俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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遅ればせながら明けましておめでとうございます。


決死隊

 圧倒的な質量と強固な装甲、大きな武器を持つ鎧相手に歩兵だけで対抗する──そんな無茶振りへの回答として作られた武器がある。

 

 爆薬槍という、文字通り槍の穂先の部分に指向性の爆発物を仕込んだもので、歩兵が手に持って鎧の関節部や装甲の隙間に突き刺し、爆破する──捨て身の肉薄攻撃に使われる武器だ。

 一応爆発物は穂先の方向へと威力が集中するように作られてはいるが、鎧を破壊するレベルの爆発が目と鼻の先で起きて無事で済むわけはなく、使用者はほぼ確実に死ぬ。

 しかもそれとて上手くいった場合の話であり、大抵は突き刺す前に迎撃されるか、弱点への刺突に失敗して返り討ちにされてしまう。

 

 当然そんなものが兵士たちに受け入れられるわけもなく、どこの軍隊も採用しなかったのだが、開発者たちは歩兵用が駄目なら鎧用はどうだとより大型かつ高威力の爆薬槍を作った。

 戦艦の主砲弾に匹敵する火力を鎧で発揮でき、それ一つで戦艦をも沈め得るという触れ込みだったが、結局生還が期待できない上に成功率も低いのは変わらず、あっさり廃れてロストアイテムと化した。

 

 だから空賊たちが使い方を知らないのも無理からぬことで、それを聞いて絶句するのも当然と言えば当然だった。

 

 だが、他に手があるわけでもなく、爆薬槍を突き刺す役を代わる度胸もない彼らはリオンの立てた作戦を全面的に受け入れた。

 

 格納庫に残っていた武装のうち二挺のライフルと一本の剣は空賊たちがそれぞれ一つずつ持ち、リオンは爆薬槍と盾を持って空賊船から飛び立った。

 

 空賊たちがリオンの斜め前と後ろを固め、Y字型の陣形を組み上げる。

 

 まだ砲撃を続けているフリゲートの後ろを通過して飛行戦艦の方へと向かうと、すぐに上空に待機していた鎧がこちらに向かってきた。

 

『直掩の奴らが来るぞ!ガキを撃たせるな!』

『ディー!焦んなよ!いつもの倍くらいの大きさに見えるまで引きつけてから撃つんだ!』

『わ、分かってるよ兄貴!』

 

 騒がしくなる空賊たちをよそにリオンは盾に魔力を流し込む。

 

 盾に仕込まれた魔法陣が反応して輝き、表面に防御シールドを展開した。

 

 これで一応鎧の弾くらいなら数発は防げるだろうが、実際にどれくらい保つかは分からない。

 

 よって可能な限り相手の攻撃は回避し、盾を使うのはどうしても避けようがない攻撃に限定しなければならない。

 

(頼むぞ空賊共。今だけはやられないでくれよ!)

 

 空賊たちが上手く援護してくれるよう内心で祈り、故郷で待つ家族の顔を思い浮かべる。

 

 自分を信じて送り出してくれた父、最後まで心配していた母、そして自分が死ねば身代わりになる弟──彼らのことを思えば力が湧いてくる。

 

 そしてついに前の二機と正規軍の直掩隊が接触する。

 

『あいつら突っ込んでくるぞ!』

『はっ!好都合だ!エンゲェェェ──ジ!!』

 

 雄叫びを上げて二機の空賊機が吶喊し、正規軍の鎧を二機撃墜した。

 

 そしてできた間隙にリオンは全速力で突っ込み、迎撃を突破する。

 

 まさか直掩が破られるとは思わなかったのか、対空射撃は後ろを掠めるだけで全く障害にならず、目標への道は完全に開けた。

 

 だが、念には念を入れて目標を偽装することも忘れない。

 

 それは確かに功を奏し、敵はブリッジにシールドを集中した。

 

 おかげで難なく船尾の推進装置へと回り込むことができた。

 

 目標は丸裸で、追いかけてくる直掩の鎧は空賊たちが足止めしている。

 

 今望み得る限り最高の状態。

 

『いけぇ!ガキィィィ!!』

『外したらぶっ殺すからなァァァ!!』

『頼んだぞぉぉぉ!!』

 

 空賊たちの罵声混じりの声援を背中に受けながら、リオンは戦艦の船体に降り立つ。

 

