俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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雨上がり

 王都の裏路地。

 

 降りしきる雨の中、黒服に身を包んだ二人組の男が傘の下で煙草を蒸しながら誰かを待っていた。

 懐中時計を取り出して時刻を確認すると、ため息と共に煙を吐き出す。

 

 そこへ簡素な服装の男たちが三人やってきた。

 黒服の男たちを見ると、三人とも踵を揃えて礼をする。

 

「成果はあったか?」

 

 黒服の男の一人が問いかけると、三人の代表が答える。

 

「いえ、皆目。まだ目撃証言も集まっておりません。この雨の中では追跡は困難──」

 

 言い終わらないうちに代表の首が締め上げられる。

 

「俺たちが聞きたいのは泣き言じゃない。そんなことを言っていられる辺りまだ本気で探していないな?下請けの分際で良い度胸じゃないか──ええ?」

「ゆ、許してください。そんな──つもりじゃ──」

 

 黒服の男が手を離すと、代表は地面に落ちて両手と膝を地につける。

 跳ねた泥水に塗れた代表を冷たく見下ろして黒服の男は告げる。

 

「次はもう少しマシな報告を持ってくることだ。また泣き言を言ってきたら、今度はその無能な口を溶接してやる」

 

 火のついた煙草が代表の目の前に放り捨てられる。

 雨に濡れてすぐに火は消えたが、三人の男たちは震え上がった。

 

「は、はい!必ず!」

 

 三人の男たちがその場を辞すと、黒服の男は新しい煙草を取り出して着火した。

 

「どいつもこいつも根性なしの役立たずが。下請け共の質も落ちたか?」

 

 そう呟いた直後、どこかからねっとりとした妖艶な声が聞こえてきた。

 

『これは必要な犠牲よ。ええ、仕方ない。仕方ないのよ』

「誰だ!」

 

 黒服の男たちは拳銃を抜いて辺りを見渡したが、人っ子一人見当たらない。

 

 直後にグキリという嫌な音が聞こえてきたかと思うと、黒服の男の片方が倒れた。その首はあらぬ方向に捻じ曲がっており、一目で死んでいると分かる。

 

「誰だ!誰がやった!」

 

 残されたもう一人の黒服の男は冷や汗を浮かべて叫ぶが、すぐにその口は塞がれる。

 

『静かにしてね』

 

 その声と一緒に何かが口の中に入ってくるのを感じた。

 

(何だこれは?一体何が──)

 

 息ができない。

 

 力が抜けて身体が動かない。

 

 入ってきた何かが自分を侵食していく。

 

 痛い。身体が悲鳴を上げている。

 

 境界が曖昧になる。──自分が自分でなくなっていく。

 

 そして黒服の男は眠るように息絶えた。

 

 だが、その身体は倒れることなく数分の間立ち続け、そして目を開いた。

 その瞳は夜の暗闇の中でも血のように赤く見えた。

 

「成功ね。これなら本来の姿を晒さずに済む。あの人を害そうとする害獣にも使い道はあるわね」

 

 一通り声を発し、身体を動かし、不具合がないか確かめてから、男は走り出す。目指すのは港である。

 その懐には主君にして恩人であるエステルから持たされた手紙がしまい込まれている。

 

 黒服の男を殺し、その身体を乗っ取ったのはセルカだった。

 彼女の持つ融合合体──それは人間にも有効だった。

 

 

 

 港に停泊していたアリージェントに黒服の男に扮したセルカが現れる。

 

「ん?誰だ?」

 

 歩哨に立っていた二人の乗組員が銃を構えて誰何すると、セルカは両腕を上げ、黒服の男の声を真似て答える。

 

「松明の火が消えてしまいました。火を貸していただけますか?」

「ッ!直ちに」

 

 歩哨の一人がすぐに船内に人を呼びに向かう。

 セルカが発したのは計画が失敗した時、あるいは危機に陥った時のために予め取り決めておいた合言葉だった。 

 

