俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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根回し

「それで、結局内通者は誰だったんだ?」

 

 トレバーとアリージェントへの手紙を書く準備をしながらセルカに訊いた。

 

『ニールよ。オフィーリアも関わっているわ』

 

 思わずペンを持つ手に力が込もって、インクが飛び散り、紙に少しシミができてしまった。

 

「──何だと?」

『ニールはオフリー家が所属する派閥の貴族と繋がりがあって、その貴族伝手にオフリー家と接触したようなの。ファイアブランド家に勝ち目はないと思って、貴女を裏切るようオフィーリアを唆していたわ。勝っても負けてもオフリー家やその派閥による報復を受けることになる、そうなればオフィーリアやその子供たちの身も危うい──ってね。トビアスと同じよ。自分たちの保身のために情報を売ったのよ』

「──そうか。やっぱり、親類なんて信用したのが間違いだったな」

 

 ニールは初対面の時からどうも臭いと思ったし、オフィーリアは夕食を共にした時から屑だと思っていたが、その勘が当たった。

 それに俺は知っていたはずだ。前世で俺から逃げるように離れていった親類たちを。血縁関係など人間を信用する材料足り得ないと。

 

 どこにオフリー家の手の者が潜んでいるか分からない王都で、比較的侵入や襲撃を受けにくい安全な拠点としてあの屋敷を滞在先に選んだが、これならアパートかホテルでも取っておくべきだったか?

 

 ──いや、それはそれで厄介なことになっていたか。

 

「まあいい。全て終わったらあいつらには落とし前つけさせてやる」

 

 シミが付いた紙をどけて新しい紙を用意し、手紙を書く。

 トレバー宛てには俺の無事と所在、裏切り者の存在を知らせ、屋敷から退避した上で今まで集めた情報をこちらに返事で寄越すように指示する内容。

 アリージェントには裏切り者の拘束と、親父の奪還のための行動を開始するよう指示する内容。

 そして神殿宛てにも、査問会が開かれるのでオフリー伯爵の訴追に協力してくれるよう要請する内容の手紙を書いた。

 

 トレバー宛てのと神殿宛ての手紙をセルカに持たせ、アリージェント宛ての手紙は仮面の騎士に渡すために取っておく。

 

「セルカ、頼んだ」

『はいな』

 

 セルカが窓を開けて出て行くと、俺は窓を閉めて、一眠りすることにした。

 王妃様と面会できて、証拠書類も預けられてひと段落着いた安堵からか、ベッドに入ってすぐに眠気が襲ってきた。

 

 

◇◇◇

 

 

 王宮の一室で彼は人を待っていた。

 

 その傍らには女性の姿がある。

 

「もう〜陛下を待たせるなんて、イケズな人ですね~。ねぇ陛下、そんな人待つより私と楽しいことしましょうよ〜」

 

 甘ったるい声を発して彼にしなだれかかる女性の頭を撫でながら、彼は言う。

 

「うーん、そうしたいのは山々だが、これは国にとって大事なことなんだ。片付けておかないと君と一緒に過ごす時間も余裕もなくなってしまうくらいにね。だから今日は辛抱しておくれ。また今度楽しませてあげるから」

「むぅ〜──約束ですからね~」

 

 頬を膨らませる女性の背後で扉が開き、渋面の男が一人入ってくる。

 

 慌ててその場を辞した女性と入れ違いに、彼の前に立った男が不機嫌そうに口を開く。

 

「お呼びと聞いて伺いましたが──お邪魔でしたかな?陛下」

「遅かったじゃないかヴィンス。紅茶が冷めてしまったぞ」

「それは申し訳なく。()()()()()()と気が気でなく、足取りも重かったもので」

 

 ヴィンスと呼ばれた男が皮肉を言うが、彼は聞き流す。この程度はただの挨拶だ。

 

「して、ご用件は何でしょうか?」

 

 鋭い目で問いかけるヴィンスに彼は涼しい顔で手札を突きつける。

 

