俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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書きたいこと書いてったらやたら文字数が多くなるって誰かが言ってたけどこういうことかと実感してる


家出 Ⅰ

「は?結婚?」

 

 親父の口から出てきた言葉に開いた口が塞がらなかった。

 

 日課の修行と午前中の勉強を終え、昼食を食べてくつろいでいる最中にいきなり親父──【テレンス】の執務室に呼び出されたかと思ったら、お見合いの話を持ちかけられた。

 というより、嫁に出されるのは決定路線で殆ど事後報告に等しい。

 

 相手の身上書──写真やら身分やら経歴やら色々載った書類を目にした俺は鳥肌が立つような──いや実際に立ったわ──嫌悪感と、こんなものを渡してきた親父に対する怒りが沸々と湧き上がった。

 だって、相手は三十路で見るからに不健康そうなメタボ野郎なのだから。

 

「待ってください父上!なぜ学園に入学する前から結婚の話が出るんですか?」

 

 貴族の結婚は学園を卒業してから──というのが慣しである。

 俺だって学園に行くのは楽しみにしていた。それを結婚などという人生の墓場行きで梯子を外されてたまるか!

 思わず声を荒げて抗議したが、親父は取り合わない。

 

「昔から何度も世話になっている家の方だ。伯爵家の跡取りだぞ。何が不満なんだ?」

「ふざけんなよ!逆になんでこんな結婚に満足すると思ったんだ?あ"?」

 

 口調を取り繕うことすら忘れて俺は親父に食ってかかった。

 学園入学前の結婚なんて政略結婚しかない。

 要するに俺はファイアブランド家の「駒」だ。相手の家にとっては跡取りを産む機械。

 

 だが親父は机を叩いて立ち上がり、怒鳴り声を上げた。

 

「親に向かってその口の利き方は何だ!」

 

 初めて聞いた親父の怒鳴り声。

 だが俺は怯まない。この程度、前世の借金取り共で経験済みである。

 

「誤魔化すんじゃねーよ!!お──私はこんな結婚認めねえ!」

「黙れ!使いもしない剣術やら鎧のために湯水のように金を使わせおって!一体家からいくら出してやったと思っている!お前も少しは家のために役に立て!」

 

 ──この野郎、師匠から受け継いだ【鏡花水月】とそれを習得するための修行──俺が流した汗と血と涙の全てを否定しやがった。

 ──許せない!

 

「お二人とも落ち着いてくださいまし!エステル様はまだ十二歳でございますぞ。いきなりご結婚と言われても驚かれるのは無理もございません」

 

 俺を庇ってくれる我が家の執事【サイラス】は実に勇敢である。

 そして有能でもあり、彼がいなければ屋敷が保てないと言われているほどだ。そのせいで親父も体裁を気にしてクビにできないでいる。

 ──そういう奴は嫌いじゃない。いつか俺が領主になってもクビにはしないでおいてやろう。

 

 そのサイラスに親父は声を荒げる。

 

「サイラス!貴様主人に逆らうのか!」

「いいえ!そんなつもりはございません!ですがエステル様のお気持ちも汲んで差し上げて──」

 

 言い終わる前に親父が思い切り机を蹴り上げた。

 

 物凄い音に身体が反射的に痙攣する。

 

「これまで──」

 

 親父は歯を食いしばって絞り出すような声でそう言ったかと思うと、一気に癇癪を爆発させた。

 

「これまで一体誰のお陰で生きてこられたと思っている!」

 

 それは俺に向けられての言葉だった。

 

「カタリナが死んで、やっとあの薄汚い女狐から解放されたと思った!なのに──なのにあいつが俺を苦しめるために残した置き土産がお前だ!学園にいた時から俺を見下して、ことあるごとに金をせびって、亜人じゃない愛人まで囲っていやがった、何度殺したいと思ったか分からないあの女を!お前を見ていると思い出すんだよ!でも俺はちゃんとお前を子供として養い育てた!世話役だって付けた!お前の変な我儘もみんな叶えてやった!俺がいなきゃお前はこの屋敷になんていられなかった!貴族として生きられなかった!全部全部全部!俺がいたお陰だ!お前はここで生きていられるだけで、俺に恩があるんだ!」

 

 ガキみたいに喚き散らす親父の言からすると、俺は母【マドライン】の実子ではなく、死んだ前妻の娘らしい。

 俺が両親のどちらにも似ていなかった理由が今になって判明したが、特段驚きはしない。

 

