俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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危機

 戦争中でも執事の仕事に変わりはない。

 屋敷や土地から食器や酒類に至るまで、ファイアブランド家が有する財産の全てを管理する役目を担う執事サイラスにとって、その日はいつもとさして変わりはなかった。

 変わった点といえば、主人であるエステルが夜明け前に軍と共に出撃していったことで、朝食の給仕がなくなったことくらいだ。

 

 いつも通りに屋敷の敷地内を見て回って、使用人たちの仕事の具合を把握し、屋敷やその備品に不具合がないかチェックする。

 尤も、不具合や欠損など既に数え切れないほどあるし、新しく見つけたところで直せるかどうかは甚だ怪しい所だが。

 

 荒れていく一方の屋敷の裏手を見て溜息を吐く。

 塗装が剥げ、ひび割れ、蔓草が這う壁。やたらと豪華だが、あちこち欠損している装飾。

 予算不足で屋敷の人目に付かない部分の修理には粗悪な資材しか使えず、全体を把握するサイラスから見れば、継ぎ接ぎだらけの醜い屋敷に成り果てている。

 だが、それが領地と領民のためを思っての止むに止まれぬ事情ゆえのことだというのがやり切れない。

 

 先代当主にしてファイアブランド家六代目【ヴィンセント・フォウ・ファイアブランド】が始めた緊縮政策──領地の公的支出を削減し、財政を立て直す試みによって、領主家も家臣たちの家も禄を減らされているのだ。

 全ては領地の立て直しのため。今は苦しくとも、耐えてこの苦境を脱すれば、また豊かな時代がやってくる──ヴィンセントはそう言って家臣たちを説得し、緊縮政策を断行した。

 そして家臣たちばかりに負担を強いるわけではないと証明するために、ファイアブランド家の禄を最も大きく削減した。

 

 先代当主の部下思い、領民思いな行動は尊敬するが、その結果屋敷の維持費が工面できなくなり、じわじわと荒れていくのを甘んじて受け入れるしかないのは、管理人として辛いものがあった。

 

「──いや、私が口出しすることではないな」

 

 自分は執事に過ぎない。政策に口を出すなど分を超える。

 呟いて自分を窘め、仕事に戻ろうとした時、視界の隅を何かが横切った。

 

「ん?」

 

 それが消えた方に視線を動かすと、動物の尻尾が見えた。

 すぐに建物の陰に隠れて見えなくなってしまったが、どうやら犬のように思えた。

 

「野良犬か?いかんな。叩き出さねば」

 

 一度屋敷の敷地内で餌を見つけた野良犬は何度も餌を求めてやってくるし、味をしめて居付こうものなら、何かの拍子に家の者に危害を加えたり、病気を媒介しかねない。よって見つけ次第速やかに追い払う必要がある。

 サイラスは武器として庭掃除用の箒を手にし、犬らしきものが消えていった方向へと足を進めた。

 

 だが、追っても追っても追いつけない。

 建物の蔭、植木鉢の向こう、生垣の下に隠れられ、目に入るのは尻尾だけだ。

 しかし、野良犬にしては妙に逃げ足が遅く、また林や茂みに逃げ込もうともしていないのが少し不自然だった。

 

「一体どこに向かっているのだ?」

 

 呟いた直後、目に入ったのは犬の尻尾が厩舎に消えていくところだった。

 

 後を追って厩舎に入り、中を見回してみたが、犬は見つからない。

 

 厩舎の奥の方へと足を進めると、ふと違和感に気付いた。

 馬が二頭と馬車が一台見当たらない。馬車を出す予定はなかったはずだが──何か緊急の案件で馬車が出されたのだろうか?

