俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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幕間 ファーストブラッド

「しっかり掴まってろよ!!」

 

 操舵室からバズが叫ぶ。

 

 言われなくてもそうしなければ、壁か床にぶつけて大怪我待ったなしである。

 

「ったく、ついてねーな。こんな時に時化るなんて」

 

 バズが舌打ちしながらレバーと舵輪を動かす。

 

「冬の海は女心並みに変わりやすいですからね──!」

 

 その隣でレオが軽口を叩きながら計器を睨みつける。

 

 ダインスレイヴは吹き荒れる嵐の中を進んでいた。

 当然、船体は揺れに揺れる。

 

 大型の飛行戦艦でも無事では済まない嵐の中を全長四十メートル足らずの小型船で強行突破するなど、正気の沙汰ではないが、誰もそれを指摘する者はいない。

 

 ウルフパックの隊員たちからすればいつものことなのだろうし、イリヤからしてもこの程度で狼狽えていてはエステル直属の騎士としてやっていけないという思いがある。

 

 だから歯を食い縛って寝棚の柱に捕まっていた。

 寝棚はバズとレオの分が空いていたが、ここは揺れに耐える訓練と思って使わないでいる。

 

「その割には随分機嫌ええやんか。朗報かいな!?」

 

 ライザが問いかけると、バズは「おうよ」と返す。

 

「もうすぐ追いつくぞ!」

 

 嵐の中で風に流されまくっていても的確に目的地へと飛行船を進められるあたり、バズはやはり相当な手練れなのだと実感する。

 

「雲から出ます!」

 

 レオが叫んだ直後、あれだけ続いていた揺れが明らかに弱くなった。

 操舵室の窓を叩いていた雨の音もしなくなった。

 

 バズが双眼鏡を取って闇夜の中に目を凝らす。

 

「見えた。ノックスの浮島だ。近いぞ」

「りょーかい。エンジンスロー。高度落とします」

 

 レオがスロットルレバーを引くと、ずっと唸りを上げていたエンジンが大人しくなる。

 

 バズが再び海図を広げて現在位置を確認していると、見張り台から降りてきたウォルが報告した。

 

「バズ、奴ら前にいるぞ。南南西だ」

「距離は分かるか?」

「夜が明けりゃ目で見えるくらいだろうよ」

「そうか。よぉし!全員起きろ!上陸準備だ!」

 

 バズが命令を下すと、隊員たちは慌ただしく荷物をまとめ始める。

 

「イリヤちゃん、さっさと支度して僕たちについてきな」

 

 ジェセに言われてイリヤも急いで外套を着込み、狙撃銃と弾薬を携行する。

 

 そしてジェセが壁のボタンを押すと、キャビンの床の一部が開き、下層へと続く階段が姿を現した。

 

 隊員たちはその階段を降りていく。

 

 イリヤも彼らに続いて降りていくと、そこは格納庫だった。

 

 両脇に小型艇と鎧が二機ずつ搭載され、後ろには大きな開閉扉。

 そして、開閉扉に一番近い小型艇に隊員たちは乗り込んでいく。

 

 イリヤも彼らの後に続いて乗り込み、両脇に並んだ簡素なベンチに腰掛ける。

 

 最後にバズが乗り込んできて、オープントップの操舵席に座る。

 

「出すぜ!ちぃと揺れるがゲロ吐くんじゃねーぞ!」

 

 直後、バズは思い切りスロットルレバーを後ろに倒す。

 

 小型艇は、いつの間にか開いていた開閉扉から後ろ向きに勢いよく飛び出した。

 

 そして、船尾から勢いよく風を噴いてぐんぐん進んでいく。

 どうやら風魔法を応用した特殊な機関を積んでいるようで、飛行音は静かなものだ。

 

「そろそろ岸に着くぞ」

 

 バズがそう言ってから程なく、小型艇は固い地面の上に乗り上げた。

 

「よし、全員降りろ。ハイキングと洒落込むぞ」

 

 扉が開き、イリヤは他の隊員たちと共に小型艇から降りた。

 

 そこは浮島の縁で、すぐ目の前は森だった。

 

 嵐を抜けたとはいえ、空は曇っていて月明かりはなく、真っ暗闇だ。

 

 バズが下向きにしか光が漏れないように細工されたランタンに火を灯し、コンパスを手に歩き始めると他の隊員たちはその後ろをついていく。

 

 そして二十分ほど歩いて森を抜けると、そこには崖とその下に小さな村が広がっていた。

 無秩序に増築された家と、海岸線に沿って拡張された桟橋、そこに停泊する大型の飛行船。

 

 まさに空賊の一大アジトである。

 

「あったな。連中、寄り集まって廃村に潜んでやがったのか」

「ノックスさん家はまともに見回りもしてないんだね。それとも、繋がってるのかな?」

「さあな。だが、豚共のヘッドを連れ帰りゃ、エステル様が()()()()()()()()くれるだろうよ」

「うわ〜そりゃご愁傷様だね。豚君たちもノックスさん家も」

 

