ヘレスチナ共和国の首都周辺には、工場らしき建物が多かった。煙を吐き出す煙突の多いこと。そして都心部ではところせましと並ぶ自動車の列。排気口からは黒い煙が出ている。空気がまずくなりそうだ。信号の色は偶然日本と同じで、青になると一斉に車が動き出した。
さて、首都の外れあたりに、政府管轄の客人用の建物がある。4人はそこへ向かうように言われていた。入り口にてバルのライセンスを見せると、だいぶ待たされたあげく、男の役人が現れた。スーツ姿で決め、いかにもな感じである。
「お待ちしておりました。あなたがたがバルですね。私が、政府を代表して応対をさせていただきますので」
ジルフは言った。
「ああ、よろしく」
「それでは、ここでお話しするのもなんですので、応接室へ案内いたします」
役人についていく。長い廊下を歩いていき、エレベーターに乗り、降りてからまた長い廊下を歩いて行くと、なかなか立派な部屋にたどり着いた。ジオイの革でできた綺麗な椅子に、木製のテーブル、それも高そうなやつが置いてある。
「さて、ここでまた少しお待ちいただけますか。今回依頼させていただいた事件の報告書をお持ちいたしますので」
「わかった。できるだけ急いでくれ」
ジルフは椅子に腰かけて言った。
10分後、事件の詳細を書いた200ページはあろうかという報告書とともに、さっきの役人がやってきた。
「今から簡単に事件を説明いたします。詳しくは手元の報告書をご覧になってください」
そう言って役人は説明を始めた。今年は全国的な飢饉が起こっているということ。都心部にはさほど影響はないが、地方では飢えが深刻化し、死者も出始めているという。対策として、政府は食糧の輸入と物資援助を政策として推し進めてはいるが、権限が強くないため、地方には徹底はされていないのだと言う。
「地方にはそれぞれの政策があり、必ずしも飢饉対策に予算を回しているとは限りません。場合によっては完全に見捨てていることもあるのです」
ジルフが口を開く。
「なるほど。それで、そういった地域で緊張関係が続いているというわけか」
「そうです。あなたもこの間のオランジードでの大騒動を知っているでしょう?」
「あれか、貧困に困った民衆が武器を手に取り、大挙して店や農家、役所などを襲った事件。たしか……」
「ええ。軍隊も出動する事態となり、死者数万人を出す大変な騒ぎとなりました。あの事件で、政府は総辞職に追い込まれ、今も根強い不信感を生みだしています」
「それがここでも起こるかもしれないと」
役人は深くうなずいた。
「その通りです。我々はそれを恐れている。政府に強大な権限がないため、もし同じことが起きれば、事態の収拾は困難を極め、死者も数十万人は出るかもしれません。そうなれば、国としては失格です。国際的な評価もガタ落ちでしょう」
役人は一息つくと、意を決したような目で続きを話し始めた。
「そこで、あなたがたにこの事件を水際で食い止めていただきたい。他のバルにも依頼はしてありますので、協力して問題の解決にあたっていただきたいのです。この国には12の地方があり、それぞれの地方に自治体があります。そのうち、7つの地方では緊張関係が強いのです。1つの地方で暴動が起これば、それを火種にして全国的な運動になることは必至。しかし、それぞれの地方が独自に自治を行っているため、対策は足並みがそろっていません。
政府は事態を重く見て、この問題の対策に、すでに予算を百数十億は割いています。しかし、一向に事件は解決へと向かわない。自治体が政府の政策通りに動いてくれないからです。そこで、自治体に頼るのは諦め、民間レベルでの説得に応じることにしました。現在、民衆は、各地方で飢饉対策集会を作っています。この集会には、貧民の大部分が加盟し、積極的な運動をしている。ここにうまく働きかけ、説得に応じてくれれば、事態は収拾するはずです。
我々は議論の末、その道のプロであるバルに、全てを託すことにしました。Aランク以上のバルを30名、各人に1億バレンを報酬として事態の解決に当たらせることにしました。
あなたがたは、一人一人が軍隊の小隊や中隊、あるいはそれ以上に匹敵する実力をお持ちだと聞きます。暴動が起きかけても、大きくなる前に収めていただくことも期待しております」
ジルフは話を聞いてどういう仕事かはよく理解した。確かにバルは交渉も仕事とするが、実は、討伐や撃退に比べるとあまり得意ではない人が多い。ジルフもその一人だったが、こんな深刻な話を聞いて放っておくわけにはいかない。
「話はよく分かった。俺も暴動が起きてほしくはない。喜んで引き受けさせてもらおう」
「ありがたい。では、ここから南に約200キロ、カナック地方に向かってください。ここが、最も緊張関係が強く、一触即発の状態が続いている地方です。あなたがた2人の前にすでに1人の方を送り込んでいます。ぜひ協力して事態の収拾に当たってください。以上で説明は終わりです」
ジルフたちは席を立ち、部屋を後にしようとした。すると、役人は最後にこう言って別れを告げた。
「失敗は許されません。必ずやこの事件を解決してください。我々は、あなたがたの活躍を心から期待しております!」
そして深々と頭を下げた。ジルフは、珍しく正義感の強い役人だったな、という印象を受けた。容姿から年齢は分からないが、結構若いのかもしれない。
建物を出ると、ゆうやとゆかりが、事件の重大さや、自分たちが頭数に入っていないことなどを話し始めた。やっぱり子供じゃ入らないよね、という結論に達した。
