俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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スカウト

 悪徳領主には強力な軍隊が必要だ。

 

 飛行船に鎧、大砲から拳銃まで様々な銃火器、拠点となる基地や要塞、それらを運用する兵隊を揃えるのは必須である。

 

 だが、それだけでは足りないことをオフリー伯爵家との戦争は思い知らせてくれた。

 

 傷ついた飛行船を修復するよりも、焼け落ちた砦を建て直すよりも、領民から募った兵を鎧のパイロットに仕立て上げるよりも、遥かに困難で遥かに重要なことがある。

 

 戦いで俺が屋敷を空けていた間に侵入してティナたちを攫った隠密集団──あのような脅威に対抗でき、かつ敵に対して同じようなことをやれる人材の確保だ。

 艦隊の再建に目処が立った今、次はそれが急務である。

 

 なるほど、オフリー伯爵家は取り潰され、地図から消え失せた。

 だが、裏を返せばその更に上にいた派閥の幹部連中はトカゲの尻尾切りに成功して無傷ということ。

 

 そして連中の中には俺に恨みを持ち、害そうとする者もいるだろう。

 奴らの魔の手が伸びてくる前に対策をしておかなくてはならない。

 

 だが、生憎とその手の「汚い」やり方ができる奴は軍にはいなかった。

 そして彼らにそういった戦術を悠長に研究させている時間はない。

 

 よって、外からスカウトしてくるしかない。

 

「そういうわけだ。頼まれてくれるか?」

「了解したわ。二、三ヶ月ほど頂戴」

「そんなに短くていいのか?」

「ええ。急いでいるのでしょう?」

 

 事もなげにそう宣うセルカ。

 確かにそうだが、早ければ何でもいいわけではない。

 俺の手駒とする以上、その能力や性質はよく吟味したいのだ。

 

 そのことを言ったが、セルカはそれでもできると言った。

 ただ、先立つものは要るようだ。

 

「本土への渡航費と滞在費、それと工作費で五百万ほど用意してもらえるかしら?」

「現金でか?」

「ええ。できればそのうち三百万ほどは白金貨で。金額よりも大きなインパクトが期待できるから」

「──分かった。ギルドに掛け合おう」

 

 色々と支払いが立て込んでいる中での出費は良い顔をされないだろうが、俺やティナたちの命と未来が懸かっているのだ。

 そのためなら、無茶でもする。

 

 

◇◇◇

 

 

 王都郊外。

 

 かつて賊やモンスターから入植者たちを守る砦として建てられ、補修と増築を繰り返していつしか要塞となり、やがて王国が安定期を迎えて役目を終えたその場所は、今や行き場のない者や脛に傷持つ者が集まるスラム街と化していた。

  

 農村から溢れ出た農民、空賊や敵国の軍に故郷を襲われ逃げてきた難民、食い詰めた冒険者崩れ、お尋ね者や犯罪ギルドの構成員、彼らを相手に商売をする商人や闇医者──実に多様な日陰者たちが集い、しかして彼らを咎める者はいない。

 憲兵たちも、その危険さと上の利権を犯す可能性を恐れて摘発には殆どやって来なかった。

 

 その魔窟の更に奥深く、「中立地帯」と呼ばれる食堂は暴力と死が蔓延するスラムにおいて例外的に一切の喧嘩と殺生が禁じられていた。

 

 食堂を取り仕切るオーナーの方針で、食の安全と客の匿名性の確保、暴力の排除が徹底され、故に取引や談合の舞台となっている。

 何なら、利用するのはならず者ばかりではなかったりする。

 

 そんな中立地帯の一階、所狭しと並べられたテーブル席とその喧騒から少し離れたカウンター席に一人の獣人の女性が座る。

 

 櫛が入れられた小綺麗な髪に染みや汚れのない服、整った顔立ちの彼女はスラムの食堂ではいささか浮いて見えた。

 

「フローラ。ストレートで頼むわ」

 

 注文を受けた店員がすぐにグラスに酒を注いで出した。

 

 それを一気飲みしておかわりを注文する女性に一人の男が目をつけた。

 

「なぁなぁ、アンタみてえなかわい子ちゃんがこんな所で何してんの?」

 

 無遠慮に隣に座って話しかける男に女性は目もくれずに出された酒のおかわりを呷る。

 

