俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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開戦

 オフリー伯爵家からの脅迫文が届いてから二週間が経つ日、オフリー家の使者と名乗る男が護衛を十人ほど引き連れてファイアブランド領にやって来た。

 

 交渉に応じる気はさらさらないが、使者を話も聞かずに追い返すと後々面倒になるので、屋敷に通してやった。

 

 そしてオブザーバーとしてサイラスを伴い、応接室で対面したのだが──使者の分際で随分と尊大な態度だった。

 

「これはこれは驚いた。このような()()()お嬢様が来られるとは聞いておりませんな。当主殿はどうされたのでしょう?」

 

 明らかに俺を見下している口調と表情にカチンときたが、表には出さずに答える。

 

「当主は今体調が思わしくない。だから代理として私に応接を命じられた」

「おや、そうでしたか。それはお見舞い申し上げます。ですが── 貴女のような子供を代理にするとは、ファイアブランド家は余程人材不足のようですね」

 

 ──どうにも慇懃無礼な奴だ。

 腹が立って仕方ないが、ぶん殴るのは堪える。

 ただし、無礼には無礼で返すとしよう。

 

「社交辞令は抜きでいいでしょう。私は当主より応接の全権を預かっております。早く要件をお話し頂きたい」

 

 使者の男は一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに姿勢を正すと、一枚の紙を取り出して読み上げ始める。

 淀みなく言葉を紡ぐその口元は微笑みを浮かべているようにも見えるが、どうにも表情全体が作り物じみていて真意が読めない。

 それに目を開けているのか閉じているのかも定かではない糸目が相まって気味が悪い。

 

「ではウェザビー・フォウ・オフリー伯爵代理、【メイナード・フィーラン】が申し上げます。まずは貴家が先月よりオフリー家との間で行われている取引を連絡もなしに一方的に中断し、度重なる我が方からの問い合わせにも一切反応がなかったことに対し、改めて遺憾の意を表するものであります。ですが、賢明にして寛大なるオフリー家当主、ウェザビー・フォウ・オフリー様は新たな交渉材料を提示なされました。取引の主眼である我が家から貴家への援助に対する見返りの変更です。先日貴家の軍が成し遂げた空賊団討伐の戦利品──その全ての買取をオフリー家にさせて頂きたい。無論、ただでとは申しません。買取価格は一般的な相場よりも高値をお約束します。また、捕らえられた空賊がいれば彼らも我が家の所有する鉱山の坑夫として買い取ります。貴家は既に決まったオフリー家からの援助に加え、商会を通して戦利品の代金支払いを受け、財政状況の改善により大きく前進できます。今提案に対しては私がファイアブランド領に滞在している間に回答するよう求めるものであります」

 

 オフリー家の当主が賢明にして寛大だと?笑わせてくれるじゃないか。

 賢明なら金で嫁を買うような真似はしないだろうし、寛大なら返事を渋った家に空賊をけしかけたりしないだろう。

 

 俺は長々と口上を述べたフィーランを鼻で笑って一言返してやった。

 

「話になりませんね」

 

 フィーランは一瞬唖然とした顔になったかと思うと、若干焦りの入った笑みを浮かべて説得を始めた。

 

「いえ、貴家にとって悪い話ではないのですよ?あくまで見返りの変更ということですので、貴家が失うものは何もありません。我々は以前取り決めた通りに貴家を援助し、貴家は空賊団討伐の戦利品と捕らえた空賊の生き残りを我々に売却する。この内容ならば貴家が得られる利益は以前のそれで得られる利益よりも大きくなります。先程も言った通り、戦利品は相場よりも高値で買い取らせて頂きますので、他の商会やスクラッパーギルドに売却するよりも多額の現金が得られます。それに空賊の生き残りにしても領内に留めておくのは貴家にとって負担になるでしょう。いつ脱走してまた悪さをするか分かったものではない。そのような危険な犯罪者を我々に売り渡せば、彼らを領内に留めておく負担から解放され、それどころか利益が転がり込むのです。まさに一石二鳥ではありませんか。何も悪いことはありませんよ」

 

