俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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修行は野望を秘めて

 ファイアブランド子爵家の領地はお世辞にも豊かとは言えなかった。

 

 今のファイアブランド領は今から六代前の当主【アンブローズ・フォウ・ファイアブランド】によって発見され、彼の領地になった場所である。

 アンブローズとその嫡男【ロードリック】は名君で、全くの未踏未開拓だった領地を親子二代で立派な子爵家規模にまで発展させたが、今ではその時の面影はない。

 

 歳出は代を重ねる毎に増えていき、それを補うために重税が課され、時に領地を狙う他の貴族家との戦争も起こり、領地は荒廃していった。

 

 今では栄えていた時代を直接知る者はいなくなり、領民たちはそんな時代があったことすら信じられずにいる。

 屋敷から離れた場所にある港町も飛行船の出入りは殆どなく、道行く人々の表情は暗い。

 

 港の波止場に一隻の飛行船が到着した。

 降りてくるのは正規の通商許可を受けていない密輸業者である。

 荷役管理所の職員が荷物を検めにやって来るが、密輸業者のリーダーが金貨を数枚握らせると何事もなかったかのように去っていく。

 領地全体に金がなく、交易が滞っているせいで密輸と闇市場が栄えていた。

 

 こんなことになった原因はいくつもあるが、その最たるものが正妻への仕送りによる出費だった。

 貴族家当主はその爵位に見合った女性を正妻として迎えなければならない。

 ファイアブランド家は子爵家であり、男爵家以上、伯爵家以下の家から妻を迎える必要があるのだが、殆どの女性は新興の、それも辺境の子爵家になど嫁ぎたがらない。

 

 結果、結婚するために屈辱的な条件を呑まされることになった。

 やれ王都に使用人数十人規模の屋敷を構えろだの、毎月多額の仕送りをしろだの、跡取りを産んだ後は愛人の面倒も見ろだの──。

 産業といえば農業と林業、鉱業くらいしかなく、木材や僅かな鉱物資源くらいしか売るものがないファイアブランド家にとっては極めて大きな負担だった。

 

 また、当主自身にも問題があった。

 アンブローズとロードリックが築き上げた財を食い潰したのは他ならぬロードリックの嫡男【ウェズリー】である。

 生まれた時から領地が繁栄していて何不自由なく育ち、祖父と父の苦労も肌で理解していなかった彼は当主の地位に就くや、過ぎた贅沢をして浪費するようになった。

 

 少年時代に女性にロクに相手にされなかった鬱憤を晴らすかのように何人もの妾を囲い、分不相応に大きな屋敷を新築し、調度品も豪華なものを揃え──それでいて正妻に逆えず、言いなりになって、いつしか望んでいた以上の贅沢をしていた。

 

 当然出費が膨れ上がり、財政は慢性的な赤字になる。

 するとそれを補うために領民に重税を課し、資源の採掘権を他家に売り、ますます領地を困窮させた。

 そんな当主を見て育った跡取りも同じように放蕩になり、さらにその跡取りもまた然り──そのツケは次の世代へと持ち越され続け、いつしか二進も三進も行かない状況に陥ってしまっていた。

 衰退の一途を辿る領地を何とか立て直そうとした者もいたが、誰も成し遂げることはできなかった。

 

 何度当主が代替わりしても一向に良くならず、かといって逃げ出す手段もない領民たちはいつしか諦観に支配されていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「力だ!」

 

 開口一番俺は力強くそう叫んだ。

 俺の着替えを用意していたティナが耳をピクッと動かす。可愛い。

 

「お嬢様?どうされました?」

「力が欲しいんだよ。こんな非力で華奢な身体では俺の望みが叶わない。俺は強くなりたいんだ!」

 

 力説する俺にティナは困惑していた。

 

「お、お嬢様?まずその、【俺】という一人称はおやめになってください」

「流すなよ!──俺は力が欲しいんだ。武芸でも何でもいい。個人の力って意味で強くなりたい!」

「えぇ──お嬢様には必要ないのではありませんか?戦うのは殿方のお役目ですよ?」

「いいや必要だ。外を歩いてる時に厳つい男共に絡まれたり、そういう奴らがうちに押し掛けてきた時にぶっ殺せるようにな」

「はぁ──?」

 

 ティナが「何言ってんだコイツ?」みたいな目で俺を見てくるが、俺は別におかしくなってなどいない。本気も本気、真剣そのものである。

 前世で俺は無力で、暴力に怯えていた。

 借金の取り立てに来る、厳つくて無駄に筋肉があってドスの効いた声をした男共が怖かった。

 

