俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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エ〇オノダイカって何か語呂がいいから使ってみたかったんだけどさすがにそのままは不味いと思ってこうなりました…


命の代価

 熱と光を発する信号弾と探知魔法を阻害する効果のある煙幕弾をばら撒いて多脚砲台の目を欺きつつ四方八方から挑発と援護を繰り返して翻弄し、その隙にリオンが魔弾による狙撃で砲塔を潰す。

 

 それが多脚砲台との最終決戦における作戦の第一段階だった。

 

 撃ったら即移動、何なら走りながら撃ち、決して一箇所に留まらないことで榴弾の鉄槌をやり過ごす。

 それを砲塔が沈黙するまで続けるのだ。

 

「俺から行く!」

 

 まずディーが煙幕から一瞬飛び出して砲塔目掛けて炸裂弾を撃った。

 

 砲塔がディーの方へと向いた次の瞬間、リオンが撃った魔弾が着弾し、砲塔が電光に包まれる。

 

 だが、砲塔は何事もなくくるりと回り、リオンの方を向いた。

 

「させない!」

 

 すかさずその反対側からアラベラが撃ち込み、クリアンとランダルが続く。

 

 砲塔が右往左往している間に二度、三度、四度と魔弾は撃ち込まれ、その度に電撃が砲塔に降り注いだ。

 

 心なしか、砲塔の動きが鈍くなってきたように見える。

 

「効いているぞ!続けろ!」

 

 リオンが叫び、銃撃がそれに呼応して浴びせられる。

 

 だが、多脚砲台の方もやられっ放しではなかった。

 

 不意に右往左往していた砲塔がぐるりと一回転すると、ゆっくりと旋回しながら榴弾を乱射し始めた。

 

 爆発で木々は薙ぎ倒され、茂みは地面ごと掘り返され、煙幕は吹き飛ばされる。

 

「皆大丈夫か!?」

 

 かろうじて倒されなかった木の陰に隠れて生き延びたリオンは仲間たちの安否を問うたが、返事はない。

 

 だが、木々の向こうから赤い魔弾が放たれ、多脚砲台に着弾して爆発した。

 

 砲塔がそちらに向いた隙にリオンは五発目の魔弾を撃ち込む。

 

 直後、多脚砲台に動きがあった。

 

 伏せて砲塔だけ回すのをやめてクローラーで移動し始めたのだ。

 

 どうやら砲塔についていた目か耳だかは魔弾でやられて、半壊した複眼でしか見えなくなったようだ。

 

「脚の先を狙え!炸裂弾を使え!」

 

 リオンは力の限り叫んだ。

 

「──炸裂弾はあと二発しかねえ!お前らは!?」

 

 ディーの問いかけにアラベラとクリアンが答える。

 

「あと一発だけ!」

「わしのは売り切れじゃ!」

 

 合わせて三発。

 一発も外さなかったとしても四つのうち三つしか壊せない。

 

「ランダル!お前はどうだ!?炸裂弾はあるか!?」

 

 ディーが叫んだが、ランダルからの返事はなかった。

 

(まさか、さっきの砲撃でやられたか?)

 

 リオンはランダルが砲撃で殺されたかと思い、狼狽するが、アラベラの考えは違った。

 

「あの野郎、逃げやがった!」

「んだと!?クソが!!」

 

 アラベラとディーが忌々しげに喚く。

 

 その声の源を探るかのように多脚砲台は小刻みに動いて周囲を見回していた。

 

「とにかくやるしかない!一番近い脚先を狙え!一斉にかかるぞ!用意はいいか?」

「おお!!」

「よし!」

「よし!」

「行くぞ!三、二、一!!」

 

 合図で四人は一斉に隠れていた場所から飛び出して、多脚砲台の脚先目掛けて発砲した。

 

 戦果を確認する暇もなく、砲塔が火を噴く。

 

 だが、直接照準できないせいか、榴弾は明後日の方向へ飛んでいった。

 