「朗報を聞かせてやろうと思ったまでだよ。オフリー伯爵に空賊と手を組んで他領を脅かした嫌疑が掛かっていてね。近々査問会が開かれる。お前にとっては政敵を叩く良いチャンスだよ。是非出るといい。そのための材料もある」

 

 勧めているようで、その実オフリー伯爵を訴追するよう命令している。

 彼がその言葉と共に差し出した書類を受け取って読んだヴィンスは目を見開いた。

 そこに書かれていた内容もそうだが、そもそも彼がこのような証拠を自分たちの知らないところで手に入れていたこと、そして彼がわざわざ自分に見ず知らずの告発者の肩を持つよう命じてきたことが驚きだったのだ。

 

「告発者は誰です?オフリーの身内ですかな?」

「いいや、中央の政治には何ら関与していないただの田舎領主の娘だよ。他ならぬ彼女がその証拠を王宮に届けてきたのさ」

「──なるほど。彼女の身元の確認は取れているのでしょうね?」

「無論だ。ファイアブランドという名に聞き覚えはあるだろう?」

 

 その家名にヴィンスは眉をピクリと動かした。

 

「──ええありますとも。ですが、私の知る限りでは他家との抗争を起こし、オフリー家に出兵を求めた張本人の一族のはずですが?」

「綻びや抜け穴だらけで、()()に利用されやすい情報網よりも、本人の言葉の方が時として信頼できるものだよ。私はこれまで数多くの女性を見てきたからね。面と向かって話せば相手のことは大体分かるのさ。その娘がどんな人柄か、頭は良いか悪いか、股は緩いかどうか──嘘を吐いているか否かもね」

 

 饒舌に語る彼に、ヴィンスは猜疑心の込もった視線を向ける。

 

「要するに勘ですか」

「勘は馬鹿にならんぞヴィンス。膨大な経験に裏打ちされたものは特にね」

「その経験とやらを得るのにどれだけ時間を割いて(政務をサボって)いらしたのでしょうね」

 

 ヴィンスは額に青筋を浮かべて皮肉を言うが、敢えなく聞き流されてしまう。

 

「とにかく、私の腹は決まっている。オフリーとファイアブランド、どちらが倒れ、どちらが残るのが王国の将来にとって得か──お前も分かってくれると信じているよ」

 

 黙り込むヴィンスをよそに彼はさっさと席を立つ。

 

「それでは私は忙しいのでここらでお暇するよ」

 

 返事も聞かずに扉を開けて外に出て行くかと思いきや──

 

「ああそうだ。ファイアブランドの娘について知りたければお前の娘に訊くといい。お前の娘はこの王宮で彼女に会っている」

 

 顔だけヴィンスの方に向けて、そう告げた。

 

 

 

 部屋に残されたヴィンスは、彼が出て行ってしばらくしてから忌々しげに呟いた。

 

「──らしくないにも程がある。何なのだ?あの入れ込みようは」

 

 正直まるで分からない。

 分からないが──あの怠け者の彼が動く時には何かがある。

 何か、自分が気付いていない重大なこと──それこそ下手をすれば王宮に激震が走るようなことだ。

 認めたくはないが、彼は素行は悪くとも馬鹿ではない。むしろ人並み以上に頭は切れる。

 

 そんな彼が渡してきた書類を見る。

 

(上がってきた情報に間違いがあった?ファイアブランド家がオフリー家に攻め込まれていたのだとしたら──他家との抗争はカモフラージュ──オフリーの欺瞞情報だということか?だがファイアブランド家がオフリー家に擦り寄っていたのも確か──なぜ急に方針を変えた?)

