「俺のことを聞いて──それでどうする気だ?」
俺はセルカにそう訊き返した。
こいつの話したことは到底信じがたい──壮大なオカルトで、それで俺を煙に巻いているとしか思えなかった。
仮にセルカが本当にこの水槽に閉じ込められていて、あの恐ろしいロボット共やそいつらを作った者にとって外に出すわけにはいかない存在だとするなら──俺にとって脅威にならない保証がどこにある?
それこそセルカがやってきた人間を言葉巧みに誑かして、自身の封印を解かせて暴れ出す魔物の類であり、俺を騙して利用しようとしているだけである可能性も排除できない。
案内人の加護の光が導いた先にいたことを考慮しても、案内人自体胡散臭くて、説明が少な過ぎて、何を考えているのか分からない奴だ。何も考えずに信じて従って良いとは思えない。
『まあ、当然と言えば当然ね。私のことを知らないのだし、信用できないのも無理はないわ』
セルカは俺の内心の疑念を読み取ったらしい。
『でも私は嘘を言ってはいないわ。私はここに閉じ込められていて、出ることはおろかこの部屋の中での念話や念視以外の如何なる干渉も不可能よ。貴女のことを聞きたいのもただの好奇心。私にはこの部屋を訪れた者との会話くらいしか楽しみがないもの』
そこで俺ははたと違和感に気づいた。
普通、大昔の存在とは言語の違いで意志の疎通ができないはずだ。
なのにセルカは最初から流暢なホルファート王国語を喋った。
まるで普段から使っていたかのように。
「──そうだ。会話だ。お前はそれこそとんでもない大昔に生きていたんだろう?だったらなんで俺と言葉が通じるんだよ?」
『ああ、それはね、念話だからよ。貴女の出身国──ホルファート王国の言語なんて私は知らない。でもね、念話は言語の壁を超えた概念伝達ができるの。私が貴女に念話で伝えた概念をホルファート王国語に変換しているのは貴女の脳よ』
「つまり──どこの誰が相手でも最初から問題なく話ができる、と?」
『そう。私と念話で話すのに言語の壁は存在しないの。翻訳機は既知の言語にしか対応しないけれど、念話は未知の言語にも難なく対応できるわ。この回答で満足かしら?』
──なるほど。今はそういうことにしておくか。
テレパシーについての知識などないから検証などできない。
それよりもう一つ、疑問がある。
「お前は──ここから出たい、とか思わないのか?」
閉じ込められた者ならば抱くであろう至極当然の思いをセルカは口にしなかった。
そこを見逃さずに問い質すと、セルカはあっさりと認めた。
『思わないわけないじゃない。私は外の世界を殆ど見たことがないの。時々来ていた人たちから聞いた話とデータベースの情報から、外の世界のことを知識として知ってはいるのだけれど、やっぱりこの目で見てみたいという欲求は抑えられるものではないわ』
そしてセルカは俺が畳み掛けるよりも先に言葉を継いだ。
『でもね──不可能なのよ』
「不可能ってどういうことだ?その気になればこんなガラス破れるんじゃないのか?」
鏡花水月を使う準備をしつつ俺は尋ねる。
するとセルカは「見ていて」と言って目を閉じ、丸い身体をガラスにぶつけた。
瞬間、青白い半透明のバリアのようなものが水槽内部全体に張られ、セルカの身体は電撃に襲われた。
声にこそならないが、悲鳴を堪えているのがテレパシーで伝わってくる。
セルカがガラスから離れるとバリアはすぐに消えた。
『ほらね。内部から軽く衝撃を与えただけでもエネルギーシールドが張られるの。許可なく魔法なんて使った日にはインパクトショットで区画ごと消し飛ばされるわ』
確かめる術はないが、嘘は言っていないように思えた。
『これで私の疑いは晴れたかしら?』
答えは完全にイエスになったとは言えないが、とりあえずこいつが俺に直接的な害を為せる状態にない、とは判断していいだろう。
「ああ──」
俺がそう口にした直後、セルカはガラスすれすれまで寄ってきた。
『良かった!じゃあ聞かせて頂戴な。貴女の名前は?どうやってここに来たの?』
◇◇◇