 長々とファイアブランド家にとってのメリットを説明してくれたフィーランに俺はパチパチと拍手をしてやった。

 よくもまあ、こうまで白々しく美味い話を持ってきたものだ。

 例の書類の存在を知らなければ心が揺らいでいたかもしれない。

 

 ──いや、これも無意味な仮定だな。

 

「いやはや見事なプレゼンでした。それで?その見返りの変更でオフリー家には何の得があるのでしょうね?」

 

 そう、フィーランはオフリー家の利益については一言も言及していない。

 まあ、分かり切ってはいるのだが、一応聞いてやる。

 

 するとフィーランは口元を円弧形に歪め、笑顔でとんでもないことを言い出した。

 

「いえ、損得の問題ではございません。ウェザビー様は貴家に対する礼の意味合いも込めて此度の見返りの変更を決断されたのです。貴家の領内で商売をさせて頂いている商会の会員から聞いたところによれば、貴家が討伐なさったのは指定危険空賊団の【ウィングシャーク】とのこと。彼の空賊団には我々も何度か辛酸を舐めさせられております故、それを討伐してくださった貴家に報いないわけにはいかぬとウェザビー様は仰せでした」

 

 ──人ってよくここまで明るい笑顔で嘘が吐けるんだな。一周回って感心だ。

 小娘なら騙すのは容易いと思ったのだろうが、そうはいかない。

 

 元は商人で、現在も王国有数の大商会を抱えるボスであるオフリー伯爵家が取引の内容を恩や義理で変えるわけがない。

 空賊と手を組んでいた証拠を取り返せるという利益が見込めるからこそ、変えたのだ。

 そしてその利益のためには、跡取りの正妻を確保できるという利益を犠牲にする必要があった。

 

「嘘だな」

 

 冷たく言い放ってやるとフィーランの顔から一瞬表情が消えた。

 フィーランが何か言おうとするが、それよりも早く俺は不自然な点を指摘する。

 

()()()()の恩義のために、武力をちらつかせてまで手に入れようとしたご子息の正妻候補を諦めると?およそ()()()()()()とは思えない振る舞いであらせられる」

「商会を束ねてはいても()()()()()()ですので。そこは弁えております。それに──貴家の反応がなかったのは、貴家の長女が承諾されなかったということなのではないか、とウェザビー様はお考えでした。オフリー家は伯爵家としての歴史が浅い。無理強いして波風立てるわけにもいかぬと考え直されたのです」

「ほう?ならもう一つ。さっき言ったウィングシャークとかいう空賊団はオフリー家からこの書状が届いた同じ日に出現し、港を占拠した。しかもそいつらは略奪した後も逃げずに港を占拠し続けた。これは一体どういうことなのでしょうね?」

 

 二週間前に届いたオフリー家からの書状をフィーランに見せてやる。

 書状には「一週間以内に件の取引が履行されない場合は相応の措置を取らせて貰う。抵抗する場合は武力行使も視野に入れている。速やかなる回答を望む」といった内容が書かれている。

 

 しかし、フィーランは涼しい顔でシラを切る。

 

「おや、そうだったのですか。俄には信じ難い偶然ですね。貴家の災難には心からご同情申し上げます」

「とぼけないでもらいたい!」

 

 俺は立ち上がって机を叩いた。

 

「空賊の飛行船を調べたら()()()が見つかった。中には手紙。オフリー家当主からのな。全部読ませてもらったが、うちの港を占領して商船が入れないようにしろと指示した手紙があったぞ。あの空賊共に港の警備隊三十人が全滅させられた。他にも港にいた領民が三人殺されて、女性四人が辱めを受けた。灯台やクレーン、作業用の飛行船や鎧他の器物も壊された。全部あんたらオフリー家が指示したことで被った被害だ。我々は空賊をけしかけて領地を荒らさせた犯人と取引などしない!全てご破算だ。それと、この落とし前はどう付けてくれるんだ?」

 

 声を荒げて追及すると、フィーランは一瞬微かに目を見開いた。

 ハイライトの消えた冷たい目だ。

 

 そしてフィーランはすぐに糸目に戻って不気味な笑みを浮かべ、先程とは違う声色で言った。

 