 多脚砲台は遂に立ち上がる。

 

 機体の裏面が狙えるようになり、リオンは突撃の準備をする。

 ライフルのボルトを開いて一旦弾倉に残っていた魔弾を全て取り出し、代わりに新しいクリップを挿入。これでフル装填した分全て一気に叩き込む。

 

 準備が整うと、リオンは仲間に向かって叫んだ。

 

「援護してくれ!」

 

 その声に呼応して数発の銃声と挑発の言葉が聞こえてくる。

 

 反応した多脚砲台が向きを変えた直後、リオンは魔法で肉体を強化して走り出した。

 

 魔法による強化に加えてアドレナリンが出まくっているせいか、時の流れが遅くなったように錯覚する。

 

 あと十歩。多脚砲台はまだ気付いていない。

 

 あと五歩。砲塔が火を噴く。

 むしろ好都合だ。これで少なくとも一秒間、榴弾は撃てない。旋回にかかる時間も入れれば──完全に取った。

 

 世界から音が消え、何もかもが止まったように見える。

 

「リオン!右ッ!!」

 

 悲鳴のようなその声が静寂を突き破って耳に飛び込んできた。

 

 咄嗟に右の方を見ると──振り上げられた巨大な脚が眼前に迫る。

 

 あ、これ死ぬ──直感でそう判ってしまった。

 

 ──やっぱり俺のようなモブにはこんな奇策上手く行かせられるわけなかったということか。

 

 才能はない、金もない、家柄も良くない、無い無い尽くしながらも、自分と家族の未来が懸かっているとなって、自分に出せる全力で抗ったつもりだった。

 

 でも、どうやら力及ばなかったらしい。

 

 家族には迷惑をかけっ放しで結局何も返せなかったな。

 

 もしまた生まれ変われるとしたら、次はもうちょっとまともな世界だといいのだが──

 

 

「リオン!!」

 

 

 聞き覚えのあるしゃがれた声が響いたかと思うと、リオンの身体は突き飛ばされて前のめりに倒れ込んだ。

 

 直後に地面が爆ぜる。

 

 衝撃と共に撒き上がった土と生温かい液体がリオンに降り注いだ。

 

 ──生きている。

 何が起こった?なぜ生きているんだ?

 

 その疑問の答えを求めて後ろを見やるとそこにいたのはクリアンだった。

 

 その下半身は多脚砲台の脚に踏まれて完全に粉砕され、鮮血で染められていた。

 

「あ──な、何で──」

 

 頭の中の疑問の量に反して口が凍りついたかのように動かず、辛うじてそんな言葉しか出なかった。

 

 クリアンは血を吐きつつも微笑みを浮かべて言った。

 

「言ったじゃろ──お前さんを助けたい──そう──言っ──」

 

 言葉は途切れ、瞳から光が消える。

 

 クリアンは死んだ。

 またクリアンを身代わりにして生き延びて、今度は彼を本当に死なせてしまった。

 

 その事実に身体が動かなかった。

 

 固まったリオンをその場から引きずり出したのはディーだった。

 

「おい!さっさと立て!まだあいつは動いてるんだぞ!」

「で、でもクリアンさんが──」

「死んだ爺はどうだっていいんだよ!」

 

 ディーは叫んでリオンの頬を張った。

 

 一瞬視界がブレてぼやけ、焦点が合ってくると、頬に鋭い痛みが走る。

 その痛みと共に世界に色と音が戻ってくる。

 

 断続的に聞こえてくる発砲音はアラベラのものだろうか。

 だとしたら、彼女は今たった一人で多脚砲台を引きつけている。

 

 また多脚砲台の砲塔が火を噴く。

 

 薙ぎ倒された木々の向こう、まだ煙幕の残る場所で砲弾が炸裂し、炎と黒煙が爆ぜる。

 

 ──助けなければ。

 今はまだ絶望してはいられない。

 

