俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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囚われた者たち

 運命というものは実に繊細で複雑なものである。

 

 それこそ蝶の羽ばたき一つが遠く離れた地で嵐を起こすなどという例えがなされるほど、ほんの些細な違いが大きな変化を生み出す。

 

 それは物理的な自然現象に止まらず、人の心にすら及び、その行動を違ったものにする。

 

 ファイアブランド子爵家によってオフリー伯爵家が倒された時、オフリー伯爵家と手を組んでいた、更に言えばそれによって制御されていた空賊や犯罪組織は抑えを失った。

 

 ある者は新しく手を組む相手を探し、ある者はタガが外れたように暴れ出した。

 

 そして後者への対処のために動員されるは王国の軍人である。

 

 戦いが起これば戦死者が出るは必然。

 戦死した者たちは更なる喪失と歪みを引き起こし、連鎖的に運命を変えていく。

 

 王国内の物流に欠かせない重要な航路の一つを脅かし始めた空賊団を撃滅すべく派遣されたとある艦隊では、まだ髭が生え始めたばかりの若い男が鎧を駆って戦い、そして奮戦虚しく撃墜されて死んだ。

 

 若い男の死によって寡婦になった女はすぐに知り合いに声をかけて後夫を探し始めた。

 

 そして知り合いの一人が自分の夫とその妾の間に生まれた三男坊を薦めたことで、彼の運命は決定づけられた。

 

 

◇◇◇

 

 

 鼻腔に侵入する饐えた臭いに思わず顔を顰めて目を覚ます。

 

 視界がぼやけているが、薄暗くじめじめしていて空気が澱んだ場所にいるのが分かる。

 ぼんやりと光っているのはランプだろうか。

 

(あれ?俺、なんでこんな所に──)

 

 辺りを見回そうとすると、首に激痛が走った。

 

 どういうことだ?一体どうなっている?なんで、いつから、俺はこんな所にいるんだ?

 

 頭の中が疑問符で満たされるが、身体のあちこちが痛み、頭の中で鐘が鳴っているかのような耳鳴りがして思考も覚束ない。

 

「お────た。──おるな────い──るか」

 

 耳元で誰かが囁いているかのような声が聞こえる。

 何を言っているのかは全く分からず、声自体にも聞き覚えがなかった。

 

 ふと、ぼんやりした視界を黒い影が遮る。

 声の主はその影のようだ。

 

(──誰だ?)

 

 必死で目を凝らして見ようとするが、なかなか焦点が合わず、すぐに眠気が襲ってきて瞼が下がってくる。

 

 駄目だ。眠っては駄目だ。

 ここで眠っている場合ではない。

 俺にはやることがある。何か、大事な使命が──

 

 なぜか、そんな気がして、必死で重い瞼と格闘する。

 

 そして──

 

「ぉい!!──かりしろ!」

 

 耳元で別の声が怒鳴り、リオンの意識は再び覚醒した。

 

「おお、目が覚めたぞ。よかった」

 

 徐々に焦点が合って、目の前で安堵する二人の人間の顔が見えた。

 

 彼らの顔には声と同様見覚えがない。

 

 一人は六十過ぎと思われる老人。

 白髪の混じった黒い髪と髭、日焼けして皺の深い肌、優しげな目つきと青い瞳。

 柔和な雰囲気ながら、どことなく貫禄のようなものも感じ取れる不思議な人物だった。

 

 もう一人は十代後半か二十歳くらいの若い女性。

 ウェーブのかかった臙脂色の髪に褐色の肌、オレンジ色の瞳を持った美人だった。

 

「ここは──」

 

 痛みを堪えて問いかけると、老人が口を開く。

 

「空賊船の中じゃ。半刻ほど前にお前さんはここに放り込まれてきた。酷い怪我じゃったが、どうにか峠は越えたようじゃな」

「空──賊?」

 

 老人の言葉にリオンは戦慄した。

 

 読んで字の如く飛行船を駆り、空で略奪を行う犯罪者集団。

 そんな悪党共に捕まって監禁されているという事実。

 その意味する所は容易に察しがついた。

 

