昔から愛想のない子だと言われて育った。
専属使用人の出稼ぎで食っていた故郷の村は皆一丸となってその養成に取り組んでいたから、私のような無愛想な者には当たりがきつかった。
物心ついた頃にはもう礼儀作法を徹底的に叩き込まれ、笑顔が可愛らしくなければ、お辞儀の角度が間違っていれば、言葉遣いが場に相応しくないと見做されれば、すぐに拳と蹴りが飛んできた。
それが嫌で必死で作法と愛想を覚えた。
たとえそれが男たちの育成のために付き合わされているだけだとしても、村という共同体で生きている以上、従うしかない。
ましてや父親がいなくて、村の皆の厚意による庇護で生活できているなら尚更。
冷めた本心をひた隠し、ミリ単位で調整した笑顔と何度も喉が枯れるまで練習した猫撫で声で、優しくおっとりしていておねだり上手な可愛げの塊みたいな女を演出する。
それが私。それが
私のことを散々根暗と揶揄し、遠ざけ、馬鹿にしてきた男たちを専属使用人にするために延々と礼儀作法の練習に付き合わされるのが嫌で島を飛び出してからもう数十年が経つ。
結局私は島の外で仕事を見つけられず、生きるためにやむなくこの奴隷商館に身売りした。
皮肉なことに、嫌で仕方なかったはずの礼儀作法の稽古によって叩き込まれた技術で私はたちまち頭角を現した。
女奴隷を求めてやって来る客なんて普通の客の百分の一もいない。
チャンスはものすごく少ないが、私はそのことごとくをものにした。
仕える期間は五年以内に留め、飽きられて蔑ろにされたり、私自身が媚びるのに倦んでボロを出す前に契約期間満了で惜しまれながらお別れし、新しい主人を探す──それを繰り返していつしか稼いだ金額は商館の中でも一位になり、トップエースなんて呼ばれるようになった。
もう生きていくには充分過ぎるほどお金は稼いだ。
でも、私は嫌っていたはずの専属使用人としての生き方を変えることができなかった。
そもそもが嫌な場所から逃げてきただけの私には特に行きたい場所もやりたいこともなかった。
家庭を持つなんてことも考えたが、自分が誰かと家族になって子供を作ってそれで幸せに暮らしているイメージは全く湧かなかった。
私はエルフで、人間や獣人の男との間に子供は作れない。
稀に例外はあるが、本当に稀だ。誰にでも起こることじゃない。
それに寿命の差で必ず私が看取る側になる。
そして同族の男はどいつもこいつも性悪ばかりだ。
嘘と秘密で塗り固めた夢を男に見せて金を貰っている私が言えた義理ではないが、それでも仕えていた主人の悪口やら、自身のプロ意識の欠片もない悪行を大っぴらに口にして笑いのネタにするなど、性悪な下種以外の何者でもあるまい。
そんな下種と懇ろな関係になるくらいなら独り身の方が百倍マシだ。
だからいつかこの身が老いて売り物にならなくなるまではこの世界で生きて稼いで、引退したらどこか静かな所に家でも買って、ペットの一、二匹くらい飼って暮らそうかと漠然と考えていた。
そんな風に澱んでいた私が久しぶりに心動かされたのはかつての自分によく似た後輩との出会いだった。
綺麗な髪と可愛い顔、若く瑞々しい肢体、モフモフの権化のような大きな尻尾と耳を備えた獣人の少女【ティナ】。
他人に話せない事情があって故郷を離れ、流れ着いた先で仕事にありつけずに身売りしてきた──境遇がかつての私にそっくりだった。
そして私と違って根っこのところが冷めた嫌味な奴ではなく、素直で優しくて不器用な、本当の意味で可愛げのある子だった。
人と接していてここまで良い気分だったのは初めてではないかと思うくらい、彼女との時間は楽しく心が温まった。
──私がそんなことを思う時点で、彼女は専属使用人に向いていないのは確かだ。
でも、彼女には他に行くあてなんてない。
だから教えられる限りの技術と知恵と心構えを教えてあげた。
あとは彼女自身の気合いと運の問題だ。
そして私に教えられることはもうないと判断したタイミングで、私はちょうどやって来た富豪の男に買われて商館を離れた。
実を言うと私自身は多くの男が嫌う年増感を出し、逆にさりげなくティナのことを持ち上げて勧めておいたのだが、結局選ばれたのは私だった。
商会の若旦那っぽい雰囲気に反して熟女好きとは、私の勘も鈍ったか。
これまでと殆ど同じ内容、契約期間で待遇に文句はなかったが、ティナのことが気がかりなままだった。
