「今だ!リオン!」
「はは、しくじったなぁ」
「──テメェ、わざと──わざと動かなかったな!」
「クソが。なんで──なんでだよ。一緒に戦ってきたんじゃねーのかよ。この── 人殺しが」
「アンタ──何者?」
『──侵入者を確認。排除──排除──』
『我々の使命はまだ終わっていません。新人類の排除は最優先命令です」
「丸一年もどこをほっつき歩いていたのよ!この愚弟!!」
「やめろ!もう──無理なんだ」
「俺は──この家と家族を守らなきゃいけないんだ」
「アンタって奴は本当に──どんだけ生きるの下手なのよ」
「────リオン──にいちゃん?──そっか。僕、夢を見てるんだ」
「男が女の命令を聞くのは当然よ。新しい命は女からしか生まれないのだから。獣の雄でさえ雌に自らの価値を示すでしょう?命懸けで雌のために尽くすのが雄の仕事、これは自然の摂理なのよ!」
「死ね!死ね!──死ねって言ってるでしょうがぁぁぁあああ!!」
「ッ!」
目を覚ますと、開いたカーテンから日の光が差し込んでいた。
耳に残る夢の残響は今朝も内容が分からない。
ただ、ぐっしょりと寝汗をかいていることからすると、思い出さない方がいい内容なのだろう。
あの冒険以来、少なくとも週に一回はこうなる。
一時期に比べればマシにはなったが、相変わらず寝付けないし、そのせいで朝にも弱い。
──こびりついた疲れが取れない。
『お目覚めですか?なら早く起き上がって朝食にしてください』
相棒が赤い一つ目でこちらを覗き込んでくる。
夢の中にも相棒が出てきていたような気がするが、やはり思い出せない。
諦めてベッドを降り、着替えて食堂に向かう準備をする。
「あ、そうだ。昨日の騒動の後何か影響はなかったか?」
相棒に問いかけたのは、昨日エステルが起こした──というよりは巻き込まれた柏餅を巡る騒動のことだ。
この学園で柏餅なんて出ていたのかと驚いたが、それ以上に気がかりなのは彼女がオリヴィア共々悪役令嬢アンジェリカと接触したこと。
本来であれば、王太子殿下に言い寄られるオリヴィアにアンジェリカが釘を刺すという展開があり、それが二人の因縁の始まりである。
現状、オリヴィアは王太子殿下に言い寄られてはいない。
いないが──今回の騒動をアンジェリカ伝に聞くなりして、王太子殿下や他の攻略対象とオリヴィアとの間に接点の一つでもできたなら、という期待がある。
一応クリスとオリヴィアをくっつける方向で考えてはいるが、選択肢はあった方がいいからだ。
だが、相棒の答えは芳しくなかった。
『いいえ。アンジェリカが昨日の件を他者に話した形跡はありません。そしてエステルの方ですが、今朝クリスに相談を持ちかけていました』
「相談?」
『アンジェリカに言われた学園の慣習についてです。良い情報は得られなかったようですが』
相棒が今朝撮影した映像を見せてくる。
数日前よりも距離が近くなったエステルとクリスがそこには映っていた。
◇◇◇
前世でスクールカースト、という言葉を聞いたことがある。
閉鎖的な環境である学校で生徒たちの序列が発生し、同じ序列の者同士でグループが形成される──だったか。
だが、この世界ではそんな生温いものではなく、本物の身分制が存在している。
建前上学園生は平等だが、そんなことは誰も信じてはいない。
俺だって信じていない。
だからこそ、学園に多額の寄付をしてやった。
子爵家の出身である俺は学園内では精々中の上程度の序列でしかないが、金の力で上級貴族の待遇をもぎ取ることは可能だ。
ルールや制度があったところでそれを運用しているのは人間。そして人間は金の力で容易く揺らぐ。
実際良い部屋を当てがってもらえたし、外食による門限破りもオリヴィア共々見逃してもらってきた。
しかし、どうやら俺は甘かったようだ。
学園の大人たちを金の力でかしずかせたところで、生徒間のしがらみから自由になれるわけではなかった。
というか、今の状態は大勢から反感を買っている──そうアンジェリカに指摘されてしまった。
でも、俺は柔軟に対応できる男だ。
そうでなくては悪徳領主などやっていられない。
アンジェリカの言っていた慣例とやらの詳細が分かれば、いくらでも対策のしようはある。
だからまずクリスに訊いてみたのだが──
「すまない。宮中のものはともかく、学園の慣例はあまり知らないんだ」
クリスは申し訳なさそうな顔をして言った。
まあ、こいつはカースト最上位クラス──忖度される側だからな。細かいルールなど知らなくても仕方ないか。
「なら女子の知り合いに心当たりないか?あればその子に訊いてみたいんだが?」
「知り合いか──」
知り合いと聞いてなぜかクリスは考え込む。
「おい、あれだけ普段女子に囲まれていて、一人も心当たりないのか?」
思わずツッコミを入れると、クリスは目を逸らして弁解する。
「あ、あれは──何もしなくても勝手に近づいてくるというか、追いかけられるというか──正直辟易していて──だから、親しい者などはいないんだ」
「あ──うん、すまん。私が悪かった」
そうだった。こいつは寄ってくる女子を疎んでいるのだった。
これではその追っかけ女子たちから聞き出してもらうのも難しそうだ。
今回の件についてはこいつは使えないな。
となると後はリオンか。あいつは逆に周りに女子が全然いなくて望み薄だけど。
思案していると、クリスが問いかけてくる。
「何かあったのか?その、慣例絡みで」
お、何だ?心配してくれるのか?
