俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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今更ながら将軍とアソーカにどハマりして、アソーカのために反乱者たちをおさらい視聴して、ついでにテイルズオブエンパイアも観てたらいつの間にか時間が過ぎ去ってた


お買い物

 学園というのは不思議な場所だ。

 

 学生の年齢層や三学期制、制服があるところは日本の高校に似ている。

 一方で授業は単位制で一部の必修科目以外は自由に選択できるところ、クラスが学年ごとに上級と普通の二クラスしかないところは大学を思わせる。

 だが、高校や大学には必ずある入学試験がない。そこは小中学校のようだ。

 

 公教育の歴史がまだ浅く、教育方法の確立も前世の日本とは違う過程を辿ったせいだろうか。

 元日本人からすれば随分とちぐはぐに見える。

 

 さて、前置きが長くなったが、要するに上級クラスのまとめ役と目されるアンジェリカに賄賂を贈る必要があるのだ。

 

 ジェナは相手の好みをちゃんと調べろと言っていたが、そういうことならぴったりの人材がいる。

 

『全く人使いが荒いわね。貴女って人は』

 

 通信機越しにセルカが溜息を吐く。

 

 俺に対してそんな態度を取るなど本来なら打ち首ものだが、セルカだから目を瞑る。

 それにちょっとは負い目もあるしな。

 

 彼女に命じたのは、明日の朝までにアンジェリカと彼女の取り巻き、それも重要ポジションにいる子のお菓子の好みを調べること。

 

 自分で命じておいて何だが、無茶振りにも程がある。

 俺なら即座に無理だと判断して納期の交渉に取りかかるところだが、これは緊急の案件なのだ。

 故に暴挙もまかり通る。

 

 そして、苦言は呈しても与えられた仕事はきっちりこなすのがセルカである。

 

『分かったわ。明日の朝七時までにはリストにして送るから、待ってて』

 

 やっぱりな。そういうところが信頼につながる。

 

 そして働き者には然るべき報酬が必要だ。

 

「ああ。頼んだぜ。お前にもお土産買ってくるから」

『──俄然やる気が出てきたわ。それじゃ、失礼するわね』

 

 通信が終わると、受話器は置かずにファイアブランド領にかける。

 すぐにサイラスが出た。

 

『エステル様、定期的に連絡してくださいとあれほど申し上げましたのに──』

 

 挨拶もそこそこに小言を言ってくるサイラスに一瞬かけたことを後悔する。

 

「色々あって忙しかったんだよ。許せ」

『セルカから聞いております。街で刃傷沙汰になられたと。聞いた時はもう、心臓が止まるかと思いましたぞ』

 

 大袈裟な、とは思えないのがサイラスだ。

 心配性なのもそうだが、いい加減年だからな。

 

 考えると罪悪感が出てくるので、強引に話題を変える。

 

「その件ならもう解決したから安心しろ。それより領地の状況はどうだ?」

『はい。順調でございます。内外共に特に動揺などは見られません。それと、軍から三日前に【ブリュンヒルド】の引き渡しが完了、訓練を開始したとの報告がありました』

 

 ヴァルキリーの同型艦が領地に到着したとの知らせに思わず口角が上がる。

 

 軍事力は支配の要。悪徳領主には強力な軍隊が欠かせない。

 特に最近は豊かになりつつあるファイアブランド領の富を狙って空賊共が頻繁に襲ってくるので、領地や交易路の防衛のために多くの軍艦が必要なのだ。

 

 そして強力な最新鋭の主力艦が領地の防衛を担ってくれれば、中小型艦や旧式艦を商船護衛に回せるので、交易路がより安全になる。

 

「それはいい知らせだな。軍の連中に励むように伝えておけよ」

『かしこまりました。──ところでエステル様』

「何だ?」

『気になる異性の方はおられませんか?』

 

 その質問に思わず苦いものを食べたような感覚が湧き上がる。

 

 オフリー家に嫁ぐのは回避したが、結婚しろという圧がなくなったわけじゃない。

 むしろ領主になってからの方が伴侶を、後継ぎを、という期待は大きくなっている。

 

 親父から実権を簒奪する形で当主の地位に就き、更に学園卒業後には正式に領主として認められるという異例中の異例──そんな俺が外との付き合いで不利益を被ったり、将来継承権を巡る争いを起こされたりしないためにも、結婚は必要不可欠というのがサイラスのみならず、多くの家臣たちの認識だ。