『それは私の求める答えではない。質問に答えろ』
奇妙な癖のある無機質な声が質問を投げかける。
「何──度も、言わせる、な!私に、話せること、など──もう、何もない!」
そう言った直後、電撃が迸り、アーヴリルを襲う。
悲鳴を上げるアーヴリルに声は冷たく言い放つ。
『意地を張らない方が身のためだ。死に近づいている』
電撃が止む。
そして目の前に透明な箱に入れられたティナが置かれた。
『第七研究所の強化兵士──
「だから──何だ──それは?この──者は、ただの、専属、使用人──」
再び電撃を浴びせられ、アーヴリルは悲鳴を上げた。
『──弱体化している。総合的な耐久力が前回捕獲したサンプルの四十八パーセント』
何やら訳の分からないことを呟く声。
アーヴリルは電撃が止んだ隙に酸素を求めて必死に息を吸う。
エステルの鎧が爆発した時、アーヴリルは壁に叩きつけられて気を失った。
目が覚めたら、金属なのか粘土なのか分からない材質でできた担架のようなものに拘束されていた。
そして眩しい白い光に満たされて周りがよく見えない部屋で、時間の感覚がなくなるほど拷問を受け続けている。
目の前にはマゼンタ色に輝く一つ目を持った、直径一メートルほどの巨大な白い球体。
その球体がアーヴリルに訳の分からない質問をいくつも投げかけ、答えられなければ電撃を浴びせ、答えても十回中八回ほどの確率で同じことをする、という理不尽な仕打ちを続けている。
泣こうが、喚こうが、抵抗しようが、慈悲を乞おうが、拷問は止まなかった。
今やアーヴリルは息も絶え絶えだった。
抵抗の意思などとっくに消え失せ、思考さえも覚束ない。
いっそ殺してくれと心の中で叫ぶアーヴリルだが、一つだけ気がかりなのは──
(エステル様は──逃げられたのか?それとも──)
できれば無事に逃げ延びていて欲しい──そう思うが、その可能性が限りなくゼロに近いと気付いている自分もいる。
不意に「ベーッ!」という音がしたかと思うと、球体が狼狽したような言葉を発した。
『──馬鹿な。地下二十階七番収容室に新規入室記録?入室者は──ライトマイヤー博士?あり得ない。他の可能性は──残り一体の仕業と判断すべき』
そして球体はアーヴリルから一つ目を逸らし、マゼンタ色の光を点滅させながらどこかに指示を出し始めた。
『調査チームを編成。地下二十階七番収容室の捜索を開始──』
遠のきそうになる意識の中で「残り一体」という言葉が妙に鮮明に耳に残った。
間違いなくエステルだ。
どうやら生きてあの場から逃げ延びていたらしい。
だが、どうやら彼女にも化け物の追手が迫っているようだ。
早く逃げて──そう思ったアーヴリルだが、直後に心の中に湧き起こった感情に戦慄する。
◇◇◇
『それは──本当にお気の毒だったわね』
セルカが透明な壁越しに同情の言葉をかけてくる。
俺はセルカに自分の境遇を包み隠さず話してしまっていた。
さすがに転生者であることまでは話さなかったが、実の父と継母から疎まれてきたことや、望まない結婚を強いられたこと、それを回避するために冒険の実績を求めてここに来たこと、ここが【聖域】と呼ばれて立ち入りが禁忌になっていること、ロボットに襲われて鎧と旅仲間二人を失ったこと、謎の光に導かれてここに来たこと、入り口で白骨死体が持っていたカードキーを使ってこの部屋に入ったことまで全部話した。
その話にセルカは憤ったり、俺に何か言ってきたりするでもなく、ただ話を聞いて同情してくれた。
創作の魔物みたいに「そいつらに復讐したくはないか?」とか「力になろう」といった甘言を弄してくることもなかった。
よく見ると目尻から涙のような液体が流れ出して水槽に満たされた液体に溶けていっている。一緒に泣いてくれる相手というのは前世を含めてもいなかったような気がする。
俺の頬にも溢れ出した涙の感触があることに気付いた。
──どちらが先に泣き出したのだろうか。
『今の私では直接力になってはあげられないけれど──貴女の仲間、まだ助けられるかもしれないわ』
不意にセルカがそう言った。
