俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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破砕衝

 その武器は元々【飛槍】と呼ばれる、魔法で誘導飛行させられる武器を撃ち出す特製の発射砲(ランチャー)だった。

 遠距離狙撃を主目的としつつも、接近を許してしまった時の盾にもなるように設計されたその武器はアームガードの付いた突撃槍のような優美な造形をしていたのだが──今やその優美さは見る影もない。

 

 アームガードは取っ払われてランチャー本体と同じくらい大きなバヨネットに置き換えられ、本体側面には巻き取り機とそれを動かす小型エンジン、そして装薬の詰まった弾倉が増設されている。更にそれらを本体に固定するために多数の留め具やバンドが追加されて、まるでポストアポカリプス映画に出てくる醜悪な改造武器のような見た目になってしまった。

 

 こんなことになったのは接近戦能力の向上と鎖付きの飛槍を撃ち出せるようにすることを目的に改造したためだ。

 

 オリジナルの飛槍とそのランチャーはあまりにも使い勝手が悪かった。

 飛槍はその操作の難しさからどうしても遠距離狙撃に特化したものとならざるを得ず、落ち着いて狙いを定め、誘導に集中できる場面でしか使えなかったのだ。

 

 前回の空賊との戦いでは誘導をセルカに任せることでこの欠点を解消したが、それでも数で勝るオフリー軍相手には不足だった。

 遮るもののない空中では、数で勝る相手に対して逃げ回りながらの狙撃で一機ずつ確実に墜としていく、などというやり方は通用しない。

 一機一機チマチマ削ったところで相手はものともせずにこちらを圧倒してくるだろう。

 それに俺としてはやはり接近戦の方が好みである。

 

 そこで鎖付きの飛槍を考えた。

 

 鎖が付くだけで飛槍はその用途の幅が大きく広がり、便利なものになった。

 特に直撃させてもパイロットにダメージを与えられなかった場合、鎖を巻き取って引き寄せ、別の武器でトドメを刺せるというのが大きい。

 そのような場合、今までは飛槍を爆発させるしか確実に仕留められる方法がなかったが、飛槍の数には限りがある。そうしょっちゅう爆発させていたらすぐに手持ちがなくなってしまう。

 また、鎖と巻き取り機があれば飛槍の回収と再装填の手間が減る。わざわざ誘導飛行で帰還させなくても鎖を巻き取るだけで戻ってくるからだ。

 

 ミサイルのように相手を追尾するという強みはそのままに、毎回使い回せるようになって、発射レートも向上──これは大きな利点である。

 ただ、その利点の代償として飛槍の射程が鎖の長さ分、つまり二百メートルに制限されるのだが──そもそもそれ以上の距離からの狙撃などする機会はないだろう。

 

 というか、これってもはや飛「槍」じゃないような──もはや「銛」じゃないか?

 銛──英語で言うとハープーン。

 

 うん、嫌いじゃない。浪漫を感じるじゃないか。

 

 ちなみにオリジナルの飛槍の使い方を教えてくれたライアンは改造された飛槍を見て「私の飛槍が!」と泣いていたが、知ったことではない。

 今世の俺の身体は女だが、心は格好良さと浪漫を追い求める男だ!

 

 

◇◇◇

 

 

 隊長機と思しき角が付いた中型の鎧目掛けて飛槍を発射する。

 

 相手は横に滑るようにして回避しようとしたが、飛槍は向きを変えて進路上に先回りし、胸部に突き刺さる。

 直前で身を捩って致命傷は回避したらしく、飛槍を掴んで引き抜こうとするが──抜けない。改造された飛槍には返しも付いていて、突き刺さると返しが展開して簡単には抜けなくなるのだ。

 抜けないと分かると、相手は斧を取り出して鎖を切ろうとするが、それも無駄である。鎖はセルカ謹製の逸品で、鎧が使うような武器ではまず切断できない。

 

 もがく相手を嘲笑いながらアヴァリスを横滑りさせ、大きく弧を描くような降下機動に変更する。飛槍が突き刺さった相手は遠心力で弧を描くように引っ張られている。

 上出来だ。

 

 降下するアヴァリスをゆっくりと引き起こす。

 向かう先には敵の旗艦と思しき大型飛行戦艦。数機の鎧が直掩についていて、こちらを迎撃しようと向かってくる。

 

