俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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メダリストに原作アニメとシングレと九ジェネと観るものが多くて時間が過ぎるのが早かった──


それぞれの事情

 放課後。

 

 大人数で使う豪奢な茶会室に通された俺は、出された紅茶に舌を巻いた。

 

 さすが公爵令嬢のいる席に出されるものは格が違う。

 四隅に監視が立つ重苦しい雰囲気の中に閉じ込められているのを忘れそうになるくらいだ。

 

 おっと、今の状況を説明しようか。

 ダンジョンの授業の翌日、アンジェリカの取り巻きから呼び出しを受け、有無を言わさずこの部屋に連れてこられた。

 オリヴィアは呼ばれていないとのことで俺だけ。

 図書室に向かうオリヴィアをティナに任せて、俺はアンジェリカとのお話に向かった。

 

 やはりダンジョンでの一件で彼女の興味を引いたらしい。

 ひとまず作戦は成功と言って良さそうだ。

 それと先日送った付け届けの返礼も兼ねているのかもしれない。

 

「素晴らしいお茶ですね。特に香りが見事」

「口に合ったなら良かった。私のお気に入りなんだ」

 

 テーブルの向かい側で同じ紅茶を飲むアンジェリカが微笑みを浮かべる。

 前回のような剣呑な空気はそこにはない。

 

「こうしてお茶を飲むのはお前が王宮に来た時以来だな。あの時は私は給仕役だったが」

「月日が経つのは早いものですね。公爵はお元気でいらっしゃいますか?」

「すこぶる快調だよ。お前の方こそどうなんだ?立て直しに苦労したと聞いたが」

「最近ようやく人様をお招きできるくらいになったところです。まだまだ先は長いですよ」

 

 失礼にならない程度に近況を話し合い、探り合う世間話の時間がしばらく続く。

 お茶会は商談とは違ってこの時間が冗長なのだ。

 

 やがて話題は昨日のダンジョンの授業へと移る。

 

「それはそうと、昨日はよくやってくれたな。見事な活躍だった」

「恐れ入ります」

「お前が強いのは知っていたが、指揮官の才能もあるようだな。咄嗟の判断に味方との連携──特にアークライトとは息がぴったりだったじゃないか」

「毎朝剣の稽古に付き合ってもらっていますからね。ありがたい限りですよ」

 

 急に出てきたクリスの名前にやや言葉を選んで答えた。

 

 忘れそうになるが、俺は女だ。

 あまりクリスと親密だという印象を抱かれては色々と困る。

 最近ユリウス殿下絡みでピリピリしているとエリスも言っていたし。

 

「そうなのか?それだけにしては随分と親しい様子に見えたが」

 

 やはりというか、アンジェリカは少々疑っているようだ。

 たしかにクリスにはつい面白くて同性同士のような距離感で接してしまったところはあるからな。

 

 だが、ここはきっぱり否定しておかなくてはならない。

 

「お戯れを。ただの友人ですよ。あるいはライバルと言うべきでしょうか」

 

 アンジェリカは「そうか」と言って紅茶を一口飲んだ。

 

「まあ、線引きをきちんとしているならとやかくは言わないが──間違ってもあの女のような真似はするなよ」

 

 そう釘を刺してくるアンジェリカの目つきは先程よりも鋭かった。

 

「あの女というと、殿下たちと同じ班にいたマリエのことですか?」

「なんだ、知っていたのか?」

 

 アンジェリカは意外そうな顔をする。

 

「はい、授業の時同じ班のセヴァリーさんから聞きました」

「セヴァリー──エリスからか。どこまで聞いている?」

「殿下を初対面で平手打ちしたことと、最近では殿下たちの関心を一手に受けていることくらいですね」

「それくらいなら、噂になっている程度ということだな。だが、実際はもっと深刻だ。授業の班分けの時の様子を見ただろう?最近私と顔を合わせる度にあれだ。殿下も取り巻きの連中もあの女の言葉を盲信して周りの言うことにまるで耳を貸さない。おまけにあの女に取り入って殿下たちに近づこうとする者まで出る始末だ」

