数日前。
エステルが去った後しばらくして食堂へと向かったリオンは、そこで友人たちに詰め寄られることになった。
「おいリオン、お前あの子とどういう関係なんだよ。あの子たしか入学式で見ていた子だよな?」
「いつの間にあんな距離を縮めたの?まさか抜け駆けして狙っているなんて言わないよね?」
リオンが席につくや否や、左右の席に陣取って問いかけてくる二人の友人【ダニエル・フォウ・ダーランド】と【レイモンド・フォウ・アーキン】。
彼らは目の前でリオンがエステルに声をかけられて連れて行かれるところを目撃しており、誤魔化すことは不可能である。
観念してリオンは誤解を解くために口を開く。
「別に付き合っているとかじゃないぞ。ちょっと相談に乗っただけだ」
だが、ダニエルとレイモンドの疑いは晴れない。
「本当か?二人きりで相談されるとか、よっぽど近しい仲じゃなきゃあり得ないだろ」
「あぁ、しかもお互いに名前で呼び合っていたよね。あんな綺麗な子と──羨ましすぎるよ」
嫉妬の込もった目で見てくる二人にリオンは軽い頭痛を覚える。
「もし恋人だったら、今頃はお前らに自慢しまくっていたよ」
そう、この学園において男子生徒はほぼ例外なく婚活に苦労している。
莫大な金と精神力を擦り減らす婚活地獄から抜け出すだけでも大変なのに、更に相手が美人ともなれば──それはもはや一生分の運を使い果たしたと言われても納得できるほどの奇跡だ。
そんな奇跡が自分の身に起きたら、当然周囲に自慢して回るだろう。
だがそうしていないという時点で察して欲しいものである。
レイモンドが顔を引き攣らせるが、言いたいことは伝わったようだ。
「リオンは本当にいい性格をしているよ。ということは、本当に付き合っていないの?」
「ないね。そもそもあいつの狙いは俺じゃないし、俺にとっても好きなタイプじゃないからさ」
エステルが自分に関心を持っているのは、単に自分の境遇が彼女のそれに似ていたからに過ぎない。
望まない結婚を強いられ、理不尽な運命に立ち向かって勝利した者同士ということで親近感があるのだろうが──それだけだ。
それに、彼女に異性として見られたいとも思わない。
たしかにエステルは美人だとは思うが、中身はとんでもない武闘派である。優しい女と平和で穏やかな夫婦生活を送りたいと願う自分にとっては全く好みでないどころか、関わり合いになるのも遠慮したい部類の人間である。
彼女の師匠だという人物に絡んでいたチンピラを何の躊躇もなく斬首した時は背筋が凍ったし、その後初めてお茶会に誘った時もいつ首を飛ばされるかと内心ビクビクしていた。
だから、彼女のことはただの監視対象。必要以上に仲を深めることなどないし、あってはならない。
それでもダニエルはまだ納得がいかないようだ。
「そうなのか?じゃあなんであんなに距離が近いんだよ?」
ダニエルからすれば、脈なしで自分のタイプでもない女子にわざわざ時間を割いて関わるなど考えられないのだろう。
婚活にはタイムリミットがある。成婚の見込みがない相手に関わっている余裕など男子にはないのだ。
「あーそれは──まぁ、似た者同士だからかな。あいつ、跡取りなんだ。それに冒険の経験もあるって言っていたし」
「跡取り!?女子なのに?しかも冒険って──マジかよ」
嘘にならない範囲でそれらしい理由を言うと、ダニエルは驚く。
レイモンドも眼鏡の奥で目を見開いていた。
「学生のうちから跡取りになると決まっている女子なんて初めて聞いたよ。嫡男がいないのかな?」
「さあな。その辺りの事情は知らない」
勘繰り始めるレイモンドをリオンは遮るが、ダニエルが違和感に気付いた。
「ん?でもだとしたら妙だぞ?そんな子がいたら普通クラスから結婚相手を探すだろうから、そこで噂になっていてもおかしくないだろ?先輩たちには普通クラスに兄弟がいるって人も多いけど、そんな話は流れてきていないぞ」
