だから更新頻度下がるんだって分かってるけど仕方ない。書きたいこと書いていったら文字数増えちゃうんだから──
オフリー艦隊は荒れていた。
輸送船団壊滅と救援に向かった部隊が苦戦中との報を受けて、艦隊指揮官として復帰したコープのもとには、怒涛の勢いで詰問の通信が浴びせられる。
『これは一体どういうことだねコープ殿!』
『あんたがただ後ろをついてくれば勝てる、上手くいくと豪語したから我々は話に乗ったんだぞ!それなのに何だねこのザマは!?』
『うちの鎧部隊が全滅したぞ!』
『うちは虎の子の飛行船を二隻もやられた!』
『私の所は三隻もだ!』
『だからファイアブランド家と戦うなど気が進まなかったのだ!』
『もはや兵たちの飯も、撃つ弾もない。帰りの分の魔石すら危うい!現地調達も望み薄。このままでは立ち往生だ!作戦全体が台無しではないか!あんたの判断ミスで!』
怒声を上げているのは今回の侵攻作戦に飛行船を出した他の貴族家の軍人たちだ。
ファイアブランド家と勢力圏を隣接しているノックス子爵家とクレイトン子爵家、更に両家と同盟関係にあるアクロイド男爵家とフォックス男爵家──彼らは戦利品の分前とオフリー家からの援助という見返りに期待して侵攻作戦に加担した。
それなのに分前どころか派遣した戦力が壊滅する大損害を被り、話が違うと騒いでいる。
彼らの罵倒にコープは一切の申し開きをしなかった。
今は何を言ったところで彼らは納得しないだろう。
だからこそ、コープは怒声を上げる同盟者たちには構わず、今後のことを考えていた。
このままオフリー領に戻るわけにはいかない。
戻ったところでコープにはロクな結末が待っていないからである。
ファイアブランド家は王宮に今回の侵略を訴え、オフリー家を追い込みにかかるだろう。
空賊と手を組むというあまりにも重大な犯罪の証拠を握られている以上、オフリー家の不利は免れない。
後ろ盾を頼って訴えを握り潰すという手もあるだろうが、ファイアブランド家が王宮にロクな伝を持っておらず、敵対派閥に情報を流して働きかけることもしなかった場合にしか成功が期待できない危険な賭けだ。
後ろ盾は不利と見ればあっさりオフリー家を見捨てるだろう。
そして、どう転んでもコープは今回の敗北の責任を取らされる。
楽観的に見積もっても解雇、下手をすれば自裁という名の処刑が待っている。
かくなる上は「転職」という手を考える必要があるかもしれない。
残る味方共々投降してファイアブランド領に身を寄せ、そこで風がどちらに吹くか静観する。
風向きによっては、自分を売り込んでファイアブランド家に仕官することも選択肢に入る。
コープが考え込んでいる間にも業を煮やした味方の離反が始まる。
『あんたを──いや、オフリー家を信じた我々が馬鹿だった。我がクレイトン家は退かせてもらう。これ以上の損害は許容できぬ』
『我がノックス家も同様に。これは貴家が始めたことだ。我々は与り知らぬ』
それを部下たちが聞き咎めた。
「何だと貴様ら!今更足抜けする気か!」
「取り決めはどうなる!?既に前金を受け取ったであろう!」
『知ったことか!こんな損耗状態であんな化け物共にどうやって勝つというのだ!』
『どう考えてもここから逆転などできるか!あの白い死神をどうにかする当てでもあるのかね!ええ!?』
「対処のしようはある!奴とて所詮一パイロットに過ぎん!鎧部隊で囲んで叩けば墜とせる!」
『戦いを見ていなかったのか!?奴にその手が通用するならとっくに墜とせておるわ!』
『奴に挑んだうちの鎧部隊の損耗率は九割だ!たった一度の戦いで九割だぞ!あんたらのところは何機墜とされた?最初の攻撃で七、八十機は墜ちたように見えたが?これでまだ奴を墜とせるだと?ふざけるのもいい加減にしろ!』
