俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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破綻

 リオンが何か企んでいると勘付いていたのはアラベラだけではなかった。

 

 空賊船の船長はリオンがすんなり宝の在処に案内するとは最初から考えていなかった。

 

 鎧に乗り込んで正規軍に立ち向かったのは意外だったが、降伏しようとして認められず撃たれたのが理由だと聞いてさもありなんと思った。

 

 所詮彼は柔らかくて、甘っちょろくて、青臭い貴族のガキ。

 自分たちに心を開いているわけはないし、自分も彼とは根本的に相容れないと思う。

 お互い都合良く利用し合っているだけなのだ。

 

 だから、監視が必要だった。

 使い魔や部下の空賊が張り付いていては警戒されてしまうので、彼が仲間と見做している人物が望ましい。

 

 船長が白羽の矢を立てたのは密輸業者の青年だった。

 

「あのリオンってガキを見張れ。なんかおかしな様子があったらすぐに教えろ。そうすりゃ分け前を倍にしてやる」

「おかしな様子って、もう十分過ぎるくらいおかしいでしょうがアイツは」

 

 ヘラヘラ笑うランダルを船長は睨みつけた。

 

「茶化すんじゃねえ。アイツは絶対どこかで俺たちを出し抜こうとするはずだ。俺の読みじゃ、誰にも宝を渡す気はねェな。アイツに任せてたら分前もへったくれもねえ。下手すりゃ生きて帰れるかも怪しい。そうなる前に、何企んでやがるのか探らなきゃならん。お前が一番見込みあると思って話してんだぜ」

「なら分け前は三倍で頼みますよ。あんたらに壊された船と積荷の代金の分回収したいんで」

 

 吹っかけたランダルだが、船長は鼻を鳴らしつつも受け入れた。

 

「──まァいいだろう。しっかりやれよ」

「へーい」

 

 その密談から僅か三日後、ランダルは見てしまった。

 

 リオンを甲板に誘い出し、共謀を持ちかけるアラベラと空賊たちを始末する算段があることを曖昧ながらも肯定したリオンの姿を。

 

 ランダルから報告を受けた船長はリオンをアラベラたちから孤立させることにした。

 武器は持たせず、周りは空賊たちで固める。その一方でアラベラたちは自分の近くに置く。

 身を守り敵を排除する手段がなく、人質まで取られていては、何かしようとしても無理だろう──そう考えた。

 

 そして実際それは策としては当たっていた。

 武器を取り上げられたリオンは計画の実行タイミングを決めることが困難になり、アラベラたちを船長から引き離すための手も考えなくてはいけなくなっていた。

 

 ただ──策というのは少しの齟齬で容易く破綻するものである。

 

 不完全な情報に基づいた稚拙な策の代償を彼らはすぐに支払うことになった。

 

 

◇◇◇

 

 

 目的地の遺跡は浮島の中央にある。

 

 整備されておらず、植物や木の根に覆い隠されてはいるが、港から続く道があり、それを辿って行けば到達できるはずだ。

 

 今日は初日でキャンプから遠く離れるわけにはいかないため、次のキャンプ地を見定めたら戻る予定だ。

 

 そしてその次のキャンプ地こそ、リオンが計画を実行しようと考えている場所だった。

 

 戦闘パートに比べれば易しいが、初見では分かりづらいトラップがあり、装備や立ち回りを間違えると普通に死にかねない危険な場所だ。

 

 元々は迂回するつもりだったのだが、空賊たちを引き連れてきてしまった以上、行くしかない。

 三十人近くいる空賊たちを倒せる存在はそこにしかいないのだから。

 

 だが、そこまで他の脅威がないわけではない。

 

 不意に空賊の一人が悲鳴を上げ、剣を振り回し始めた。

 

 行軍を止めて何があったのか訊けば蛇に足を咬まれたとのことだった。

 

 毒は絞り出したようだが、咬まれた箇所がどんどん腫れ上がり、身体が痙攣し始める。

 

 オズの指示でその空賊はすぐにキャンプに戻されることになった。

 

 それからは毒蛇や毒虫にやられないよう、木の枝で地面の草を叩きながら進むことになり、行軍速度は大幅に落ちた。

 