 

 ヴィンスは王宮内最大派閥の領袖だ。

 国中の隅々にまで、とはいかないが広範囲に構築された情報網を持っている。

 オフリー家が軍を動かしたと聞いた時、当然その情報網を使ってその目的を調べた。

 だが、その結果はファイアブランド家がノックス家及びクレイトン家との抗争を起こし、オフリー家に援軍を求めた、というものだった。

 ヴィンスとしては表立って介入する理由もなく静観を決め込んでいたが──その考えの前提となっていた情報が間違っている可能性が出てきた。

 

「再調査を行うべきか」

 

 不可解な点はあるが、オフリー家とファイアブランド家が抗争を隠れ蓑に戦争を行なっていたのなら、その痕跡がどこかに残っているはずだ。

 例えば金の流れにそれは顕著に現れる。

 ファイアブランド家は複数のルートから武器や弾薬、魔石などの物資を大量に買い求めたはずであり、その数だけ売った商人と運んだ飛行船が存在する。

 前回調べた時は見つからなかったか、あるいは報告を揉み消されたルートがあったのだとしたら──そこに真相が隠れているのかもしれない。

 

 そして残る不可解な点は当事者に直接訊けばいい。

 彼の言から察するにファイアブランドの娘は今この王宮のどこかにいる。

 そして娘のアンジェリカは彼女の居場所を知っている。

 

「差し当たり武器を扱う商会でオフリー家に関連のないもの、それと北部で活動している運輸業者を総当たりさせるか。娘の方はアンジェに取り計らわせよう」

 

 考えが纏まったヴィンスは席を立ち、動き出す。

 

 

◇◇◇

 

 

 何となく気配を感じて目が覚めた。

 

 直後にノックの音がする。仮面の騎士が来たようだ。

 

 扉を開けると、朝と同様トレーを持った仮面の騎士がそこにいた。

 

「やあお嬢さん、今度は起きていたね。夕食の時間だよ」

「ありがとうございます。騎士様」

 

 俺が寝ていた間にも来ていたらしいが、起こさないでいてくれたようだ。

 

 仮面の騎士はスープの載ったトレーをローテーブルに置くと、「食べたまえ」と言って俺に着席を促す仕草をする。

 

 従って夕食のスープを頂いている間、仮面の騎士は使用人のようにじっと待機していたが、俺が食べ終わって一息つくと質問を投げかけてきた。

 

「してお嬢さん、王妃様との面会は上手くいったかな?」

「はい。ひとまず成功です。騎士様のおかげです。重ね重ねお礼申し上げます」

 

 仮面の騎士は笑みを浮かべた。

 

「随分難しい言い回しを知っているんだね。だが、上手くいったようで何よりだ。私も奔走した甲斐があるというものだよ」

 

 そう言って、空になったスープ皿を下げる仮面の騎士を呼び止めて、俺はお願いする。

 

「騎士様、もう一つお願いがあるのですが」

「何かな?」

「この手紙を港に停泊している我が家の軍艦に届けて頂きたいのです」

 

 仮面の騎士は仮面の奥で目を見開いた。

 

「おお、ではいよいよ──」

「はい。内通者を捕らえ、父を救出します」

 

 仮面の騎士は大きく頷き、胸をどんと叩いて言う。

 

「では前にも言った通り、私も助力しよう。味方は一人でも多い方がいいだろう?」

「──ええ。お願いします。それからお耳を。接触する際の合言葉をお教えします」

 

 本音を言えばその怪しい格好を何とかして欲しいのだが、黙っておいた。

 

 屈んできた仮面の騎士に合言葉を耳打ちすると、彼は「心得た」と言って立ち上がった。

 

「必ずやお父上を無事に連れ戻してご覧に入れよう。大船に乗ったつもりでいたまえ」

 

 そう言って仮面の騎士は部屋を出て行った。

 

 入れ違いにセルカが姿を現し、計画がうまく行っていることを伝えてくる。

 

『トレバーは既に屋敷を出ているわ。今頃神殿の大神官に手紙を届けようとしている頃でしょうね。襲撃に一切の支障はなしよ』

「よし。あとは逃げられる前に二人を抑えられるかだな」

 