 ジェセが白々しくノックス領の方向に向かって祈りの印を切る。

 

 バズは今度はウォルの方に向かって問いかけた。

 

「ウォル、人質の場所は分かるか?」

 

 ウォルは何度か二又に分かれた舌を出し入れした後、一つの建物を指差した。

 

「あのデカい建物からエナと似た臭いがする。たぶん地下牢だ」

「砦か。よし、裏手の方に回って穴を掘ろう。そうすりゃ、柵をくぐれる」

「その前に塔の見張りを片付けないと。ここから見えるだけでも二人いる」

「ならば私めに任せてあれ。これならば音がしませんゆえ」

 

 イリヤが申し出るよりも早く、ドスが名乗りを上げた。

 見ると、滑車とスコープの付いたクロスボウを手にしている。

 

 なるほど、弓ならば銃と違って音も閃光も発しない。

 受け渡し場所の浮島で撃てなかった失点を挽回したいのは山々だが、ここはドスに任せる方が理に適っている。

 

 そう考えて、イリヤは出かかった言葉を呑み込む。

 

「よし、じゃ決まりだ。移動するぞ」

 

 再び森の中を進み、砦の裏手へと回り込むと、数メートルの距離に砦の柵が見えた。

 

 ただ、その数メートルの空間は綺麗に刈り取られ、遮蔽物はない。

 迂闊に出ていけばすぐに見張り台の空賊に見つかるだろう。

 

 ここに来る前からそれが読めていたジェセの観察力には驚く。

 

 ドスがクロスボウのストックを弄ると、上半分がぱかっと開いて持ち上がり、レバーになった。

 レバーを引くと弦が引き絞られ、矢が装填される。

 

 そしてドスは木の影から半身を乗り出してクロスボウを構え──

 

「モルス・ケルタ──」

 

 何かの祈りか挨拶の言葉の直後、矢が放たれ、見張り台にいた空賊の頭を吹っ飛ばした。

 

 すぐにレバーが引かれて次の矢が装填され、別の見張り台にいた空賊も狙撃に倒れる。

 

「よし、排除完了。土成形魔法(クレイアート)

 

 ジェセが呪文を唱えると、足下の地面が大きく抉れて穴が空いた。

 

「よし、お前ら先に穴の向こうに行け。俺はちとやることがある」

 

 バズの指示通り穴に入ると、そこは即席のトンネルになっていた。

 そのまま地下室への直通を試みて阻まれたようで、突き当たりには砦の石壁が見える。

 

 その手前で縦穴ができているので、そこから出ると、目の前に扉があった。

 

 しばらくして最後に穴から出てきたバズが、ドスを呼びつける。

 

「ドス、開けろ。三十秒だ」

「お任せあれ」

 

 指示を受けてドスが工具を取り出すと、鍵穴に突っ込んで弄り回す。

 

 すぐに扉は解錠され、入口が開いた。

 

 ウォルとジェセが素早くクリアリングし、脅威がないことを確認すると、後に続くよう手招きする。

 

 中に入ると、ライザが石壁に耳を押し当てて杖で軽く小突く。

 

「構造が分かったで。地下室の周りにぐるっとトンネルが掘られとる。そこに降りる階段が左に行った先の突き当たりや」

「でかした。見張りの類はどうだ?」

「足音は上からしかせえへん。けど、おると思といた方がええやろな」

「まあなんとかするさ。いざとなったらさっき柵に仕掛けた発破で気を逸らす。んじゃ、行くぞ」

 

 ウルフパックは忍び足で地下に向けて移動し始める。

 

 地下室に続く階段を降りていくと、そこは貯蔵庫と思しき場所だった。

 

 樽や箱が雑多に積まれ、酒の瓶が所々に転がっているだけに見えるが、違和感が一つ。

 突き当たりの壁に大きな穴が空いていた。

 

 どうやら穴は地下室の石壁に沿うように掘られているようで、左右にトンネルが続いている。

 

「左だ。人の匂いがする」

 

 ウォルがトンネルの奥を指し示し、一行は左へと進んでいく。

 

 やがてウォルは一つの扉の前で足を止めた。

 

「ここだ」

「ふむ。錠前はこの掛け金だけでございましょうか。すぐに解錠して──」

「いや、この程度これで充分だろうが」

 

 扉を検分するドスを遮ってウォルは掛け金を引っ掴むと、マッチ棒か何かのようにあっさりと圧し折った。

 

 扉が開けられ、ランタンが差し込まれる。

 

「誰かいるか?助けに来たぞ」

 

 バズが足を踏み入れて奥までランタンで照らすと、隅で身を寄せ合っている子供たちの姿が見えた。

 

「お〜い、生きてるか?助けに来たぞ?」

 

 バズの呼びかけに年長と思しき一人の子供が顔を上げる。

 

「──誰?」

 

 か弱い声で精一杯の警戒感を込めて、子供は問いかけてくる。

 

「俺たちはウルフパックだ。エステル様の命令で助けに来た。もう安心だ。お家に帰れるぞ」

 