 あんな思いは二度と御免だ。

 他者を踏みつけるため──否、それ以前に他者を恐れないための力が欲しい。

 

「──でしたら剣、いえ、フェンシングなど習われてはいかがでしょうか?フェンシングは貴族令嬢の嗜みともされていますし──」

 

 何か諦めたような声音で言ってくるティナ。

 

「剣か──いいな」

 

 時代劇のチャンバラは割と好きだったし、何ならちょっと憧れていた。

 

 よし、やろう。

 だがやるからには嗜み程度では駄目だ。

 

「本格的な──男が習うような剣を習いたい。親父に指導者を雇ってもらうか。ティナ、一緒に来い」

 

 俺はベッドから降りて親父のいるであろう執務室に向かおうとするが、ティナが立ち塞がった。

 

「その前にお着替えをなさってください」

 

 

◇◇◇

 

 

 ファイアブランド領の港に一人の男が降り立った。

 焦げ茶色のマントに身を包み、腰には剣を差している。

 

「随分辺鄙な場所だな」

 

 そう呟く男の名は【ニコラ】。

 エステルに武芸を教えるためにやって来た男だが──はっきり言ってこの男、強くはなかった。

 たしかに多少の武芸や魔法の心得はあり、冒険者稼業をやっていたこともあるが、稼げずに辞めてしまい、魔法を使った手品やイリュージョンを三流サーカスや大道芸で見せて日銭を稼いでいるような男である。

 

 エステルに武芸の指導者を雇ってくれと頼まれた父テレンスだが、まともに受け止めてはいなかった。

 知り合いに適当に声をかけて、一番報酬が安かった男をよく調べもせずに雇ったのだ。

 

「依頼主はガキだって言うし、騙すくらい簡単かな。それにしても、俺に武芸を教わるなんてそのガキも可哀想に」

 

 一応、基礎を教えるくらいは出来るが、高度な剣技やら奥義などは無理である。

 だが、我儘なガキならすぐに飽きるだろうし、適度に褒めて気分良く指導してやれば満足するだろう、と簡単に考えていた。

 

「それにしても剣か──久しぶりだな」

 

 この世界では剣はかなりメジャーな武器だが、戦う貴族や貴族に仕える騎士や配下の兵士、冒険者以外は特に深く修めることもない。

 ニコラも冒険者稼業を辞めて以来、剣を握っていない。今持っている剣もそれらしい格好をするために誂えた安物だ。

 

「さて、うまく騙して金を搾り取ってやりますか」

 

 そう言ってほくそ笑むニコラだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 女がそんなもの習う必要はないと言われて断られるのではないかという懸念に反して、親父はあっさりと指導者を雇うことを承諾してくれた。

 

 そしてやって来たのはただならぬ雰囲気を漂わせたおっさんだ。

 日焼けした肌、マッチョではないが鍛えられているのが分かる大柄な体躯、色褪せてあちこち傷や切れ目ができた地味なマント──格好こそ旅人か流れ者のようだが、その表情は凛としていて、何とも言えない覇気のようなものを感じる。

 

 屋敷の無駄に広い庭で俺と向かい合うおっさん──ニコラ師匠は片膝をついて俺と視線の高さを合わせて口を開く。

 

「──エステル様」

「は、はい!」

 

 緊張で声が上擦ったが、師匠は気にした様子もなく言葉を続ける。

 

「そう固くなる必要はありません。まずは、私の流派について説明しておこうと思います」

 

 そう言って師匠は腰に提げていた剣を外して地面に置いた。

 

「我が流派の奥義は厳しい修行に耐え、心技体全てにおいて極限まで鍛え抜かれた者のみが辿り着く秘技中の秘技。無闇に見せてはなりません。ですが、私の実力を見たいでしょう。なのでエステル様には特別に一度だけ奥義をお見せしましょう。ただし、関係者以外は見ないで頂きたい。エステル様お一人で見ていただく」

 

 いきなり奥義を教えてくれるとは驚きだ。

 もっと出し渋るかと思っていたが、優しげな雰囲気と剣を教えることへの真剣さ──師匠は人としてもよくできているようだ。

 だが、俺の後ろにいるティナは懐疑的だった。

 

「エステル様から離れるわけには参りません」

 

 だが、師匠も退かない。

 

「それではこの依頼をお受けすることはできません」

 

 俺はすぐにティナに下がるよう命じる。

 

「ティナ、下がれ。命令だ」

 

 ティナは少し躊躇う素振りを見せたが──

 

「何かあればすぐにお呼びください」

 

 そう言って下がっていった。

 

 二人だけになると、師匠がスリングショット(投石器)を俺に渡してきた。

 