「言われてみればそうだね。あの子どこの家の子なの?」
言ってもいいものかどうか迷ったが、変に隠す方が不自然で余計にあらぬ詮索や誤解を招くことになると思った。
「──ファイアブランド子爵家だ」
瞬間、友人たちの顔に緊張の色が浮かぶ。
「ファイアブランドって──ルクル先輩が言っていた家だよね?」
「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」
ダニエルとレイモンドは一瞬顔を見合わせると、言い難そうに切り出した。
「女子たちの間で悪い噂が広まっているんだ。ほら、ただでさえ家の評判が悪いだろ?そこにきて本来は入れないはずの最高級の部屋に入っているらしくて── 最初は学園のお偉方に身体売ってるんじゃないかって話だったんだけど」
「サセ女だとか尻軽とか色々出てきてね。最近じゃ男遊びが過ぎてトラブルになって相手を殺したとか──あくまで噂だから本当のところは知らないけど」
よくもまあ、自分たちを棚に上げてそこまで言えたものだとリオンは思った。
百歩譲って部屋のことは何かしら鼻薬を嗅がせるようなことがあったかもしれないが──サセ女?尻軽?男遊び?普段から専属使用人を連れ回し、夜は街で遊び歩いて朝帰りする女子生徒たちの多くにこそ相応しい言葉だろう。
少なくともエステルに男っ気はまるでない。
だが、彼らは弱かった。
そんな乱れ切った酷い女子たち相手に頭を下げて結婚を申し込む立場であるが故に、その噂を真っ向から否定する言動は取れなかった。
「リオンがそういうの信じないのは知っているけどさ、あまり入れ込むと女子の反感を買ってしまうよ。距離を置いた方がいい」
レイモンドのその言葉が全てを物語っていた。
「ああ──そうだな」
たしかに彼の言う通りだ。
婚活は最優先事項。
ならばエステルにばかりかまけてはいられない。ビジネスライクな関係を維持できる嫁を探さなければいけない。
そう思っていたのに。
「明日お土産のお菓子を買いに行こうと思うんだが、一緒に行かないか?」
デートの誘い──のわけはないと分かっていた。
実の姉を含めた周囲の女性に苦労させられている自分への同情心か、あわよくば荷物持ちを期待されているだけかのどちらかだ。
なのに──会った当初のような威圧感のない優しい笑顔を浮かべる彼女を見て、心が揺らいでしまった。
エステルは恐ろしい女ではあったが、この世界で出会ったどの女よりも優しかった。
彼女は本当の自分を知らない。自分のことを逆境を自分の力で切り抜けて偉大な成果を上げた凄い奴だと勘違いしている。
だが、それを差し引いても彼女の自分への態度はこの世界の貴族の女とは思えないほど良識的で、恐るべき本性を知っていてもなお心動かされるほどだった。
だから──誘いに乗ってしまった。
監視するだけなら相棒に任せておけばいいだけなのに。
◇◇◇
「なんて素晴らしい場所なんだ!」
一面に並べられた食器や茶器を見てリオンが叫ぶ。
口を大きく開けて目を輝かせて、いつもの秘密主義が嘘のようにはしゃいでいる。
「あいつ、あんな顔するんだな」
「でも、何だか親近感が湧きます。私も初めて王都に来た時あんな風になりましたから」
オリヴィアは遊び回る子供でも見るような目をリオンに向けていた。
それに気付いたリオンが顔を赤くして言い訳する。
「すまん。浮かれちまった」
「知ってた」
珍しいものが見られたことで自然に笑みがこぼれる。
リオンは赤くなった顔を背けて茶器の棚の方に行ってしまった。
俺とオリヴィアは顔を見合わせてふっと笑い、後を追う。
途中で曼荼羅か何かのような精緻な紋様が描かれた飾り皿やら、レリーフと見紛うような装飾が彫り込まれた銀の杯やらを目にしながら、茶器の棚へと辿り着くと、見渡す限り壁一面にティーセットが並べられていた。