 バズはしゃがんで目線の高さを合わせ、ランタンで軍服のエンブレムを照らしながら、優しい声で答えた。

 

「エステル様の──?」

「そうだ。さ、ここを出てお家に帰ろうぜ」

 

 担ぎ上げて運び出すでもなく、子供を説得しようとするバズに思わず頬が緩むイリヤだったが、ふと違和感に気付く。

 

 人数が合わない。

 攫われたのは八人と聞いている。

 解放されたエナを除けば七人いるはずだが、五人しかいない。

 

 果たして、その違和感の答えは子供たちの口からもたらされた。

 

「だめ──まだお母さんたちが」

「そうなんです!お母さんとニナのお母さんが上に連れて行かれてるんです。助けてください!」

 

 年長の子と、もう一人の少年がバズに縋り付いて訴える。

 

「そうか。だが安心しろ。ママたちもきっちり助けてやるから。ほれ、さっさと立つんだよ」

 

 バズに手を引かれて年長の子が立たされると、他の子供たちもおずおずと立ち上がった。

 

 そのまま来た道を戻って地上に出ると、バズが指示を出した。

 

「ライザ、このガキ共を柵の外まで連れて行っておいてくれ。他の連中は俺と来い。ママたちを探す」

「分かったわ。ほな行くでチビたち。しっかりついて来いや」

 

 ライザが子供たちを連れて出ていくと、辺りの匂いを嗅いでいたウォルが一つの家を指差した。

 

「あの家に空賊共が集まってやがる。酒と肉の臭いがする」

「お前が初っ端から嗅ぎ付けられなかったってことは相当キツいの呑んでやがるな?けしからん。押収に行くぞ」

「ははっ、罪状がまた一つ増えたね〜」

「おやおや、よく見れば歩哨の一人もおらっしゃらないではございませんか。これは大変いけませんねぇ。頂いてくださいとしか聞こえませんねぇ」

「ははっ、酒とあのガキ共のママたちを美味しく頂いてる雄豚共を俺たちが美味しく頂くってか。傑作だ!少なくとも俺はノンケだけどな!」

 

 おどけた風に言うバズたちだが、次の瞬間には獲物を狙う猛獣のような気配を纏う。

 

「んじゃ、行くか」

 

 バズのその一言でウルフパックは坂道を駆け下り、廃村へと侵攻する。

 

 そして目標の家を素早く包囲して逃げ道を塞ぎにかかる。

 

 バズは正面玄関、ジェセは勝手口、ドスとウォルは窓。

 イリヤには指示がなく、仕方なくバズの後ろについていった。

 

 配置についたことを確認するや、バズは玄関の扉を派手な音と共に蹴破った。

 

 奥の暖炉の前に群がっていた半裸の空賊たちが一斉にギョッとした顔でこちらを見る。

 

 彼らの後ろに二人の女性が裸で横たわっているのに気付いて、イリヤは一瞬で頭に血が上った。

 

 だが、イリヤが狙撃銃を構えるよりも早く、バズが拳銃を抜き、窓や勝手口からウルフパックのメンバーが突入してくる。

 

「お取り込み中のところ悪ぃな豚共。出荷の時間だぜ!」

 

 外れにいた数人をバズが拳銃の連射で片付けると、他の三人が暖炉の周りを掃討にかかった。

 

 ジェセに魔法杖で殴り倒され、ドスに曲がりくねった蛇のような短剣で刺され、ウォルに鱗付きの剛腕で叩きのめされて、瞬く間に空賊たちは無力化される。

 

 そして突然のことに呆気に取られている二人の女性に、イリヤは毛布を拾ってかけた。

 

「怖がらないでください。もう大丈夫です。助けに来ました」

「助けに──?」

 

 信じられなかったのか、女性の一人がイリヤとバズたちを交互に見やる。

 

「俺たちはウルフパックだ。エステル様の命であんたらを助けに来た」

 

 バズが出したエステルの名前に、恐怖に染まっていた二人の目が光を取り戻す。

 

「──エステル様の?」

「そうだ。あんたらはアンナとイルヴァ、で合っているよな?」

「は、はい。私がアンナです」

「イルヴァです。それで、その、私たちの他にも──」

 

 子供たちのことを案じているらしい二人だが、バズがそれを遮った。

 

「あんたらのガキ共は一足先に助けてあるから安心しな。歩けるか?」

 

 バズの問いかけに二人が答えるよりも早く、ウォルが向かってくる気配を嗅ぎ付ける。

 

「そう悠長にはやってられねーぜ。さっきの銃声を聞かれたみてぇだ」

「あ、やべ。んじゃウォル、担いでくれ」

「ぜってぇわざとだろ、ったく。揺れるけど辛抱しろよ」

 

 有無を言わさずウォルがアンナとイルヴァを担ぎ上げると、破壊した玄関から外に出る。

 

「何だお前ら!何して──」

「黙れ」

 

 そこで銃声を聞きつけて様子を見に来たらしい空賊と鉢合わせになるが、すぐにウォルの強烈な蹴りを喰らって首が飛ぶ。

 

