セバル   作:レストB

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第1部 2章 第10話「カナック地方の惨状」

 カナック地方に到着した4人。とりあえず最寄りの村らしき場所へ向かう。まずは現状を把握しておこうかとジルフたちは考えた。

 

村には、丸い建物がぽつぽつとあり、殺風景な畑が広がっていた。しかし、何かが栽培されている様子はない。そして、どこかおかしい。先ほどから人の気配が全く感じられないのである。

 

ジルフとメリスは、いやな予感がしていた。まさか……

 

 ゆうやとゆかりを外で待たせ、民家の扉をノックする。返事がない。田舎の建物ということもあり、ドアには鍵がかかっていないようだ。仕方がないので、失礼ながら家に入ってみた。1階には誰もいない。2階に入る。すると鼻を突くようなにおいが充満していた。恐る恐るリビングと思しき部屋へと向かう。そこで、2人は思わず目をおおった。

 

 そこには、虫がたかった人間の死体が転がっていた。それも、おそらく家族が3人、仲良くそろって。死後数週間は経過していた。どろどろに腐った肉体が、その異臭を放っていたのだ。

この様子ではおそらく、村は全滅だろう。ジルフもメリスも、やるせない気持ちでいっぱいだった。外に出ると、メリスはゆうやとゆかりにこう言った。

 

「この村はおそらく全滅よ。あちこちに死体が転がっているわ。あえて聞くけど、あなたたち、この現実をしっかりと見る勇気はある?」

 

 死体と聞いてゆうやは急に怖くなってしまった。怖いものはだめなんだ。

 ゆかりは、しかし、その口調に恐れを含みながらも、決心したように言った。

 

「わたし、その覚悟はあります。バルとしてやっていくなら、死体だって見なきゃいけないし、目の前で人が死ぬところだって見ないといけないこともあるかもしれない。怖いけど、頑張って向き合ってみます!」

 

 メリスは聞いた。

 

「ゆうやはどうする?」

 

「お、俺は……」

 

 そう言ってゆかりの方を見た。やっぱりゆかりも震えてる。でも、勇気を振り絞って言ったんだ。だったら俺だって!

 

「こ、怖いですけど……ちゃんと見ます。逃げません!」

 

「本当ね……じゃあ、ついてきなさい」

 

 メリスは張り詰めたような声で言った。

 

 2つめの民家。やはり返事はない。ドアを開けた。その瞬間、4人の前には壮絶な光景が映った。

 

 ゆうやとゆかりは声にならないほどの絶叫を上げた。玄関付近には、凶器で殺害されたと思われる2人の死体が、大量の血痕とともに、ぐちゃぐちゃになって打ち捨てられていた。かろうじて人間のものだと判別できる死体は、汚く変色し、肉はただれ、目は抜け落ち、そこからは虫が顔をのぞかせている。

 

2人は顔面蒼白である。ゆうやは、あまりのショックに、気持ち悪くなって吐いてしまった。

 

吐き出しながらも、その顔には、涙と恐怖が浮かぶ。想像以上だった。こんなのをあたりまえのように見なくちゃいけないんだろうか? そう考えると、さらに重苦しいものが心の内にのしかかってくる。

 

ゆかりは吐きこそはしなかったが、力が抜けたようにへたりこんでしまった。生で見るとこんなに違うなんて。ヘイロンさんには仕事をあまり見せてもらえなかったけど、今なら分かる。あのときのわたしなら、絶対にトラウマになってた。

 

 ジルフが心配になって声をかける。

 

「大丈夫か? 2人とも。ゆうや、吐いちまってるじゃないか。今回は無理しなくてもいいぞ」

 

 あまりの衝撃に死んだように固まっていた2人だったが、決意は変わらなかった。ゆかりが言った。

 

「いや、最後まで見届けます。ここで逃げたら、バルとしてやっていけないような気がするんです」

 

「俺も、見させてください。吐いちゃったけど、ここでしっかりと現実を見据えたいんです。逃げたくありません」

 

 ジルフも納得したようだ。

 

「そこまで言うなら止めはしない。しっかりと受け止めておけ。それが未来につながる。だが、次からは叫んだりするなよ」

 

 そう言って、生存者はいないか、一応見て回ることにした。しかし、予想していた通り、村は全滅だった。それはすさまじい惨状だった。

 家族で心中を図ったと見られる家、やはり食糧を狙ってなのか襲われた家、中には路上で死んだまま放置されていたものまでいた。骨と皮しか残っていないような赤ちゃんと母親の死体まであった。乳をやったまま息絶えたその姿は、まだ死後数日と思われるものだったが、どうやらこれが最後の死者のようだ。

 

 ゆうやとゆかりには全く元気がなかった。無理もなかった。この世で実におぞましいもののひとつを、その眼に焼き付けたのだから。

 