「ッ!ここで退いてはためにならんぞ!」
「そうだ!我がオフリー家がこの戦いに負ければ貴様らも道連れだぞ!分かっているのか!」
『買収の次は脅迫か!チッ、薄汚い似非貴族らしいな」
「何だと!?取り消せ!」
『持ちかけてきたのはそっちの方だぞ!我々は騙されたんだ!』
「そんな言い訳が通用するとでも──」
「もうよい!」
離反しようとする彼らと言い争う部下をコープは制した。
「よせ。無駄だ」
コープの制止に部下は狼狽する。
「ですがコープ様!このままでは──」
「よい。私に考えがある」
そう、止めても無駄だ。
彼らからしてみれば最初から利益で手を結んだのだ。その利益が期待できず、むしろ大損害を被ったとなれば、離反しない方がおかしいというものである。
加えて彼らは怯えている。あの白い死神──翼からマゼンタ色の炎を噴いて飛ぶ純白の鎧に。
あれとまた戦うなどコープですら御免被りたいと思っているのだ。彼らを臆病と誹ることはできまい。
それに残っていてもコープが考える計画の邪魔になりかねないため、離反してくれた方が好都合だった。
艦隊から数隻の飛行船が離脱していく。
四家は結局全てオフリー軍を見限り、帰途に就いたようだ。
戦いが始まる前には十六隻もいたのに、今や半分ほどに減ってしまっていた。
残ったオフリー軍の飛行船は十一隻。
主力艦一隻、中型飛行戦艦三隻、そしてフリゲート三隻、合わせて七隻が失われていた。
損耗率にして約四割。壊滅的な打撃だ。
生き残っている飛行船も無事ではなく、多くが砲郭や指揮所をはじめ艦上構造物に被害を受けていて、まともに戦える状態にはない。
輸送船団の方は確認できた残存艦は十四隻。
何とか輸送船団を襲撃していた敵鎧部隊は追い払ったが、撤退する敵鎧部隊を追撃した味方鎧部隊とは先程連絡が途絶。
状況的に見て、敵に返り討ちにされ全滅したものと思われる。
対してこちらがファイアブランド軍に与えた損害は、鎧二十機弱を撃墜したのと、フリゲートやコルベットを数隻戦線離脱させたのみ。
敵飛行戦艦はまだ健在であり、鎧の数もまだ充分──追撃した鎧部隊が返り討ちにされたのがその証拠である──、ファイアブランド領本土からの補給・増援も受けているだろう。
もはやファイアブランド軍相手に戦える力は残されていない。
そして撤退もできないとなれば──残された道は一つだ。
「コープ様、我々は如何致しますか?」
伺いを立ててくる部下にコープはかぶりを振って口を開いた。
「輸送船団の残りと合流を急げ。彼ら共々ファイアブランド軍に投降する」
コープの言葉にブリッジは騒つく。
「投降ですと?それは──」
「異議あり!ここはアクロイド領あたりに寄港して立て直し、伯爵の判断を仰ぐべきです!」
「そうです!あのような手を使ってくる相手ですぞ!投降などすればどんな扱いをされるやら──」
「そもそも相手が投降を受け入れるという確証はあるのですか?奴ら殆ど丸腰の輸送船団でさえ躊躇なく襲って沈めたのですぞ!」
部下たちが口々に反論するが、コープは意見を曲げない。
「このまま戻ったところで我々には先がない。田舎の子爵家一つ相手に鎧部隊も艦隊も輸送船団も上陸部隊も壊滅、同盟した家にも離反されて、おめおめと逃げ帰った我々を伯爵はどう見る?それにそもそも、艦隊が撤退を完了できるだけの魔石も糧食も調達のあてはない。我々の寄港を受け入れる領などもはやなく、無理に押し掛ければ我らは賊扱いを受けるであろう。ならばファイアブランドの軍門に降る方がまだ生き残れる可能性はある」
コープの指摘を受けて部下たちは黙ったが、納得していないのは明白だった。