そして契約期間が明けて商館に戻った時、ティナはそこにいなかった。
オーナーからは、私が買われてから三年ほど経った頃にどこかの貴族令嬢に買われていったと聞いた。
逃げ出したとか売春宿に沈められたとかではなくて安心したが、それでもやはり心配は拭い切れなかった。
あの子は不器用だ。
素直過ぎて猫を被れないし、交渉事も無理。
粗相をしていないか、主人から不当な扱いをされていないか、周囲の使用人や家の関係者から疎まれて嫌がらせを受けたりしていないか、契約内容はちゃんと詰めているのか──今頃になって、あのこと教えてたっけ、これまだ教えてない気がする、あれもそれも、と色々な考えが湧いてきた。
専属使用人は酷い主人に買われるリスクから逃れられない。
ティナの後輩のフィオナを買った奴なんて、刃物を使って傷つけ合うとかいう意味不明なプレイを散々強要した挙句、薬漬けにして廃人状態に追い込んだと噂で聞いた。
普通そんな奴には商館側も黙ってはいないが、金と権力で揉み消されたようだ。
ティナを売ったスタッフによれば、買ったのは五、六歳くらいの女の子だったらしいから、さすがにそんな酷い主人ではないと思いたいが──
でも、いくら心配してもティナの消息は掴めないまま、私は新しい主人の下へ行くことになった。
仕えることになったのはシェフィールド伯爵家の次女にして末娘である【ロイス】様。
何気に貴族令嬢にお仕えするのは初めてだった。今までの主人は豪商やその関係者の男ばかりで、ある意味御しやすかったが、今回は勝手が違う。
されるお願いや頼まれ事というのは殆どが一緒に遊んだりお話しすることで、身体を使ってご奉仕なんてのは皆無に近かった。
媚態とテクニックで興奮させておけば勝手に言いなりになってくれて勝手にスッキリして割とすんなり終わってくれる男たちと違って、彼女の遊びやお喋りには脈絡も方向性もなく、終わりが見えなかった。
こっちはもう六十代──人間でいうと二十代後半くらいだが──なのに、相手は十代前半。思春期真っ盛りの青春少女である。
今まで相手にしていてここまで疲れる主人はいなかったと断言できる。
ただ──今までにないくらい居心地が良いのも確かだった。
自分に子供がいたらこんな感じなのかもしれない。
段々とそんなふうに思えてきて、私はいつしかロイス様に娘のような情を抱くようになっていった。
末っ子とあって上の子たちに比べると自由な立場にあったロイス様はお勉強やマナーレッスンなどそっちのけでスポーツにのめり込んでいらっしゃる。
それはもう頻繁に転んだりぶつけたり泥だらけになったりなさるので、目が離せない。
そんな煩わしさすらも愛おしいと思えてしまう。
もしかしたらティナもこういう気持ちなのだろうか。
ティナの主人がどんな人物なのかは知らないが、専属使用人に女性を選ぶという時点で普通の貴族令嬢とは違うことは察しがつく。
ロイス様とそのご家族についてパーティーだの社交場だのに行って分かったが、貴族の女性にとって専属使用人はステータスだ。
例えるなら高級アクセサリーとかブランド物のバッグみたいなもの。
自分の身の回りの世話もさせるが、それ以上に連れ歩いて見せびらかし、同性からの称賛と羨望を得るため──あるいは貧乏だとか清純気取りだとか言われて見下されないために側に置いている。
だから専属使用人は眉目秀麗な男に限るとされているのだ。
にも関わらず、女性の専属使用人を雇うのは、言っては悪いが変わり者の類だ。
純粋に世話役とか話し相手としての役割を求めるにしても、女性でなければならない理由はないからだ。
ちなみにロイス様の場合はいつも側にいてくれて、一緒に遊んでくれて、何でも相談できるお姉ちゃんみたいな存在が欲しかったらしい。
他人がどう思うかなどまるで気にせずに、自分が欲しいと思って買ったのが私だったというわけである。
良い意味で周りの目を気にしない天然──それがロイス様だ。
聞いた限りではティナを買った貴族令嬢はロイス様と年が近い。
私とロイス様ほどの差ではなくとも、ティナの方がだいぶ年上であろう。
ティナも自分の主人に対して娘か妹のような情を抱いているのなら──それはきっととても幸運で、私が彼女に色々教えたことは役に立ったのだろうと思う。
もし──いつかどこかでティナと再会できたら、その時はゆっくりと話をしたいものだ。
