セバル   作:レストB

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第1部 2章 第12話「初試合 ゆうやVSレンクス」

 向かい合うゆうやとレンクス。通りには人通りもなく、風が若干強めに吹いていたが、2人の意識をわずかにも揺らすことはなかった。

 

 

 ゆうやは、初めての実戦形式の組み手に、いささかの緊張感を抱いていた。ゆかりとは実戦“的”な組み手まではしたことはあったが、本当の試合のようなものはやったことがなかったからだ。

 それも相手はいつもの幼馴染ではない。自分と同じ歳の男の子、そしてちょっとだけむかつくやつ。相手の方が一段上手のようだったが、それでも、負けられないと感じていた。

 

 一方で、レンクスには余裕があった。ゆうやが緊張しているのは手に取るように分かる。こちらの方が強さでも経験でも上だ。ちょっとだけ痛い目を見せれば十分だろうと考えた。そのあとは、まあ、そのときはそのときだ。

 

 ジルフ、メリス、ラークスの3人は向かい合う2人を見つめていた。ゆかりは大人たちから離れて心配そうに見守っている。

 

 ラークスがジルフとメリスに話しかけた。

 

「いきなり子供たちが手合わせをしたいと言いだしたときはちょっと驚いたが、なにかあったのだろうか」

 

 メリスが首をかしげながら言った。

 

「さあね。子供のことだから、ケンカになるようなことでもしたんじゃないかしら。でも、面白いかもしれない。危なくなったら止めればいいし、好きにやらせてもいいんじゃないかな」

 

「さて、ラークスはどう見る。俺は、おそらく勝つのはレンクスだとは思うが……よく4年ちょっとであそこまで強くできたな」

 

 ジルフは感心している。

 

「いや、俺はただ実戦にもさらして慣れさせただけさ。あいつの向上心には目を見張るものがあるよ。ゆうやだったか。あの子だって生半可な鍛え方じゃないだろう。確かにレンクスの方が見たところ上手かもしれないが、期待しているぞ」

 

「あいつもゆかりも努力は人一倍だからな。まあ、あいつにとってはいい経験になるさ」

 

「あの子たち、なかなかきっかけがないみたいだから、ちょっと合図しに行ってくる」

 

そう言ってメリスは2人のところへ近づいた。近づくメリスに気がついた2人は、少し緊張がほぐれた。

 

「あ、メリス先生」

 

「メリスさん、っていうんだったっけ」

 

「そうそう。レンクスくん、私はメリス。よろしくね。さて、2人とも何があったの?」

 

「いや、ちょっとしたケンカみたいなものだから、気にしないでください」

 

 ゆうやがそう訴えると、レンクスも小さくうなずく。

 

 ああ、やっぱりそんなことだと思ったわ、とメリスは感じつつ、ここは見守るだけでも問題ないなと思った。ちょっと楽しみだしね。

 

「なかなかきっかけがないようだから、ここは私の合図で始めましょう。さあ、2人とも、構えなさい」

 

 その言葉とともに再び走る緊張。2人は2~3メートル離れて向かい合う。その身に気を蓄えながら。

 

「いい、これは殺し合いじゃないんだから、そこのところはわきまえてやりなさい。私たちは離れて見てるから、お互い最善を尽くして。じゃあ、いくよ。はじめ!」

 

 メリスは合図の次の瞬間にはもうジルフたちのところへ戻っていた。

 

 

 

 再び向かい合う2人。穏やかならぬ雰囲気が漂う。2人は同時に気を発した。赤いオーラが2人の全身を包む。ゆうやは左腕基本戦闘形、レンクスは右腕基本戦闘形だ。それぞれ急所を守りつつ、左腕と右腕を強化している。見たところ、オーラの強さでは、やはりレンクスが一歩上。ゆうやはなかなか手を出せなかった。

 

 レンクスがまず挑発する。

 

「どうした? どうせそっちの方が弱いんだから、胸を借りるつもりでかかってきたらどうだ」

 

 ゆうやはその言葉を受け、意を決して飛び込んだ。渾身の左ストレート。しかし、その拳は空を切った。レンクスは横に回り込み、ゆうやの腹に蹴りを打ち込む。

 蹴りの威力で数メートルほど吹っ飛ばされたゆうや。顔を歪めながら、アスファルトに叩き付けられる。それでも勢い余って一回転し、ようやく止まった。

 