 これは番兵と軍関係者に確認を取る必要があると思い、屋敷へ引き返そうとしたその時だった。

 厩舎特有の馬の体臭と秣の匂いに混じって微かに違う臭いが漂ってくるのに気付いた。

 

 その臭いはどうやら厩舎の一番奥から発生しているようだった。

 臭いの発生源を確かめるため、()()を覗き込んだサイラスは次の瞬間、怖気立った。

 臭いの発生源は首を刎ねられた四つの死体だった。

 

 

 サイラスは走った。

 一刻も早く、番兵たちに知らせなければならない。厩舎で番兵が四人殺害された、と。

 番兵を殺害したのが何者かは分からないが、屋敷に危険が迫っているのは十二分に理解できた。

 

 

 厩舎から走り去るサイラスの後ろ姿を小さな光が見つめていた。

 小刻みに震えるその姿は祈っているかのようにも見えた。

 

 

◇◇◇

 

 

『緊急!緊急!索敵艦【カターン】より敵増援部隊接近中との報告あり!戦闘空域到達まで推定五分!全機直ちに撤退せよ!』

 

 通信機から響く焦りを含んだ声に、ダリルは大剣を振るう手を止めた。

 その直後、シールドを破壊された敵の飛行船が味方の鎧の銃撃でエンジンと方向舵を破壊され、操舵不能となって明後日の方向へと回り始める。

 

 手持ちの弾薬を全て使い切ったダリルは、再支給された漆黒の大剣──戦闘中にシールドを無力化する何らかの特殊能力があることが判明した──で敵輸送船のシールドを破るサポート役に徹していた。

 今のでダリルの戦果は共同を含めて鎧八機と武装商船十七隻。第二任務部隊全体での戦果はこの倍以上に上る。

 もうそろそろ引き時ではないかと思っていた所に、撤退命令が母艦の方から発せられた。反対する理由はどこにもない。

 

「全機、聞いての通りだ。残った爆弾と弾薬は投棄して撤退しろ。敵に追いつかれるぞ!」

 

 だがその命令に部下たちの殆どは従わなかった。

 

『野郎!大人しく墜ちやがれ!』

『こんのおおお!!』

『うおおおおおおおお!!』

『まだまだあ!』

『撃ち込めえええ!』

『グリーブス隊長!援護を!』

『隊長!シールドを破ってください!』

 

 頭に血が昇った部下たちは我も我もと残存する敵輸送船に攻撃を浴びせ続け、ダリルにも攻撃に加わるよう求めてくる。

 彼らの耳に撤退命令は届いていなかった。

 

「潮時だ!退け!全機!撤退しろ!!敵の増援が向かってきている!!」

 

 ダリルは拡声器を使って叫んだ。

 興奮状態の者に命令を届かせるには、とにかく大声で命じなければならない。

 

 拡声器を使いながら射線上に割り込み、必死に撤退を呼びかけると、鎧部隊はようやく敵輸送船団から離れ始める。

 しかし、その動きは未練がましくのろのろとしている。

 中には離れながらも後ろを向いて発砲している者もいた。

 

 殆どを撃墜したとはいえ、まだ十数隻の武装商船が浮かんでいる。

 どうやら他の飛行船が狙われている間に防御態勢を整えることができたらしい。

 それらを逃したくないのは分かるが、ぐずぐずしていれば敵の増援部隊に追いつかれてしまう。

 

 ダリルは最後尾付近を飛び回りながら部下たちに退却を呼びかけ続けた。

 

「退け!敵はそこまで迫っている!母艦への帰投急げ!」

 

 

 

『くそッ!やりやがったな奴ら』

 

 オフリー軍の増援部隊──その先駆けを務める鎧部隊の誰かがそう毒づいた。

 遠目でも分かる大量の黒煙が輸送船団の辿った末路を告げている。

 

『まだ生き残っている船がある!急げ!全速力!』

 

 観測魔法でまだ浮かんでいる飛行船を見つけた指揮官が部下たちを鼓舞するが、それは自分に言い聞かせてもいた。

 全滅ではない──つまり、自分たちは完全に間に合わなかったわけではないのだと、そう思いたかったのだ。

 

『中隊長!十一時の方向に敵鎧部隊を視認!撤退中のようです!』

 