 そして、それらよりも恐ろしいものが現れる。

 

「伏せろ!」

 

 空賊たちに合図すると、彼らは素直に草の中に身を屈めた。

 

 彼らの視線が森の中を漂うものへと向けられる。

 

 手足のない鎧のようなものがふよふよと浮かんで漂っている。

 

 時々機体全体を回転させて辺りを見渡し、ピー、ピピー、と妙な音を出している。

 

 初めて見る異形の怪物に空賊たちは皆一様に驚愕し、息を潜めていた。

 

 やがて鎧が去っていくと、その場から盛大な溜息が漏れた。

 

「あれがお前の言ってた敵か?」

「ああ、そうだ。見つかって襲われた時以外は絶対撃たないでくれよ。普通の武器は効かないし、魔弾の弾数には限りがあるんだから」

「そぉかい。慎重なこったな」

 

 嫌味を混ぜ込みつつもオズは了承する。

 

 そして再び歩き始めた一行は分かれ道に辿り着いた。

 

 最終目的地までは左の方に行くのが正しいのだが、リオンは右の道へと進む。

 

 程なく、植物に覆われた複数の窪地が目の前に現れた。

 

 古代の円形劇場のような窪地の間を縫って歩いていくと、巨大な建物の跡が見えてくる。

 

 殆ど崩れているが、一階部分がまだ健在で雨風を凌げそうだ。

 

「ここなら屋根の下で過ごせそうだな。ここを明日のキャンプ地にしよう」

「ん?ここがその遺跡じゃないのか?」

 

 ディーが訊いてきた。

 

「いや、違う。島の中央部にもっと大きな遺跡がある。ここは──ほんの一部だよ」

「一部でこれかよ──目的地まではどれくらいで辿り着けそうなんだ?」

「そんなにはかからねえよ。()()()()()()()明後日には辿り着けるはずだ。さっきの鎧もどきがあちこち彷徨いているからもっとかかるかもだけど」

「そうか──」

 

 先程見た不気味な鎧を思い出したのか不安げな表情になるディーを余所に、リオンは計画のトリガーとなるものを探す。

 

 記憶が曖昧だが、地下に通じる通路を通って近道しようとしたらトラップが発動したはず。

 

 念のためその場所が存在するかどうか確かめておこう。

 

 探索だと言って建物の中に足を踏み入れると、そこには見かけよりも更に広い空間が広がっていた。

 

 元々多くの部屋に分かれていたのが、所々天井や壁が崩れて一つの大広間のようになっているようだ。

 

 空賊たちは初めて見るらしい遺跡に興奮してあちこち視線を彷徨わせている。

 

「すげえ。こんなの見たことねぇぜ。お宝の匂いがするな」

 

 一人の空賊が壁の近くに置かれていた芸術品のようなものを手に取る。

 

 埃を被っているが、精巧なガラス細工のようだ。

 

 他にも──

 

「何だこの機械?ボタンもレバーも何にもねえぞ」

「おい、さっきの鎧もどきもいるぞ。動かねーのか?」

「光ってねぇから死んでんじゃねぇか?」

「これは──銃なのか?」

「おお?あれは何だ?トロッコみてぇなモンか?」

 

 建物のあちこちにあるロストアイテムを次々に見つけては眺め、手に取る空賊たち。

 

 彼らに混じって建物の中を物色するふりをしながら、リオンは地下への入り口を探す。

 

 空賊たちがトロッコと勘違いしている乗り物──地下鉄の乗り場近くにあったはず。

 

(──おかしいな)

 

 どうも記憶にある光景と合致しない。

 地下鉄の線路は水没なんてしていなかったはずなのに、今目の前にあるそこには水が溜まっていた。

 そしてそこだけやけに空気がジメジメしていて──

 

 不意に首筋に微かな痛みを感じて手をやると、ぬめっとした感触が伝わってきた。

 

「あん?なんだ?」

 

 他の空賊たちも口々に違和感を口にし、違和感の元凶を掴んでむしり取る。

 

「ひっ!ヒルだ!」

 

 誰かが叫んだ直後、天井から無数の羽の生えたヒルが落下してきた。

 

