その日、オフリー伯爵家の領地は王国の地図から消えた。
家は取り潰され、資産は根こそぎ王国に没収され、一族郎党全員が地位を剥奪された。
長女である【ステファニー】とて例外ではなく、平民の身分に落とされてしまった。
住み慣れた屋敷から無理矢理連れ出され、役人や民衆から散々罵倒され、殴られ、蹴られ、石を投げられ、監獄の狭苦しい部屋に数週間閉じ込められた後、後見人に名乗り出た父の知り合いのもとへ送られることになった。
独りだった。
父と兄は処刑され、母は自殺したと聞いた。
婚約していた辺境伯家の嫡男からは何の便りもなく、ただ婚約が破棄されたことだけが判った。
ステファニーは己の身に降りかかった災難を嘆き、涙が枯れるまで泣き喚いた。
しかし、誰も慰めに来ることはなかった。それどころか「うるさい!」と怒鳴り声が飛んできた。
「許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない──許さない」
泣き喚くのにも疲れてしまい、ずっとうわ言のように呪詛の言葉を呟いている。
それはオフリー伯爵家を取り潰しに追い込んだファイアブランド子爵家に対する呪詛だった。
どれだけ呪詛を唱え続けたかも忘れた頃、部屋の扉が開いた。
「オラ立て!」
やって来た騎士に腕を掴まれて部屋から引っ張り出され、馬車に放り込まれる。
だが、ステファニーは一切抵抗どころか反応すらせずにずっと呪詛を呟いていた。
「チッ!気色悪い」
騎士が吐き捨ててステファニーの向かいに座る。
馬車が出発し、監獄を出て街道を走っていく。
そしてしばらく経った頃──
『お前の怒り、恨み、悲しみ──全て貰っていくぞ』
聞いたことのない声に思わず顔を上げると、自分の周囲に黒い煙が立ち込めていた。
煙はすぐに晴れたが、その煙が引いていった先には燕尾服にシルクハットの男が佇んでいた。
「──誰?」
ステファニーは思わず問いかけた。
『ほう、私に気付きますか。てっきり夢の中にいるものかと思っていましたが。私は──そうですね。案内人とでも呼んでもらいましょうか。貴女の心に渦巻く負の感情があまりにも妖美に輝いているものですから、頂きに来たのですよ。これで私は力を取り戻し、奴への復讐に向けて新たな手を打てます。ではもう用は済みましたので失礼──』
「待って!」
踵を返した案内人を思わずステファニーは止めた。
ついさっきまでファイアブランド家に対する膨大な怨恨で頭がいっぱいで何も考えられなかったのに、今はかつてないほど頭が冴え渡っている。
その頭の直感が告げていた。この男をこのまま行かせてはならない、と。
「わ、私の負の感情を勝手に吸い取って、それでそれを復讐に使うのなら──私の復讐に力を貸して」
『──ほう?復讐ですか』
案内人が振り返る。
顔がシルクハットの影で隠れていて表情は読み取れないが、その口元が僅かに吊り上がっているのをステファニーは見逃さなかった。
「貴方に復讐したい奴がいるのと同じように、私も復讐したい相手がいるのよ。人じゃなくて、家だけどね。その家──ファイアブランドというのだけど、その家のせいで私はこんな目に遭わされたの。父も兄も、母も、使用人たちも、みんないなくなって、一人になった。絶対に許さない。同じ目に、いいえ、この十倍は酷い目に遭わせてやりたいの。一族郎党一人残らず──私の味わった苦しみを味わわせて殺してやりたいの。だからお願い!力を貸して!」
涙を流しながら必死に訴えるステファニーを見て、案内人は口元を三日月形に吊り上げて拍手をする。
『素晴らしい!私に負の感情を吸い取られてもなお衰えぬ強い復讐心!感服しましたよ。ですが──復讐すると言っても貴女に何ができるのですか?失礼ながらお見受けしたところ貴女は無力な少女に過ぎない。そんな貴女に奴を──エステルを倒せるとは思えませんが?』
「エステル──?」
『ええ。貴女が憎むファイアブランド家の娘です』
その言葉でステファニーは察した。
この案内人という男は、最初から自分がファイアブランド家を恨み憎んでいると知った上で自分のもとへやって来たのだ。