「あ〜ぁ。何も見なかったことにして引き返していれば命は助かったのにね〜」

 

 地面に倒れ込む首なしになった空賊を見てジェセが軽薄に吐き捨てた直後、複数の発砲音が響き、家の壁に穴を開けた。

 

「本式に気付かれたか。全員森まで走れ!」

 

 バズの号令で一行は森へと走る。

 

 追手は次々に銃撃や魔法を放ってくるが、その全てをジェセの展開したシールドが弾き、お返しに攻撃魔法が放たれる。

 

 ただ、敵もやられっ放しではいてくれなかった。

 

「おやおや?随分と過敏ですね。鎧がお出ましにされましたか」

「鎧ィ?」

 

 振り返ると、港の辺りから数機の鎧が飛び立ち、こちらに向かってくるところだった。

 

 森まではまだ距離があり、どう見ても逃げ込むには間に合わない。

 

「速い。追いつかれますよ!」

 

 どうするつもりなのかとイリヤは思わずバズの方に叫んだが、彼は慌てていなかった。

 

「こういう時のためにレオの野郎を残しておいたのさ」

 

 その直後。

 

 追ってきていた鎧がどこからともなく飛んできた魔弾に貫かれ、爆散した。

 

『ロキ、見参!!』

 

 聞き覚えのある声と共に現れたのは赤く光る六つ目のバイザーを持つ細身の鎧だった。

 

 コックピットのある胴体の上半分以外殆どフレーム剥き出しにも見える華奢な体格だが、多眼の昆虫を思わせる異形の頭部と鉤爪の付いた鋏のような手、闇夜でも分かる深紅の塗装が禍々しさを感じさせる。

 

 ロキと呼ばれたその鎧が追手の前に立ちはだかるように着地すると、数発の銃弾や魔法が放たれるが、当然効果はない。

 

『効かねぇなァ!そんな豆鉄砲じゃ!』

 

 ロキが空賊たちに掌を向けると、魔法陣が浮かび、紅蓮の炎が噴き出した。

 

 たちまち追手の空賊たちは荒れ狂う炎に包まれて消し炭と化す。

 

「ははっ!ナイスタイミングだぜ。この間にずらかるぞ!」

 

 サムズアップして再び飛び立つロキを尻目に一行は再び走り出し、森でライザと合流を果たした。

 

「お母さん!」

「ジム!皆も無事でよかった!」

 

 全員が揃い無事を喜び合う人質たちだが、任務はこれで終わりではない。

 

「感動の再会を喜んでるとこ悪いが、無事に家に帰るまでが脱出だ。さっさとこの森を抜けてダインスレイヴに戻るぞ」

「それならええもんがあるで。砦の裏手に留めてあったんや」

 

 ライザが指し示したのは荷馬車だった。

 

 古びているが、人質全員が乗れそうな大きさだ。

 

「でかした。ウォル、引っ張れるな?」

「任せろ」

「よし、皆乗れ!」

 

 バズとウォルが人質たちを抱えて荷馬車に放り込み、最後にライザが御者台に座ると、ウォルがハーネスを掴んで走り出す。

 

 だが、残ったバズたちは動かない。

 

 走り出そうとしたイリヤは思わず立ち止まって問いかける。

 

「え?あの、船に戻らないんですか?」

「ウォルとライザがいりゃ、無事に船まで戻れる。俺たちはまだやることがあるんだよ」

 

 バズが指差す方向には空賊たちのアジト。

 

 東の空が白み始め、さっきよりもよく見えるようになっている。

 

 その上空でまた上がってきた新手の鎧とロキが空中戦を始めようとしていた。

 

『お、やっぱりまだ鎧隠してやがったか!いいね、踊ろうぜ!』

『抜かせ赤蠍!』

『今日こそがてめえの最期だ!』

 

 先頭の二機とロキがかち合う寸前、突然ロキが十機近くに増えた。

 

『なっ!?』

 

 混乱する空賊の鎧をロキが取り囲み、そのうちの一機から放たれた魔弾が撃墜する。

 

『そこか!』

 

 魔弾を放ったロキ目掛けてもう一機の鎧が発砲するも命中せず、今度は別のロキから魔弾が放たれてまた撃墜。

 

 後続の空賊機も訳が分からないようで、ロキ一機によって十機以上の鎧が手玉に取られていた。

 

「レオの野郎が鎧を引き付けている間に豚共の飛行船を壊す。でなきゃ追いかけられるし、そうでなくてもここから逃げちまう。ついでに連中のヘッドの一人でも捕まえる。どうだ嬢ちゃん、やるか?別にライザたちを追いかけて船に戻ってもいいぜ?」

 

 バズの問いかけに迷うことはなかった。

 

「ッ!?やります。やらせてください!」

「良い返事だ。んじゃ行くぞ!」

 

 イリヤたちは再び空賊のアジトの方へと駆け出した。

 

 

 

 どんな巧妙な戦法でも何度も使えばさすがに学習される、というのは今回も例外ではないようだった。

 

 得意の幻術を使ったデコイで敵を欺瞞して翻弄するレオだが、敵が集結するに連れて欺瞞が通じなくなる。

 

