俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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幕間 最終試験

 雪の積もった夜道を白い息を吐きながら歩く。

 

 以前駆け回っていた山の雪とは違って、汚れてどろっとした氷混じりの雪だ。

 月明かりの反射はぬめっとした大きな歪んだもので、踏みしめると湿っぽい音を立てて足跡が水たまりになる。

 この雪はどうも嫌いだ。

 

 山の真っ白なふかふかの雪が懐かしい。

 

 でも今は我慢だ。

 全ては幼い頃からの夢のため。そしてその夢を叶えるチャンスをくれた彼女との約束のため。

 

 彼女──エステルの直属の騎士となるために、一般的な兵士としての訓練に加え、隠密、閉所での戦い、物理的防護、爆発物の処理、鎧や飛行船の操縦など、多岐に渡る訓練を受けてきた。

 

 いかなる状況でも彼女の身を守り、時には手足として情報収集や追跡、敵地への潜入を行うのが直属の騎士の役目だからだ。

 

 そうした過酷な訓練の最終試験が今回赴く任務なのである。

 

 荷役所を通り過ぎて一番端の小さな桟橋に着くと、そこには小型の飛行船が停泊し、その前に部隊が集まって焚き火をしていた。

 

「来たか嬢ちゃん。時間通りだな」

 

 暗緑色の髪を後ろで束ねた壮年の男性が手を振った。

 

「イリヤ・カルティアイネン候補生、エステル様の命により、第一〇一猟兵分隊に合流致します!」

「うむ、良い挨拶だ。だが、ここではそんなお上品なモンは要らん。それから、俺たちはウルフパックだ。番号なんかで呼ぶんじゃねえ。分かったか?」

 

 男性の念押しにイリヤは頷くしかない。

 

 さして威圧感のある風貌でもないのに、その声にはどこか聞いた者を圧倒して従わせるような力があった。

 

「はい!承知致しました!」

「よろしい。俺はバズ。ウルフパックのリーダーやってる。ほら、お前ら嬢ちゃんに自己紹介しろ」

 

 バズの指示を受けて、彼の隣にいた兎のような長い耳を持った獣人の女性が口を開く。

 

「うちはライザや。ここで盲導人やっとる。うちの隊は男ばっかやさかい女の子が来てくれて嬉しいわぁ」

 

 ライザと名乗った女性兵士の言う「盲導人」というのが何のことなのか分からなかったが、バズが説明してくれた。

 

「見ての通り、コイツは目が見えねぇ。だが、その分地獄耳だ。舌打ち一つの反射で周りの地形から相手の顔の形まで全部視えてんのさ。コウモリみてぇにな」

「チッ、誰がコウモリや!」

 

 ライザが持っていた杖でバズの尻を引っ叩いた。

 

「はははっ!ほらな?きっちり俺のケツぶっ叩いたろ?新月の夜でもコイツについてきゃ大丈夫。だから盲導人ってわけよ」

「後で話があるさかい、覚えときや」

 

 ライザがそう言って引き下がると、続いて褐色の肌をした耳の長い黒髪赤目の少年が口を開いた。

 

「僕はジェセ。魔法使い兼金庫番だ。腰掛けでもうちに所属するからには報酬と掠奪品は全部一旦僕に渡してもらうから、そのつもりでね」

「は、はい。でも私掠奪なんてしませんよ?」

「そうかい。優等生だね〜」

 

 どこか小馬鹿にしたように魔法杖を担いで腕を後頭部に回し、口笛を吹くジェセ。

 

「コイツは見た目クソガキだが、年はけっこう食ってる。あんまり舐めた態度は取らん方がいいぜ。ほれ、次」

 

 バズに促されて、フルフェイスの仮面を被った大男が自己紹介する。

 

「私、ドスと申し上げます。飛行船に鎧の整備、武器の調整、捕虜の尋問等、機械と人体のお相手をしてございます。仮面越しで申し訳なく存じ上げますが、どうぞお見知り置きを」

 

 くぐもった声であちこち間違った敬語を話す大男からはどことなく禍々しい気配がした。

 

「ったく、テメーはいつも脅しみてぇな言い方しねーと死ぬのかよ。あ、俺ァウォルだ。よろしくな」

 

 ドスを窘め、ついでに簡潔に名乗ったのは暗緑色の鱗を持つ爬虫類型の獣人だった。

 

 獣人自体エステルの専属使用人以外見たことがなかったイリヤにとってあまりにも異質な姿に、思わず目を見開く。

 