普段は他人に無関心なオーラ出しまくっているくせに。
「昨日食堂でロイスって先輩の取り巻きに絡まれてな。仲裁に来たアンジェリカさんに言われたんだよ。慣例には従えって」
「アンジェリカに?──なぜそんなことに?」
俺が昨日の経緯を説明すると、クリスは渋い顔をする。
「それは──酷いな」
「だろ?でも慣例に従わないと、そんな態度を取られるみたいでさ。これ以上厄介事は御免だから調べていたんだ」
「そうだったのか。すまない、力になれなくて」
「気にしないでくれ。何とかするから。それより鍛錬だ。見てくれよ。今日からコイツを使えるようにしたんだぜ」
布を取ると、現れるのは木でできた練習用の人形である。
訓練場の設備は確かに充実しているが、やはり思う存分ぶっ叩けるこいつがないと、どうにも打ち込み甲斐がない。
設置の許可が下りるまで少々時間がかかったが、やはり入学時の賄賂が効いたようだ。
「これは──エステルが作ったのか?」
「ああ。昔からこいつに叩き込むのが私のやり方なんだ」
木剣を構え、何本か叩き込んでみせる。
面打ちに袈裟斬り、刺突、突進からの斬りかかり、抜剣からの斬り上げと一通り基本の動作をやると、感覚が戻ってきた。
実際打ち込んだ所から微かに煙が上がっている。
正しい太刀筋で力を集中しなければこうはならないので、上手くいったことを示すサインなのだ。
「なるほどな。据え物斬りのようなものか」
「いや、巻藁を斬るのとは意味合いが違う。どんな状況でも相手の身体を一撃で叩き斬れる身体を作るために骨から鍛えるんだ。こいつを打った時の強い反動でな」
「──手首を痛めたりはしないのか?」
「私は痛めたことはないな」
クリスはまた口をあんぐりと開けていた。
何なら、眼鏡がちょっとずれていて、漫画のギャグシーンのようだった。
やはり鍛錬の方法としては珍しいのだろうか。
「ま、ものは試しだ。一回やってみないか?」
「あ、ああ──そうだな」
クリスは眼鏡の位置を直し、木剣を構える。
そして呼吸を整えて一撃。
さすが剣豪とだけあって、一発で綺麗に当ててみせた。
だが、反動はキツかったようで、手を気にしていた。
「こんなことを毎日していたのか」
「ああ。たしか六歳の時からな」
それを聞いてクリスは更に驚いた顔をする。
「それは──凄いな」
「おや、剣豪様からお褒めを頂けるとはな。嬉しいぜ」
「わ、私は思ったことを言っただけで──」
ちょっと笑顔を向けてやっただけで、クリスは顔を赤くして目を逸らす。
普段愛想良くしてくる女子たちのことは疎んで冷たくあしらうくせに、俺にはこんなウブな反応──やっぱりこいつ面白いな。
実にからかい甲斐があるというものだ。
これがリオンだったらそうする気にはならないが、クリスは美形だからな。
普段女子たちからの無条件な称賛と好意を──リオンや前世の俺のような普通の男が決して受けられない扱いを受けまくっているのだから、多少雑に扱ってやってもバチは当たらないだろう。
それに媚びを売られるのはお嫌いなようだし。
だが、クリスで遊ぶのにかまけていては時間がなくなってしまう。
「さて、お喋りは終わりだ。鍛錬再開するとしよう」
そのまま返事を待たずに人形に木剣を打ち込む。
その隣でクリスは素振りを始める。
◇◇◇
「おはようございます。エステルさん」
いつも通りに普通クラス用女子寮の前で待っていると、オリヴィアが出てきて合流する。
その彼女の顔が心なしか昨日より明るく見えた。
「ああ、おはよう。──何かいいことでもあったのか?」
「昨夜家族から手紙が届いていたんです。それに故郷の人たちからの寄せ書きも入っていて。元気貰っちゃいました」
幸せそうな表情で語るオリヴィアを見て、領地のことを思い出す。
そういえば通じるかどうかの確認以来、サイラスに連絡を取っていなかったな。
セルカがかけてこないあたり、問題などはないのだろうが──たまには声を聞かせてやるか。
あいつは心配性だからな。
他には──そういえばお袋と弟から届いた手紙、まだ返事していなかったな。
ここの所色々あって後回しにしたまま忘れていた。
「そうか。それは良かったな」
「はい!」