 うつぶせの状態から立ち上がり、なんとか構える。しかし、体中がすでにズキンズキンしていた。特に、腹にもらった衝撃が大きい。

 

「どうだ、俺の蹴りの威力は。おまえの攻撃、見え見えでかわしやすかったぞ」

 

 レンクスはまたも挑発の姿勢だ。

 

 いきなりの洗礼にまだ顔を歪めたままのゆうやであったが、その闘志は衰えていなかった。

 

「次はちゃんと当ててやるさ。たしかに効いたけど、まだやれるよ!」

 

「そうか。じゃあ、まいったっていうまで容赦しないからな。今度はこっちから行くぞ!」

 

 レンクスが素早いステップをとりながらゆうやに迫る。まだダメージの抜けていないゆうやは逃げることはできない。その場で迎え撃つ構えだ。レンクスはゆうやの目の前に来た。そしてゆうやの顔目掛けて繰り出される右拳。ゆうやはそれを間一髪で交わした。

 

 どうだ、こっちだってかわせるんだぞ、とゆうやは思った。しかし、思考を切り替える前に体がバランスを崩して浮いた。レンクスが足払いをかけてきていたのだ。そう、あの右のパンチはフェイントだった。そして次の攻撃が。

 

 上から迫るひねりを効かせた左の拳。体勢をくずしたゆうやを、地面に叩きつけるつもりだ。

 ゆうやは空中で身動きが取れないながらも、なんとか手をつき、身を横にひるがえしてこれをかわした。レンクスの拳が地面に突き刺さる。気をこめたその拳は、アスファルトをいとも簡単に吹き飛ばし、地面をえぐった。

 

 あぶなかった。あれを食らっていたらひとたまりもなかった。そう思えるほどの衝撃だった。

 

「へえ。やるじゃないか。あれをかわすなんてね」

 

 レンクスは少しだけ感心しながらも、すでにゆうやの前に迫っていた。レンクスから高速のジャブが次々に飛び出す。なんとか防ごうとしたゆうやだったが、うまくさばけず、思い切りもらってしまった。顔に、腹に、容赦なくパンチの雨が襲う。一発一発がそれなりの重みをともなって体をゆさぶった。ゆうやはのけぞりながら攻撃を食らい続ける。全く手はやまない。

 

「う……ぐ……てやあっ!」

 

 ゆうやはパンチを振りほどこうと、攻撃を食らいながらも必死の蹴りを出した。しかしまたも攻撃は空を切る。

 

「だから見え見えなんだって」

 

 レンクスは蹴りを跳んでかわすと、そのまま跳び蹴りを顔面にお見舞いする。顔面を横に蹴り飛ばされたゆうやは、上半身から地面に落ち、体がすれるようにして転がった。

 

 ゆうやは、少しの間動くことができなかった。地に這い、見つめるその先には、レンクスがいる。ここにきて、相手との強さの差を、身をもって痛感してしまった。やっぱりこいつには勝てない、と感じてしまう。だが、その気持ちを必死に振り払った。こんなときこそ諦めちゃいけないって、メリス先生とジルフさんは教えてくれた。本当に負けるそのときまでは、全力でぶつかるんだ!

 

 意を決して立ち上がる。もうすでにふらふらだった。対する相手はまだノーダメージ。実力の差は歴然だ。体中がきしむような感じ。すでにゆうやの顔は腫れ、体は擦り傷だらけだった。口にはぬるいものがたまる。それを吐き出すと、真っ赤な淡だった。

 

「もう降参したらどうだ。全然攻撃が届いてないよ。これ以上やっても無駄だと思うけどね」

 

 レンクスは余裕の表情でゆうやに降参を勧める。

 

「いや、まだだ! まだ、負けない!」

 

 ふらふらになりながらも、ゆうやはなんとか言葉を振り絞る。

 

 レンクスはふう、と軽い溜息をついた。

 

「威勢のよさだけは認めるよ。でも、ほんとに後悔しても知らないからな」

 

 レンクスは気を入れなおした。赤いオーラが圧縮され、強い輝きを放って帯びる。

 