復讐の対象を同じとする自分のもとへ──
つまり、まだ脈はある。
「じゃあ──」
『おっと、勘違いしないでくださいね。私とて余裕があるわけではありません。せっかくありついた貴重なエステルに縁のある負の感情、それで得た力は最も費用対効果の高いところに使わねばなりません。そう、エステルを倒せる可能性のある者にね』
「じゃあ尚更私に使ってよ!私は何だってする!それにお父様の伝手だって少しは知ってる!それでお祖父様やひいお祖父様がしたみたいに成り上がって、それでエステルを葬ってみせるから!お願い!」
『──どうやら覚悟は本物のようですね。いいでしょう。ほんの少し、サポートをしてあげましょう。それでやってみせなさい。一つ、プレゼントも用意します』
案内人が指をパチンと鳴らす。
すると、一筋の黒い煙が彼の掌から発生して馬車の窓から出て空高く上っていった。
「えっと、それでプレゼントって?」
『ふふふ、今に分かりますよ。この馬車が辿り着いたその先で、この地図の示す場所に行けばね。では、今度こそ失礼』
その言葉を最後に案内人は黒い煙と化して消えた。
「ッ!」
目が覚めた。
相変わらず馬車はガタゴトと音を立てて走っている。
向かいには見張りの騎士がいてこちらを睨みつけている。
「あ?何だ?人の顔ジロジロ見やがって」
騎士が難癖をつけてきたが、ステファニーは聞き流した。
さっき見たものは何だったのだろう。夢にしてはやけに現実感があった。
それに夢なんてこれまでは起きてすぐに忘れてしまって、時々ほんの一部が思い出せるくらいだったのに、さっきの夢は違う。案内人と名乗った男の姿も声も言ったこともはっきり覚えている。
そうだ。確か醒める直前に案内人が地図を見せてきたはず。
そこまで思い出したところでステファニーはポケットの違和感に気付く。何か紙のようなものが入っているような──
「おい、ガン飛ばしといてシカトか?えぇ?良い度胸だなクソガキ」
騎士が額に青筋を浮かべて髪を掴んできたが、ステファニーはもはや彼を怖いとは感じなかった。
むしろ蔑みを込めてジッと睨み返すくらいの余裕さえあった。
「──ふん。気色悪い目しやがって」
騎士が手を離す。
それ以降、彼がステファニーに手を上げることはなかった。
ステファニーは隙を見てポケットの紙を取り出して覗き見た。
その紙に書かれた地図を何度も読んだ。
そして──あの案内人は本当に自分のもとへ来ていた。そうステファニーは確信していた。
◇◇◇
数日後。
ステファニーは王国直轄領の港町で馬車から降ろされた。
「やぁステファニーちゃん。よく来たね。長旅お疲れ様。災難だったねぇ」
猫撫で声で挨拶してくる父の知人だが、その目は笑っていない。
「では、我々はこれで」
騎士はせいせいした表情で馬車に乗り込み、走り去った。
「じゃ、行こうか。お腹空いてるでしょう。何か──ってちょっと!?」
ステファニーは一目散に走り出した。
ポケットから取り出した地図はかなり細かいものだったが不思議と難なく読めた。
その地図を頼りに辿り着いた場所は洒落た建物だったが、どこか古びた雰囲気を漂わせていた。
一見するとバーに見えるが、直感でまともな場所ではないと分かる。
それでもステファニーは勇気を振り絞って足を踏み入れた。
扉は鍵が掛かっていたので半開きになっていた窓から潜り込んだ。
奥の方から微かに人の声が聞こえてくる。
その声が聞こえてくる方向へと足を進めると、瀟洒な扉に行き着いた。
中からくぐもった女性の声が聞こえてくる。
扉をそっと開けてみると──そこで繰り広げられていた光景に、ステファニーは思わず「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。
「あン?誰だお前?」
女性の頭を抑えていた禿頭の男がステファニーに気付き、睨みつけてくる。
楽しんでいたところを邪魔されて、明らかに不機嫌な顔をしていた。
「す、ステファニー」
ステファニーは震える声で名乗った。
すると、女性の尻を掴んでいた銀髪の男が女性を放り出してステファニーの方に向き直る。