 味方から告げられた方角に観測魔法の照準を合わせると、四十機ほどの敵機が確かに見えた。

 怒りが沸々と湧き上がってくる。

 

『ベケット小隊、ロム小隊は残存輸送船のところに向かい、生存者を確認しろ。残りは俺に続け!奴らを逃すな!』

 

 指揮官の命令に部下たちが応で答える。

 

 名指しされた二個小隊がまだ浮かんでいる飛行船へと向かい、残りは撤退するファイアブランド軍の鎧部隊を追う。

 一方的に撃たれ、焼かれ、沈められた輸送船団の仇討ちに燃える彼らは怒号と共にスピードを上げていく。

 

 

 

「ッ!速い!」

 

 後方を振り返ったダリルは歯噛みする。

 オフリー軍の鎧部隊がどんどん追いついてくる。

 速度ではこちらが明確に劣っているようで、このまま全力で逃げ続けていても振り切れそうにはない。

 

 雲に紛れて撒くことも考えたが、部下たちの練度を考えるとできなかった。

 それなりに実戦経験がある熟練揃いの第一任務部隊と違って、殆どが訓練不足で練度が低い第二任務部隊では、雲の中を飛ぶこと自体が難しい。

 自分の位置を見失って落伍する者が続出し、各個撃破されていくのは目に見えている。

 

 では応戦するか?論外である。

 こちらは鎧の性能でも練度でも圧倒的に不利であり、加えて弾薬も殆ど消耗している。

 先程自分たちが敵輸送船団にしたように、一方的に蹂躙されるのがオチだろう。

 

 となると──誰かが敵を足止めするしかない。

 そしてその役目が務まる者はこの第二任務部隊には一人しかいない。

 

 判断を下したダリルは通信機に向かって指示を出す。

 

「全員聞け!このまま奴らを連れて母艦に戻るわけにはいかない!俺が奴らを足止めする。その間にお前たちは全速を維持したまま母艦に向かって飛び続けろ!」

 

 ──自分が敵を引き付け、部下たちが逃げる時間を稼ぐ。それが最も犠牲の少ない最善策だ。

 

『お一人でですか?無茶です!隊長!』

『まだ弾は残っています!自分も戦います!』

『俺もです!奴らと戦わせてください!』

『ここは全員で応戦するべきです!』

 

 部下たちは口々に反対の声を上げるが、ダリルの意思は変わらない。

 

「駄目だ!お前らじゃ相手にならない。無駄死にするだけだ。逃げろ!これは命令だ!」

 

 ダリルが怒鳴ると、部下たちは黙ったが、それでも納得はしかねているようだった。

 確かにダリルは第二任務部隊の最強戦力で、ファイアブランド軍の中でも最精鋭の一人ではあるが、一人であの数の鎧を足止めするなど無茶である。部下たちが逃げるために十分な時間を稼げるかも怪しく、稼げてもダリル自身の生還は絶望的だ。

 

 だが、それでもいい。とにかく彼らが逃げて、一人でも多く無事に母艦に戻ってくれれば、それでいい。

 自分を生かすために第二任務部隊に配属したオーブリー隊長の思いを裏切ることになってしまうのは心苦しいが、預かった部下たちを大勢失っておめおめと生きて帰り、生涯残る汚点を作ってしまうよりは、ここで部下たちの盾となる方が胸を張ってあの世に行けるというものだ。

 彼らがこの戦いを生き延び、訓練と経験を積んで熟練になっていけば、自分の代わりにエステルとファイアブランド領を支えてくれるだろう。

 

「さあ行け!飛ばせ!!」

 

 そう叫んで、ダリルは鎧を反転させる。

 

 追ってくる敵に向かって突撃すると、無数の弾丸が放たれ、向かってくる。

 その全てを舞うように躱し、すれ違う直前で急上昇して高度を稼ぐ。

 そして宙返りして先頭を飛ぶ敵機に狙いを定め、太陽を背にして急降下で襲い掛かる。

 一撃でコックピットを貫き、大剣を横に振り抜いて放り投げる。

 