 デコイはそのままでは単調な動きしかせず、うまく欺くにはレオが操作する必要があるが、それでも僅かな違和感は出る。

 そして使えるデコイの数は無限ではない。

 

 最後のデコイが撃ち抜かれて霧散すると、残った本物のロキに敵機が群がってくる。

 

「デコイも魔弾も残弾ゼロか。でも、もうちょっと稼がないとな」

 

 レオは溜息を吐いて、戦術を切り替える。

 

「さて、第二幕。祈ろうか」

 

 獲物を射つ時のドスの真似をして祈りの印を切ると、操縦桿を押し込む。

 

「赤蠍の真髄、とくとご覧じろ」

 

 その言葉と共にロキのギミックが起動する。

 

 背中に折り畳まれていた大型のアームが展開され、先端に仕込まれた飛槍の鋒がギラリと光る。

 そしてポールドロンとガントレット、脚部からも仕込まれていたブレードが次々にせり出し、射出体勢に入る。

 

 そのままロキは錐揉みしながら向かってくる敵機に突っ込んでいく。

 

 そして敵機とすれ違うその瞬間。

 

「チクってするぜ」

 

 射出体勢のブレードが一斉に発射され、ロキを避けた敵機に次々に突き刺さった。

 

 そしてブレードは突き刺さった直後に魔法を発動して燃え上がる。

 コックピットに刺さっていればパイロットが、背中に刺さっていれば動力部が、たちまち炎に包まれて焼き尽くされる。

 

 そして正面に来た敵機には──

 

「取っておきをやるよ」

 

 背部のアームから射出された飛槍が深々と突き刺さる。

 

 一瞬で五機を撃墜したが、それでも掻い潜って懐に飛び込んでくる敵がいた。

 

 振り下ろされた巨大な片刃剣を盾を兼ねた腕のシザーで受け止めると、クローが刃負けして小さな破片が飛び散る。

 

『やはり貴様か赤蠍!ファイアブランドの毒蟲が!』

 

 接触したことで聞こえてくる相手の罵声に、レオは大袈裟に嘆息する。

 

「毒蟲だなんて心外だなぁ。せめて益虫でしょ。お前らみたいな害虫を退治してんだから」

『害虫だと!?そうかよ。貴族様にとっちゃ俺たちは虫ケラってわけか!クソが!訳分からん理由で俺たちから血税をむしり取るクソ貴族こそ血を吸う害虫だろうが!虫が虫のために手柄立てていい気になるんじゃねぇ!!』

 

 罵倒しながらも片刃剣をさらに強く押し込み、緊急加速まで吹かしてくる敵機にロキが押され始める。

 

 だが、レオは慌てない。

 

「その意見には一理あるね。でも──エステル様まで害虫呼ばわりは許されないよ?」

 

 直後、ロキの背部から虫の脚のような四対のアームが展開し、一斉に先端の鉤爪を敵機に突き立てた。

 

『ぐあああああ!!』

 

 八本の鉤爪に串刺しにされた敵機のパイロットの断末魔が響き渡る。

 

 だが──

 

『やってくれたなクソが!だがてめぇも道連れだ!死ね!!』

 

 敵機は串刺しにされたまま最後の力を振り絞って爆弾を取り出し、アームに信管を叩き付けた。

 

 大爆発と共に敵機は爆散し、同時に敵機を串刺しにしていたロキのアームも吹っ飛んだ。

 そればかりか、片刃剣を受け止めていたシザーも腕ごと破壊された上にバイザーも全て破片でやられてしまい、ロキは戦闘能力を喪失してしまった。

 

「あぁくそ。空賊のくせに腹括り過ぎだろ。これ高いんだぞ」

 

 開けたハッチからボロボロになったロキを見てレオは毒づく。

 

 コックピットだけは重装甲だったので、レオ自身は何ともなかったが、バイザーをやられて視界を奪われたのは痛い。

 

 おかげで吹き曝しの無防備な状態で残った敵と戦わなければならなくなった。

 

「そろそろ潮時かな」

 

 これ以上はもう無理だと判断したレオは一転して逃げに入る。

 

『待ちやがれ!』

『兄貴たちの仇だ!』

 

 戦闘能力を失ったロキを残った敵機がライフルを撃ちながら追いかけてくる。

 

 反撃の術はなく、もはや追いつかれて撃墜されるのは時間の問題と思われたが──

 

『そのまままっすぐだ。後は任せろ』

 

 そこに入った通信にレオは勝利を確信する。

 

 回避機動をやめたロキに、チャンスと敵機が照準を合わせた、その直後。

 

『上だ!!』

 

 上空から急降下してきた鎧がその手に持った長大なパイクで敵機を串刺しにした。

 

『よくもウチの領地を荒らしてくれやがったなゴミ共!このヒューゴ・ホプキンスがこの手でパイクの錆にしてやるよ!』

『ば、馬鹿な──まだ鎧が──』

 