「エステル様、我が流派の奥義は武の極みにして究極の魔法でもあります。高度な技などこれ一つで十分、あとは基本の型を極めることに力を入れています」

 

 師匠の真剣な雰囲気に俺は息を呑む。

 

「実際の戦いで相対するのは剣だけとは限りません。いいえ、こちらより長い武器や飛び道具と対峙することが当たり前と心得ねばなりません。ですが──この技を極めた者を前にしてはいかなる武器も意味を為しません」

 

 そして師匠は剣を抜いて両手で構えてから言った。

 

「その武器で私を射ってみてください」

「え?師匠を射つのですか?」

 

 驚いて師匠の顔を思わず凝視したが、師匠は自信に満ちた表情で頷く。

 

 石を拾ってつがえると思いの外よく弦が伸びた。

 師匠は二メートルほどの距離──外しようがない至近距離に立っている。

 

「さあ、どうぞ」

 

 俺は石をつまんでいた手を離す。

 放たれた石は真っ直ぐに師匠の胸目掛けて飛んでいき──次の瞬間信じられないことが起こった。

 

 なんと師匠に命中する直前で()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「──嘘だろ」

 

 次の石を拾って射ってみたがやはり同じように逸れていく。

 師匠は()()()()()()()()()のに、何度やっても、どこを狙っても一発も命中せず、まるで見えない力で弾かれているかのように明後日の方向に逸れていく。

 

 スリングショットがおかしいのかと思って一度近くの木を狙って射ってみたが、こちらは普通に狙ったところに当たる。

 なのに師匠を狙った石は当たらない。

 

 どうやったらこんなことができるんだ?念力のような技なのか?

 

 俺がスリングショットを下ろすと師匠が口を開く。

 

「お分かり頂けましたかな?これが我が流派の奥義でございます。今回は見やすいように投石器でやらせて頂きましたが、極めれば剣による斬撃から槍による刺突、果ては銃弾すらも逸らせるようになります」

「どう、やったのですか?」

 

 思わず問いかけたが、師匠はかぶりを振った。

 

「それはこれから我が流派を学ぶ過程で分かってくるでしょう。己自身で答えを見つけることが最も重要な修行です。では問いましょう。私の弟子として、我が流派を学びますか?」

 

 俺は大きく頷いた。

 

「はい!」

 

 やっぱりファンタジー世界は凄いな。極めれば「弾の方が避けていく」という現象を起こせる技があるなんて。

 

 

◇◇◇

 

 

 エステルが修行を始めてから数年が経った。

 

 毎日欠かさず体力作りとニコラが教えた基本の動作を繰り返している。

 その様子を微笑みを浮かべて見守るニコラ。

 

「子供は覚えが早いな。次は何を教えようか──」

 

 相手の攻撃を見切るには武器や身体がどう動くのかを知る必要があると言って剣だけでなく、槍や短剣、弓、徒手格闘術など色々と教えていた。

 だが教えられるのは基本の型だけである。それらしい説明をつけてやって見せた後は、反復練習させつつ自分で考えさせる。稽古をつけてやることも殆どない。

 

 そんな放任主義な教え方でも、エステルは文句の一つも言わずに愚直に基本を繰り返している。

 ニコラに教えられることはなくなりつつあり、今ではこうして見守ることの方が多くなっている。

 

 ふとニコラは屋敷の方を見た。

 随分と豪華な装飾が施されているが、綺麗に保たれているのは表側だけである。

 客人の目に触れない場所は手入れが行き届いておらず、蔓草が這い、あちこちひび割れている。

 

 領地にも活気がなかった。

 領民は重税に喘ぎ、納めた税は殆ど領地に還元されることなく、ただでさえ少ない富が領地の外へ流出している。

 ずっと前の代から抱え込んでいる莫大な借金によるものであり、今から発展したところで相応に搾り取られるだけである。

 

「あの子は将来何がしたいんだろうな──」

 

 ニコラからすればエステルという人物は不思議だった。

 貴族社会において女性は守られる対象であり、武芸など修める必要はないはず。

 だがエステルは何かに取り憑かれているかのように鍛錬に励み、今やそこいらの腕白坊主とは比較にならない強さを持つに至っている。

 

(まあ、考えても仕方ないか。俺には関係のないことだ)

 

 ニコラにとってエステルは都合の良い金蔓でしかないのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 ファイアブランド家の屋敷の敷地は広い。

 敷地全体を囲む高い柵の内側に林や泉や川があるほど広い。

 