 それにしても──普段大人しい部類だった親父がここまで喚くあたり、俺の生みの親である【カタリナ】とかいう前妻は思い出すのも嫌なくらい酷い女だったようだ。

 前世の元妻のことを思い出してほんの少し同情したが、親父への怒りを相殺するには遠く及ばなかった。

 否、それどころかむしろ怒りは増していく。

 

 思えば親父には親らしいことをしてもらった覚えがなかった。

 一緒に遊んでくれたことも、修行や勉強を見てくれたことも、どこかに連れて行ってくれたことも、何かを褒めてくれたことすらも──ない。ないのだ。

 修行や勉強に夢中でずっと気付かないふりをし続けていたが、それでも時々感じた寂しさや疎外感──その全てがパズルのピースのようにつながる。

 

 ──俺はずっと親父にネグレクトされ続けていたのだ。

 

 そんな虐待同然の扱いをしてきた親父に孝行したいなどとは微塵も思えない。

 養い育ててくれたことや、師匠を雇ってくれたことには感謝だが、それとて望まない結婚を受け入れる理由になどなりはしない。

 

 もうこの瞬間から親父は俺にとって完全な敵となった。

 思わず壁に飾ってあった飾り剣に目が行くが、辛うじて残っていた理性がそれを手に取ることをやめさせる。

 ここで親父を殺すのは簡単だが、その後はどうするというのか。

 当然追われる身になる。

 あの鎧に乗って逃げることもできるが、悪徳領主の夢は叶わなくなる。

 

 ──クソったれが!!それもこれもあの無能な案内人が俺をこんな家の娘に転生させやがったからだ!

 あの案内人嘘を吐きやがったな!何が生まれながらの勝ち組だ!

 

 

 

 ふと気付くと音が聞こえなくなっていた。

 今にも机を蹴り倒そうと脚を上げている体勢の親父も、その隣で止めようとしているサイラスも全く動かなくなっている。

 それどころか息さえしていない。

 まるで時間が止まったかのようだ。

 

「止まっている?どうなってるんだ?」

 

 その答えはすぐに分かった。

 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

 

「どうも。お久しぶりですね。エステルさん」

 

 噂をすれば何とやら、案内人に憤りを感じていた所での本人の登場である。

 

「しばらく時間が開いてしまいましたが、息災なようで何よりです」

 

 白々しい台詞に怒りが湧く。

 

「テメェどのツラ下げて出てきやがった」

 

 睨み付けると、案内人は頭を下げてきた。

 

「不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ですが、これまでのことは全てエステルさんのお望みを叶えるためです。エステルさんは領主になりたがっておられる。違いますか?」

 

 俺は釈然としないながらも頷く。

 

「──そうだ」

 

 すると案内人は旅行鞄から地図とコンパスを取り出し、俺に差し出してきた。

 

「そのお望みを叶えるための算段を私の方でご用意致しました。エステルさんの強力な味方となる存在がこの地図の印が付けられた島にいます。その者の下へ赴き、連れ帰ればこの上なく頼もしい味方と冒険の実績を得ることができます。それが知れ渡ったならば、皆が優秀かつ素晴らしい実績を上げたエステルさんを領主にと望むでしょう。その声を盾にし、お父上から当主の地位をお譲り頂くのです」

 

 地図を覗き込むと、そこには見たことのない島が描かれていた。

 

「このコンパスが目的地への場所を示してくれます。渡航手段はご自身で手配して頂かなくてはなりませんが──あの鎧をお使いになれるかと」

 

 見るとコンパスには針が二つあった。

 一つは北を指しているが、もう一つは南西方向を指している。

 映画で見たようなファンタジーなコンパスなのだろうか。

 

「最初から領主の跡取り息子に転生させてくれたらこうはならなかったと思うけどな」

 

 嫌味をぶつけてやると、案内人は低姿勢で言い訳を始めた。

 

「そうお思いになるのもご尤もですが、この世界では貴族男性は何かと不遇なのです。たとえ跡取りであろうともです。お父上のように家格に見合った結婚をするために酷い女性を甘んじて娶るのはこの世界では珍しくも何ともありません。逆に女性であればかしずかれ、貢がれ、自由気儘に振る舞いながら生きることができます。それを考え、貴女を女性として転生させました」

 

 何だって?そんなの初めて聞いたんだが?