 すぐに甲板長がやってきてセルカを船内に招き入れ、艦長室へと案内する。

 

 艦長室でセルカを迎えた艦長の【レックス】はその手紙の文面に顔を顰めた。

 街中で暗殺者をけしかけてきた卑劣なオフリー家。オフリー家に情報を売った内通者。襲撃からテレンスとエステルを守りきれなかった護衛の者たち。彼らへの怒りでレックスは手紙を持った手を震わせる。

 

「これは──本当なのですか?」

 

 圧の込もったレックスの問いかけにセルカは眉ひとつ動かさずに答える。

 

「はい。その手紙にも書いてあるかと思いますが、エステル様は現在ある方の個人的なご厚意により、王宮にて保護されております。手紙はそこから、エステル様が世話係を仰せつかった私に託してお送りなさったものです。私の命と名誉に懸けて本当です」

「合言葉もエステル様からお聞きになったと?」

「はい。私にのみお教えなさいました。他言はしておりません」

 

 レックスはひとまず納得したらしく、圧を解いた。

 

「うぅむ。懸念していた事態が起こってしまったか──ご協力感謝致します。エステル様に了解したとお伝えください。こちらも準備を急ぎます」

「はい。承りました」

 

 レックスは手紙の余白に走り書きで返事を書き、セルカに渡すとすぐに席を立った。

 そのまま部下たちに指示を出すため艦長室を出ていくと、セルカもアリージェントを降りた。

 

 アリージェントが停泊している桟橋を離れ、歩哨たちの姿が見えなくなったところで、セルカは融合合体を解いた。そして、抜け殻になった黒服の男の遺体を岸壁から突き落とした。

 彼の身体はもう用済みだ。

 

『アリージェントの方はひとまずこれで大丈夫ね。あとは内通者が誰なのか──』

 

 エステルはトレバーが内通者ではないかと疑っていたが、セルカは内通者は別にいると考えていた。

 実際のところエステルたちが神殿に行くと知っていたのは彼だけではない。

 トレバーは屋敷に滞在するにあたってオフィーリアに事情を説明しただろうし、それを聞いていた者もいるだろう。

 

 取り敢えず屋敷の全員の思念を読み取って探そうとセルカは考える。

 

 

◇◇◇

 

 

 王宮に来た翌朝。

 

 いつもよりやや早くに目が覚めた俺はふと鏡を覗き込んだ。

 もうすっかり見慣れて当たり前に自分の顔と認識するようになった美少女の顔──その目元に薄らとクマができていた。

 昨日色々あって疲れていながら、なかなか寝付けなかったせいだろうか。

 子供の身体だからか昨日の疲れは引きずっていないが、寝不足の影響は出るらしい。

 

 だが寝直そうにも一旦目が覚めてしまってはおいそれとは寝付けない。

 今の俺には仮面の騎士の「良い知らせ」とセルカの帰りを待つ以外にできることはないのは分かっているが、それでも考えてしまうのだ。

 

 神殿に聖なる首飾りを届けて協力を取り付けたはいいが、その後の予定は狂いまくり。

 

 面会権を持つ親父がいなければ、神殿の働きかけがあっても国王陛下との面会は不可能。

 だがその親父は敵の手に落ち、生きてはいるがいつ殺されてもおかしくない──というか、実質死んだも同じだ。親父からファイアブランド家の現在の状況と書類の在処を聞き出すまでは生かしておくだろうが、親父が吐けばそれで用済みとして始末されるだろう。

 事故死や行方不明として処理されるか──考えたくはないが、実権を強引に移譲させた俺が犯人に仕立て上げられるか。

 

 だから親父抜きでも国王陛下に面会できる可能性として、王族と思しき仮面の騎士の伝手に賭けてみたが──うまく行く可能性は高くないだろう。

 変な仮面を着けてヒーロー気取りで夜の王都に繰り出しているような奴が大きな影響力を持つ立場にあるとは思えない。むしろ一族の鼻つまみ者にされている可能性すらある。

 案内人の加護の光が連れてきたとはいっても、それは絶体絶命の窮地を脱するのに力を貸してくれたに過ぎず、何もかも上手く運んでくれるデウス・エクス・マキナとは思わない方がいいだろう。