 その敷地の中を俺は走る。

 朝早くに屋敷を出て、石畳の道を走っていくと、林に入る。

 林道から外れ、しっとりとした美味しい空気を味わいながら木々の間を走り抜ける。

 最初の頃は石や木の根につまづいて転んだり、方向感覚が狂って迷ってしまったりして大変だったが、今はもう迷わない。

 林の反対側にある泉までまっすぐに走ることができる。

 

 泉のところまで来ると林を抜けて一気に視界が開ける。

 柔らかな草原が広がり、風に揺られる草が光の反射で波を形作る。

 この草原で俺は昼寝していて、そこで前世の記憶を取り戻した。ちょっと懐かしい場所だ。

 草原を泉から流れ出す川に沿って走る。川を流れる落ち葉と競走したり、ちょっと足を止めて水切り遊びをしてみたりするのも面白い。

 

 ずっと川に沿って進んでいくと柵が見えてくる。浮島の外縁部だ。

 川の水は浮島の外縁部から滝となって海へと落ちていく。

 川が滝になる手前にいくつか飛び石があり、それを伝って川を跳び越える。

 

 そして屋敷の方角へ走っていくといつもの訓練場になっている場所に着く。

 そこで師匠は俺を待っている。

 

 木剣を手に取り、基本の型を練習する。

 師匠が作ってくれた練習用の人形は数え切れないほど木剣を叩き込まれてボロボロだが、それも毎日の鍛錬の証だと思える。

 

 一つの型につき百回一セットを三回。

 この鍛錬は雨の日も風の日も一日も欠かさずにやる。

 一日でもサボったら、その分を取り戻すのに三日かかると師匠が言っていたからな。

 病気にでもなったらそれこそどれだけの損失か計り知れないが、幸い鍛錬ができなくなるほどの病気はしたことがない。

 

 師匠の方も毎日欠かさず俺の鍛錬を見守ってくれている。

 あとティナもだな。微笑みを浮かべて俺を応援するティナの顔を見ていると、やる気が湧いてくる。

 何だか青春スポーツ漫画みたいなシチュエーションで少し心が踊る。

 

 師匠に課された鍛錬が終わったら勉強だ。

 女である以上、領主の地位は継げないと分かってはいるが、だからと言って悪徳領主の夢を諦める気はない。

 弟と邪魔になりそうな親族のガキを蹴落とす方法はおいおい考えるとして、まずは優秀さをアピールしなければならない。

 勉学と武芸の両方で優秀であることは後継者争いにおいてアドバンテージになるからな。

 

 幸い今の勉強は言語を除けば楽勝である。

 意識はおっさんでも身体は子供だからか、知識がぐんぐん吸収され、物覚えも実に良い。

 頑張ればそれだけ分かることが増えていって、それが何とも言えない嬉しさと楽しさを感じさせてくれる。

 

 こうまで勉強ができて楽しいと思ったのは前世の小学校時代以来だな。

 あの時は百点目指して漢字の書き取りとか百ます計算とか一所懸命にやってたっけ。

 今世では俺は貴族令嬢であり、学校──といっても読み書きと簡単な計算を教えるだけの寺子屋レベルだが──には通わずに家庭教師を付けられているため、目標にするテストもないが、俺には領主になるというもっと大きな目標がある。

 

 いつか──十五歳になって成人したら王国本土にある【学園】に入れる。

 そこで領地経営を本格的に学んで、卒業したら親父とライバルを追い落として──うん、将来のビジョンを描くのは楽しいし、そのビジョンのおかげで勉強が捗る。

 

 机に齧りついてばかりではなく、領主の仕事を見聞きして学ぶことも忘れない。

 

 親父は自分の仕事を俺に教えたがらず、執務室に入ることも滅多に許してくれなかったが、家臣たちが代わりに色々と教えてくれた。

 可愛い盛りの年の女の子が自分たちの仕事について知りたがるというのは、彼らからすれば驚きではあれど、それ以上に気分が良いことだったようだ。

 

 俺も気分が良い。知識や知見を得られるし、人脈も作れるからな。

 いくら能力があっても、俺を支持する家臣がいなければ領主にはなれない。

 俺が領主になるには、弟よりも俺を支持する家臣が多数派になるように持っていく必要がある。

 そのための布石は今のうちに打っておくべきだろう。

 

 ちなみに弟はまだ幼いのもあって、勉強にも武芸にも身が入っておらず、毎日遊んでばかりいる。

 実に結構だ。そのまま愚鈍な無能に育つがいい。

 俺が領主になれる可能性が高まるからな。

 

 ペンを動かしながら、俺はほくそ笑む。

 

 

◇◇◇

 

 

 光陰矢の如し、とはよく言ったもので気付けば俺は十歳になっていた。

 記憶を取り戻す前よりも身体は大きく、丈夫になり、力は前世の子供時代とは比べ物にならないほど強い。

 毎日の鍛錬の成果だ。

 

 だが──問題がある。

 

「まだ駄目か」

 

 師匠が作ってくれた特製のバッティングマシンのような投石機を使って放たれた石を逸らす練習をしていたのだが、成功率が芳しくない。

 三回に一回は逸らし切れずに身体に直撃を貰ってしまう。

 師匠が見せてくれたように石の方が避けているかのような逸らし方にはまだ至らない。

 

 その師匠は神妙な表情で俺を見ていた。

 不器用な俺に呆れているのだろうか?