「なぁ、よう、聞こえてんのか?アンタに話しかけてんだぜ?」

 

 諦め悪く話しかけ続け、ついでに肩に手を回してきた男に女性はようやく反応を見せた。

 

 彼女の口元に浮かんだ笑みを見て男が成功を確信した次の瞬間、音もなく抜かれたエストックが男の喉元に突きつけられる。

 

「そない大声出さんでも聞こえとるわボケ。キショいからとっとと失せや」

「なっ?は?」

 

 目を閉じたまま凄む女性と呆気に取られる男に、店員が笑顔で注意する。

 

「お客様、喧嘩でしたらお外でお願いしますよ」

「あーすまんねぇ。このブサイクがうちのことコマそうゆーんか、えらいしつこうてなぁ。怪我はさせとらんさかい、堪忍してや」

 

 女性の弁解に周囲の席から嘲笑が湧き起こる。

 

 恥をかいた男は顔を真っ赤にして女性に食ってかかった。

 

「てんめぇよくもやってくれたな!表に出ろ!」

「ほーう、言ったな?吐いた唾は飲み込めねーぞ?」

 

 背後から割り込んできた声に男が振り向くと、そこにいたのは濃緑の髪にカーキ色の瞳を持った壮年の男性だった。

 

「ライザとやり合おうってんなら、俺が代わりに相手になってやんよ」

「上等だゴラァ!」

 

 興奮状態だった男は相手が誰か見極めることもなく怒鳴りつけ、決闘が成立してしまった。

 

 店の外に出た二人はある種の美学に則って名乗りを交わす。

 

「早撃ちのバズだ」

「騎士殺しのエル・クラウドだ。覚悟しろよ。この銀貨が落ちた時がテメェの最期だ!」

「おー吠えるねぇ。ならお前が投げな」

 

 騎士を討ち取ったなど、普通に危ない奴だが、バズは慌てた様子もない。

 

 苛立った男が銀貨を指で弾いて飛ばした。

 

 舞い上がった銀貨が地面に落ちてチリン、と音を立てるや否や、拳銃が引き抜かれ、二つの銃声が響く。

 

 騎士殺しと名乗った男は胸から血を流して倒れ込んだ。

 

 一方のバズは涼しい顔でふっと銃口の煙を吹き散らした。

 

「次からは相手をよく見てから喧嘩を売るんだな。あ、もう次はねーか」

 

 バズは笑って物言わぬ骸と化した騎士殺しの首を取る。

 

「これで疑り深いロドスの野郎も満足だろう。ナイスだったぜ、ライザ」

「全く、わざわざウチを餌にせんでも狩れたやろ」

「獲物を狩るなら一番油断してる時って相場が決まってんだよ。許せ」

 

 ライザが小言を言うが、バズは悪びれた様子もなく軽口を叩く。

 

 それを聞いてライザは額に青筋を浮かべ、されど口元だけは笑顔でバズの袖口を引っ掴む。

 

「──キメラ奢ってもらうさかいな。それと後で──」

「わーったわーった!何でも好きなだけ飲んでいいし、好きなだけ付き合ってやるよ。と、その前に──」

 

 バズは背後を振り返って、呼びかける。

 

「そこに隠れてる爺さんよ、さっきからずっと俺たちを見てたみてぇだが、何の用だ?」

 

 その呼びかけに応えて物陰からフード付きのマントを羽織った初老の男が現れる。

 

「いや見事な手前だった。敢えて中立地帯を狩場に選び、獲物が深酔いして判断力が鈍ったタイミングで酒席の喧嘩に見せかけてまんまと中立地帯の外に誘き出し、仕留める。正規軍が雇ったにしては随分と狡猾なやり口だね」

 

 拍手しながらバズたちの仕事ぶりを批評してみせる初老の男。

 一見穏やかな優しい顔立ちだが、血のように赤い瞳がどこか妖しさを醸し出している。

 

 どこか異様な気配を纏うその男の物言いに、バズはビジネスの気配を嗅ぎ取った。

 

「──へぇ、そりゃどうも。んで?ただ世辞を言いに来たってわけじゃねぇだろ?違うのか?」

「違わない。仕事を頼みに来た」

 