 

 アンジェリカはそう言って溜息を吐く。

 

「それは──大変ですね」

「お前も他人事ではないぞ。あの女、まだ飽き足らないのかアークライトにも粉をかけようとしている」

 

 薄っぺらい同情の言葉をかけたら、返ってきたのは聞き捨てならない言葉だった。

 

「──彼女がそう言ったということでしょうか?」

「そうだ。殿下にお前のことを悪様に伝えてアークライトを心配するふりをしていた。お前はあの女と揉めたことがあるようだな?」

 

 問われて思い出すのは、裏庭の入り口での一件だ。

 あのことが都合良く捻じ曲げられて伝わっているらしい。

 

 ──さすが悪人だ。自分に都合の良い情報だけを誇張して伝える。

 

「はい。正確には鉢合わせたオリヴィアに対して彼女が暴言を吐き、暴力沙汰になりかけたところを私が止めました」

「それはいつのことだ?」

「入学式から程なくですね。たしか──」

 

 日付を伝えると、アンジェリカは目を見開く。

 

「──あの日か。そのことは私から殿下に伝えておこう。だが、お前も気を付けろ。これ以上あの女に誑かされる者を増やすわけにはいかない」

 

 そう言うアンジェリカの表情は真剣そのものだった。

 自分の怒りや悲しみを堪えて他人の心配をしている。

 

 見ていて哀れに思えてくるいじらしさだが、実を結ぶことはないだろう。

 肝心のユリウス殿下が身勝手な悪人なのだから。

 

 ただ──俺に不利益をもたらすとなると、見過ごせないな。

 ユリウス殿下や他の連中が誑かされるのは別に知ったことではないが、クリスを誑かされるのは困る。

 

 あいつがマリエ相手に現を抜かして鍛錬を疎かにでもすれば、せっかくの貴重な手加減なしで打ち合える稽古相手が駄目になってしまう。

 

 ここはひとつ、釘を刺しておくか。

 一応アンジェリカに話を通した上でだが。

 

「私がマリエと直接話をしましょうか?」

 

 提案すると、アンジェリカは一瞬考え込むが、かぶりを振った。

 

「やめておけ。どうせまた殿下に良からぬ形で吹き込まれる。そうすればお前の立場が悪くなるだけだ」

 

 憎まれ役は自分一人で充分ってか?

 実に素晴らしい自己犠牲精神だな。嫌な思い出が蘇る。

 それじゃ何も変えられないし、自分が損するだけだ。

 

「黙って見ていろ、と?」

「殿下たちに関してはそうだ。お前はアークライトに私からの情報を伝えて注意を促してくれればいい。あいつの婚約者にも連絡はしているが、普段学園にはいないからな」

 

 意地でも俺に頼る気はないらしいが、事態は明らかに彼女が何とかできる範囲を超えている。

 

「──公爵には相談なさらないので?」

「駄目だ。学園内のことは学園内で処理する。外部からの横槍を許せば収拾がつかなくなるからな」

 

 国の未来に関わることなのだから、早期に大人たちに相談するのは悪いことではないと思うが、柵や体裁といった事情があるのだろう。

 

 なら、今のところはお望み通り様子見といくか。

 

 元々アンジェリカのことはコネとして利用するだけのつもりだったし、失脚もののヘマでもしない限りわざわざ助けてやることもない。

 

 それにユリウス殿下に睨まれるのは俺としても望ましくないしな。

 まして、女の言い分がまかり通る形での冤罪でそうなるなど二度と御免だ。

 

「分かりました。クリスにはしっかりと伝えておきます」

「頼んだ。何かあったら私に伝えてくれ」

「はい」

 

 これで話は終わり、退室を命じられるかと思いきや、もう少しだけ続くようだった。

 

