俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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燃えさし

 彼はその日も夜の王都に繰り出していた。

 

 夜でも煌々と明かりが灯り、人々が道を行き交うこの町は、彼にとって息が詰まる王宮での時間を忘れられる隠れ家であり、遊び場だった。

 

 行くあてなどはない。いつだってただ気の赴くままに歩き、素敵な出会いや面白い出来事が有れば迷わずそこに飛び込む。それが彼の遊び方だった。

 いつも決まった所に行くのではつまらなくてすぐに飽きてしまう。彼が求めるのは心躍る時間であり、それには知らない場所を知る、偶然の出会いをものにする、といった新鮮さが不可欠なのだ。

 

 その日はお気に入りの変身セットに身を包み、酔っ払いに絡まれて困っている女性でもいたら華麗に助けてやろうと思っていたが、ハズレだった。

 こういう日に限って何も起きず、つまらない思いをしたばかりか、パトロールに出ていた衛兵に怪しまれて必死で逃げ回る羽目になった。

 

 そして衛兵を撒くのに体力を消耗し、建物の屋上に腰を下ろして休憩していると──視界の隅を小さな光が横切った。

 

「おや?何だ?」

 

 光が消えた方に目をやると、フワフワと浮かぶ淡い光が視界に入った。

 

「お?なんだあれは?待てぇ!」

 

 子供が珍しい蝶でも見つけたかのように、彼は走り出す。

 

 光は追われているのに気付いたのか、彼から逃げるように距離を取る。

 だが、彼はせっかく見つけた見たことのない面白そうなものを逃すまいとスピードを上げた。

 

 そして、あと少しというところで光を見失い、悔しがっていたところに銃声が聞こえた。

 彼は迷わず銃声が聞こえてきた方向に足を運び──彼女を見つけた。

 

 

◇◇◇

 

 

 飛び降りてきた仮面の騎士の足が襲撃者の一人を直撃し、その身体を地面に叩きつけた。

 

 クッション代わりの襲撃者の身体と、関節を巧みに使い、更に地面を転がって回転受け身で衝撃を和らげた仮面の騎士は、飛び降り直後とは思えない動きで二人目に飛びかかり、拳銃を叩き落として顎に肘打ちをお見舞いした。

 

 他の襲撃者たちが仮面の騎士に拳銃を向けて発砲するが、仮面の騎士は気絶させた二人目を盾にして銃弾を防ぎながら突撃する。

 襲撃者たちの使う隠し持つことに特化した小型の拳銃では大の大人の身体を貫けず、仮面の騎士は難なく三人目を斬り伏せた。

 

 残りの襲撃者たちは弾丸を撃ち尽くしたらしく、短剣を手にして仮面の騎士に突進する。

 当たりさえすれば毒なり何なり送り込めるとでも思っているのか、斬られることを意に介さない捨て身の攻撃だった。

 

 仮面の騎士は素早く盾にしていた襲撃者の遺体を一番近い一人に向かって投げつけ、体勢を崩させると、壁際に移動して背後を守る。

 襲撃者たちは仮面の騎士を追って行ったが、遺体を投げつけられた襲撃者は体勢を立て直すなり、俺の方に駆け寄ってきた。

 

 すかさず俺は立ち上がり、取り落とした拳銃を拾いに向かう。

 そうはさせじと襲撃者が手に持った短剣を投げつけてきたのが気配で分かる。

 その飛んでくるスピードが速すぎて、避ける余裕などなかった。

 鏡花水月あるいは肉体強化が使えれば、簡単に逸らすなり躱すなりできただろうが──

 

『ぐぅッ!』

 

 拳銃を拾う寸前、右の太腿への鈍い衝撃と共にセルカの声が聞こえた。

 どうやら脚に刺さるはずだった短剣をセルカが代わりに受け止めてくれたらしい。

 

『やっぱり毒が塗ってあるわね。それも即効性の麻痺毒──』

(助かった。ありがとな)

 

 俺の盾になってくれたセルカの行動を無駄にはできない。

 

 拳銃を拾い上げ、左手の腹で素早く撃鉄を起こし、振り向きざまにこちらに飛びかかろうとしていた襲撃者の顔面目掛けて撃った。

 