 

 さすがに直接口に出して言ってくるのはサイラスくらいなものだけどな。

 

「いや?別にいない」

『左様ですか』

 

 明らかに肩を落とした声色。

 

 国中から見目麗しい貴公子たちが集まる学園でなら、俺の気に入る男がいるのではないかと期待していたようだが、生憎と俺は心は男だ。

 男と結婚するとか、正直言って考えたくもない。

 

 だがまあ、そうだな。心労を少しばかり軽くしてやるくらいは──

 

「いや、やっぱりいたな。二人」

『何ですと!?それはどなたですか!?同じクラスの方ですか!?出身は!?家格は!?』

「気が早えよ。ただの友人だ。でも、面白い奴なんだよ」

 

 リオンとクリス。

 俺より凄い実績を上げた冒険者と、剣技だけで俺と渡り合う剣豪。

 

 同年代で敬意を持って接することのできる数少ない相手だ。

 あと、なんだかんだで話しやすいしな。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 オリヴィアとリオンと校門の所で待ち合わせて、俺たちは街へ繰り出した。

 

 セルカが今朝送ってきたリストにあったお菓子を買いに王都でも有数の高級菓子店に行くのだ。

 

 制服のままだったこの前とは違って、ティナがコーディネートしてくれた私服姿だ。

 暑くなってきた初夏に合わせた爽やかな白いブラウスとゆったりした青いロングスカート。

 

 オリヴィアの方はセーラーカラーのブラウスに水色のロングスカートを着ていた。

 庶民的で、少し背伸びした感じがするのが彼女らしい。

 

 道行く人々が驚きと羨望の込もった視線をちらほら向けてくる。俺にもそうだが、特にリオンに。

 傍から見れば美少女を二人も連れた両手に花状態なのだから無理もない。

 

 それがリオンには居心地が良くないようだ。

 

「何か、周りの視線が痛いんだが」

「羨ましいんだろ。せっかくだし堪能していけよ。こんなこと普段ないだろ?」

 

 普段学園で女子生徒たちに無碍に扱われ、実の姉にも苦労させられているのが不憫で、モテている気分だけでも味わわせてやろうと思ったのだ。

 あと、昨日のお茶会で頂いたケーキのお返しもしたかったし。

 

 そんなわけでちょっとあざとく距離を詰めてみると、リオンは複雑そうな顔をする。

 

「う、うん。そう──だな」

 

 おい、そんな顔されたらこっちが恥ずかしくなってくるだろうが。

 

 微妙な空気になってきたので距離を離し、話題を変える。

 

「そういえばさ、お前この前独立したって言ってたよな?卒業したら見つけた浮島で新しい家を興すのか?」

「そう。本当は実家の寄子になるつもりだったけど、男爵位を貰うことになっちゃってさ」

「てことは男爵になるのか。その浮島ってどんな所なんだ?」

「まだ殆ど手つかずだから何にもないよ。山と森と川だけ──あ、でも温泉があるな」

 

 最後に出てきた単語に思わず意識が吸い寄せられた。

 

「温泉!?」

 

 飛びつくと、リオンが驚いた顔をする。

 

「それって地面から天然のお湯が湧くあれか?」

「ああ、そうだよ。何か熱を持つ鉱石?みたいなのが地下にあって、それで温まった地下水を汲み上げてな。露天風呂にしたんだ」

「マジかよ。行ってみたいな」

「──まあ、もうちょっと整備が進んだらな。というか、そんなに反応されるとは思わなかったよ」

 

 笑いながらも若干怪訝な顔をするリオン。

 

「天然の温泉って憧れなんだよ。うちにあるのは湧水を沸かしたやつで、元からお湯が湧き出てくるやつじゃないからさ」

「なるほどな。まぁ、それはそれで贅沢だと思うけどな」

 

 温泉談義で盛り上がっている俺たちをオリヴィアは不思議そうに見ていた。

 

「何だかエステルさんとリオンさんって昔からの友達みたいですね」

「そうか?学園に来るまで会ったことはないけど──境遇的には似た者同士だからかな」

 