 狙うは方向舵のすぐ横、メインの推進装置。その装甲の継ぎ目目掛けて思い切り爆薬槍を振り下ろした。

 

 爆薬槍は狙い通りの場所に深々と突き刺さり、次の瞬間猛烈な閃光と衝撃が爆ぜる。

 

 全身に数百個のハンマーで同時に殴られたような衝撃が走り、一瞬視界が真っ暗になる。

 

 割れそうなほどの激しい頭痛と酷い耳鳴りが体感数分続いた後、徐々に視界が明るくなり、感覚が戻ってくる。

 

 平衡感覚が鎧が落下していることを告げていたので、慌てて操縦桿を引いて上昇に転じる。

 

 全身の痛みとまだ続く耳鳴りで今にも意識を手放してしまいそうだが、少なくとも手足はまだ動く。

 

 ──まだ、生きている。

 

 突き刺す時、気休め程度に盾を構えていたのが効いたのだろうか。

 

 何にせよ、五体満足で生き残れたのは幸運以外の何物でもない。

 

 見ると、飛行戦艦の船尾が炎に包まれている。

 

 空賊たちは歓声を上げ、正規軍は呆気に取られる。

 

 その隙に直掩機を振り切った空賊たちがリオンを見つけると、近寄ってくる。

 

『よくやったガキ!!さっさとずらかるぞ!』

 

 リオンを連れて空賊船へと引き返し始める空賊たちだったが──

 

『逃すわけないよねぇぇぇえええ!?』

 

 空賊船の左舷を攻撃していた正規軍の鎧部隊が立ちはだかった。

 

 先頭を飛ぶ青い鎧が凄まじい殺気の込もった声と共に空賊たちに斬りかかる。

 

『うるせぇ!テメエらの船はもう動けねえんだ!諦めて大人しくどきやがれ!!』

 

 格納庫で凄んできた空賊が鎧の隻腕に剣を握らせて激突する。

 

 青い鎧が拘束され、その隙に他の二人の空賊がライフルを撃ちまくる。

 

 正規軍の鎧は回避のために散開し、道が切り開かれた。

 

『開いたぞ!全速力で突っ込め!』

『オズさんは!?』

『何とかするだろ!とにかく急げディー!』

 

 青い鎧と剣戟を繰り広げる空賊を見捨てて先を急ごうとした二人の空賊だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

『テメェ待てやゴラァ!!』

『逃さねえぞクソが!!』

 

 回避のために一旦はばらけた正規軍だが、すぐに体勢を立て直し、放たれた魔弾が先頭の空賊機を粉砕した。

 

『兄貴ぃぃぃいいい!!』

 

 目の前で兄貴分を撃墜されたディーが絶叫する。

 

 それが彼の動きを止め、致命的な隙を生み出してしまう。

 

 その隙を逃す正規軍ではなく、十発近い魔弾がディーの鎧目掛けて放たれる。

 どう動こうがどれかに当たる逃れようのない火線の檻。

 

 ──反射的に手が動いて、操縦桿を押し込んでいた。

 

 火線の一番薄い所目掛けてディーを吹っ飛ばし、飛んできた魔弾を盾で受け止める。 

 

 盾に当たった魔弾が爆発し、鎧は激しく揺れた。

 

『お、お前!?なんで──』

 

 面食らうディーをリオンは叱咤する。

 

「メソメソ泣き喚いている暇があったら戦えよ!兄貴の仇取りたくねーのか!」

 

 直後に飛んできた魔弾を再び盾で防ぎ──盾の表面に張られていたシールドが揺らぐ。

 もってあと一、二発といったところか。

 

 銃の弾倉を撃ち尽くしたのか、正規軍の鎧は剣を手に向かってくる。

 

 戦えと発破をかけておいて情けないが、怖い。

 

 相手は技量も経験も鎧の性能もこちらを上回っている。

 何とか盾で一撃受けて剣を奪えれば御の字だが、そう上手くいくとも思えない。

 

 操縦桿を握る手が震えている。

 

 もう接敵まで数秒もない。

 

 腹を括って盾を構えたその時──

 

『許さねぇ──許さねぇぞ!よくも兄貴をォォォ!!』

 

 ディーの鎧からマゼンタ色の炎が噴き出した。

 

 そして振り向きざまに最初に突っ込んできた一機を一撃で撃墜し、続け様にもう一機をライフルに付いたバヨネットで串刺しにする。

 