無理もない。降伏すれば捕虜になり、扱いは相手の裁量に委ねられることになる。
ましてや降伏する相手は、虎の子の飛行戦艦や熟練の鎧部隊を事もあろうに囮として使い、その隙にこちらの輸送船団を襲って焼き討ちするという
ただ、コープからすると、ファイアブランド軍の取った行動はむしろ突き抜けて合理的である。
不利な艦隊決戦を捨てて
だが、それができる──名よりも実を取り、目的のためならば手段を選ばない──合理主義極まる相手ならば、コープにとってはむしろ好都合だ。
オフリー家の後ろ暗い稼業に関するちょっとした情報あたりをダシに取引を持ちかければ、降伏した後の身の安全を保証してもらえる可能性は充分にある。
自分の保身のため、コープは言葉の魔術で部下たちを説得する。
「何も無条件で降伏するわけではない。これはこれ以上無駄な人死にを出さないための名誉ある
停戦という言葉に再びブリッジが騒つく。
「我々は負けた。これはもはや覆しようのない事実だ。そして我々が負けた以上、この侵攻において伯爵家が掲げていた大義も意味を為さなくなった。政治の世界は分からんが、伯爵家はこの先苦しい立場に追いやられるだろう。下手をすれば取り潰されかねん。そうなれば、我々は汚名を着せられ、路頭に迷うかあの世行きだ。その前に我々は伯爵家とは別にファイアブランド軍と停戦し、その傘下に入る。ファイアブランド家を利用して我々の身の安全と名誉を守らせるのだ」
コープの演説が一区切り付いたところで伝声管から見張り員の声が聞こえてきた。
「一時の方向に船影!──味方輸送船団です!」
どうやらやっと味方輸送船団と合流できたようだ。
双眼鏡を覗き込むと確かに十四隻の輸送船と数機の鎧が見えた。
その近くで先行した小型艦が救助活動を行なっている。
五十五隻もいた輸送船団が四分の一程度にまで減ってしまったのを見て、コープは改めて作戦の失敗を痛感する。
だが感傷に浸っている暇もなく、また見張り員の声が響く。
「敵艦発見!十時の方向!」
見ると、ファイアブランド家の家紋を掲げた艦隊が近づいてくるのが見えた。
先の戦闘の時よりも大型艦の数が増えており、三百メートル級の大型飛行戦艦が後方に控えている。
どうやら輸送船団を襲った別働隊と合流したようだ。
既に鎧部隊が展開しており、こちら目掛けて接近してきている。
「取舵三十!輸送船を守れ!」
「シールド展開急げ!出力最大!左舷方向に集中せよ!」
「鎧部隊は輸送船団及びフリゲート部隊の直掩につけ!」
オフリー艦隊は残る力を振り絞って臨戦態勢を取る。
「敵艦隊より入電。『オフリー艦隊に告ぐ。直ちに降伏せよ』です。返信は如何致しますか?」
通信員が伝えてきた内容にコープは安堵する。
降伏勧告もなしに攻撃してきた場合、応戦せざるを得ず、命が危ういところだった。
ひとまず計画の第一段階はクリアだ。
「降伏だ。全艦機関を停止し、白旗を掲げろ。それと、救助活動の続行を許可するよう要請しろ」
「はっ」
通信員がコープの命令を通信で伝えると、オフリー艦隊の飛行船は次々に速度を落としていった。
輸送船と救助活動を行うフリゲート部隊を庇う位置で止まり、戦闘旗を下ろして白旗を代わりに掲揚し、備砲を全て最大仰角にして戦う意思がないことを示す。
程なくファイアブランド艦隊も速度を落とし、安全距離を取って向かい合った。
中型飛行戦艦の一隻から小型艇が発進し、コープの乗る主力艦へと向かってくる。
◇◇◇
降伏条件の話し合いは二時間ほどで合意に達した。
オフリー艦隊はファイアブランド領に入港し、そこで全艦艇を引き渡すことになった。
俺としてはもう少し抵抗してくれても良かったのだが、三十隻近くの飛行船と二十機弱の鎧を生け捕りにできるので、ありがたいと思うことにした。