 

 仮面の騎士の伝手で面会が実現できないのであれば、王宮を出てアリージェントと合流し、屋敷の内通者を排除した後、セルカと共に親父が拘束されている場所に襲撃を掛けて奪還するしかない。

 それまで親父が生きていなければ実施できない作戦であり、実施できたとしても奪還する前に親父が殺されてしまえば意味はない。

 

 王宮内の情勢を調べさせていたトレバーに内通の容疑が掛かっている今、オフリー家の敵対派閥を利用するプランも危険だ。

 もしトレバーがクロなら、彼が調べた情報は全て信頼できなくなり、自分で調べるほかなくなる。敵はそんな時間と猶予は与えてくれないだろう。

 

 ──もはやファイアブランド家に勝機は殆どないと考えていい。

 

 並の大人を凌ぐ身体能力と魔法、奥義の鏡花水月──他者を恐れないために身につけた力は確かに()()()()()()()絶大な効果を発揮したが、戦争を乗り切るにはまるで足りないことを思い知らされる。

 

 戦争とは武力と武力のぶつかり合いではなく、「政治」だ。

 いかに相手を悪者に仕立て上げて自分を正当化するか、そしていかにして相手にそうさせないか。

 俺は戦闘力では敵を上回っていたかもしれないが、そういう本質的な部分で遠く及ばなかった。

 結局俺は前世で身に覚えのない罪で破滅した時と同じ──物事の本質に気付かずにもがき続けて深みに嵌る愚者だった。

 今回身をもって得た教訓を活かす機会さえ、もうあるかどうか──

 

 駄目だ。このままではどんどん思考がネガティブになっていく。少し気分転換しないと。

 ニコラ師匠も言っていた。

 

『辛さや不安で力が出ない、何をすればいいか分からない、そんな時はまずお茶でも飲んで落ち着きなさい。少し別のことをするのもいいでしょう。揺れる心を鎮め、澄んだ泉のごとく穏やかにすれば、道は見えてきますよ』

 

 生憎とお茶を淹れる道具はなかったので、鍛錬することにした。

 領地を離れてから毎朝のパルクールができていないし、剣も振れていない。このままでは身体と感覚が鈍ってしまう。

 

 剣はなかったので、筋トレだけで我慢することにした。

 魔法が使えなければ純粋な膂力の差で押し切られてしまう弱点は、時間はかかるだろうが必ず克服したい。

 

 

 

 しばらく腕立て伏せやらスクワットやら腹筋やらやって汗を流していたら、少し気持ちが落ち着いてきた。

 

 シャツが汗でベタつく前に切り上げてシャワーを浴びる。

 身体が温まり、力が抜けていくと、焦る気持ちも和らいでいく。

 

 シャワー室を出て洗面所で髪を乾かしていたら、扉がノックされた。

 

 急いで服を着て扉を開けると、そこにいたのは朝食の載ったトレーを片手に持った仮面の騎士だった。

 昨夜の返り血の付いた白スーツではなく、真っ新な紺色のスーツである。

 

「おはようお嬢さん!早速良い知らせをお届けに来たよ!」

「ッ!本当ですか!?」

 

 思わず大きな声で聞き返した俺に仮面の騎士は大きく頷く。

 そして部屋に入ってきてトレーをソファーの前のローテーブルに置くと、懐から紙を一枚取り出して渡してきた。

 紙に書かれているのはどこかの部屋までの道順と手描きの地図のようだ。

 

 仮面の騎士が紙に描かれた部屋の一つを指差して口を開く。

 