金や銀のマグフックに吊るされた見るからに高級品と分かる茶器の数々。
リオンはさっきの書店でのオリヴィアみたいにあちこち動き回って茶器を物色していた。
やがて棚の一角で立ち止まり、顎に手を当てて唸り始める。
「う~ん、悩ましいな。こっちのシリーズも良さそうだけど、このシンプルな紋様も捨て難い」
そこはちょうど異なるジャンルの境界線になっている場所だった。
左側には精緻な花や果実、鳥や蝶があしらわれた茶器が並び、右側には鉱石のような模様のラインが入ったものが並ぶ。
どれもカップやポットは金で縁取られていて、高級感を醸し出しているが、注目すべきはそれよりもむしろその乳白色の地だろう。
白磁よりも更に白く、透明感があり、それでいてどこか温かみも感じる肌合い──間違いない。
「骨灰白磁か」
「え?何だって?骨?」
聞き返してきたリオンに一瞬、お茶にこだわっているくせに知らないのかと呆れる。
だが、考えてみれば彼はつい最近まで正妻に財を吸い取られる辺境の貧乏男爵家の三男坊に過ぎず、師匠に出会うまでは茶に興味すらなかったのだ。
茶器のブランドなど知らなくても無理はない。
それに俺だって知ってはいるが、そんなに詳しいわけではない。
「最高級の陶磁器だよ。白磁とはつくけど、普通の白磁とは製法が違っていて、王都の工場でしか作れないんだと」
骨灰白磁の名の通り、陶土に骨の灰を混ぜることで独特の乳白色に仕上げるらしいが、詳しい製法は門外不出。模倣の試みも成功したことは一度もないとのことだ。
まさにホルファート王国の焼き物技術の粋と呼ぶべき秘宝である。
今まで見たのは王宮での王妃様と公爵との会談の時だけ。
サイラスがここにいたら咽び泣いて喜んだだろう。
ヴィンセントの代に行われた緊縮財政で放出された多くの家財の中に、ロードリックが陞爵した時に買った骨灰白磁のティーセットがあったと聞いている。
「え?そんな高級品なのかよこれ。俺にはまだ過ぎたものなんじゃ──」
リオンが青褪めた顔でティーセットから距離を取る。
妙な所で気が小さい奴だな。
最初は安物から始めて腕を上げていったら良い物を──なんてのは、はっきり言って貧乏性の素人考えに過ぎない。
初心者こそ良い道具を使うべきなのだ。
良い道具はそれだけで修練のモチベーションになるし、そのおかげで上達もしやすい。
アヴァリスが良い例だろう。最初に乗った鎧がアヴァリスでなければ、俺は今のような操縦技量は得られなかったに違いない。
「別にそんなの気にしないで好きなのを買えばいいと思うぞ。師匠の背中を追ってお茶の道を進むんだろ?なら良い道具を揃えて、後は頑張って道具に見合う腕になればいい」
「──そういうものか?」
「そういうものだよ。実際私はそうしてきた」
「な、なるほど」
落ち着きを取り戻したリオンが再びティーセットに向き直る。
そしてまた二つのシリーズの茶器に視線を往復させている。
これはと思う一つのものは見当たらないようだ。
そういえば、サイラスが言っていたな。
「あとな、茶器そのものもだけど、部屋の雰囲気と合うかどうかも大事だと思うぞ?」
「部屋の雰囲気か。だとするとこっちか?でもそれだと今のと変わらないしな。いっそ他のも──」
リオンがまた移動して別の棚を見始めたので、釣られて俺も覗いてみると、その中に気になるものを見つけた。
カラフルなものが多いティーセットの中で異彩を放つ白黒のティーポット──そこに燕尾服にシルクハットの紳士が描かれていた。
案内人をデフォルメしたようなその意匠に惹きつけられて、俺はそのティーポットを手に取った。
よく見ると、紳士の反対側には田園風景の中で駆け回る犬が描かれている。