「ところで、お前たちに挨拶のことを教えたのはアークライトか?」

「いいえ、バルトファルト家のリオンです。以前お茶会に誘われた縁で彼に相談したら、彼の姉を紹介してくれましてね」

 

 リオンの名を聞いたアンジェリカは得心が行ったという顔をする。

 

「少し前に誰がお前をお茶会に誘ったのか噂になっていたが、そうか。バルトファルトの三男だったか。たしかにアレは境遇もお前と似ていることだしな」

「ええ。冒険に出た理由も私と同じようなものでしたから、何かと話が合うのですよ」

「そうなのか?奴も苦労したのだな。だが、それで家を飛び出して冒険に出て、しかも大成功を収めるなどそうあることではないぞ。しかもそんな凄い奴が同じ世代に二人もいるとは、全く驚きだよ」

 

 先程よりもだいぶ熱の込もった口調になるアンジェリカ。

 まるで年相応にはしゃいでいるかのようにも見える。

 

 こんな彼女は初めて見るかもしれない。

 やはりレッドグレイブ公爵家の血筋らしく、冒険には惹きつけられるようだ。

 

「おや、随分と高く評価されますね」

「当然さ。王国の歴史に残る業績なのは間違いないからな」

「それは実に光栄ですね。アンジェリカ様がそう言われたと聞けば、リオンも喜ぶでしょう。どういうわけか彼は周りからそれほど評価されていないようですから」

 

 リオンをダシにおべっかを使っていると、アンジェリカは若干苦笑する。

 

「まあ、バルトファルトのことは近くで何度か見かけたが、お前と違ってそれほど覇気を感じなかったからな。疑わしく思う者もいるのだろう」

 

 覇気がない、か。

 言われてみればその通りではあるが、見る目のない連中だ。

 

「それはそうですが、リオンは私よりも凄いですよ。彼の冒険話を聞きましたが、私よりもずっと過酷な旅を切り抜けてきたのです。今の私でも同じことができるイメージは湧きません」

「そうか。お前がそこまで言うなら、一度話をしてみたいものだな。人となりも悪くないようだし、いずれ殿下たちとも話す機会を設けるのもいいかもしれない」

 

 そう来なくっちゃな。

 直接会って話を聞けばリオンの評価も上向くだろう。

 

「驚くこと請け合いですよ」

「それは楽しみだな」

 

 本気でそう思っているらしく、目が少し輝いている。

 

 そこで俺は気になったことを訊いてみた。

 

「前から気になっていたのですが、アンジェリカ様は自分で冒険したいとは思われないので?」

 

 するとアンジェリカは一瞬目を見開き、物憂げに目を逸らす。

 

「できるものならしてみたいさ。だが、やらなければいけないことが多くてな。話を聞くだけでも気分は味わえるし、不満はないよ」

 

 最後のは嘘だろう。でなきゃそんな悲しそうな目はしないはずだ。

 ユリウス殿下たちも学生だからと好き勝手をしているのだから、アンジェリカもそうすればいいのにと思うが、責任感からできないようだ。

 

「そうですか。でも、いつか行ける日が来るといいですね」

 

 ま、そんな日は来ないだろうけどな。

 そんな本音を隠しつつ、希望を口にする。

 

 アンジェリカはそれを知ってか知らずか、また物憂げな笑みで窓の外を見る。

 

「そうだな。その時は殿下と一緒に行きたいものだ」

 

 その視線の先には大きな飛行船が飛んでいた。

 

 

◇◇◇

 

 

 アンジェリカとの話が終わって部屋を辞した後、俺はまっすぐにオリヴィアのいる図書室へと向かった。

 

 ティナがついているので大丈夫だとは思うが、それでも俺のいない隙を突いて嫌がらせをする奴がいないとは限らない。

 それにもうすぐ下校時刻で図書室は閉まってしまう。

 

 気持ち足早に廊下を通り過ぎて図書室に入ると、閉館が近いというのに勉強している生徒が多くいた。その殆どは男子だ。

 しかも見覚えのない顔ばかりなのを見るに、普通クラスの連中だろう。

 