 信じられない、と顔に出ていたらしく、案内人が映像を見せてくる。

 

 そこにはどこか別の貴族の一家が映っていた。

 黒髪黒目の少年が頭にたん瘤を作って、着飾った貴族女性に嫌味を言われている。

 

『全く、教育の行き届かない子供は獣と同じですね』

『申し訳ありません奥様。私共からよく言って聞かせます』

 

 頭を下げているのは少年の母親と思しき女性。どことなく雰囲気がマドラインに似ている。

 どうやら着飾った女性が正妻で、頭を下げている女性は側室のようだ。

 

 正妻は高級そうなスーツを着たエルフの男性──専属使用人を連れていた。

 その専属使用人が少年と側室の女性に向かって蔑んだような笑みを浮かべている。

 

 見ているだけで腹が立ってくる野郎だ。前世で元妻と食事していた間男を思い出す。

 カタリナが生きていたら、ファイアブランド家でもこんな光景が見られたのだろうか。

 

 少年は父親に倉庫まで連れて行かれる。

 父親は自分の息子を貶されて悔しいのを我慢しているような表情だ。

 

『──倉庫で反省していなさい。食事は後で持って行かせる』

 

 子供を倉庫に閉じ込めるとか正気かよ、と思ったら倉庫には先客がいた。

 

『お前も馬鹿だな。数日我慢すればあいつらは出ていくのに』

『ニックス、リオンに勉強を教えてやりなさい』

 

 どうやら先客の少年はニックスという名前で、たん瘤を作った少年はリオン、そしてニックスとリオンは兄弟らしい。

 兄弟はそのままランタンの明かりで本を読み始める。

 

 ──嘘だろ。

 俺はこれまで普通に電灯の明かりで勉強していたのに、この兄弟の勉強風景はまるで中世ではないか。

 しかも兄弟の会話内容がまた理不尽だ。

 

『おや──父さんと奥様は結婚したんですよね?なんで普段は領地にいないのかな?』

『男爵家以上の女性はアレが普通だってさ。嫌だよな。貰うなら絶対に準男爵家以下の家から嫁を貰いたい。まぁ、身分が高い女性からすれば俺たちなんて眼中にないだろうけどさ』

『アレが普通?』

『お前も今のうちにしっかり勉強をしておけよ。でないと、将来は二十歳までに結婚できないぞ。学園で結婚できなかったら、そのまま年増女の後夫になるかもしれないからな。それは嫌だろ?』

『ふ、普通は男性が家の中心では?というか、年上の女性に押し付けられるってどういうことですか?』

『そのままの意味だ。結婚できなかった女とか、男に逃げられた女とか、とにかく夫がいない女だな。愛人だけ、ってのは面子が立たないらしい。だから若い男を後夫に迎え入れる年増女や婆さんが多いのさ』

『普通は男の方が立場は上では?』

『女の方が強いのは父さんを見ていれば分かるだろ。あいつに──奥様に逆らえないのはお前も見ているだろうが』

 

 映像が終わると、他にもいくつか似たような映像が流れたが、どれもこれも顔を顰めたくなる酷い内容だった。

 案内人は再び頭を下げてくる。

 

「ご覧の通り、この世界では家計を支えるのも戦うのも男性ですが、女性の方が権力を握っています。私はエステルさんに生まれながらの勝ち組とお約束しました。その約束を果たしつつエステルさんの望みを叶えるため、このような回りくどいやり方を選択せざるを得なかったのです。説明が足りず、申し訳ありませんでした」

 

 ──そうだったのか。

 そういえば俺は領地の外の世界のことはあまり知らずに生きてきた。

 これがこの世界の実情だというのなら──確かに男に生まれたいとは思えないな。

 何だよあれ。男に厳し過ぎるだろうが。

 前世でも元妻に騙されて搾取されていたが、それより酷い。

 

 女として生きるのも色々苦労はあったし、今も三十路のメタボ野郎との結婚を避けるために知らない浮島へ旅に出させられようとしているわけだが──男としてあんな屑女共に搾取されながら生きるのに比べれば、こっちの方がよっぽど良い。

 この案内人、俺がこの世界で幸福に生きるために色々と考えて取り計らってくれていたようだ。

 

「私を信じるか否かはエステルさんの自由ですが、私はエステルさんが望みを叶え、幸せを掴むことを願っています。それでは、いつまでも時間を止めているわけにもいきませんのでこれにて失礼します」