 ロクに狙いを定められないまま撃ったが、弾は過たず相手の眉間に風穴を空けた。

 脳を撃ち抜かれて即死した襲撃者が俺の身体の上に倒れ込む。

 

 力が抜けて重くなった襲撃者の身体をどかして脱出し、仮面の騎士に加勢しようと周りを見渡すと──

 

「お怪我はないかな、お嬢さん?」

 

 仮面の騎士が手を差し伸べてきた。

 どうやら残りの襲撃者は片付けたようだ。

 変な仮面とスーツに付いた返り血のせいで、さながらホラー映画の殺人鬼のように見えるが、こいつは確かに俺を助けてくれた。

 

 妙にタイミングが良かったが、また案内人の加護だろうか?

 その可能性は高いが、念のため確かめておいた方が良さそうだな。

 

 ひとまず差し伸べられた手を借りて立ち上がり、礼を言う。

 

「ええ。大丈夫です。おかげで助かりました」

「いや、礼には及ばないよ。さあ、早くこの場を離れよう。もうじき銃声を聞きつけた憲兵や野次馬が集まってくる。彼らに見つかると厄介だ」

 

 そう言って、俺の手を引いて歩き出そうとする仮面の騎士を踏ん張って止める。

 

「待ってください!まだ父が馬車の中で倒れているはずです。助けに戻らないと」

 

 親父がいないと国王陛下への面会ができないので、絶対に置いて行くわけにはいかない。

 それに、まだ仮面の騎士を完全に信頼したわけじゃない。いざという時のために自分で動ける体勢は維持したい。

 

「では急ごう。どちらかな?」

「ついてきてください」

 

 俺が来た道を走り出すと、仮面の騎士は頷いて後をついて来た。

 

 

◇◇◇

 

 

「なぜだ!どうしてこうも毎回毎回邪魔が入る!」

 

 案内人は地団駄踏んで悔しがる。

 

 貧民街で集めた負の感情で戻った力を振り絞って、反則的な機能を持つ魔装具を見つけ出してオフリー側に提供し、エステルの位置もとある人物を通じてオフリー側に情報漏洩させた。

 好みのやり方ではないながらも、エステルを倒して負の感情を頂くために彼女の敵に三度目の助力をした。

 

 そしてエステルを、生身で魔法も使えない上に多勢に無勢という絶対に切り抜けようのない窮地に追い込めた──はずだったのに【仮面の騎士】なる人物の乱入で失敗してしまった。

 

 悔しさと怒りで思わず喚き散らしそうになった案内人だが、直前で自分に迫る危機に気付く。

 

 エステルが仮面の騎士を自分の加護ではないかと考えていた。

 

「ま、まずい!また感謝が来る!」

 

 案内人は大慌てでその場から逃げ出した。

 今にも感謝をぶつけてきそうな時限爆弾と化したエステルから少しでも遠く離れるために。

 間近で食らえば今度こそ消滅させられるかもしれない──そう直感したのだった。

 

 ちなみにこの時、仮面の騎士の格好がエステルに一抹の疑念を抱かせていた。

 その疑念に付け込めば、あるいは案内人の目論みは違った形で成功したかもしれなかったが──何度も感謝をぶつけられ、その度苦痛にもがき苦しんだ案内人は著しく弱り、そして恐怖を植え付けられてしまっていた。

 だから──危機の中に潜む活路を見逃し、機を逸してしまう。

 

 案内人が消え去った方角を犬の形をした淡い光がしばらく睨みつけていたが、やがて忌々しげに頭を振って姿を消した。

 

 

◇◇◇

 

 

「嘘だろ──」

 

 馬車のあった場所に戻った俺は思わず呟いた。

 

 ひっくり返った馬車の中に倒れていたはずの親父と護衛二人の姿はなかった。

 そればかりか、最初に襲ってきた襲撃者二人の遺体もない。倒した時に周囲に付いたはずの血痕さえもない。

 そこに人がいた痕跡が跡形もなく消え去っていた。

 

 仮面の騎士が周りを少し見渡して問うてくる。

 