 近くの敵がダリルを追いかけ始める。

 四機ほどの敵機が後ろを取って一斉に発砲してきたが、弾丸はダリルの横を掠めるだけ。 

 高速を維持したままひらりひらりと機体を動かして相手の照準が定まらないようにしつつ、ダリルは次の目標目掛けて突き進む。

 

 目標は振り向いてライフルを撃ってきたが、大剣を前に構えて盾にして弾丸を弾き、そのままの姿勢で敵機目掛けて突っ込む。

 直前で大剣の角度を少し変えると、敵機は溶けかけのバターのようにあっさりと上下真っ二つになった。

 

『なッ!?何だあの剣は!』

『気を付けろ!手強いぞ!』

『囲んで叩け!奴は単機だ!』

 

 あっという間に二機撃墜したダリルに敵の注意が向く。

 追撃が止まり、全敵機がこちらを囲むように動き始めるが、ダリルは巧みに隙間を縫って飛び、逆に相手の隙を見つけては各個に撃破していく。

 

 敵はダリルが銃火器を持っていないと侮り、また大剣の威力を警戒して、固まらずに複数方向にバラけたのが仇になっていた。

 おまけにどの敵機も技量は大したことなく、空戦機動も拙かった。包囲は穴だらけ、相互の火力支援もなっていない。

 

 思ったよりも敵が弱く、ダリルは少し拍子抜けした。

 数こそ多いが、はっきり言ってそれだけだ。空戦機動で容易に局所的な一対一を作り出して墜とせてしまう。

 

 これならかなり粘れそうだと思ったダリルだったが、敵は弱くとも馬鹿ではなかった。

 大剣で六機目を斬り伏せた直後、敵の動きに変化があった。

 ダリルを仕留めることは諦めたらしく、数機が遠巻きに牽制の銃撃を放ってくるだけになった。残りは部下たちが逃げた方向へと向かっていく。

 

「ッ!まずい!」

 

 急いで反転し、離れていく敵を追いかけるが、既にだいぶ距離が離れており、追いつくことは困難だった。

 

 やむなくダリルは【緊急加速】を使用した。

 動力部を意図的に暴走させ、出力・機動性を劇的に向上させるその機能は、機体とパイロットに多大な負荷を掛けるため、自壊や失神のリスクと、終了後の機能低下という極めて大きなデメリットが伴うが、元より生きて戻れないのは覚悟の上だ。

 それよりも敵を自分の方に引き付け、部下たちを追わせない方が大事だ。

 

 鎧の背中から青白い炎が噴き出し、鎧を急激に前方へと押しやる。

 それを見て、牽制してきていた敵機が行かせまいと立ちはだかるが、ダリルは相手にせずに隙間をすり抜けて突破した。

 

 そして敵の最後尾に追いつき、背後から一機を大剣で斬り裂く。

 背中の重要機構を破壊されて墜ちていく敵機からライフルを奪い、射撃戦に移行する。

 

 気付いてこちらを振り向いた敵機が次々に発砲してくる。

 回避機動を行いながら撃ち返し、敵の注意を引こうと試みる。

 命中は期待していなかったが、一機に偶然命中し、撃墜した。

 

 それを見た敵の先頭集団がダリルを片付けるのが先だと思い直したらしく、反転して距離を詰めてきた。

 後ろからもダリルを追ってきた敵機が迫ってくる。

 前後を塞がれたが、敵の注意を自分に向けさせるという目的は達成した。

 

(そうだ。これでいい。俺を追ってこい!)