 やはりか。

 傭兵ギルドを通さずにクライアントから直接仕事を請け負う自分たちにわざわざ接触してきたということは、よほどの案件なのだろうか。

 

 男の顔に見覚えはない。

 少なくともさっきくたばった騎士殺しの殺害を依頼してきた()()とは関係なさそうだ。

 

「安い仕事は受けねぇぞ?」

「心配ご無用。報酬は弾むとも。一先ず、一杯やらないかね?」

 

 バズはニヤリと笑って中立地帯への入り口を指し示した。

 

 

 

「この男を脱獄させてもらいたい」

 

 席に着いて一杯目の杯が空になったタイミングで初老の男が差し出してきたのは一枚の紙。

 

 デカデカと書かれた「指名手配」のタイトルの下にいかにも悪そうな顔つきに描かれた男の似顔絵、そしてその下に書かれた簡単な説明。

 

 一時期王国の重要な航路を荒らし回り、そこそこ有名になっていた空賊の手配書だ。

 

 そう、「なっていた」である。

 

「へぇ、そりゃまた随分な依頼だなァ?どーしてわざわざあんな落ち目の空賊ごときを今更救出しようとするんで?」

 

 バズが指摘した通り、手配書に書かれた空賊は一時は暴れ回ったものの、その先が続かず、悪行は失敗続きで懸賞金も往時の一割にまで暴落していた。

 

 懸賞金の欄が何度も書き直された手配書を見るに、初老の男がそれを知らないで来たわけではないのは明らか。

 となると、軍も把握していない余程のネタでもあるのだろうか?

 

 訝るバズに初老の男は答えることなく、懐から小袋を取り出して寄越してくる。

 

 バズが小袋を開けてみると、中には白金貨がぎっしりと詰まっていた。

 

 前金にしては法外な額の金にバズが思わず目を見開くと、初老の男はすかさず言った。

 

「一切の詮索抜きで奴を救出してくれたら、更にこの倍払おう。手段は一切問わない。ただし、生かして連れてくることが条件だ。死体と引き換えには払わんぞ」

 

 一体何を考えてこんな破格の報酬を提示してくるのか分からないが、額が額である。

 

 何かあるにしてもこの際乗ってやろうとバズは決めた。

 どの道そこまで仕事を選り好みできるような身でもないし、このチャンスを逃がす手はない。

 

 もし支払いを渋るようなら、その時はあらゆる手段で取り立てるまでだ。

 

「いいぜ。その仕事、引き受けようじゃねぇか」

「奴は今フォートマースの監獄に捕えられている。この週末には絞首刑に処されるだろう。それまでに脱獄させ、ここに連れてきてもらいたい」

「そぉかい、承知した」

 

 そう言ってバズが運ばれてきた二杯目の酒を一気に飲み干した。

 

 

◇◇◇

 

 

 太鼓の音が重なり響く。

 

 開放された砦の一角に見物客が詰めかけ、処刑台に注目する。

 

 連れて来られたのは、首に縄をかけられ、全てを諦めたような生気のない顔の罪人。

 今年の分の公開処刑のトリを飾る()大空賊である。

 

 その横で役人が紙を広げ、告文を読み上げる。

 

「マトラク・ラズロ!この者はホルファート王国に対する数々の罪を犯し、告訴され、裁かれ、有罪を申し渡された。犯した罪はいずれも悪意に満ち、数も膨大である。そのうち主だったものを以下に列挙する。空賊行為、密輸、敵国船拿捕許可状の偽造、ホルファート王国軍将校を騙っての詐欺、ラーシェル神聖王国軍将校を騙っての詐欺、神殿聖職者を騙っての詐欺、偽の旗を掲げての航行、放火、誘拐、掠奪、密猟、山賊行為、窃盗、自堕落、強奪、その他の不法行為。これらの罪によりここに本日、この者を絞首刑に処するものとする!女神様、聖女様、どうかこの罪人にお慈悲を」

 

 役人が祈りの印を切ると、何やら門の方が騒がしい。

 

「ちょいと失礼、通りますよ〜」

 

 群衆を掻き分けて処刑台の方に向かってくるのは棺を積んだ荷車を牽く一隊だった。

 

 到着が遅れていた遺体運搬係がようやく来たのだと判断した役人は、荷車を誘導するために出そうとしていた処刑の合図を一旦呑み込む。

 