 

 そう言って案内人は背後に出現したドアを開け、中の暗闇へと姿を消した。

 

 

 

 直後、動き出した親父によって執務机が蹴り倒され、大きな音が響き渡る。

 

「金を稼いだこともない穀潰しが我儘を言うな!お前は金なんていくらでもあると勘違いしているんだろうが、うちの財政は危ないんだよ!この縁談が成立すれば援助を受けられて財政を再建できるんだ!それをお前の勝手で断るなんて、恩知らずにも程があるぞ!」

 

 喚き散らす親父。

 

 逆に俺の方は既に冷めていた。

 

「──分かった。金があればいいんだな?」

 

 親父とサイラスが俺の方を見る。

 

「財政再建できるだけの金が用意できたら縁談を取り消していいんだな?」

「ガキが何言ってやがる。大したこともない剣術を覚えて、勉強がよくできるくらいで金が稼げると思っているんなら──」

 

 言い終わる前に俺は親父の内懐に飛び込んで襟首を掴んでいた。

 そのまま引っ張り下ろして親父の視線の高さを俺に合わせ、至近距離から真っ直ぐに睨みつける。

 

「──今に見てろ」

 

 それだけ言って俺は親父を放し、執務室を出た。

 

 

◇◇◇

 

 

 部屋に戻ると俺はティナに旅支度を命じた。

 

「旅って、無茶ですよお嬢様!鎧一つじゃ空賊に襲われでもしたら──」

「このままじゃ倍以上の年のメタボ野郎に嫁がされるんだよ!俺はそんなの絶対に嫌だからな!」

「めたぼ?で、でも家出は駄目ですよ。もう一度きちんと話し合われて──」

「アイツに話なんて通じない!」

 

 ティナを押しのけてクローゼットを開け、旅行用のトランクを取り出した。

 そこに服やら毛布やら水筒やらランタンやら色々詰めていく。

 修行のために冒険者が使うような服や装備品をいくつも買い揃えていたのが幸いした。

 

 フリフリした部屋着を脱ぎ捨てて、丈夫な麻のシャツとズボンを身に纏い、ポーチが幾つも付いたベルトとナイフを仕込んだガントレットを装着。

 そしてマントを羽織り、手袋を装着し、剣を腰に差した。

 

「ティナ。誰が何と言おうと俺は行く。一緒に来るか、残るかここで選べ」

 

 そう宣告すると、ティナは両手で顔を覆って嘆く仕草を見せた。

 そして──

 

「──無茶ですよ。でも、止めても無駄みたいですね。残ってもどうせロクなことにならないんでしょうし、一緒に行きますよ」

 

 もうなるようになれというやけくそのような表情で荷物を纏め始めた。

 と言っても、メイド服を脱いで私服に着替えたくらいだ。その上にポンチョを羽織って、腰にウェストポーチを着けただけでティナの旅支度は完了だ。

 ──ティナってミニマリストなのだろうか。

 

 まあそれはさておき、問題は屋敷から出る手段だ。

 さっきから扉がうるさくバンバン音を立てている。

 

「エステル!いるんでしょう?開けなさい!ティナ!何をしているの!?」

 

 マドラインが部屋の扉をノックしているのだ。

 部屋の扉からは出られないな。窓から出るか。

 

 シーツを引っぺがし、掛け布団と結び付けてロープを作ると、カーテンフックに結え付けて窓の外に垂らす。

 

「行くぞ!」

 

 そう言って俺はロープを掴んで後ろ向きに窓から飛び降りた。

 前世の特殊部隊さながらの滑り降りだが、今の俺には簡単である。摩擦熱も手袋をしているので気にならない。

 

 ティナはロープなど要らないと言わんばかりにジャンプし、猫のようにしなやかに着地した。獣人ってすげえ。

 

 外に出ると既に陽がだいぶ傾き、薄暗くなっていた。

 

 夜の闇に駆逐されていく夕焼けに背を向けて、まず向かった先は番兵用の倉庫。

 鍵を剣で叩き壊して扉を開けると、中に納められていたライフルを二挺抜き取った。

 それと予備弾倉ベルトと拳銃も拝借する。

 

 これで準備は完全に整った。

 後は格納庫に行ってあの鎧に乗り込んで出発するだけだ。

 

 不意に後ろから太い声が聞こえてきた。

 

「曲者!武器を捨てろ!」

 

