テミー大陸西方の町キルパの一角にある家。ここで、2人の子供たちがささやかなお祝いを受けていた。そう、ゆうやとゆかりである。
ゆうやは、体が鍛え上げられ、細身だがしっかりと筋肉がついていた。そして、いくぶん表情は引き締まり、精悍さを増したように見える。背も伸びたようで、3年前はジルフの腹に顔がぶつかってしまうくらいだった身長は、今では彼の肩のやや下あたりまで伸びていた。髪型は、ツンツンしているわけでも立てているわけでもなく、割合サラっとした中程度の長さの髪型である。これは、3年前からちっとも変わっていなかった。
ゆかりは、少し女の子らしくなってきた。戦いや修行のときには、邪魔にならないように、肩の近くまで伸びる髪を後ろに束ねるようになった。体つきは少し丸みを帯びてきており、ゆうやよりは一足早く成長期に入ってきたのかもしれない。3年前はゆうやとほとんど変わらなかった身長は、今はやや彼よりも低くなっていた。
そんな2人がセントバレナにやってきてから今日でちょうど7年。11歳の誕生日を迎えていた。しかし、2人がお祝いを受けていたのは誕生日もあったが、もっと別のことであった。
ジルフが微笑みながらゆうやとゆかりに語りかけた。
「誕生日おめでとう。今日でお前たちも11歳。修行にも7年間よく耐えたな。慣例に基づき、今からお前たち2人を正式にバルと認めよう。まだまだ一人前とは言えないけどな」
どうやら、国際バル機関の手続き上の資格などではなく、正式に先輩のバルからバルとして認められるには、慣例的に7年以上の修行を受ける必要があるらしかった。機関にはまだ登録できない“ちびっこ”バルであった2人だが、ジルフは、今日で修行も7年ということで、2人を特別にバルとして認めてくれたのだった。
「さて、今から俺たちは師弟関係であるとともに、これからは一緒にやっていく仲間だ。よろしくな!」
ジルフはゆうやに手を差し出した。ゆうやは、今まで師匠だったジルフがいきなりこんなことするのにちょっぴり変な感じがしたけど、それ以上に自分を認めてくれたのがうれしかった。がっしりと握手をすると、まだまだジルフの手の方が力強かった。
続いてメリスとも同じく握手をし、ゆかりも2人と握手した。
「さて、今からバルとして一歩を踏み出そうというお前たちに、ささやかだがプレゼントがある」
そう言ってジルフが持ち出したのは、細身の、鞘に入った剣だった。メリスは、皮製のような手袋を取りだした。指が分かれていて、指先に穴があいているタイプだ。まずジルフがゆうやに剣を渡す。ゆうやはそれをしっかりと受けとった。鍛えていたからなのか、いや、それにしても軽く感じた。
「それは軽くて丈夫な特別な金属でできた剣で、強度と気耐久性に優れたやつだ。今まで木刀やら適当な剣しか与えてこなかったからな。俺やラークスが使ってる剣はもっと特別で、さすがに用意できなかったが、1ランク下のその剣でも一般的には最上級の品だ。しばらくは十分役に立つだろう」
「あ、ありがとうございます!」
ゆうやは目を輝かせながらジルフに笑顔を向けた。
「私からゆかりにはこれ。これも特殊な素材でできていて、気を引き出しやすくする効果があるものよ。ちなみに私のやつとはおそろいね」
「ほんとだ。ありがとう、メリス先生!」
ゆかりは早速手袋をはめてみた。手にしっくりきて、まるで手の一部であるかのように馴染んだ。
ゆうやは、鞘から剣を取りだしてみた。すると、白銀がまばゆいばかりに輝く。そこに彼は吸い寄せられるような何かを感じた。広いところで少し振ってみる。軽い。まるで重さを感じなかった。数回振った後、左手でまっすぐと剣を突き付ける構えをとってみた。ジルフがよくやる構えだ。ジルフがその様子を見てゆうやに声をかける。
「うん、なかなか様になってるじゃないか。間隙の戦士みたいだぞ。ああ、そうだった。ゆうや、実戦ではその剣はまだ使うなよ。気の使い手と戦うときは武器にも気を通わせて強化した状態でないとすぐに折られるからな。黄気が使えるようになるまでは修行用だな」
「はーい。この剣、気に入ったよ。大事に使います」
センクレイズ、と言って軽く剣を振りおろしてみたが、何も出なかった。そりゃ、まだ赤気使いだもんなあ。ゆうやは少し溜息をついて剣をしまった。ジルフさんとメリス先生は、俺もゆかりも確実に黄気に近づいているとは言ってたけど、いつになるのかなあ。
「さて、これで式みたいなのは終わり。せっかくの2人の誕生日なんだし、今日はパーティーよ」
メリスは腕によりをふるって豪華な料理を作ってくれた。旅から旅で買い物ばかりなので、なかなか発揮される機会はないのだが、何気にメリスは料理の腕は一人前だった。ゆかりも時々メリスに料理の作り方を教えてもらっている。
ささやかなパーティーも中盤に差し掛かったころ、ジルフが、そろそろいいだろとテレビをつけた。ニュースが流れる。
「――対人間強硬派が勢力を増し、次期魔王には強硬派のリーダー、ゴルザーの就任が濃厚となりました。グランゼスタ政府はこのことに対し、レイバス戦争の再来につながるのではないか、との懸念を表明しています。
では、次のニュースです。先日、ヒルメスで死者2千人以上とされる大規模な紛争が起こりました。その紛争に巻き込まれた犠牲者の中には、近年各国で活躍していたバルのヘイロンもおり――」
「なに!?」
ジルフはテレビをまざまざと見た。画面には小さいが、確かにヘイロン死亡の文字が。ヘイロンが、死んだ? あの、ヘイロンが!? まさか。ただの紛争なんかであいつが死ぬわけがない。何かの間違いだろ?