「本気を出そう。もうやれるなんて言わせないほどにね」

 

 あれは、赤気の圧縮だ。たしか身体能力が跳ね上がるって聞いた。俺とゆかりなんてまだ全然できないのに。レンクスは、どれだけ進んでいるのだろう。そう思いながらも身構えるゆうや。

 

 目の前の威勢のいい少年は、さらにその強さを増した。冷静に考えればどうしようもないほどの状況だ。しかし、まだそれでもゆうやには強い意志があった。こいつにだけは、絶対に悔いを残したくない。すぐに負けを認めたくない。

 

 ゆうやも力を振り絞る。しかし、負傷した体から出る気は、最初ほどは強くはない。ゆうやは、レンクスに突撃を仕掛けた。

 

 「やあああ!」

 

 近づいて、パンチとキックを次から次へと繰り出す。しかし、レンクスはことごとくそれをかわした。動きが全て見えているようだ。

 

「そんなのろい攻撃じゃ当たらないよ」

 

 レンクスはそう言うと、攻撃のすきを狙い、右拳をゆうやの腹の奥底に強烈に打ち込んだ。ゆうやは息がとまるほどの衝撃を受けてふっとんだ。威力が段違いだ。数メートルとんだ先で、ゆうやは前を見る。しかし、レンクスの姿はない。

 

「どこを見ている」

 

 レンクスはすでに横の死角に回り込んでいた。蹴りを下段に浴びせる。ゆうやの右足に強い痛みが襲ってきた。

 

 

 

 それからは、防戦一方のゆうやに、レンクスが立て続けに攻め続ける展開だった。ゆうやは、攻撃がしたくてもできなかった。レンクスに対する攻撃は全てことごとくかわされる。中途半端に攻めれば攻撃で返される。何より、気を圧縮してからのスピード、攻撃の強さの変化に、全く対応できていなかった。

 

「さっきまでの威勢はどうした。攻撃は見え見えでも、守ってばかりじゃ面白くないよ」

 

 たとえガードの上からでもレンクスの攻撃はじわじわと通る。一撃ごとに衝撃と苦痛が襲う。ゆうやの体力は底を尽きかけていた。しかし、攻撃を受けながらも、ゆうやは考えていた。あの攻撃はどうやってさばけばよいのか。なぜ、自分の攻撃はちっとも当たらないのか。どうやって反撃を見出すか。

 

 その答えが、レンクスの、見え見えなんだよ、という言葉にあるような気がした。動き、気配、そういったものから攻撃を読まれているらしい。でも、それは相手だって同じはず。ならば。

 

 ゆうやはレンクスの挙動、気、全ての動きに注目した。レンクスのキックにのたうつようになりながら、それでも必死に探った。今までは目だけに頼って動きを見ていた。だから、死角にも簡単に回り込まれた。今度はしっかりと全体をつかむ。つかんでみせる。

 

 すると、見えてきた。自分にもレンクスの動きが。次はきっと左のキックで脇腹を狙ってくる。そこに気が高まっているから。さあ、どうだ。

 

 ゆうやは左にステップを踏んだ。レンクスの蹴りがゆうやの脇腹をかすめる。速い。ゆうやはついに動きが分かったが、簡単にはかわせそうもなかった。

 

 レンクスは気づく。こいつ、本気を出した俺の蹴りをかわそうとした。そんな真似ができるようなやつじゃなかったのに。まさか、俺も動きが読まれたのか?

 

 実は、気の中級者までの弱点として、動きが読まれやすいというものがある。気の動きで相手の行動がある程度読めてしまうのだ。これは熟練することによって防ぐことができる。レンクスは相手の動きは読めたが、自分の動きを読ませないようにするほどまでには至っていなかった。

 

「おまえ、今、俺の動きを読んだな。どうして分かった」

 

「そっちだってくせがあるんだ。も、もう簡単には……いかないぞ」

 

 よろめきながらもゆうやが主張した。

 

「そうか。でも、ちょっと動きが分かったからといって、この速さについてこられるかは別の話だ!」

 

 レンクスは気の動きに注意し、できる限り動きを読ませないようにしながら、さらにスピードを上げた。気の圧縮は、まだ自分も慣れていないから、いつまでももつものではない。そろそろ決着をつけないとこっちの気力が切れる。