「──は?」
『殺されたとはっきり分かったわけではないのでしょう?ならば生きたまま捕らえられたという見方もできるはずよ』
セルカは真っ直ぐに俺の方を見て言った。
目玉だけのセルカには表情というものが作れないが、その目は真剣だった。
『この研究所のコントロールセンターに行くの。そこからならこの研究所の全てを把握できるわ。おそらく貴女の仲間の安否や所在も』
──言うのは簡単だが、どうやって行くのか。
そのコントロールセンターがどこにあるのかすら俺は知らない。
「どうやってだ?俺はこんな所の土地勘なんてないぞ」
『貴女は魔法が使えるのでしょう?なら部屋を出た後も私が念話で誘導できるわ。この研究所の大まかな内部構造は知っているし、念視で視界の共有もできるから大丈夫よ』
──そうなのか。
だがナビゲーターが付いていてもまだもう一つ問題がある。
「ロボットに出会した時はどうする?レーザーなんてとても防げないし、今ある武器じゃ戦うには心許ないんだが?」
『私が出来る限り遭遇しないように上手く誘導するけれど──そうね、どこかから壁板を剥がして盾にすると良いわ。ここの壁や床はレーザーガンでも簡単には貫けないの。それこそ一時間くらい同じポイントに当て続けでもしない限りはね』
──そうか。そういえばレーザーが当たった壁は赤熱化してはいたが、抉れたりはしていなかった。
だがレーザーでも貫けない壁板をどうやって引き剥がせというのだろうか。
『壁板は接着されているだけだから経年劣化で剥がれかかっている所を探すしかないわね。それと、レーザーを防げても攻撃手段は貴女の方で考えてもらわなくちゃいけないわ』
俺は頭の中でシミュレーションしてみる。
視認していなくても近くにいれば空間把握で存在をはっきりと認識することはできる。
空間把握で索敵し、ロボットに遭遇したら盾でレーザーを防ぎつつ鏡花水月で打ち返していけば──いけるかもしれない。
「攻撃手段については心当たりがある。──俺はコントロールセンターに行く。案内、頼めるか?」
セルカは再び目だけでにっこり笑った。
『ええ、いいわよ。見返りは全てが終わった後に私をここから出してくれる、でいいかしら?』
「──出られないんじゃなかったのか?」
『貴女が使ったカードキーはこの研究所でもトップレベルの権限があった研究者のものよ。アシュリー・ライトマイヤー博士──彼女のカードキーを使えばこの水槽のエネルギーシールドとインパクトショットを切れるわ。その時の操作についても私が指示するから問題はないわよ』
これは乗ってもいい取引──そう判断した。
先に解放を要求するなら乗らなかったが、セルカは「全てが終わった後」と言った。
「交渉成立だ」
そう言うとセルカは目だけで微笑んだ。
『それにしても貴女──ロボットやレーザーなんて言葉、使うのね。概念伝達に頼らないで──まるでよく知っているみたいに。服装から推定される文明水準に見合わない知識と思うのだけれど』
「──ああ。よく知ってるさ。よく知ってて──敵になるとあんなに恐ろしいとは思わなかった」
前世だとテレビの画面の中の戦闘ロボットはカッコ良くて、未来的な街や宇宙空間でレーザーを撃ち合う戦闘シーンには大興奮していたものだ。
ノスタルジーに浸ったのも束の間、俺はかぶりを振って扉の方に向かって歩き出す。
セルカは追及してこなかった。
扉を開けて外に出ると、セルカの誘導に従い、エレベーターを目指した。
セルカによればコントロールセンターはここから十階上、地下十階にあり、専用の直通エレベーターでないと辿り着けないらしい。
そしてそのエレベーターに乗り込むだけでも高ランクのカードキーが要る。
幸い白骨死体から拝借したものが使えるようだが──あの白骨死体の主はどんな人物だったのだろうか。なぜセルカの収容された部屋の前で死んでいたのだろうか。
その疑問はテレパシーでセルカに伝わっていたらしく、律儀な答えが返ってくる。