 まだ救える命がある。

 

 リオンは歯を食い縛って立ち上がる。

 

 

 

 一方その頃。

 

「冗談じゃねえ。あんなのとやり合ってられっか!」

 

 ランダルは森の中を必死に走って逃げていた。

 

 向かう先は港に停泊している空賊船である。

 

 リオンたちが蜘蛛の化け物を引きつけている間に、空賊船に積んである小型艇で浮島を脱出する。

 それがランダルの計画だった。

 

 どう考えてもあんな馬鹿げた火力と装甲を持った化け物に勝てるわけがない。

 どうせ彼らは皆殺しにされる。

 巻き添えは御免だ。

 

 そう考えてキャンプ地に戻ってきたランダルだったが──

 

「は?おいおい嘘だろ──」

 

 赤く光る一つ目を持った鎧もどきが数体、焼け焦げたキャンプ地を漁っていた。

 

「くそっ!くそっ!なんでよりにもよってこんな時に来てやがんだよ」

 

 空賊船は見えているが、鎧もどきの群れを突っ切って辿り着けるとは思えない。

 

 ──そもそもその空賊船も放火されたらしく炎上していた。

 

 ランダルは地団駄を踏んだが、それが間違いだった。

 

 さっさと切り替えてリオンたちの方に戻っていれば活路はあったかもしれない。

 

 だが、彼が悔しがり、逡巡している間に背後に死が忍び寄っていた。

 

 柔軟だが硬質な手がランダルの首を引っ掴む。

 

「なっ!?このォッ!クソが!離じやがれェェェ!」

 

 ランダルは腰のナイフを抜き、鎧もどきの手に切りつけたが、傷一つつかない。

 

 そのまま鎧もどきは手に込める力を強めていく。

 

 グキリという音と共にナイフを振り回していた腕が力なく垂れ下がる。

 

 鎧もどきが去った後に残るは、首を折られたランダルの骸だった。

 

 

 

 ディーとリオンは一先ず多脚砲台の背後から銃弾を撃ち込んで注意を引こうと試みた。

 

 多脚砲台は砲弾を撃ち尽くしたのか、榴弾砲を撃ってこなくなり、不規則に脚を振り上げては振り下ろしている。

 

 裏側に潜り込もうとしたらその前に確実に踏み潰されるだろう。

 

「もう一度、陽動頼めるか?」

 

 リオンはディーに問いかける。

 

 多脚砲台の真正面に姿を晒して囮になり、踏み潰そうと多脚砲台が脚を上げた隙に後ろからリオンが潜り込む。

 

 それが最後の作戦。

 

「今度はしくじんじゃねーぞ」

 

 ディーはそう念押しして、多脚砲台の前に回っていった。

 

 そして弾切れになった銃を振り回しながら突進していく。

 

「オラァ!俺はここだ!かかってこいや!」

 

 銃のストックが多脚砲台の脚を打ち据え、甲高い金属音が響く。

 

 多脚砲台は唸りを上げて向きを変えたかと思うと、再び伏せの姿勢になり、ディー目掛けて脚を蹴り出した。

 

 だが、ディーは横に跳んで躱し、中指を立てて挑発する。

 

「けっ!何だそのへなちょこキックはよ!もっとわーって振り上げてバーンって落とせや!さっきの爺みてぇによォ!」

 

 貶し、蹴りつけ、石を投げつけ、親指を下に向け、尻を叩いて多脚砲台の注意を引こうとするディー。

 

 何度蹴りを繰り出しても紙一重で躱し、挑発を続けるディーに苛立ったのか、多脚砲台はとうとう脚を振り上げた。

 

 だが、それでもまだ一本だけ。

 胴体は伏せたままで、その裏側は狙えない。

 

 リオンは歯噛みするが、不意にディーの後ろから銃声が響いたかと思うと、多脚砲台の複眼近くに小さな電光が閃いた。

 