 くそッ!番兵に見つかったか。

 

「走れ!」

 

 そう叫んで俺は駆け出した。

 ティナも一瞬遅れて走り出す。

 

「あ!待て!止まれ!」

 

 後ろで番兵が叫び、警笛を吹き鳴らした。

 その音を聞きつけてあちこちから番兵が姿を現した。

 

「緊急事態!武器を盗まれたぞ!捕らえろ!」

 

 最初に出会した番兵が俺たちを指差して叫ぶと、一斉に番兵たちが追いかけてきた。

 だが足の速さなら俺たちの方が上である。

 

「止まれ!止まらんと撃つぞ!」

 

 ライフルを持った番兵が怒鳴ってくるが、そんな物今の俺には全く怖くない。

 

 パン!と乾いた音が響き、ティナが「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。

 だが、弾丸は俺たちには当たらない。

 

「なっ!?」

 

 相手が驚いた声を上げる。

 無理もないだろう。弾丸が()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「う、撃て!」

 

 その声を皮切りに次々に銃声が上がる。

 撃ってきているのは麻痺系の魔弾らしく、弾丸が黄色い光を曳いている。

 わざわざ視認しやすい攻撃をしてくれるとは好都合なことである。

 

 黄色い曳光弾は片っ端から逸れていき、一発も命中しない。

 

「なぜだ!なぜ当たらない!?」

「どうなってるんだ!」

「何の魔法だ!?」

 

 番兵たちの間に動揺が走る。

 同時に弾倉を撃ち尽くしたのか、弾が飛んでこなくなる。

 

 俺たちは難なく格納庫に辿り着くが、そこにライフルを持った番兵の一個分隊が待ち構えていた。

 

「止まれ!」

 

 向けられた銃口の数にティナが足を止めてしまう。

 だが俺はそのまま番兵たち目掛けて突撃する。

 

「止まるな!後ろをついて来い!」

 

 ティナにそう命じるや否や、番兵たちのライフルが一斉に火を噴いた。

 

 一斉射撃による飽和攻撃なら、と思ったのだろうがそうはいかない。

 放たれた魔弾は全部纏めて上に逸れていったかと思うと、番兵たちに降り注いだ。

 ぎゃあああああああ、と野郎共の悲鳴が響き渡り、続いてドサドサと地面に倒れ込む音がする。

 

 倒れて麻痺状態の番兵たちを踏み越えて俺とティナは格納庫に侵入した。

 

 俺の鎧はちゃんとそこにあった。

 

 入ってきた扉に突っ支い棒をしてから鎧の所へ走り、胸元のハッチを開ける。

 

 操縦桿を握ると鎧が起動し、片膝をついた状態から立ち上がった。

 

 突っ支い棒をした扉がバンバン音を立て始める。

 

「開けろ!開けろ!」

 

 前世の借金取りを思い出す怒鳴り声が扉の向こうから聞こえてくる。

 前世ではその声に怯えながら息を殺して去って行くのを待つほかなかったが、今は違う。

 

「ティナ、膝に乗れ」

「は、はい!」

 

 ティナが遠慮がちに機内に滑り込んでくる。

 さながら小学生が大学生をお姫様抱っこしているような体勢になる。

 

「発進」

 

 鎧が翼を広げ、マゼンタ色の炎を発したかと思うと、一気に格納庫の天井を突き破って飛び出す。

 

 扉を破ろうとしていた番兵たちが唖然としているのが見える。

 

 彼らを尻目に俺はポケットから案内人がくれたコンパスを取り出し、ティナに持たせた。

 そしてコンパスが指している南西方向に向かって飛ぶ。

 

 

◇◇◇

 

 

 番兵からの報告を受けた屋敷は大騒ぎだった。

 番兵用の倉庫が破られ、武器弾薬が盗まれたと思ったら、エステルの部屋の窓からシーツと掛け布団で作られたロープが垂れているのが見つかり、部屋はもぬけの殻。

 そして武器弾薬を盗んだ曲者二人はエステルの鎧がしまってある格納庫に向かった。

 以上から導き出される結論は──

 

「曲者の正体はエステルだ!何としても捕まえて連れ戻せ!」

「は、はっ!」

 

 自身も番兵たちについて走りながらテレンスは命令を下す。

 長い間運動不足で鈍っていたテレンスの身体は悲鳴を上げ、脇腹に鋭い痛みが走る。

 息が上がったテレンスは立ち止まって汗を拭い、毒づいた。

 