 ちょっとショックが大きすぎたようだな。だが、ここまでひどいとは……ジルフにとってもここまでの惨状は久しぶりだった。

 

「これは相当な数の飢餓者が出ているかもしれないわね。だとしたら、簡単に収まるはずもない」

 

 メリスは、事の重大さを図り取ったようだ。

 

「今回の仕事は、困難を極めそうだ。急いで民間の飢饉対策集会へ向かおう。自治体にも一応話は伺う」

 

 カナック地方最大の町コーヤに、自治体の役所、および飢饉対策集会があるらしい。地図をもとにそこへ向かった。

 

 

コーヤでは、さすがに死体が転がっているなんてことはなかったが、それでもひどい有様だった。時折明らかにやせ衰え、足もともおぼつかない者をよく見かけた。都市部でこのありさまだ。さっきの村のような場所がいくつあるか分かったものじゃない。

 

 この町は、工場も多くあったが、どうやら店が多いようだ。しかし、その店の半分以上は閉まっていた。食料店、ネクト屋などは必ずといってよいほど閉店していた。

 

 昼だというのにあまり活気がない。外を出歩くものはみな元気がなさそうだった。会社らしきものも、ところどころ機能していないように見える。自動車もまばらだ。

 

 ようやくたどり着いた。ここが、集会が本部としている建物らしい。どうも、公民館や集会所などを借りてそのまま本部にしてしまったような感じだ。中は開けた体育館のような感じで、そこには避難者の群れ。かろうじて食料は支給されてはいるようだが、あきらかに量が足りていない。泣きじゃくる子供や赤ちゃんをあやしている人、何もせずただ寝転がっている人、食べ物を求めて無駄だと知りながら周囲を駆けずりまわっている人。集会というよりは避難所といったほうが正確ではないかと思えるほどの生活感と陰湿な空気が漂っていた。

 

 ゆうやとゆかりは、死体を見たときとはまた別の意味で、衝撃を受けていた。

 代表者のスペースらしき場所があったので、話を伺うことにした。

 

 一般民衆には、自分が上から目線で話しているように思われると色々とまずかったな。そう思い、ジルフは、慣れない口調で受付と思われる女性に語り始めた。

 

「代表はどちらにいらっしゃるでしょうか」

 

 やっぱりどうも違和感を感じるなあ、と言いながら思う。

 

「そちらの奥に控えているのが代表のザンギロです」

 

 と女性は後ろの身なりの整った男を指した。

 

「分かりました」

 

 そう言ってザンギロという名前の男に向かう。

 

「あなたが代表のザンギロでしょうか。はじめまして。バルのジルフといいます」

 

 するとザンギロは驚いたような顔をして言った。

 

「あなたもバルですか。こちらこそはじめまして。カナック地方飢饉対策集会代表、ザンギロと申します」

 

 あなたも? ああ、そういえば他にもバルが来ていると言っていたな。

 

「あなたたちは政府の使いで派遣されてきたようですね。こちらもあなたたちを役人だと思って対応させていただきますので、そのつもりで」

 

ザンギロは、粗末な席を勧めた。4人は座る。ザンギロが語り始めた。

 

「まず、何から話せばよいか。あなたたちは、この地方の惨状を見たでしょうか」

 

 メリスが答えた。

 

「ええ、先ほど調査で訪れた村は全滅でした。まさかこれほどとは思っていなくて、衝撃でした」

 

「それならば話は早い。自治体のやつらはこの現状に見向きもしちゃいないんだ! だったらどうしてこんなにひどくなるまで放置しておける!」

 

 ザンギロが熱くなってテーブルを叩きつけた。その迫力に、思わずゆうやとゆかりはたじろいだ。ザンギロは自分が熱くなりすぎたことに気づき、ようやく抑えて話を続けた。

 

「我々はここでなけなしの食料を配給し、民衆の生活を持たせてきました。しかし、分かる通り、圧倒的に量が足りていない。この集会では、カナック地方の各地に50の支部を構え、1つにつき1000人ほど、合わせて5万人くらいは収容していますが、それでもまだ足りない。ここにすらたどり着けずに死んでゆく者も多いのです。そして、この集会でも、1日に10数人ずつは亡くなっている。そして、ついに……」

 

 ザンギロは絶望と怒りをこめた目でこちらを見据えてきた。

 

「食料が尽きてしまった。このことはまだ発表してはいないが、いずれ否応なしに配給は止まる。そうなれば、我々は絶望に嘆き、怒るだろう。死ぬくらいならと、過激な行動に出ることは間違いありません。今だってすでに強硬派はいる。なんとか抑えてきましたが、これ以上はとてももたない! 我々だって生きるのに必死なんだ!」

 

 ジルフは危機感を覚えた。生きるのに必死になった民衆は、とても凶暴で、そして悲しい存在だ。悲劇は、絶対に止めなければならない。

 

「俺たちにできることはないでしょうか。具体的な要求を聞かせていただけますか」

 