 リオンの持つ魔弾とは比べるべくもない低威力の麻痺性電撃(スタンボルト)弾。

 何らのダメージにもならなかったが、多脚砲台はそれがディーから放たれたものだと勘違いしたらしい。

 

 多脚砲台は再び立ち上がり、機体が地面から離れる。

 

 そのまま多脚砲台はディー目掛けて突進していく。

 

「今だ!リオン!」

 

 ディーが走りながら叫ぶ。

 

 だが、リオンは動かなかった。

 

 多脚砲台は何者にも邪魔されることなく、ディーに追いつき、脚を思い切り振り下ろした。

 

 ドン!という轟音と共に脚が地面に叩きつけられる。

 一度ではなく、二度、三度と連続して。

 

 そして地響きに混じってディーの悲鳴が上がる。

 

 多脚砲台はゴキブリを圧し潰すかのようにグリグリと脚を地面にめり込ませていた。

 

 それによって機体の前半分が沈み込み、機体後部が突き出される形になる。

 

 剥き出しになった機体裏面にリオンは装填された魔弾を撃ち込んだ。

 

 引き金を引いてはすぐにボルトを引き、また引き金を引く。

 多脚砲台が振り向く前に一発でも多く叩き込まなければ──

 

 機体の裏側が絶え間なく電光に包まれ、やがて一部が赤熱化して小さな爆発が起こる。

 

 多脚砲台が振り返り、リオン目掛けて突進してきた。

 

 リオンはありったけの魔力を脚に込めて走る。

 

 多脚砲台は派手に地響きを立てて追ってきていたが、やがて胴体部から火を噴き、直後に砲塔が爆発して吹っ飛び、空高く打ち上がった。

 

 巨体が火柱を噴き上げながら前のめりに倒れ、脚が力なく伸びて地面に投げ出される。

 赤い複眼から光が失われる。

 

 多脚砲台はようやく機能停止した。

 

 ──倒した。

 

 その実感が湧くまで数秒かかった。

 

 緊張の糸が切れて、リオンは思わず近くにあった木に寄りかかる。

 

 心臓はまだ早鐘のように脈打ち続け、呼吸は荒い。

 

 本当にこいつは完全に壊れているのか?

 もしかしたら、壊れたふりをしているのではないのか?

 

 その確認のためにもう一発撃ち込んでみた。

 

 反応はなし。

 

「はっ、手こずらせやがって──」

 

 嘲りというよりは意識を保つために無理矢理笑みを浮かべる。

 

 そしてリオンは急いでアラベラとクリアンを探しにもと来た道を引き返す。

 

 既に日が暮れ始めていて、森の中は暗かったが、すぐにアラベラの姿を見つけた。

 

 力なく木にもたれかかっていた彼女を見て、死んでいるのかと思い、冷や汗が噴き出る。

 

「おい、アラベラ!大丈夫か!?」

 

 呼びかけると、アラベラは目を開けた。

 

「──リオン?」

「よかった。喋れるな。怪我はないか?」

「ん?──何て?」

 

 どうやら榴弾の爆風で鼓膜をやられているようだが、見た感じではそれ以外に大した傷はない。

 

「怪我はないか?」

 

 念のためすぐ耳元で訊いてみたが、アラベラは頷いた。

 

「大丈夫。耳やられたっぽいだけ──」

 

 そう言ってアラベラは銃を杖にして立ち上がるが、リオンはその背中を見て血の気が引いた。

 

 彼女の背中は血に染まっていた。

 

 見ると砲弾の破片と思しき物がいくつか突き刺さっている。

 

 幸いまだ意識はあるが、早く手当てをしないと危険だ。

 

「アラベラ!血が出ているぞ!」

「──え?どこ?」

「背中だ。あんまり動くな」

 

 リオンはライフルを肩に掛けると、前に回し、アラベラに背中におぶさるように言った。

 

「はは、しくじったなぁ」

 