 突き刺さった空賊の鎧はまだ生きているようで、逃れようともがくが、ヒューゴは容赦なく鎧をパイクごと地面に叩きつけた。

 

 地面に深々と突き刺さってパイクが大きくしなり、ヒューゴはその反発力を活かしてさながら棒高跳びのように急上昇していった。

 

 後に残されるのは地面に叩きつけられて大破した鎧の残骸だけだ。

 

「うわーえげつねー。さすが【百舌鳥】のヒューゴさんだな」

 

 冷や汗を浮かべて呟くレオの目の前で後続の鎧が残った敵機も次々に串刺しにしていく。

 

「時間ぴったり。やっぱりエステル様の精鋭部隊は違うね。あ〜やっぱりエステル様最高だわ」

 

 うっとりした顔でエステルを称えながら、レオは戦場を離脱してダインスレイヴへの帰途に就いた。

 

 

 

「友軍!?」

 

 上空に現れた味方の鎧部隊を見てイリヤは驚愕した。

 

 ついさっきまで自分たちは地上で、レオは上空で多数の敵に苦戦していたのに、今や上空から敵機は一掃され、地上の敵も上空からの掃射で壊滅している。

 

 その答えはバズの口からもたらされた。

 

「ああ、お前らが寝ていた間に通信が入っていてな。鎧の一個中隊を乗せた飛行船を向かわせたから誘導しろってんで、誘導波を出しておいたのさ」

「なるほどね。やけに派手にピストルをぶっ放していたのはそれか」

 

 ジェセが得心が行ったという風に言うが、バズは少し違った答えを返す。

 

「まあそれもあるが、たまにはぶっ放さねーと俺が誰か忘れられちまうからな」

「おやおや、【早撃ちのバズ】の名がそう容易く廃るとは思われませんが?」

「ははっ、そりゃありがてぇが、腕が鈍って名前負けしちゃ困るしな?それに、今回ばかりはあんまり地味に簡単に終わっちゃ仕事にならねーからよ」

 

 バズがイリヤの方を見る。

 

「どうだ嬢ちゃん、一人くらいはやれたか?」

「──いえ」

 

 イリヤは力無くかぶりを振るしかない。

 

 ここに来るまでに撃つチャンスなら何度もあった。

 

 だが結局即座に撃つことができないままチャンスを逃し、敵は他のウルフパックの隊員たちと上空の友軍機によって粗方掃討されてしまった。

 

「だそうだ。俺たちの仕事は人質の救出、それと嬢ちゃんに戦争処女を卒業してもらうことだ。それが終わらなきゃ片手落ち。俺たちの報酬は半減、嬢ちゃんは最終試験に落第。嫌だろ?そんなの」

 

 イリヤははっきりと頷く。

 叶わないと思っていた夢が叶うチャンスであり、恩人に報いるための務めでもあるのだ。

 何が何でもやり遂げなくてはならない。

 

「なら最後のチャンスだ。あの飛行船を制圧して出航を阻止し、豚共のヘッドを生捕りにする。邪魔する豚は殺す。やれるな?」

「はい!!」

 

 残っている敵は、対空砲火を上げ続けている空賊船とその周囲で抵抗し続けている鎧数機だけ。

 

 逆に言えば、鎧と飛行船のシールドと速射砲が連携しているせいで上空の友軍機は効果的な打撃を与えられていないとも取れる。

 

 このまま手をこまねいていては飛行船が出航し、航続力に物を言わせての逃走を許しかねない。

 

「ではかかるぞ!クライマックスだ!」

 

 号令一下、イリヤたちは隠れていた物陰から飛び出して港を駆け抜ける。

 

 鎧からの掃射であちこち破壊された桟橋を渡り、散乱した荷物や鎧の残骸に隠れながら飛行船へと忍び寄ると、架けられたままの網梯子を上る。

 

 上がった先の目の前で速射砲を操作していた空賊たちはバズが二丁拳銃の連射で瞬く間に薙ぎ倒し、その向こうの速射砲はジェセが炎魔法を浴びせて砲弾ごと誘爆させた。

 マストの上にいた狙撃手はドスがクロスボウで排除する。

 

 イリヤはその動きについて行くだけで精一杯だった。

 取り回しが良いとは言えない狙撃銃を持ったまま走り回って、接敵と同時に照準し、発砲するというのは非常に難儀なことだ。

 

「おぉっと!?鎧だ!船室に張り付け!」

 

 咄嗟に命じられた通りに船室の外壁に身を寄せると、こちらを撃とうとして逡巡した鎧が友軍機によって撃墜されるところだった。

 

 撃つのを躊躇ったということは、この船室には空賊の幹部がいるのだ。

 

 そう確信した直後、近くの扉が開き、武器を持った空賊たちが出てくる。

 

「いたなぶっ殺してやる!」

 

 先頭の空賊が拳銃をイリヤの方に向けてくる。

 

(撃たれる!?)

 

 狙いなど定めている暇はなく、とにかく銃口を相手に向けるためにイリヤは身体ごと腕を動かす。

 

 動け!動け!私の腕!私の指!

 今撃たないでいつ撃つんだ!