 

 心の中で叫んだダリルは、反転してきた敵とぶつかる直前で急降下し、相手の下側に潜り込む。

 すかさず今度は急上昇して宙返りし、敵の背後に回り込んだ。

 緊急加速によってスピードが出ている今だからこそできる空戦機動だ。

 敵はダリルの動きに不意を突かれ、混乱している。

 

 一番近くの敵目掛けて突撃し、至近距離からの一撃で撃墜する。

 飛び散った破片が機体に刺さるのも構わずに、爆煙の中を突っ切り、次の目標を定めて照準したが、引き金を引いても弾は出なかった。

 不発や弾詰まりの可能性も考えて、排莢のため閉鎖ボルトを引いてみたが、何も起こらない。

 ──弾切れだ。

 

「ああくそっ!」

 

 毒づいて弾切れになったライフルを放り捨て、大剣を手にする。

 もうすぐ緊急加速が終了し、機体性能が大幅に低下する。その前に、もう一機か二機は道連れにしたい。

 

 だがその願い虚しく、次の獲物に狙いを定めたのとほぼ同時に緊急加速が終了し、機体の速度がガクッと落ちた。

 狙っていた敵機はライフルを撃ちながら遠くへ逃げていく。もう追いつけない。

 

『今だ!かかれえ!』

 

 どこかにいる敵の指揮官が拡声器で命令を下し、敵機が一斉に襲いかかってきた。

 機能が低下した今ならと思ったのか、少なくない数が剣や戦斧を手に接近戦を仕掛けてくる。

 ダリルは大剣を振り回して牽制しながら必死で敵機の群れから逃げる。

 緊急加速終了後は機体の安全確保のために戦闘は避けなければならないが、今のダリルには無理な相談だった。

 

 銃弾を躱せばその先に剣の鋒が待ち構え、その剣を打ち払えばその隙に別の剣が突き出され──絶え間ない攻撃に晒されてダリルは追い詰められていく。

 避け損なった銃弾や斬撃が何発も直撃し、鎧がボロボロになっていくのが分かる。

 正直よく飛んでいられるものだと思うが、まだ足りない。

 もっと、もっと、一分、いや一秒でも長く、飛び続けなければ──

 

 遂に敵の振り下ろした戦斧の一撃がダリルの鎧の右腕を切断した。

 大剣は切り落とされた右手に握られたまま、海へと落下していく。

 

「しまった!」

 

 そのままトドメを刺そうとする敵を何とか躱し、ダリルは急降下して落ちていく右手と大剣を追いかけるが、別の敵機に掴みかかられ、動きを止められてしまう。

 掴まれた脚をパージするが、すぐに背後からまた別の敵機に掴まれ、羽交い締めにされてしまう。

 振り解こうにも機体の出力が足りず、全く動けない。

 

 万策尽きたダリルの目の前に剣を構えた敵機がやってきた。

 その敵機が怒りの込もった声を発する。

 

『散々暴れてくれやがって。お前も、お前の手下共も今更逃げようったってそうはいかねえからな!』

 

 そして敵機がコックピットの中のダリル目掛けて剣を突き刺そうとしたその時──

 

 

『逃げる?とんでもない。待っていたんだ』

 

 

 鈴の音のような声が、響いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「違う!仲間じゃない!」

 

 外にいた番兵が叫んだ。

 直後に十発近くの銃声が響く。

 小屋の扉が開き、外にいた番兵たちが二人、逃げ込んできた。

 

「敵襲です!ジェスがやられました!」

「何だと!?奴ら屋敷に潜んでいるんじゃなかったのか?」

「番兵の制服を着て変装していて──地下道での脱出がバレていたとしか──」

「馬鹿な!」

 

 特番分隊の隊長は驚愕する。

 なぜ領主と自分たち以外知らないこの場所が敵に悟られたのか、と。

 だがそんなことを考えても仕方がないし、考えている暇もない。

 

「ええい仕方がない。引き返しましょう!扉と窓を塞げ!」

 

 分隊長が叫び、素早く窓の鎧戸を閉めた。

 二人の番兵たちは扉に突っ支い棒をしようとするが、次の瞬間、外から撃ち込まれた風の塊によって扉ごと吹き飛ばされてしまった。

 受け身も取れずに壁に思い切り叩きつけられた二人の番兵は、床に倒れ伏して動かなくなる。

 

