「ほーう?お前が言い出しっぺか?」
船長がクリアンの目の前にしゃがみ込む。
「そうじゃ。制裁を加えるならわしにせい」
クリアンが船長を睨みつけてそう言うと、船長は首を傾げる。
「あれれ~?おかしいな~?さっきそこの青二才君はそんなこと言ってなかったぞ?同じ牢屋の中にいて聞いてないなんてことはないはずだがなァ?」
「お前さん、船長のくせに頭が足りんのじゃな。その青二才が図太く眠りこけておったなら話し声は聞こえておらぬじゃろう」
棘を含んだクリアンの言葉に船長は顔を歪める。
「そんな暴言を吐くとは勇敢だな。ええ?ならお望み通り制裁はお前にしてやろう。おい甲板長、この糞爺を鞭で百叩きにしろ。本気を出してもいいぞ」
「はい船長」
甲板長が嗜虐的な笑みを浮かべて鞭を手にする。
瞬間、リオンはたまらず叫んだ。
「やめろ!その人は関係ない!言い出しっぺは俺だ!」
何をやっているんだと自分でも思ったが、口と喉が勝手に動いていた。
鞭で百回も本気で叩かれたら死んでしまう。しかも無実の人が──それも瀕死の自分を介抱してくれた恩人が自分を庇ってそうなるなど、到底見て見ぬふりはできなかった。
だが、船長は取り合わない。
「コイツが罰を受けることはもう決まってるんだ。もう誰がどうとかは関係ねーんだよ」
直後、クリアンの衣服が引き裂かれ、露出した背中に鞭が叩きつけられる。
クリアンは歯を食い縛って悲鳴一つ漏らさなかったが、その背中には大きな裂傷ができていた。
流れ出る血を見てリオンは小さく悲鳴を漏らす。
自分がされていた鞭打ちは死なないように加減されていた、本物の鞭打ちとはこうも強烈なのだと否応なく認識させられた。
「よぉく見ておけ。これが逃げようとした恩知らずの末路だ」
「やめろ!やめてくれ!その人は無実だって言っているだろうが!」
リオンは諦め悪く船長に懇願するが、帰ってきたのは蹴りだった。
「ギャアギャアうるせーよガキ。せっかくあの馬鹿な爺のおかげで罰を受けずに済むんだから、ありがたいだろうがよ」
「この人でなし共がぁぁぁあああ!!」
「やめろリオン!」
叫ぶリオンを遮ったのはアラベラだった。
「クリアンさんがなんで名乗り出たのか考えろ!その思いを無駄にするな!」
悲痛な表情で叫ぶアラベラに──怒りが湧いた。
本人の意思だからといって無実の恩人が身代わりに鞭打たれて死ぬのを黙って見ていろだと?ふざけるな!
きっとそんな怒りで鬼の形相になっていたのだろう。
アラベラは僅かに怯んだ様子を見せたが、主張を曲げることはなかった。
「あーしらにはもうこの状況を打開できる力も策もない。どうしようもないんだよ。これ以上無駄に血を流しちゃ、駄目だ」
諭すようなアラベラに言い返す言葉が見つからなかった。
自分たちは両手足を縛られていて、空賊たちに囲まれていて、武器一つない。
肉体強化魔法を試してみたが、縄を千切ることはできなかった。
仮に千切れたとしても、次の瞬間には周りの空賊共に撃たれて蜂の巣だろう。
──完全に詰みだ。
(違う!諦めたらそこで終わりだろうが!考えろ!何か、コイツらの注意を引けるようなこと──交渉材料!)