 案内人が映像でリオンの実家の様子を見せてきた時、家族も含めて前世の自分と重なるところがあった。それに望まない結婚を強いられて、それから逃れるために冒険の旅に出たのも一緒だ。

 だから親近感が湧くし、気兼ねなく対等に話せる。

 

「まぁ、言われてみればそうだよな。──色々と」

 

 リオンはどこか遠い目をしながら頷いていた。

 

 最後の「色々と」と言う言葉に含みがあったが、訊いても答えてくれそうにはなかった。

 

 

 

 目的地の高級菓子店は洒落た大通り沿いにあった。

 

 高級ファッションブランドに、化粧品や香水の専門店、レストラン、劇場、奴隷商館が軒を連ねる高級繁華街──昔、ティナを買った場所だ。ちらほら見覚えのある建物がある。

 

 そういえば、ここをゆっくり観光したことはなかったな。

 

 せっかく来たのだから、お菓子を買ってさっさと帰るのはもったいない気がする。

 

「なぁ二人とも」

「何?」

「何ですか?」

 

 呼びかけると二人して俺の方を振り向く。

 

「お菓子は予約だけしてこのあたり観光してみないか?こんな所そうしょっちゅう来ないだろうしさ。どうだ?」

 

 俺の提案にオリヴィアは目を輝かせる。

 

「いいですね!私は書店に行ってみたいです!」

「そうだな──俺もティーセットを新調したいし、行くか」

「決まりだな」

 

 あっさりと決した。

 そうと決まればさっさとお菓子の確保だ。

 

 見えてきた目的地の菓子店を前に俺たちは足を速める。

 

 金持ちや貴族しか入れない高級店だというのに店内は大勢の客でごった返していた。

 

 大半は貴族と思しき大人の女性客だが、ちらほら学園生の姿も見える。

 

 学園生の方は皆男だ。

 大方女子とのお茶会に使うお菓子を買いに来ているのだろう。

 全く泣けてくる話である。

 

 せめて彼らのお茶会が上手くいくようにと少し案内人に祈ってから、ショーケースに並ぶお菓子から目当てのものを探す。

 

 そして色んな形の色とりどりのチョコレートが詰まった箱と最高級のお菓子が入った小さな箱を二つずつ、それとセルカとティナとアーヴリルへのお土産用にお菓子の詰め合わせを三つ予約して、さっさと店を出た。

 

 新緑の街路樹に彩られた通りを散策していると、美味そうな匂いが漂ってきているのに気付いた。

 

 匂いの元を辿ってみると、洒落た看板に魚の絵が描かれた店があった。

 屋根瓦が海を思わせる青色で、店の名前も【青い音】。

 

 どうやらシーフードレストランのようだ。

 といっても、おそらく海で獲れたものではなく──海に出るだけでも飛行船が必要な上、モンスターに襲撃される危険が大きいので海での漁業は殆ど行われていないらしい──王都の近くにある大きな湖で獲れたものを出しているのだろう。

 

 不意に可愛らしい音が鳴る。

 

 自然と視線がオリヴィアに集まった。

 

「あ、こ、これは──」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしがる彼女の姿に思わず顔が緩む。

 

「ランチにするか」

「そうだな。行こう、オリヴィアさん」

 

 リオンが紳士的にレストランへの誘いをかけると、オリヴィアは顔を覆いながらもついてきた。

 

 案内された席に三人で座る。俺の隣にオリヴィア、向かいにリオン。

 席は通りからは見えない二階のテラス席で、なかなか眺めが良い。

 

 すぐに店員がメニューを持ってきたので、三人で覗き込む。

 

 だが何分見慣れないし聞き慣れないものばかりなので迷うこともない。

 

「茹で蟹か。看板メニューって書いてあるからには味見しねえとな」

「うーん、でもこっちのシェフの一押しっていうのも気になりますね。このルーイテルって──お魚でしょうか?」

「さあ、知らないけど言われてみれば気になるな」

「なら二人で違うの注文して分け合えばいいんじゃない?」

 

 すぐにオーダーが決まり、店員を呼ぶ。

 

 しばらく学園での些細な事件や鍛錬中に抜け道を見つけた話なんかをしていると、料理が運ばれてきた。

 

 俺のは鮮やかなオレンジ色に茹で上がった大きな蟹、オリヴィアのは赤い尾鰭を持つ魚のムニエル。

 リオンはシンプルな白身魚のバター焼きだった。

 