「お前らに一つ教えてやろう」

 

 アヴァリスの左手に飛槍の鎖を握らせて俺は呟く。

 

 そして叫びながら敵旗艦目掛けて思い切り鎖を振り抜いた。

 

「銛ってのはな、こう使うんだよ!!」

 

 飛槍が突き刺さった敵機が大きな弧を描いて敵旗艦のブリッジに叩きつけられる。

 そしてブリッジの天井をあっさりと突き破り、床もその下の部屋もぶち抜いて船内に深々とめり込んで、爆発した。

 

『んなあああッ!?』

『馬鹿な!』

『き、旗艦が──』

 

 敵味方双方が度肝を抜かれたらしく、通信が騒がしくなる。

 その狼狽ぶりが実に心地良い。

 

『絶対違うと思うわ──』

 

 セルカだけは若干呆れているようだが、さもありなん。

 刺した相手を鉄球代わりにしてモーニングスターのように振るうなど、どう考えても銛の使い方ではない。

 だが細かいことはどうでも良い。その効果は今実証されたのだから。

 遠心力を使って攻撃するという性質上、どうしても動きが大振りになり、素早く飛び回る鎧には命中させられないが、鈍重な飛行船ならば話は別だ。

 敵の鎧を敵の飛行船に叩きつけて破壊──なんて浪漫溢れる戦い方だろうか。

 

 ブリッジに直撃を受けた敵旗艦は操舵不能になったらしく、ゆっくりと右に旋回し始める。

 後続艦が旗艦を避けようと向きを変えるが、指揮官を失って混乱しているらしく、動きがてんでバラバラだ。

 そして混乱がさらなる混乱を生じさせ、陣形がどんどん崩れていく。

 その光景は見ていて笑える。

 

『おのれ!化け物!』

『コープ様の仇!』

『その首渡せえええ!』

 

 やっと我に帰ったらしい敵の鎧部隊が迫ってくるので急いで飛槍を回収し、急降下で離脱する。

 

 直後、混乱する敵艦隊の周辺で無数の爆発が起こった。

 

 見ると、味方艦隊が距離を詰めて砲撃を開始している。

 まだ有効射程ギリギリで殆ど命中は期待できないが、それでも敵が乱れた隙は逃がさなかったようだ。

 その判断は正しい。殆どの砲弾は外れたようだが、何発かは命中したようで、敵艦が数隻被弾して火災を起こしている。

 混乱している状態でシールドを張っている余裕もなかったのだろう。

 

 すぐに次の砲撃が行われ、再び敵艦隊が爆発に包まれるが、今度は味方の砲撃によるものだけではなかった。

 次の瞬間、味方艦隊の周囲でいくつかの爆発が起こる。敵艦隊が反撃を開始したようだ。

 

 反撃を受けた味方艦隊は素早く陣形を変更し、さらに距離を詰めて本格的な砲撃戦に移行する。

 

 さて、飛行船は飛行船に任せてこちらはこちらの仕事をするとしよう。

 

 ライフルを撃ちながら追ってくる敵の鎧が六機。

 その動きは不規則で、鏡花水月による打ち返しを警戒しているのが分かる。

 

 ──笑える。それで対策したつもりか?

 追ってきている、つまり自分から近づいてきている時点でお前らの命運は俺の手中に握られている。

 

 アヴァリスの翼を操作して炎を逆噴射させ、降下をやめてこちらから向かっていく。

 

『来るぞ!散開!』

『墜ちろ悪魔め!』

『死ねえええええ!』

 

 敵機はばらけて複数方向から撃ってくるが、そのうちの一機に狙いを絞って突撃する。

 打ち返しても当たりそうにないので鏡花水月は使わず、弾は全て装甲で弾き返す。

 

『硬ッ!な、何だよ!何なんだよォォォ!』

『この野郎!何で墜ちねえんだよ!』

『クソッ!クソッ!クソがぁぁぁあああ!』

 

 俺に狙われた敵は出鱈目な動きで空中を逃げ回りながら、それ以外の敵は俺を囲むようにして飛びながらライフルを撃ちまくるが、アヴァリスの装甲を貫くことはおろか、傷の一つさえも付けられない。

 