「この馬車の中に父君が倒れていたはずなのだね?」

「そうです。確かに私たちが乗ってきた馬車のはずなのに──」

 

 目を覚まして逃げた可能性もなくはないが──だとすれば襲撃者の遺体まで綺麗さっぱり消えているのは不自然だ。

 となると考えられるのは──

 

『奴らの仲間の仕業ね。三人とも攫っていったみたい。──こんな忌々しいものさえなければ』

 

 予想していたのと同じ答えがテレパシーで聞こえてきた。

 聖なる首飾りには効かなかったサイコメトリーで過去を見たようだ。

 

 仮面の騎士からは見えない馬車の陰で、悔しそうに目を細めるセルカ。

 その球形の身体から触手が何本も伸びて何かを握りしめている。

 

 何を持っているのか訊こうとしたが、仮面の騎士が肩を叩いて告げてきた。

 

「お嬢さん。長居はできない。ひとまず安全な所まで逃げないと。私がお連れしよう」

 

 そしてセルカもテレパシーで仮面の騎士に賛同する意を伝えてくる。

 

『彼の言う通り。この分だと屋敷に戻るのは危険よ。間違いなく途中で待ち伏せがあるでしょうし、屋敷内部に内通者がいる可能性が高いわ。仮面の騎士に匿ってもらうほかないと思う』

 

 襲撃のタイミングからして敵は屋敷の位置や俺たちの目的地、馬車に施した偽装のことを知っていた。そして親父の身柄が敵の手に渡った以上、俺が書類を持っていることも聞き出されてしまっていると考えるべき。そして街中で魔法や銃をぶっ放す相手のことだから、こちらを見つければまた襲撃を掛けてくる可能性が高い──つまり、屋敷には戻れず、仮面の騎士に従って彼の言う「安全な所」に身を隠すしかない。

 

 それは頭では理解できる。

 理解はできるが──その前にひとつ確かめることがある。

 

「その前にお訊きしたいことがあります。仮面の騎士様、私を助けにきてくださる前に何か変わったものを見ませんでしたか?」

 

 仮面の騎士はなぜそんなことを訊くのかという風に一瞬首を傾げたが、すぐに答えてくれた。

 

「ああ、そういえば淡く光るものが浮かんでいたのを見たな。それを追っていたら貴女を見つけたのだが──それが何か?」

「──いえ、大したことではありません。ですが、これで決心はつきました。仮面の騎士様、ご苦労をお掛けしますが、ご一緒させて頂けますか?」

 

 頭を下げると、仮面の騎士は「お任せを」と言って、俺の手を引いて走り出した。

 そのまま通りを離れ、人目につかない裏路地に入っていく。

 

 格好こそ変だし、迷路のような入り組んだ裏路地を自分の庭のように走り抜ける土地勘もあって、何者なのかという疑問は増していくが、こいつを差し向けてきたのは間違いなく案内人だ。

 案内人の加護の光が連れてきたのなら、俺にとって危険な人物ではないはず──ならば助けを借りても問題ないだろう。

 

 ひとまず仮面の騎士を信頼することにした俺は先ほどの疑問をセルカにぶつける。

 

(そういえば、さっき言っていた忌々しいものって何だ?)

『魔装具よ。大体半径十メートルくらいの範囲内の魔法の発動を阻害するの。魔法障壁や封印魔法とは原理からして別物──こんな技術見たことも聞いたこともないわ。取り上げておいたから後で渡すわね』

(オフリーの奴らそんなものまで持っていたのか。でかした)

 

 未知の脅威の正体を特定し、奪取までしてくれたセルカに改めて感謝の念を送る。

 この世界にはまだまだ俺の知らない摩訶不思議なものが沢山あるのだろう。これからはもっとそういうものに対する警戒と備えをしておかないとな。

 そして、またしても危機を救ってくれた案内人には今度会った時何かお礼をしよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 王都郊外。

 

 まるで要塞のように厳重な防御が施された屋敷に馬が一頭入ってくる。

 乗っていた男が馬から降り、用心棒たちに合言葉を伝えると、玄関の扉が開かれ、男は中に駆け込んでいく。

 