 串刺しにした正規軍の鎧から剣を奪い取り、魔力を込めて振るうと、また一機、コックピットを切り裂かれて墜ちていく。

 

 だが、ほぼ同時に振るわれていた正規軍機の剣がディーの鎧の頭を叩き潰し、バイザーを破壊していた。

 

『ぢぐしょう!!』

 

 ディーは毒づいて役に立たなくなった頭部とハッチをパージし、生身の上半身を吹き曝しにした。

 そんな状態で叫び声を上げながら残りの正規軍の鎧目掛けて突っ込んでいく。

 

「あのバカ──ッ!」

 

 兄貴分の復讐に囚われて突破という目標を完全に見失っている。

 

 リオンは全速力でディーを追った。

 頭に血が昇った彼を制止することはハナから諦めている。

 自分にできるのは彼を援護することだけだ。

 

 あの短時間で三機を葬ったあたり、戦力的には頼りになる──というか、オズが青い鎧に拘束されている現状、もはやディーが唯一の頼みの綱だ。

 彼がやられれば、自分もすぐに後を追わされる。

 

 ディーと正規軍の鎧一機が激突し、正規軍の鎧の腕が斬り飛ばされる。

 

 斬り飛ばされた腕がリオンの方に飛んできた。咄嗟にその手に握られていた剣を掴み取る。

 

 隻腕になった哀れな正規軍の鎧を滅多斬りにするディーを、横からライフルで狙う別の正規軍の鎧が二機。

 

(させねえ!)

 

 リオンはその二機目掛けて吶喊した。

 

 狙うは武器を持つ腕。

 コックピットや動力部がある胴体を狙った方が良いのは分かっているが、殺してしまう可能性のある選択肢は取れなかった。

 殺されるのは嫌だが、それと同じくらい殺すのも御免だ。

 

 正規軍の鎧がディー目掛けて引き金を引く寸前でこちらに気付き、ライフルを向けてきたが、構わずに懐に飛び込む。

 

 一機の左手をライフルごと切断し、もう一機が放った魔弾を盾で防ぐ。

 その一発で遂に盾の表面のシールドは消滅した。

 

 役に立たなくなった盾だが、左腕を斬られた鎧が残った右手で抜いた剣を防ぐという最後の役割は見事に果たしてくれた。

 剣が盾に喰い込んで一瞬抜けなくなった隙に右手も手首から切断し、相手はようやく無手となる。

 

 回り込んで撃ち込んでこようとしたもう一機はディーが倒した。

 

 残った無手の一機は全速力で逃げていく。

 

 空賊船への道が開けた。

 

 だが、ディーは空賊船に戻ろうとはせず、倒した正規軍の鎧から奪ったライフルを手にオズの方へと引き返していく。

 

「オズさぁぁぁん!!」

 

 叫びながら突っ込んでいくディーに気付いた数機の正規軍の鎧が向きを変えてライフルを構える。

 

 放たれた魔弾がディーの鎧を掠め、ポールドロンと片脚が吹っ飛んだ。

 

「クソがァァァアアア!!」

 

 ディーは激昂して撃ち返すが、弾丸は当たらない。

 

 完全に手玉に取られている。

 ディーはもう駄目だ。すぐにやられてしまう。

 

 助けに行ったところで盾を失い、量産品の剣一本になった自分に何かできるとも思えない。

 

 そもそもディーもオズも空賊だ。

 正規軍の飛行戦艦の足を止めるという目的を果たし、空賊船への道も開けている状況で助けに戻る必要性もない。

 

 そのはずなのに──気付けばまた操縦桿を押し込んで、ディーを追っていた。

 

 彼の後ろに付けようとしていた一機を見つけ、その更に背後へと回り込む。

 

 直前で気付かれて防御姿勢を取られはしたが、ライフルの銃身を切り裂き、破壊することには成功した。

 

 そして、他の正規軍の鎧もリオンに気を取られ、その隙にディーは突破に成功した。

 

「オズさんからぁ!離れろぉぉぉオラァァァアアア!!」

 

 オズと青い鎧の周囲を固めて隙を窺っていた最後の数機の鎧がディーの迎撃のために動き、包囲に穴が開く。

 

 千載一遇の好機をオズは見逃さなかった。

 

『オラァ!!』

 

 何度も切り裂かれ、ボロボロになった左脚で回し蹴りをかまし、青い鎧が回避した隙に離脱。

 