 おそらく屋敷の周りにはオフリー家の手の者が張り込んでいるはずだ。

 彼らがこちらの部隊の接近に早期に気付き、ニールとオフィーリアに知らせれば二人を取り逃がす恐れがある。

 

 だがセルカは「任せて」と言った。

 

『襲撃を決行する時は私も行くわ。屋敷の周囲の監視を潰して、ニールとオフィーリアが逃げたなら追跡する。いいでしょう?』

「ああ。任せるぞ」

『ええ。それとこれ。トレバーからの預かり物よ。オフリー伯爵家が所属している派閥についての情報と、その敵対派閥の主要メンバーについてね』

 

 セルカが取り出した手紙はトレバーからのメモだった。

 走り書きで書いたようで読みにくいが、かなりの数の貴族の名前が書かれている。

 

 宮廷内部の事情など殆ど知らない状態から随分とよく調べ上げてくれたようだ。

 

 取り敢えず敵対派閥の主要メンバーに王妃様か仮面の騎士を通じて面会の場を設けてもらうか。

 査問会が開かれるという情報はまだそれほど広がっていないはずだ。

 オフリー家側に情報が知れて動かれる前に、こちらは準備を整えておくべきだろう。

 

 状況打開の目処が立ったことで思わず吐息が漏れる。

 あとは自分にできることを全力でやるのみだ。

 

『それじゃ、私はアリージェントに行くわね』

 

 そう言ってセルカは窓を開けて出て行った。

 その姿はすぐに夕闇に溶け込んで見えなくなる。

 

 濃い青の中にほんの僅かに残った茜色の空に向かって俺は感謝の念を送る。

 セルカと仮面の騎士を俺に巡りあわせてくれた案内人に届くように。

 

 

◇◇◇

 

 

 王宮の上層階にある執務室。

 

 そこでミレーヌは日が暮れてからも書類仕事を続けていた。

 

 柱時計のベルが鳴ると、アンジェリカが入ってくる。

 

「王妃様、そろそろ夕食のお時間です」

「あら、今日は時間が経つのが早いわね。今日はここまでにしましょうか」

 

 ペンを置いて大きく伸びをするミレーヌ。

 

 アンジェリカは素早くその後ろに移動し、ミレーヌの肩を揉む。

 心なしかいつもよりも凝りがマシに感じられる。

 

 一通りほぐれたと思えたところでミレーヌが「ああそうだ」と切り出した。

 

「アンジェ、貴女に呼び出しがかかっているわ」

「私にですか?」

「ええ。ヴィンス殿からよ。急ぎの話があると」

「父上が私に──」

 

 アンジェリカは目を見開く。

 行儀見習い中の身に過ぎない自分に何の話が来るのか──その疑問に対する心当たりは一つだけだ。

 

「──ファイアブランドか」

 

 おそらくヴィンスはエステルと接触しようとしている。

 オフリー伯爵の査問会を開くとミレーヌが決定したのが今日の昼前。その準備は内々に始まっている。

 そしてそれを聞きつけたヴィンスは、出方を決めるためにエステルから情報を得ようとしている──そう考えられる。

 

 アンジェリカの呟きにミレーヌは真剣な表情で言った。

 

「そう思うのなら、行ってきなさい。ヴィンス殿は六号応接室に居られるわ」

「──はい。それでは失礼致します」

 

 アンジェリカは一礼して執務室を出た。

 

 

 

 ヴィンスがいるという部屋の前には護衛の騎士が二人立っていたが、アンジェリカが彼らに「私だ」と言って顔を見せると、恭しく扉を開ける。

 

 ヴィンスは中でソファーに腰掛けて待っていた。

 

「お呼びでしょうか。父上」

「来たか。楽にしろ」

 

 ヴィンスは向かいのソファーを指し示す。

 

 アンジェリカが腰掛けると、早速ヴィンスは切り出した。

 

「陛下から情報があった。オフリー伯爵の査問会が開かれるそうだな?」

「──はい」

 

 ヴィンスは頷くと、さらに踏み込んだ質問を投げかける。

 