 アラベラは苦笑いしながらリオンの背中に掴まる。

 

 リオンはすぐにキャンプ地へと向かった。

 

 

◇◇◇

 

 

 キャンプ地に辿り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 

 煌々と燃え続ける火に混じって、鎧もどきの赤い一つ目がちらほら光っている。

 

 それらを倒さなければアラベラの手当てどころではない。

 

 リオンは背負っていた彼女をそっと地面に下ろし、茂みの中に隠した。

 

「ちょっとだけ待っていてくれ。すぐ戻るから、ここを動くなよ」

「分かった」

 

 アラベラが頷いたのを確認し、リオンはライフルを手に取った。

 新しいクリップを装填し、キャンプ地を漁る鎧もどきたちへと近づいていく。

 

 一番近い一体を一発で倒すと、気付いた鎧もどきたちがふよふよと浮かんで迫ってくる。

 

 暗闇と炎の光でさながら幽霊のように見えるそれらをリオンは一体ずつ撃ち抜いていった。

 

 間違ってもアラベラの方に行かないように、逆方向に向かいながらの引き撃ち。

 鎧もどきたちは電子音で喚きながら追ってきたが、距離を縮める前に魔弾を一つ目に喰らって次々に倒れていった。

 

 最後の一体の一つ目から赤い光が消えたのを確認して、リオンは急いでアラベラのところへ戻った。

 

 途中で拾ったランタンに火を灯し、血に染まった服を脱がせて怪我の具合を確かめると、焼け残った物資から手当てに使えそうなものを探す。

 

 少し探すと、酒の瓶が見つかったので、それで消毒することにした。

 

 キツめの蒸留酒を口に含み、傷口に噴きつける。

 

 そして突き刺さった砲弾の破片を慎重に引き抜き、すぐに熱したナイフの刃で傷口を焼く。

 

 ロクな手術道具もなく、医療知識もないリオンにできたのはそれだけだった。

 

 錆びた鉄のような血の臭い、皮膚と肉の焼ける音、そしてアラベラの悲痛な呻き声が容赦なく飛び込んでくる。

 

 四苦八苦しながらも、リオンは手を止めなかった。

 

 クリアンが目の前で死んで、ランダルは逃げ出したまま行方知れずで生存は絶望的、この上アラベラまで死なせてしまったら、一生消えない後悔が残るだろう。

 それに比べたら、これくらい安いものだ。

 

 その一心で、リオンはやり遂げた。

 

 水を含ませた布を焼いた傷口に当てて冷やし、貧血を起こさないように寝かせた後、リオンはクリアンの遺体を探しに森に戻ろうとした。

 

 そしてその手前で見たのは、潰れた下半身を引きずって這ってきたらしいディーの姿だった。

 

 ディーはリオンに気付くと、憎悪の込もった目で睨みつけてくる。

 

「リオン──テメェ、わざと──わざと動かなかったな!」

 

 その言葉に身体が引き攣った。

 

 返す言葉がなかった。

 足が動かなかったと言い訳するのは簡単だ。

 だが、そうではないと、心の奥底では分かっていた。

 

 自分はディーを助けられなかったのではなく──見殺しにしたのだ。

 

 自分を庇って多脚砲台に踏み潰されたクリアンを「どうでもいい」などと言い放ち、更には挑発の言葉のネタに使った彼への怒りから、わざと──

 

「クソが。なんで──なんでだよ。一緒に戦ってきたんじゃねーのかよ。この──人殺しが」

 

 その言葉を最後に、ディーは地面に突っ伏して動かなくなった。

 空賊たちの最後の一人が、死んだ。

 

 それを見て指先から力が抜けて、リオンは持っていたライフルとランタンを取り落とした。

 

 両の膝を地に着けて、リオンは歯を食い縛る。

 

 だが、込み上げる吐き気を抑えることはできず、激しく嘔吐いた。

 殆どなかった胃の中身を全部吐き出してしまっても、まだ吐き気は治らず、なけなしの唾液を吐き出した。

 