「今日の昼前、十一時にここ、十四号応接室に行きたまえ。そこで王妃様が陛下の代理として面会の場を設けてくださるそうだ。残念ながら国王陛下は予定が詰まっていて面会は取り付けられなかったが、王妃様は公正なお方だ。きっと貴女の力になってくださるだろう」

「王妃様が、ですか?」

 

 予想外の人物が出てきたことに俺は驚く。

 正直王妃様の権力なんて当てにできるようなものではないと思うのだが──王国だと違うのだろうか。

 

 俺の心中を見透かしたらしく、仮面の騎士は屈んで視線の高さを合わせて諭すように言ってくる。

 

「大丈夫。あまり大っぴらに言えたことではないのだが、王妃様はその有能さ故に強い権力をお持ちだ。それこそ陛下に代わって重要な裁決を行うこともあるくらいにはね。それに、元は外国から嫁いできた身で周囲に味方はおらず、疎ましく思う者も多かった中で着実に成果を上げ、遂には陛下からも全幅の信頼を寄せられるようになった経緯がある。貴女の置かれた状況に感じるものもあろうさ。むしろ貴女にとっては陛下よりも頼もしい味方だと私は思うよ」

 

 正直半信半疑だが、仮面の騎士の言うことが本当なら、ファイアブランド家にも勝機はまだある。

 国王陛下に信頼されている王妃様を説得して味方につけ、国王陛下に話を通してもらえれば、実質国王陛下と面会を果たしたのと同じになるだろう。

 

 仮面の騎士──てっきり王宮内でも変人扱いされて浮いているものと思っていたが、とんでもないパイプの持ち主らしい。

 窮地を救ってくれたばかりか、こんな強力な味方を連れてきてくれた案内人の加護の力には改めて驚かされる。

 

「ご尽力誠に感謝致します。このご恩はいつか必ずお返しします」

「なに、構わないよ。困っている女性には手を差し伸べる。当然のことをしたまでさ。まぁ、どうしてもと言うなら──」

 

 仮面の騎士は一旦言葉を区切り──キザったらしい仕草をつけて言った。

 

「貴女の名前を教えてくれないかな?可愛いお嬢さん」

 

 ──一瞬何の隠語かと疑った。それくらいに予想の遥か下を行く言葉だった。

 だが、どう考えても言葉通りの意味にしか感じ取れないので、素直に答えることにした。

 

「エステルです。私は、エステル・フォウ・ファイアブランドです」

 

 それを聞いた仮面の騎士はふっと息を吐いて笑みを浮かべる。

 

「エステルか。星という意味だね。良い名前じゃないか」

 

 そして仮面の騎士は立ち上がり、踵を返して扉の方へと歩き出す。

 

「今日はこれにて失礼する。健闘と幸運を祈るよ。あ、食事はちゃんと取るようにね。腹が減っては戦はできぬ、だよ」

 

 仮面の騎士はそう言って扉を閉めた。

 

 ローテーブルに置かれたトレーに目をやると、サンドイッチと紅茶、そして小さな茶菓子が載っている。

 食べ物を見ると急に空腹感を覚えたのでサンドイッチを齧った。

 

 さすがは王宮、上等なパンを使っているらしく、食感はふわふわでほのかな甘みがある。

 夢中でサンドイッチを平らげ、紅茶で流し込んだ。

 

 仮面の騎士が用意した朝食を食べてしまってから時計を確認すると、七時を過ぎた頃だった。

 王妃様との面会まではあと四時間近くもある。 

 歯を磨いて、髪を梳かして、身支度を整えて、証拠書類を確認して──王妃様に会うわけだから入念に準備するにしても、時間が余ってしまいそうだ。

 

 精神を落ち着けるために瞑想でもするとしようか。

 

 

◇◇◇

 

 

 午前十一時。

 

 俺は指定された時間の三十分以上前から十四号応接室で待っていた。

 柱時計が十一時を告げるベルを鳴らしているが、王妃様は現れない。

 公務で忙しいのだろうか。

 