 そして扉がなくなった戸口に人影が現れる。

 

「まずい!」

 

 アーヴリルが素早く呪文を唱え、戸口を塞ぐようにシールドを張った。

 突入しようとしていた敵がシールドに阻まれ、一瞬よろめく。

 その隙に分隊長がシールドからライフルの銃身だけ出して射撃し、敵を一人倒した。

 敵は素早く戸口から離れ、見えなくなる。

 

「助かりました。領主様!今のうちです。お逃げください!」

 

 分隊長が叫ぶと、素早くティナが地下通路に通じるハッチを開く。

 

「降りろ!早く!」

 

 テレンスの命令でクライドとマドライン、そしてティナが梯子を降りる。

 

「貴女も早く!」

 

 テレンスはアーヴリルにも降りるように言ったが、アーヴリルは拒否した。

 

「いいえ。貴方が先に行ってください。私はここでこの方と奴らを食い止めます」

 

 そう言うアーヴリルの手には魔法陣が浮かんだままだった。吹き飛ばされた扉の代わりにシールドで戸口を塞ぎ続けているのだ。

 その隣で分隊長がライフルを構え、敵の迎撃に備えている。

 今や分隊長とアーヴリルが矛と盾になり、どうにか敵の侵入を防いでいる状態だ。アーヴリルが手を離してしまえば、敵の侵入を止められなくなる。

 

 それは分かっている。

 アーヴリルが残るのが、自分たちが生き残れる可能性が一番高い最善策だと、頭では分かっている。

 だが、テレンスの中にある僅かな貴族の男としての矜持が、客人で、それ以前に女性であるアーヴリルを置いて逃げることを許さない。

 

「ッ!だが貴女は客人だ!ここは私が残る!貴女をこれ以上巻き込むわけには──」

「「きゃあああああ!!」」

 

 テレンスが言い終わらないうちに通路の方からマドラインとティナの悲鳴が聞こえてきた。

 それと同時に何かとんでもなく重いものが落ちるような音が響いてくる。

 

「どうした!?」

 

 テレンスは思わずハッチの方を振り返り、問いかけるが、返事はない。

 アーヴリルが再度テレンスに先に行くよう叫ぶ。

 

「行ってください!早く!奥様とご子息が!」

 

 何らかのトラブルに陥った妻と息子を助ける、という大義名分を得たテレンスはようやく踏ん切りがつき、ハッチから地下通路へ飛び降りた。

 

 そして飛び降りた先でテレンスは驚愕する。

 

「何だと──?」

 

 通路は天井から伸びた複数の巨大な氷の柱によって塞がれてしまっていた。

 そしてマドラインもクライドもティナもいなかった。

 

 冷や汗が一気に噴き出してくる。

 

「クライド!マドライン!どこだ!返事をしろ!」

 

 テレンスは狼狽した声で周囲に呼びかけるが、返事は返ってこなかった。

 返ってきたのはハッチの上から分隊長が状況を問いかけてくる声だけだった。

 

「どうされました!?」

「通路が塞がれている!氷魔法だ!クライドとマドラインがいない!ティナも──まさか──」

 

 まさか──攫われた?

 

 最悪の想像が頭を過った直後、上から馬のいななきと、馬車が進む音が聞こえてきた。

 そしてアーヴリルの焦った声も聞こえてくる。

 

「ッ!?あいつらまさか!」

 

 彼女もテレンスと同じ考えに至ったようだ。

 

 テレンスは急いで梯子を上り、小屋に戻った。

 扉がなくなった戸口から外に出ると、土煙を立てて走り去っていく馬車が遠くに小さく見えた。屋敷や基地の方向とは逆──街の方へと向かっている。

 