「おや──見つけられていましたか。実に残念ですね。ご存知なければ良い取引ができたというのに。──いいでしょう。では隠さずに申し上げる。見つけた手紙も含めて貴家が()()()()()()()()()()()()()()()()()()を我々に売って頂きたい。価格はそちらの言い値を受け入れます。それと、損害についても経済援助の一環という名目で賠償金をお支払いします。それで今回の件は忘れ、今後とも良い関係を維持していこうではありませんか」

 

 ──なるほど。やはり使者を寄越してきた真意は口止め料と迷惑料でこちらを黙らせることか。

 予想よりだいぶ穏当だな。空賊と手を組むような悪どい家のことだから、もっと脅迫的な感じでくるかと思っていた。

 こういうのも嫌いじゃないけどな。金の力で悪事を揉み消すとか、まさに俺が目指す悪徳領主の振る舞いそのものだ。

 

 だが──俺を強引に跡取りとかいうメタボ野郎の嫁にしようとしたこと、俺のものになる領地を間接的にとはいえ荒らしたという二つの大罪を許す気はない。

 俺の中ではとっくにオフリー家の判決は決まっている。死刑だ。

 

「断る」

 

 今までで一番冷たく、低い声で俺は言い放った。

 

 フィーランは相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、こちらを懐柔しようとしてくる。

 

「お気持ちはお察ししますが、断ってもお互い何のメリットもありませんよ?」

「メリットならありますよ。ファイアブランド家にとって脅威となる家を一つ潰せるチャンスを逃さずに済む」

 

 そして俺は件の手紙をこれ見よがしに懐から取り出す。

 

「これは貴方方に売らずに王宮に持っていった方がファイアブランド家にとっての利益は大きいと判断しました。それにそもそも、貴方方が本当に取引を履行するかどうかも疑わしい」

 

 フィーランは再び目を見開いて一瞬身構えたが、それ以上妙な動きはしなかった。

 そして悪どい笑みを浮かべて脅迫の台詞を口にする。

 

「そのようなことを言ってよろしいのですかな?こちらの提案を呑んで頂けない場合、実力行使で要求を通させて頂きますが──我がオフリー伯爵家の戦力を以ってすれば田舎の小領主など一捻りですよ?貴女の身もどうなることでしょうね?()()()()()()?」

 

 最後の方の言葉に不覚にも寒気を覚えた。

 どうやらフィーランは俺の正体に気付いていたらしい。

 写真付きの身上書がオフリー家に行っているので、そこから面が割れていたのだろう。

 

 本能的な恐怖が一瞬表情に出たらしく、フィーランは畳み掛けてくる。

 

「この取引を呑んで頂ければ貴女の家の財政危機は去り、貴女自身も望まない結婚から逃がれられる。一滴の血も流れることなく、一人も損をすることなく、貴家には莫大な金が転がり込んでくる。それで良いではありませんか。避けられる争いに私情で突っ込んで無用な血を流させるなど、上に立つ者のすることではありませんよ?」

 

 忌々しい似非貴族の眷属風情が偉そうに説教を垂れやがって。

 だが──そうだろうな。それが普通の「大人の対応」なんだろうな。

 

 でも俺はそうではない。俺は子供じみた我儘を押し通す。

 だって俺は悪人だ。悪人は自分勝手なのだ。

 

「お気遣いどうも。だが私は他人の命のために自分が我慢することはしない主義でしてね。むしろ自分の満足のために他者を犠牲にしてやりますよ。──貴方方オフリー家もね」

「愚かな──自分たちの力量を測れていないようだ。オフリー伯爵家とその傘下の商会、更にはオフリー伯爵家の寄子の全てを敵に回して勝てるとでもお思いですか?それにオフリー伯爵家と敵対すれば援助の件もご破算です。援助なしで財政をどうするというのでしょうね?」

 

 こっちの痛い所を突いたつもりか?なら思い違いだ。自身の力量を測れていないのはコイツらの方である。

 まあ、コイツらは俺に力と加護を与えているセルカや案内人の存在を知らないのだから無理もないけどな。

 

「それは貴方が心配することではない。もう一度言います。貴方方の提案は拒否します。これが我がファイアブランド家の結論です」

 

 それを聞いたフィーランは溜息を吐いて再び糸目に戻る。

 