 ──考えても仕方ない。相手が相手だ。

 本来ならば面会などできる立場にない俺には気長に待つことしかできない。

 

『ここにいたのね。その様子だと面会を取り付けられたのかしら?』

 

 不意に声が聞こえたので振り返ると、セルカが窓から入ってきたところだった。

 

「ああ。国王陛下じゃなくて王妃様だけどな。そっちはどうだ?」

『アリージェントは臨戦態勢に移行しているわ。貴女の指示があり次第、屋敷に陸戦隊二個小隊を向かわせられるとのことよ。全く、あの艦長ったら字が読みにくいのよね』

 

 そう言ってセルカは身体から紙を一枚取り出して渡してきた。

 そこには走り書きでセルカが言った通りのことが書かれている。

 

「内通者の方はどうだ?何か分かったか?」

『──トレバーはシロだったわ。過去二週間分の記憶と思念を読み取って調べたけれど、敵に情報を流した様子は一切なかった』

「何?だとすれば誰だ?」

『それは──』

 

 セルカが言い終わる前にこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。そこそこの人数だ。

 セルカは素早く椅子の下に隠れてしまう。

 

 直後に扉が開き、女性が二人、護衛と一緒に入ってきた。

 一人は俺と同じ銀髪碧眼の妙齢の美女、もう一人は編み込んだ金髪に赤い瞳が目を引くメイド服姿の少女。

 まだ会ったこともなければ、名乗られてもいないが、直感で分かった。王妃様と侍女だ。

 

 すぐに立ち上がり、礼をする。

 そしてしまったと思った。今世の俺は貴族令嬢。つまり礼とはお辞儀ではなく、カーテシーである。

 これまでする機会が殆どなかったのと、さっきまでセルカとの話に意識が傾いていたせいで、つい前世のようなお辞儀をしてしまった。

 

 だが、相手は気にした風もなく、「楽にしなさい」と返してきた。

 頭を上げると、王妃様は微笑みを浮かべて自己紹介する。

 

「遅れてしまって申し訳ありません。私はホルファート王国王妃、【ミレーヌ・ラファ・ホルファート】です。こちらは【アンジェリカ】。私の侍女です。貴女はファイアブランド子爵家の長女エステル殿、で間違いないかしら?」

「はい。王妃様。私がエステル・フォウ・ファイアブランドです」

 

 思ったよりも物腰柔らかで話しやすそうな人だ。

 大神官と対面した時に感じた政治家の臭いをまるで感じない。それこそティナと話しているかのような安心感を覚える。

 

 だが──本当におっとりほんわかした人間なら、政治の世界で、しかも頼れる味方もいない状況からのし上がって権力を握ることなどできないはずだ。

 この女神のような柔らかい雰囲気も、相手の警戒心を解いて自分有利に物事を運ぶための演技と考えるべきだろう。

 実際俺は前世で元妻に完全に騙された。雰囲気に惑わされてはいけない。

 

「じゃ、早速貴女のお話を聞かせてくれるかしら?急を要すると聞いているけれど」

 

 王妃様はローテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛けて言った。

 俺も腰掛けて、一呼吸置いてから話を始める。

 

「単刀直入に申し上げます。こちらへはオフリー伯爵家が我がファイアブランド子爵家に対して行った不当な侵攻、非合法な手段を以ての攻撃に対する裁決をお願いに参りました」

 

 王妃様の顔つきが変わる。

 笑みが消えて、目の奥に底冷えするような鋭い光が宿る。

 やっぱり。この人も政治家だった。

 

「経緯を説明してもらえるかしら?」

 

 声色までも先程とは明らかに違う。

 

「はい。今回の事態の発端は二ヶ月ほど前、私の父にしてファイアブランド家現当主、テレンスがオフリー家から提案を受けたことです。提案の内容は私をオフリー家の嫡子に嫁がせる代わりに、オフリー家がファイアブランド家への金銭的援助を行うこと。父は私に話を通さずに取引をほぼ取りまとめ、私は事後報告同然の形でそれを知りました。それを知った時、私はその提案に反対し、止めるように父に掛け合いました。オフリー家を信用できなかったからです」