「ファイアブランドの娘がオフリー家の犯罪を王妃様に証拠付きで訴えた。理由はそれで間違いないか?」

「はい。私もその場におり、話を聞いておりました」

「ふむ──アンジェ、お前から見てファイアブランドの娘はどんな人物だった?」

 

 その質問の意図をアンジェリカはすぐには測りかねたが、面会と客室で彼女と話した時のことを思い出して答える。

 

「彼女とは少し話しただけですが、強い信念を持って行動している人物だと感じました」

「強い信念だと?」

「はい。彼女が言うには、彼女の実家は当主から家臣までオフリー家の財力と軍事力を前に萎縮し、彼の家の要求を呑もうとしていたそうです。そのような状況から彼らを説得し、自らも戦いに加わり、そして度重なる襲撃を受けてもなお、挫けずに己が役目を果たそうとするなど──よほどの信念と覚悟がなければできないでしょう。さらに彼女は王妃様を前にしても一切萎縮した様子はなく、そればかりか啖呵を切りさえしました」

 

 アンジェリカの答えにヴィンスは目を細める。

 

「なるほど──他に何か工作の類をしている気配はあったか?」

「いいえ。最初から国王陛下への直訴に目的を絞っていたようです」

「そうか。なりふり構わぬほど追い詰められているか、宮廷政治を知らぬと見えるな」

 

 ヴィンスはため息を吐いた。

 そしてアンジェリカの目を見て神妙な表情で言う。

 

「陛下からは査問会でオフリー伯爵を訴追するように言われた。あのろくでなしがこれまでにないほど入れ込んでいるのがどうにも不思議でな。彼女との間に直接の接触があったようだが、それはいつのことだ?」

「──断定はできませんが、おそらく彼女が王宮に保護された時かと。彼女は謎の武装集団による襲撃を受けて捕まりかけ、ある方が助けに入って王宮に匿ってくれたと言っていました。そのある方が陛下であれば、辻褄は合います」

「ありそうな話だ。飛ぶ鳥懐に入る時は狩人も助く、というわけか。とんだ()()もあったものだな」

 

 忌々しげに吐き捨てたヴィンスは一転して考え込み、落ち着いた声で考えを述べ始めた。

 

「正直な話、私はこの話に乗るメリットは薄いと考えている。割かねばならぬ労力の割に得るものはない、おまけにこちらも火傷を負い、あのろくでなしの一人勝ちになることが予想される」

「それは──どういうことでしょうか」

 

 アンジェリカが質問すると、ヴィンスは若干噛み砕いた説明をする。

 それは将来重要な役目に就く娘への教育にもなることだった。

 

「どうにもファイアブランドの娘は他にも真っ当でない手段を使った気配がする。当主や家臣たちをどうやって説得したのか、戦費や装備をどこから調達したのか、オフリー家相手にどうやって独力で対処し得たのか──確実にそこを突かれ、相殺法に持ち込まれるだろう。我々は名も知れぬ田舎の子爵家一つのために割に合わない手間と出費をかける羽目になるのだ」

「しかし──先に法を犯したのはオフリー伯爵の方では?」

 

 アンジェリカの指摘にヴィンスは「その通りだ」と頷くが、ことはそう単純にはいかないと続けた。

 

「相殺法に持ち込まれた場合、白黒つけるのにも、後始末にも多大な手間がかかるし、トラブルも増える。それに目を瞑ってまでこの話に乗って得られる成果といえば、ファイアブランドに恩を売れるのと、陛下からの皮肉の込もった労いくらいなものだ。相手の派閥は不利と見ればトカゲの尻尾切りに転じるだろう。決定的と言えるほどの打撃は期待できん。お前の将来にもさして何らの影響もありはしないが──お前の考えはどうだ?」

 

 ヴィンスは娘に課題を出した。

 