 静かになったキャンプ地にリオンの咳と嗚咽だけが微かに響く。

 

「なんでって──こっちが聞きてぇよ」

 

 自分を捕らえて拷問し、無関係の多くの人々を殺戮し、宝を手に入れた後は更なる乱暴狼藉を働こうと企んでいた極悪人共のためにどうして自分が泣いているのか、分からなかった。

 

 最初から計画の最後にはこうなることは分かっていたはずなのに。

 

 今まで人を食い物にして生きてきた報いだと割り切っていたはずなのに。

 

 いざ彼の──彼らの無惨な屍を目にすると、かつてないほど激しい恐怖と罪悪感が襲ってきた。

 

 地面を掻きむしった指先に血が滲む。

 

 傷ついた手を握り締めて、何度も地面に叩きつけた。

 

 何度、叩きつけたか分からなくなり、傷だらけになった拳が不意に柔らかいものに包まれる。

 

 いつの間にかやって来たアラベラがリオンの手を弱々しく掴んでいた。

 

「駄目だよ。もうやめてよ。こんなこと」

 

 アラベラは悲痛な表情を浮かべていて、その身体は震えていた。

 

「気持ちは分かるなんて言わないけどさ、こんなことしたって何にもならないよ。アンタは──誰か守りたい人がいたんでしょ?だからこそここまでやれたんでしょ?」

 

 力が抜けていく。

 

 拳が開き、引き攣っていた喉が解れていく。

 

「俺は──だけど──こんな──こんなだなんて──」

 

 涙を流しながら途切れ途切れに言い訳のような言葉を呟くリオンをアラベラはそっと抱きしめた。

 

「──アンタは優し過ぎるのよ。こいつらは──してきたことの代償を払ったんだよ」

 

 違う。きっと代償を払ったのは俺の方だ。

 

 毎日必死で生きているつもりで実の所大した危機感も抱かず、せっかく持って生まれた武器も使わずに呑気に生きてきた結果が変態婆に売られる運命だった。

 そして、その運命を本来物語の主人公が手にするはずだった力を盗んで切り抜けようとしたがために、多くの犠牲を払うことになった。

 

 俺が頼った空賊たちに殺された無数の無関係の船乗りたちや正規軍の軍人、そして俺が死なせた空賊たちとクリアンの命。

 それが──俺の命の代価。

 

 リオンは泣きながら犠牲にしてきた彼らに詫びた。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 リオンはアラベラと共に浮島の中心部に向かっていた。

 

 朝から数時間かけて空賊たちの遺体を可能な限りキャンプ地に運び込んで、途中で見つけたクリアンとランダルの遺体と共に荼毘に付し、そして焼け残った食糧と武器弾薬を掻き集め、今度こそ本当の目的地へと出発したのである。

 

 空賊船は鎧もどきに放火されたらしく、真っ黒に焼け焦げていた。

 島を出る手段はもはやなく、残された道は前に進むことだけだった。

 

 昨日右に進んだ分かれ道を左に進み、草に覆われた道をひたすら歩いていく。

 

 二人は無言のままひたすらに歩みを進める。

 炎と血と屍をあれだけ見て、昨日の今日で楽しく談笑しながら歩くなんてできるわけがなかった。

 時々足場の悪い場所や蛇に遭遇した時に注意を促したり、手を貸し合ったりするくらいだ。

 

 そうして数時間歩き続けた後、遂に巨大な木に屋根を貫かれた建物が見えてきた。

 

 記憶にある通りの場所だ。

 

「あった──」

 

 探し求めていた場所を目にした瞬間、様々な思いが去来した。

 