『ライトマイヤー博士は私を作り出したプロジェクトの統括者だったの。軍に引き抜かれて魔装の解析・研究に携わっていたわ。聡明で心優しく、それでいて勇敢でもあった。アルカディアを複製するための体組織サンプルを手に入れる──そのためだけにアルカディアへの大規模攻撃が行われた時、自ら最前線に飛び込んで、命懸けでサンプルを回収したくらい。研究者なんだから、研究所でサンプルが届くのを待っている立場だったのに、自分の手で確実に手に入れないと、ってね。そんな苦労と多くの犠牲の果てに手に入れたサンプルから作り出された私は期待された性能の一割も発揮できなくて、多くの人がプロジェクトは失敗だと断じたけれど、彼女はずっと私を信じ続けていたわ。上層部の圧力に抗いながら、研究を続けて──それに研究目的以外でもよく私と話をしに来ていたわね。彼女自身のこと、彼女の周りの人のこと、分からず屋の上層部の愚痴や笑える出来事、戦争が起こる前の世界のこと──色々教えてくれたわ。彼女が来なくなってから、長い間彼女はどこに行ったんだろうって考えていたけれど──まさかずっと部屋の前にいたなんてね』
セルカの声は悲しさや寂しさを含みつつも落ち着いた──泣きたいのに泣けないような、そんな感じのする声だった。
彼女の話を鵜呑みにはできないが、俺には嘘を言っているようには思えなかった。
『まあ、全部もう過去の話よ。それより今は貴女と貴女の仲間を助けることに集中しないとね』
「ああ──」
どこか堪えて気丈に振る舞っているように明るい声で言ってくるセルカに何と返せばいいのか、俺には分からなかった。
『その次の角を右よ。その一番奥のエレベーターに乗って』
セルカから指示が来たので一旦立ち止まる。
指定された角は数メートル先にあった。
角を曲がる時はまず索敵しなければならない。
この遺跡の特殊な環境──セルカによると空気浄化装置がまだ生きていて魔素が薄く、魔法が使いにくいらしい──ゆえに空間把握の効果範囲が狭く、頻繁な使用を強いられている。
何度目かも分からない空間把握を使おうとした時、「ビー」という音が聞こえた。
──角の向こうから。
次の瞬間、空間把握に開いた扉の向こうから出てくる三体のロボットが映る。
よりにもよって俺が乗るはずだったエレベーターから奴らは出てくる。
俺と感覚を共有しているセルカもロボットの存在に気付いたようだ。
『まずいわね。近くに剥がせそうな壁板はあるかしら?』
──そんなものはない。
壁は憎たらしいほどきちんと真っ直ぐのままだ。経年劣化というものを知らないのだろうか?
壁が駄目となると他に盾に使えそうなものといったら──
「──そうだ」
『どうしたの?』
「壁板は剥がせそうにない。だったらロボットを盾にすればいい」
危険な賭けではあるが、待ち伏せで一体倒し、そいつを盾にしながら鏡花水月を使えば倒せるのではないかと閃いた。
『本気!?』
「やるしかない。俺にも切り札がある」
小声で言いながら俺は拳銃を右手に握った。
ロボットが硬質な足音を立てて近づいてくる。
曲がり角から先頭の一体が姿を現した瞬間、俺は拳銃の引き金を引いた。
魔法で存在を把握して視界に入る前から照準していたお陰で、ロボットは反応する間もなくレンズを撃ち抜かれ、火花を散らして止まった。
素早く魔法で肉体を強化して掴みかかり、こちらに引き寄せる。
残り二体のロボットが発射したレーザーで倒したロボットの腕が片方切断されたが、その分重量が減り、却って好都合である。
二体のロボットは俺を追って曲がり角から姿を現したが、拳銃で難なく一体のレンズを撃ち抜く。
直後、もう一体が放ったレーザーが盾にしたロボットの残骸に当たったのが分かる。
だがレーザーがロボットの残骸を貫いて俺の身体を焼き切るまでには数十秒ほどの猶予がある。
これなら鏡花水月を使う必要はなさそうだ。
脚に魔力を込めて突進し、ロボットの残骸を思い切り叩きつける。
ロボットはバランスを崩して拍子抜けするほどあっさりと仰向けに倒れた。
すかさず残骸から手を離し、立ち上がろうとするロボットのレンズに接射で拳銃を撃ち込む。
