セバル   作:レストB

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第1部 1章 第4話「ゆかり登場」

 ゆうやがこの世界に迷い込んだ日。あの日から1年半が過ぎようとしていた。

 

 ゆうやの誕生日がこちらではいつに当たるのかわからなかったので(ゆうやは自分の誕生日は覚えていたが、こちらに来たのが何月何日かまでは覚えていなかった)、ゆうやがセントバレナに来た日を仮の誕生日にしてしまって、ちょうど1年経ったその日だけは修行を休んで誕生パーティーを開いた。とはいっても、2人だけの小さなパーティーだったが。でも、ゆうやはとても喜んでいた。あとは、ジルフさんがいれば最高だったけど。

 

 ジルフは、ずっとバルとしての仕事が忙しく、2人とはこの1年半ちっとも会っていなかった。なにやら最近アッセリア大陸の南方、コポルという国で不穏な動きが起こっているらしい。

 

 パーティーに行けなくて済まない、とその日は電話をかけてきた。ゆうやが、お仕事がんばってね、と声をかけると、ジルフは笑って、「おまえこそ修行に精を出せよ。成長した姿を楽しみにしているからな。誕生日おめでとう。じゃあな」と言って電話は切れてしまった。

 

 

 この1年半でゆうやはかなりたくましくなっていた。体つきこそそんなに変わらないが、身は少し引き締まり、背も少し伸びた。修行のメニューを難なくこなすようになっていた。弱音を吐くことが減った。言葉も少ししっかりしてきた。地球に帰れないことを思った時の悲しみも、だいぶ克服しつつあった。

 

 セント語も日常会話についてはもう問題なく、普段からセント語で会話するようになっていた。メリスは、これでようやく話しやすくなる、とちょっとうれしそうだった。

 

 算数に関しても、小数・分数を含めた四則演算まで、わずか5歳にして完璧にこなせるようになっていた。そろそろ数学のレベルに入ってもいいかもしれない、メリスはそう思うほどだった。

 

 社会についても、少しばかり小難しい話に対しても懸命に理解に努め、分からないことは質問し、微妙な話題についても幼いながら自分なりの考えを述べる。

 

 ゆうやがこれほどまでに飲み込みが速いのは、単に勉強に向いていたというだけでは説明がつかない。この世界に来てからの環境の変化、それに対して適応して生きようと懸命に努力した結果の賜物なのだろうとメリスは思う。必死に生きようとする人間の底力、それをこの男の子に思い知らされていた。

 

「今日の気のトレーニングは、そうね、その前にそろそろあの岩に挑戦してみようか」

 

「あれですか? いけるかなあ」

 

 そこにはゆうやの数倍ほどの大きさがある岩があった。

 

「じゃ、ちょっとやってみまーす!」

 

 ゆうやは目を閉じる。気が体からあふれているのを感じる。それを、包み込むように。ゆうやの体から赤い気が発せられた。まだ色は薄いが、立派な気だった。もう坐禅を組まなくても目を閉じて集中すれば、気を出すことはできるようになっていた。あとは、それを拳に集中する! 今まで何度も練習してきたんだ。やれるさ! 左拳に意識を集中する。気が集まってきた。熱い。この感覚だ。ゆうやは左利きだったので、左拳に気を集中させる方が得意だった。きた。あとはこれを散らさないようにして打ち込むだけ。

 

「はあっ!」

 

 

 大きな音とともに、岩に左拳が勢いよく当たった。じーん、と拳がしびれる。

 

 

「いってーーー!」

 

 ゆうやは左拳をさすった。どうやら拳は無事のようだ。

 

 

 だめだったのかな? そう思っていると岩全体にピキピキとひびが入り、一部がくずれた。

 

「やった! 岩を壊せたぞー!」

 

 ゆうやは飛び上がる。

 

「甘い甘い。これじゃ60点ね。バラバラに粉砕できないようじゃまだまだよ」

 

「でも、初めてにしては上出来ね。あと1か月もすればあれくらいの岩はいけると思うわ」

 

「あと1か月もかかるんですかー?」

 

「そんなにかかるのが嫌なら、もっと修行に精進することね」

 

「よーし! あと半月くらいで壊せるように頑張ろう!」

 

「その意気よ。さあ、いつものメニューに戻りましょう。今日は足に気を集中する訓練から!」

 

 

 

 