「何だ?」

「いえ──リザードマンは初めて見たものですから」

 

 たしか爬虫類の特徴を持つ人型種族をリザードマンと呼ぶと聞いたことがある。

 

 ウォルは多分それだろうと思って口にしたのだが、彼はその単語に不愉快そうな反応を見せた。

 

「そうかい。ならこれからはリザードマンじゃなくて竜人と覚えとくんだな」

「は、はい!竜人ですね」

「違う。俺の名はウォルだ」

「失礼致しました!ウォル殿!」

 

 慌てて訂正するイリヤにウォルは鼻を鳴らす。

 

「まあまあ、あんまり新兵ちゃんをいじめんなよウォル。ごめんな怖がらせて。俺はレオってんだ。この隊の雑用係やってる。よろしくなイリヤちゃん」

 

 最後に自己紹介してきたのは軍人らしからぬ爽やかな青年だった。

 同年代の女の子たちなら、笑顔一つでコロッと惚れてしまいそうだ。

 

「気を付けろよ嬢ちゃん。コイツはマジモンのヤリチンだからな。惚れたら泣くぜ?」

「は、はぁ──?」

 

 バズの忠告にどう反応したらいいのか分からなかった。そもそもヤリチンとは何だ?

 

「嫌だなぁ。女の子の方が俺の顔目当てで寄ってくるんですよ。だったらお互い様じゃないですか。それに今は心に決めた人がいるんです!」

「はっ、よく言うぜ。さてと、これで顔合わせは終わったな。覚えたか嬢ちゃん?」

「はい!」

 

 頷くと、バズはニカッと笑ってポケットから一枚の命令書を取り出した。

 

「んじゃ、さっさと任務の説明すっぞ。一週間前に軍の無能共が空賊に哨戒網を抜けられて上陸と掠奪を許し、ホプキンスの領民八人が攫われた。全員女子供だ。しかも空賊の連中、身の程知らずにも身代金を請求していやがる。小賢しいことに一度に一人、八回かけて解放すると言ってな。その舐め腐った豚共の豚舎に忍び込んで人質を奪還するのが今回の任務だ。しかも人を撃ったことねえ新兵のお嬢ちゃんを連れてよ。相変わらず無茶振りしてくれるぜ。な?」

 

 バズの振りにウルフパックの隊員たちは一斉に笑う。

 

「でもその分報酬はいつもの三倍。あはっ、いいね♪」

 

 ジェセが命令書に記された特記事項を読んで舌舐めずりする。

 

「ほほう、豚ということは屠殺してしまっても構いませんのだろう?」

「その通り!人質さえ無事に救出できれば煮るなり焼くなり自由だ。楽しみだろう?」

「ウッフゥ──ええとっても」

 

 仮面越しでも分かるほど上機嫌な声を出すドス。

 

「ドス、アンタまた相当エグい拷問考えとるやろ。引くわ」

「ウホッ、褒め言葉と受け取っておくのですよ」

 

 ライザが苦言を呈するが、ドスは身体を捩らせて更に上機嫌になる。

 

「チッ、クネクネすんなや。いつ視てもキッショいな」

「あふん♡もっと罵ってくだされても──」

「あーあーもういつものことなんだからいちいち構うんじゃねーよ。おい皆、任務の内容は分かったな!?何か質問は?」

 

 強引に話を戻したバズの問いかけにイリヤはおっかなびっくり手を挙げた。

 

「あの──その空賊の居場所は分かっているんでしょうか?」

「分からん!だが人質と身代金の交換場所と日時は分かってる。そこで交換に来た豚を取っ捕まえて吐かせるなり、移動豚舎(飛行船)がお帰りあそばすところを尾けるなりすりゃいい。他には?」

 

 想像していたよりもシンプルでストレートなやり方にイリヤは呆気に取られる。

 

「えっと、その受け渡し場所ってどこでしょう?」

「無人島だ。座標ならほれ、ここに書いてある。何なら地図だってあるぞ」

 

 バズが見せてきた座標と地図を照らし合わせてみると、何もないところにポツンと浮かぶ小さな浮島だった。

 

 否、浮島というより岩と言ってもいいかもしれない。

 当然隠れる場所など期待できない。

 

 そのことを指摘するが、バズは一笑に付した。

 

「問題ない!隠れ場所がないなら作ればいい!」

「えぇ──」

 