 空賊に捕まった者は身代金を支払わなければ解放されることはなく、行き着く先は人身売買か、奴隷労働か──最悪の場合殺されることもあり得る。

 

 逃げないと。

 一刻も早く、ここから逃げないと。

 

 焦燥感に駆られて起きあがろうとするが、すぐに全身に激痛が走り、リオンは悲鳴を上げた。

 

 老人が慌ててリオンを止める。

 

「よさんか。まだ起き上がれる状態ではない」

 

 全身の痛みと老人の忠告にリオンは逃走を諦めた。

 

 だが、焦燥感は募るばかりだ。

 

 こんな所で寝ている場合ではない。

 早く脱出して、あの場所に行かなければならない。

 でないと──

 

「随分手荒くやられたみたいだね。こんなにボロボロになるまで拷問されるとか、アンタ一体何に目を付けられたの?何かよっぽどの物でも持ってたとか?」

 

 女性の言葉にリオンはふとあることに気付く。

 

(あれ?そういえば俺、どこに向かっていたんだ?)

 

 どこか、行かなければならない所があって、そこに向かっていたのは覚えているのだが──一体どこへ、何をしに向かっていたのだろう。

 

 とても大事なことのはずなのに、頭に靄がかかったかのようだ。

 

 そんなリオンを見て老人が困った顔で頭を掻く。

 

「覚えておらんようじゃな。頭を打って記憶が飛んでおるのじゃろう。まあ、時間が経てば思い出すじゃろうが──」

「貴族だからだろ」

 

 不意に軽薄な声がしたかと思うと、老人の後ろから大柄な青年が姿を現し、リオンの顔を覗き込んだ。

 

「やっぱりな。身なりからしてそうじゃないかと思ってたが、目見て分かったぜ。こいつ、どこかのボンボンだ。だからどこから来たかしつこく訊かれたんだろうよ。身代金の請求先を知るためにさ」

 

 青年がリオンを見る目には軽蔑が込もっていた。

 

「貴族?この子が?そうは見えないけど?」

 

 女性が疑問を投げかけるが、青年は涼しい顔で返す。

 

「お前の目は節穴かよ。こいつの服はけっこう上等な品だろうが。王都でもなきゃ庶民が着てるもんじゃねえよ。まあ、貴族っつっても大方辺境のなんちゃって領主貴族だろうけどさ」

 

 そして青年は踵を返して部屋の隅へと戻っていく。

 

「どうせ家出したか、何か一山当てようと思って冒険にでも出たんだろ。で、その結果がこれか。馬鹿だな〜。家族もきっと悲しんでんぞ〜」

 

 嘲笑う青年を老人と女性が睨みつける。

 

 だが、青年の発した言葉が妙に引っかかった。

 

 家族──両親がいたのは確かだ。

 顔だって思い出せる。最後に見た時は──不安そうな顔をしていた。

 

 なぜ不安そうに──不安──心配。

 そうだ。両親は俺を心配していたんだ。

 旅に出る俺を──旅に──飛行船で──たった一人でボートみたいな小さな飛行船で港を離れて──

 

「ッ!!」

 

 一瞬で全てが繋がった。

 

 小さな飛行船で冒険に出たこと、その飛行船に積まれていた特別な武器、その武器を使おうとしていた場所──そしてそんな冒険に出た理由も。

 

 たしか俺はこの間とんでもない縁談を持ち込まれて、それから逃れるために金を稼ごうとして──

 

 

◇◇◇

 

 

 大きな音を立てて倉庫の扉が開けられる。

 

 埃や蜘蛛の巣に塗れた倉庫から一番まともそうなライフルを取り出し、分解整備を始める。

 壁に飾られていた剣も抜き取り、切れ味を確かめる。

 

「お、おい、どうするつもりだ?」

 

 父親が不安げに声をかけるが、リオンは怒りを込めて叫んだ。

 

「変態婆に売られる前に、何が何でも金を稼ぐんだよ!嫌だぞ。俺は嫌だからな!」

 

 そう言って武装の準備を進めるリオンを両親は止められなかった。

 

 それもそのはず、リオンは一攫千金を成し遂げて生きるか、戦場に送られて死ぬかの瀬戸際だったのである。

 