「脇に!脇に!道を開けて荷車を通しなさい!」

 

 声を張り上げる役人に、群衆は不平を言いながらも荷車を避けて左右に開いていく。

 

 そして遂に前を遮るものがなくなったその瞬間。

 

「ぶちかませ!」

 

 突然一隊のリーダーと思しき男が処刑台を指差して叫んだ。

 

 直後に轟音と共に棺を突き破って砲弾が発射され、処刑台の支柱が吹っ飛んだ。

 

 悲鳴が上がり、その場から我先にと逃げ出そうとする群衆で刑場はたちまち大混乱に陥る。

 

 役人や兵士たちが声を枯らして静止しようとするが、すぐに次の砲声と更なる悲鳴に掻き消されてしまう。

 

 兵士たちが群衆に阻まれてもたついている間に一隊は散開し、半分は兵士たちの方に、もう半分は半壊した処刑台に向かった。

 

 屈強な処刑人が斧を手に立ちはだかるが、「邪魔」の一言と共に魔力で強化された蹴りを横っ面に喰らって昏倒する。

 

 あっさりと処刑人をノックアウトしたリーダーの男──バズは変装用に被っていた粗末な帽子を用済みとばかりにかなぐり捨てて、拳銃を両手に握る。

 

「助けに来てやったぜラズロさんよォ!泣いて感謝しな!」

 

 訳が分からないという顔のラズロの頭上で絞首用の縄が撃ち抜かれ、切断される。

 

「ウォル!キャッチしろよ!」

 

 次の瞬間には絞首刑用の開閉レバーも撃たれて衝撃で倒れ、床が開いた。

 

 落ちてきたラズロをキャッチしたのは大柄な爬虫類型の獣人だ。

 

「は?お、おい待て!何だお前ら!?」

「騒ぐんじゃねえよ」

 

 混乱して暴れるラズロを、ウォルと呼ばれた獣人は()()小突いて黙らせた。

 

「おいおいあんまり乱暴に扱うなよ。死体じゃ金は貰えねーんだぞ」

「気絶しただけだ」

「お前はたまに永遠に気絶させるだろーが!」

 

 バズは駆け寄ってラズロの脈を確かめると、脱出のための仲間を呼んだ。

 

「ジェセ!ずらかるぞ!」

 

 次の瞬間、辺りは一面霧に包まれる。

 

 霧が晴れた時、バズと仲間たちの姿はどこにもなかった。

 また、囚人もいなかった。

 

「どこだ!奴らはどこにいる!」

「消えた!?」

「まだそう遠くには行っていないはずだ!探せ!」

 

 残されたのは混乱する役人と兵士たち、そして乗り捨てられた荷車だけだけだった。

 

 

 

 監獄の敷地の外、生い茂った藪の中に突然穴が開き、中から尖った耳を持つ褐色肌の青年が顔を出した。

 

 周囲を見回して人目がないことを確認すると、穴を出て仲間を呼ぶ。

 

 すぐにバズが穴から出てきて、続いて他の仲間たちと頭巾を被せられたラズロも出てきた。

 

 全員の無事を確認して、褐色肌の青年がバズに問いかける。

 

「ちょろいもんだったね〜。それで白金貨三百枚はさすがにボロ過ぎない?詐欺じゃないよね?」

「だったら締め上げてでも払ってもらうさ」

「その必要はないよ」

 

 突然会話に割り込んできた声に青年たちは思わず身構える。

 

 木の陰から姿を現したのは依頼主の初老の男だった。

 

「ご苦労だった。完璧にやってくれたな」

「お前、尾けてたのか」

「詮索はなし。そういう条件だったはずだよ。さ、その男を渡してくれたまえ」

 

 答える気はないらしい男にバズは腑に落ちないながらも、救出したラズロを男の下へ引っ立てる。

 少なくともこの場には男一人。他に仲間がいるようでもない。

 

 男はラズロの顔を確かめると、懐から小さな箱を取り出して開いた。

 

「私の化粧箱にようこそ」

 

 男の血のような赤い瞳が妖しく光ったかと思うと、ラズロの身体はたちまち足元から崩れて箱へと吸い込まれていく。

 

「うわぁぁぁ!何だ何だこりゃ!た、助けてくれぇぇぇ!!」

 