 

 銃口が空賊の方を向き、指が引き金を引くまで、体感で数十秒はかかっているように思える。

 

 そしてイリヤの狙撃銃よりも先に相手の拳銃の方が一瞬早くイリヤを捉え、撃鉄が落ち、閃光が発せられる。

 

 二つの銃声と甲高い金属音が響き、空賊は胸に銃弾を受けて吹っ飛ばされたように倒れた。

 

 イリヤの前には半透明のシールドが張られ、狙撃銃の銃身だけがその向こう側に突き出ていた。

 

「よく撃った。これで卒業だよ」

 

 ジェセの声がして、後続の空賊たちが炎に包まれる。

 

 悲鳴を上げて船内に逃げ帰る空賊たちだが、倒れた一人だけは動かずに甲板に横たわっている。

 

 ──撃った。

 初めて人間を撃った。

 

 そのことを認識して湧き上がったのは嫌悪感でも罪悪感でもなかった。

 

 こんなものか、とあっさりと受け入れてしまっていた。

 

 あれだけ撃てずにいたのは何だったんだろう。

 

 気付けばあれほどうるさく、目まぐるしかった戦闘が上から俯瞰でもしているかのように静かに、はっきりと見えるようになっていた。

 

 ボルトを引いて次弾を装填し、ブリッジの窓から魔法を放とうとしていた空賊の顔面を撃ち抜く。

 

 もう一人いたが、そちらはドスが倒した。

 

「ほう?それが真打ちってわけか。面白い。援護しろ!」

 

 いつの間にか四つ爪のアンカーが付いたロープを手にしたバズが、頭上でロープをぐるぐると回したかと思うとブリッジの窓へと放り投げた。

 

 アンカーが窓枠に引っ掛かり、ブリッジへの梯子が掛かる。

 

 すかさずジェセが土魔法を使い、アンカーを泥で覆って固めた。

 

 空賊がアンカーを外そうと窓に現れるが、イリヤが空賊の顔面を撃ち抜き、ドスがクロスボウで手榴弾を窓に撃ち込んで援護する。

 

 その間にバズは猿のような素早さでロープを上り、窓からブリッジに飛び込んだ。

 

 十数発の銃声が響き、やがてブリッジは静かになる。

 

 窓からバズがサムズアップし、上がって来いと合図するので、イリヤたちもロープを伝ってブリッジに戻る。

 

 中は既に制圧され、数人の死体と共に一際派手な格好をした空賊が脚を撃ち抜かれた状態で気絶して床に転がされていた。

 

 バズとドスが手分けしてブリッジの機械を弄り、飛行船の上空を覆っていたシールドが消滅する。

 

 ジェセは魔法で制圧完了を示す信号を打ち上げていた。

 

 そしてイリヤはバズの指示で伝声管に向かって呼びかける。

 

「残っている空賊たちに告げます。速やかに降伏しなさい。貴方たちのボスは既に捕虜としました。繰り返します。速やかに降伏しなさい。そうすれば命は助けます」

 

 外を見れば、空賊の鎧は全滅し、反対側の甲板で抗戦を続けていたらしい速射砲もブリッジ陥落を悟って白いシャツを振っていた。

 

 上空に留まっていた味方の鎧が次々に甲板に降り立ち、空賊たちに武器を突き付けて武装解除していく。

 

 その光景を昇ったばかりの朝日が照らしていた。

 

 ──終わった。

 任務をやり遂げた。

 

 しばらくしてその実感が湧いてくると、力が抜けてイリヤは壁に寄りかかり、すとんと床に腰を落とした。

 

 静かになっていた世界に音が戻り、鋼のように冷たく鋭利になっていた頭に感情が戻ってくる。

 

 今更のように身体が震え出して、しばらく止まらなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 空賊のアジトは資材を回収した後破壊することになった。

 

 戦闘を察知して出張ってきたノックス子爵家の私設軍とファイアブランド軍との間で交渉が行われ、表向き空賊を討伐したのはノックス家ということにするのと引き換えに、領土侵犯の不問と戦利品及び空賊たちの身柄のファイアブランド家への引き渡しが決まったのである。

 

 イリヤはバズたちと共にダインスレイヴに乗り込み、ノックス軍と共に艦砲射撃で空賊のアジトを破壊する中型飛行戦艦を横目に、帰途に就いた。

 

 日数にして四日と少しだが、何週間も経ったように感じられる。

 

 港に帰り着くと、人質たちは事情聴取と診断のために兵士たちに連れられていった。

 彼女たちが故郷に帰れるのはまだ少し先のことになりそうだ。

 

 そして、静かになったタイミングでバズが一枚の手紙を渡してきた。

 

「推薦状だ。これがねーとエステル様直属の騎士にはなれねぇ。つまり、この紙切れがお前の合格通知書ってわけだ。受け取んな」

「ッ!ありがとうございます!」

 

 イリヤは両手で丁重に手紙を受け取った。

 

「ほれ、エステル様が屋敷でお待ちだ。いつまでもお待たせしてないでさっさと参内しな」

「はい。四日間お世話になりました」

 