 湯気を立てる蟹を手で解体し、取り出した白い身を蟹味噌と絡めて口に運ぶ。

 

 味付けこそ違うが、懐かしい食感に思わず涙ぐみそうになる。

 

 前世では蟹は正月のご馳走だった。

 会社をクビになってからは一度もありつけないまま死んでしまったので、俺にとってはまだ幸せだった時代の思い出だ。

 いつかあの頃と同じ和風の味付けで食べてみたいものである。

 

 俺がらしくもなく感傷に浸っていると、オリヴィアがこちらを見つめているのに気付いた。

 

「あ、あの、エステルさん。それ──美味しいんですか?」

「ん?ああ、絶品だぜ。ほら、食べてみろよ」

 

 蟹の脚を一本千切って分けてやると、オリヴィアは若干怯えた顔をする。

 

「嫌いか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、その──虫みたいで」

 

 どうやらオリヴィアは蟹を見たことがなかったらしい。

 

 どう説明したものかと思っていると、リオンが助け舟を出してくれた。

 

「確かに見た目はアレだけど、すごく美味しいんだよ。騙されたと思って食べてみなよ」

 

 その口ぶりからするとリオンは蟹をよく知っているようだ。

 

 俺はこの世界だと蟹は初めてだが──リオンの実家では蟹が獲れるのだろうか。

 

 リオンにも勧められて決心がついたらしく、オリヴィアは恐る恐る蟹の脚に口をつける。

 

 そして次の瞬間、ほわぁ〜っという擬音でも聞こえてきそうな蕩けた顔になった。

 

「これ──甘い──ですね。こんなの初めてです」

 

 瞳を輝かせ、頬を上気させてそう言うオリヴィアが妙に艶かしくて、つい見惚れてしまう。

 眼福というやつだ。

 

「気に入ったならもう一本やるよ」

「いいんですか?」

「ああ、その魚とちょっと交換な」

「はい!」

 

 ぱっと顔を明るくするオリヴィア。

 

 思わずこちらも笑みが溢れてしまう。

 

 オリヴィアがすっかり慣れた手つきでナイフとフォークを使ってムニエルを切り分け、俺の皿に移す。

 

 食べてみると、どことなく鮭を思わせる味がした。

 色味こそ違うが、塩焼きにしたらかなり鮭に近い味になるのではないだろうか。

 

 たしかルーイテルといったな。

 今度屋敷に行った時に取り寄せて作らせるか。

 

 ああ、そういえば──

 

「お前もどうだ?」

 

 訊いてみると、リオンの顔が明るくなる。

 

 表情にはあまり出ないが、こいつも分かりやすい奴である。

 

「いいのか?」

「ああ。蟹、好きなんだろ?」

 

 何気なく言ったつもりだったが、リオンは一瞬「それどういう意味だ?」とでも言いたげな表情になる。

 

 だが、すぐに深い意味はないことに気付いたのか、警戒心を解いてくれた。

 

「ああ。それじゃありがたく──」

 

 丁寧に取り皿を持ってきて蟹の脚を受け取ると、すぐにかぶりつく。

 やはり食べ慣れているようだ。

 

 そしてオリヴィアと同様、緩んだ表情になる。

 

「美味かったか?」

「ああ。──なんか、懐かしくなったよ。実家を思い出してさ」

 

 やはりリオンの実家の領地では蟹が獲れるらしい。

 

「お前の実家、蟹が獲れるのか?」

「まあな。こんな大きいのじゃないけど。──毎年新年のご馳走だったんだ」

 

 新年──つまり正月に蟹を食べるのか。俺の前世と同じだ。

 

 やはり土地が違えば食文化も違うんだな。

 ファイアブランド領は新年のご馳走といったらハムとか子豚の丸焼きだったし。

 

 こういうのを聞くと王国は広いのだと実感する。

 

「それは羨ましいな」

「いやいや、うちは貧乏だったからさ。それ以外は麦粥とか魚の燻製くらいしかなかったよ。普段なんて家の畑で採れた野菜のスープとパンだったしさ」

 

 おどけた感じで言ってはいるが、苦しい生活だったのは容易に想像がついた。

 