 

 ゆうやは、少し動きが分かり、芯を外せるようになってきたとはいえ、もう体力がないことに変わりはない。何より、レンクスのスピードにはまだ全くついていけない。

 

 レンクスのパンチがゆうやの顔面にあたる。そしてキックが、右足に当たる。かろうじて立っているのがやっとの状態。それでも、ゆうやは諦めていない。

ゆうやは、突き出したレンクスの拳にカウンターを合わせた。うまくはいかなかったが、相打ちでレンクスの顔にパンチが当たる。レンクスは少し驚いたような表情をした。これが初ヒット。と同時に、ゆうやがパンチの勢いでふっとぶ。

 

 初めてゆうやからパンチをもらい、レンクスは決めた。もう気を圧縮できる時間も少ないし、本当に本気でとどめを刺しにいこうと。あいつは思った以上にやるやつだった。ゆうやの想像以上のしぶとさに、彼は少し認識を改め始めていた。よし、いこう!

 

 レンクスは右拳への気の集中の割合を高めた。圧縮された気は、右拳でさらに輝きを増す。ゆうやに向かって猛スピードで突進した。動きの鈍っているゆうやには、かわすすべはない。そこから勢いのついた体で、左の拳を打ち込む。ゆうやは腕を盾にしてその拳を防いだ。レンクスは、間髪いれず次は右足の蹴りをゆうやの腕に浴びせた。ゆうやの腕がしびれ、ガードが開いた。そこに、気を高めた右で渾身のストレートを決める。顔を思い切り歪ませるゆうやに、うずくまるヒマさえ与えないほど、2発、3発と重いブローを叩きこむ。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 レンクスはとどめに右拳でゆうやにアッパーを食らわせた。ゆうやの体が宙を舞い、地面にぐしゃりと叩きつけられる。手ごたえ十分。ちょっとやりすぎたかもしれない。

しかし、あいつ、しぶとかったな。ここまでさせたなんて、少しは見直してやってもいいかな。俺ももう気力が尽きたよ。

 

 

 そうして一息つこうと背を向けたそのとき、レンクスは急に寒気のようなものを感じた。後ろに何かを感じる。まさか。

 

 

 

 

 振り返ると、両脚と左拳のみに気を集中させたゆうやが突撃してきていた。それも、気の圧縮を使っている。なんてやつだ!

 

 

「うあああああああああああ!」

 

 

 ゆうやが叫び、レンクスの顔面に強烈な左の一撃を叩きつけた。レンクスの体が跳ね跳ぶ。レンクスは受け身を取り、なんとか立ち上がった。しかし、気力が尽きた身にそのダメージは大きく、よろめいてしまった。

 

 ゆうやがいた方を見やる。そこには、力尽き、気を失ってしまっているゆうやがいた。その表情は、やるだけやった満足感に満ちているような、安らかな表情だった。

 

 

 

 メリスがやってきて声をかける。

 

「いい勝負だったわね。とりあえずレンクスくん、おめでとう。途中で止めようかと思ったけど、ゆうやが諦めてなさそうな表情をしていたから、最後までやらせちゃった。結構痛めつけたようだけど、気にしなくてもいいからね」

 

 そういうと、メリスはゆうやを抱えて回復術をかけた。少しずつ傷がふさがっていく。

 

「ああ、そうそう。後であなたにも回復術をかけてあげるから」

 

壊れた道路も直しとかないといけないなあと思いながら、メリスはそんなことをレンクスに気取られることもなく言った。まったく、派手にやってくれたものだ。

 

 道路はあちこちがひび割れ、ところどころ穴が開いていた。

 

 

 一行は決着後、ホテルへと戻り、明日からの仕事の話し合いと、今回の勝負の感想などを話していた。ゆかりは眠るゆうやを心配そうに見つめていた。そして就寝の時刻。

 

 レンクスは横になりながら思う。あいつのこと、もう格下なんて言えない。あんなにしぶとかったやつは初めてだ。確かに俺の方がまだ気力は強い。でも、それだけじゃない。今度やったら、きっと分からない。認めよう。

 

 

 ゆうやは俺の友達で、たった今からライバルだ!

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