ダンジョンからの帰り道。
三層入り口から離れると、全体に落ち着きが戻り、私語が飛び交うようになってきていた。
それに釣られてか、エリスが俺に声をかけてきた。
「君、さっきは凄かったね」
計画が概ね上手くいって上機嫌の俺は話に付き合ってやることにする。
「それはどうも。そっちこそ男子顔負けの度胸だったじゃないか。もしかしてダンジョン経験者か?」
「いや、初めてだよ。イメージトレーニングは散々したけどね。君みたいな本物の経験者にはとても及ばないよ」
持ち上げられるのは良い気分だ。
ただ、彼女の言葉には納得いかない部分があった。
「イメトレだけであんなに動けるかよ。どんな鍛え方してたんだ?」
「そう大したことはしてないよ。うちで皆やってる射撃訓練と、あと狩りにちょっと参加させてもらったくらい。あ、でも足腰は自分で毎日走って鍛えてたな。ダンジョンで冒険って昔からやってみたくてさ」
少し、認識を改める必要があるかもしれない。
貴族令嬢など男に守られてばかりで精々がスポーツや護身用武術程度の力しかないものだと思っていた。
実際生温い体育の授業ですら息を切らす奴が多いくらいには、学園の女子生徒は体力がない。
だが、どうやら冒険者の伝統とかスピリットみたいなものを受け継いでいる武闘派もいるらしい。
少数派ではあるのだろうが、冒険に憧れる女子もいるようだ。
あるいはレッドグレイブ公爵家の寄子であることが何か影響しているのだろうか?
「ね、それより君の冒険のこと聞かせてよ。財宝見つけたんでしょ?」
「まあな。だから私と組みたがってたわけか」
今度はエリスが俺に質問してくるので、オリヴィアに話したのと同じ内容の冒険話をしてやる。
「鎧もどき──あぁ、古代の機械人形か」
冒険の時に遭遇したロボットの話にエリスはすぐに食いついた。
「知っているのか?」
意外に思って問いかけると、エリスは頷く。
「たまに古代遺跡で見つかるって本に書いてあってね。でも、動いてるのを見たんなら史上初だと思うよ?大発見だよそれ」
「そうなのか?でもその時は追い立てられてそれどころじゃなかったよ。そいつら、当たったら剣が消し飛ぶ威力の光線を撃ってくるんだ」
「ええ!?よく攻略できたね?」
「
あの時のロボットやライチェスとの死闘を語りながら、俺はふとリオンの話を思い出す。
俺と違って、チート技も敵の弱点を教えてくれる味方もなしに死線を掻い潜り、最後は真っ向勝負で倒したのがあいつだ。
──本当に凄いやつは別にいる。
「でも、そういうの聞くとやっぱり一度でいいから大発見してみたいって思っちゃうな。本の絵じゃなくて本物を見てみたいよ」
エリスが頭の後ろに手を回して天井を見ながらこぼす。
「さっきの魔石だって珍しいんだろ?ならあれも発見じゃないか?」
「それはそうだけどさ、私が見つけたいのは誰も見たことがないものなのよ。最初に発見した人の名は永久に残るけど、二番目より後は誰も知らないものだからさ」
なるほど、一理ある。
例えばエベレストに二番目に登頂した人の名前なんて知っている奴は珍しいだろう。
史上初というのは本当に特別なのだ。
「なるほどな。なら、将来は学者にでもなるのか?」
「それができればね。でも、あんまり期待はしてない。良くてヘスティア先生みたいな感じじゃないかな?」
少し悲しげにそう言って引率の女性教師を見やるエリス。
「教師になるってことか?」
「趣味でやるってことだよ。ヘスティア先生、今でも休日に趣味でダンジョンに潜ってるらしいけど、そういうやり方が一番現実的なんだよね。結婚したらそう何日も家を空けてなんていられないからさ」
ここで我儘を押し通して好き勝手やるという選択肢を口にしないあたり、エリスは良識的な方なのだろう。