そして思いついたのは、誰も知らないこの世界の秘密というカードを明かすことだった。
他の人間には絶対に知られるわけにはいかない、ましてやこんなならず者連中には教えられない重要な情報だが、恩人の命には代えられない。
それに上手く行けば失った飛行船の代わりの足が手に入る。
「お願いだ!その人を殺すのはやめてくれ!代わりに宝の在処を教えるから!」
リオンが叫んだ直後、鞭打ちが止まる。
船長がゆっくりと振り向き、リオンに近づいてくる。
「今宝って言ったか?」
値踏みするような目で問いかけてくる船長。
「ああ、そうだ。俺が魔弾を揃えて探しに向かっていた宝だ。その在処に案内するから、その人を殺すのをやめてくれ。頼む」
「ほーう、あんな洒落た武器を持ってた理由はそれか」
「そうだ。場所を知っていなければまず辿り着けなくて、危険なモンスターもいる古代遺跡だ。たまたま流れ着いた奴の話だと見たこともないロストアイテムがゴロゴロあったらしい。攻略は難しいけど、できれば中のお宝は独り占めできるだろうさ」
宝云々はほぼ出任せだが、嘘ではない。
嘘を見抜くコイツらならそれが分かるはず、そして空賊なら宝と聞いて放っておくはずはない──そう読んでの賭けだった。
実際船長は興味を持っているようだ。
「二つほど訊こうか。まず──場所を知っていなければ辿り着けないその場所をなぜお前が知ってる?」
「俺から取り上げたコンパスがあるだろう。あれが座標を示してくれたんだ。あれは持ち主の俺が今一番欲しいものの在処を示す。そういう魔法がかかってるんだ」
遥か昔に見た物語の記憶からそれらしい設定を引っ張り出して、話に混ぜ込む。
コンパスが目的地の方向を指すのは本当だから嘘にはならないだろう。
「そりゃまた随分と凝ったもの持ってやがるな。目的地を指すコンパスか──」
「言っておくけど、コンパスと魔弾だけじゃお宝は手に入らないぜ。その遺跡のある浮島の数少ない記録と伝承を掻き集めて、地形と敵のいる場所を頭に入れている俺がいなきゃな」
畳み掛けると、船長はフンと鼻を鳴らしてまた質問してくる。
「じゃ二つ目だ。お前は何者だ?ただの冒険者がそんな年でそんな豪華な魔弾だのコンパスだの誂えられるわけねえ。誰かに貰ったんだろう?」
「だからそれは──」
用意した答えを繰り返そうとしたリオンだが、それを見た船長が合図し、クリアン目掛けて鞭が振るわれる。
「嘘一つ。よって糞爺に鞭打ち五回追加だ」
船長が冷たく宣告し、クリアンが遂に悲鳴を上げた。
リオンはとうとう観念した。
「分かった!分かったからやめてくれ!俺は貴族だ!魔弾もコンパスも飛行船も全部親父に貰ったんだ!」
「そうかそうか。道理でな」
そして船長は合図して甲板長を下がらせた。
「いいだろう。許してやる。その浮島とやらに案内してもらおうじゃないか。だが、もしこれが小賢しい罠だと俺が判断した時は、あの爺とお仲間の命はねえぞ。そしてお前は貴族の色ボケ婆共に売り飛ばす。よぉく覚えとけ」
船長の言葉に空賊たちはざわめき出す。
「まさか、このガキの言うこと信じるんですかい?」
「宝だァ?吹かしやがって」
「ぜってぇ罠だろうが」
「黙れ!船長の決めたことだ!」
最後は甲板長が一喝し、空賊たちは騒ぐのをやめた。
リオンは賭けに勝った。
◇◇◇
ブリッジ。
返却されたコンパスとテーブルに広げられた地図を見比べながら、リオンは目的地までの航路と日数を計算していた。
空賊たちの注文で正規軍や地方領主がパトロールしている空域は通れないため、遠回りを強いられる形となりそうだった。
旅に出た当初乗っていた小さな飛行船に比べて船足が段違いに速いことを考慮しても、辿り着くまでざっと一ヶ月はかかる計算だ。
その結果を聞いた空賊たちは長旅に備えた補給の算段を立て始め、リオンはブリッジを追い出された。
扉が壊れた牢屋の代わりに用意された船室にはアラベラとランダルがいた。
「上手いこと取り入ったみたいだな。えぇ?」