『テメェ!逃がすか!』

 

 青い鎧がオズを追うが──

 

 逃げたオズは鎧の背からマゼンタ色の炎を噴き出し、急激に減速した。

 

 青い鎧はそこへ勢い余って突っ込む形になり、慌てて回避しようとするが、それが彼の命取りとなった。

 

『死ねェェェ!!』

『ぐあああああッッ!!』

 

 オズの剣がドルフの鎧の胸部に深々と突き刺さる。

 

 青い鎧のパイロットが初めて悲鳴を上げた。

 

『ドルフ様──ッ!!』

『馬鹿な!馬鹿なァァァ!!』

 

 残った正規軍の鎧が明らかに狼狽する。

 

 オズは突き刺さった剣ごと青い鎧を放り出し、今度こそ離脱する。

 

「オズさん!無事で!?」

 

 合流したディーが声をかけるが、オズの鎧はボロボロで、オズからも応答はなかった。

 

 そして、鎧の背から噴き出していた炎が消え、鎧は力尽きたように落下し始める。

 

「オズさん!おい!しっかりしてくれ!船まで俺が連れて行くから、死なんでくれ!」

 

 ディーがオズの鎧を捕まえ、抱えて運ぼうとするが、すぐにディーの鎧からも炎が消え、出力が下がったのか高度が落ち始めた。

 

「クソが!こんな──こんなところでぇぇぇ!!」

 

 喚きながら落下していくディーとオズをリオンは捕まえた。

 

「こいつは俺が持つ!船に急げ!」

 

 ディーは一瞬迷ったが、すぐに手を放した。

 

 三人はなんとか体勢を立て直し、空賊船に向かって飛ぶが、そのスピードはどうしても鈍かった。

 

 それこそ、怒り狂った正規軍の鎧が容易く追いつけるほどに。

 

『テメエェェェ!!よくもやってくれたな!ゴホェッ、このドルフ様にこんなァァァ!!』

 

 コックピットを剣で貫かれたはずの青い鎧のパイロット──ドルフは死んでいなかった。

 咳き込み、おそらく血を吐きながらも殺意を激らせて追ってきていた。

 

『待ちやがれ!テメエの腸も!引きずり出してやるッ!!』

「いやそこは先に手当てしろよ!」

 

 リオンは思わずツッコミを入れた。

 

 腸が飛び出しているなどどう考えても致命傷かそれに準ずる重傷である。

 なのに母艦に帰って手当てするよりも追撃と復讐を優先するとか、戦闘狂にも程がある。

 

 だが、リオンの叫びは敢えなく聞き流され、遂に背後にまで到達したドルフの鎧が剣を振りかぶる。

 

 今からオズを放しても逃げられそうにはない。

 一撃は躱せるかもしれないが、それで諦めてくれるとも思えない。

 

 ──もう駄目だ。やられる。

 

 そう思った直後。

 

『死に晒せ青っ玉がァァァアアア!!』

 

 横合いから突入してきた鎧がドルフの鎧に思い切り体当たりして吹っ飛ばした。

 

 二機の鎧は取っ組みあった状態で数百メートルほど吹っ飛んだかと思うと、次の瞬間、ドルフの鎧は紅蓮の炎に包まれた。

 

「ギーさん!?あんた生きて──ッ!」

 

 ディーが驚嘆の声を上げる。

 

 そして援護に駆けつけようとするが──

 

『ギーゼルゥゥゥ!!死に損ないがぁぁ!邪魔ずんじゃねえええ!!』

 

 ドルフの鎧が炎に焼かれながらも剣を振るい、ギーゼルと呼ばれた空賊の鎧の頭部を叩き割った。

 

 一瞬でギーゼルの鎧も炎に包まれ、ドルフの鎧諸共凄絶な咆哮を上げながら落下していく。

 

『グゾ!グゾがァァァアアア!!俺はドルフだ!俺は猟犬ドルフなんだゾォォォ!!』

『うるぜえええ!!俺はァァァ!!うじい(不死身)()ーゼルザマ()だァァァアアア!!』

 

 そして二機の鎧は海面に突っ込む直前で大爆発を起こして木っ端微塵に砕け散った。

 

『嘘だ!嘘だと言ってください!ドルフ様ァァァ!!』

『あ"あ"あ"あ"あ"!!そんな!そんなあああ!!』

 