 やがて弾切れを起こしたのか、敵機からの銃撃が止む。

 

 その隙に一気に距離を詰めてバヨネットで刺突を食らわせると、あっさりとコックピットから背部まで貫通した。

 同時に他の敵機が一斉に剣や戦斧を手に襲いかかってきたが、右手の大剣を振るえば全機あっさりと撫で斬りにしてしまう。

 

 ──いや、一機だけ斬撃を免れた鎧があった。得物の剣が長かったからか、鎧本体まで斬撃が届かず、得物を失っただけで済んでいた。

 だがその幸運も無意味だ。たまたま一度斬られなかったからといって、そいつには俺を倒す術も俺から逃げおおせる術もないのだから。

 

 距離を詰めると、武器を失った相手は「ひっ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。

 だがすかさずその背中に飛槍を撃ち込み、鎖を巻き取って引き寄せる。

 

「おいおい、あれだけ大口を叩いておいて武器をなくしただけで逃げるのか?悪名高きオフリー伯爵家の軍人ともあろう者がそれじゃ情けねーだろうがよ!」

 

 拡声器を使ってもがく敵に呼びかける。

 だが相手は半狂乱で泣き喚くばかりだった。

 

『う、うわああああああ!嫌だああああ!やめてくれええええええ!』

「ギャアギャアうるさい奴だな。もういい黙れ」

 

 バヨネットの一突きでコックピットを貫き、動かなくなった相手を放り投げる。

 

 次の獲物は──

 

「アレにするか」

 

 目標に定めたのは下層から上がってくる敵飛行船。

 蹂躙される上層の艦隊に加勢しようとしているのだろう。

 

「お前らの相手は俺だ!」

 

 敵飛行船目掛けて急降下すると、直掩の鎧が阻止しようと向かってくる。

 

「邪魔だあああ!」

 

 大剣を振るって立ち塞がる鎧を蹴散らし、一機を飛槍で捕まえると、再びモーニングスター代わりにして近くの敵飛行船に叩きつける。

 

 敵は上方──つまりブリッジにシールドを集中して防御力を強化していたようだが、その程度の対策など無意味である。

 振り抜く直前で鎖を少し繰り出すと──鎖はシールドによって阻まれたが、飛槍が突き刺さった敵機は軌道を変えて敵飛行船の土手っ腹に直撃した。

 さながらモーニングスターが相手の盾の外枠を回り込んで打撃を届かせるかの如く。

 

 直後、飛行船はボコボコと膨れ上がったかと思うと、爆発して粉々に砕け散った。

 めり込んだ敵機が爆発し、弾薬庫に誘爆したようだ。

 

「やったぜストライク!」

 

 思わず歓声を上げると、セルカがジト目でツッコんでくる。

 

『いやあれ狙ってやったんじゃないわよね?』

「細かいことはいいんだよ!」

 

 せっかくの気分を壊すんじゃない。

 

 何か微妙な空気になるのを振り払うように、俺は素早く飛槍を回収した。

 あれだけの爆発に巻き込まれたにも関わらず、飛槍も鎖も煤けただけで無傷である。

 その頑丈さに驚きつつ、次の獲物を探す。

 

『またお前かあああああ!』

『暴れすぎなんだよ!』

 

 飛行船を守り切れなかった敵の鎧が怒りの叫びを上げながら向かってくるが、大剣とバヨネットを振り回して片っ端から破壊していく。

 数こそ多いがどれも俺の敵ではない。わざわざ倒されに来ているようなものである。

 顔が自然とニヤけてしまう。

 

「さあ来い。もっと来い。どんどん来い!」

 

 

◇◇◇

 

 

 アリージェントのブリッジ。

 

 窓の向こうで繰り広げられる光景に見張り員の一人が呟いた。

 

「強い──強すぎる」

 

 まだ学園も出ていない十二歳の少女が嬉々として敵と戦い、片っ端から叩き落としていく。

 冷や汗を浮かべる見張り員の隣に艦隊司令官のライナスが立つ。

 

「怖いか?」

「い、いえ!そんなことは──」

「よい。気にするな」

 

 ライナスは見張り員の弁解を遮り、窓の外に視線を向ける。

 戦況を自分の目で確かめつつも、ついついアヴァリスに視線が引きつけられてしまう。

 