ランダルが軽口を叩いてくるが、リオンは取り合わずに寝台の方へ向かう。
そこにクリアンが寝かされていた。
その側に座るアラベラがクリアンの容態を説明してくる。
「さっきちょっと目を覚ましたんだけど、また眠っちまった。アイツら酒も包帯の一つもくれないから、傷が膿んでやがる。どう転ぶか分からない」
「──そうか」
やり切れない気分でクリアンの顔を覗き込む。
殺すのはやめさせられたが、手当てに必要なものの提供を引き出せなかったのは自分の落ち度だ。
そう思って、思わず拳を握り締める。
「リオン、アンタも少し休みなよ。怪我まだ治ってないでしょ」
アラベラのその言葉が正しいのは分かっていた。
だが、クリアンの痛ましい姿を見て休む気にはなれなかった。
その気持ちを察してか、アラベラはそれ以上何も言わずに寝台の側の椅子を譲った。
腰掛けたリオンはそのまましばらくクリアンの様子を見ていたが、不意にクリアンが呻き声と共に目を覚ました。
「クリアンさん!」
思わず椅子から立ち上がって、リオンは必死でクリアンに呼びかけた。
「聞こえますか!?俺です!リオンです!分かりますか?」
「ああ──リオンか。怪我はなかったか?」
「俺は──無事です」
「そうか。よかった」
ほっとした表情を見せるクリアンにいくつか質問して記憶や認知に異常がないか確かめて、リオンは安堵の溜息を吐いた。
そして──
「どうして、あんなことしたんですか?」
目覚めたばかりで悪いとは思ったが、どうしても気になったことを訊いてみた。
クリアンは苦痛に顔を歪めながらも、口元に笑みを浮かべて言った。
「孫が生きておればお前さんくらいだから、かのう」
「孫──?」
「昔──息子がわしから独立して別の商売を始めた。それはもう、凄まじい大喧嘩をしての。じゃが、十年近く経って子供が生まれたと言ってわしに見せに来たんじゃよ。その子供──孫の顔を見た時、怒りも心配も何もかも馬鹿馬鹿しくなって、息子とも和解したんじゃ」
クリアンはそこで話を一旦区切り、流れ出た涙を拭った。
「じゃが──息子たちが帰りに乗った飛行船が空賊に襲われた。船は沈められ、息子は殺された。嫁と孫の行方は分からん。あちこち探し回ったが、手がかり一つ掴めなんだ。光が満ちたと思った瞬間、暗闇のどん底に叩き落とされた気分じゃったよ。あれからもう十年以上経つかのう──もうわしは何もかもどうでもよくなっておった。ここに捕まった時もひと思いに殺してくれたらよかったのにと思うた。じゃが、お前さんが来て、何かが変わったんじゃ。まだ、わしにやれることはある、息子と嫁と孫は助けられなんだが、お前さんは助けられる──いや、助けたい。そう──思うたんじゃ」
リオンはいつの間にか自分の目から涙が溢れているのに気付いた。
この世界ではよくあることなのかもしれない。
だが、それにしたってあんまりだ。
喧嘩別れしたまま死に別れるのも残酷だが、仲直りした直後に理不尽に未来を奪われるのはその何倍も辛く苦しいことだろう。
再び眠ったクリアンを見て、リオンは涙を拭った。
だが、拭った側から新しく溢れ出てきて、止まらない。
ふと、肩に柔らかい感触を覚えたかと思ったら、アラベラが悲しげな表情で手を置いていた。
軽口を叩いていたランダルでさえ、ばつが悪そうにその後ろに佇んでいる。
それを見てリオンは決意を新たにする。
絶対に
◇◇◇
数日後。
船が燃えていた。
群がる鎧から放たれる弾丸がエンジンを撃ち抜いて炎上させ、プロペラを吹き飛ばして推進能力を奪う。
止まった飛行船に空賊たちが乗り込み、命乞いする船員たちを無慈悲に虐殺して船内に突入していく。
そして始まるのは掠奪である。
運び出された積荷が次々に空賊船へと運び込まれ、最後には船室に火の手が上がった。
長旅の前の腹拵えと嘯いての蛮行。
それを何もできずに見ているしかない自分が情けなくて、リオンは悔し涙を流した。
もうこれで三回目だ。
「糞が。ふざけるなよ」