 咄嗟にローブを盾にして防いだが、空賊たちはそうもいかなかったらしく、悲鳴を上げて地下鉄乗り場から逃げ出す。

 

 そして頭に血が昇った一人の空賊が魔法を使った。

 

「クソが!これでも喰らえ!」

 

 放たれたファイアーボールが空中を舞うヒルを何匹か焼きながら天井へと向かっていき、着弾と共に広がって燃え上がる。

 

 まだ天井にいたヒルがたちまち黒焦げになり、空賊たちは歓声を上げるが──

 

 次の瞬間けたたましい音と共に赤い電灯があちこちに灯る。

 

(警報装置!?おいおい嘘だろ!)

 

 想定になかった方法でトリガーが作動してしまったことに焦る暇もなく、壁が開き、赤く塗装された鎧もどきが姿を現す。

 

『くぁwせdrftgyふじこlp!!』

 

 赤い鎧もどきが謎の言語で喚きながら赤い一つ目を激しく明滅させる。

 

 それを見て空賊たちは先程にも増して大混乱に陥った。

 

 てんでバラバラにやたらめったら魔法や銃撃を放つが、どれも鎧もどきを倒すことはできず、鎧もどきはどんどんこちらに接近してくる。

 

 だが、鎧もどきの手が空賊たちを捕らえることはなかった。

 

「喰らえバケモンがッ!」

 

 罵声と共にオズがライフルを発砲した。

 

 凄まじい発砲音と共に発射された弾丸は過たず鎧の赤い一つ目に命中し、青白い電光が迸る。

 

 鎧もどきは痙攣したかと思うと、歩みを止めて床に倒れ込んだ。

 

 しかし、警報は鳴り止まず、直後に地響きが起こる。

 

(不味い!完全に発動しやがった!)

 

 当初考えていた計画はもはや破綻した。

 動き出してしまった()()を止めることはもはや不可能である。

 

「隠れろ──ッ!!」

 

 ありったけの声で叫んで地下鉄乗り場に飛び込んだ直後、崩れかけの建物のエントランスを吹き飛ばして()()は現れる。

 

 太い四本の脚と鋏状のアームが付いた丸っこい胴体と、その後ろに付いた箱型の砲塔とコンテナ。

 昆虫の複眼を思わせる赤い一つ目。

 

 蜘蛛のような形をした大型の鎧もどき──多脚砲台とでも呼ぶべきものがリオンたちを無機質な眼で見下ろしていた。

 

 至近距離から射竦められた数人の空賊たちが後退りしようとするが、直後に多脚砲台の胴体下部のガトリングガンが火を噴き、一瞬で彼らを血煙に変えた。

 

 それを見た空賊たちが悲鳴を上げ、我先にと壁の崩れた所から建物の外に逃げ出す。

 

 だが、彼らを今度は砲塔から発射された榴弾が襲った。

 

 爆発音が轟き、空賊たちが宙を舞う。

 

「テメェよくも!こっちを向きやがれ!」

 

 オズが隠れていた物陰から飛び出してライフルを構え、赤く光る複眼に狙いをつける。

 

 彼の声が聞こえたのか、多脚砲台はオズの方に向き直る。

 

 すかさず放たれた魔弾は確かに複眼に命中し、レンズを幾つか破壊したが、それ以外に何らの損傷も与えることはなかった。

 

「マジかよ──」

 

 その呟きの直後、ガトリングガンの掃射でオズの頭は吹っ飛んだ。

 

 それを見てディーが絶叫する。

 

「オズさぁぁぁあああん!!」

 

 だが、多脚砲台は人間の感情などお構いなしにただただ音に反応し、無慈悲に砲口を向けて榴弾を撃ち込む。

 

「ッ!よくも!よくもオズさんをォォォ!!」

 

 幸か不幸か直撃は免れたらしく、爆煙の向こうから必死で銃を撃ち返すディー。

 

 多脚砲台は彼の姿を捉えられないのか、複眼をしきりにグリグリと動かしていた。

 

 それを見てチャンスは今しかないと思った。

 

 まだちらほら舞っているヒルが寄ってきて気持ち悪かったところだ。

 