オリヴィアの笑顔はいつにも増して眩しかった。
故郷の家族や知り合いに愛され、応援されているが故の太陽のような笑顔。
──前世で俺が終ぞ向けてもらえなかった顔だ。
また嫌なことを思い出してしまい、やや強引に話題を変える。
「そういえばさ、昨日言われた慣例ってやつ、そっちで何か分かったこととかあるか?」
「いえ──寮の先生や隣の部屋の人に訊いてみたんですけど、殆ど話も聞いてもらえなくて──」
オリヴィアは一転して落ち込んだ顔をする。
期待してはいなかったが、やはり駄目だったか。
それにしても、知らなければ虐げられるのに知ろうとしても教えてくれないとは、理不尽なものである。
これはますます解明を急がないといけないな。
今日中にリオンを捕まえるか。
昼休み。
ティナとオリヴィアを席取りのために先に食堂に向かわせ、俺はリオンの姿を探す。
そして、ちょうど友人たちと一緒に食堂に向かおうとしているのを見つけたので、急いで追いかけて声をかけた。
「リオン、ちょっといいか?」
「え?エステル?」
リオンはもちろんのこと、彼の友人たちも驚いた顔をする。
「話がある。ちょっと来てくれ」
「ああ──うん、分かった」
戸惑いながらもついて来たリオンを、俺は人目につかない空き教室に連れて行った。
ここなら誰かに気取られる心配はない。
「急に連れ出して悪かったな。ちょっと相談したいことがあるんだ」
「俺に?なんで?」
意味が分からないという顔をするリオンに事情を説明する。
「実は昨日上級生の取り巻きと一悶着あってな。アンジェリカさんが仲裁してくれたんだが、その後学園の慣例に従っていないからそんなことになったって言われたんだよ。それで今学園の慣例とか暗黙のルールみたいなのを調べているんだ。何か知らないか?」
「ああ、なるほどね。暗黙のルールか──」
案の定リオンは難しい顔をするが、ふと思い出したように言った。
「一人心当たりがある。今度のお茶会に連れてくるよ」
「マジか!?助かる!」
思わず彼の手を取って両手で包み込んだ。
難しい状況を打開できる方法を用意してくれるのだから、これくらいのサービスはしてやってもいいだろう。
ただ、リオンはクリスのようなウブな反応は見せてくれなかった。
一瞬恥ずかしげに目を逸らしはしたが、すぐに呆れたような苦笑いを浮かべて言った。
「それにしても、アンジェリカさんってたしか公爵家のお嬢様だろ?よくわざわざ仲裁に来てくれたな」
「まあそれが自分の役目だって言ってたしな。あとここだけの話、顔見知りなんだ。だからかもな」
その答えにリオンは大袈裟に驚いた仕草をする。
「顔見知り?アンジェリカさんと?」
「ああ。三年前に王宮で何回か会ってな。少し話もしたんだぜ。ここじゃなかなか近づけねーけどな」
自慢しつつも溜息が出る。
久しぶりの再会があんな形でになるとは思わなかった。
同級生とはいえ、気安く話しかけられるような相手でもないし、何とか近づこうにも取り巻きが多過ぎてできなかった。
そうして手をこまねいているうちに今回の柏餅騒ぎである。
やっと話せたと思ったら諭されて頭を下げただけ。
媚を売るにしてももう少しスマートにやりたかったな。
「ま、まあそりゃ住む世界が違うわけだし、仕方ないんじゃないか?俺みたいな底辺からすれば顔見知りってだけでも驚きだよ」
リオンがぎこちないながらもフォローしてくれる。
謙虚で実に結構なことだが、俺は格上の奴には媚びて便宜を図ってもらおうと考えるタイプだ。
それに──あれだけの大冒険を成し遂げておいて底辺はないだろ。
「何シケたこと言ってんだよ。お前はそんじょそこらのボンボンよりよっぽど凄いだろ」
「いや、そうは言っても独立したての男爵だしさ。身分と立場的には──」
なおも卑屈な物言いをするリオンに腹が立って、思わず語気が強くなる。
「そんなもん関係あるかよ。大体身分が高い貴族連中なんて、自分じゃ何もしないで先祖の功績で威張り腐っているだけだ。お前はそいつらよりデカいこと成し遂げただろうが」
「お、おい。その言い方はさすがに不味くないか?」
リオンはたじろぎ、扉の方を気にしていた。
誰かに聞かれたら面倒になると心配しているのだろう。