 それは言うは易しというやつではないのか──そんな疑問が拭えないイリヤだったが、バズは強引に質問を締め切ってしまう。

 

「よぉし!質問受付は終わりだ!全員船に乗れ!」

 

 そして次の瞬間、バズは命令書を引き裂いて焚き火に放り込んでしまった。

 

「わっ!?何してるんですか!命令書が──」

 

 慌てるイリヤを見てバズは「ガハハ」と笑い、イリヤの肩を捕まえて飛行船へと進ませる。

 

「他所じゃどうだか知らねーが、ここじゃ命令書は読んだその場で燃やすってのがルールなんでな。そもそも命令書通りに事が運ぶことなんてまずねェんだから。ほらさっさと乗った!」

 

 バズに背を押されてイリヤは慌てて飛行船の甲板に飛び移った。

 

 最後に残ったバズが素早く焚き火を水魔法で消し、舫綱を外して飛び移ると、飛行船は急加速で出航した。

 

 冷たい風が吹きつけ、イリヤはたまらずキャビンに駆け込む。

 

 キャビンには左右に並んだ寝棚とその間にテーブル、そしてその手前に小さなキッチンがあり、隊員たちは思い思いにくつろいでいた。

 

 ジェセとウォルがトランプを持ち出して遊び始め、レオはキッチンで食事の下拵えをし、ライザは寝棚で横になっている。

 ドスは操船担当らしく、キャビンの奥の操舵室に座っている。

 

「我らがダインスレイヴにようこそ。新兵」

 

 舫綱を回収して片付けたバズが後ろから歓迎の言葉をかけてきた。

 

「生憎とこのキャビン以外は機密なんで、他の部屋に行ってもらっちゃ困るが、ここでなら好きに過ごしてくれていいぞ。あ、寝床はそこのハンモックな」

 

 そう言ってバズは操舵室へと入っていった。

 

 手持ち無沙汰になったイリヤだが──

 

「一緒にやるかい?」

「えっと──はい」

 

 ジェセがトランプに誘ってきたので、頷いてテーブルにつくことに。

 

 そしてジェセとウォルは遊んでいたゲームをやめて、イリヤを加えて改めてカードとチップを配ってきた。

 

 そしてポーカーが始まったが、これが全く勝てなかった。

 

 何度勝ったと思っても、次の瞬間にはひっくり返されて驚愕することになった。

 

 ジェセは毎度次こそは運が巡ってくるよなどと言っていたが、その次とやらは一向に訪れない。

 三回に二回はハイカードに留まってスリーカードに敗れ、フルハウスを完成させればストレートフラッシュが、ツーペアならフォーカードが、フラッシュならロイヤルフラッシュが、ジェセかウォルによって完成し、イリヤの負け。

 

 そして十二戦目でとうとうイリヤは匙を投げた。

 

 今日は徹底的にツイてない──エステルが言うところの厄日なのだろう。

 

 そう思うことにしたイリヤだが、背後からレオが思わぬことを言ってきた。

 

「イリヤちゃんはポーカーじゃ負けてないよ」

 

 ()()()()()()負けてない?ポーカーをしていたんじゃないの?

 

「どういうことですか?」

 

 思わず問いかけると、レオはちらっと舌を出して種明かしをする。

 

「俺がイリヤちゃんのカード見て合図出してたの」

 

 それは即ちこのポーカーはインチキだったということだ。

 

「なっ!?ズルしてたんですか!?」

 

 一瞬頭に血が昇った。

 

 叫んだイリヤを見てジェセがしてやったりという笑みを浮かべる。

 

「あはは!そゆこと〜。実に、実に良いカモだったよ」

「ふ、ふざけないでください!」

 

 抗議するイリヤにジェセは笑みを消して答えた。

 

「ふざけてなんていないよ。これも立派な教育さ」

「教育?どういう意味ですか?」

 

 怪訝な顔で尋ねるイリヤにジェセはまた笑みを浮かべて説明を始める。

 

「その通りの意味さ。この程度のイカサマも見抜けないのは油断があるってことでしょ?ここは安全、あの人は味方、今やってることは全部バッチリ理解してる。そういう甘えた思い込みが命取りになるんだよ。自分どころか皆のね。それを教えてあげただけだよ」

「そ、それは──でもだからって何もこんな形で──」

 

 しなくたっていいじゃないですか、という言葉はすぐに遮られる。

 

