じておけ!」
鬼のような連続攻撃。ジルフさんは剣を縦に横に次々と振って斬りつけてきた。ゆうやは、後ずさりしながらも今度は背を見せずに懸命に下がる。避けるのに必死だった。オーバーなほどに下がるゆうやを見て、ジルフはひとつ突きを繰り出す。それが下がるゆうやの脇腹をえぐった。ゆうやは顔をゆがめて左脇腹を押える。どくどくと血が流れてきた。
「今のおまえは、下がることしか、避けることしか考えていない。それではいつまでたっても勝つことなどできない! 今のように少しずつ攻撃を食らって追い詰められてゆくだけだぞ」
ゆうやは苦痛に身を悶えながら、左脇腹を左手で押えながら考える。そうだよ、避けてたって、ずっとよけてたって、ジルフさんに攻撃なんてできない。今みたいに、どんどん攻撃を食らって……動けなくなっていって……死ぬだけなんだ! 俺はまだ死にたくない! 生きなきゃ! 何か考えなきゃダメなんだ。反撃の手立てを! でも、でも、決心がつかない。あの剣が迫ると、どうしても怖くなって、身がすくんでしまうんだ。
だめだ。攻撃なんてできっこないよ!
ゆうやはなおも攻撃をかわしながら葛藤を続ける。湧き上がる闘志、しかし浮かぶ恐怖、ゆらぐ決心。 これらが彼の中で必死に闘っていた。
そこに、ジルフの剣が右腕の皮膚を斬り裂く。
「うああああっーー!」
ゆうやが右腕を押えてうめく。ジルフはなおも剣を構えて言う。
「おまえは、一体いつまで逃げているんだ? バルに、立派な戦士になりたいんじゃないのか!? やる気がないならそのまま死ぬか? 甘ったれるなよ!」
ジルフさんの言う通りだ。今の俺じゃ、バルになんて、立派な戦士になんて、なることなんかできない。でも、俺はなんのために!? なんのためにバルになりたいんだろう。ジルフさんや、メリス先生がかっこいいと思ったから? それもあるかもしれない。自分が強くなって空を飛んでみたいから? それもあるだろう。俺は今まで、自分のあこがれの気持ちだけで、この修行を続けてきたんだろうか? だから、こんなに命の危機が迫ったとき、怖くて震えるだけの弱い自分なんだろうか。
いや、違う。そうじゃない。だって誓ったじゃないか! あのとき、もう悲しいことは起こしたくないと。俺が強くなって、みんなの笑顔をなくしたくないと。あきひろ兄ちゃんのような悲劇を、もう生み出したくはないと。そう誓ったのは、他の誰でもない、自分じゃないか! 俺は今、こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ。まだだ。俺の限界は、ここじゃない。
前を見た。ジルフさんが剣を構えて迫ってくる。体が熱い。傷口が熱い。心臓が高鳴る。やっぱり剣は怖い。でも、それでも、なんとか……なんとかしなきゃ!
ゆうやは剣をかわすと、必死にバックステップで距離をとった。そして考える。
剣が見えるから、剣を怖がるから、攻撃が見えないんだ。木刀なら見える攻撃が。だったら、木刀と同じだと思えば! 気配で、剣の動きを探るんだ。ゆうやは目を閉じた。今度は逃げではない。決意の上での行動だった。
ジルフも、ゆうやの気が高まるのを感じる。ほう、ようやく決心がついたようだな。目を閉じちゃいるが、さっきとはまるで違う。よし、これは賭けだ。俺は、ゆうやの勝利を信じる!
ジルフは間合いを詰めると、剣を振り上げ、ゆうや目がけて右上から左下にかけて振り下ろした。
ゆうやは、剣が来るのを感じていた。どっちから!? この気配は! 左上だ! ゆうやは体をねじるようにして右前方へ潜り込んだ。目を開けると、見えた! ジルフさんの懐が。
「やあああああああっ!」
渾身のパンチを繰り出す。それはジルフになんとかあたり、ゆうやはへたるようにしてその場に崩れ落ちた。ジルフさんは、剣をしまい、いつものやさしい顔で話しかけてきた。
「よくやったな。おめでとう。これでもう武器を持ってるやつがきても大丈夫だな」
「この恐怖は、そんなに簡単に乗り越えられるものじゃない。俺は知ってたさ。おまえが必死に闘ってたのを。知ってたが、甘さを見せたら訓練にならないだろう? 俺は今日鬼になっておまえにあたった。それをおまえは、最後は自分の力で打ち勝ったんだ。立派だったぞ」
よしよしと頭をなでられた。今まで張り詰めてたものが、急に解きほぐれたような、そんな気がした。安心したからかもしれない。久しぶりに、目から涙がこみ上げてきた。
「おいおい。泣くなよ。つらくあたって悪かったな」
これだからガキの世話はまいるんだよな。泣いたら手がつけられないんだよ。でも、本当によく頑張ったな。
泣き終わったゆうやは、疲れたのかぐっすり眠ってしまった。
「メリス、ゆうやを回復してやってくれ。ちょっと手痛くやっちゃったんでな」
「あんたったらほんとに手加減しないのね」
メリスがあきれたように言う。
「これでもかなり抑えたんだぜ。たしかにちょっとやりすぎたかな。でも、こいつはそれを乗り越えて今日大きく成長してくれたさ」
「やり方が強引なのよ。ちょっとずつ慣らす方法もあるでしょ」
「バカ。死の緊張感を持たないと得られないものってあるんだよ」
「そうやって本当に殺しちゃったらどうするつもりだったのよ」
「俺もそこまで本気ではやらないさ。最悪斬りつけてもメリスに回復させようって腹だったしな」
「やっぱり危ないじゃないの。私がいるからってそんなことをねえ……」
「ま、それだけ頼りにしてるってことさ。結果オーライだ」
「しょうがないわね」
メリスが気をあてると、ゆうやの傷はあっという間にふさがった。ゆうやの寝顔は、大きな試練を乗り越え、満足した表情だった。
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ゆかり「わたしの出番はどうなるの?」
今回はありません(笑)