「──ファイアブランド家に生まれていなければ──いや、せめてテレンス様に似ておられたなら──あの方はただのお嬢様でいられたであろうに。不憫だな」

「それは──どういうことでしょうか?」

 

 見張り員はライナスの言葉に首を傾げる。

 

 ライナスは彼にエステルの身の上話を掻い摘んで説明する。

 

「エステル様は当主様の亡くなられた奥様の子だ。それもその奥様に瓜二つときた。奥様は──その、いわゆる恐妻でな。そんな奥様に似たエステル様を当主様は酷く疎んでおいでだった。あの方が不義の子ではないかという疑いもあったのだろうな。実の父に愛されず、挙げ句の果てに十二歳で身を売られかけ──その理不尽な仕打ちに必死で抗い、それでいて家のことや、領地のことを誰よりも考えて最適解を模索し続けて、遂には自らが領主になる覚悟をし──そして今はこうして自ら戦いに身を投じている。全く、何をどうすればこのような子が育つのか、私も知りたいよ」

 

 ライナスはエステルのことを昔からよく知っている。

 報告や会議のために屋敷を訪れた時、彼女とよく話をしていた。

 自分たち軍人の仕事のこと、お互い自身のこと、領地のこと──色々な話題で話をする度、彼女の聡明さに舌を巻いたものだ。

 

 そしてライナスはエステルが家出した背後にあった事情も最初から知っていた。彼女がオフリー家への嫁入りを嫌がって家出したことも、その時勝手を詰るテレンスに財政再建ができるだけの金を自分が用意するから縁談を取り消せと啖呵を切ったことも。

 

 そしてエステルはその言葉通り、かなりの値が付く財宝と伝説級のロストアイテム複数を持ち帰ってきた。

 

 そんな彼女からすれば帰ってきてからの状況は「話が違う!」と言いたくなるものだろう。

 オフリー家から取引を履行しなければ武力を行使すると脅迫されて、縁談の取り消しを言い出せる状況ではなくなっており、おまけに名の知れた危険な空賊団に港を襲われていた。

 そしてテレンスからオフリー家への嫁入りを承諾すればオフリー家との戦争の可能性は消え、援助によって財政再建もできると家臣たちの前で暴露された。

 

 あの場で多くの人間がこう考えたはずだ。

 エステルがオフリー家への嫁入りを承諾するだけでオフリー家という最大の脅威を除くことができ、後顧の憂なく空賊に対処できるばかりか、長きに渡る財政問題も解決できるなら──エステルに犠牲になってもらいたい、と。

 

 それは当然の考えだ。

 いくら領主の娘であるとはいっても、所詮一人の人間だ。

 その一人が意にそぐわない結婚を堪えるだけで、戦争や貧困によって失われるはずだった多くの命を救うことができるのだ。

 オフリー家と戦争などすれば、多くの戦死者が出るし、莫大な戦費もかかる。戦いの結果がどうあれ、ファイアブランド家は今以上に困窮し、下手をすれば破産してしまう。

 それを避けられる可能性というのはこの上なく甘美な誘惑だっただろう。

 

 ──ライナスからすれば、理解はできても納得はできなかったが。

 

 だがエステルはそんな誘惑を打ち砕いた。

 オフリー家に自分を差し出して目先の危機を回避したところでファイアブランド領に明るい未来は訪れない、その先にあるのは経済で首根っこを押さえつけられ、オフリー家に縛り付けられる陰惨な運命だ──そう言い切った。

 そしてその上で自分が全てどうにかしてやると言った。

 自ら軍を率いて空賊とオフリー家の軍勢を片付け、その後は自分が領主になる、というエステルの言葉はあの場にいた全員に衝撃を与え、テレンス寄りになっていた空気を一変させた。

 

 ライナスにはそれを何の根拠もない、世間知らずの幼子が粋がっているだけの妄言と断ずることはできなかった。

 

 ──彼女の目を見てはっきりと分かった。

 彼女の覚悟は本物だ、と。

 彼女はただ嫌なことから逃れたくて駄々を捏ねているのでは決してなく、自分の望む未来のために自ら行動し、そして掴み取ろうとしているのだと。

 