 一週間前、正妻から急に持ち込まれた異常な縁談の理由を探るために王国本土の学園にいる次男【ニックス】に手紙を送ったのだが、先程届いたその返事の内容はリオンの予想を超えていた。

 

 縁談の相手は【淑女の森】と呼ばれる集まりを開催しており、婿に迎えた男を次々に戦場送りにして戦死に追い込み、遺族年金をせしめるビジネスを展開していたのだ。

 しかも真偽は不明だが、戦場に送られた男たちは戦死したのではない、淑女の森の手先によって殺されたのだという噂まであった。

 

 そんな極悪人であるが、身分だけは高く、金も持っている。

 正妻はリオンをそこへ売りつけて一儲けしようとしていたのだった。

 

 つい昨日までは何かビジネスをやって稼ごうと考えていたが、事ここに至ってはもはやそんな悠長なことはやっていられなくなった。

 一刻も早く大金が必要だ。

 

 そのためにリオンが選択したのは冒険者となることだった。

 

 この世界の誰も知らない場所にあるとんでもない宝の存在を彼は知っていた。

 

 もちろん簡単に手に入る代物ではないし、そもそも本当にあるかどうかも定かではないが、賭けてみる価値は十分過ぎるほどにあった。

 というか、それに賭ける以外に今の状況を打開できる道は殆どなかった。

 

 冒険者として旅に出ることに両親は難色を示したが、リオンは強引に押し切った。

 

 リオンの覚悟の程を見た父親は彼のために飛行船と特別な魔弾を用意することを約束してくれた。

 

 そして一ヶ月後、誂えた武器弾薬といくつかの道具、そして二ヶ月分ほどの水と食糧を飛行船に積み込んで、彼は故郷を離れた。

 

 

 

 更に一ヶ月後。

 

「もっと前から努力しておけばよかったな」

 

 飛行船の上でリオンは呟いた。

 

 これまでにも自分の持つ知識を使って成功を掴もうと考えたことは一度や二度ではなかった。

 のみならず、そのチャンスだってあった。

 

 一昨年のファイアブランド家によるオフリー家の取り潰し。

 あの時、本気でファイアブランド家に関する情報収集に動いていたら──定期船に密航するなりして領地を出て、秘密の知識を活かして金を稼いでいたなら──少なくともこんな切羽詰まった事態にはならなかったのではないか。

 

 当時の自分の年齢と能力、家族への迷惑を考えてやる前から諦めてしまったのは大いに悔やまれた。

 

 そして一頻り後悔に悶えた後、嘆いていても仕方ないと思い直す。

 船出してからずっとその繰り返しだ。

 

 そして今回も、未来のことに目を向けようと自分に言い聞かせて、双眼鏡を手に取ったのだが──

 

「──え?」

 

 全身に寒気が走り、冷や汗が噴き出した。

 

 双眼鏡に映ったのは黒い旗を掲げた飛行船の姿だった。

 

 ──空賊だ。

 

 大慌てで舵輪を回し、エンジンを全開にして逃走を図ったが、既に手遅れだった。

 ものの数分で刺々しい装飾の付いた鎧が三機、リオンの飛行船に群がり、銃口を向けてきた。

 

 それを見てリオンは抵抗を諦め、両手を頭の上へ上げた。

 

 空賊の飛行船がリオンの飛行船に横付けし、空賊たちが乗り込んできた。

 

「ちっ、シケた舟だな」

 

 その小ささ故にロクに奪るものがないことに空賊の一人が毒づく。

 

(そうだよ。水と食糧以外には何も積んでないシケた小舟だよ。だからさっさと失せろ。頼むからこのまま気付かないで見逃してくれ──)

 

 見張り役に剣を突きつけられて冷や汗を垂らし、心臓が激しく脈打ちながらも、リオンは冷静を装って内心祈る。

 

 空賊を振り切れないと分かった時、リオンは武器弾薬と道具類を飛行船の浮袋の中に隠したのだ。

 

 通常飛行船の浮袋には何も入っていない。空気より軽いガスか、熱した空気を充填して飛行船を浮かせる装備であって、物入れに使うものではないからだ。

 だからわざわざ中身を検めたりはしないはず──そう思いたかった。

 

 そして期待通り、空賊たちは忌々しげな顔をして臨検をやめた。

 

 だが、何があろうと手ぶらでは帰らないのが空賊である。

 

「ほーう?チンケだが、良い玉じゃねえか。コイツは貰っていくぞ」

 

 バンダナを巻いた空賊が飛行船のエンジンと魔石に目を付け、取り外しにかかった。

 

(くそっ!)