 一礼して、イリヤは歩き出す。

 

 すると、背後からバズが声をかけてきた。

 

「イリヤ」

 

 初めて「嬢ちゃん」ではなく名前で呼ばれたことに気付き、イリヤは思わず振り返った。

 

「幸運を」

 

 バズは見たことのない優しげな父性すら感じさせる微笑みを浮かべていた。

 

 イリヤは彼の方に向き直り、踵を揃えて敬礼で返す。

 

 すると次の瞬間、バズは破顔して舌を出した。

 

「バ〜カ」

 

 思わず面食らったイリヤに、バズはまた元通りの飄々とした顔で言った。

 

「俺たちにはそんなお上品なモン要らんっつったろ?」

 

 

◇◇◇

 

 

「確かに受け取った。最終試験合格だ。おめでとうイリヤ」

 

 バズからの推薦状を確認したエステルが祝福の言葉をかけてくる。

 

 以前見た時よりも遥かに背が伸び、顔立ちも大人びて凛々しくなった彼女は同性でもハッとするほど美しい。

 

「正式な叙任式は来週だ。それまでは非番になるから、お祖父さんの墓参りでもしてきたらどうだ?」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」

「馬を一頭貸してやる。それで行くといい」

 

 エステルが素早く紙を取って許可証を書き上げ、サインをしてイリヤに渡してきた。

 

「ご配慮感謝いたします」

「いいってことよ。じゃ、早速行きな」

 

 頭を下げて、部屋を辞した。

 

 そうだ、家族にお土産を買って行こう。

 両親はともかく、弟妹たちは村の外のものに興味津々だったから。

 

 そう考えて、街の菓子店へと寄り道するイリヤだった。

 

 

 

 馬の背に揺られて丸一日。

 

 カルティアイネン家のある村に帰り着いたイリヤは村人たちから盛大な歓迎を受けた。

 

 以前は女のくせに騎士だの狩人だのになりたがると奇異の目で見ていたのに、変われば変わるものだ。

 

 しばし彼らの声援に応えてあげてから、墓地に向かった。

 

 簡素な石が載せられただけの塚が並ぶ墓地に、少しだけ大きく上等な石が載ったものがある。

 そこが祖父ボリスが葬られた墓だった。

 

 昔は英雄としてもてはやされていたボリスにしては質素過ぎるようにも思えるが、彼は華美を好む性質ではなかった。

 それに、ボリスとずっと確執があった父グスタフは葬儀にわざわざ大きな費用をかけなかった。

 

 そのボリスの墓に、冬雪の下に咲く野草の花束を供える。

 それと、狩りの後によく呷っていた安酒も。

 

 墓前で手を合わせて祈りを捧げてから、イリヤは報告する。

 

「じいちゃん。私、騎士になれたよ」

 

 墓前に腰掛けて、ポケットからスキットルを取り出し、墓前に供えたのと同じ安酒を一口呷る。

 

 かつて共に狩りをしていた頃はよく晩酌に付き合っていた。

 狩った獣の肉を肴に酒を飲む時が一番生を実感するとか言っていたっけ。

 

 でもきっと嘘だ。

 少なくともイリヤから見れば獲物を追って山を駆けている時が一番生き生きしていた。

 

「パイロット課程を修了したと思ったらまだ最後の試験があるって言われた時はまだあるのって思ったけどさ。やっぱり全然違ったね。ちっとも撃てないし、撃ったら撃ったでその瞬間は何ともなかったのに、後になって感触と音と臭いを思い出すんだ」

 

 イリヤは最終試験の内容と初めて人を撃った時のことを墓に向けて語った。

 

 訓練場の林で他の訓練生とペイント弾で撃ち合った時や、鎧での模擬空戦を戦った時、誰も血は流さなかった。

 自分が撃たれても痛いだけで命の危機を感じたことはなかった。

 

 だが、実戦では違う。

 殺すか、死ぬかだ。

 

 優秀な味方が粗方片付け、早撃ち勝負での負けを味方の守りで覆すという甘やかされた戦いだったが、楽なんてことはなかった。

 

 ボリスが人間の戦は嫌いだと言っていた理由が今なら少し分かる。

 未熟で甘やかされた自分が全部分かるとは思わないし、分かってしまえばボリスと同様戦えなくなるかもしれない。

 

 それでも、それが守るということなのだ。

 家族が、民が、平和に暮らせるように痛みと苦しみと恐怖を引き受ける。

 

 昔漠然と思っていたようなキラキラした格好良いものではないけれど、それでもとても気高く尊い仕事だと思う。

 

「だからね、やっぱり私、騎士になる夢をあそこでもう一度持ったこと、後悔はしてない」

 

 半ば自分に言い聞かせるように言って、スキレットの中身を一気に飲み干した。

 

 冷たい風雪に晒されて冷えた身体が熱を帯びてくる。

 

「また来るね」

 

 イリヤは立ち上がって、墓地を後にした。

 

 すぐに舞い始めた吹雪がその姿を覆い隠した。

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