「聞いていた情報と違うわね。ファイアブランド家は近隣の貴族家四家と抗争になり、そこにオフリー家が武力介入したと聞いているけれど」

「──それはオフリー家の流した欺瞞情報です。こちらには確かな証拠があります。この鞄に入れて持参していますので、今ここでお見せできます」

 

 王妃様が頷くと、俺は鞄から親父とオフリー家との間で交わされた書簡を取り出した。

 

「こちらに」

「拝見しましょう」

 

 王妃様は眼鏡を掛けると、一枚ずつ確認していく。

 

「なるほど──続けて」

「私は父にオフリー家との取引を止める条件として、財政再建のための財源を私が用意することを提示し、一ヶ月近くを費やして実現させました。ですがオフリー家は取引の中止を認めず、空賊を雇い、港を攻撃させるという卑劣な脅迫に出ました。この行為はホルファート王国の国法に明確に違反しております。あまつさえオフリー家は、雇った空賊が我が家の軍により殲滅され、空賊とのやり取りが我が家の知るところとなるや、証拠隠滅のため我が家への侵攻を企てました。こちらがその際オフリー家と空賊のやり取りに使われた手紙です」

 

 鞄から証拠書類を出して王妃様に渡すと、彼女はスッと目を細めた。

 さながら獲物の僅かな隙を虎視眈々と狙う肉食獣のような冷徹な表情。元の顔立ちが整っているのもあってかなりの威圧感がある。

 

 手紙を読み終えた王妃様は冷徹な表情のままこちらに質問を投げかけてくる。

 

「いくつか確認します。この手紙はいつ、どこで入手されたのですか?」

「約四週間前、空賊を討伐した直後です。制圧した空賊の飛行船を検分中、私の部下が隠し部屋の棚から発見しました。私もその場におり、現場を見ております」

「なぜこの手紙がオフリー伯爵のものだと断定を?」

「二つあります。一つは筆跡です。先程お渡ししたオフリー・ファイアブランド間のやり取りの手紙と筆跡が一致しました。もう一つはオフリー家の使者による言及です。空賊討伐後にやってきたオフリー家の使者を問い詰めた結果、手紙を含め、空賊討伐で得たもの全てをオフリー家傘下の商会に売却するよう求めてきました。明らかにこの手紙が第三者の手に渡ることを恐れていると考えられます。故に本物のオフリー伯爵の手紙と断定致しました」

 

 王妃様が眉を微かに動かした。

 

「使者の方が言及したのですね?その使者の方が来たのはいつですか?」

「空賊の討伐から十二日後です」

「その際の記録は取ってありますか?」

「はい」

 

 フィーランとかいう使者が来た日にサイラスが取った議事録を渡す。

 

「──なるほど。これが本当ならかなり迂闊な発言をしたわね」

 

 王妃様は更に顔を険しくして呟いた。

 

「他には何かありますか?例えば、捕らえた空賊からオフリー伯爵家との関係を認める証言などは?」

「いいえ。空賊の頭領及び幹部クラスは戦闘により死亡し、捕虜になったのは下っ端の船員ばかりでした。引き出せるような情報は持っていないと判断し、全て処理しました」

 

 王妃様は冷徹な表情を幾ばくか緩めたが、依然難しい顔のまま手を顎に当てて考え込む。

 そして言いにくそうに告げてくる。

 

「それだけではこちらとしても断定は難しいわね。使者が言及したとはいえ、言った言わないの水掛け論になるでしょうし──筆跡が一致するといっても偽造だという反論を否定できる材料がない──心苦しいけれど、この議事録と手紙に決定的と言えるほどの証拠能力はない、と言わざるを得ないわ」

 

 ──何だよそれ。

 侵攻してきた敵軍を撃滅するのに少なくない犠牲を払って、ティナやお袋や弟が攫われかけて、無関係のアーヴリルまで危険に巻き込んで、挙句の果てには街中で襲撃されて、魔法を封じられてロクな抵抗もできないまま殺されかけて、間一髪助かったと思いきや親父を攫われて──それでも必死に守り抜いて、やっとの思いで届けた書類に証拠能力がないだと?