 このころ、筋トレはひとつにつき200回まで増え、水泳も小さな湖とはいえ3往復と、地球の基準から言うと明らかに人間離れしていた。徐々に訓練を増やしていったとて、こんなレベルまで人間が強くなることは地球では通常あり得ない。原因は不明だが、セントバレナにおいては、いわゆる人間の壁というものは努力次第で越えられるものらしい。

 

 

 気にしたってそうだ。地球でも達人と呼ばれるような人たちは、意識して、あるいは無意識のうちに気のコントロールをしている者がいる。しかし、訓練次第でこんなにも手に取るように気が扱えるようになる、それは地球ではやはり考えられないことだった。第一、気のオーラが一般の人にも見えてしまうこと、そのことからしてまずどこかおかしい。

 

 セントバレナは、地球とは似ているようで、やはり地球とは違っていた。

 

 

 

 その日の夜、メリスはゆうやに言った。

 

「今までこっそりやっていたけど、今日でもう終わりね」

 

「何をやってたの?」

 

「この星って、地球にはいない細菌やウイルスであふれているのよ」

 

「ほったらかしていたら、そういうのに全く免疫のないあなたは病気とかで最悪死んじゃうかもしれなかった……」

 

「そう、ゆうや、あなたに最初に出会ったとき、あなた、ものすごい高熱を出して倒れていたのよ」

 

「そうだったんだ……」

 

「あなたはこの星のウイルスに感染していて、一刻を争う状況だった。私たちがたまたま通りかからなかったら、あなたの命はなかったわね」

 

「あなたが、この星の細菌やウイルスに免疫を持てるようになるまで、助けてあげる必要があった。だから、あなたが寝た後、毎日こっそり、私の気で少しずつ免疫力をつけていたのよ。外気の細菌やウイルスに慣れさせながらね」

 

「でも、もう大丈夫。これからは自由にどこへでも行けるわ」

 

「ありがとう」

 

 しかし、少し疑問がわいたので、ゆうやは聞いてみた。

 

「でも、もし俺が他の人のところに引き取られてたらどうなってたの?」

 

「難しいところだけど、大抵はワクチンを少しずつ打って対応するしかないわね。少しずつしか免疫が付いていかないから、もしかしたら危なかったかもしれない。そういう意味では、私のところで運が良かったかもね」

 

 

 地球から来た子供たちの死因で最も多いのは、実は来てから1年以内の病死である。地球人は、セントバレナの病原体に対して致命的なほどに抵抗力が欠けている。大抵は1〜2年で大方の免疫は付いていくため、その期間生存できるかどうかが勝負となる。もちろん、免疫がついたとしても、それ以外の原因でほとんどの地球人は亡くなってしまうのだが。

 

 

「そうだね」

 

「もう寝ましょう。明日も早いわよ」

 

「は−い」

 

 

 

 翌日。いつものようにランニング(もはや距離はマラソンの域)を始め、朝食をとって、さあ勉強だ、というところで、なつかしい客がやってきた。

 

「よう、ゆうや! ちょっと大きくなったな」

 

「ジルフさん!」

 

 

 ゆうやはジルフに飛びついた。と、すぐ横に見たこともない女の子がいることに気がつく。女の子は見たところ自分と背は同じくらいだ。顔はちょっとかわいいかもしれない。

 

「きみ、だれ?」

 

「人に名前を聞くときは、自分から言うもんでしょ?」

 

「わかったよ。俺、ゆうやっていうんだ。よろしくね」

 

「わたしはゆかりよ。よろしく」

 

 2人は握手した。

 

「おっ。さっそく仲がいいな。やっぱり子供同士、連れてきて正解だったかな」

 

 メリスがジルフに気づく。

 

「あら、ジルフ、久し振り! で、その子は?」

 

「子供が一人いるって言ったら、ちょっと他のバル仲間から頼まれちまってな。ほら、ヘイロンだ」

 

「ああ、あのヘイロンね」

 

 ヘイロンとは、かつて一度戦場を共にしたことがあった。彼は、戦闘能力こそ並みであったが、諜報能力に長けた男だった。

 

「そのヘイロンが、この女の子が倒れているところを見つけて、つい拾っちまったんだと。それも俺達がゆうやを拾った日と同じだって言うんだから奇遇だよな」

 

「似たような話ってあるものなのねー」

 

「それで、しばらくはこの、ゆかりっていうんだが、この子の世話をしてたらしいんだが、最近になって急にやばいヤマ(仕事)が入ったそうなんだ」

 