 

「申し訳ありません、師匠。まだまだ師匠の域には届きません」

 

 頭を下げたが、師匠はかぶりを振って微笑む。

 

「武の道は長く険しい。終わりなどありはしませんよ。それにしても、僅か五年でよくここまでものにしましたね」

 

 この五年間、どうすれば師匠と同じことができるのか、考え続けてきた。

 基本の型ばかり繰り返していてもできるようになるとは思えなかったので、師匠の言葉を思い出して魔法を取り入れてみたのだ。

 

「はい!風魔法を身体の周りに纏わせてみたんです。その風を圧縮して最良のタイミングでぶつけることで軌道を逸らせると分かりました。正解でしょうか?」

 

 俺なりの仮説を述べたが、自信はない。

 風魔法は威力が低過ぎて、避けられる速さで飛んでくる石を逸らすことにすら少なくない魔力と高い集中力が必要だ。

 だが、俺の不安に反して師匠の答えは肯定的だった。

 

「ふむ──当たらずとも遠からず、といったところですね。たしかに魔法は使う。だが、今のままでは片手落ちです」

「片手落ちですか?」

「そうです。魔法を使うのならば、魔法も学び、探究し、鍛えなければなりません。ただ魔法を覚えるだけでは不足なのです」

 

 なるほど!本格的に学んで自分で研究する必要があるってことか!

 なんでもっと早く気付かなかったんだろう。

 そんな簡単にいくなら秘技の中の秘技になんてならないだろうに。

 

「すぐに魔法の勉強を増やしてみます」

 

 師匠は頷いた。

 

「良いでしょう。それともう一つ。どうにもエステル様は目にばかり頼っているように見受けられます」

 

 図星を指された俺は思わず身構える。

 

「今後は目隠しをして、鍛錬を行いなさい。音、風、魔力──感覚を研ぎ澄ませてそれらを感じ取るのです」

「分かりました!」

 

 まるで漫画のような修行だが、元々ここは漫画のようなファンタジー世界だ。

 それに師匠が言うのだから間違いない。

 

 

◇◇◇

 

 

 目隠しをして剣を振り回すエステルを見てニコラは先ほどから冷や汗が止まらない。

 

(何なんだよこの子は!?)

 

 まさか自分の見せた幻を技として再現してしまうとは思わなかった。

 スリングショットで発射された石を逸らしていたのはただのイリュージョン──錯覚である。

 冒険者時代に覚えた幻術の一種──それも動かせば形が崩れてしまうために案山子くらいにしか使えない微妙なもの──を使って自分の虚像を作り、少し離れた所から魔法を使ってあたかも微動だにせずに飛んでくる石を逸らしているように見せていた。

 

 ニコラが奥義と称して見せたものは嘘と欺瞞でできたありもしない虚像──だったはずなのに、エステルは秒間二発という連射速度で射ち出された二十個の石を殆ど逸らしてみせた。

 このままでは本当に銃弾すら逸らす域に達してしまうかもしれない。

 基本の型しか教えてこなかったのにどうしてこうなったのか──訳が分からない。

 

(もし俺が嘘を吐いていたとバレたら──駄目だ、殺されちまう!)

 

 既にエステルの方が実力は上であり、戦っても勝てない自信があった。

 できれば今すぐにでも逃げ出したいが、そうもいかない。

 ファイアブランド家は飛行船の出入りが少なく、紛れて密航できるほどの荷物を積んだ船など来ない。

 可能性があるのは密輸業者だが、彼らと関わるのは御免だった。

 

 そして何より、ニコラには金がない。

 受け取った報酬は酒と女遊びに消え、逃げたところで生活に困窮するのは目に見えている。

 

(そうだ、今は耐えて軍資金を貯めよう。逃げるなら──そうだ、王国本土まで逃げないと。とにかく逃げた後に見つかるわけには──)

 

 逃亡のための資金と逃亡先での生活費を稼ぐためにしばし恐怖に耐えることにしたニコラだったが、彼は知らない。

 本物の恐怖はまだまだこれからだということを──

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