 リオンは素早く地下鉄乗り場を飛び出し、多脚砲台の背後を回ってオズの遺体へと向かった。

 

 幸い気取られた様子はなく、多脚砲台はディーが隠れている方向に断続的に弾を撃ち込み続けていた。

 

 首なしになったオズの遺体から弾帯を外し、手に握られたままのライフルを回収しようとするが──

 

(くそ、固い)

 

 オズはライフルをきつく握りしめていて、指を一本一本離さなければならなかった。

 

 多脚砲台がいつ気付いて攻撃してくるか分からない中での手間のかかる作業に焦りが募っていく。

 

 ようやく最後の指を離し、ライフルを手にしたリオンは逃げ道を素早く計算すると、多脚砲台に後ろから魔弾を撃ち込んだ。

 

 多脚砲台がガシャガシャとやかましい音を立てて振り返る頃には、リオンは建物から逃げ出して森に向かって走っていた。

 

 複眼でその後ろ姿を捉えた多脚砲台はガトリングガンを撃つが、弾丸は当たらない。

 魔法で肉体を強化して全力疾走するリオンに照準が追いつかないのだ。

 

 距離を離されては仕留められないと判断したのか、多脚砲台は後を追って移動し始める。

 

 取り残されたディーは恐る恐る隠れていた物陰から出て、周囲の光景に絶句した。

 

 仲間たちは全員死んでいて、殆どが原形を留めていなかった。

 

 そしてディーは敬愛する先輩であり恩人であるオズのところに駆け寄って、目を見開いた。

 

 持っていたはずのライフルと魔弾がなくなっている。

 

 ということは──

 

 森の方から爆発音が聞こえてきて、ディーは様子を見に外に出た。

 

 見ると、森の木が次々に倒れていっており、多脚砲台が遠ざかっているのが分かった。

 

「あのガキ──!」

 

 混乱に乗じてリオンが逃げ出したのだと思い、怒りに震えるディーだが、不意に後ろから声をかけられる。

 

「俺はここだ」

 

 振り返ると、そこにはリオンがいた。

 

 瞬間、ディーはリオンの顔面に銃を突きつけた。

 

「テメエ一体何しやがった。オズさんからそれ剥ぎ取ってなにしやがった!?」

「──仕方なかったんだ。あいつをどうにかして誘き出さなきゃ、やられていた。何とか森で撒いたけど、あいつを放っておいたら皆あいつにやられる。止めないと。頼む、協力してくれ!」

「は?待て、待て。お前──お前があの化け物蜘蛛を誘き出したってのか?」

「そうだ。だから俺とお前は生きている。でもこのままじゃまたあいつに襲われる。その前にキャンプの所にいる連中と合流して止めないと」

 

 ディーは一瞬リオンの言うことを信じていいものか迷った。

 

 だが、もう一度森の方を見れば、多脚砲台はキャンプのある方向へと向かっているのが判り、四の五の言ってはいられないと思った。

 それに正規軍との戦いの時も、彼は空賊扱いされて殺されかけたという事情はあったにせよ、自分たちと共に戦い、決死の肉薄攻撃を敢行したし、その後も危険を冒してオズを抱えて飛んだではないか。

 

「──分かった!」

 

 ディーはリオンへの疑いを呑み込み、銃を下ろした。

 

 二人はキャンプに戻るため、元来た道を走り出す。

 

 

◇◇◇

 

 

 キャンプ地では、突然森の方で起こった爆発音に空賊たちが何事かと騒いでいた。

 

 そして先遣隊が探索に行った方角から黒煙が上がるのが見えて、アラベラはリオンの計画が発動したのだと思った。

 

 この浮島には何か恐ろしいモンスターか何かがいて、それに空賊たちを始末させる──リオンの企みはそんなところだと思っていたが、どうやら当たったようだ。

 

 そしてそれを確信しているのは空賊の船長も同じのようだった。

 

「あのガキ──やりやがったのか!」

 

 信じられない、と言いたげな表情を浮かべる船長だが、アラベラはさもありなんと思った。

 

 武器を取り上げようが、自分たちを人質に取っていようが、この浮島の情報はリオンしか知らないのだ。

 ならば主導権は彼にある。

 その彼を上手く利用して出し抜こうなどと考えた時点で負けているのだ。

 