遠ざかっていく飛行船の残骸を目にして拳を船室の壁に叩きつける。
空賊たちの蛮行も腹立たしいが、それ以上に自分が許せなかった。
クリアンを助けるために致し方なかったとはいえ、空賊たちに宝の存在と場所を教えたばかりに無関係の人々が犠牲になった──そんな風に考えてしまう。
その度にアラベラは無言で肩に手を置いてかぶりを振り、落ち着くよう促してくる。
彼女の手の温もりとベッドで寝込んだままのクリアンの顔を見てどうにか怒りと自己嫌悪を呑み込む。
今抗議や抵抗などすれば、クリアンもアラベラも自分も破滅あるのみ。
今は耐える時だ。
どうせ
「これだけあれば半年近くは持ちそうだな」
船倉に溜まった分捕り品を見て船長が満足げに宣う。
遺跡に辿り着くだけで一ヶ月、更に宝探しにどれくらいかかるか分からない以上、長丁場を見越して食糧と弾薬は多めに持って行かなければならなかった。
そのために予定よりも多くの船を襲うことになったが、周辺の領主の軍が出張ってくる様子はない。
その理由を船長は知っていた。
彼らは貧乏なのだ。
古くなった軍艦を買い替えることもできず、修復して改造して騙し騙し使っていて、そんなオンボロすら虎の子の戦力なのだ。
だからこそ、そんな虎の子の戦力を失うリスクは冒せず、もっと大きな家や正規軍に頼ることになる。
だが、要請を受けて彼らが駆け付けるのにはどうしても時間がかかる。
それまでに逃げ遂せればいい──そのはずだった。
「船長ォォォ!てえへんだ!正規軍の船がいやがる!」
息を切らして走ってきた空賊が蒼褪めた顔で叫ぶ。
「何だと?」
船長の額に冷や汗が浮かんだ。
それは完全に計算外だった。
最寄の正規軍基地は足の速い飛行船でも二日はかかる距離にあり、どんなに早く知らせを飛ばしても到着まで一週間以上はかかるはずだったのだ。
「数は?」
「中型戦艦と多分フリゲートが一隻ずつだ!」
「戦艦だと!?」
船長は今度こそ目を剥いた。
今船長が乗っている空賊船は、大型とはいえ武装商船を改造したものに過ぎない。
小型軽装のフリゲートならともかく、戦艦には到底太刀打ちできない。
「何だってこんな空域に戦艦がいやがる。とにかく離脱だ!」
船長は急いでブリッジへと向かい、航法士に針路を指示した。
雲の密集した場所や岩や小島の多い空域に逃げ込み、そこで夜闇に紛れて振り切る──運悪く軍に見つかってしまった空賊の取る鉄板の作戦だ。
尤も、鉄板だからこそ対策も確立されているのだが。
「船長!奴ら鎧を出してきました!十機以上はいます!」
「やっぱりか!こっちも鎧を出せ!この船に近づけるな!」
鎧部隊を先行させ、さながら猟犬が獲物の脚に噛みつくかのように、推進装置や舵を攻撃して飛行船の足を鈍らせる。
空賊を追う側の基本戦術である。
船長の命令を受けてすぐに動ける全ての鎧が飛び立ったが、その数は十数機──殆ど互角だった。
そして数の上で互角なら、全体的な練度で勝る正規軍の方が有利なのは自明の理である。
腕の立つ者が数機を撃墜するも、あっさりと迎撃網は突破され、十機近くの鎧が空賊船に接近してきた。
正規軍の鎧が放った魔弾がシールドに当たって炸裂し、空賊船は揺れる。
「何をやってる!反撃しろ!」
船長は伝声管目掛けて叫んだ。
甲板上に設置された速射砲が対空射撃を開始し、数発の赤い魔弾が敵の鎧目掛けて飛んでいくが、一発も命中することはなく、続いて放たれた正規軍の第二射がシールドに穴を開けた。
その穴からすかさず後続が炸裂弾を撃ち込み、船尾甲板で爆発が起こった。
「くっ!弾幕張り続けろ!」
船長は叫んだが、正規軍はそんな猶予は与えてくれなかった。
『撃て撃て撃て!!穢らわしい空賊共は皆殺しだあああああ!!』
『オラァァァ!死ねェ!ケダモノ共ォォォ!!』
口々に叫びながら魔弾を撃ち込んでくる正規軍の鎧によって速射砲は瞬く間に操作用員ごと爆砕された。
そして反撃能力を失った空賊船に数機の鎧が乗り込んでこようとするが──
『調子こいてんじゃねーぞ王国の糞犬共が!!』