「──そうですか。残念ですね。貴女方は自滅の道を選んだ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。いえ、貴方方の場合はずっと前からそうでしたね」

「──本当にお気の毒な方だ。では交渉は貴家の拒否により打ち切りとさせて頂く。私はこれにてお暇します」

 

 荷物を纏めて席を立ったフィーランの背中に餞別の言葉をくれてやる。

 

「帰るならオフリー伯爵に一つ言伝をお願いします。用があるなら自分で来い、カスを寄越すな、と」

 

 フィーランは額に筋を浮かべて振り返る。

 初めて怒気を纏ったフィーランは今までになく目を見開いていたが、その瞳にはハイライトがあった。やっと人間らしい目になったな。

 

「ええ──しかとお伝えします」

 

 その声には苛立ちが込もっていた。

 

 フィーランはその日のうちに飛行船でファイアブランド領を出て行った。

 

 

◇◇◇

 

 

「拒んだか」

 

 ファイアブランド家へ使いに出した騎士フィーランから報告を受け取ったウェザビー・フォウ・オフリーは苦々しい顔で呟いた。

 

 フィーランが思い出すだに腹が立つのか、額に筋を浮かべたまま頷く。

 

「ええそれはもう手酷く。度し難いことに、学園も出ていない小娘を全権応接係に出してきまして。そして彼女、エステル嬢は我々の提案にまるで耳を貸しませんでした。さながら幼子が意地を張っているかの如しです。ああそれから、エステル嬢よりウェザビー様に言伝を預かっております」

「何だ?」

「用があるなら自分で来い。カス野郎──と」

 

 その言葉にウェザビーの額にも筋が浮かぶ。

 拳を握りしめたウェザビーは低い声で傍の女性秘書に命じた。

 

「そうか──では致し方ない。【コープ】を呼べ」

「はい」

 

 女性秘書は頷いて部屋を出て行く。

 

 程なく、髭を蓄えた大柄な男が部屋に入ってきた。

 

「お呼びでございましょうか?閣下」

 

 執務机の前で一礼した男は酷く嗄れた声で言った。

 

 ウェザビーは椅子に座ったまま男に命じる。

 

「交渉は決裂した。これで後はお前たちの出番だ。直ちに出撃し、ファイアブランド領に向かえ。ノックス、アクロイド、クレイトン、フォックスの四家からも艦隊が向かう手筈だ。彼らと協同し、総力をもってファイアブランド軍を粉砕しろ。抜かるなよ」

「承知致しました」

 

 男は満面の笑みを浮かべて返事し、部屋を辞した。

 

 彼が出て行った扉を見てウェザビーは苦笑いを浮かべる。

 

 先程の男【レナード・フォウ・コープ】は良く言えば勇猛果敢、悪く言えば好戦的かつ加虐的──戦いと聞けば高揚し、相手をいたぶるような戦い方を好むタイプだった。

 普段表立って事を起こせないオフリー家にとっては扱いにくいが、同時に有用な人物でもあった。

 

 空賊と手を組んで後ろ暗い稼業もしているオフリー家だが、空賊には手綱が必要だ。

 確かな艦隊戦の技術を持ち、相手が誰であろうと戦いと聞けばやる気を見せるコープは空賊たちに付ける手綱にうってつけだった。

 実際コープは今まで何度か調子に乗った空賊を艦隊戦で滅ぼしている。それも味方の損害は殆どなしに、である。

 

 そんな有能で実戦経験も豊富なコープならばファイアブランドの艦隊も破ってくれるだろうと思い、彼を今回のファイアブランド領侵攻作戦の指揮官にした。

 他にも艦隊指揮官が務まる人材はいるが、それなりに強力とされるファイアブランド軍を相手取るには不安がある。

 コープの人格や戦い方は良い顔をされないだろうが、勝つことが最優先だ。

 それにフィーランから聞いたエステルからの侮辱の言伝は許し難い。

 

 今に私の恐ろしさを思い知らせてやる。首を洗って待っているがいい。

 

 そう心の中で呟いたウェザビーは大きく伸びをして気分を変え、別の仕事に取り掛かった。

 

 

◇◇◇

 

 

 早朝。

 