「今までの仕事よりもはるかに危険で、この子はとてもじゃないが連れて行けない、しばらくは帰れないだろうから、ぜひとも預かってくれないか、と頼まれてな、まあ1人が2人になってもそんなに変わらんだろうってことでOKしたんだよ」

 

「それは仕方ないわね。でも、ここは子供を預かる場所じゃないんだから、調子に乗って何人も連れてこないでよ」

 

「私も早くゆうやを一人前に育てて仕事に復帰したいんだし……」

 

「分かったよ。次からは断るよ」

 

「いや、私たちが引き取る以外にどうしようもないんだったら、引き取ってあげてもいいわよ。でも、手を尽くしてから決めて」

 

「ああ。もちろんそうするさ」

 

「で、ゆかりって子なんだが、どうやらこの子もバルになりたいらしい。なんでも、困っている人を助けられるような仕事に就きたいって、どっかのガキと似たようなこと言ってるぞ」

 

 そう言って、ジルフはゆうやのほうをちらっと見た。

 

「ゆうやと同じ歳だから、気は合うかもな」

 

「一応セント語は覚えさせ、免疫はつけさせたそうだ。あとは、俺の力じゃ修行といってもたいしたものはつけてあげられなかったから、そっちできっちり鍛えてやってくれ、と言われている」

 

「俺はまた行かなくちゃならない。全部おまえに任せてしまってすまんな」

 

 ジルフは頭をかいた。

 

「いいよ。あの子、ゆかりは私がちゃんと面倒みるから、あんたは安心して行ってきな!」

 

「ところで、ゆうやだが……あそこまでするには大変だったか? やっぱり」

 

「まあね。でもあの子、結構頑張り屋さんだから、こっちも教えがいがあるってもんよ」

 

「次に会うのはいつか分からない。2人の成長した姿、楽しみに待ってるからな」

 

「まかせときなさい!」

 

「おう!」

 

 それから、ジルフはゆうやの方を見て言った。

 

「ちょっと早いかもしれないけど、もうお別れだ。またしばらくは会えないと思う」

 

「えっ。もう行っちゃうの!?」

 

「ゆうや。おまえのちょっと大きくなった姿が見られてよかった。今度はもっと大きくなった姿を見せてくれよ」

 

「はい。頑張ります」

 

「それと、2人とも、仲良くするんだぞ」

 

「わかった!」

 

 2人同時に言って声がハモった。思わず顔を見合わせる。

 

「ははは! いい感じだな。じゃあな!」

 

 そう言うと、次の瞬間には、ジルフは空高く飛んで行ってしまった。

 

 

 

 メリスは自己紹介をする。

 

「こんにちは。ゆかりちゃん、だったっけ。私はバルのメリスといいます。よろしくね」

 

「よろしくおねがいします」

 

「さあ、まずはあなたのこれまでと、なぜバルになりたいのか、そこからゆっくりでいいから話してくれるかな?」

 

 

 ゆかりは一息つくと、ゆっくりと、言葉を慎重に選びながら話し始めた。

 

「わたしは、今から1年半前、気がついたらこの世界にやってきていました。帰る方法がないってヘイロンさんから聞かされた時は、頭が真っ白になっちゃったけど、どうにか今は立ち直ることができました。ヘイロンさんに連れられて、この世界には悲しい争いが絶えないのだと知りました。わたしの夢は、困っている人を助けてあげられるような仕事に就きたい、というものです。わたしは、バルになって争いに苦しむ人を、助けたいです。メリスさんはすごうでのバルだって聞きました。お願いします! どうか、わたしがバルになれるように、教えてください!」

 

 メリスは、ゆかりの言葉にすこぶる驚くと同時に、感心した。5歳でもここまで立派に話せるもんなのね。

 

「わかった。でも、修行は大変よ。女の子だからって手加減しないからね。最後まで絶対についてくるって誓える?」

 

「わたし、どんなことがあっても絶対に負けません! 頑張ります!」

 

 ゆかりは強い口調ではっきりとそう言った。

 

「よし。約束ね」

 

 メリスはゆかりと握手した。

 

「こりゃ、ゆうやよりもずっと立派になるかもしれないね〜」

 

 メリスはゆうやを見ながらちょっとからかった。

 

「そんなことないよ! 俺だって負けないからね!」

 

「ふふ。その意気よ。2人とも、立派なバルを目指して頑張るわよ!」

 

「はい!」

 

 

ゆかりも加わってちょっぴりにぎやかになったクレア山。はたして、これからどうなっていくのやら……

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