 廊下を進み、階段を上り、一際大きな部屋の前に来ると、そこに置かれた机に座っていた隻眼の男に耳打ちする。

 すると隻眼の男は「下がっていい」と言って、耳打ちしてきた男を追い払い、部屋の扉をノックする。

 

 扉が開くと、そこにいたのはファミリーの幹部たちと長であるライルだった。

 

「何か?」

 

 ライルに問われて隻眼の男は口を開く。

 

「ボス、報告です。オフリーの手駒はしくじりました」

「──詳しく話せ」

「はい。確かにファイアブランドの馬車は網にかかり、オフリーの手駒が待ち伏せて捕らえました。ですが、目標を無力化できずに逃走を許し、その後目標及び乱入した謎の人物との交戦により彼らは全滅。目標以外は、ファイアブランド家当主を含め全員我らの目が確保し、現在キープ十二に。書類は持っていません」

「──逃したか。しかも貴族家の当主を捕らえた──困ったな。我々はただの人探しだというのに」

 

 ライルはやれやれという風にかぶりを振ったが、その顔にさほど不機嫌の色はない。

 

 証拠書類の奪取には失敗したが、王への面会権を持つ当主を捕らえたのはそれなりの戦果である。

 オフリー家が恐れていたのはファイアブランド家が面会権を行使して王に直訴することだったが、その可能性を潰すことができた。

 そして逃げ遂せた目標も行動に著しい制限がかかるだろう。

 確実に相手を追い詰めることができている。

 

「捕らえた者たちはウェザビー卿のもとへ送れ。そして引き続き、目標を捜索しろ。相手が相手だ、見つけても下手に手出ししたり、見失ったりしないよう念押ししておけ」

「承知致しました。ボス」

 

 隻眼の男は恭しく一礼し、部下たちに指示を出すべく部屋を出て行った。

 

 彼が出て行った扉を見つめて、ライルは葉巻を蒸しながら呟いた。

 

 

「見落とした燃えさしが時に山火事を起こす、か」

 

 

 先代のファミリーの長であった父が言っていた言葉。

 逆らった者、裏切った者、命を狙ってくる者、邪魔になる者──それらに一切情けは無用、一人でも見逃せば恨みを募らせ、牙を研ぎ、そしていつか復讐にやってくる。

 その牙に斃れたくなければ、全てを疑え。そして疑わしきは殺せ。

 

 ライルはその言葉の意味をそう捉え、ウェザビーの支援を取り付けて自分のビジネスとファミリー内での権力を拡大し、兄弟たちを蹴落としてファミリーの長となった。

 なればこそ、ファミリーとオフリー家を脅かす危険物を持つと目される者は、どこに逃げ隠れしようが必ず探し出し、オフリー家に捕らえさせる心づもりである。その者がまだ十二歳の可愛らしい少女であっても。

 

 ライルはファイアブランド家の関係者を探していた時、接触してきた人物から彼らに関する詳細な情報を得ていた。

 拠点として使っている屋敷の位置や使っている部屋、当主テレンスとその娘エステル、古参の家臣トレバー、その他護衛六人の計九人で王都に来ていること、当主と娘が今朝神殿に向かったこと。そして書類は屋敷の金庫にはなく、誰かが常に持ち歩いている可能性が高いこと。

 

 その情報からライルは書類を持っているのはエステルだと当たりをつけていた。

 

 ウェザビーからファイアブランド家との戦争の経緯を聞いた時、当初テレンスは取引に意欲的であり、縁談も快諾したにも関わらず、急に連絡を絶ち、その後フィーランが使者として派遣された際にも応対に出てこなかった。そしてフィーランに対して応対してきたのは、縁談の相手だったエステル──というのが引っかかったのだ。

 

 ウェザビーはなぜそうなったのかは分からず、まだ調べている途中だと言っていたが、ライルは直感で一つの可能性を考えた。

 連絡のつかなかった一ヶ月の間にオフリー家との取引に賛成する者と反対する者の間で争いがあり、反対派を味方につけたエステルがファイアブランド家を掌握したのではないか──無論、ただの勘に過ぎないし、そんな争いがあれば間者を通じてウェザビーが知っていてもいいはずだ。