 残った正規軍の鎧が一斉に追撃をやめてドルフが落ちていった方へと向かっていく。

 

「ギーさん──すまねぇ。助かりました」

 

 ディーがギーゼルの鎧だった爆煙の方に向かって頭を下げ、戻ってくる。

 

 ようやくリオンは残った二人の空賊と共に空賊船へと着艦した。

 

 その報告を受けた船長が命令を下し、空賊船は離脱を始める。

 

 飛行戦艦は航行不能、右舷を攻撃していたフリゲートは飛行戦艦の救援に向かい、鎧部隊は追撃を中断。

 

 もはや追ってくる者はいない。

 

「全エネルギーを推進装置に回せ!振り切るぞ!」

 

 その命を受けて残った推進装置が唸りを上げ、空賊船は遂に正規軍の艦隊を振り切ることに成功した。

 

 

◇◇◇

 

 

 満身創痍の空賊船が流れ着いたのはグリッドレイという伯爵家の領地にある【ライネル】という港だった。

 

 ライネル港は良く言えば開かれた、悪く言えば良からぬ連中が流れ込んで溜まる無法地帯で、空賊や密輸業者御用達の秘密ドックまで備わっていた。

 

 空賊船の修理をするには打ってつけの場所だ。

 

 そして幸か不幸か、そこはアラベラとランダルが積荷を運ぼうとしていた目的地でもあった。

 

 アラベラにそのことを聞いた空賊たちは彼女のクライアントに積荷を引き渡し、代金を自分たちの懐に入れた。

 

 彼女は悔しげに歯を食い縛って仕方ないのだと言った。

 

 命より大事な商売道具である飛行船を失い、新しく買う資金もない状況で、今更積荷の代金程度に固執してもどうにもならない。

 

 それよりも──

 

「これでアンタの武器は売り飛ばされずに済んだでしょ。これでアンタの言う宝島で一儲けできる可能性は残った。あーしらはそれに賭けるよ」

 

 そう、空賊たちはあれだけの被害を受けてもなお、宝探しを諦めなかった。

 いや、あれだけの被害を受けたから、か。

 

 魔弾もリオンも売り飛ばして修理代の足しにという声もあったが、反対多数で退けられたと聞いている。

 

 正規軍との戦いで空賊たちのリオンへの信用はかなり上がっており、リオンの言う宝島も本当にあるのではないかという考えが支配的になっていた。

 

 飛行船の修理と旅費稼ぎが終わったら、また旅が始まる。

 

 アラベラとランダルは積荷の代金を手放す代わりに、財宝が見つかるまでの間空賊船の乗組員として旅に同行できるように話を付けていた。

 財宝が見つかったら分け前を貰い、それで新しい飛行船を買うという算段だ。

 

 ちなみにクリアンもそうしていた。

 しばらく生死の境を彷徨っていたクリアンだったが、グリッドレイ領に着いてようやく容態が改善し、旅に加わることになった。

 彼も飛行船と商品を失っており、金が必要なのはアラベラたちと同じだった。

 

 空賊たちにとっても彼らの話は好都合だった。

 正規軍との戦いで乗組員がごっそり減り、飛行船の運用に支障が出ていたからだ。

 

 今やリオンは空賊たちに加えてアラベラとランダル、クリアンからの期待も背負うことになった。

 

「ああ──すまないな。この借りは利子付けて返すから」

「言ったな?高くつくぜ?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるアラベラ。

 

 ──困った。

 

 ()()のことを思えば、彼女たちにはここで空賊船を降りていて欲しかったのだが。

 

 それでも、彼女らの抱えた事情を聞いてしまえば、今更反対などできなかった。まあ、反対したところで聞き入れてくれるとも思えないが。

 同じ理由で、逃げ出して一人で目的地を目指すこともできなかった。

 

 何とか計画を知られることなく、それでいて彼女たちを巻き込まない方法を考えなければならなくなった。

 

「はは──あんまり高いと財宝でも返しきれなくなるぜ?」

 

 苦笑いを顔に貼り付けて、密かにリオンは苦悩していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 リオンが空賊たちと共にグリッドレイ領を出発したのは入港から約四ヶ月が過ぎた頃だった。

 

 空賊船の損傷は極めて深刻で、その分工期は長くなり、修理費用も高くついたのだ。

 