 実家を継ぐことが決まっている上級クラスの連中と違って、彼らは卒業後に就職先を自分で見つけなくてはならない。だから良い成績を取って良い職に就くために必死なのだろう。

 

 そんな彼らに混じって机に向かう銀髪と亜麻色の髪を見つけて歩いていくと、隣にもう一人いるのが見えた。

 

「あ、やっと来た」

 

 こちらに気付いて顔を上げたのはリオンだった。

 

「リオン?」

「ああ、一緒させてもらっているよ」

 

 そう言うリオンに続いてティナとオリヴィアが一緒にいた理由を話してくる。

 

「図書室の入り口で偶然会いまして。勉強なら一緒にどうかと言ってくださったものですから」

「はい、リオンさん凄く物知りで色々と教えてもらいました」

 

 どうやらティナとオリヴィアとリオンの三人で勉強会をしていたらしい。

 

「そうか。二人を見てくれてありがとうな、リオン」

 

 礼を言うと、リオンは照れたように目を逸らす。

 

「いや、俺の方こそ色々と教わっていたし、そこはお互い様かな。二人とも頭良くてさ」

「あら、ありがとうございます」

「いえ、そんな。まだまだ分からないことだらけですから」

 

 ティナがさも当然という風にさらりと返すが、オリヴィアは謙遜する。

 

「ふーん?何の勉強をしていたんだ?」

「理数系とあと魔法。ほら、今度試験があるだろ?その対策をね」

 

 そういえば六月の半ばに定期試験があるのだったな。

 

 五月も終わりに近い今のうちから対策しておくのはたしかに必要だ。

 

 ──そういえば。

 

「たしか、試験は学科と実技の両方だったな。実技の方はできそうか?」

 

 ダンジョンの授業には遂に間に合わなかった攻撃魔法だが、できるようになったという話は聞いていない。

 

「それはまだ──」

 

 案の定オリヴィアは俯く。

 

「ならまた練習するか?」

「そう──ですね」

 

 不安そうなオリヴィアの姿を見て、俺は少し考えてリオンに声をかけた。

 

「リオン、週末ちょっと付き合ってくれないか?オリヴィアの攻撃魔法の練習をするから、教えてやって欲しいんだけど」

 

 なるべく分かりやすく教えたつもりだったが、俺の教え方だと掴みにくい所があるのかもしれない。

 

 その点リオンなら──オリヴィアが物知りと評する彼なら、上手い教え方ができるかもしれないと期待しての要求だった。

 

「うーん──まぁ、いいけどあんまり期待しないでくれ」

「いいんですか?ありがとうございます!」

 

 リオンは仕方ないといった顔をしつつも引き受けてくれた。

 おそらく目を輝かせてお礼を言うオリヴィアの笑顔が決め手と見たね。

 

 ちょうど閉館を告げるチャイムが鳴り始めたので、俺たちは図書室を後にする。

 

 入り口を出たところでリオンが尋ねてきた。

 

「ところでさ、エステルはアンジェリカさんに呼び出されていたんだろ?どんなこと話したんだ?」

 

 やはり公爵令嬢に名指しで呼ばれたともなれば気になるか。

 別に口止めされているわけでもないが、あまり知られたくはない話だろうから、詳しくは話さない方がいいだろう。

 

「そう大したことじゃない。昔話と近況報告くらいだ。そういえば、アンジェリカさんはお前のことけっこう褒めていたぞ」

「え?俺を?」

 

 リオンは目を丸くする。心底意外そうに。

 

「ああ。王国の歴史に残る業績だってさ」

「えぇ──俺そこまで評価されていたのか。あんなの運が良かっただけなのに」

「運も実力の内って言うだろうが。それに運が良い奴は空賊に捕まったりしねーよ」

「──それもそうか」

 

 何となくリオンの自己評価が低い理由が分かった気がした。

 幼少期から俺以上にどうしようもない不遇な環境が当たり前で、基準がおかしくなっているのだ。

 運が良かったというのは案内人の加護に守られた俺のようなのを指して言うのであって、リオンには当てはまらない。

 