 それでも、ライルはエステルが今のファイアブランド家のトップであり、空賊を討伐した時から今に至るまでオフリー家との戦いを指導しているように思えてならなかった。

 

 だとすれば証拠書類は彼女の生命線だ。彼女の立場と行動の正当性を担保し、ファイアブランド家の勝利につながる唯一の切り札。

 それを他の者に持たせるとは考えにくい。十中八九彼女自身が肌身離さず持っているはずだ。

 

 そして今、その勘は確信に変わっている。

 だからライルはエステルを捕らえるまで決して手を緩めない。

 十二歳で家を掌握し、他家との戦争を決断し、倍以上の軍勢に勝利し、生身で完全な不意打ちを食らってもなお捕まらずに逃げ遂せる傑物を野放しにはしておけない。

 燃えさしが山火事になる可能性が僅かでもあるのなら、踏み消しておかなければならないのだ。

 

 

 

 中心市街地の高級ホテル。

 

「ウェザビー様。ファミリーの者より報告です。ファイアブランド家当主と他二名を確保。されど娘は逃走、部隊は全滅、と」

 

 部下の報告にウェザビーは表情が険しくなった。

 

 ファイアブランド家の関係者を捕まえるのは書類が王宮に届けられるのを阻止するという目的を達成するための手段に過ぎず、そして失敗すればオフリー家は更に不利になる諸刃の剣でもある。

 なればこそ、その手段を実行する時は誰一人として逃すわけにはいかなかった。

 おまけに派閥の首領に魔法を封じるロストアイテムまで用意してもらったのに──それを持たせて送り出した手駒は全滅し、娘を取り逃した挙句、結局ファミリーが残りを捕らえたという結果にウェザビーは焦りと苛立ちを募らせる。

 

「屋敷には戻っていないのか?」

「いいえ。そのような様子はありません。ファミリーは引き続き娘の捜索を行うとのことです」

「──そうか。捕らえた三人はどこに?」

「現在彼らの拠点からこちらに移送中とのことです」

「よかろう。彼らには私から()()をするとしよう」

 

 当主を捕らえられたのなら、彼の口から取引を反故にした経緯や、上手くいけば証拠書類の在処を聞き出せる。王手はかけられずとも勝利には近づいていると思うことにした。

 それにファミリーの情報網が伊達ではないことは証明されている。取り逃した娘もそう長くは逃げ続けられないだろう。

 

 だが──胸に渦巻く不吉な予感は消えなかった。

 

 ウェザビーの胸中を映し込んだかのように、外の空から雷鳴が響いてくる。

 

 

◇◇◇

 

 

「ここは──?」

「見ての通り、地下道だよ。秘密のね」

 

 仮面の騎士に手を引かれて入っていった建物から地下室に入り、そこから隠し扉を通って地下通路を歩いている。

 なるほど、確かに誰にも見つからずに逃げるにはもってこいだ。

 

「──どこに通じているのですか?」

「心配ご無用。この王都で最も安全な場所だ。それに快適だよ」

 

 仮面の騎士は具体的な場所を答えてくれなかったが、おそらく仮面の騎士の拠点だろう。

 子供じみた正義のヒーローを気取っていても実力は本物──ならば前世の戦隊ヒーローよろしくどこかに秘密の拠点を設けて普段そこで生活しているのかもしれない。

 

「お嬢さん、私からも質問がある。貴女はなぜ一人で奴らに追われていたのかな?」

 

 返す刀で質問を投げかけてくる仮面の騎士。

 そりゃ暗殺者みたいな連中に追われる少女なんて、何かあると思うに決まっているよな。

 

 一瞬話していいものか迷ったが、素直に話すことにした。

 さっき仮面の騎士を信頼することにしたばかりだ。

 

「実は敵対している貴族家に狙われているんです。私の家はその家と戦争中でして。私はその戦争を終わらせるために、ある品を王宮に届けなければならないのですが、彼らはそれを阻止しようとしています。さっきの襲撃で一緒にいた父と護衛がやられ、それで一人で逃げていたのです」

「──なるほど。それは大変だったね。しかし、お嬢さんのような小さな子を巻き込むとは、一体どうなっているのやら。貴族としての矜持は──」

 