 街に逃げ込まれたら、もう捕らえることはできない。

 馬車を乗り捨て、領民の中に紛れ、隠していた飛行船でマドラインとクライドとティナを人質として連れ去るだろう。

 そして身代金として件の証拠書類を引き渡せと脅迫してくるだろう。

 

 そうなったら、この世で最も大切な妻と息子の命か、ファイアブランド家の勝利か、という極めて重い選択を突き付けられることになる。

 どちらを選んでもテレンスに待つのは地獄だ。

 前者を選べば、エステルや彼女に味方する家臣・領民たちと争わなくてはならなくなる。

 だが後者を選べば──自分の生きる希望の全てが失われる。ファイアブランド家が勝っても、テレンスにとっては敗北だ。

 そんな選択は絶対にできない。

 

「あの馬車を追いかけないと!」

「ですが──乗り物がありません」

 

 焦るテレンスに分隊長が現実を突き付ける。

 どんなに必死で走っても──それこそ魔法で肉体を強化しても、人間の足では全速力で走る馬車に追いつくことはできない。

 となるとできることは一旦徒歩で屋敷に戻り、馬かエアバイクを出すことだが、それではとても間に合わない。

 

 頭を抱えて思わず叫びそうになったテレンスだが、ふと馬の足音が聞こえてくるのに気付いた。

 ──屋敷の方からだ。

 

 見ると、馬に乗った番兵たちが四人こちらに向かってくる。

 また敵かと思って身構えたが、今度は本物だった。

 

「領主様!ご無事でしたか!?」

 

 番兵たちの統括であるティレットが馬を降りて問いかけてくる。

 

「あ、ああ。だが!クライドとマドラインが攫われた。奴ら馬車を奪ってここを襲ってきたんだ!すぐに追いかけて取り返さないと!」

 

 テレンスは焦燥のあまり説明が雑になるが、ティレットは察したようだった。

 

「お任せを。我らで追跡致します。領主様方はすぐに屋敷にお戻りください」

 

 そう言って再び馬に跨るティレットにアーヴリルが待ったをかけた。

 

「待ってください!私も行きます!」

「駄目です。先ほども申し上げました。貴女を巻き込むことはできません!」

「ですが!その人数で奴らを無力化し、奥様とご子息、ティナを無傷で奪還できるのですか?奴らは風使いです。対抗できる風魔法の使い手はいるのですか?」

 

 ティレットは一瞬答えに窮したように押し黙る。

 その反応をアーヴリルは否定と受け取った。

 だが、アーヴリルがそこを追及する前に分隊長が助け舟を出した。

 

「統括。ここはランス様のお力を借りるべきかと。ランス様がいなければ我々は全員やられておりました。彼女の言う通り、その人数で奴らを追いかけても返り討ちに遭うだけです。人質を奪還するにせよ、奴らの行き先を突き止め、応援を待つにせよ、ランス様の魔法による援護なくしてはあまりに危険です」

 

 分隊長の説得を受けてティレットは渋面になるが、迷っている時間はないと判断したらしく、手短に指示を出した。

 

「鞍にお乗りを。この際は致し方ありません」

「はい!」

 

 ティレットが後ろに移動し、鞍と鐙を空けた。

 アーヴリルは鞍のホーンを掴んで素早く鞍に飛び乗った。空いた鐙に足をかけ、振り落とされないようホーンに掴まる。

 

「行くぞ!」

 

 ティレットの合図で馬たちが一斉に走り出した。

 先行するティレットの部下が目に魔法陣を浮かべて目標を観測する。

 

「速度がやや落ちています。我々には気付いていないようです!」

「よし、少しずつ距離を詰めるぞ。見失うなよ!」

「了解!」

 

 番兵たちは極力土煙と足音を立てないよう、馬に道の脇の草地を走らせ、静かに馬車を追い上げる。

 

 アーヴリルは鞍のホーンを握り締めながら、どうか全員無事であってくれ、と祈る。

 そして誓う。

 エステルの騎士を自称した時にした約束──何があってもクライドを守るという約束を必ず果たす、と。

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