「ま、とにかく公爵令嬢様の覚えがめでたいくらいには凄いことしたんだよお前は。もっと威張っていいと思うぞ。その方が婚活も上手くいくかもな」

 

 何だかんだで女というのは目に見えることしか信じない。

 成し遂げた功績がどんなに凄くても、主観的な印象で全てがひっくり返る。

 

 だから下手に出て言われる通りに振る舞う必要などない。

 どうせ彼女たちはそれに魅力もありがたみも感じないのだから。

 

 前世で学んだ俺からのアドバイスだ。

 

 だが、リオンはそれを聞いて遠い目をする。

 

「あ──考えておくよ。その前に招待する相手を探さないといけないけど」

「ん?まだ招待できてないのか?」

 

 いくら学園の女子生徒が見る目のない連中でも彼の財力には魅力を感じるだろうに、招待すらできていないとはどういうことだ。

 

「招待状は出しているんだけどね。なかなか返事がもらえなくて」

「それ、出す相手を間違えていないか?」

「仕方ないんだよ。良さげな子は金持ち連中が囲んでいて近づくのも難しくてさ」

「──お前もその金持ちじゃないのか?お茶会だって豪勢だったし」

 

 疑問をぶつけてみると、リオンは力なくかぶりを振る。

 

「本物の金持ちはモノが違うんだよ。お茶会一つにしたって学園外のホールとか庭園を貸し切ってやるくらいにさ。それに実家が本土にあったりするから、そういう条件じゃどうしても勝てないし」

「イカれてやがるなそれは」

 

 金だけ持っている馬鹿共が女をそうして甘やかすから付け上がるのだろう。

 全く度し難い世界である。

 

「おまけに今年は名門貴族の跡取りが沢山いるだろ?どうしても比べられるんだよ。兄貴と同じく普通クラスならこんな思いせずに済んだのにさ」

「嘆いていたって仕方ないだろ。もっと実績とか財力とか使って強引にでも行けよ。失敗しても骨は拾ってやるからさ」

「いやそれ俺死んでない?嫌だぞこんな年で」

「なら死ぬ気で成功させるんだな」

 

 とはいえ、話を聞く限り突破口が見出せないのも分かる。

 誰か紹介でもしてやりたいところだが──そういえば。

 

「そうだ、一人紹介してやれるかもしれないぞ」

「え?誰?」

 

 リオンは素早く反応する。

 まさかお前とか言わないよな?とでも言いたげだが、違う。

 

「ダンジョンの授業の時に私と一緒の班にいた子だ。エリスっていうんだが、面白い子だぞ?オリヴィアとダンジョンの話で盛り上がっていたくらいだから冒険好きなのは確かだ。気が合うんじゃないか?」

 

 エリス・フォウ・セヴァリー──ダンジョンについての豊富な知識を持ち、ジャイアントアントにも果敢に立ち向かって二体倒していた彼女なら、元冒険者のリオンと気が合う可能性は高い。

 

 リオンはその話を聞いて一瞬感動したような表情になったが、すぐに首を傾げる。

 

「そんな子いたっけ?家名は?」

「セヴァリー子爵家だ」

「──聞いたことないな。そんな良い子がいたらグループで話題になっているはずだけど」

「そうなのか?でも、それなら好都合じゃないか。誰にも知られていないならお前が一番乗りできるぞ。で、他の連中に知れる前に婚約してしまえばいい。どうだ?」

 

 囁くと、リオンはごくりと生唾を呑み込む。

 

「その子、もう決まった相手がいたりしない?」

「それは訊いてみないと分からないな。でも、もしフリーだったら大チャンスだぞ」

 

 まあ、レッドグレイブ公爵家の寄子だから既に用意された話があってもおかしくないが、ものは試しだ。

 

 リオンもようやく踏ん切りがついたらしく、背筋を伸ばして頭を下げた。

 