旗艦アリージェントが回頭し、「我に続け」と発光信号を送る。
オフリー艦隊がそれに続き、周囲をファイアブランド艦隊が固める。
俺はアヴァリスで艦隊上空を飛んでオフリー艦隊の動きに目を光らせていた。
装薬を使い果たした飛槍はラックにしまい、代わりに第二任務部隊から拝借したライフルを持っている。
妙な真似をしたらその瞬間に炸裂弾を撃ち込んでやるつもりだ。
艦隊指揮官や鎧部隊の指揮官は俺に戻るように言ってきたが、一蹴した。
今オフリー軍に最大の恐怖を与えているのは俺だ。
その俺が見張っていた方が敵も大人しくいてくれるというものだろう。
ま、妙な真似をしてくれてもそれはそれで面白いけどな。
『効果覿面ね。「白い死神に睨まれてる」ってみんなビクビクしているわ』
セルカがテレパシーでオフリー艦隊の様子を教えてくる。
「白い死神、か。悪くない渾名だな」
『──そうね』
なぜかセルカは不満げだったが、俺は「白い死神」という渾名あるいは二つ名が気に入った。
字面からして相当恐れられているのが分かる。
また一つ、悪徳領主らしい体験ができた。
オフリー艦隊の艦艇引き渡しと武装解除は粛々と進んだ。
港島で乗組員と上陸部隊の生き残りを退船させ、武器を取り上げて本土外縁部の地上軍陣地へ移送し、収容所代わりに張られたテントに収監する。
懸念していた衝突も起きず、捕虜になったオフリー軍の兵士たちは大人しく武装解除を受け入れた。
これでひとまず
だが、
まだ次なる戦い──戦後処理が待っている。
オフリー家は再び交渉を持ちかけてくるだろうが、それに応じるつもりはない。
神殿に【聖なる首飾り】を届け、その見返りとしてファイアブランド家への協力を取り付ける。そして王宮に今回の侵攻を提訴し、空賊と組んでいた証拠を国王陛下のもとへ届け、憎きオフリー家を取り潰しに追い込む。
他の奴にその任務と大事な証拠を任せることはできかねるため、神殿と王宮には俺が直接出向くことにしている。
俺は休息もそこそこに王都へ出立する準備のため、馬を拝借して屋敷に戻った。
◇◇◇
降伏してきたオフリー軍の武装解除が始まった頃。
ファイアブランド軍基地へ帰還したダリルはオーブリー隊長に呼び出されていた。
「俺は生き延びるように言ったはずだが?」
開口一番、オーブリー隊長は低い声でダリルを睨む。
「申し訳ありません。血気に逸る部下たちを抑え切れず、撤退が間に合いませんでした。自分の責任です。その責任を取るには自分が敵を足止めし、部下たちを逃がすほかないと考えました」
ダリルの弁明にオーブリー隊長はフン、と鼻を鳴らして溜息を吐いた。
「何とも耳触りのいい話だな。だが──俺が思うにお前はむしろ失敗の責任から逃げようとしていたのではないか?」
「ッ!そんなことは──」
「ない、とそう言い切れるのか?」
オーブリー隊長は目を細めてダリルを遮った。
「俺はあの時言ったはずだぞ?今戦って死ぬのではなく、これからのファイアブランド領のために生きることこそお前の使命だと。その使命に忠実であれば、自分一人で殿を務めることなどしないはず。お前には部下を御し切れず、撤退を間に合わせられなかったという不名誉を抱えてでも使命を果たす覚悟がなかったのだ。だから部下たちを救うという体で使命を投げ出し、押し付けようとした。浅ましくも自分の失敗を英雄的行為で覆い隠し、無能の誹りを免れようとした。違うか?」
ダリルは言い返すことができなかった。
確かにあの時思ったのだ。ここで部下たちの盾となる方が胸を張ってあの世に行ける、と。
使命を果たすことよりも英雄として死ぬことを望んだことに他ならない。