頭を抑えていた禿頭の男も彼に続く。
「何しに来やがったガキ」
銀髪の男が威圧感たっぷりに問いかけてくる。
「ッ!それは──」
何と言えばいいのか分からず、口ごもるステファニーに、男たちは目を細める。
「言えねえってことは──」
「物乞いかな?」
禿頭の男の声を遮って優しげな声が聞こえてきたかと思うと、バーテンダーのような格好をした黒髪の優男が現れる。
「だとしたら生憎だけど、タダであげられるものはないね。他を当たりな?」
優男が諭してくるが、ステファニーはかぶりを振った。
「駄目なの。お願い、助けて。行くところがないの」
拙い言葉で助けを求めるが、男たちの表情は冷たい。
「助けて、だってよ。ここをなんだと思ってんだろうな?」
「よく見りゃその服囚人服じゃねえかよ。脱獄者かコイツ?」
「てこたァ、憲兵様に突き出しァカネが貰えるんじゃねえか?」
「まあ待て。早合点するなよ。ここは一つお話を──」
「めんどくせえ。ンなもん身体に訊きゃあいいだろ!」
禿頭の男がステファニーに掴みかかろうと迫ってくるが──
「そこまでよ」
ハスキーな声が響き、禿頭の男は動きを止める。
振り返ると、黒いキャミソールワンピースを纏った妙齢の女性が扉の前に立っていた。
ピンヒールを履いているのに靴音がまるで聞こえなかった。その上厳つい男たちに涼しい顔で命令できるなど──どう考えても只者ではない。
女性が艶かしく唇を開き、禿頭の男を嗜める。
「焦っちゃ駄目。ビジネスの鉄則でしょう?」
「は、はい。もちろんでさぁお嬢」
畏まってステファニーから離れる禿頭の男。
それを見て女性は頷き、ステファニーの所へ近づいてきた。
「貴女、名前は?」
間近で見つめられて問いかけられて、ステファニーは一瞬気圧される。
相手の女性は顔立ちこそ整っていたが、蛇のような不気味な目つきをしていた。
「──ステファニー」
湧き上がる恐怖を堪えて答えると、女性は目を見開く。
「ステファニー?──ねぇ貴女、ひょっとしてオフリー家のステファニーちゃん?」
今度はステファニーが目を見開く番だった。
「どうして──」
「貴女は覚えていないでしょうけど、私は一度貴女と会ったことがあるのよ。貴女の一族が催したパーティーでね。とは言っても言葉を交わしたわけでもない、ただ少し顔を合わせたというだけだったけれど。道理でどこか見覚えがあったはずだわ」
ステファニーは記憶を探るが、それらしい人物の記憶はない。
「貴女は一体──」
問いかけると女性は笑ってステファニーの肩を抱いて言った。
「お茶にしましょう。そこで話すわ」
バーテンダーの優男が淹れたお茶は美味しかった。といっても、実家で飲んでいたものに比べれば数段劣る味ではあったが。茶菓子もキャラメル数個という貧相なものだった。
そんなお茶をステファニーと二人きりで飲みながら、女性は語った。
自分が所属している組織が密輸業においてオフリー伯爵家と組んでいたこと。自分がここの店を任されているのもオフリー伯爵家の支援によって組織が大きくなり、かつウェザビーの口利きもあったおかげだということ。
ステファニーも女性に訊かれて自分の身の上話とファイアブランド家への復讐心を語った。
話がひと段落すると、女性が持ちかけてきた。
「貴女、一生日の当たる所を歩けなくなる覚悟はある?」
「──ええ。元から日の当たる所なんて歩けないわよ。もう私には何もない。だから、何だってするわ」
決意を込めて返事をすると、女性は笑みを浮かべた。
「いいわ。じゃあ今から貴女のお父様の遺産を聞かせてあげる。ファンオース公国は知っているわね?」
ステファニーは頷いた。
忘れようはずはない。父が王国との間に休戦協定を実現した敵国。そのおかげで平穏が訪れ、自分は公国との国境を守る辺境伯家の嫡男と婚約が成立した。そう聞いている。
「そのファンオース公国を再び王国の傘下に収める計画が動いている、そして貴女のお父様もその計画に関わっていた──と言ったら信じるかしら?」
「──え?嘘──そんなの聞いたことも──」