 自分の記憶がありもしない幻ではなく、自分はそんな幻を信じていた狂人ではなかったという安堵。

 ここに辿り着くまでに犠牲にしてきた無数の無関係の船乗りたちや正規軍の軍人、そして空賊たちへの罪悪感。

 残してきた家族への心配──もう故郷を出てから八ヶ月ほどが経つが、正妻が痺れを切らして弟を連れ去ってはいないだろうか。

 そして遺跡はあったが、目的のものはあるだろうか──もしなかったら永久に島を出られない──という不安。

 

 思わず立ち尽くしたリオンにアラベラが声をかける。

 

「ここがそうなの?リオンが来たがっていた場所?」

「──ああ」

 

 出てきたのは生返事だった。

 

「その割には浮かない顔してるけど?」

「いや、何ていうか──気持ちが追いつかなくて」

 

 アラベラは特に追及してくることもなく、屋根の下に腰掛ける。

 

「ちょっと休もうよ。歩きっ放しだしさ」

 

 その言葉でリオンは自分の足が棒になっていることに気付いた。

 

 アラベラの隣に腰掛けると、すぐ近くに水の染みがついた。

 

 見ると、空は曇り、ポツポツと雨が降り始めている。

 

 図らずも雨宿りの形になっていた。

 

 そのまま二人して無言のまま雨を眺めていたが、不意にアラベラが口を開く。

 

「ねえ、ずっと気になってたんだけど、リオンはなんでここのお宝を手に入れたいって思ったの?」

 

 答えていいものかどうか迷ったが、深く考えるのも面倒で答えてしまう。

 

「金が要るんだよ。縁談を断るために」

「縁談?」

「ああ。詳しく話すと長いんだけど──」

「いいよ。聞かせてよ」

 

 アラベラは身体を寄せてくる。

 

「俺は貴族っていっても辺境の男爵家の三男坊でさ。しかも妾の子なんだ。親父の正妻はそんな俺を学園にやる金が惜しいみたいでさ、五十過ぎの変態婆と勝手に縁談を進めやがった。後から知ったけど、結婚後には俺を軍人にして適当な所で戦死させて、遺族年金を手に入れようって企みだった。うちに寄生して王都で贅沢三昧のくせして、まだ金が足りないらしい。そんなやつの私腹を肥やすために犠牲にされるなんて真っ平御免だ。で、断るのに必要な金は用意するから縁談は取り消せ、って言ったんだ。言ったはいいけど、必要な金の額は魔弾を千発以上買ってもお釣りが来るくらいだった。そんな金を短期間で用意するなんて、冒険で一山当てる以外じゃ無理だ。だからこの島のお宝に賭けた。それがここを目指した理由だよ」

「──そんなことがあったんだ」

 

 話の重さが予想を超えていたのか、アラベラはドン引きしていた。

 

 ただ、リオンの方は僅かに肩の荷を下ろしたような安堵感を覚えていた。

 初めて自分の抱えていた事情を聞いてもらえて、嬉しかったのかもしれない。

 

「でもさ、そんな酷い話を振られたんなら、そのまま逃げてもよかったんじゃないの?」

「それも考えたけどな。俺が逃げたら弟が代わりに売り飛ばされる。さすがにそれを分かっていて逃げるなんて、無理だったんだ」

 

 リオンの答えを聞いてアラベラは合点がいったという顔をする。

 

「なるほどね。守りたかったのは弟さんだったんだ」

「──ああ。二、三ヶ月で帰るはずだった。なのにもう八ヶ月くらいだ。もしかしたらもう──」

「大丈夫だよ。きっと」

 

 アラベラは力強く弱音を遮った。

 

「大丈夫。そう信じるの」

「何だよそれ。それで大丈夫になるなら苦労しないだろ」

 

 何も知らないくせに何を楽観的なことを言っているのかという怒りから、思わず嫌味が込もる。

 

「いやいや、単に何とかなるって意味じゃないんだよ。挫けずに信じた道を進み続ければいつか必ず結果は出るし、良いこともあるってこと。アンタはあるかどうかも分からなかったこの島に実際辿り着いたし、生きてこの遺跡の前に立ったでしょ?それはアンタが諦めずに足掻き続けたからだよ。だから、大丈夫。最後には笑えるよ」