「自分は──俺は──」
打ちひしがれて言葉にならない言葉を口にするダリルに更なる雷が落ちた。
「馬鹿者!」
身が竦む。
昔からそうだ。
父親に、教官に、上司に──小さい頃から何度も何度も怒鳴られて、拳骨を貰ってきた。
なのに、二十歳を越えた今も慣れない。
だが、オーブリー隊長が怒鳴り声の次に繰り出したのは拳骨ではなかった。
「落ち込むのはなお悪い。ただ懲りれば良いのだ」
ハッとするダリルを見てオーブリー隊長は幾ばくか表情を緩めた。
「言っただろう。お前はまだ若い。それだけじゃない。若くして精鋭部隊に配属されるだけの才能もある。お前の命は決して並やそれ以下の兵士数十人などと等価ではない。お前が救おうとした兵士たちではどんなに鍛え上げても、お前の役割を代わりに果たすことはできん。そもそも、鍛えられる奴もいなくなってしまえば鍛えようもない。お前は──死んだら代わりがいないんだ。そのことを忘れるな」
オーブリー隊長の説教を聞いて、ダリルははたと思い出した。
エステルがロストアイテムの大剣を失ったと聞いてもまるで動揺を見せなかったことだ。
「何だ?何か言いたいことでもあるのか?」
オーブリー隊長が怪訝な顔で問うてくる。
「いえ──今のお話を聞いて思い出したことがありまして──」
「言ってみろ」
促されて、ダリルはオーブリー隊長にあの時のエステルとのやりとりを説明する。
「──エステル様が自分を助けてくださった時、あの大剣はどうしたのかとお尋ねになって──海に落としてしまったことを伝えてお詫び申し上げたのですが、何のお咎めもなく──それどころかまるで気にもされていないように振る舞われて──」
ダリルの話を聞いてオーブリー隊長は一瞬目を見開き、そして目を閉じて深く頷いた。
「──やはり、あの方は分かっておられたようだな。エステル様にとっては、あの剣よりもお前が生きて戻ることの方がずっと大事なことだったということだ」
そしてオーブリー隊長はまた長々とお説教を始める。
「いくら強力で貴重でも所詮は武器だ。壊れたって直せるし、なくしても代わりのものは買うか作るかすればすぐに手に入る。だがな、それを扱う人間はそうはいかない。地上軍の一兵卒でさえまともに使えるようにするだけでも一年はかかるし、まして鎧で戦えるパイロットなんぞ最低でも三年はかかる。それに訓練だってタダじゃない。そんな風に手間と費用をかけて育てて、しかも才能にも恵まれた貴重な人材が死ぬことに比べれば、強力な武器を失うことなんて些細なことだ。エステル様はそこを分かっておられる。あの方は人材こそが何物にも代え難い宝だとお考えなのだ」
オーブリー隊長の話には多分に主観が入っているような気もしたが、言われてみれば納得できる気もする。
空賊との戦いの時も危機に陥った自分を助けてくれたし、オフリー艦隊との戦いが終わってすぐに撤退が間に合わなかった第二任務部隊に加勢しに来て、敵機に囲まれて絶体絶命だったところを助けてくれた。
どちらも他の目的のついでのようだったし、本人もそう言っていたが──本当は自分たち部下を必死で助けようとしていたのだろうか。
ダリルはエステルが自分が思っていたよりも遥かに凄い人物なのではないかと思い始めていた。
「分かったらもういい。休め。生きてまた戦えるようにな」
オーブリー隊長はそう言って席を立った。
去り際、少しダリルの方を振り返る。
「覚えておけ。自分を犠牲にして未来ある若手を生き残らせるのは先の短い老兵の特権だ。お前があと二、三十年ほど年を食っていたなら、こんなことは言わん。今回のような行動はそれくらいの歳になるまでとっておけ」
その言葉はやけに重く響いた。