 空賊たちは焼け残った積荷の換金から窃盗、強盗、詐欺、ギャンブル、闇スポーツ、用心棒等々ありとあらゆる手段で金を稼ぎ、方々から借金もしてどうにか修復に漕ぎつけた。

 

 それでも、重要部分以外はジャンクヤードの安物資材で継ぎ接ぎしただけで、いい加減な間に合わせとしか言いようがないものだった。

 舷側は外から隙間風が吹き込み、内部は逆に換気が不充分でサウナ状態と居住性は大幅に悪化、破壊された推進装置は遂に直せず、速力も以前の半分以下に落ち込んだ。

 おかげで目的地に辿り着くまで二ヶ月はかかる見込みだ。

 

 ただ、今回は食糧は充分に積んであり、野営道具や武器弾薬などの装備は格段に充実していた。

 それらはほぼ全てライネル港で買い込んだものだ。

 

 最初から掠奪に走らずにライネル港に寄港しておけば正規軍と戦いなどせずに済んだだろうにと思うが、空賊というのはケチで怠惰なのである。

 稼いで買うより殺して奪った方が安上がりだと考えるような連中だから、空賊なんてやっているのだ。

 

 現に空賊の中に正規軍との戦いに懲りて真っ当に生きようとしている者はいない。

 宝が見つかったらどうする──なんて話で出てくるのは派手に遊ぶことか、もっと良い船や武器を手に入れてまた暴れ回ることだけ。

 

 そんな連中がこの世界の秘密を知り、その力を手にしたらどうなるかは容易に想像がつく。

 物語の本編が始まる前からゲームオーバー、バッドエンドである。

 

 なればこそ、早く上手い計画を考えなければならなかった。

 上陸してから目的地に辿り着くまでの間に空賊共を残らず始末し、それでいてアラベラたちを巻き込まない方法を。

 

 だが、いくら考えても理想的な展開は思いつかなかった。

 どこでいつ実行しようがアラベラたちを巻き込む可能性をゼロにはできない。

 かと言って計画のことを話せば、空賊たちに漏れかねない。

 

 必死に考えつつも平静を装っていたリオンだったが、彼は隠し事が下手な男だった。

 

 出航から四日目、リオンはアラベラに「後で話がある」と呼び出された。

 

 

 

 夜。

 

 日中他の乗組員たちと共に働かされてクタクタになり、熟睡していたリオンはアラベラに起こされて甲板に連れて行かれた。

 

 ちょうどアラベラが後方の見張りを担当していて、他の空賊たちは寝静まっている。

 

 開口一番、彼女はリオンを問い質した。

 

「リオン、アンタこの宝探しをどうやって終わらせる気なの?」

「どうって──普通に敵を倒してお宝を回収して、分け前を配って解散だろ?」

 

 アラベラは何か勘付いている。

 

 そう悟ったリオンは何とかはぐらかそうとするが、アラベラはその手には乗らなかった。

 

「とぼけないで。アンタあいつらにお宝を渡す気なんてないでしょ?」

「それは──でも仕方ないだろうが。船を持っているのはあいつらで、宝を見つけても船がなきゃ持ち出せないんだから」

 

 実際それはそうである。

 場所を知ってはいるが、本当にそこにあるのかどうかは定かではない。

 なかった場合、島を出て別の場所に向かうために飛行船は必要だ。

 

 だが、アラベラは苛立ちの込もった顔で溜息を吐く。

 

「アンタさ、嘘が下手って言われない?そんな風に割り切ってるんなら、そんな思い詰めた顔しないよ普通」

 

 そう言ってアラベラはぐっと顔を近づけてきた。

 

「アンタ、どこかのタイミングであいつらを始末する気でしょ?」

 

 ──顔に出てしまった。

 

 アラベラの目の色が変わる。

 やはり肯定と取られたようだ。

 

 不味い。

 このままでは計画が破綻してしまう。

 下手をすれば空賊たちに殺される。

 

 その前にいっそ──

 

「それ、あーしにも乗らせてよ」

「──え?」

 

 予想外の言葉に思わず間の抜けた声が漏れた。

 

 それを見てアラベラは僅かに表情を緩める。

 

「何か勘違いしてるみたいだけど、あーしが賭けてるのはアンタで、空賊共じゃないから。あいつらにお宝を渡したくないのはあーしも一緒。だからアンタに何か作戦があるなら、あーしも手伝う」

 

 月明かりに照らされた彼女の顔はとても頼もしく見える。

 