 そして、彼は不用意に逃げようとせずに伏せていろと言った。

 じきにここにもその恐ろしい何かはやって来るのだろう。

 

 だから、船長が様子を見にテントの外に出て行ってもアラベラは逃げ出そうとはしなかった。

 

 騒ぎが収まるまで──リオンの企みが完遂されるまでどこかに隠れてやり過ごそうと思っていたアラベラだったが、その目論見はあっさり破綻した。

 

「野郎共!武器を持て!何かが来るぞ!ピンキー!ラゲット!空から見てこい!」

 

 船長の号令で空賊たちが呼び集められ、アラベラもランダルに捕まって駆り出されてしまった。

 いつも空賊に何か命じられる度にどうにかして手を抜こうとしていたランダルがいつから空賊の指示に迅速に従うようになったのだろうか。

 そんな疑いを深く考える暇もなく、槍を持たされ、クリアンと共に船長を護衛する配置に付かされる。

 

 森から断続的に続く地響きと木の倒れる音がどんどん近づいて来る。

 

 空賊たちは皆それぞれ愛用の銃や槍、剣を持ち、名指しされた二人のパイロットは鎧に乗り込んで偵察に飛び立っていく。

 

 だが、森の上空に到達した鎧は地上から発射された曳光弾のようなものに襲われ、たちまち一機が撃墜された。

 

 残りの一機が這々の体で逃げ帰ってくると、中から蒼褪めた表情の空賊が転げ落ちてくる。

 

「船長ォォォ!てえへんだ!な、なんか、でけえ蜘蛛みてえな鎧?か何かが向かってきてやがる!で、で、う、撃とうとしたら、ピンキーが墜とされたぁ!」

「何ィ!?」

 

 船長が目を剥いた。

 

 そしてズカズカとアラベラの方へ歩いてくると、胸倉を掴み上げる。

 

「おいクソアマ。テメエ知ってやがったか!?」

 

 リオンとの共謀を疑っているようだが、それは濡れ衣というものだ。

 

「知らない。アイツは何も教えちゃくれなかった。あーしだって何がどうなってんのか分かんねーよ」

「──チッ!」

 

 しばらくアラベラの目を見て嘘ではないと判断した船長は、アラベラを乱暴に放り出した。

 

 その拍子に取り落とした槍は船長が踏みつけ、取り上げる。

 

「おいランダル。この女見張っとけ」

「へい」

 

 冷たい目で自分を見下ろすランダルを見て、アラベラは彼こそが自分とリオンの密談を盗聴して船長に告げ口した犯人だと悟った。

 騙しと駆け引きが日常茶飯事の密輸業において信用できる目利きだと思って組んだのだが、実際には強い者に擦り寄って仲間を簡単に売る蝙蝠野郎だった。

 

 自分の見る目のなさを呪いつつも、アラベラは逃げ出す方法を考える。

 このままここにいたら殺されると彼女は確信していた。

 

 そして地響きが大きくなったかと思うと、目の前の森の木を何本か倒して巨大な蜘蛛のような物体が躍り出た。

 

「撃て!」

 

 船長の命令で空賊たちが一斉に発砲する。

 

 麻痺性電撃(スタンボルト)弾に焼夷弾、炸裂弾、高貫通弾などの魔弾が物体に殺到するが、そのどれも物体を傷つけることはできず、お返しに放たれたガトリングガンが前衛の空賊たちを薙ぎ払った。

 

 残った一機の鎧が対鎧用の大口径魔弾を撃ち込んだが、甲高い音と共に跳ね返される。

 

 そして物体の後部に載った砲塔が火を噴いた。

 

 鎧は素早く離陸して躱したが、外れた榴弾がアラベラたちの近くに着弾し、大量の土砂が撒き上がる。

 

 降り注ぐ土砂と破片から身を守るため、船長とランダルが身を屈めたその瞬間。

 

 アラベラはランダルの顔面に思い切り蹴りを喰らわせて持っていた銃を奪い取ると、ストックで船長の後頭部を思い切り殴りつけた。

 