 俺が冒険に出る前のファイアブランド家でも、家に畑を作って自給自足することまではしていなかった。

 それをリオンの実家はやっていた。

 食材を仕入れる金も、料理人を雇う金も惜しかったということだ。

 

 そこまでして仕送りをしていたのに、正妻はリオンを売り飛ばそうとして──

 

 やめだやめ。

 怒りで食事が不味くなる。

 

「マジかよ。でも今は違うんだろ?」

「まぁな。でも冒険で稼いだ分は殆ど港とか道路の整備に回したから、生活が急に変わったってわけでもないんだよ。まだまだ質素なもんさ」

 

 リオンは肩をすくめて自嘲気味に笑う。

 

 彼自身そこまで贅沢に興味がないのもあるだろうが──それもおそらく正妻対策なのだろう。

 

 実家から独立した立場であるリオンが工事を発注して、領地のインフラに投資する分には誰にも取られずに済む。

 だが、実家に金を入れるとなると正妻がしゃしゃり出てきて取り分を寄越せと言ってくるってところか。

 

「そうか。大変だな」

 

 こんな話を聞くと、家臣たちが結婚を急かしてくるのも考えものだな。

 

 下手に酷い奴を娶ったら一生金を吸い取られるばかりか、領地経営の足を引っ張られるということだから。

 

 やはり伴侶は慎重に選ぶべきだ。

 金銭感覚がしっかりしていて、下手な野心がなくて、公私共に俺の邪魔をしない奴──

 

 そんなことを考えながら舌鼓を打っているうちに皿は空になっていた。

 

 おかわりを求めている気配もないので会計に移ることにする。

 

「お茶会でご馳走になったし、私が出すよ」

「いいのか?けっこういい値段してたけど」

 

 リオンが気を遣ってきたが、元々お茶会のお返しだ。

 高いからといって出させたら俺の沽券に関わる。

 

 悪徳領主はお仲間や子分には気前よく弾むものだ。

 そして──恩を売れる時に売っておくものだ。

 

「そう思うんならまたお茶会に誘ってくれよ。お前のお茶は美味いからさ」

「ッ!あ、ああ。分かった。じゃあお言葉に甘えて」

 

 一瞬何かに打たれたように目を見開いて、リオンは財布をしまう。

 

 そしてオリヴィアはどこか必死な顔でいつか必ずお返ししますからとか言ってくる。

 

 順調に恩義と負い目を感じてくれているようで何よりだ。

 この貸しはいつかファイアブランド領で治療魔法の腕を振るって返してもらう。

 だから今は優しい笑みを浮かべてこう言う。

 

「その気持ちだけで十分だよ」

「はい──」

 

 まあ、引け目を感じ過ぎて変に萎縮されても困るし、ダンジョンに潜れるようになったらスイーツでも奢らせるか。

 

 ちょうど来週からダンジョンでの冒険の授業が始まる。

 そこで冒険者登録を済ませたらダンジョンに潜って稼げるようになる。

 

 できればこの前の柏餅のような和菓子がいいが──扱っている店がないか探しておくか。

 

 

◇◇◇

 

 

 繁華街の一角。

 

 ミンク・シンジケートの取り仕切るカジノの奥にある部屋は緊張と沈黙が支配していた。

 

「何だってぇ?もういっぺん言ってみろ」

 

 星のない夜空のような虚ろな目をした男──グルムに射竦められたシンジケートの構成員が、肩を震わせつつももう一度報告する。

 

「ダックスたちを殺った女が【青い音】に来たと──」

 

 彼が言い終わらないうちにグルムが床を踏み鳴らし始める。

 

 太鼓でも叩くかのように激しく靴の踵で床を叩き、波立つ酒の瓶を取って一気に飲み干す。

 

 空になった瓶が壁に叩きつけられ、破片と滴が飛び散る。

 

 そしてグルムはクツクツと笑い出した。

 

「くひひ、さっすがシンジケートの目はそこら中にありやがるなぁ!で、その青い何とかいうレストランはどこだ?」

「中央通りでさ。噴水広場から南に二キロくらいの──」

 

 それを聞いたグルムはすっくと立ち上がって構成員に迫る。

 

「案内しろ」

「へ、へい」

 

 蛇に睨まれた蛙の気分を味わいながら、構成員は店の外にグルムを連れ出した。

 