◇◇◇
「何だと?」
屋敷に戻った俺はサイラスから聞いた話に驚愕した。
俺がオフリー軍と戦っている間に屋敷がオフリー家の手先と思しき隠密集団に襲われ、ティナとお袋と弟が攫われたらしい。
番兵部隊が多くの犠牲者を出しつつも攫われた三人を奪還し、隠密集団も全滅させたそうだが、三人は未だに意識不明とのことだった。
急いで三人が収容された部屋に向かうと、医者が魔法でティナを治療しているところだった。
お袋と弟の方は既に治療が成功して目を覚ましており、親父と泣きながら抱き合っていた。
無事を喜び合う家族を見ていると寄る辺なさを感じ、そっと部屋を離れようとしたが、直前でお袋と目が合ってしまった。
「エステル!」
お袋が叫んで起き上がり、駆け寄ってくる。
逃げ損なった俺はお袋に捕まって思い切り抱きしめられてしまった。
「よかった。本当によかった。無事に帰ってきてくれて──」
お袋は泣いていた。
「お姉ちゃん!」
少し遅れて弟も駆け寄ってきて俺に抱きついた。
弟の目からも涙が新たに溢れている。
『なんだ、やっぱり貴女愛されてるじゃない』
セルカがテレパシーで言ってくる。
その声色はどこか安心しているようにも思えた。
──確かに親父はともかくお袋と弟は俺を無視したりはしていなかったように思う。
特にお袋──振る舞いやお行儀について説教されることは度々あって、それはとても煩わしいことではあったが、俺の将来を案じての親心だったのだろうし、勉強を見てくれたり褒められたりしたこともあった。
そして今、凱旋した俺の無事を泣きながら喜んでいる。
──親父を苦しめた酷い前妻の娘だと知っていてなお、そういうことができたということは、親父に比べれば余程俺に対する愛情はあったのだろう。
俺が望んでいた接し方ではなかったというだけで、人間的に見れば良くできた母だったようだ。
──親父が俺に頭を下げてまで守りたがるのも納得だな。
「──ただいま」
小声でそう言うと、お袋と弟はより一層強く俺を抱きしめる。
「おかえり。おかえりなさい!エステル!」
「おかえり!お姉ちゃん」
抱擁はしばらく続いた。
「エステル」
ふと親父に声をかけられた。
声のした方に顔を向けると、親父はばつの悪そうな顔で感謝を伝えてきた。
「──よくやってくれた。お前のおかげでファイアブランド領は救われた。本当に──ありがとう」
どうにも白々しい感じがするが、この前のような取り繕った小芝居ではなく、本心であろうと察せられた。
「別に──やるべきことをやっただけだ。それにまだ終わりじゃない」
お袋から離れると、俺は親父の方へ向き直る。
「王都に行く。そこでオフリー家と完全に決着を着ける。一緒に来てもらうぞ。国王陛下への面会が必要になるからな」
遺憾ながら俺だけでは国王陛下への直接の面会は叶わない。
国王陛下への面会権があるのは宮廷階位六位下からなのだが、俺には宮廷階位がない。
一応親父からファイアブランド家の全権を委譲された身ではあるが、それはあくまでファイアブランド家の中でのことであって、王宮が認めたわけではなく、外からすればファイアブランド家の当主はまだ親父のままだ。
だから宮廷階位五位下を持つ親父に王都に一緒に来てもらう必要がある。
「──分かった。俺にできることなら何でも力になる」
俺の要求に親父は真剣な表情で頷いた。
「失礼、お嬢様。使用人が目を覚ましました」
医者が治療の完了を告げてきたので親父との話は切り上げてティナのベッドに行く。
ティナはうっすらと目を開けていた。
「ティナ!」
「──お嬢──様?」
まだ眠気が抜けきっていない顔で俺を見るティナだったが、突然目を見開き、焦りの表情に変わる。