 船長が倒れると、アラベラはクリアンに声をかけた。

 

「逃げるよ。クリアンさん」

「──あんたも大概向こう見ずじゃな」

 

 アラベラとクリアンは一目散にその場を逃げ出す。

 

 これは千載一遇のチャンスだ。

 あの物体に空賊たちがやられている間にこの場を逃げ出して、近くに隠れる場所を見つけ、そこで事が終わるまでやり過ごす。

 

 だが──

 

「いってぇな!テメエ待ちやがれ!」

 

 鼻血を垂らしたランダルが鬼の形相で追いかけてくる。

 

 年で足腰が弱っていて遅いクリアンを連れていては振り切れないのは明らかだった。

 

 打撃が足りなかったかと歯噛みしつつ、アラベラは足を止めた。

 

 そして追いついてきたランダルが伸ばした手を引っ掴み──体術で思い切り投げ飛ばした。

 

 走ってきた勢いが乗っていたランダルはお手本のような動きで地面に転がされ、「ぐえっ」と呻き声を上げる。

 

 間髪入れずに腕を捻り上げて馬乗りになり、抵抗を封じる。

 

「て、てめえ──」

 

 押さえつけられたランダルがしぶとく暴れるが、アラベラは逃がさなかった。

 

 それどころか、ランダルの首に体重をかけて頭を押さえ込んだ。

 全力で体重をかければランダルの首は折れる。

 

「いい?一度しか言わないからよく聞いて。アンタが取り入るべきは空賊じゃない。リオンだよ。この島のことを知ってるのはあいつだけ。どこにどんな敵がいるのか知ってるのもあいつだけ。ここに辿り着いた時点でもうあいつの勝ちは決まってる。出し抜くなんて無理なの。だから空賊と一緒になってあいつからお宝を横取りしようなんて考えは今すぐ捨てて。でないとこの首圧し折るからね」

「ッ!?わ、わーった!わーったよ!だから首はやめろ!」

 

 慌ててランダルが命乞いしてくるが、アラベラはもはや彼の言動を信用できなかった。

 

「弾はどこ?」

 

 押さえつけたまま問いかけると、ランダルは怪訝な顔をする。

 

「は?タマってそりゃお前が乗ってる──おい待てお前まさか俺のタマ──」

「空賊から貰った鉄砲玉はどこにしまってるのか訊いてるの!どこ!?」

 

 ランダルの首にかける体重を少し強めると、ランダルは悲鳴を上げて白状した。

 

「み、右ポケットだ。ズボンの」

「クリアンさん、こいつのズボンの右ポケットに弾が入ってるから出して」

 

 クリアンが言われた場所を探ってみると、出てきたのは二クリップ計十発の通常弾だった。

 

 念のため他のポケットも探ってからようやくアラベラはランダルを解放した。

 

「とにかく、今はどこかに隠れてあの化け物をやり過ごす。その後リオンを探す。いい?」

「あ、ああ──でもよ、リオンを探すっつったって見つけられんのか?」

「あいつは戻ってくるよ。あーしらやクリアンさんのことは気がかりだろうしね」

「だといいけどよ──」

 

 本当に自分たちのことが気がかりなら攻撃に巻き込むか?

 

 ランダルはそう言いたげだった。

 

 その場に微妙な空気が流れるが、不意に近くの茂みがガサガサと音を立てたかと思うと、暗闇の中に赤い一つ目が光る。

 

 脚のない鎧のようなものがけたたましい音を立てながら飛び出してくる。

 

「うわわッ!何だよコイツ!来んな!」

 

 ランダルが逃げようとして転び、必死で後退りする。

 

 だが、それが却って鎧もどきの注意を引いたらしく、無機質な銀色の手がランダルに迫る。

 

「このっ!」

 

 アラベラは叫んで鎧もどきの手に横から銃を撃ち込んだ。

 

 だが、弾丸はガントレットに当たって跳ね返されてしまい、何らのダメージも与えなかった。

 

 そして鎧もどきは銃を持っているアラベラを脅威と認識したのか、向きを変えて向かってくる。

 

 アラベラは急いで次弾を装填しようとするが、銃を使い慣れていない彼女は排莢に手間取り、接近を許してしまう。

 