一方で、ジルフはメリスと仕事に関する会話を始めた。
「この仕事は本当に骨が折れそうだ。交渉関係の仕事はおまえに任せた。今回はサポートに回らせてくれ」
とジルフがわびを入れると、メリスがちょっとだけキレた。
「そうやっていつも面倒事は押しつけるんだから。たまには交渉役もやりなさいよ!」
その迫力ある声に、ゆうやとゆかりも話をやめ、メリスの方を見やった。
実は、交渉の仕事はメリスが中心となって活躍している。強さはあるが交渉に向いていないジルフは、あまりこういった仕事では力を発揮できず、メリスにまかせっきりになったのは一度や二度ではない。メリスは諦めたように溜息をつくと、
「あんたは戦いの仕事にしか向いてないからねえ。ほんとに成長しないもんね、そういうとこ。ゆうやもゆかりもこういうの見習っちゃダメよ。ちゃんとした会話ができる大人になりなさい」
返事をする2人を見て、ジルフはさすがに焦ったのか、
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。まるで俺がそんな仕事が全くできないみたいじゃないか。おい、おまえら、違うからな。今回はデリケートな問題だからメリスに任せるってだけで…………」
「いっしょよ。できないって言ってるようなもんでしょ。バル失格の烙印を押されたくなかったら、ちゃんと子供たちに示しがつくような仕事をして」
迫力のある声にジルフは完全に押し切られた。
「……わかったよ。まったく、勝てないな、おまえには」
ジルフは頭をかいた。
ゆうやは、その様子を可笑しいと思うと同時に、ここにジルフさんの弱さがあるような気がした。いくらすごくても、ジルフさんもやっぱり人間なんだなとあらためて思った。すると、横にいるゆかりと話してよく言い負かされる自分と、今のジルフさんがそっくりな状態になっていることに気づいた。俺もゆかりとあんなふうな関係になるのかな、と思ってゆかりをちらっと見た。ゆかりも可笑しそうにジルフを見ていたが、その視線に気づいた。
「どうしたの。わたしの顔になんかついてる?」
「いや、なんでもない! なんでもないんだ。」
ゆうやは今ちらっと浮かんだ考えを必死で否定した。いや、そんなにはずっと一緒じゃないよな。まさかね。
しかし、その必死さがかえってゆかりには変に映ってしまった。
「あやしいわね~。なんか隠し事してるでしょ」
ゆかりはメリスさんばりの勢いでズイとせまる。
「いや、ほんとになんでもないったら! 別にゆかりとずっと一緒だったらどうだろうとかそういうことは……」
――あ、いっちゃった。
「え、なにそれ?やっぱり変なこと考えてたじゃないの! わたしとずっと一緒って……」
その言葉の意味するところに気づいたゆかりは、急に赤くなってしまった。わたしがゆうやと結婚?
え、そんなのあるのかな。わたしは将来誰かのお嫁さんになるかもしれないけど、まだ相手が誰かなんて分からないよ。でも、いきなりそんなこと言われるなんて……
大きくなった自分とゆうやが一緒にいる様子を想像してみた。わたしとゆうやが見つめあって、そして、そして……
ますます恥ずかしくなってしまったので、頭の中でそのイメージをかき消した。たしかに仲はいいけど、いいけど、そんなのあるのかな。どうしよう……
頭の中が妄想と混乱でいっぱいのゆかりに、ゆうやが話しかける。
「いや、ごめん。さっきのは、もしゆかりとずっと一緒にいたらメリス先生とジルフさんみたいになるのかなと想像しちゃって。そんなにずっと一緒にいるわけないもんね。変なこと考えちゃってごめん」
ゆかりはふと我に返る。メリス先生とジルフさんのような関係。なんだ、びっくりした。でも、あれも夫婦みたいなものだし……いや、でも、あくまでも息の合ったパートナー。それだったら……
「びっくりした。結婚のことを言ってるのかと思ったわ」
「いや、結婚って……え、誰がそんなこと」
ゆうやは急に予想だにしなかった言葉が出てきて驚いた。
「誤解させるようなこと言ったのはそっちでしょ。でも……一緒に仕事をするんだったらいいかも。ほら、約束。離れちゃったら、一緒に日本語で話す人がいなくなるし、地球に帰るときどこにいるか分からないと困るよ」
ゆうやは自分で言いだした約束を思い出した。あれを守るには、少なくとも近いところにはいないといけなかったんだ、そういえば。
「そうだった! 約束してたもんね。俺も一緒に仕事してくれるとうれしいよ。一人前になったら頑張ろうね!」
「うん! わたしも、幼馴染がいた方が楽しいよ」
2人は、一人前のバルになったら一緒に仕事をすることにした。バルの仕事は、旅が必然なので、基本的に一緒に暮らすのと変わらないのだが、それを特別に意識しないほど、幼馴染として、同じ家族のような、あるいは親友のようなつながりが2人にはあった。それほどに、この異世界で希少な日本人という共通点、そして修行を共にした絆というものは大きかったのかもしれない。
その話を黙って聞いていたジルフとメリスには、自分たちと同じようなことをやっている2人が、まるで自分たちの幼少期を映す鏡のように感じられた。話が一段落したようなので、ジルフが話しかける。
「おい、ボサッとしてないで行くぞ。今もこの国の人は飢えで苦しんでいるんだ。あまりぐずぐずしちゃいられない」
4人は、カナック地方に向かうことにした。報告書はいわゆるお役所の文章で、残念ながらとくに有用な情報は見いだせなかった。