 朝焼けに染まった空を二十隻ほどの飛行船が悠然と進む。

 百メートルクラスの中型飛行戦艦四隻と周囲を固める小型艦が十数隻。

 ファイアブランド家の艦隊だ。

 

 その艦隊の先頭を進む旗艦【アリージェント】のブリッジで、俺は中心にある司令官用の椅子にふんぞり返っていた。

 三角帽子を被った艦隊司令官が俺の横に立ち、艦隊に指示を出している。

 ブリッジには他にも艦長、航法士、操舵士及び多数の通信士が詰めており、飛び交う声で賑やかだ。

 だが皆の表情は真剣そのもの──というより、今にも逃げ出したくなるような恐怖を必死で押し殺しているかのように強張っている。

 

 ──無理もないか。

 二十隻ほどの中・小型飛行船で五十隻以上の敵艦隊に挑むのだ。

 

 最初に敵艦隊を発見した哨戒の鎧からの情報では敵艦隊は二百メートルクラスの大型飛行戦艦を三隻擁している。この時点でこちらが不利だが、更にその周囲は全周に渡って中・小型艦が固めており、飛行船の数から推測される鎧戦力は楽観的に見積もっても八十機程。

 こちらの戦力では艦隊戦のみならず、少数の小型船や鎧による奇襲攻撃すら通用しそうにない、隙のない布陣。

 そこに()()()()()()()()()のだ。緊張するなという方が酷だろう。

 

 通信士の一人が声を上げた。

 

「索敵艦【ガーレイラ】より入電。敵艦見ゆ。位置はサロ島南約四十八キロ。針路〇一二。ファイアブランド領本島に向け接近中。速度約四十!」

「第一任務部隊、通信管制解除。ガーレイラは触接に移行させろ」

 

 艦隊司令官が指示を出すと、通信士がそれを電信で各艦に伝える。

 

 程なく触接──敵艦隊に接近してその規模や動向を探り、報告する──に移行した味方艦からの続報が届き、通信士によって読み上げられる。

 

「艦種識別。主力艦三、中型戦艦九、他小型護衛艦二十二」

「面舵二十、速度そのまま────」

 

 艦隊は接近してくるオフリー家の艦隊に舳先を向け始める。

 この調子ならあと一時間ほどで互いに視認できる距離まで近づくだろう。

 

「今の通信で奴らも我々の存在を把握したはずです。今更ですが──これでよろしかったのですか?」

 

 艦隊司令官がここまで来て弱気なことを言っている。

 敵がどんなに強大であろうと戦う意思に変わりはないし、戦う時は俺が自ら叩き潰す。

 安全な後方から戦況を眺めて報告を待っているだけなんてつまらない。

 だが部下たちはそうはいかないらしい。

 

 空賊を倒した実績で信頼は上がったようだが、前にも増して出撃を止めようとしてくる奴が多かった。

 曰く、「エステル様はこの地に必要な方です。万が一にも戦死なされたらこの地を守る方がいなくなってしまいます」とのことだが、俺が死ぬなどそれこそあり得ないので杞憂である。俺には案内人の加護があるのだから。

 勝つと分かっている勝負を楽しまない手はない。

 

 あと、こいつらだけでは弱すぎてとてもオフリー軍の相手など任せられない。

 案内人の加護があるので負けはしないだろうが──数で遥かに劣る空賊相手にすら手こずっていた連中だ。数で勝るオフリー軍など相手にすれば凄まじい犠牲が出るのは目に見えている。

 多くの犠牲が出るということはそれだけ俺の手駒が減り、回復に年単位の長い時間がかかることを意味する。

 そんなの許せない。やはり俺が自ら戦場に出て戦いの流れを作らなければならない。

 全く、何という体たらくか。

 俺が正式に領主になったら真っ先に軍拡と練度向上に取り組むとしよう。悪徳領主たる者、お抱えの軍が弱いなどということはあってはならない。

 

 俺は艦隊指揮官を睨みつけて言った。

 

「私を見ろ。よくないように見えるか?」

「いえ──落ち着いていらっしゃるのですね」

 

 艦隊指揮官の言葉には皮肉が込もっているようにも思えた。

 まだ本物の不利な戦いを経験したことがないから、震えの一つも起こさずに呑気に構えていられるのだ──そう言いたげだった。

 