 下半身を失って地面に倒れ込んだラズロは必死で地面を掻いて逃れようとするが、すぐに綺麗さっぱり箱に吸い込まれて消えてしまった。

 

「待たせたね。約束の報酬だ。受け取りたまえ」

 

 目の前で起こった信じ難い出来事に仲間たちが唖然としている中で、バズは努めて平静に差し出されたケースを受け取った。

 

 そして最初に穴から出てきた褐色肌の青年に投げ渡す。

 

「ジェセ、数えろ」

 

 指示を受けて褐色肌の青年──ジェセがケースの中身を検め始める。

 

「ぴったり二百枚──マジかよ」

 

 本当に白金貨が二百枚。前金と合わせれば三百枚という法外な金額が本当に支払われたことに、いつもは飄々としているジェセも驚きを隠せないようだ。

 

「成果には報酬。当然のことだよ。君たちのような優秀な仕事人には尚更ね」

 

 事もなげにそう宣う初老の男に、バズは一つの可能性に思い至る。

 

「なぁアンタ、ラズロの野郎から何か聞き出してぇわけじゃなかったってことはよ──もしかして目的は俺たちか?」

「──気付いたかね。そうだ。君たちウルフパックのことは賞金稼ぎのギルド伝に聞いてね。調べたのだよ。その上で実力を確かめさせてもらった」

 

 それを聞いて、バズはやはりかと目を細める。

 

 随分と回りくどい真似をしてくれたものだが、仕官の誘いであろう。

 汚れ仕事をさせるために自分たちのような者を手元に置きたがる奴は数多くいる。

 

「へえそうかい。だがお生憎様、俺は貴族に仕官なんてしねえぜ」

 

 そう、仕事は受けても鎖に繋がれた犬になるつもりはない。

 

 それは矜持でもあり、切実な事情でもある。

 たまたま働きぶりがお上の目に留まったり、依頼がなくなって食い詰めたりして仕官する者はこの業界ではそう珍しくない。

 だが、その末路は大抵ロクなものではないのだ。

 

「まあそうせっかちになるものではないよ。誰に仕えるのか聞いてからでも──」

「関係ないね。俺たちは仕事は受けるが、鎖に繋がれた犬になる気はないんだ。悪いね」

 

 バズが手のひらを振って歩き出そうとすると、背後から男が耳打ちしてくる。

 

「君の実家──ターナー男爵家の力になれると言ってもかね?」

 

 瞬間。

 

「おい爺、それを一体どこで知った?」

 

 バズは男の顎下に拳銃を突きつけていた。

 

 だが、男は怯えた素振りも見せずに淡々と話し始める。

 

「実は我が家の内部に潜む鼠を駆除している途中に興味深い噂を聞いてね?後夫を迎えては戦場に送って遺族年金をせしめる者たちがいる。自分たちでは動かず、表向き合法的な催しを通じて繋がりを作り、繋がった者に金をちらつかせて生贄を供出させているとか。その毒牙にかかった気の毒な青年たちは雀の涙のごとき端金のために売られて激戦地で戦い、死してなお国を欺き金を吸い取るための隠れ蓑として利用され続けるそうだ。──だが、戦死が明確に確認できない者も中にはいる。顔が焼け爛れていて背格好と名札でしか判別できなかった遺体、などだね。この名に心当たりはないかな?セ──」

「やめろ」

 

 男の言葉を遮り、バズは拳銃を握り直す。

 らしくもなく手汗をかいていた。

 

「どうしたバズ?俺が圧し折ろうか?」

 

 ウォルが問うてくるが、バズはかぶりを振って制した。

 

「言ったろ?俺たちは鎖に繋がれた犬になる気はねぇ。俺たちはウルフパックだ。狼ってのは、自分で仕留めた獲物以外は食わねーんだよ」

「──そうか。だが、お上が築いた柵の中で小物ばかり食っているのも歯応えがないのではないかね?」

「何?」

 

 一体何を知っていて、どこまで見透かされているのか。

 

 底知れない赤い瞳に際限なく警戒感が高まっていく一方で、気を抜くとその瞳に吸い込まれそうだった。

 何らかの催眠または洗脳の魔法でも使われているのだろうか。

 