 

 ──ふざけるな。絶対に引き下がらないからな。

 理不尽なことをどうにもならないと諦めるのは前世の最期の時で終わりにしたのだ。

 王妃様相手だろうが、首を縦に振るまでとことん食い下がってやる。

 

「──それらの書類は断じて偽物などではありません。相手が行動で証明しています」

「それはどういうことかしら?」

 

 僅かに身を乗り出してきた王妃様に、俺は証拠書類を確保してから受けた苦難を語って差し上げる。

 

「その書類を確保してから、我々は何度もこの書類を奪取隠滅せんとする敵の襲撃を受けました。一度目は先程申し上げた通り、オフリー軍による侵攻。戦力には絶望的な差がありました。彼らはどこから集めたのか、三十隻を超える大艦隊で押し寄せてきたのです。我が家に味方する者は現れず、我が家は孤立無援のまま苦しい戦いを強いられ、多くの犠牲を払いました。二度目は侵攻してきたオフリー軍を迎撃中、屋敷に所属不明の武装集団が侵入しました。それにより屋敷の番兵二十名以上が死傷し、母と弟、使用人の一人が拉致されかけました。三度目はつい昨日のことです。王都市街地にて二度目の時と同様、謎の武装集団による襲撃を受け、父が攫われました。私も、ある方が助けに入り、この王宮に匿ってくださらなければ同じ運命でした。壁際に追い詰められて銃口を向けられ──空賊から奪った書類はどこかと問いかけられたのを確かに覚えています。彼らが、ひいてはその背後にいるオフリー伯爵がこの書類が本物であると認識していなければ、このようなことは起こり得ないはずです!」

 

 王妃様は片手を口に当てて絶句していた。

 

「そんなことが──大変だったわね。まだアンジェと同じ年でそんな──」

「私が求めているのは同情ではありません。このような卑怯卑劣な行いに及んだオフリー伯爵家に対する裁きと処分を要求しているのです!」

 

 つい語気が荒くなり、しまったと思ったが、次の瞬間雷が落ちた。

 

 

「控えよファイアブランド!!」

 

 

 落としたのは、王妃様の後ろに立っていたアンジェリカというらしいメイド。

 俺と同じ年齢らしいが、声が大きく、眼光は鋭い。なかなかの気迫である。

 

「いいのよアンジェ。とても怖い思いをしたのでしょう。仕方ないわ」

 

 俺を庇ってくれたのは王妃様だった。

 

「取り乱してしまい、申し訳ありません。ですが、私がこうして王妃様に面会し、証拠を届けるまでに尋常ならざる苦労と覚悟があったことをご理解頂きたく存じます。目的のためなら空賊をけしかけることも平気で行う家を相手にしている以上、調停による解決や正規の手続きでの提訴は危険が大きいと判断し、国王陛下に直訴することにしたのです。真っ当な手段でないことは承知ですが、証拠を握り潰されないためにはそれくらいしか取れる手がありませんでした。そしてここまで来て引けば我が家はお終いです。どうか、お願いします。我が家を──ファイアブランド家をお救いください」

 

 涙を浮かべて頭を下げると、王妃様は一瞬得心が行ったような顔をする。

 そしてさっきよりは若干圧が減った真顔で口を開いた。

 

「そういうことだったのね。──分かりました。私の権限で査問会を開き、オフリー伯爵を査問しましょう。処分の如何はその結果で決定することになるでしょう。貴女のことは重要参考人として引き続き王宮で保護し、査問会にも出てもらいます。よろしいですね?」

 