「いやいや、これでもだいぶ手加減してあげたんだよ?イリヤちゃんは女の子だからね。だから何も賭けてなかったでしょ?これが男だったら尻毛どころか魂まで毟り取ってるところだよ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないねぇ」

「せやで。コイツが他の隊の連中からどんだけふんだくったか、帰ったら訊いてみ?泣いて感謝するで」

 

 いつの間にか寝棚から降りてきたライザがイリヤの肩に手を置いた。

 

 ここまでボコボコに負かされて感謝もクソもないが、賭けがなかったのはその通りで、文句の言いようもなかった。

 

「まあまあ、機嫌直してよイリヤちゃん。ほら、シチューできたからさ」

 

 レオが慰めの言葉を口にしながら湯気の立ち昇る皿を持ってくる。

 

「──まさか何か入っていたりしませんよね?」

「そんなまさか。普通のシチューだよ。レーションのだけど、この俺が腕によりをかけて作ったんだぜ?絶対美味いから疑わずに食べてみてよ」

 

 ニコニコ笑いながら言ってくるレオを胡散臭く思いながらも、イリヤはスプーンでシチューを口に運ぶ。

 

「──美味しい」

「でしょ?」

 

 身体が温まると、怒りと悔しさが落ち着いてくる。

 

「次は負けませんから」

「その意気だよ」

 

 まだ余裕綽々の笑みを浮かべるジェセに、イリヤは絶対にいつか一泡吹かせてやると誓った。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 夕方近くになって辿り着いた交換場所の無人島は予想していた通り、殆ど何もなかった。

 僅かに細い木と草が生えているほかはゴツゴツとした岩肌だ。

 戦力を隠して待ち伏せるなど到底不可能である。

 

 ウルフパックの隊員たちはダインスレイヴを直接浮島に横付けして上陸すると、早速地形を調べ始める。

 

 報告を受けたバズは鷹揚に頷き、ジェセに指示を出した。

 

「ま、予想通りだな。プランは四番で行く。トレース頼むぜ」

「りょーかい」

 

 ジェセが持っていたトランクを開けると、中には大量の金塊が詰まっていた。

 

 その金塊の一つを手に取り、これまた取り出したコンパスに近づける。

 一瞬金塊とコンパスが発光したかと思うと、表面に魔法陣が浮かび上がり、やがて収縮して吸い込まれていく。

 

「これで良し。連中がどこに行こうがこの金塊が教えてくれる」

 

 そう言ってジェセは他の金塊にも同じ細工を施していく。

 

 魔法をかけた物体を追跡できる技術など聞いたこともなく、イリヤは驚きを持って見入っていた。

 

 すると、気付いたバズが解説してくれる。

 

「あのコンパスはな、金塊にかけられた魔法に反応して方角を示してくれるんだ。下手な奴がやると金塊にかけた魔法がバレて台無しだから、この細工はジェセの野郎にしかできねぇ。おっと、軍事機密だから他の奴には言っちゃ駄目だぜ?」

「は、はい」

 

 そんな軍事機密を新兵の前で開示していいのだろうかと一瞬思ったが、自分がなろうとしているのはエステル直属の騎士だ。

 ならば当然、機密情報に触れる機会も出てくる。そのための資質を見られているのだろうと思い直した。

 

 そこへ地形の調査を終えて見張りについていたウォルがやって来る。

 

「どうやらお出ましみてぇだぞ」

 

 ウォルが指差した方を見ると、赤みを帯び始めた青空に小さな黒いシミが浮かんでいた。

 

 装備品の単眼鏡で見てみると、それは明らかに飛行船だった。

 

「交換役は俺とジェセとウォルがやる。ドスは人質の収容と手当の準備、レオは船で待機だ。いつでも出せるようにしとけ。嬢ちゃん、お前はあの岩山の茂みにつけ。乗りつけてきた船を監視して、奴らが一匹でも妙な真似しやがったら即撃ち殺せ。いいな」

「はっ──しかし、よろしいのですか?差し出がましいですが、人質の安全が優先ではないでしょうか?」

 

 空賊たちを刺激すれば人質に危害が及ぶのではないかと危惧したイリヤだったが、バズは一蹴する。

 

「馬鹿か?人質交換でゴネたりだまくらかそうとしてくる連中なら、どのみち人質を返す気なんてねーよ。いいか、こういうのは舐められたら負けだ。空賊ごときに付け入る隙なんて与えるんじゃねえ。分かったらさっさと配置につけ」

「はっ!失礼致しました」

 