 外に出る時、グルムは振り向きざまに店の中に残った構成員たちに向かって命令を出す。

 

「おい、オメエら歓迎パーティーの支度しとけ。派手にやるぞ」

 

 その意味するところを察した構成員たちが色めき立つ。

 

 この先始まる狂宴を想像して──

 

 

◇◇◇

 

 

 店員を呼んで会計を済ませ、レストランを出ると、オリヴィアが行きたがっていた書店へと向かう。

 

 一等地に構えているだけあって、大きく、豪華な建物だった。

 

「これが──王都の書店なんですね」

 

 オリヴィアは建物の威容に早速圧倒されていた。

 

 幾何学的に組まれた壁の煉瓦やら窓や屋根の装飾に目を引かれて熱心に見入っている。

 

「おいおい、中の本はいいのか?建物ばかり見ていたら日が暮れるぞ」

「あっ!そうでした。私ったら──」

 

 オリヴィアが耳を赤くして書店へと入っていく。

 

 彼女に続いて中に入ると、待ち受けていたのは巨大な吹き抜けだった。

 

 壁一面に本がずらりと並び、本棚に沿って通路と梯子が走っている。

 

 オリヴィアだけでなく、俺とリオンもその光景に息を呑んだ。

 

 学園の図書館も凄かったが、それと同等かあるいは上回るかもしれない。何しろ建物一つが丸ごと書店なのだ。

 

「それで、何の本を探すんだ?」

「魔法の授業の参考図書と、あと、辞書をいくつかです。学園の図書館では借りられなくて」

 

 オリヴィアがメモを見ながら言う。

 

「ならきっと二階だね。ほら、フロアマップがある」

 

 リオンが指差した先には案内図が壁に掛かっていた。

 

 見てみると、確かに学術書や専門書は二階と書かれている。

 

 カーブを描いた階段を上り、目的のエリアに入ると、華やかだった吹き抜けとは打って変わった静謐な雰囲気の部屋だった。

 ちらほら学園生と思しき姿が見えるが、それ以外には殆ど人がいない。

 

 オリヴィアは生き生きとした表情で本棚へと向かっていく。

 

 俺にはどれも大して違わないように見えるが、オリヴィアは真剣な顔つきで本を吟味し、手に取って調べている。

 

 釣られて俺も領地経営やインフラに関する本を探すことにした。

 実家にあるその手の本はどれも年季の入ったものばかりで、はっきり言って情報が古い。

 構造や設計の手法、魔法の応用やらの最新理論が載っているものがあればぜひ欲しいところだ。

 

 それらしいタイトルの本が並んだ棚を見つけると、早速いくつか手に取って調べてみる。

 

 その隣でリオンが同じように本を探していたが、すぐに溜息を吐いて戻してしまう。

 

「どうした?何か探しているのか?」

 

 訊いてみると、どうやらビジネスをやりたいようだ。

 

「俺は卒業したら男爵だけど、領地は規模的に準男爵家くらいしかないんだ。だから観光業でもして稼がないといけないんだけど、そんなノウハウはないからさ。何か良い方法が書いてある本でもないかなって思って探してみたけど、見た感じじゃなさそうだ」

「なるほどな──観光か」

 

 正直言って観光というのはあまり良いビジネスとは思えない。

 

 たしかに観光客がたくさん来れば儲かりはするだろうが、観光客というのは常に安定して来てくれるわけではない。

 景気や社会情勢の変化一つで激減し得るし、逆にあまりに多く来ても地元住民との軋轢、ひいては治安の悪化で思わぬ損失を招く。

 それに宿泊施設や商業施設に他所の資本が入りでもすれば、肝心の儲けすら他所に流れていく。

 

 個人的にはそんな相手ありきが過ぎる不安定な商売を主要産業にするよりも、もっと地に足のついた産業を興すべきだと思う。

 

「領地経営に口出しするつもりはないけどさ、観光よりも交易で稼ぐ方が良いと私は思うぜ?うちの領地じゃ製品を売って稼げるように工業化に力を入れているんだ。何か作って売れるものがないか、ゆっくり考えてみたらどうだ?」

 

 具体性など殆どない、抽象的な私見だったが、リオンは「それだ!」と言わんばかりの顔をした。

 

「ありがとう。そうしてみるよ」

 