「アラベラ!逃げろ!」

 

 クリアンの叫びで間一髪逃れたアラベラだったが、銃を掴まれてしまう。

 

「くそ!離せよこの!」

 

 アラベラは銃を取り返そうと抵抗したが、押しても引いてもびくともせず、あっさりと銃身を捻じ曲げられてしまう。

 

 捻じ曲げられた銃身の先、銃口を突きつけられたアラベラはやむなく銃を手放した。

 これで武器はもうクリアンが持っていたナイフしかない。

 

 捻じ曲がった銃を放り捨てて迫ってくる鎧もどき。

 

 それでもアラベラはクリアンからナイフを受け取って徹底抗戦の構えを取った。

 

 直後、パン!と乾いた音が響いたかと思うと、鎧もどきが一瞬電光に包まれる。

 

 電光が消えると鎧もどきは地面に落ちて前のめりに倒れた。

 

 その背後からライフルと魔弾を持ったリオンとディーが現れる。

 

「リオン!」

 

 やっぱり来てくれた。

 彼を信じた自分の直感は間違っていなかった。

 そのことがアラベラには無性に嬉しかった。

 

「アラベラ?それにクリアンさんも?どうしてここに?」

「キャンプが怪物に襲われたの。銃も魔法も全然効かなくて、応戦した連中も船長もやられて。逃げてきたの」

 

 アラベラのその答えを聞いてディーがかぶりを振る。

 

「船長はそう簡単にくたばるタマじゃねえ!キャンプに急ぐぞ!」

 

 そう言って再び走り始めるディーを、リオンは追った。

 

 てっきり逃げるものだと思っていたアラベラは一瞬面食らったが、リオンとはぐれるわけにもいかず、後を追った。

 

 

 

 キャンプ地は地獄絵図と化していた。

 

 テントはことごとく吹き飛ばされ、弾薬が誘爆したのか集積されていた物資はあちこちに散乱し、炎上していた。

 

 そして怪物──多脚砲台は鋏状のアームで残った一機の鎧を捕らえ、ギリギリと音を立てて締め上げていた。

 

 鎧のハッチが開き、パイロットが転げ落ちた直後、鎧はバキン!と甲高い音を立てて上下真っ二つに切断された。

 

 脱出したパイロットは腰が抜けたのか、走れずにいる。

 

「う、うわぁぁぁあああ!!誰か!誰か助けてくれェェェ!!」

 

 パイロットは泣き叫ぶが、多脚砲台は容赦なく彼を踏み潰そうと脚を振り上げる。

 

 その前を白いものが横切った。

 

 肉体強化魔法を使って全速力でその場に飛び込んだディーが叫びながら手を伸ばす。

 

 パイロットも気付いて手を伸ばす。

 

 だが、その手が触れる直前で多脚砲台の脚がパイロットを無慈悲に踏み潰した。

 

「ラゲット──ッ!こんのクソがァァァアアア!!」

 

 間に合わなかったディーは激昂しながら銃を乱射し、下部のガトリングガンが火花を散らして動かなくなる。

 

(でかした!)

 

 それを見たリオンはすかさず砲塔の死角に入り込んで鋏目掛けて魔弾を撃った。

 

 電光と共に鋏の動きが止まり、多脚砲台の下部──機体の裏面が無防備になる。

 

 そこに飛び込んで弱点に魔弾を撃ち込めば動きを止められる。

 

 一気に決めようとしたリオンだったが、突然多脚砲台から大量の煙を噴き出した。

 

 煙が入った目に鋭い痛みが走り、リオンは思わず跳び退く。

 

 隣でディーも咳き込みながら逃げ出していた。

 

「コホッ、コホッ!おい!誰か!生きている奴はいるか!?いたら返事しろ──!」

 

 ディーが周囲に呼びかけるが、返事は返ってこない。

 

 代わりに現れるのは脚を折り畳み、機体裏面を守る姿勢になった多脚砲台だった。

 

 ガトリングガンと鋏は機能停止し、赤く光る複眼は半分ほど欠けているが、まだ残っている榴弾砲の野太い砲身がこちらを狙っていた。

 