 イリヤは敬礼して指示された場所へと向かい、狙撃銃の準備をする。

 

 訓練でも散々使用したスコープ付きのライフルだが、本当に人を撃つかもしれないとなると、見慣れているはずなのに違って見える。

 

 五連発のクリップを弾倉に挿入し、ボルトハンドルを押し込むと思わず身が引き締まった。

 

 撃つのは人間だが、空賊だ。

 人類共通の敵であり、エステルの領地を荒らし、民を攫った極悪人共だ。

 

 奴らにはいずれこの銃で必ず報いを受けさせる。

 その前に一人目の人質の解放と罠の仕掛けを無事にやり遂げる。

 

 照準器を確認して、イリヤは単眼鏡を手に取る。

 

 空賊船からボートが発進してこちらに向かって来るのが見えた。

 

 

 

 ボートで浮島にやって来た空賊たちとバズ、ジェセ、ウォルの三人が向かい合う。

 

 空賊たちは浮島の少し手前でボートを止め、ジェセが浮島の縁に進み出て、その後ろにバズとウォルが控える形である。

 

 空賊たちはそれを見てジェセがファイアブランド家の交渉人だと判断したようだ。

 

「お前が交渉人か若造」

「そうだ。身代金は指示通りこちらに用意した。人質はどこだ?」

 

 ジェセがトランクを開けて中の金塊を見せると、空賊たちはニヤリと笑って合図をする。

 

 空賊の一人がボートに乗せていた子供を立たせて突き出した。

 その顔には目隠しと猿ぐつわが着けられており、表情は分からない。

 

「約束通り一人だ。そのトランクをこっちに放れ。そうすりゃガキをそっちに渡してやる」

「ッ!待ってくれ!先に金を見せたのはこっちだ。先に人質を渡してくれ。無事を確認したい」

 

 ジェセが必死の形相で要求するが、空賊たちは拒んだ。

 

 空賊の一人が子供の喉にナイフを突きつけて叫ぶ。

 

「駄目だ!金が先だ!でないとガキの首が飛ぶぜ!?」

「やめろ!これ以上危害を加えるな!」

 

 ジェセが叫び、バズとウォルが武器を構える。

 

 空賊たちも銃を構え、場は一触即発の空気になる。

 

「──絶対に裏切ったりしない!人質の無事を確認したら必ず渡す!頼むから確認だけさせてくれ!」

 

 ジェセの訴えに空賊たちは一瞬互いに目配せすると、子供の目隠しと猿ぐつわを乱暴に外した。

 

「喋れ」

 

 空賊に命令されて、子供は震えながら口を開く。

 

「お願い──助けて」

「君!名前は?」

 

 ジェセが問いかけると、子供は弱々しく「エナ」と答えた。

 

「エナちゃんか。よし、もっとボートをこちらに近づけてくれ!手渡しで交換したい!」

「──後ろの二人をあと五十歩下げろ。それで応じる」

「分かった!言う通りにしてくれ」

 

 ジェセの頼みを聞いてバズとウォルが下がる。

 

 空賊たちはそれを確認してからボートを浮島に着岸させた。

 

 舳先にエナが立たされると、ジェセはトランクを閉じて空賊たちに向かって差し出す。

 

 空賊が受け取った直後にエナが舳先から蹴り落とされ、ジェセが受け止めた。

 

「成立!んじゃまたな」

 

 素早くトランクを開けて金塊を確認した空賊たちは、ボートのエンジンを思い切り吹かして浮島から離れていく。

 

 駆け寄ってきたウォルにエナを船まで運ばせ、ジェセとバズは双眼鏡でボートの動きを追った。

 

 ボートは凄まじいスピードで空賊船へと戻っていき、やがて空賊船は夕闇へと消えた。

 

 

 

「はぁっ────!」

 

 潜んでいたイリヤは狙撃銃を下ろしてどっと息を吐いた。

 

 スコープに空賊たちの頭を収めていた間中、激しい鼓動が鳴り止まなかった。

 空賊の一人が人質の首にナイフを突きつけた時、思わず引き金にかけた指に力が入りかけたが、結局撃てなかった。

 

 熊と目が合った時もここまで重苦しい気分にはならなかったのに、指先が微かに震えてすらいる。

 

「もういいぞ嬢ちゃん。作戦は成功だ。ダインスレイヴに戻れ」

 

 いつの間にか戻ってきたバズに促されて何とか立ち上がり、狙撃銃の弾薬を抜く。

 