「あ、この犬可愛いですね」
横から見ていたオリヴィアが犬の絵に見入っていた。
一目で気に入ったようだ。
本来こういうシンプルなものは悪徳領主の持ち物という感じはしないので無視するのだが──俺も気に入った。
「よし、私はこれにしよう」
決めた俺はすぐに店員を呼んだ。
紳士と犬が描かれたティーポットと、同じ意匠をあしらったティーカップ六つと角砂糖入れにミルク入れ、カップと同じ数のソーサーとティースプーン、そしてそれらをコンパクトに収めるバスケット型のマグフック。
素材が良いからか全部で二千ディア近くしたが、それでも他のに比べるとだいぶ安い。
持ち帰るなんて野暮ったいことはせずに学園に届けてくれるように頼んだ。
リオンもどれを買うか決めたらしい。
水彩画のようなシンプルな花の蕾が描かれた骨灰白磁のティーセット。
図柄が始めたばかりでこれから伸びていく自分に重なっただろうか。
なかなかにぴったりなチョイスである。
ティーカップは四つで少人数用のコンパクトなセットだが、俺が買ったものの倍近くの値段だった。
「今度からはお茶会にこれを使うとするよ」
「私たちもたまには誘えよな」
「それはまあ、スケジュール次第かな」
「何だと?」
気に入ったティーセットを買えたからか、やや太々しくなったリオンに思わず笑みが溢れる。
お茶会の時に見たようなどこか曇った笑顔ではなく、心底嬉しそうな顔。
こういう顔をさせてやりたかった。
「よし、それじゃ菓子店に戻るか」
そろそろ日が傾き始めている。
予約しておいたお菓子を取りに行って、ついでに店内の飲食スペースでおやつでもして、帰るとしよう。
俺たちは食器店を後にして元来た道を歩き出した。
戻ってきた菓子店は昼前とは打って変わって空いていた。
ショーケースのお菓子は殆どが完売しているし、戸棚もだいぶすっきりしている。
俺たちは空席が目立ってきた飲食スペースで遅めのおやつを頂くことにした。
俺とリオンはチョコレートケーキ、オリヴィアは生チョコ。
奢ってもらっている手前遠慮して一番安いのを頼み、それでも申し訳なさそうにしつつ、いざ口に入れると顔が蕩けるオリヴィアを見て優越感に浸っていると、リオンが悪趣味だなと言いたげなジト目になる。
だが、リオンもオリヴィアの蕩けた顔を見てデレデレしていたのを俺は見逃してはいない。
悲しいかな、女の笑顔に滅法弱いのが男の性というもの。
まして、奢ってもらって当たり前、高価なプレゼントを貢がれて当たり前、男奴隷を連れ歩いて当たり前、と当たり前が多過ぎて鼻の伸び切った天狗女ばかりのこの世界では尚更貴重だろう。
オリヴィアはあげないが、笑顔くらいなら素直に堪能しておけばいい。
そういう俺の考えは何となく伝わったらしく、リオンは視線をオリヴィアに戻していた。
──それでいいんだよ。
ケーキを食べてしまって運ばれてきたお茶をストレートのまま飲んで、しばらくくつろいだ後、予約しておいたお菓子を取りに行った。
洒落た包装紙に包まれ、店のロゴが入った紙袋に入れられたお菓子を抱えて店を出る。
明日これを手紙と一緒にアンジェリカのグループの女子に渡す。
それで返事が来るか、また呼ばれでもしたら慣例に従う義理は果たしたことになる。
とはいえ──それだけで終わっては弱い。
アンジェリカに賄賂を贈ったところで、それは皆やっていることだ。
どうにかしてもっと彼女に踏み込んで距離を縮めて、俺とアンジェリカは仲良くしていますと周囲にアピールする必要がある。
俺とオリヴィアの安全確保と、俺の悪徳領主としての将来のために。
ロイスに制止されても聞く耳持たずだった馬鹿共がアンジェリカ相手には押し黙ったあたり、アンジェリカの影響力は相当なものだ。
俺やオリヴィアに手を出せばアンジェリカに睨まれるという認識が広まれば、絡んでくる馬鹿はいなくなるだろう。