「避けろ!」

 

 咄嗟に叫んで姿勢を低くし、()()()()()()()突進する。

 

 榴弾砲は突っ込んでくるリオンに俯角が追いつかず、砲弾は彼の頭上を掠めて飛んでいく。

 

 そのままリオンとディーは多脚砲台の脇を走り抜けた。

 

 砲塔が旋回して追ってくるが、直後に複数の発砲音が響き、砲塔に小さな爆発が起こった。

 

 砲塔が向きを変え、発射地点を探してキョロキョロし始める。

 

「今のうちに隠れろ!」

 

 森の中からアラベラの声が聞こえてくる。

 先程の爆発は彼女たちの援護だったようだ。

 

 森に逃げ込んだリオンとディーは音を頼りに森の中を走り、アラベラたちと合流した。

 

 一先ずは隠れられたが、背後から木を倒す音が近づいてくる。

 ここに長くは留まっていられない。

 

「マジであんなのどうすりゃいいんだよ」

 

 怯えるランダルが弱音を吐く。

 

 魔弾含めてこちらの攻撃は効かず、空を飛ぶ鎧も撃ち落とす狙撃能力と一撃で十人は纏めて吹っ飛ばす火力を持ち、おまけに逃げても隠れても探知して追ってくるなど、もはや脅威どころか死神にしか見えないのだろう。

 

「どうにか船まで戻れんか?船に乗れれば逃げられると思うが──」

 

 クリアンの提案にリオンはかぶりを振る。

 

「それができたとしてもあの砲に狙われたらおしまいだよ。あの威力と精度じゃ間違いなく推進装置や舵を狙い撃ちされてやられる」

「──つまり倒すしかねーってことだな?ハッ、上等だ。オズさんや皆の仇を討ってやらァ」

 

 ディーだけが威勢のいいことを言っている。

 

 ギーゼルや兄貴分を失った時と同様、オズを失った怒りで蛮勇になっているようだ。

 

「何か方法はあるの?」

 

 アラベラが問うてきたのでリオンはそれらしい理屈を付けて作戦を告げる。

 

「あいつはさっき腹を庇った。ということは多分腹に何か撃たれたくないものがあるんだ。つまり、どうにかしてあいつの真下に潜り込んで撃ちまくれば倒せる──と思う」

「なんか分の悪い勝負みたいだけど、やるしかないみたいだね」

 

 アラベラが腹を括った表情で頷く。

 

「クソが。やってやらァ!」

「あーもう!後で覚えてろよ」

 

 ディーが毒づき、ランダルが自棄気味に叫ぶ。

 

「やるしかないのは同意するが、あの砲は脅威じゃぞ。潰せんのか?」

 

 クリアンは幾分か冷静だった。

 

「──さっき鋏を撃ったら止まったから、多分この魔弾を何発か撃ち込めば止められるとは思う。ただ、止まるまで注意を引きつけてもらわないといけないけど」

「なら決まりだ。俺たちが囮になってやんよ。その代わり絶対に止めろよ?」

 

 ディーの鶴の一声でリオン以外の全員が囮になることになった。

 

 

◇◇◇

 

 

 多脚砲台はセンサー類を総動員して闖入者たちを追っていた。

 

 長い年月を経て見る影もなく劣化したとはいえ、森の中に潜む生き物の体温や動きを探知する能力は残っており、逃げた彼らの位置は大まかながら把握していた。

 

 当然、彼らが分散して向かってくることにもすぐに気付いた。

 

 狙われると不味いオイル冷却器を守るため、脚を折り畳んで匍匐モードに切り替え、移動は脚の先端のクローラーで行う。

 

 踏破性が落ちるが、幸いこの周辺に険しい地形はない。

 

 闖入者の一人が発砲してきたのが分かった。

 

 自分への攻撃だと判断したが、すぐにそうではないと分かった。

 

 発砲の度に熱源が増えていく。

 更には煙幕のようなものまで発生していた。

 

 闖入者たちの姿が紛れて消えていく。

 

 多脚砲台は闇雲に動き回るべきではないと判断してその場で停止し、苛立つかのように動力部を唸らせて戦闘態勢を取った。

 

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