「──そうなのか」

「そういうものよ。あーしだって信じる相手を間違えなかったから生き残れたし」

「──そうか。そうかもな」

 

 ほんの少し、心の靄が晴れたような気がした。

 

 最初からお宝がなかった時の考えはあった。

 空賊船は焼け焦げていたが、救命ボートか最悪浮遊石だけでも回収できれば、それを材料に新しく飛行船を作れるかもしれない。

 この旅の結果がどうであれ、完全な詰みではない。

 

 高い代価を払って拾った命はまだ終わらない。

 

「よし、行くか」

 

 気合いを入れるために頬を叩いてから、リオンは立ち上がった。

 

 いつの間にか雨は止んでいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「で、本命の遺跡にアラベラと二人で入って、ロストアイテムの飛行船を見つけた。その飛行船にも防衛用に鎧みたいなのがいたんだけど、これがめちゃくちゃ手強くてさ。魔弾を撃っても魔法を消すシールドみたいなもので防ぎやがるし、物理攻撃じゃ傷一つつかないし。最後は捕まって握り潰されそうになったけど、ご丁寧に頭のバイザーの前に持って行ってくれたもんだから、剣で穴開けて残りの魔弾と手榴弾を投げ込んでやったんだ。それでやっと倒れてくれて、それで後はその飛行船に乗って回収したロストアイテム持って故郷に帰った──ってわけ」

 

 リオンが話をそう締め括った時には日が沈みかけていた。

 

 時間が経つのも忘れて聞き入ってしまうくらい、壮絶で物哀しい冒険譚だった。

 

 オリヴィアなんて最後の方になると泣いていた。

 

 俺の心に湧き上がっていたのは同情心と──自分でも意外だったが、敬意だった。

 

 純粋にこいつは俺より凄い──そう思った。

 

 俺は前世の分を含めれば五十年近い人生経験があるし、幸運の守り神たる案内人がついている。

 

 でもリオンはそうではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 当然十数年分の知識と経験しかないし、鏡花水月のようなチート技もなく、危機に陥っても守ってくれる者はいない。

 

 にも関わらず、リオンは俺の冒険よりも遥かに過酷な旅路を知恵と度胸で乗り越え、俺よりも凄い成果を上げた。

 酒場の与太話でしかなかったロストアイテムを本当に見つけて、自分のものにしてみせた。

 

 俺が同じ立場だったら同じことができたかは怪しい。

 

 クリスやオリヴィアとは別の方向性の逸材──欲しいな。

 

「もう日が暮れちゃったな。ごめんな俺ばっかり話しちゃって」

 

 リオンが謝りながらお茶のお代わりを淹れてくれる。

 

「いや、聞けて良かったよ。想像の十倍は凄い話だった」

「そ、そうか?それは──うん、良かった」

 

 複雑そうな顔をしながらも照れているリオン。

 

 これは押せばいけそうだな。

 

「なぁ、よかったらまた誘ってくれよ。訊きたいこともあるしさ」

 

 ちょっと顔を近づけて言ってみると、リオンは気圧されながらも頷く。

 

「あ、ああ。俺でよければいつでもいい──ぞ?」

「本当か?楽しみにしているぞ」

 

 手を取ってがっちり握手してやると、リオンは耳を赤くしていた。

 

「わ、私も!よかったら遺跡のこととか、ロストアイテムのこと、訊きたいです」

 

 オリヴィアも遠慮がちながらもリオンの話を聞きたいと言い出す。

 

「う、うん。じゃあまた次の週末にお茶会の用意しておくから──」

「約束だぞ」

「──分かった」

 

 そう言ってリオンは笑みを浮かべる。

 

 ただ──その笑顔がどこか曇っているように見えたのは気のせいだろうか。

 

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