 

 リオンは内心舌打ちしたが、どうすることもできない。

 それに武器を奪われるのに比べればまだマシだ。

 

 そう思って抵抗しなかったリオンだが、それが完全に裏目に出る。

 

「あ?てめえ妙に落ち着いてやがるな」

 

 さっきシケた舟だと毒づいた空賊がリオンを睨みつける。

 

 思わず身体が強張る。

 

「抵抗もなきゃ命乞いも懇願もしねえ──そんな奴は何かある。おいガキ、てめえ何を隠してやがる?」

 

 間近で凄まれ、問いかけられる。

 

「な、何も隠してなんていませんよ?」

 

 引き攣った笑みを浮かべて言い訳するが、それが空賊の神経を逆撫でしたようだ。

 

 首を掴まれ、身体が浮き上がる。

 

 そのままリオンは空中へと高く持ち上げられた。

 身体の重みで首が千切れそうに痛い。

 それに加えて締め上げられてもいるので息ができない。

 

 声にならない呻き声を上げて苦悶するリオンを空賊は冷たい眼差しで見上げる。

 

「嫌なツラだな。ヘラヘラ笑いやがって、気色悪い。その頭かち割って海にぶちまけてやろう──か」

 

 空賊が目を見開く。

 

 次の瞬間、空賊は手を離し、リオンは船底に落ちて尻餅をついた。

 

「おい、浮袋の中に何かあるぞ!」

 

 そう言って空賊は剣を抜き、鋒を引っ掛けて荷物を引きずり下ろした。

 

「やめろ!それに触るな!」

 

 リオンは見張り役を殴り倒し、遮二無二荷物の方へと突進した。

 

 だが、不安定な小舟の上では思うように動けず、あっさりと捕えられてしまう。

 

「くそっ!放せ!それは──それだけはやめろぉぉぉ!!」

 

 暴れるリオンを空賊は殴りつけた。

 

 気を失って静かになったリオンを見て、空賊はこれは余程の価値がある荷物なのだろうと思った。

 

 そしてそれは間違っていなかった。

 

「こいつァ──なんだってこんな良い武器持ってやがる」

 

 出てきた高性能のライフルと高価な魔弾を見て空賊は訝しむ。

 コイツには何かある。もしかしたらどこか良い所のボンボンかもしれない。

 

 そう考えた空賊は仲間に言ってリオンを空賊船へと運ばせた。

 

 空賊たちが引き上げると、リオンの飛行船と空賊船を繋いでいたロープが外される。

 

 積荷はおろか、エンジンも魔石も浮遊石も根こそぎ持ち去られ、主人も失った小さな飛行船は力なく海へと落ちていった。

 

 

 

 空賊船に運び込まれたリオンは顔面に思い切り水を浴びせられて目を覚ます。

 

「起きろガキ。訊きてぇことがある」

 

 目の前にさっき自分を殴り倒した空賊の顔が迫る。

 

「お前、ただの旅人や冒険者じゃねえな。こんな洒落たモン隠し持ってやがって、どこで手に入れやがった?お前は何モンだ?」

 

 直感で正直に答えては不味いと悟った。

 三男坊の庶子とはいえ貴族だと知られれば、空賊たちは身代金を取り立てようとするだろう。

 そして正妻はともかく、父親と母親はそれに応じてしまうことも容易に想像できた。

 

 冒険に失敗した挙句、身代金という大損を拵えた自分がどうなるか──想像するだけで悪寒が走る。

 

 だからリオンは何を訊かれても、何をされても自分の素性は明かすまいと固く決意した。

 

 だが、答えないリオンに業を煮やした空賊が合図し、鞭が振るわれる。

 