「ええ。無理もないわ。私も直接聞いたわけではなくて、断片的に集めた情報と依頼された仕事の内容から推理しただけだから。計画の詳細を知っているのは大物貴族連中だけでしょうね。いいえ、彼らでさえ詳しくは決めていないのかもしれない。でもね──」
女性は声を一段低くして耳打ちしてくる。
「兆候は出ているのよ。そう遠くないうちに戦争が起こるわ。それが何年先かは分からないけれど。その機に乗じて私たちは更に大きくなる。そうなれば、貴族家の一つくらい壊せるようになるわ」
「そう──なの?」
「ええ」
女性はニッコリと笑って──そして次の瞬間には獲物を狙う猛獣のような表情へと変貌した。
そしてどこからともなく取り出した拳銃を右手に握り、撃鉄を起こす。
「さて、じゃあ選んで頂戴。私たちと共にお父様の遺産を足がかりに日陰の世界でのし上がるか、何もかも忘れて静かなところで永遠に休むか。さっき言ったことはビジネスに関わる企業秘密よ。それを持ったままお外を彷徨いてもらっては困るの」
ステファニーは腹を括って返事を返した。
「やるわ。仲間に──入れて」
「ん、上出来。言葉遣いはともかく覚悟はあるようね」
そう言って女性は拳銃をしまう。
「私はシエナ。これからは同志よ」
シエナと名乗った女性は立ち上がって手を差し出してくる。
「どうし?」
聞き慣れない単語にステファニーが訊き返すと、シエナはステファニーの手を取って言った。
「ええ。貴女は私と同じ。ずっと誰かに支配されてきた。家では我儘を通せても、一歩外に出れば蔑まれ、軽んじられ、何も思い通りにはならない。そして孤独と他者の悪意に怯え、自分の城に閉じこもる。そんなの、もう終わりにしましょう。私たちが支配する側になるのよ」
獰猛な光を宿したシエナの目に気圧されつつも、ステファニーは興奮が湧き起こるのを自覚する。
◇◇◇
夜。
ステファニーが寝起きする場として案内されたのは小洒落た集合住宅の一室だった。
「私のアジトの一つよ。好きに使っていいわ。それと、これを渡しておくわね」
シエナが渡してきたのは小型の回転拳銃だった。
「ないとは思うけど万一危険が迫ったらそれで何とかしてね。まあ、ロクに訓練もしてないでしょうし、戦うより逃げることをお勧めするけれど。今度練習しましょう」
小型ながらずしりと重い拳銃を、ステファニーは頷いてポケットに差し込んだ。
「じゃあ、また明日お店でね」
そう言ってシエナは出ていく。
残されたステファニーはベッドに寝転んでポケットにしまった拳銃を取り出してしげしげと眺めた。
命を奪う武器。
初めて持ったそれはどことなく頼もしげな気配を発しているように感じられた。
これが案内人の言っていた「プレゼント」なのかもしれない。
「これで──ファイアブランドの奴らを──エステルを──」
憎きファイアブランドの娘の顔に弾丸を撃ち込むところを想像してステファニーが呟いた直後──
『させないわよ』
どこからともなく声が聞こえた。
「誰!?」
即座に拳銃を構え、辺りを見回すと、目の前に巨大な赤い「目」が出現した。
「ひっ!な、何よあんた!」
悲鳴が漏れ、拳銃を持つ手が震える。
それでも必死に両手で拳銃を構え、目玉の怪物へと向けた。
だが怪物は怯んだ様子もなく、近づいてきた。
『ステファニーちゃん、で合っているわよね?はじめまして』
口もないのに流暢に言葉を話す怪物。
「く、来るな!来るなぁ!そ、それ以上近づいたら撃つわよ!」
引き攣った喉と口を必死に動かして警告を発するが、怪物はくすくすと笑うだけだった。
『慌て者ねぇ。その銃、どうなっているか見てみたら?』
思わず拳銃に視線を落とすと、さっきまであったはずの弾倉がないことに気付いた。
「う、嘘、なんで?」
怪物が触手を出現させ、何かを床に落とした。
コロコロと金属質な音を立てて落ちたそれは──解体された弾倉と中に詰まっていた弾丸だった。
「そんな──」
頼りにしていた武器がいつの間にか無力化されていたことに絶望して、ステファニーは拳銃の残骸を取り落とした。
「何なの?何なのよ!あんた!」
『そうねえ。冥土の土産に教えてあげるわ。私はセルカ。貴女が逆恨みしているエステルの使い魔よ』