 処分するとの確約は取れなかったが、取調べの場を設けてくれるだけでも成果としては十分か──いや、ここで下手に欲をかいて心証を悪くするわけにはいかない。

 ここはひとまず妥協しよう。

 

「はい。ありがとうございます」

「ごめんなさいね。大物貴族を裁くとなると色々と大変なのよ。強行すれば当然反発も出るし、下手をすればそれが広がって王宮が機能不全に陥る恐れもある。だから入念な準備と根回しが必要なのだけれど、それを貴女に求めるのも酷というものね。恐ろしい目に遭ったばかりなのに。よく耐えてここまで来たわね」

「いえ。事情はお察し致します。そのような事情がある中でのご配慮、感謝の念に堪えません」

 

 王妃様がフォローしてくれる。

 少し──ほんの少し、今までの苦労が報われたような感じがして、気持ちが軽くなる。

 

 だが、俺はお礼を言いつつも次のことを考え始めていた。

 査問会でオフリー伯爵家と黒白を争うことになる以上、それに向けての準備は今のうちからしておかねばならない。今ある証拠だけでは不足だ。

 

 ──やはり見つけなければならない。

 査問会で俺の側に立ってオフリー伯爵家を訴追してくれる人物──それも派閥を率いるような大物貴族を。

 でないと出てくるであろうオフリー伯爵家の属する派閥のボスを抑えることができない。

 

 すぐにトレバーに連絡しなければ。トレバーがシロなら、彼が集めた情報と人脈を利用しない手はない。

 

「ではこれにて、面会を終了します。アンジェ、エステル殿をお部屋までお送りして。終わったら執務室に」

「かしこまりました」

 

 王妃様が護衛と共に出ていくと、アンジェリカは俺に退室を促す。

 

 それに従って応接室を出ると、アンジェリカが扉を閉める。

 

「行きましょう。お荷物をお持ちします」

「どうも」

 

 アンジェリカが手を差し伸べてきたので、鞄を預ける。

 

 そのまま二人で無言のまま俺の客室への道を歩いた。

 さっき取り乱した者とそれを咎めた者で二人きり──気まずい。

 

 王妃様には謝罪したが、アンジェリカにも謝罪しておいた方がいいだろうか。

 考えているうちに客室に着いてしまった。

 

「お荷物はこちらでよろしいですね?」

「はい」

 

 アンジェリカが鞄を荷物置きに置く。

 そしてそのまま立ち去るのかと思いきや──

 

「エステル殿。一つ質問しても?」

 

 真っ直ぐ俺の目を見て問いかけてきた。

 

「──答えられることなら」

「貴女はその年で、その身で、どうして戦いに身を投じている?本来今の貴女がしていることは当主や家臣たちの責務であり、領域であるはず。なのになぜ、貴女はそこにいる?咎めようというのではなく、純粋に知りたい」

 

 その顔は至って真面目で敵意などは感じ取れなかった。

 味方ではないにしても、敵であるということはなさそうだ。

 

「──私が先頭に立ってオフリー家と戦わねば、誰もオフリー家と戦おうとはせず、私にもファイアブランド家にも未来はないと思ったのです。父を含め多くの者たちは援助という目先の餌に目が眩み、私をオフリー家に差し出し、自ら軛をつけられようとしていました。それを拒絶するにはただ反対と叫ぶだけでは不足。行動で示し、結果を出す必要があったのです」

 

 もっともらしいことを言ってみたが、結局のところ嫁に行くのが嫌だったのと、領主の地位が欲しかっただけだ。

 

 だがアンジェリカは納得してしまったのか、表情を緩めて礼を言ってきた。

 

「そうか。ありがとう。時間を取らせてしまった。それでは失礼する」

 

 一礼して去っていくアンジェリカの後ろ姿が、どことなく王妃様に雰囲気が似ている気がしたが──気のせいだろう。

 

 扉を閉めて鍵を掛けると、俺は机に向かった。

 窓の外を見てみると、雨は止んで、雲の隙間から陽の光が差し込んでいた。

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