ただ、問題は日常的にアンジェリカに近づく機会がなかなかないということだ。
賄賂を贈って、彼女が俺に会いたいと言ってくればそれをきっかけに近づけるかもしれないが、もしそうならなかった場合はどうするか。
一応考えている案はあるのだが、上手くいくかは分からない。
お菓子の袋を気にしながら考え込む俺にリオンが声をかけてきた。
「浮かない顔をしているけど、どうしたんだ?」
「いや、ちょっとな。──このお菓子だけじゃ弱い気がしてさ」
「弱いって?」
「アンジェリカさんへの賄賂は誰でもやっているだろ?他の連中と同じことをしたところで、私たちの状況が良くなるって確証は持てないんだよ」
それを聞いたオリヴィアが不安げな顔をする。
「え?それって──またこの前みたいなことになるかもしれない、ってことですか?」
「そうなる可能性をゼロにはできないだろうな。私たちがどこの派閥にもグループにも属していないのは変わらないからさ」
リオンが女子社会の面倒臭さを想像したのか、一瞬顔を引き攣らせる。
「だから他に何か手がないか考えているのか?」
「ああ。アンジェリカさんと仲良くやる方法をな」
この前みたく、何か良い考えでも出してくれないだろうかと少し期待してリオンに俺の考え事を話した。
「アンジェリカさんと仲良くねぇ。普通に無理じゃないか?いくら顔見知りとは言っても立場が違い過ぎるし──」
「無理でも何でもやらなきゃ学園生活に関わるんだよ」
そう言ってはみたが、今回はリオンを当てにできそうにはない。
仕方ない、考えていたアンジェリカのグループに入るプランでいくかと思っていると、リオンが一つのアイデアを口にした。
「アンジェリカさんに直接行くんじゃなくて、周りの知り合いとかから行くのはどうだ?ほら、朝一緒に稽古してる剣豪の人とか」
なぜクリスのことを知っているんだ?リオンに言ったことはないはずだが──
俺のその疑問を感じ取ったのか、リオンは慌てて言い繕う。
「あれ?違った?剣豪のアークライトさんとよく一緒に稽古してるって噂を聞いたけど」
「いや、違わないけど──」
噂か。
まあ、クリスと話しているところは一度クラスで見られているし、訓練場に人形を設置したりもしたし、なってもおかしくはないか。
しかし、まさに壁に耳あり障子に目ありだな。
でも、そうか。クリスは使えるかもしれないな。
先日学園の慣例について尋ねた時は役に立たなかったが、王家の剣術指南役をしている家の出なら、アンジェリカの婚約者である王太子殿下とも近しいはずだ。
クリスを通じて王太子殿下と接点を持てたなら、次期王妃だけでなく次期国王との面識まで得られる。
──良い作戦だ。
そうだ。それで思いついたぞ。
来週からダンジョンでの冒険の授業が始まる。
クリスの口利きでアンジェリカや王太子殿下のいるグループに参加させてもらえればいい。
俺は剣豪クリスと渡り合える剣術と冒険の経験が、オリヴィアには卓越した治療魔法の才能がある。
それを見せつけて興味を持ってもらえば──
「これだ。ありがとうリオン。おかげで算段がついた」
「そうか?それはよかった。うまくいくといいな」
つい浮かべていたらしい悪どい笑みに若干引きつつも、リオンは笑みを浮かべる。
またこいつに助けられたな。
知り合うきっかけをくれた案内人には感謝しなければ。
「オリヴィア、学園に戻ったらちょっと私の部屋に寄ってくれるか?」
「え?大丈夫ですけど、どうしてですか?」
「話し合いたいことがある。さっき言っていたアンジェリカさんと仲良くやる方法だ」
「ッ!分かりました」
アンジェリカの名前を聞いてやや不安げな表情を浮かべるが、オリヴィアは気丈に頷く。
いい子だ。
そうこうしているうちに俺たちは屋敷の正門に着いていた。