「あの馬鹿娘が!」

 

 長じるにつれて殺したいほど憎んだ前妻カタリナに似てくるエステルはテレンスにとって呪いだった。

 カタリナが病気で死んでからテレンスは正妻を娶っていない。

 子爵家としての格を失ったと白い目で見られるリスクと天秤にかけても、新しい正妻を迎える気になれないほどにカタリナとの結婚生活は地獄だった。

 エステルを引き取って育てたのは単にカタリナが「貴方の娘よ」と言ったのを否定する材料がなかっただけである。

 

 そしてカタリナにそっくりで、かつ彼女と違って無力な小娘であるエステルはテレンスにとってカタリナへの恨みをぶつけるのにちょうど良かった。

 エステルに酷い縁談を持ち込んだのもカタリナへの復讐である。

 

 これでエステルがテレンスを慕ってくれる純真無垢な優しい少女だったなら、テレンスにも罪悪感が生まれただろうが、そうはならなかった。

 いきなり剣を習いたいと言い出したかと思えば、ニコラを通じて金や高価な武具をせびり、極めつけに自分の鎧まで用意させたのだ。

 勿論そんなことをしていたのはニコラで、エステルは関知していないが、テレンスの耳にはエステルが修行のためと言って金を浪費していると伝わっていた。

 これだけでも許し難いのに、エステルは事もあろうにテレンスが持ち込んだ縁談を即答で拒否し、おまけに襟首を引っ掴んで凄んできた。

 かつてカタリナやその専属使用人に同じようなことをされたトラウマが蘇り、テレンスは怒りに震える。

 

「どこまで──どこまで俺を苦しめるんだ!カタリナアアアああああああ!!」

 

 悲痛な叫びを上げるテレンスにマドラインが抱きつく。

 

「貴方!落ち着いてください!」

 

 その声を聞いてテレンスはほんの少し、気を落ち着かせることができた。

 

 ちなみにマドラインは事実上テレンスの現妻であるが、騎士家の出身であり、正妻としては認められていない。

 それでも、マドラインはテレンスにとって心の支えだった。

 カタリナに苦しめられていた時も彼女がいたから耐えられた。

 マドラインとの間に男の子が生まれた時はこの上なく嬉しかった。

 叶うなら愛しい人の血が流れるその子を跡取りにと望んだが、自分と同じような苦労を味わせたくないという葛藤もある。それに長男とはいえ、妾腹の子である。跡取りとして認められるかは定かではない。

 

 だから邪魔なエステルを嫁に出してしまうことにした。

 エステルを学園に行くまで家に置いておけば彼女に婿を取らせるように圧力が掛かるに決まっている。

 それを回避し、ついでに相手の家から援助を引き出して財政状況も改善でき、カタリナへの復讐にもなって、まさに一石三鳥──のはずだったのだが、肝心のエステルが逃げ出した。このまま取り逃せば計画が水の泡どころか、ファイアブランド家の沽券に関わる大問題になってしまう。

 

 息を整え、再び格納庫に向かおうとしたテレンスは次の瞬間呆然となる。

 

「エステル様の鎧が!」

「馬鹿な!なぜ飛ばせるんだ!?」

「と、とにかく捕まえろ!あれを盗まれたらエステル様が──」

 

 まだ騒ぎの下手人がエステルであると周知され切ってはいないため、番兵たちは混乱している。

 

 エステルが鎧を持ち出してまでの家出を本当にしでかしたことにテレンスは頭を抱える。

 

 そして──

 

「テレンス様、いかがされますか?」

 

 問うてきた番兵の指揮官にテレンスは冷たい声で命じた。

 

「──鎧を出せ。何としてもエステルを止めろ。止められそうになければ撃ち落とせ」

「貴方!?それは──」

「え?撃ち落とせ、ですと?」

「聞こえなかったのか!」

 

 狼狽するマドラインと指揮官をテレンスは怒鳴りつけた。

 マドラインは肩を震わせて黙り、指揮官は慌てて通信機で指示を飛ばした。

 

 程なく六機の鎧が格納庫から空へと飛び立つのが見えた。

 飛び立った鎧はエステルの鎧が発するマゼンタ色の光を追って飛んでいく。

 それを睨みつけるテレンスの目は酷く濁っていた。

 




ちなみに案内人が見せた映像はリアルタイムのやつじゃないです。
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