「どうせなら、もっと広い狩場でもっと大きな獲物を仕留めてみたくはないかね?そしていずれは──この世界そのものに風穴を開けることも叶うやもしれんぞ?見たくはないかね?黒雲のように頭上を覆う不条理が切り裂かれ、温かい陽が差す自由な世界を」

「自由、ね。何とも耳触りのいい言葉だな。そういう甘い言葉を吐いて鎖に繋ごうとする奴は腐るほど見てきたぜ。さっきみたいなのは初めて聞くが、どうせやり口は同じだろ?あン?」

 

 すると、男は溜息を一つ溢したかと思うと、目を見開いて饒舌に語り出した。

 

「我が主をそこいらの有象無象と同じにされては心外だよ。あの方は戦いとあらば自ら鎧を駆って魁、殿となることを厭わぬ。そして戦働きには身分も立場も関係なく信賞必罰で以って臨まれる。それ故、騎士も兵士も皆その背を追ってどんな死地にも飛び込むし、与えられた務めはどんな困難が立ちはだかろうと必ず遂行する。君も一目会えばその理由が理解できるであろうよ」

 

 何かの敬虔な信徒かそれとも薬物中毒者のような様相を呈する男に、ウルフパックの面々は言葉を失った。

 

「何やコイツ急にベラベラ──キッショ」

 

 ずっと後方で様子見していたライザが辛うじてそう呟いただけ。

 

 男はそれを無視して再びバズに誘いをかけてくる。

 

「我が主ならば君の求める自由な狩りと君の望む大いなる夢のための力、その両方を君に与えられる。どうだ?今すぐに信用しろとは言わぬが、我が主に会ってから決めても良いのではないかね?」

 

 しばしの沈黙。

 

 その末に──

 

「──分かった」

 

 バズは半ば根負けした形で同意した。

 

「え?マジで?行っちゃうの?え〜」

 

 ジェセが今まで見たこともないほど驚き、呆気に取られた顔をする。

 

 それは他の仲間たちも同じだったが、反対の声は出なかった。

 何だかんだでバズの判断が間違っていたことはないし、彼らも彼らで先の読めないスリリングな展開に恐怖よりも面白味を感じる者ばかりだったのである。

 

 それを見て男は破顔する。

 

「よろしい。ではついて来てくれたまえ」

 

 そう言って男はいつの間にか道に停まっていた馬車に向かって歩き始めたが、バズはそれを呼び止めた。

 

「待て。その前にやっておくことがある」

 

 男は足を止めて、振り返る。

 

「何なりと言いたまえ。力になるぞ」

 

 

◇◇◇

 

 

 王都内某所。

 

 豪華な調度品が誂えられた部屋で、明らかに高位の将軍と分かる部屋の主とバズが向かい合っていた。

 

 執務机の上にケースが置かれ、開け広げられる。

 

「約束の金だぜロドスさんよ。確かめな」

 

 煌めく白金貨にロドスと呼ばれた将軍は目を見開く。

 

「驚いた。まさか本当に用意するとは。どうやったのかな?」

「太い客を見つけたのさ。それより、分かってるよな?」

 

 バズが睨みつけて念押しすると、ロドスは溜息を吐いて答える。

 

「もちろんだ。取り決め通り、君の遺族年金についてはこちらで手配する」

「急いでもらおうか。あんまり手間取ってるとアンタの方も古傷が痛んでくるぜ?」

 

 バズが取り出したのは一枚の書類。

 

 それは昔の戦争でロドスが率いていた部隊が退却する際、本国からの焼却命令を無視して物資を第三国に横流ししたことを示す証拠だった。

 

 自分を後夫にした女とその共謀者に支払われている遺族年金を止めるために取引して以来、北に南に東に西に使い倒される中で少しずつ集めたロドスの弱みになる情報の一つ。

 

 これだけでも明るみに出ればロドスは今後の出世が見込めなくなるほどの劇物だが、今のバズにとってはもはや切り札ではなく手札の一つに過ぎなかった。

 

 書類をロドスの前に放り投げ、ついでにマッチを箱ごと添えてやる。

 

「それ、やるよ。最後までやってくれたら、客に預けてある残りもな」

「──やれやれ、少しは信用してくれても良いだろうに」

「アンタから学んだのさ」

「そうか。ふん、惜しいことをした」

 

 ロドスはマッチを擦って火を点け、書類を燃やすと、引き出しから一束の書類を取り出した。

 