「我々の要求はただ1つ。生きる糧を。最低限の食料、貧民を収容する住居。これがあれば、当面は何もいらない。ただ、みんな助かりたくて必死なんだ!それなのに自治体や政府ときたら、何もしてはくれない」

 

 ザンギロは言葉を止め、何かを思うように少しだけうつむいて、それから次の言葉を切りだした。

 

「もう我慢の限界だと、お伝えください。我々は、断固として戦う決意だということを。あと1週間。それ以上は保証できません。すでに、襲撃事件は小規模で起こり始めている。我々にそれを止める手立てはない。自発的な暴動行為も同じ。もしかしたら1週間と待たずに大暴動に発展する可能性があることも念頭に置いてください。話は以上です」

 

「分かりました。全力を尽くします」

 

 ジルフは深々と頭を下げた。

 

「頼みますよ。バルといえばその道のプロだという話はどこかで聞きました。我々の生活を救ってください」

 

「あ、ちょっと待ってください。私から質問があるのですが」

 

 話を黙って聞いていたメリスが口を開いた。

 

「何でしょうか」

 

 ザンギロがメリスの方を向いて言った。

 

「とりあえずは、食料の問題が解決すればいいのでしょう? 私は、政府が食料の輸入政策を行っているということを聞きました。その食料は、ここには反映されていないのでしょうか」

 

 ザンギロは首を横に振った。

 

「いや、そんなもの、どこにも反映されてはいません。本当にそんな政策が行われているのか、疑問ですね。」

 

 やはり。だとすれば、政府が政策を実際は行っていないか、あるいは流通経路がどこかで遮断されている可能性がある。いや、政府は、国際評価を落としたくない関係上、この問題には力を入れているはず。政策を行っていないとは考えにくい。ならば、やはり後者か。

 

「ザンギロさん、落ち着いて聞いてください。この状況で、政府は何も手を打っていないわけではなく、物資援助を行っているようです。そして、他の数カ国も援助を行っているようですが、どうやらこちらには来ていないようです。もしかしたら、流通経路が遮断され、裏で回ってしまっているのかもしれません」

 

 ザンギロは衝撃を受けつつも、やはり納得はできなかった。

 

「そんな。しかし、我々にはどうしようもないことではないか。そんなことを言われても、はいそうですかと納得できる人が、いったいどれだけいると思っているのです?」

 

「私は納得してもらおうと思って言っているのではありません。だとすれば、民間で新たな流通経路を作る必要があります。そうすれば、外国からの食料をなんとか入手することができるでしょう。その仕事を、やらせてはもらえませんか」

 

「しかし、そんなには待てない。短い時間で可能なことなのですか?」

 

「はい、必ずやり遂げましょう。バルの誇りにかけて!」

 

 メリスはまっすぐにザンギロを見つめた。

 

 ザンギロも、メリスの誠意に観念したのか、期待してしまったのか、希望を含んだような口調で言った。

 

「もし本当にやってくださるのならありがたいことです。多くの命が救われるでしょう。しかし、あまり待てません。このことは肝に銘じておいてください」

 

 

 

話が終わった後、ジルフがメリスに話しかけた。

 

「あんなこと言っちまって大丈夫か? 流通経路なんてそう簡単にできるものじゃない」

 

「でも、やらなくちゃ。期待を持たせてあげるのは大事だし、それを裏切らないのはもっと大事だからね」

 

 メリスからは強い決意が感じられた。

 

 やっぱりこういうのはおまえにかなわないよ、とジルフは思った。そういえば、バルに会っておいた方がよいかな。

 

「もう1人のバルに会いに行こう。一緒に行動できる仲間は多い方がいいからな」

 

「そうしましょう。たしかここから10キロくらいのホテルにいるって言っていたわね」

 

 4人は道路を一気に走りぬけ、あっというまにホテルに到着してしまった。

 ホテルでバルは宿泊しているか、と尋ねると、そのようなことはお答えできませんとあしらわれた。そこで、仕事で来ていることを伝え、バルのライセンスを見せると、ようやく教えてくれた。203号室にいるらしい。

 

 203号室をノックする。すると、はい、と返事をしたのは子供の声。用件は何ですか?と聞いてくるので、バルだ、仕事の協力を仰ぎに来た、と伝える。するとドアを開けてくれた。

 

 

 そこに待っていたのは。

 

 

 ジルフの目の前にはゆうややゆかりと同じくらいの歳に見える子供、しかし、かなり鍛えられている様子だ。そして部屋の奥には、剣を磨いている1人の大男がいた。その貫禄は、ジルフにも劣らないだろう。引き締まった男らしい顔つきと、筋骨隆々のたくましい体つき、そして独特の威圧感が、この男を只者ではないと感じさせるには十分であった。

 

 ジルフとメリスは、2人同時に言った。

 

「ラークス! ラークスじゃないか(の)!」

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