黄色い火花が飛び散り、ロボットは動かなくなる。
念のため、倒した三体全てにもう一発ずつ撃ち込んでから、拳銃の回転弾倉に弾を装填し、盾代わりのロボットの残骸を一つ持ってエレベーターに向かった。
『貴女、そのなりで凄く強いわね』
セルカが感心したような声で言ってくる。
驚かれるのは悪くない気分だが、それより疑問がある。
「さっきのロボットはお前が言っていたエレベーターから出てきたぞ。俺の居場所がバレているんじゃないだろうな?」
チラッと──ほんの少し、セルカを疑った。
こいつがロボットたちに知らせたのではないか、と。
『そうではないと思うわ。おそらく私のいる部屋への新しい入室記録があったことで【ライチェス】が調査隊を出したのよ』
「ライチェス?」
『この研究所の管理をしていたAI──人工知能とでも言えば通じるかしら?』
「──ああ、分かる。もしかしてそいつがここの機能を維持しているのか?」
『そう。察しがいいわね。コントロールセンターにはライチェスの子機がいるでしょうから、戦う準備をしておいて頂戴』
どうやらロボットたちの親玉が生きていて、そいつがセルカの部屋に誰か入ったと知って不審に思った、ということらしい。
確かめることはできないが、とりあえずこいつが知らせたというわけではないようだ。
カードキーをエレベーターの横にある読み取り機にかざすと「ピッ」と音がして緑色のランプが灯り、音もなく扉が開いた。
乗り込むと、自動で扉が閉まる。
「地下十階って言ったな?」
『そうよ。下から三番目のボタンを押して』
「分かった」
指定されたボタンを押すと、扉の横のディスプレイに矢印が表示され、それが上へと動き始めた。
ちっとも上昇している感覚がないが、魔力での空間把握を使ってみると、とんでもないスピードで上昇しているのが分かった。
金属製なのに錆びつかない床や壁、扉といい、ロボットといい、レーザーガンといい、やはりここはオーバーテクノロジーの塊だな。
エレベーターが減速し始め、「ブー」という音が鳴る。
そろそろ着くようだ。
全力で空間把握をしつつ、盾を構え、拳銃を右手に持ち、鏡花水月を発動できるように準備する。
エレベーターが完全に止まった。
扉が開き、壁一面のディスプレイとその前に並んだ椅子が目に飛び込んできた。
ゆっくり、慎重に足を踏み入れる。
中には誰もいないようだ。
空間把握と索敵魔法の重ね掛けで調べてみたが、あの恐ろしいロボットは一体もいない。ライチェスとかいうロボットの親玉らしきものも見当たらない。
拍子抜けするほどあっさりとディスプレイの前まで辿り着けてしまった。
『──嫌な予感がするわね。うまく行きすぎだわ』
俺もセルカに同意だ。
静かすぎる、という状況は嵐の前の静けさ──ベタなフラグに他ならない。
そして──その予想は裏切られなかった。
『よくここまで辿り着けたな。君の評価を上方修正しよう』
不意に無機質な電子音のような声がしたかと思うと、俺の周囲に青白い半透明の壁が出現した。
セルカの水槽で見たエネルギーシールドだ。
──捕まった。
周り全てを見渡してそう理解するのに約二秒。
エネルギーシールドの向こう側にマゼンタ色に輝くセンサーアイを持つ白い球体が出現する。
シールド越しでも分かる金属のような質感から、ロボットだと分かる。
──どこから湧いて出やがった!?
さっきはこんなの影も形もなかったのに!
『新人類にここまでの侵入を許したのは初のこと。注目に値する個体と判断』
球体型ロボットは俺を覗き込むようにシールドに近づいてきた。
センサーアイの中のレンズがしきりに動いている。
『──ライチェス!』
セルカの声が聞こえてきた。
その声は苦手な奴を相手にしたときのような調子だった。
「お前が──ライチェスか?」
そう口にした途端、球体型ロボットはレンズの動きを止めた。
『私の名を知っている?──そうか。セルカに会ったか』
その声は電子音でありながら、なぜか酷く冷たい──殺気を帯びた声に聞こえた。