「言い過ぎたな。許せ。とにかく、私はお前を底辺だなんて思わねーよ。もっとしゃんとしてろ」
「──そうか。ありがとうな。そんなこと初めて言われたよ」
そう言って笑うリオンの顔はやはりどこか曇って見える。
一体何を隠しているのか気になるが、訊いたところで答えてはくれないだろう。
俺としても無理に聞き出すようなことでもない。
「じゃあ、私は食堂に行くから。週末頼むな」
「ああ、うん。じゃあな」
リオンの返事を聞いてから俺は空き教室を出た。
◇◇◇
エステルが出て行き、静かになった空き教室に残されたリオンはそっと独りごちた。
「しゃんとしてろ──か」
妙に胸に響いたエステルの言葉がまだ耳にこだましている。
『彼女の言ったことはなかなか的を射ていましたね』
相棒が感心したように言っているが、リオンとしてはそれでうまくいけば苦労しないというのが本音だ。
「俺は全然目立ちたくなんかないんだけどな──」
功績を自慢して威張り腐るのも疲れるし、そうしたところで周りには──特に女子たちには痛い奴だと噂されるだけだろう。
悲しいかな、この世界では女子に嫌われたら結婚できずに人生が詰む。
自分一人で済むならまだいいが、家族にも迷惑がかかるため、リスクは取れない。
さっきエステルに連れ出されたことも友人たちの間で噂になっているだろう。
どう説明したものか。
彼女が自分と同じ転生者かもしれなくて、この世界のシナリオに影響を与えまくっていて、このままでは世界が滅ぶかもしれないから、いざという時止められるように交流を持っている──なんて言えるわけはない。
「結局分からないままだしな」
そう、エステルが転生者であるという確証は得られていない。
本当ならお茶会の時に
冒険の話の中にそれとなく転生者なら反応するであろうワードを混ぜ込んだりもしてみたが、食い付いてこなかった。
何とか二人きりになる機会を作って確かめたいが──
「ままならないな」
『ままならなくしているのはマスターでは?二人きりで話したいなら、わざわざお茶会など開かずにただ
「やめろよ?マジでやめろよ?それ拉致だから!そんなことしたなんて知られたら本当に俺の人生が詰むからな!?」
『知られなければよろしいのですか?ならば口を封じる手段はいくらでもありますよ』
今日も今日とて物騒な提案しかしてこない相棒にリオンは頭痛を覚える。
「とにかく却下だ。そのうち機会を作ればいいだろ」
そう駄目押しして、リオンは空き教室を出た。
◇◇◇
週末。
約束通りリオンが用意したお茶会にオリヴィアと二人で行ったわけだが、そこに先客がいた。
濃い茶色のロングヘアをポニーテールにした生意気そうな女子生徒。
ふんぞり返ってお菓子を食べていて、背後には猫耳を持つ獣人の専属使用人を従えている。
見覚えがないが、彼女がリオンの言っていた心当たりなのだろう。
彼女は俺を見てギョッとしたように目を見開き、リオンを呼びつけて小声で叫んでいた。
「ちょっと!聞いてないわよこんなの!あの子ファイアブランドじゃない!」
声を抑えているつもりだろうが、この距離、茶会室という静かな環境では丸聞こえだ。
「言っていたら来なかっただろうが。いいからさっさと教えろよ」
「ッ!後で覚えてなさいよ」
遠慮なしに言い争っているところを見ると、よほど近しい間柄なのだろうか。
どうであるにせよ、いけ好かない女である。
「どちら様?」
リオンに訊いてみると、慌てて俺の方に向き直り、紹介してくる。
「すまん。俺の姉貴だ。ジェナっていうんだけど」
「そうか。初めまして、ジェナ先輩。エステル・フォウ・ファイアブランドです。こちらは友人のオリヴィアです。今日はわざわざお越し頂きありがとうございます」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
不愉快な内心を押し隠してにこやかに挨拶する。
そしてオリヴィアが俺に続いて頭を下げる。
それを見てジェナは若干怯えながらも返してくる。
「え、ええ。知っているわ。二年生のジェナよ。それで、学園の慣例とかルールについて知りたいんですってね?」
「はい」
ジェナは少し考えてから質問してきた。