 ──そして思った。

 目先のことに囚われずにずっと先を見据えることのできる聡明さと、領地と領民と家臣たちを想う熱い心を併せ持つ彼女はファイアブランド領の未来のために絶対に必要な人だと。

 彼女は悪名高きオフリー家の跡取りの妻に収まってそのまま終わるような方ではない。

 否、彼女をオフリー家などに渡してはならない、彼女は我ら軍人の命と引き換えにしてでも、オフリーの魔の手から守るだけの価値がある、と。

 

 だからこそ、ライナスは真っ先に彼女に賛同の意を示し、彼女に全権を委譲したテレンスの命令を支持したのだ。

 

「あの年であんな化け物じみた強さ──それを怖いと思うのは当然の反応であろうさ。だが、エステル様を化け物にさせてしまったのは我々大人の責任だ。我々が弱く、不甲斐なかったがためにエステル様は自ら力を持ち、化け物となるほかなかったのだ」

 

 空中を縦横無尽に飛び回り、向かってくる敵の鎧を次々に屠るその姿は頼もしいを通り越して神々しくすら見える。

 その姿に勇気付けられ、ファイアブランド軍の士気は高く保たれているが──ライナスにはそれが心苦しかった。

 弱体とはいえ、貴族家に仕える軍人たる者たちが主たる領主の娘、それもまだ十二歳の少女であるエステルを鎧に乗せて戦場に立たせ、華々しく先陣を切る彼女の戦いぶりに魅入っている──何とも情けない。

 本来であれば最前線で戦うのは自分たち軍人のみが背負わねばならない責務であり、守る対象であるエステルを戦わせることなどあってはならないのに。

 

 ライナスは自嘲気味に息を吐き、しばし目を閉じた後、見開いて拳を握り締めて言った。

 

「──だからこそ、我々大人が先に逃げ出したり諦めたりするわけにはいかない。それに見ろ。化け物とて味方であれば頼もしいだろう?」

「ッ!はい!」

 

 見張り員は力強く頷き、仕事に戻る。

 その目には恐怖の色はもはやなかった。

 

 安堵しつつもライナスは見張り員に語って聞かせた自分の言葉を反芻する。

 

(化け物となるほかなかった──か。思えば、自ら最前線に出るというのはあの方なりのけじめなのかもしれんな)

 

 エステルは自分が大勢の軍人が命を賭して戦い、守るに値する存在だと証明しようとしているのかもしれない、とライナスは推測する。

 

 あくまでも推測に過ぎないが、エステルのこれまでの言動から見えてくる性格は「不撓不屈」「率先垂範」だ。

 恐らく、彼女はいくら高説を吹聴して戦えと命じても、自分が先頭に立たなければあの夜の会議室でテレンスが言った通り、誰もついてこないと思っているのだろう。

 或いは、「幼稚な万能感に支配されて無闇に粋がり、部下たちを扇動するだけ扇動して自分は何もしない暗愚な臆病者」との誹りを免れるためには誰よりも勇敢に振る舞い、その心意気が口先だけのものではないと証明しなければならない、と。

 

 実際の所はエステルが先頭に立って戦わなくともそれを責める者などいないだろうし、それを彼女に伝えもしたが、それでも彼女は意志を曲げなかった。

 

 彼女を万が一にも死なせるわけには行かないと思えばこそ、出撃を止めようとしているのになぜ理解しないのか──当初はそう思って苛立ったが、今では彼女の行動にも理はあったと思える。

 ライナスの部下たちはあの時の会議室でのエステルを見ていない。

 彼らは彼女が最前線に出たからこそ、自分たちはいいように使い捨てられる駒ではないと安心し、士気を大いに高めた。

 

 言葉ではなく、その行動で自分の心意気を示して部下たちの心を打つ──それができるというのは凄いことだとライナスは思う。

 ──少なくとも今まで仕えてきたテレンスにはそんなことはできなかった。

 これまで何度か空賊との戦いや他家との抗争もあったが、テレンスは前線に出るどころか、自分たちに顔さえ見せることなく、執務室から現場を無視した無茶な命令と空虚な激励を発してくるだけだった。

 それに比べればエステルはその行動こそ極端ではあれど、上に立つ者としてはよほど優れている。

 