 気付けば艦長や通信士たちまでもが俺に視線を向けていた。

 その目に込もる感情は哀しみとも恨みとも取れる。

 無謀な戦いを命令してくるガキに思うところがあるのだろうが、俺の意志は変わらない。

 せっかく案内人が用意してくれた、俺が領主になるための晴れ舞台なのだ。

 だが、ここは一つ、もう一度檄を飛ばしておくか。

 

「受話器を寄越せ。全艦隊に繋ぐんだ」

 

 命令するとすぐに通信士が受話器を渡してくる。

 

 通信機の準備が整うと、俺は受話器を口元に持っていき、演説を始める。

 

「くだらん挨拶は抜きだ。これから我々は強大な敵との苦しい戦いに赴く。戻れない者も多くいよう。いや、一人も戻れないこともあり得る。だが、ここで尻込みして逃げることは許されない!もちろん私も許さない!」

 

 案内人の加護がある俺が負けて死ぬなどあり得ないが、それを言ったところで説得力がない。粋がるガキの妄言と馬鹿にされるだけだ。

 だから敢えて厳しい戦いだと正直に言い、それでも退くことができない理由があって、戦わなければならないのだと訴える。

 

 例えば負けたら自分が死ぬばかりか、家族がどんな目に遭うか──とかな。

 

 この世界では戦時国際法などというものはない。

 戦争になれば負けた側の扱いなど勝った側の胸三寸である。

 王国内の貴族家同士──つまり身内同士の争いですらもそうだ。

 基本的には当事者同士で最後までカタを付けるものとされていて、その付け方は各々の判断に委ねられる。

 そして余程のことがなければ王国は勝った側を咎めることはない。

 負けた側は暴行だろうが略奪だろうが殺人だろうが泣き寝入りになる。

 

 そうなることへの恐怖を思い出させれば、部下たちを死に物狂い──人間が最も強い力を発揮する状態──にさせることができる。

 

 ──俺の考えではなく、セルカの入れ知恵だが。

 あいつ本当に役に立つな。

 

「敵はオフリー伯爵家!奴らは戦場での手柄も冒険者としての実績もないまま、金で貴族の地位を買い、悪どい事業に手を染め、長きに渡りのさばってきた。挙げ句の果てには空賊と手を組み、我々の故郷を襲わせ、今、大義もなく侵攻してきている。このような暴挙を絶対に許してはならない!──全員、後ろを見ろ」

 

 俺の言葉でブリッジの殆ど全員が後ろの窓に視線を向ける。

 俺も立ち上がって窓べりに移動すると、そこから小さく見えるファイアブランド領の浮島を指差した。

 

「あの浮島は我々が生まれ育った場所だ。そして、今も──これからも私たちと、その子孫たちが暮らしていく場所だ。オフリー家の屑共に教えてやれ!あの浮島は我々のものだと!」

 

 そう、あの浮島はそこに暮らす民のもの──つまりは彼らを支配する俺のものだ。

 俺の所有物を蹂躙し、略奪しようとするなど万死に値する。

 

 兵士たちの顔が心なしか引き締まったように見えた。

 故郷を守るという正義感や使命感が恐怖を上回り始めたらしい。

 どんなに生活が苦しくて酷い場所でも、生まれ故郷や家族への愛着は確かにあるようだ。

 

 実に結構。そのまま俺のために血反吐を吐いて戦え。

 俺が領主になるための礎となれ。

 

「今故郷を守れるのは我々だけだ。そのために、我々はこれから地獄へと飛び込む。だが!肝に銘じておけ。先頭に立ち、一番槍を入れるのは私だ!お前たちは私に従い、私の後に続けばいい。もし逆らったり逃げ出したりする奴がいれば、敵より先に私が殺す!戦いが終わるまで我々が本島に戻ることはない!」

 

 そして俺は一呼吸置いて、ありったけの威厳を持たせた低い声で静かに命令する。

 

「──総員、戦闘用意。オフリー艦隊を叩き潰せ」

「「「「「はっ!!」」」」」

 

 部下たちが一斉に敬礼する。

 彼らの声と表情にもう弱気の色はなくなっていた。

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