すると、後ろの方でガラスの割れる音がした。ジルフが振り返ると、そのニュースを聞いていたゆかりが、思わず手に持っていたコップを落としていたのだ。その顔は血の気が失せたように真っ青だった。
「そ、そんな……」
ゆかりは愕然としていた。あまりに突然の死の宣告に得心がいかなかった。なにか悪い夢でも見ているような気分だった。彼女は、ダーっと暗い寝室に向かって走り出してしまった。
「あ、ゆかり!」
追っていこうとするゆうやを、メリスが制止した。
「そっとしておいてあげなさい」
ゆうやも、メリスも、ジルフも、一様に暗い顔をしていた。本来楽しかったはずの誕生日は、一瞬にして悲しく重い1日へと変わってしまった。ゆうやはゆかりが心配で仕方がなかった。メリスとジルフは、未だにヘイロンが死んだということに納得がいかなかった。いくらなんでもあっけなさすぎる。しかし、亡くなったというのはどこを調べても揺るぎない事実だった。
ゆかりは、暗い寝室の枕に顔を押し付け、うずくまるようにしていた。ゆかりの中に走馬灯のようにヘイロンとの思い出が流れていった。
あの日、当てもなく立ち尽くしていたわたしを見つけて拾ってくれた。いつだって優しかった。別れるときも、いつか大きくなったわたしの姿を見たいって言ってた。わたしは、立派なバルになっていつかヘイロンさんと一度一緒に仕事をするのが1つの夢だった。
なのに。いきなりすぎるよ。わたし、まだ何も恩返しできてないんだよ?
そう思うと、涙があふれた。ゆかりの目から溢れ出る雫は、悲しいほど透き通っていた。きれいだった。それが、暗闇に静かに染みていくように、枕をじっとりと濡らしていった。その日、ゆかりは涙が枯れるまで泣き続けた。
翌日。ゆうやは心配になって夜もあまり眠れず、朝になってゆかりのところに行ってみた。
「あ、あのさ、ゆかり」
「な、なあに?」
そう言ったゆかりはいつもの声だった。いや、若干よわよわしい声だったか。振り返ったゆかりの目の周りは腫れぼったくなっており、顔には涙の枯れ痕があった。痛々しいほどだった。
「ヘイロンさん、だったよね? たしかに、死んじゃったのはショックだと思う。俺だって、たぶん大事な人がいなくなったらしばらくは立ち直れないと思う。でも、俺もいるし、ジルフさんに、メリス先生もいるよ。だから――」
「――うん、そうだよね。いつまでも悲しんでなんかいられないよね」
そう言って涙の枯れ痕をふきながら懸命に笑って見せるゆかりに、ゆうやは初めて一瞬ドキッとしてしまった。
「――もう大丈夫。ヘイロンさんに負けないように、頑張らなくちゃ」
ゆうやとゆかりが戻ると、ジルフとメリスはすでに旅の支度を始めていた。
「ゆかり、もう大丈夫なの?」
メリスが聞いた。
「はい。わたし、昨日で涙は置いてきました」
ゆかりはそう言ってみせたが、まだその瞳の奥に悲しみが深く残っていることにメリスはすぐに気がついた。それでも、必死に立ち直ろうとしている。本当に強い子ね。
ジルフがゆかりを気遣うような優しい声で言った。
「ゆかり、俺たちはこれからヘイロンがどうして命を落としてしまったのか、その背景を探りに行こうと思うんだ。これは依頼された仕事じゃないが、紛争の活発な地域だ。バルとしても仕事はできるだろう。ついていけそうか?」
「大丈夫です。わたしも、ちゃんと確かめたい」
「よし、わかった。それじゃ、顔を洗って支度して来い」
4人は支度を終えると、空へと飛び立っていった。今ではさすがに背負って飛ぶにはゆうやとゆかりは大きくなったので、気の術を使って飛ばしている。目的地はヒルメス王国。アッセリア大陸の中部、大国グランゼスタよりさらに北に数千キロにある中規模の国家である。
3章「アッセリアの悪魔」