『どうしたよ?田舎の小領主なんて一捻りじゃなかったのか?あれだけ大口を叩いておいてこれだなんてつまらないぞ!』

 

 ──戦いを楽しんでいるような気もするが、泣きながら戦うよりは良いだろう。

 数を大きく減らしたとはいえ、未だなお圧倒的な敵を前に総大将が笑っている──それが皆の不安を和らげていく。

 この人についていけば勝てる──エステルの活躍をその目に映すファイアブランド軍の軍人たちはそう確信していた。

 

 

◇◇◇

 

 

「コープ様!ご無事ですか?」

 

 崩落したブリッジの天井の一部の下敷きになったコープは駆けつけてきた応急班によって助け出されたが、片脚が言うことを聞かず、身体のあちこちに破片が突き刺さって出血を起こし、満身創痍だった。

 

「無事に見えるのか!さっさとメディックを呼んでこい!それより状況は?」

 

 思わず八つ当たり気味に叫んだコープだったが、それでも艦隊を預かる身としてやるべきことをする。

 指揮官が脱落しては戦いが続けられない。

 

 応急班を指揮していた騎士がコープの手当てをしながら状況を報告してくる。

 

「被害は甚大です。敵の攻撃は本艦の艦橋及び内部通信室を貫通し、食堂で爆発を起こしました。艦長、操舵手、及び通信士八名が死亡、通信士七名、その他二十四名が重傷です。幸い後部操舵室は無事でしたので現在そちらで操艦を行なっております」

「そうか──戦況はどうなっている?」

「詳しくは分かりませんが──よくありません。我が第一梯団は主力艦一隻、中型戦艦一隻、フリゲート三隻が撃墜、中型戦艦二隻が大破炎上中です。また、敵の鎧による攻撃で各艦とも砲郭に被害を受け、火力が低下しています。次席指揮官アーガス殿並びに三位のアドラム殿は殉職、現在はガーネット殿の指揮の下、砲戦を継続中ですが、火力の優位を失い、膠着状態です。第二・第三梯団は敵の鎧及び小型艦に頭を押さえられ、援護不能となっております」

「くそッ!やってくれる」

 

 コープは思わず悪態を吐いたが、すぐに善後策を指示する。

 

「このまま撃ち合っていても埒が明かん。ガーネットに一旦距離を取って態勢を立て直すように伝えろ」

 

 コープの命令は無事だった通信機によって速やかに伝えられ、艦隊は退却を開始した。

 指揮系統を保つためにコープの乗艦を先頭にし、殿には最も防御力の高い残り一隻の主力艦を置いて中小型艦を守りながら距離を離していく。

 

 ファイアブランド艦隊は追撃らしい追撃をしてこなかった。

 小回りの利く鎧部隊はしばらく殿の主力艦の周囲を飛びながらしつこく弾を撃ち込んできたが、主力艦のシールドと装甲は貫けず、やがて諦めて艦隊の方に戻って行った。

 

 

 

「──しくじった。奴らを甘く見ていた」

 

 コープはギプスで固定された片脚の痛みに歯を食い縛りながら呟いた。

 

 今までやってきたように数の優位を活かして全方向、全高度に高密度の火力を指向しながらぶつかれば、さして被害を出さずに簡単に押し潰せると思っていた。

 

 だが違った。

 奴らはちょっと力を付けて調子に乗った空賊とは違う。少数だが精強な軍隊なのだ。

 そんな奴らが死に物狂いになれば空賊とは比較にならない脅威だと──なぜ俺はそんな当たり前のことを失念していたのだ!?

 

 相手を見誤ったばかりに貴重な主力艦と多数の鎧を失った──これは言い訳のしようがない大失態だ。

 この失態がオフリー伯爵の耳に入れば、コープには確実に重い処分が下るだろう。

 

(ええい。今更悔やんでも詮無いことだ。こうなったら態勢を立て直し、挽回を図るほかない。間違っても()()に期待して待つなどできん!)

 

 そしてコープが後続の輸送船団との合流を命じるために口を開きかけたその時、通信士が叫んだ。

 

「コープ様!大変です!」

「何事だ?」

 

 通信士の尋常ではない慌てぶりに思わず問い質すと、通信士は震えながら入電の内容を読み上げる。

 

「輸送船団が──輸送船団が襲撃を受けています!」

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