◇◇◇
あれから時は流れ、ロイス様は学園に入学し、もう最終学年になられた。
相変わらず天然で快活な元気娘でいらっしゃるが、どうも最近色恋沙汰に興味がお有りらしい。
なんでも、同級生たちは殆ど婚約しているか、結婚を意識した交際相手がいて、ちらほら惚気話が聞こえてくるのだとか。
それで自分も甘酸っぱく情熱的な恋をして結ばれたい──的な雰囲気を醸し出していらっしゃるが、ハッキリ言って遅過ぎたな、と思う。
この二年間ひたすらご友人たちと冒険に明け暮れてお茶会やパーティーには顔も出さなかったのだから、今から恋人を作ろうとしても難しいのは当然だ。
それに──多分ファンの連中はそれを許さないだろう。
ロイス様は運動神経抜群で、おまけに下手な男子よりも背が高く、トドメとばかりに中性的な凛々しい顔立ちをしていらっしゃる。
当然女子たちからカルト的な人気を博することになった。
寄ってたかってロイス様を自分たちに都合の良い偶像に仕立て上げて、疑似恋愛にのめり込む連中をロイス様は単に懐いて良くしてくれる子たちだと思い込んでいらっしゃる。
そしてわざわざ私もそいつらが本質的には現実と妄想の区別がついてない狂人だなんて指摘したりはしない。
今更言っても何にもならないし、何かの拍子にファンの耳に入りでもしたら私の身が危ない。
私にできるのは見守ることと、求められた時に助言することだけ。
まあでも、学生生活はまだあと一年あるし、ロイス様が自分の力で障害を乗り越えられるなら、幸せな恋ができる可能性はあるだろう。
売れ残った子や後輩の中からロイス様が気になる方でも見つけられたら、私は全力で応援するし、サポートもする。
──望み薄だけど。
とまあ、新学期最初の授業の間、暇なので校内を歩き回りながら物思いに耽っていたわけだが、不意に視界に飛び込んできた懐かしい姿に目が留まった。
絹のような白銀の髪、黒が混じった白い狐耳。
そしてその横顔を見た時、私は確信した。
(ティナ!)
ざっと十四年ぶりくらいか。
久しぶりに見る彼女は随分と大人っぽく見えた。
相変わらず童顔ではあるのだが、纏う雰囲気が前とはまるで違う。
──これは私の心配は杞憂だったかな。
今の仕事に満足していなければあんな顔はできない。
あの子はもうとっくに自分で自分の居場所を見つけていたんだ。
授業中に廊下で専属使用人同士でお喋りはマナー違反故、声をかけることはできかねたが、また今度機会を見て話そう。
私はそっとその場を離れた。
久しぶりに心がほっと温かくなった。
授業が終わって、ロイス様が教室から出てくる。
きっちり時間通りに教室の前に戻ってお待ちしていた私の所へ小走りでやってきて甘えてくる。
「も~先生話長過ぎて疲れちゃったよぉ」
私より頭一つ分ほど高いロイス様が私に寄りかかってくる。さながら大型犬にじゃれつかれているかのようだ。
「それは大変でしたね。では退屈なお話を頑張って耐え抜いたご褒美に壺プリンでリフレッシュしましょうか」
「うん!さんせーい!」
スイーツの名前を聞いた途端に上機嫌になり、無邪気に抱きついてくるロイス様を見て周りからうっとりした溜息が漏れる。
そして私に向けられるは羨望と嫉妬の混じった視線。
そこ代われってか?お断りだ。
「あれ?ダフネスなんか機嫌良い?何か良いことでもあった?」
ロイス様がはたと気付いて問うてくる。
幼子のように無邪気なのに意外とよく見ていらっしゃる。
なぜこの観察眼が厄介なファンの本質を見破るのに使われないのやら。
「──内緒です」
「え〜」
頬を膨らませるロイス様にこっそり耳打ちする。
「後でお話ししますよ。きっとびっくりなさいます」
「本当?約束だからね!」
すぐに花のような笑顔に戻るロイス様。
──いつか、色んなしがらみがなくなって落ち着いたら、互いの主人を交えてティナとお茶会でもしてみようか。
ティナの主人はどうか知らないが、ロイス様とご友人方はきっとティナに良くしてくださるはず。
孤独だったあの子は自分の居場所を見つけられた。
なら、きっと今度は対等な友人になれるはずだ。
私とティナと、ロイス様と、ロイス様のご友人とティナの主人と──契約期間が終わっても続く友情が築けたなら、それはきっといつまで経っても私の宝物になるだろう。
そんなことを夢見ながら、私は今日も専属使用人として働き、生きる。