「──父上、その質問に確信を持ってお答えすることはできかねます。この場で結論を出すには情報が不足しています。先程父上が申されたことは父上の主観であり、客観的な事実ではありません。したがって、戦争中のファイアブランド、オフリー両家の動きに関する詳細な調査を行い、然るのち結論を出すのが良いかと」

 

 娘の回答にヴィンスは一先ず満足する。

 

「定石だな。充分な情報が集まるまで不用意に動くべからず──戦にせよ政争にせよ情報は最も重要だ。──ファイアブランドの娘と話はできるか?」

 

 来たか、とアンジェリカは思わず心の中で呟く。

 

「はい。私と王妃様が彼女のいる部屋を知っています。王妃様の許可を頂いてから面会することになるかと」

「任せるぞ。なるべく急ぐように」

「承知致しました」

 

 アンジェリカが礼をすると、ヴィンスは退室を促す。

 

「よろしい。では、下がってよい」

 

 アンジェリカは急いでその場を辞してミレーヌのもとへ向かった。

 

 

 

「やはり陛下が動いていましたか」

 

 アンジェリカから報告を受けたミレーヌは顎に手を当てて考え込む。

 

 夫である国王がヴィンスにエステルの側についてオフリー伯爵を訴追するよう命じたのは、それで事をうまく運べるという確信があったからだろう。

 日常的に政務を自分や貴族たちに押し付けて女遊びに勤しんでいる駄目な国王だが、いくら美しい娘が困っていたところで勝算もなしに味方するような人物ではない。

 

「陛下は本気でオフリー伯爵を粛清なさるつもりのようですね」

「はい。父は乗り気ではなかったのですが、今回の戦争に関する調査には乗り出している様子でした」

 

 アンジェリカがヴィンスの言から読み取った実家の動向を話すと、ミレーヌは顔を上げた。

 

「よろしいでしょう。陛下の意向に従い、面会を許可します。ただし、機密保持と証人保護のため、時間と場所は私が指定します。アンジェ、貴女にも動いてもらうわよ」

 

 その言葉はミレーヌが国王の意向に従い、オフリー伯爵を訴追する側につくことを意味していた。

 エステルとヴィンスを矢面に立たせ、裏で彼らを支援する形だ。

 

 アンジェリカはそのことに気付いて気持ちを引き締める。

 

「何なりとお申し付けください」

 

 立場や政治的な事情はともかく、心情的にはアンジェリカはエステルの味方だった。

 正直、会ったばかりのエステルのことを尊敬すらしていた。

 

 自分も物心つく頃から将来王妃となるべく英才教育を受けて、国と王室のために尽くすという心持ちを強く持っているが、エステルはそんな自分に勝るとも劣らない故郷への強い愛着と、自らの命を賭して戦う勇気を持ち合わせているように感じたのだ。

 

 国王陛下と自分が仕えるミレーヌがそのエステルに味方している。

 そして調査とエステルとの面会の結果次第で、父と自分の実家も味方することになるだろう。

 

 そこに自分がほんの脇役とはいえ関わることに不思議な高揚感が湧き起こる。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 朝食を運んできたのは仮面の騎士ではなく、アンジェリカだった。

 

 彼女は朝食を置くなり、盗聴を警戒してか、抑えた声で話しかけてくる。

 

「エステル殿、重要な話がある」

「はい。何でしょうか?」

 

 アンジェリカが手招きしてきたので少し近くに寄ると、彼女は先程よりもさらに低い声で告げてきた。

 

 

「レッドグレイブ公爵が貴女との面会を求めている」

 

 

 その言葉に思わず目を見開いた。

 

 レッドグレイブ公爵──その名前はトレバーが寄越してきたメモの中にあった。

 たしか、王国で唯一の公爵家の当主にして王宮内で最大の派閥を率いる人物。

 オフリー家が派兵した際に貴族会議でその目的を問い質すなどの行動が見られ、彼の家とは敵対関係にある可能性大、との注釈もついていた。

 

 まさかそんな大物が向こうから接触してくるとは驚きだが──これは僥倖だ。

 