「どうかよろしくお願いします」

「よろしい。良い知らせを待ちたまえ」

 

 ふっ、まさか昨日の今日でエリスをこいつに紹介することになるとはな。

 

 あとはエリスが受けてくれるかどうか。

 いきなり紹介しても駄目だろうから、まずはフリーかどうか確かめて、軽く伝えてみるか。

 

 そんな俺とリオンを見てオリヴィアは不思議そうな顔をしていた。

 

 

 

(リオンさんとエステルさん、こんなに仲が良いなら二人で付き合ったらちょうど良さそうなのに──)

 

 口には出さなかったが、オリヴィアは内心そう考えていた。

 

 実際二人は馬が合っているし、自然に互いの世話を焼いている。

 傍から見ればお似合いに思えるのだが、意識している様子はない。

 

 そのことが実に不思議で少しじれったくもあるが、安堵している自分もいることにオリヴィアは気付いていた。

 

 自分には今のところ友人と呼べる相手はエステルしかいない。

 だが、エステルには自分以外にもリオンやクリスがいるし、アンジェリカのような雲の上の存在の知り合いもいる。

 

 エステルが誰かとくっついたり、もっと親しくなったりして自分に構ってくれなくなったら、また独りだ。

 

 そうなったらと思うと、寂しい。

 

 自分ももっと積極的にエステルの友人たちと関わりを持って輪の中に入っていくべきだろうか──とも思うが、やはり貴族とあっては気後れしてしまうし、きっと話についていけない。

 

 もっと頑張って力をつけて彼らと同等かそれ以上の能力を得れば、このような思いをせずに済むのだろうか。

 

(頑張らないと)

 

 未だ攻撃魔法の初歩で引っかかっていることに改めて焦りを覚え、努力する決意を新たにする。

 

(そうだ。せっかく売れそうな魔石があるんだし、取り置きを頼んだ本を買いに行こう)

 

 エステルたちと王都の書店に立ち寄った際に買えずに取り置きを頼んだ魔法に関する学術書──あれが手に入れば原因不明の躓きを打開できるかもしれない。

 

 週末リオンに教わっても解決しなかったら、また書店に行こう。

 オリヴィアは一人そう決めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 夜。

 

『このようにアンジェリカは現在マリエを中心とした勢力の形成及び拡大を警戒しています。現状クリスにオリヴィアを近づけるのは危険かと』

 

 相棒が映像と共に報告してきた内容にリオンは顔をしかめざるを得なかった。

 

「何だこれ。進みが速過ぎないか?」

 

 リオンが知る限り、今の時期はまだ主人公は攻略対象の好感度上げに勤しみ、悪役令嬢から釘を刺されているくらいのタイミングだ。

 

 なのに調査結果ではマリエは既に攻略対象と相当な仲の良さを見せている。

 

 そして一部のはしっこい連中がおこぼれに与ろうとマリエにすり寄る動きを見せているらしい。

 今のところそういう連中は少数派で、まだマリエを疎んでいじめる者の方が多いようだが。

 

「これじゃ別れさせるとかもう無理だろ。どうするんだ」

 

 運良くオリヴィアと攻略対象の間に接点でもできればと思っていたが、期待外れに終わり、マリエが攻略対象との仲を更に深めただけ。

 

 しかもエステルがアンジェリカに協力姿勢を見せている。

 

「一先ず作戦は延期だな」

 

 シナリオ通りに行くなら強行するべきなのだろうが、エステルに睨まれるのは怖い。

 

 それに彼女のおかげで婚活地獄から抜け出せる可能性が見えたばかりなのだ。

 

『また計画変更ですか。マスターは言うことやることコロコロ変わりますね。人格が複数あるのでしょうか』

「臨機応変と言え」

 

 もう少し状況が落ち着いたら──形勢が傾いて小康状態に戻ったらその時にまた決行しよう。

 

 だからまだ今は君子危うきに近寄らずということで静観する。

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