 自分一人でやるよりも彼女と二人でやった方がうまくいくかもしれない。計画を彼女と共有しておけば巻き込む可能性はほぼゼロにできるし、そうなれば空賊を討ち漏らす恐れも減る。

 

 でも──

 

「お断りだ。わざわざお前に手伝ってもらうことなんてねーよ」

 

 十中八九彼女の言ったことは本当だろうが、それでも彼女を計画に加えることはできない。

 

 それに、計画は大変な危険を伴う。不測の事態だって起こり得る。

 この世界の秘密を知らない彼女ははっきり言って足手纏いだ。

 

 危険を背負うのは自分だけでいい。

 彼女は──彼女たちは自分の身を守っていればいい。

 

「──あーしのこと、やっぱり信用できない?」

 

 アラベラが悲しげな顔で問うてくる。

 

 一瞬胸が締め付けられるが、情に流されてはいけない。

 生き死にが懸かっているのだから。

 

「そうだよ。お前にできることは何もない。自分たちのことだけ気にしてろ」

「──そっか」

 

 アラベラは小さく溜息を吐いて引き下がった。

 

 かと思えばあっけらかんとした笑顔で言う。

 

「あーあ、残念。媚売っとけば分け前が増えるかと思ったのに。フラれちった」

「お前な──」

  

 そんなことのためにあんなシリアスな顔をしていたのか?

 

 思わず気が抜けてしまう。

 

 だからこそ、ここで話を終わらせるのは違う気がした。

 

「──何か変な音がしたり、騒ぎが起こったら、とにかく伏せていろ。逃げようとするな。未知の島で迷ったりなんてしたら終わりだからな」

 

 そう忠告するくらいはしておかなければならないと思った。

 

「なんだ。やっぱり何か考えあるんじゃない」

 

 アラベラのその言葉には答えずに、リオンはその場を去った。

 

 ──昇降口から船室に降りる時、誰かの気配を感じた気がしたが、誰も見つからなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 出航から二ヶ月目。

 

 見張りについていた空賊からの報告でブリッジに駆けつけたリオンは遂に()()を肉眼で捉えた。

 

 巨大な白い雲とその真下の緑色に光る海面。

 

 間違いない。記憶にあるその場所の特徴と完全に一致する。

 当たりだ。その場所は実在していた。

 

「船長、あの海面が光っているあたりに行ってくれ。あそこが入り口だ」

 

 リオンの指示に従って船長が舵輪を回し、空賊船は光る海面へ向かって進んでいく。

 

 いつの間にか空賊船の周囲には強い追い風が吹いており、船足はどんどん上がっていく一方だった。

 

 初めて見る光景に空賊たちは皆圧倒されていた。

 甲板には珍しい景色を一目見ようと大勢が集まり、手摺りから身を乗り出している。

 

 あれでは危険だ。

 

「入り口に到達したら強い上昇気流が来る。何かに摑まった方がいい」

「分かった。野郎共!見物の時間は終わりだ!船内に入って何かに掴まれ!振り落とされたくなけりゃな!」

 

 船長が鐘を鳴らして拡声器で呼びかけると、空賊たちは渋々といった感じで船内へと戻っていく。

 

 ブリッジの空賊たちも各々手摺りや椅子の背に掴まる。

 

 見張りから空賊船が海面の光っている場所に到達したという報告が届いた直後。

 

 空賊船は大きく揺れ、猛烈な勢いで上昇し始めた。

 

 慣性で身体が下方向に押さえつけられ、立っているだけで精一杯になる。

 

「雲に入るぞ!」

 

 見張りの叫び声と共にブリッジの窓が白く染まった。

 

 上昇が止まり、今度は横向きの強い風が襲いかかってくる。

 

 空賊船はゆっくりとだが、確実に押し流され始めた。

 

「この先はどうするんだ?」

「風上に進むんだ。このままじゃ雲の外に押し出されてしまう」

「簡単にいってくれるぜクソが」

 

 毒づいて船長が風上へと針路を変えるが──

 

「駄目です!流されてます!」

 

 航法士の言葉通り、速度計は未だ後進を指していた。

 

「機関室!出力を上げろ!全速前進だ!」

『全速前進了解!』

 

 船長が命令を下し、エンジン出力を示す計器の針がどんどん動いていく。

 

 だが、速度は上がらない。

 