一般的な女子生徒の感覚なら、王都に拠点の屋敷を用意させて、そこからダンジョンに通い詰めるに違いない。
「叶うといいな。その夢」
「ま、どうにかして認めてもらうさ」
そんな会話をしてダンジョンから引き上げた後、冒険者ギルドを見学して、俺たちは学園に戻った。
「じゃ、またね。今度はそう遠くないうちにまた話せると思う」
そう言って、エリスは去っていった。
◇◇◇
週末。
俺とオリヴィアとリオンは休日にも関わらず、運動着を着て訓練場にいた。
「赤き炎よ、今ここに集いて我が手に力を。焼き尽くせ、灼熱の劫火球、ファイアーボール!」
オリヴィアが呪文を詠唱すると、前回と同様小さな火球が出現し、ふわふわと漂う。
だが、すぐに萎んで消えてしまうのも変わらなかった。
数回再挑戦してみても結果は同じ。
比較的良い結果でも火球の大きさが少し上がったかどうかくらいの変化しかなかった。
「こんな感じだ。多分無意識のうちにブレーキをかけてしまっているんだと思うんだが」
「なるほどね。確かに詠唱に問題はないし発動自体はスムーズだしな」
リオンは少し考えて、指摘する。
「──多分だけどオリヴィアさん、相手を傷つけるのが怖いんじゃない?」
そう問いかけられて、オリヴィアは図星を指されたように目を逸らす。
「気にすることないよ。当たり前のことだからさ。俺だって最初はうまくいかなかったし」
リオンがすかさずフォローすると、オリヴィアは一瞬安堵の表情を浮かべた。
だが、すぐに気を引き締めて質問する。
「──リオンさんはどうやって乗り越えたんですか?」
「俺は親父にしごかれてたらいつの間にかできるようになってたって感じかな。ただ言えるのは──」
オリヴィアが大事なことを聞き漏らすまいと素早くノートと鉛筆を取り出す。
「大事なのは魔法を使って何をするかという思いの部分だよ」
「思い──ですか?」
ピンと来なかったのか、オリヴィアは首を傾げる。
「そう。俺の場合は生きて貧乏暮らしから抜け出したかった。あと、親父に拳骨を貰いたくなかった。そういう強い思いが恐怖を上回れば自然とできるようになるものだよ」
──ニコラ師匠みたいなこと言うんだな。
俺は思わず感心していた。
これがただのガキが言っていれば薄っぺらいが、冒険者としての実績のあるリオンが言うと重みを感じる。
「オリヴィアさんの場合は自分のためというより人のため、なんじゃないかな?誰かの役に立ちたい、大切な人を守りたい、困っている人の助けになりたい──そんなところじゃない?」
オリヴィアはこれを聞いて息を呑む。
「──そうです。私、故郷の皆の暮らしを良くしたいって思ってここに来たんです」
「なら、その気持ちを強く持ってやってみてよ」
「はい!」
再び表情を引き締めたオリヴィアが集中するためか、目を閉じて手を前に突き出す。
「そう。魔力の流れに集中して。炎を練り固めることだけ考えるんだ。今オリヴィアさんの前にはモンスターがいる。そいつを炎で倒して皆を守るんだ」
リオンの指示にオリヴィアは息だけで応え、呪文を詠唱し始める。
「赤き炎よ、今ここに集いて我が手に力を──」
一瞬何かが焼け焦げるような気配がした。
まるで耳元で薪が弾けて火花が散ったような──
その原因を気にする暇もなく、オリヴィアの手の周りが揺らぎ始める。
「焼き尽くせ、灼熱の劫火球、ファイアーボール!」
直後に出現したのは今までよりも明らかに大きく力強い火球。
「よし!あとはそれを送り出すだけだよ。行ってこいって」
それで伝わったのか、オリヴィアは一瞬軽く手を引いて──
「こう、でしょうか」
再び軽く突き出した。
すると、火球はロケットのように炎の尾を曳いて標的へと飛んでいき、見事に命中した。
驚いたな。心持ち一つでここまで急成長するとは。