 仮面の騎士は空いている方の手を仮面の額に当てて嘆く。

 その憤りの矛先はファイアブランド家にも向いているようだった。

 本来両家の軍人同士でやる争いに子供を巻き込むのが許せないのは正義の味方らしいと思うが、こいつは勘違いしている。

 そもそもファイアブランド家を戦争に踏み切らせたのは俺だ。

 俺がこの戦争の首謀者であって、巻き込まれた哀れな被害者などではない。

 その勘違いが鼻について、俺は反論する。

 

「いえ、関わったのは私の意志です。巻き込まれたわけではありません。そもそも戦争になったのも──私が原因です」

「──それは、どういう意味かな?」

 

 仮面の騎士は怪訝な声で問うてくる。

 

「言った通りの意味です。相手の家との戦争を決めたのは私です。父は戦争には反対でした。でも私が家臣たちを焚きつけ、軍の指揮権を父から強引に借用して、戦争に踏み切りました。そうしないと、私は相手の家に身を売られ、我が家は援助という名の経済的支配を受け、食い物にされてしまうからです。ですから全ては私が自分で責任を持ってやったことなのです」

 

 俺の反論に、仮面の騎士は黙った。

 そして立ち止まって振り返り、頭を下げる。

 

「とんだ失礼を言ってしまったね。許して欲しい。お嬢さん、貴女は身体は幼くとも、心は立派な貴族なのだね。その心意気、感服したよ。今日貴女を助けたことは、私にとって生涯の誇りとなるだろう。さ、目的地まではもうあと少しだよ」

 

 仮面の騎士は再び俺の手を引いて歩き出す。

 

 そして俺たちは小さな梯子のある場所へと辿り着いた。

 仮面の騎士が先に上り、天井のマンホールのような蓋を持ち上げて外す。

 

 開いた出口から雫が落ちてきて顔に当たった。

 外からザーッという音が聞こえてくる。地下道を進んでいる間に雨になっていたらしい。

 

 仮面の騎士の手を借りて地下道から出て、雨の中を走る。

 周りを見渡してみると、ここはどうやらどこかの庭のようだった。

 綺麗に手入れされた花壇と植木と噴水があって、とんでもなく大きな建物が周りを囲んでいて──おいちょっと待て。建物に見覚えがあるぞ。

 

 建物の庇に入って一息ついた俺は仮面の騎士に向かって問いかける。

 

「騎士様。もしや、ここは王宮ではありませんか?」

「ああ、そうだよ」

 

 しれっと答える仮面の騎士。

 だが、俺は驚きで開いた口が塞がらない。

 王宮につながる地下通路を知っている人間はほんの少数──それこそ王族くらいなものだろう。

 そんな場所を俺を匿うために躊躇なく使ったということは──もしかしてこいつ、こんなナリで王族なのか?

 

「貴方は一体──」

「仮面の騎士、だよ。決して貴女が思っているような者ではないから。詮索はなしで頼むよ」

 

 若干威圧感を含んだ声で言われて俺は口を噤む。

 ここで下手なことを言って仮面の騎士の機嫌を損ねるのは愚策だ。

 それに王宮に来られたのは好都合だ。仮面の騎士が言った通り、安全な場所なのは間違いないし、彼の伝手を使えば国王陛下との面会も叶うかもしれない。

 さっきの反応からすると微妙なところだが、頼むだけならタダだ。

 駄目で元々、その時はアリージェントと連絡を取り、戦力を集めて親父を探し出し、奪還する。尤も、それも攫われた親父が生きていればの話だが。

 

 

 

 仮面の騎士が一つの部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。

 中は暗いが、高級そうなベッドとソファー、書き物机と椅子が置かれたそこそこ広い部屋だ。

 

 仮面の騎士がソファーの脇にあったランプを灯して口を開く。

 

「ひとまず今夜はこの部屋で休むといい。客室の一つだからベッドと机、シャワーが使える。食事は私の方で用意させるから心配いらない。あ、それと銃は見つからないよう隠しておいた方がいい。王宮に武器を持ち込んだとあれば子供といえど罪に問われるからね。何か質問や要望などはあるかな?」