「ランス様は!?早く助けを──」
「落ち着けティナ!大丈夫だ!」
肩を掴んで言い聞かせると、ティナは若干落ち着きを取り戻し、周囲を見渡す。
そして自分が屋敷の中にいることを理解したらしく、ほっと息を吐いた。
「──終わったのですね」
「ああ、喜べ。大勝利だ。それより身体は大丈夫か?」
「ええ、少し頭痛はしますけど、大丈夫です。あの、それでランス様はどちらに?」
ティナは少し不安げにアーヴリルの所在を訊いてきた。
「アーヴリルか?あいつは客室にいたと思うが──」
「いいえ、私たちと一緒でした。脱出した先の小屋で襲われた時、番兵の方と一緒に敵を食い止めるために残られて──」
「ッ!あいつ、そんなことを──」
俺は急いで部屋を出た。
アーヴリルが番兵たちと一緒に戦っていたなんて聞いていない。
何か知っている番兵がいないかと探していると、統括の騎士であるティレットの姿を見つけた。
俺はティレットを呼び止め、アーヴリルの所在を問いかける。
「おいティレット、アーヴリルはどうしたか知らないか?番兵と一緒に侵入者と戦っていたと聞いたぞ」
「ご安心くださいエステル様。ランス様ならご無事ですよ。基地の方に負傷兵の手当てを手伝いに行かれました」
「そうか──よかった」
アーヴリルが無事だと聞いて俺は安堵の息を吐いた。
せっかく引き抜き工作をやったのに、返事も聞けないまま死なれてはたまらない。
だが、ティレットは俺の安堵に反して難しい表情になる。
「ただ──」
「何だ?」
「──不意打ちを喰らったランス様を庇ってピットがやられまして、それで精神的にかなり──参っておられた様子でした」
どうやら戦闘中にアーヴリルの身代わりになって番兵が死んだようだ。
彼女の性格を考えると、それでかなりショックを受けただろうことは容易に想像できた。
負傷兵の手当てを手伝いに行ったのもそれを紛らわせるためなのかもしれない。
どうフォローしたものかと考えていると、今度はティレットが質問してきた。
「そうだ。エステル様、一つお聞きしたいのですが──」
「今度は何だ?」
「ランス様ですが、屋敷で謎の発光物を見かけたそうです。それを追って行ったところ、侵入者たちと鉢合わせしていた専属使用人の所へ辿り着き、間一髪で彼女を助けられたとのこと。エステル様──【精霊術】をお使いになられていましたか?」
ティレットの問いかけに俺は一つ、心当たりがあった。
案内人の加護の光──と勝手に呼んでいるが、ピンチに陥ると発動するらしい案内人のサポートだ。
冒険の時には二度その世話になった。
──なんだ。今回は頼らずに済んだかと思っていたが、結局また世話になってしまっていたのか。
案内人──俺のことだけじゃなく、ティナのことも守ってくれていたんだな。
本当にあいつには世話になりっ放しだ。
「ああ、使っていたよ」
俺はティレットにそう答えた。
俺の仕業ではないのだが、さすがに案内人の加護だとは言えない。
案内人には申し訳ないが、ここは俺が魔法を使ってティナを守っていた、ということにさせてもらおう。
「──そうでしたか。失礼、お時間を取らせてしまいました」
ティレットは一礼して歩き去った。
俺は今度こそ王都への出立準備に取り掛かろうとするが、その前に窓際に足を止めた。
窓から見える夕焼けに染まり始めた空へ向かって、俺は感謝の念を送る。
世話になりっ放しで何もお返しはできないが、せめて感謝の気持ちだけはいかなる時も忘れないようにしよう。
どこかで俺を見守ってくれているであろう案内人に届くことを願って、俺は呟く。
「本当にありがとう。案内人」
案内人「ぐわあああああああああああああああああ!!また感謝がああああああああ!!」