出迎えたセルカにお土産を渡し、学園への帰途に就く。
学園の門をくぐった時には門限ギリギリだった。
「じゃあなリオン。また明日」
「──ああ。また明日」
「リオンさん、昨日も今日もありがとうございました」
別れの挨拶をして、俺とオリヴィアはリオンと別れた。
◇◇◇
「──また明日、か」
明日もまた会うことを前提にした言葉をエステルがかけてきたことにリオンは複雑な気分だった。
嬉しい気持ちもあるが、気が重くもある。
彼女のことは当初ほど怖くはなくなったが、それでも毎日顔を合わせたいかというと、悩むところだ。
結婚相手を早く見つけなければならないという事情もある。
だから、一つ策を弄した。
『よろしかったのですか?彼女を攻略対象に近づけて』
今まで沈黙を保ってきた相棒が、エステルとオリヴィアの姿が見えなくなるのを見計らって姿を現し、問いかけてくる。
「主人公様を連れて近づいてくれるんだ。何もしないよりは軌道修正になるだろ」
エステルが自身とオリヴィアの平穏な学園生活のためにアンジェリカに取り入ろうとしているのを知って、チャンスだと思った。
うまくいけば攻略対象のうち四人がマリエという子爵家令嬢に夢中になり、残った一人のクリスもエステルのことが気になっている状況を一気に打破できるかもしれない。
エステルがオリヴィアをクリスに紹介して、クリス伝にアンジェリカの婚約者である王太子殿下や他の攻略対象にも面識を持たせてくれれば──もしかしたら攻略対象の中から本物の主人公であるオリヴィアの魅力に気付いて好意を持ってくれる者が現れるかもしれない。
特にオフリー伯爵家の令嬢との婚約が白紙となり、フリー状態のブラッドと結ばれてくれれば理想的だ。
婚約者がいる他の攻略対象に比べると比較的角が立たずに済む。
『たしかに出会いのチャンスを作るという意味では悪い手ではないでしょう。ですが、更に事態が悪化する可能性もあります』
「なんでだよ?」
『マスター、クリスはともかく他の攻略対象が陥っている状況を見てエステルが何を思うか、考慮されましたか?』
「──ああ、考えたよ。考えた上で敢えて近づけることにしたんだ」
そう言いつつ、リオンは若干不安になっていた。
エステルは良識的な人物ではあるが、本気で怒った時は後先考えずに強引な行動に走る可能性がある。
さすがに学園内では事件になるようなことは起こさないと思いたいが──彼女は自身はもちろんのこと、近しい人物が理不尽な目に遭うことを非常に嫌う。
ただでさえオリヴィアとの一悶着で心証は最悪だろうし、その上アンジェリカの婚約者である王太子殿下を籠絡したと知れたなら──マリエを完全な敵と見做し、強引に排除しようとする可能性も捨て切れない。
もしそうなったら、マリエに夢中な攻略対象たちとの関係が悪化し、オリヴィアと攻略対象が結ばれる可能性は限りなくゼロに近くなる。
とはいえ、このままマリエが攻略対象とどんどん仲を深めていくのを手をこまねいて見ていれば、それこそ攻略対象と結ばれる可能性はゼロである。
一人残ったクリスに賭けるつもりだったが、それに失敗すればもう後がない。
選択肢を増やせるチャンスがあるなら、リスクを冒してでも拾う価値はあると思った。
どう転ぼうが、バッドエンドで世界が滅ぶよりはマシだろう。
『要するに、賭けですか。マスターはハイリスクがお好きなようですね』
「時間との勝負だからな。手間をかけていたらどんどん可能性が低くなるだろ」
『失敗につながりやすい思考ですね』
「その時はその時でまた考えればいい。俺も目を光らせておくし」
『──そうですか』
相棒は黙った。
「さてと、買ってきたティーセットでお茶でもするか」
疲れに効くハーブティーでも淹れて落ち着こう。
そう気持ちを切り替えて、リオンは男子寮への帰途に就いた。