 そこに署名と捺印を加えて従兵を呼ぶと、王宮に届けるように指示を出す。

 

「手は付けた。良い知らせを待つが良い」

「そうさせてもらうぜ。あばよ」

 

 バズはさっさと部屋を後にした。

 

 

◇◇◇

 

 

 集められた傭兵たちを見て、俺は満足だった。

 

 ウルフパック──狼の群れを意味するその一団は傭兵団と呼ぶには極めて少人数で、冒険者パーティーとでも呼んだ方が近い気がするが、メンバーは皆化け物じみた連中ばかりだ。

 

 誰の追随も許さない拳銃の名手にして、臨機応変を地で行く優秀な指揮官のバズ。

 

 新月の夜でも音だけで周囲数キロの状況を把握し、銃撃すら命中させるほどの地獄耳ライザ。

 

 土魔法を極め、一人で地形を弄り、坑道戦術をも実現してしまう凄腕魔法使いジェセ。

 

 怪しげな道具や奇怪な武器を使いこなす得体の知れないエンジニアにしてメディックのドス。

 

 斧も通さない鱗と怪力、そして爆発物のスキルでいかなる障害も破壊し、突破するウォル。

 

 俺ですら欺かれかけた高度な幻術を使いこなし、大部隊すら翻弄するレオ。

 

 種族も体格も異なり、それぞれが独特の強みを持った者たちが優秀な隊長の下に統率され、一つの生き物のように動いてあらゆる戦場、あらゆる任務に対応する特殊部隊として完成している。

 

 こんな素晴らしい連中を見つけ出してきたセルカには脱帽である。

 

「お前たちには釈迦に説法だろうが、上の連中が尊ぶ忠誠だの、正しさだの、そんなものはこの世知辛い世で生き残る役には立たない。そもそも王や貴族自体、最も栄えた空賊山賊に過ぎないんだからな。当然モノを言うのは力だ。力のない者がどんな綺麗事を謳おうが信じようが、結局は裏切られ、打ち負かされ、絶望に沈むだけ」

 

 かつての俺もそうだった。

 俺が馬鹿ではなくて力があれば、俺の人生を守れたはずだ。

 少なくとも、あんな惨めな最期を迎えることはなかった。

 

「勝つこと!どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、どんな誹りを受けても、絶対に勝つ。それが理想という名の我儘を押し通すには必要なことだ。それができたからファイアブランドはまだここにある。だが──一度できたからといってこれからもできるなどと盲信するほどおめでたくはないし、そういられる状況でもない。いや、より一層差し迫っている。それでも私は私の利益と幸福を追求する。その邪魔をするなら、誰が相手だろうが戦うことを躊躇わないし、一歩も引かない。勝利を手にするまで、諦めることはない」

 

 そして俺は彼らとの契約書を手に取って、リーダーの男バズの前に提示した。

 

「私がお前たちに求めることはそう多くない。一つは成果。もう一つは契約の遵守。引き換えにお前たちが手にするものは公正な評価と確実な報酬の支払い、そして美味い飯と私の勝利に貢献したという名誉だ」

「ははっ、そいつは何とも魅力的ですな。ご満足いただけるよう努力いたしますぜお嬢様」

 

 からからと笑いながら契約書にサインするバズに、俺はもう一つ忘れていた条件を付け加えた。

 

「ああそうだ、求めることがもう一つあった。私を呼ぶ時はエステル様と呼べ」

「承知いたしました。エステル様」

 

 サインを終えたバズが恭しくお辞儀してくる。

 

 これにて契約完了。

 ウルフパック傭兵団は俺の指揮下に入り、誰との折衝もなしに自由に動かせる手駒となる。

 

「よろしい。活躍を期待しているぞ。ウルフパック」

「──ええ、必ずお応えしますよ」

 

 バズから飄々とした態度が消えて真剣な声色になる。

 

 目付きまでも獰猛な捕食者のような光を帯び、俺を値踏みするかのような意思を宿していた。

 

 いいじゃないか。さっきまでの気さくだがどこか人を食ったようなのより、こっちの方が俺は好きだ。

 

 こいつらを使う時が来るのが楽しみで仕方ない。

 




ちなみにセルカが使っていた初老の男の姿はニールからの「貰い物」
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