「昨日国王陛下から公爵にオフリー伯爵を訴追するようにとの話があり、貴女の実家とオフリー家との戦争の経緯を調査し始めているらしい。貴女からも事情聴取をしたがっているのだろう」

 

 アンジェリカの言葉で俺は計画がうまくいっていることを確信した。

 王妃様から国王陛下に話が行き、国王陛下がレッドグレイブ公爵を通じてファイアブランド家を支援する判断をした──そう考えて間違いない。

 

 頬が緩むのを自覚するが、アンジェリカの表情は固いままだ。

 

「エステル殿──一つ、忠告しておくが、公爵に対して虚偽は一切述べるな。王妃様への直訴以外にも真っ当でない手段を使ったのならば、それも含めて包み隠さず話されよ。正直に認め、追い詰められてやむにやまれず取った手段だったと主張すれば、先に法を犯したオフリー側に非があるとの主張もできよう。だが下手に隠して後から発覚したのでは、貴女の立場も悪くなる」

「──ご忠告痛み入ります。肝に銘じましょう」

 

 大丈夫。今までも虚偽は述べてこなかったはずだ。

 都合の悪い部分は訊かれなかったので話さなかった。それだけだ。

 訊かれたならば、正直に答えよう。

 

 アンジェリカは頷き、表情を緩めた。

 

「では貴女には今日の昼に王妃様と公爵との会食に出席して頂く。その時またお迎えに上がるのでそのつもりで準備をなされよ」

 

 そう言ってアンジェリカは部屋を出て行った。

 

 俺は急いで朝食をかき込み、身支度を整える。

 

 

◇◇◇

 

 

 アンジェリカは正午を少し過ぎた頃に部屋にやってきた。

 

「準備はよろしいか?」

「はい」

 

 俺の返答にアンジェリカは心なしか満足げに頷く。

 

「では、参りましょう」

 

 アンジェリカが扉を押さえ、俺は部屋の外に出る。

 

 扉を施錠してからアンジェリカが「ご案内します」と言って歩き出す。

 

 アンジェリカの案内に従って向かったそこは、屋上の庭園だった。

 周囲は人払いがされているのか、入口に護衛とメイドが数人ずつ立っているだけだ。

 

 美しく手入れされた植え込みの間を抜けると、そこは東屋のような場所だった。

 装飾の施された柱と屋根だけの簡素な構造の建物からは王都の街並みがよく見えそうだ。

 

 そこに用意されたテーブルに、王妃様と威風堂々とした中年の男性が先に来て座っていた。

 見るからに背が高く鍛えられていそうな体躯に小綺麗なオールバックにした灰色の髪。

 おそらく彼がレッドグレイブ公爵だろう。

 

 その直感はすぐに当たりだと証明された。

 

「王妃様、公爵。エステル殿をお連れしました」

 

 アンジェリカが一礼して告げると、二人がこちらを見て、席を立つ。

 今度は間違えないように一呼吸置いてから、カーテシーでご挨拶する。

 

「エステル・フォウ・ファイアブランドです。お目にかかれて光栄です」

 

 公爵と呼ばれた男性が「楽にしたまえ」と言って、自己紹介を返してきた。

 

「急な呼び出しにも応じてくれてかたじけない。私はレッドグレイブ公爵家現当主、【ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ】だ」

 

 微笑みを浮かべてはいるが、その目に宿る眼光は鋭い。

 大神官や王妃様も凄かったが、それ以上の威圧感を感じる。これが公爵の威厳というやつか。

 しかも隣には王妃様までいる。

 

 かつてないほどの緊張感で冷や汗が出そうになるが、ここは正念場だ。気合を入れなければ。

 

 そして信じろ。

 俺には案内人がついている。

 自分ではどうにもならなくなっても、あいつが助けてくれる。

 だから俺は粛々とやることをやるだけだ。

 

 アンジェリカが空いている椅子を引いて、座るように促してくる。

 

 ファイアブランド家と俺の命運を決する静かな戦いが始まる。

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