 背中に走る鋭い痛みと衝撃にリオンは思わず悲鳴を上げた。

 

「もういっぺん訊くぞ。この洒落た弾はどこで手に入れた?お前は何モンだ?素直に答えた方が身のためだぜ?」

 

 空賊の問いかけにリオンはそれらしい嘘を吐く。

 

「冒険者ギルドで買ったんだ。コツコツ貯金して──俺はただの冒険者だ」

「嘘つけ。お前まだ十五にもなってねぇだろ。んなガキがこんな洒落たもん買えるくらい稼げるかってんだ」

「嘘じゃない!──たまたま運良く一山当てたんだ!それで次は未開のダンジョンを探そうと思って良い武器を買って、舟で出た!なのにお前らに──」

 

 言い終わらないうちに顔面に空賊の拳が直撃する。

 

「いい加減にしろよテメェ。俺たちがその程度の嘘も見抜けない間抜けだとでも思ってんのか?舐められたモンだな」

 

 額に青筋を立てた空賊の合図で再び鞭が振るわれ、リオンは苦痛に呻いた。

 

「どうやらまだ痛みが足りねえらしいな。おい、死なねぇくらいに徹底的に痛めつけてやれ」

「へい!」

 

 鞭が唸りを上げて叩きつけられる。

 何度も、何度も、何度も、何度も──

 

 そのまま夜になるまで背中に胸に腹に頭に数え切れないほど鞭を打たれて、息も絶え絶えになったところでようやく空賊たちは拷問をやめた。

 

 そして一晩の休息を与えるために牢屋に放り込んだのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「逃げないと」

 

 痛む身体に鞭打ってリオンは起き上がる。

 

「おい待て、よさんか。そんな身体では──」

「このままじゃまた拷問されるだけなんだよ!」

 

 魔力のおかげで多少は身体が回復している。

 

 空賊共が見積もっているであろう、また拷問に耐えられるようになる時間が来る前にさっさと脱出しなければならない。

 

 武器弾薬を回収して、適当なボートでもいいから飛行船を盗んで夜に紛れて逃げる。

 

 成功率はと聞かれたらまるで自信がないが、やらなければ人生が詰む。

 

 立ち上がろうとしたところで足の違和感に気付いた。

 

 見ると、頑丈そうな足枷が両足首を縛めていた。

 微妙な長さの鎖のせいで歩くことはできても走ることはできなくなっている。

 

「その鎖は鋼じゃ。千切るのも外すのも──」

 

 老人が悲しげな表情で言ったが、リオンは諦めなかった。

 

 辺りを見渡し、鉄格子の隙間に左足を捩じ込んで固定すると、魔力で肉体を強化し、渾身の力を込めて右足を蹴り上げる。

 

 弾みで足枷が皮膚を破って肉に食い込んだが、鎖は千切れて両足は自由になった。

 

「お前マジかよ」

 

 先程嘲笑っていた青年が目を見張る。

 

 青年を無視して、リオンは鉄格子の扉に向かい、錠前を魔力で強化した蹴りで破壊した。

 

 扉が開き、リオンは衝撃で受けた痛みが引くのを待ってさっさと出て行こうとするが、その手を掴む者がいた。

 

 見ると、臙脂色の髪の女性が真剣な眼差しで見つめていた。

 

「闇雲に逃げようとしたって駄目だ。ここは協力しよう」

「協力?」

「そう。ここから出たってアンタこの船からは出られないでしょ?ボートや鎧を奪ったところで追いつかれるか、陸に辿り着く前に燃料切れだ」

 

 女性の言葉は正論だった。

 ボートを盗むつもりだったが、逃げ切れるかどうかは賭けだ。

 

 だが、どうやら女性がその問題を解決する手段を知っているらしい。

 

「何か手があるのか?」

 

 女性は頷き、提案を持ちかけてくる。

 

「あーしの船がこの船の後ろに繋がれてる。それなら夜の間に振り切って陸まで行ける。アンタをそれに乗せてやる。代わりに回収に手を貸して欲しいんだ」

「回収?何のだ?」

「あーしが運んでた荷物だ。それがないと逃げても意味がない。別にそんなに嵩張るものじゃない。頼む。協力してくれ」

「──分かった。やろう。俺にも回収したいものがある」

 