背後から振り下ろされた巨大なハルバードが鎧の頭部を唐竹割りにした。
足止めを喰らっていた迎撃隊が背後についたようだ。
「おお!いいぞギー!」
「やっちまえぇぇぇ!」
乱戦になって空賊船への攻撃が止み、怯えていた空賊たちが一転して歓声を上げる。
だが──
『はっ、ちょっとは骨があるじゃねーか』
軽薄そうな声が響いたかと思うと、ハルバードを持った空賊の鎧が吹っ飛ばされた。
『ってーなテメェこの野郎!』
すぐに体勢を立て直した空賊の鎧は、追ってきた青い鎧目掛けてハルバードを振るう。
しかし、その刃は虚しく空を切り、直後にハルバードを持つ右腕が破壊された。
『なっ!?』
『はっ、遅ぇんだよ。ゴテゴテ余計な飾り沢山付けて、重たい武器持って。それで強くなったつもりかよ?』
青い鎧が嘲笑いながら剣を振り下ろすが、すんでの所で空賊の鎧も左腕で剣を抜いて防いだ。
『舐めんじゃねーぞガキっころが!俺は不死身のギーゼル様だ!』
ギーゼルと名乗った空賊は片腕だけで青い鎧を弾き飛ばした。
青い鎧のパイロットはそれでも余裕綽々で、もったいぶって名乗りを返してきた。
『へぇ、賤しい賊のくせにそんな大層な二つ名持ってんのかよ。んじゃ俺も名乗っとくぜ。俺はドルフだ。猟犬ドルフ。冥土の土産だ。覚えとけよッ!』
ドルフと名乗った青い鎧のパイロットが再びギーゼルに斬りかかり、盛大に火花が飛び散る。
その一合でギーゼルは鎧の左腕の指を落とされた。
保持できなくなった剣が海へと落下していくが、ギーゼルはなおも諦めずに破壊された右腕でドルフを殴りつけた。
だが、ドルフもそれは予想していたのか、機体の角度をずらして最小限の動きで躱す。
『はは、鎧の拳でそれやるたァ品がねーな!得物を落とされたら潔く降参しとけばいいのにさ!』
『抜かせ糞ガキ!その口引き裂いてやらァ!』
追い縋り、懐に飛び込んで拳打を叩き込もうとするギーゼルだったが、それは完全に悪手だった。
『だから遅ぇんだよ!』
『グァぁぁあああっ!!』
魔力を帯びて切れ味を増した剣が胸部装甲を容易く切り裂き、コックピット部分を両断する。
ギーゼルはその一撃で致命傷を負ったらしく、鎧は力なく海へと墜落していった。
その寸前でまだドルフに掴みかかろうと手を伸ばしてはいたが、届くことはなかった。
『はっはァ!不死身とか抜かした糞雑魚ギーゼル、猟犬ドルフが討ち取ったぞ──!』
ドルフの勝ち鬨に正規軍は士気を上げ、空賊たちは戦意を喪失する。
「こ、降伏だ!降伏する!」
「助けてくれえええ!」
「お、お願いです!お慈悲を!」
残っていた空賊の鎧は揃って武器を捨て、空賊船の船員たちもシャツを白旗代わりにして頭上に掲げる。
船長も苦々しい顔をしつつもそれを咎めることはしなかった。
そして正規軍は──
『断る』
一斉にライフルの引き金を引いた。
咄嗟に反応できた三機を除いて空賊の鎧は全滅し、甲板上で白旗を振っていた空賊たちも炸裂弾で肉片に変えられた。
そのまま追撃が来るかと思いきや、正規軍の鎧は空中集合して離れていく。
そして現れるのは飛行戦艦である。
鎧の攻撃によって推進装置が損傷し、船速が鈍ったことで追いつかれたのだ。
既に舷側をこちらに向けており、射撃態勢を整えている。
「面舵いっぱい!!」
船長が叫び、空賊船は必死で戦艦の射線から逃れようと転舵する。
元が鈍足な商船とはいえ、機関に改造が施されて出力が向上している空賊船は、その外見と損傷状態からは想像できない素早さで向きを変え、戦艦が発射した砲弾の半分以上が外れた。
だが、残りの砲弾は船尾付近に直撃し、船室をいくつか吹き飛ばして火災を発生させた。
「火を消せ!シールドを船尾に集中しろ!」
船長はダメージコントロールを命じるが、それによって防御に隙ができてしまう。
『そりゃそうなるよなァ!』
ドルフの嘲笑う声がしたかと思うと、左舷に再び正規軍の鎧部隊が現れ、丸裸になった側面目掛けて撃ち込んできた。