 

 国王陛下との面会ができるか訊くなら今だと思った。

 

「──騎士様。助けて頂いた上にこのような上等な部屋まで用意して頂いて、このような要望を出すのは畏れ多いのですが──国王陛下と面会できないでしょうか?」

 

 仮面の騎士は一瞬凍りついたように固まった。

 

「ず、随分と大胆な要望だねぇ。訳を聞かせてもらっても?」

 

 至極真っ当な質問が返ってくる。

 俺は腹を括って詳細な事情を仮面の騎士に話した。

 

「先程王宮に重要な品を届けなければならないと言いましたが、正確には国王陛下にお届けする必要があるのです。敵方の家が我が家に対して行った違法な攻撃と、これまでの不法行為の証拠です。敵方の家の息が掛かった者に握り潰されでもすれば、我が家も私もお終いですので、法院や他の貴族の方にお預けすることはできかねます。本来であれば父が国王陛下への面会権を行使し、そこに私が同行してお届けするはずでしたが、父が行方不明の今、それはできなくなりました。ですが、ことは急を要するのです。騎士様、無理を言っているのは百も承知ですが、貴方のお力でどうにかならないでしょうか?」

 

 頭を下げて頼み込むと、仮面の騎士は困ったように頭を掻いて考え込んだ。

 やはり無理だったかと思ったが、直後に帰ってきた返事は色良いものだった。

 

「分かった。可愛いお嬢さんの頼みとあらば何とかしてみよう。ところでお嬢さん、父君の方はどうするおつもりかな?」

「港にいる我が家の軍艦と連絡を取ります。国王陛下に証拠をお届けした後、応援を寄越してもらい、私と父を売った屋敷の内通者を捕らえます。いればですが──まず間違いなくいます。心当たりもあります。そいつから情報を聞き出して捜索、奪還します。絶対に見捨てはしません」

 

 仮面の騎士はじっと俺の目を見つめていたが、ふっと息を吐いて笑みを浮かべた。

 

「そうか。では僭越ながら、私も協力しよう。私は王都の守護者。必ずや父君を無事連れ戻すとお約束しよう」

 

 何やら面倒臭いことになった気もするが、仮面の騎士が協力してくれるなら戦力という意味では心強い。

 ただ、格好は怪しさ満点なので俺から軍艦に連絡する時に一言書いておこう。

 

「他にはないかな?──よし、では私は失礼するよ。良い知らせを待っていてくれたまえ」

 

 仮面の騎士はマントを翻して部屋を出て行った。

 

 その直後、隠れていたセルカが姿を現す。

 

『さっきサーチしてみたけれど、お父様と護衛二人は生きてるわ。位置も掴んだ。取り敢えずは大丈夫よ』

「そうか。助かる」

 

 俺は書き物机に向かうと、紙とペンを取って手紙を書き始める。

 港に停泊中のアリージェントの乗組員たちに宛てて、現在の俺の状況と今後の方針、それとこちらから指示があるまで勝手に動くなとの旨を認め、セルカに持たせる。

 今のところ確実な通信手段は彼女に飛脚になってもらうことしかない。

 

「セルカ、すぐにこいつをアリージェントに届けてくれ。この際だ、姿を晒しても構わない。それとトレバーが内通者かどうか調べてくれるか?今日俺たちが神殿に行くのを知っていたのはあいつだけだ。もし違うなら他にいるかどうかも」

『分かった。その前にこれ。さっき言った魔装具よ。渡しておくわ』

 

 セルカは手紙を身体の中に呑み込むようにしまうと、入れ違いで卵型のネックレスのようなものを取り出して渡してきた。

 細かな装飾が施されていて、一見すると工芸品に見える。

 

『じゃ、行ってくるわ。できるだけ早く戻るから』

 

 そう言ってセルカは窓を開けて外に飛び出していった。

 その姿は夜の闇と雨に紛れてすぐに見えなくなる。

 

 仮面の騎士に頼んだ国王陛下との面会の件、内通者の特定、親父の救出。どうか全て上手くいくようにと願いながら、俺は窓を閉じた。

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