 何を思いついたのかは知らないが、助けになれたなら良かった。

 

 俺は自分の本探しに戻り、魔法を応用した機械に関するものを買うことにした。

 

 オリヴィアを探すと、彼女も本探しを終えたようだ。

 

 見ると、十冊近くもの本を胸に抱えていた。

 

「取り敢えず、これだけですかね」

 

 名残惜しそうに本棚を後にして戻ってくるオリヴィア。

 

「随分たくさん買うんだな」

「あはは──教科書だけじゃ分からないことが多くて」

 

 勉強熱心なことだ。

 

 若干呆れつつも、一緒にレジへと向かう。

 

 だが、オリヴィアはレジで会計ではなく取り置きを頼んでいた。

 

 結局買ったのは小ぶりな魔法用語辞典一冊だけ。

 

「今買えるのはこれだけなんです。後はお金を貯めてからでないと──」

「よければ立て替えてやるぞ?」

 

 懐事情の厳しさを口にするオリヴィアに提案したが、オリヴィアはかぶりを振る。

 

「いえ、ありがたいですけど、自分の勉強に使うものは自分で買いたいんです。それに、これ以上お世話になりっ放しでもいられませんから」

 

 何と殊勝な心がけだろう!

 心が綺麗過ぎて反吐が出そうだ。

 

 だが、これはこれで堕ちた時が楽しみでもあるな。

 訓練用の木材は頑丈なほど叩き割り甲斐があるように、善人は善良なほどへし折り甲斐があるというもの。

 

「そうか。偉いな」

「そ、そんなことありませんよ」

 

 褒めてやると、オリヴィアは口元を隠して照れていた。

 

 そんな彼女をリオンが「尊い──」とでも声が漏れ出てきそうな表情で見ていた。

 

 リオンは結局何も買わなかったようだ。

 まあ、元々本を買いたがっていたわけではないし、当然と言えば当然か。

 

「よし、じゃあ次はリオンのティーセットだな。どこか行く当てはあるのか?」

「あ、ああ。師匠に聞いた有名な食器店がこの近くにあるんだ。そこに行ってみたい」

 

 問いかけると、リオンはハッと気が付いて答える。

 

「なら決まりだな。私も気に入ったのがあれば買ってみようかな」

「お、お茶に興味が出たのか?」

「まあな。自分でお茶会を開くのも悪くないかと思ってさ」

「そうか。それ聞いたら師匠が喜びそうだな」

 

 そう言うリオンは嘘偽りのない心からの笑顔を浮かべているように見えた。

 

 お茶へのこだわりは本物らしい。

 

「じゃあ、行くか」

 

 俺たちは書店を後にした。

 

 

◇◇◇

 

 

 三人が去った後。

 

 書店の裏にある路地でグルムは冷や汗をかいていた。

 

 去っていった三人は案内役に追わせて、自分は路地に隠れて荒い息をしている。

 

「マジかよマジかよマジかよマジかよマジかよマジかよマジかよマジかよマジかよ──」

 

 早口に同じ言葉を繰り返して拳を白くなるほど握り締め、爪先で地面を小刻みに踏み鳴らしている。

 

 それは実際に見た仲間殺しの下手人に対する恐怖であり、高揚だった。

 

 グルムは周囲からは狂人と見られているし、実際狂気の塊のような男ではあるが、野生の勘のようなものは人一倍鋭い。

 一眼見ただけで自分では挑んだところで瞬時に返り討ちにされると分かってしまった。

 

 あれはこれまでに痛めつけてきた粋がるボンボンとはモノが違う。

 文字通り手も足も出ないに違いない。

 

 だが、それ故に──踏み躙り、征服した時の快感も一入であろう。

 

 いくら強くとも付け入る隙がないわけではない。

 いや、それどころか、特大級の弱点が既に見つかっている。

 

 見るからにか弱い友人の少女──あれは良い人質になりそうだ。

 強い奴を屈服させるにはその手に限る。

 

「キヒヒヒヒ──待ってろよぉ──お嬢ちゃぁぁぁん♪」

 

 冷や汗を流し、身体は震えながらも、グルムは醜悪に嗤った。

 その両手──その薬指に嵌めた指輪を擦り合わせながら。

 

 

 そんな彼を物陰から淡い光が睨みつけていた。

 

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