「貴女たち、クラスのまとめ役の子に挨拶はしたの?」
まとめ役というとアンジェリカのことだろうか。
「挨拶ですか?──いえ」
「ならすぐにするべきよ。本当は入学してすぐにしなくちゃいけないけど、今からでも遅過ぎることはないわ。とにかく、一番偉い女子に手紙を出して挨拶しておくのがルールなの。ああ、直接出すんじゃないわよ。まずは取り巻きの、それも重要なポジションにいる子に渡して仲介を頼むの。二人まとめてってのは駄目だからね。ちゃんと一人ずつ、本人の直筆で書くのよ。それと、手紙と一緒にお土産も必要ね。まとめ役の子の分と仲介役の子の分。両方とも相手の好みをちゃんと調べて塩梅に気を付けないといけないわ」
長々と話すジェナにリオンが呟く。
「それって賄賂じゃないのか?」
「アンタは黙ってて。それで上手く行くんだから問題ないのよ。それでお土産だけど、お金をかければいいってものじゃないからね。格に合わせた相場ってものがあるんだから。無難なのは人気店のお菓子とか茶葉だけど──貴女の場合は中の上くらいの価格帯がいいかしらね。そっちの子は中の下くらいがいいと思うわ」
リオンのツッコミをピシャリと遮って、また話し始めるジェナ。
すると、メモを取っていたオリヴィアが恐る恐る手を挙げる。
「あ、あの──私、人気店のお菓子なんて買うお金が──」
「それは私が持つから心配するな」
「え?でも──」
「いいから。すみません。どうぞ続きを」
話の続きを求めると、ジェナは一瞬リオンの方に向けて小さく溜息を吐く。
「手紙とお土産を渡したら、そのうち返礼の品が来るからそれでおしまい。直接会いたいって言われることもあるから、その時は指定された時間通りに会いに行く。で、何か言われたら『はい』か『分かりました』で答える。後は特に何か気に障るようなことしなければ大丈夫だけど──」
ジェナは言い難そうに言葉を濁したが、やがて俺の方を見て言ってきた。
「この前みたいなことはしない方がいいと思うわ。限定品とか人気が高いのが出る時は、偉い子たちに譲って最初から並ばないものなの。どうしても欲しいなら自分で探して買った方が得よ。それと専属使用人だけど、男にしておいた方がいいわ。変に思われるから」
ティナを手放して代わりに野郎を侍らせる?論外である。
変に思う奴は勝手に思っていればいい。ただし何かしやがったら絶対に報復してやる。
「アドバイスには感謝しますが、彼女は私のお気に入りですので手放すつもりはありません」
つい怒気が漏れ出てしまったらしく、ジェナが一瞬顔を引き攣らせた。
「そ、そう。なら言うことはないわね。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
そう言ってジェナはそそくさと席を立ち、部屋から出て行った。
残ったリオンが謝ってくる。
「姉貴がごめんな。本当に自分勝手な奴でさ」
「お前が謝ることないだろ。こっちは助かったしさ。ありがとうな」
あんな女が姉だとは、リオンも大変である。
「助けになれたなら良かったよ。また何かあったら言ってくれ」
「ああ、その時は頼りにしてるぜ」
視線が重なり、同時にふっと笑みが漏れる。
これは良い相談相手ができたな。
「じゃ、改めてお茶にしようか。ちょっと待っててくれ」
そう言ってリオンはジェナが食べ散らかしたテーブルを片付け、お茶を淹れ直し始めた。
砂時計を返すと、キャビネットを開けてケーキを二つ持ってくる。
「用意したお菓子殆ど姉貴に食べられたけど、これは取っておいたから」
「お前の分は?」
「俺はいいよ。気にせず食べて」
「そうか──じゃあ今度何か奢るよ」
次の瞬間、リオンは固まった。
そして彼の目に薄らと涙が浮かぶ。
「お、おい!なんで泣くんだよ?」
「いや、すまん。さっきの姉貴と比べたら、さ」
──なるほどな。
こんな些細なギブアンドテイクですら尊く見えるのか。
この世界の女尊男卑がいかに酷いかがよく分かる。
ここは一つ、サービスしてやるか。
「なあリオン。明日お土産のお菓子を買いに行こうと思うんだが、一緒に行かないか?」
関係ないけどエスコンのBlurryは神曲だと思う