 受け入れると、女性は笑顔になった。

 

「あーしはアラベラ。アンタは?」

「──リオンだ」

「じゃあリオン、よろしく頼むぜ」

 

 アラベラと名乗った女性がリオンの手を握る。

 

「正気かよアラベラ。こんなガキ一人の力当てにして逃げるとか、無謀過ぎだぞ」

 

 青年が苦虫を噛み潰したような顔で割り込んでくるが、アラベラはキッと青年を睨みつけて言った。

 

「ならアンタはずっとそこで大人しくしてなよランダル。どんなに小さくても道があるならあーしはそこに賭けるから。成功したら丸儲けできるしね」

「──チッ、わーったよ。おいクリアン爺さん、アンタも来い。こうなりゃ全員でやるぞ」

「──元よりそのつもりじゃったとも」

 

 ランダルと呼ばれた青年が舌打ちしつつも了承し、クリアンと呼ばれた老人も立ち上がり、扉をくぐる。

 

 四人は取り外したランプの明かりを頼りに互いに死角を補い合いながら暗い通路を進んでいく。

 飛行船の構造に詳しいアラベラとランダルが先行し、リオンとクリアンが側面と背後を警戒する形だ。

 

 時々通路にだらしなく寝転がっている空賊を避けながら、四人は貨物室や分捕り品置き場と思しき場所を探していく。

 

「ここが怪しい」

 

 ランダルが南京錠の掛かった扉を指差した。

 

 後方の見張りをランダルと交代し、リオンは南京錠を壊しにかかる。

 

 音を立てれば空賊共に気付かれる恐れがあるため、扉ごと蹴り壊すわけにはいかず、魔力で腕力を強化して掛け金の部分を捩じ切らなければならない。

 

 南京錠は思ったよりも頑丈で、力を込め続ける手と腕が悲鳴を上げる。

 

 体感で数十分は過ぎたかと思われた頃にようやく掛け金が捻じ切れ、扉が開いた。

 中にはたくさんの木箱や袋が乱雑に積み上げられていた。

 

「思った通りだ。俺たちのブツがある」

 

 ランダルが舌なめずりして、アラベラと二人がかりで荷物の山からトランクを三つ掘り出した。

 

「ついてるな。全部無事だぜ。んで、お前のは──あったか」

 

 リオンの方もライフルと魔弾の入った袋を見つけていた。

 どうやら売り物にするつもりだったらしく、手荒に扱われたり抜き取られたりした形跡はない。

 

「よし、ひとまずブツはクリアだな。問題は次だ。船に移るには甲板に出なきゃいけねえ。そこで見張りに見つかったら終わりだ」

「つまり、まず見張りをどうにかしなきゃいけないってわけか?」

「そうだ。リオン、またお前の出番だ」

 

 ランダルがリオンを指差すと、クリアンがそれを聞き咎める。

 

「待て。リオンは戦える状態にまではなっとらん。それはお前たちがやるべきじゃ」

「あ?寝言言ってんじゃねーぞ爺さん。俺たちは魔法も使えないし腕力だって大したことねえ。コイツにやらせた方が上手くいく可能性は高いって分かんねーか?」

「そう言って危険を押し付けてその隙に自分たちだけで逃げる気じゃろう。そんなことで協力と言えるのか?えぇ?」

 

 ひそひそ声で言い合いを始めるランダルとクリアンをアラベラが仲裁した。

 

「こんな所で言い合ってる場合じゃねえだろ。分かった。あーしらがやるから、アンタらはカバーしてくんな」

「なっ、アラベラてめえ──」

「ほら行くよ」

 

 抗議しようとするランダルを無視して、アラベラは歩いていく。

 

 

 

 後甲板。

 

 昇降口で身を屈めて様子を窺うアラベラが呟いた。

 

「いるね。一人だ」

 

 その隣でランダルが忌々しげに呟く。

 