「フルパワーにしろ!」

『本気ですか船長!?このままじゃエンジンが焼けちまいやすぜ?』

「焼けたって構わん!出力を最大限まで出せ!」

『ッ!了解でさぁ!』

 

 遂に計器の針が赤く塗られた領域へと到達した。

 鎧の緊急加速と同様、通常出してはいけないとされる出力である。

 

 そうでもしなければ進めないほど、風は強く、空賊船はその大きさと重さに対して非力だった。

 

 だが、その判断は功を奏し、速度計がようやく前進を示す。

 

 非常にゆっくりとだが、空賊船は風に逆らって速度を上げ始めた。

 

 船長は計器と機関室からの報告に注意しながら細かく舵と出力を調整し、何とか風上へと船を進めていく。

 

 その操船技術にリオンは舌を巻いた。

 認めたくないが、この空賊船と船長の操船技術がなかったら──旅に出た時に乗っていたちっぽけなボートでここに挑んでいたら、とっくに沈んでいるだろう。

 

「風が弱まってきたな。そろそろ抜けるか?」

 

 船長の言葉通り、程なく灰色一色だった視界が明るくなったかと思うと、一気に開ける。

 やかましかった風の音が消え、無音になる。

 

 飛び込んできた青空の眩しさと耳鳴りに思わず目を細めた。

 

 目と耳が慣れてくると、リオンは思わず声を上げた。

 

「あった──やっぱり間違いじゃなかったんだ」

 

 さながら台風の目のように分厚い雲の中にぽっかりと空いた巨大な空洞。

 その中心部に浮島が浮かんでいた。

 

 巨大な樹木がそびえ立ち、その根が島の地表を覆い尽くして島の裏側にまで突き抜け、さらにその根の上に無数の植物が生えていた。

 

 その特徴を知ってはいたが、実際に見てみるとそのスケールの大きさに圧倒される。

 

「あれか?あれがお前の言っていた浮島か?」

 

 船長が問うてくるので、大きく頷く。

 

「そうだ。島の周りを回ってみてくれ。古い港があるはずだ」

「聞いたな野郎共!港を探せ!」

 

 船長の指示で空賊たちが窓や見張り所に張り付き、浮島の地表に目を凝らす。

 

 すぐに見つかったという報告があり、空賊船は浮島に向かって接近していった。

 

 やがて浮島から突き出た桟橋が見えてくると、空賊船は速度を落とし、ボートを出した。

 

 ボートの誘導を受けて空賊船は無事巨体を浮島に横付けした。

 

 舷側から縄梯子が降ろされ、数人の空賊たちが桟橋に降り立つと、もやい綱で空賊船を桟橋に繋ぎ止めた。

 

 続いて格納庫から鎧が発進し、積荷の揚陸作業を開始する。

 

 甲板長の指揮の下、降ろされた積荷の荷解きとキャンプの設営準備が行われ、リオンもキャンプ設営に駆り出された。

 

 モンスターや敵が襲ってこず、崩落の危険もない安全な場所を探し、そこにテントを張る。

 

 総勢三十人以上の空賊たちが寝泊まりできる拠点の設営はさすがに手間だったが、人数と鎧の力で数時間のうちにキャンプの設営は完了した。

 

 続いて行われるのは探索である。

 目的地までの安全なルートを探し、想定にない危険が潜んでいないか、チェックした上で計画を実行に移す場所を見極める。

 

 ここが勝負の分かれ目だ。

 

「じゃあ、案内頼むぜガキ」

 

 探索隊のリーダーに指名されたオズがにんまり笑う。

 その手にはリオンのライフルが握られ、肩には魔弾の弾帯が掛かっている。

 

 リオンは丸腰で、持たされたのは目的地を示すコンパスだけだった。

 

 正直不安で仕方ないが、今の所は差し迫った問題ではない。

 計画を実行する時に取り返しておければそれでいい。

 そのためにも、今空賊共に下手な疑いを抱かせるわけにはいかない。

 

「そっちこそ、ちゃんと守ってくれよ?何があるか分からないんだから」

「おうよ。任しとけ。あの時みてぇにな」

 

 オズは胸をどんと叩く。

 その目はすっかり戦友を見る目である。

 

 ──おめでたい奴だ。

 

 内心そう吐き捨てつつも、オズの顔を直視できずに目を逸らす。

 

「じゃ、行こうか」

 

 そう言ってリオンは森へと足を踏み入れる。

 

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