一斉射で甲板上の救命ボートと辛うじて生き残っていた船首付近の速射砲が破壊され、続く第二斉射で左舷の砲郭が全滅した。
そして反対方向、右舷には先回りして距離を詰めてきたフリゲートが猛攻撃を加えてくる。
右舷の砲郭に残った数門の主砲が懸命に応戦するが、シールドの守りがないという不利は覆せず、すぐに直撃弾を喰らって沈黙した。
もはや死に体となった空賊船を正規軍は容赦なく打ちのめしにかかる。
所構わず砲弾を撃ち込み、船内に残った空賊たちを無慈悲に殺傷して、嘲笑う。
そして鎧が放った魔弾の一発がリオンたちの収容された船室に飛び込んできた。
幸い魔弾は部屋を突き抜けて壁の向こう側で爆発したが、衝撃で部屋は大きく揺れた。
リオンは寝台のシーツを剥ぎ取り、窓から突き出して、声の限り叫んだ。
「やめろおおお!俺たちは捕虜だ!捕虜まで殺す気かあああ!」
「リオン危ない!」
アラベラがタックルでリオンを部屋の隅へと突き飛ばした直後、二発目の魔弾が部屋に撃ち込まれ、窓と扉が粉砕される。
部屋のすぐ外で魔弾は爆発し、それによって鼓膜がやられたのか、耳鳴りがする。
そして破壊された窓の向こうから鎧のパイロットと思しき声が聞こえてきた。
『なぁんか囀ってる奴がいたが、気にする必要はないぞ!空賊船に乗っているのは空賊だけ、白旗を振る奴は意気地なしの空賊だ!遠慮は無用!』
リオンは目を剥いた。
そんな馬鹿な話があるか。
変態婆に売られて戦場で殺される運命から逃れようと、頼りない小舟で旅に出て、空賊に捕まって、散々痛めつけられて、最後には民を守るはずの正規軍に巻き添えで殺される──それが俺の運命だと?
ふざけるな!そんなの、あまりにも──
「おい!さっさと立てお前ら!こっから逃げっぞ!」
ランダルの怒鳴り声でリオンは我に返った。
そうだ。
絶望などしている場合ではない。
俺には帰りを待つ家族がいる。絶対にここで死ぬわけにはいかない。
それにどうせ空賊扱いされているのだ。
ならばこちらが正規軍に弓を引いても空賊の仕業で済む。
寝台に寝かされたままのクリアンを背負い、ランダルとアラベラに続いて破壊された扉から通路に出た。
目指すのは格納庫。
そこに小型艇でもあれば儲け物だったが、リオンは鎧を探すつもりだった。
勝ち目は薄い──というよりないに等しいが、どうにかして戦艦の足を止めればあとは鎧だけ。航続力で逃げられる。
空賊共を逃がすために戦うのは不本意極まりないが、命には代えられない。
格納庫には鎧が四機あった。
だが一機は整備中だったのか左手と右脚がなく、残り三機は満身創痍でパイロットたちは完全に戦意を喪失していた。
クリアンを隅に寝かせ、アラベラたちに後を頼むと、武器になりそうなものを探す。
そして見つけたのは思いがけないものだった。
(これは確か──)
リオンはすかさず鎧の方へと向かった。
パイロットの一人が気付き、前に立ち塞がる。
「おいてめえ、何する気だ」
身体中から血を流しながら凄んできたパイロットを見て思う。
まだ使える──と。
「鎧を借りる。そこをどいてくれ」
「はぁ!?テメェ逃げる気か。そんなの許さねぇぞ!こうなったらテメェを交渉材料にして──」
「無駄だ」
この期に及んで自分を盾として利用して助かろうとする空賊の浅ましい企みを、リオンは一刀両断する。
「あいつらは降伏を受け入れる気なんてない。何があってもな。実際捕虜だと言って助けを求めた俺のことも空賊扱いして即座に弾を撃ち込んできやがった。あいつらの目的はこの船を沈めて空賊を一人残らず殺すこと。それだけだ。助かりたけりゃ、戦うしかないんだよ!」
リオンの剣幕に気圧されたのか、凄んできたパイロットは黙ったが、別のパイロットが気弱な呟きを漏らす。
「む、無理だ」
その場の注目が集まると、そのパイロットはどもりながらも現状を説明し始めた。
「ぎ、ギーさんも、ジェイも、フィンチも、みんなやられた。十四人もいたのに、残ってるのは俺たちだけだ。敵はまだ、十機はいる。百数える間にやられちまうよ」