「野郎、けっこうなデカブツだぞ。やれんのか?」

「──ランダル、アンタあいつに近づいて。交代だとでも言って気を逸らすの。その隙にあーしがやる」

「しくじったら承知しねえからな」

 

 アラベラが素早く作戦を立て、ランダルと共に忍び足で甲板に出る。

 その後ろにリオンとクリアンも続いた。

 

 そのまま物陰に身を隠しながら四人は見張りの空賊へと忍び寄っていくが──

 

「フネノイチイン!」

 

 不意にしゃがれた甲高い声が響く。

 

 声のした方を振り向くと、目が異様に大きなオウムのような鳥がじっとこちらを見つめていた。

 

「おい静かにしろ馬鹿鳥。お前には何もしねえから」

 

 ランダルが小声でそう言って離れようとするが、オウムは翼を激しく羽ばたかせて威嚇の姿勢を取る。

 

 その嘴が蛇のように大きく開き、さらに大きな声を上げる。

 

「フネノイチイン!!フネノイチイン!!フネノイチイン!!ヤロウドモ!!ホリョガニゲタゾ!!」

「てめえ!静かにしやがれ!」

 

 ランダルがオウム目掛けて飛びかかるが、オウムはひらりと躱して飛び立ち、甲高い声で喚きながら飛び去った。

 

 オウムが見えなくなった直後、けたたましい鐘の音が響き渡り、空賊たちがどやどやと昇降口から姿を現した。

 

 四人はすぐに見つかり、取り囲まれてしまった。

 

 

 

 甲板に縛られた四人が座らされる。

 

 周囲は武器を持った空賊たちに囲まれ、蟻の這い出る隙もない。

 

 そして現れたのは黒いコートを纏った船長である。

 その肩には先程暴れて喚いていた異形のオウムがとまっている。

 

「何事だ甲板長」

「捕虜が逃走を図りました。申し訳ありません。奴らを見くびっておりました」

 

 甲板長と呼ばれた空賊が頭を下げる。

 

「そうか。全く恩知らずな連中には困ったものだ。積荷と引き換えに命を助けて、陸に送り届ける保証もしてやったというのに、コソ泥を働いて逃げようとするとは」

 

 船長が大袈裟に頭を抱える仕草をする。

 

 それを見てリオンは内心毒づいた。

 

(何が恩知らずだ。いきなり襲ってきて何もかも取り上げて散々鞭をくれやがっただけのくせに。大体コソ泥じゃねーし。取られた物取り返しただけだし。ふざけんなよ!)

 

 そしてそれはアラベラとランダルも同じのようで、二人とも歯を食い縛っている。

 

 船長は溜息を吐くと、次の瞬間冷酷な犯罪者の顔へと変貌する。

 

「で、言い出しっぺは誰だ?」

 

 底冷えのする声で問いかけられて、ランダルが肩を震わせ──あっさりと口を割った。

 

「コイツだ!このガキが牢屋の鍵をぶっ壊して逃げ出そうとしたんだ。んで、この女がそれに乗っかった。俺は反対したけど、仕方なく従っただけだ!」

「なっ!?アンタ仲間を売る気!?」

「うるせえ!事実だろうが!」

 

 縛られたまま口汚く罵り合いを始めるアラベラとランダルをよそに船長はリオンの方へと近づいてきた。

 

「ほう?お前が牢屋を破ったと?それは本当か?──どうなんだ!?」

 

 リオンの首を締め上げ、怒鳴りつける船長。

 

 息が詰まり、首の骨が嫌な音を立てて、リオンは辛うじて動く目の動きで頷くしかなかった。

 

 それを見た船長は額に青筋を立ててリオンを甲板に叩きつけた。

 そのまま頭を踏みつけようとした所で──

 

「待て。その子は牢屋を破って、貨物室の鍵を壊しただけじゃ。言い出しっぺではない」

 

 船長を止めたのはクリアンだった。

 

 クリアンは訝しむ船長の顔をまっすぐ見つめて、言った。

 

「わしじゃ。わしがその子を唆した。この脱走は全てわしの企みでやったことじゃ」

 




カッコいい爺キャラの条件は老いてなお盛んってだけじゃないと思う

ちなみにオウムは船長の使い魔
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