「な──エス──テルの──」
絶句するステファニーをおいてセルカは語り始める。
『あの人の身に危険が迫っていると聞いてここまでやって来たら、貴女があいつから力を受け取っていたものだからびっくりしたわ。でも見つけたのは僥倖だった。危険の芽は早めに摘んでおかないといけないもの。だから貴女を見張っていたの。そして犯罪組織に拾われてやっとあいつの目が離れたからこうして貴女と話せている、というわけよ』
怪物が自分を殺す気だと悟ったステファニーは、何とか隙を作れないものかと時間稼ぎを試みる。
「なんで──そんなことわざわざ私に言うの?」
『うーん、貴女になら聞いてもらえる気がしたのよ。私の願望──いいえ、欲求をね。私ね、ずぅ〜っと前から思っていたの。人間と同じ姿であの人と並んで歩きたいな〜って。でもこの姿だと殆ど人前に出られなくって──寂しいの』
視線を落として哀しげに語る怪物。
その隙にステファニーは静かにベッドを降りて扉の方へと向かおうとしたが、次の瞬間、怪物の身体から何本も触手が伸びてステファニーの方へと向かってきた。
「ひっ!う、うわあああああ!」
半狂乱で扉に向かって逃げ出したステファニーだったが、すぐに怪物の触手が両足に絡み付き、盛大に転んでしまう。
その直後には両手も捕えられ、口も塞がれる。
怪物が正面に移動してくる。
目と鼻の先で血のように赤い瞳に見つめられ、力が抜けて意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、有無を言わさぬ要求の言葉だった。
『だからね──貴女の顔、貴女の身体、貴女の姿──全部私に頂戴?』
次の瞬間、強烈な痛みが全身に走り、その後すぐにステファニーの意識は途絶えた。
数分後、白目を剥いて倒れていたステファニーの身体がむくりと起き上がる。
立ち上がって、歩き、軽くスキップし、くるりと一回転した後に、朗らかに笑い出す。
「あはは!良い身体ね!気に入ったわ」
そしてステファニー──の身体を乗っ取ったセルカはベッドの下に隠されていた大量の酒瓶を取り出し、中身を部屋中にぶちまけた。
そして魔法で小さな火球を作り出してぶちまけた酒に火をつける。
一瞬で火球は大きな炎へと変わり、部屋を焼き始める。
セルカは素早く扉から部屋の外へと出て、廊下を走り、建物の裏口から脱出した。
火事が見つかって野次馬が集まり始める集合住宅を後にして、セルカは夜の道をひた走る。
「ありがとう、ステファニーちゃん。貴女は愚かで無力で寂しがり屋でそのくせ傲慢で残忍で迷惑な屑だったけれど、ようやく人の役に立ってくれるわね。私の
その声は誰にも聞かれることなく夜の闇に溶けていった。
その様子を遠くから見ていた犬の形をした淡い光が、満足したように鼻を鳴らしてどこかへと消えていった。
◇◇◇
「お前──その姿はどうしたんだ?」
思わず訊かずにはいられなかった。
もうしばらく王都を見て回りたいと言って残ったセルカが人間の姿になって帰ってきたのだ。
ぱっつんに切り揃えた金髪に吊り目気味の生意気そうな顔立ち。年は十代半ばくらいだろうか。俺よりは上のようだがそう変わらないように見える。
「人間に変身する方法を見つけたの。王都で色んな人を見て試したのだけど──この姿が気に入っちゃったのよ」
「えぇ──まあお前の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ」
こいつは何をやっているんだと若干呆れたが、セルカは上機嫌だった。
「よかった。これで人が来るたびに隠れなくて済むわ」
「あーそのために人間に変身する方法なんて探していたのか」
「ええ。人間の姿の方が何かと動きやすいのよ。人とのやりとりがいつでも誰とでもできるようになるしね」
「なるほど」
訂正しよう。セルカはセルカで考えがあったらしい。
「ま、なら言うことはなしだ。おかえり」
セルカはニッコリ笑って返事をする。
「ただいま」
これって「ステファニーが仲間に加わった」──っていえるのかな?