「誰が鎧なんて相手にすると言った?俺が狙うのは連中の母艦だ」
今度こそ空賊たちは呆気に取られた顔をする。
「時間がないから手短に行くぞ。あそこにある武器で敵の飛行戦艦の推進装置を吹っ飛ばす。上手くいけば航行不能に追い込んで、その隙に逃げられる。お前ら三人は援護しろ」
「なっ!?おいテメェ何を勝手に──」
一方的な命令口調に抗議する空賊をリオンは出せる限りの声で怒鳴りつけた。
「言い争っている時間はねーんだよ!!この絶体絶命のピンチをひっくり返す策を持っているのは俺だけ!それを実行できるのも俺だけだ!その俺を信じて戦うか、このまま船ごと沈められて死ぬか。簡単な二択だろうが。さっさと選べ!!」
直後、爆発音と共に空賊船が一際大きく揺れる。
そして──
「──あぁ。クソ、お前の言う通りだな。クソ。クソッタレ!!」
凄んできた空賊が床を思い切り踏みつけて怒鳴った。
そして自分の背後にある鎧を指差して道を空ける。
「コイツを使え。この中じゃ一番マシに動くはずだ。俺はそっちの整備中のを使う。だが忘れんじゃねーぞ。妙な真似しやがったら、即ブッ殺すからな。それと、あんなひょろいメイスでどうやって戦艦のケツ吹っ飛ばすってんだ?それだけ聞かせろ」
「物分かりが良くて助かるね。あれはメイスじゃねえよ。もっと強力で──非道いもんだ」
それだけ言ってリオンは鎧に乗り込んだ。
◇◇◇
「いつまでかかっとるんだ」
正規軍の中型飛行戦艦【レヴェナント】の艦橋で、艦長の【ヒース・フォウ・オスカー】は毒づいた。
レヴェナントと護衛のフリゲート、そして鎧部隊で完全に空賊船を包囲し、全方位から攻撃を浴びせているが、未だに墜ちる気配はない。
船体はとっくに原型を留めないほどにボロボロであちこちで火災も起きているが、機関部とブリッジはシールドで固く守られ、推進装置も五つのうち二つがまだ生きている。
改造されているとしても、元が商船だとは思えない粘りだ。
一昔前──王国が公国や神聖王国と戦争していた時代に造られた武装商船は軍艦としても使えるように造りが頑丈だったと聞くが、それなのだろうか。
だとしたら──
「埒が明かん。真横に付けろ」
ヒースが命令を下すと、レヴェナントは増速する。
斜め後ろから安全に撃っていても沈められない以上、相手の射角に入ってでも真横から片舷の全砲門で集中攻撃を加える。
幸い、鎧部隊とフリゲートからは見える限りの砲は全て破壊したと報告を受けている。
今更隠し砲台の一つや二つあっても脅威ではないだろう。
これで終わりだと内心嗤ったヒースだったが、部下が異変を察知する。
「艦長!敵船より鎧の発進を確認!数四!こちらに向かってきます!」
「直掩隊に迎撃させろ。全く、悪足掻きをしてくれる──」
すぐにレヴェナントの周囲に張り付いていた直掩の鎧二個小隊が向かっていく。
満身創痍の鎧四機に対して、こちらは無傷で武器弾薬の消耗もない十二機。
あっという間に片が付くと思われた。
だが──
「なっ!?」
ぶつかる寸前で直掩部隊は三機が撃墜され、敵は一機も墜ちることなく迎撃を突破した。
四機で密集して一つの弾丸のようになった空賊の鎧は、そのまま全速力でレヴェナント目掛けて突撃してきた。
対空用の速射砲が攻撃を開始するが、照準が追いつかず、砲弾は後ろを掠めるだけだ。
「くそっ!ここ狙いか!シールドを艦橋に集中しろ!」
向かってくる方向から敵の狙いが艦橋──即ち指揮官である自分だと判断して、ヒースは艦橋の防御を強化させる。
だが、四機の鎧は艦橋に到達する直前で針路を逸れ、正面を横切った。
向かった先は反対側──ただでさえ空賊船のいる左舷方向に集中していたシールドを更に艦橋に集中したことでほぼ無防備になっていた右舷である。
「いかん!」
彼らの狙いを察したヒースは思わず叫んだが、遅かった。
爆発音と共に艦尾の推進装置と方向舵が木っ端微塵に吹き飛ばされた。
共通の敵を倒すために敵同士で共闘ってやっぱり燃えるよね