 その拍子に弾を一発落としてしまった。

 

「撃つ時に撃てるのも大事だが、撃たねぇのも同じくらい大事な判断だ。今回のは間違いじゃねーよ」

 

 察してフォローしてくるバズにイリヤは汗を拭って返した。

 

「今度は──ちゃんと撃ちます」

「ふ、そう来なくっちゃな」

 

 バズは笑ってイリヤの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 

「わっ!?」

「いつまでもシケた面してんじゃねーよ。ほら、行くぞ」

 

 そう言って先に歩き出すバズをイリヤは慌てて追いかけた。

 

 

◇◇◇

 

 

「いいね。ばっちり追跡してる。小分けにするくらいの知恵はなかったみたいだね」

 

 ジェセの言う通り、コンパスの針はブレずに一方向を指している。

 

 バズは海図上の現在位置を指差し、コンパスの針が指す方向へと指を走らせる。

 

「欺瞞針路を取るとしても、奴らの燃料事情じゃそう遠回りはできねぇ。となると──」

 

 バズの指がある空域で止まる。

 

「この辺りだな。あ〜、ノックスの領地だな」

「あ〜それは領土侵犯になるね〜」

 

 空賊を追跡してとはいえ、他の貴族家の領空及び領土への侵入──だが、二人に躊躇は見られない。

 

「ま、領地に空賊の根城なんて作られる方が悪い。それに、バ・レ・な・きゃ・問題ねーだろ?」

「だよね〜。そのためのこの船だし」

 

 ジェセの言う通り、ダインスレイヴには表沙汰にできない任務を遂行するための工夫がいくつも凝らされている。

 

 仮にノックス家の哨戒に捕まってもただの商船として誤魔化すことは可能だ。

 尤も、領内に空賊が拠点を作るのを許すような家がまともな哨戒活動をしているとも思えないが。

 

「決まりだな」

 

 そう言って煙草に火をつけるバズのところにウォルが報告に来る。

 

「バズ、迎えの船が来たぜ」

「よし、時間通りだな。んじゃ、さっさとエナちゃんを引き渡して出発するか。出すぞ」

 

 バズは火をつけたばかりの煙草を口に咥えたままスロットルレバーを押し込み、ダインスレイヴを発進させた。

 

 

 

 浮島の沖合でダインスレイヴと人質収容に来たコルベットが接舷し、エナの引き渡しと情報共有が行われた。

 

 結果、コルベットはそのままファイアブランド領に帰投することになった。

 

 人質救出に合わせて艦隊を出撃させ、救出完了後に空賊の拠点を攻撃することも検討されていたが、空賊の拠点が他家の領地にある可能性が高いと分かり、待ったがかかった形だ。

 

 いくら空賊討伐のためとはいえ、艦隊で領空を侵犯し、領内で武力を行使すれば大問題になる。

 

 そのため、ウルフパックは予定通り人質救出に向かう一方、艦隊による攻撃の可否についてはエステルの判断を仰ぐことになった。

 

 

◇◇◇

 

 

「皆聞け。針路が決まった」

 

 戻ってきたバズはキャビンに隊員たちを招集して言った。

 

「連中の逃げていく先の見当がついた。ダインスレイヴはこれより追跡を開始する。コンパスの針の向きと連中の船の速力、針路を考えると、行き先はここ。ノックス領の外れだ。よって俺たちはこれからノックス領に隠密裏に侵入することになる」

 

 バズの説明にイリヤは思わず身体が強張るのを感じた。

 いよいよ未知の領域へと赴くことになる。

 

「ま、俺たちにとっちゃいつものことだ、これまで通りにやりゃいい。明日の夜明け前には辿り着くだろうから、夜明けまでに根城を探し出して上陸を済ませ、奴らが完全に目を覚ます前に突入する。で、寝ぼけ眼の連中をサクッと片付けて、人質を救出し、ずらかる。以上だ。んじゃ、任務に備えて寝とけ。レオは俺と交代で舵取りだ。解散!」

「へーい」

 

 バズとレオが操舵室へと消えていくと、メンバーは寝棚へと入っていく。

 

 照明が落とされ、キャビンは真っ暗になる。

 

 イリヤは当てがわれたハンモックに横になり、狙撃銃を抱きしめる。

 

 今日は撃てなかったが、次こそは──

 

 冷たくなった手で銃身を握り締めて、イリヤは眠りについた。

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