今のファイアーボールは上級クラスの中では中の下程度の出来だが、さっきまでまともに射出すらできなかったことを考えれば、やはり彼女は何か持っている。
「できました!私、できました!」
オリヴィアはそれを自覚していないのか、やっとできたと無邪気に喜んでいた。
「うん、よくできたね。その感覚を忘れないで、あとは練習あるのみだよ」
「はい!」
リオンのアドバイスを受けてオリヴィアはすぐにまたファイアーボールの練習を再開する。
最初の方こそ狙いが外れたり火球が不安定だったりしたが、やがて安定して火球を放つことができるようになっていった。
「凄いよオリヴィアさん!たった一日でここまでできるようになるなんて。この調子だと俺程度はすぐ追い越しちゃうよ」
「ええ!?そ、そうなんですか?」
ベタ褒めしてくるリオンにオリヴィアが信じられないという顔をするが、リオンは力説する。
「そうだよ。俺なんてほら──」
リオンが呪文を詠唱し、オリヴィアのものよりも少し大きな火球を生成してみせる。
「こんな程度のものしか出せないからさ。工夫しても──」
リオンが火球を射出すると、地面スレスレの低空飛行で標的に飛んでいき、途中で上昇して真上から着弾する。
「この程度だし。オリヴィアさんならすぐできるようになるよ」
自虐気味に話してはいるが、まず間違いなく嘘だ。
呪文詠唱は簡略化されているし、火球の制御にもさほど集中力を割いているようには見えなかった。
つまり、今のは本気ではなく片手間ということだ。
「他のも!他のもやってみていいですか?」
「え?ああ、うん。いいと思うよ。無理はしないでね?」
俺の疑念を他所にまた別の攻撃魔法を練習し始めるオリヴィア。
結局、彼女はその日のうちにファイアーボールの他アイシクルショットやストーンバレット、ウィンドボムといった基本の攻撃魔法を全属性分成功させてしまった。
やっぱりこいつ、とんでもない才能だな。
驚きを隠せないのはリオンも同じなようで、オリヴィアが魔法を成功させる度に拍手しながら目を丸くしていた。
◇◇◇
どうしよう。
まさかここまでとは思わなかった。
リオンは内心で冷や汗をかいていた。
図書室で勉強を見てあげた時から分かってはいたが、オリヴィアは恐ろしく頭が良かった。
周りについていけないと弱音を吐いていたのに、一年生の魔法の教科書を既に読み終えてしまっていた。
つまり、自分も含めて少なくない学園生が四苦八苦する難解な理論や術式を、少なくとも頭では理解しているのだ。
自分に教えられることなど何もなく、ただ自分の無知を悟られずにその場を乗り切るのに必死だった。
おそらくエステルの専属使用人には出任せを勘付かれたと思う。
だから、魔法の練習に付き合うのも正直気乗りはしなかった。
自分よりずっと賢いオリヴィアにエステルがついて、それでもつまずいているのに自分に何かできるとも思えなかったし、そもそもオリヴィアが大きく成長を遂げるのは攻略対象との絆や各種イベントを経て積む経験があってこそである。
それがどうだ。
殆ど読み飛ばしていた攻略対象のキザな台詞やテキストの中で僅かに覚えているものを継ぎ接ぎしてそれっぽく伝えてみただけで、彼女は成功した。
ほんの少し彼女の努力の方向性を示す手助けになればいい、あとは彼女の努力に任せるほかない──そう考えていたのに。
主人公の才能を甘く見ていたとしか言いようがない。
強化イベント、それもメインのものが潰れた以上、どうやって彼女に強くなってもらうかで頭を悩ませていた身にとっては喜ぶべきなのだろうが──何か余計な深入りをしてしまったような気がする。
本来こういうのは攻略対象の誰かにやってもらいたかった。
とはいえ、状況的にオリヴィアを攻略対象に近づけるのは危険で、良い機会を窺っていては間に合わなかった可能性もあるため、これはこれで必要なことだったと思うしかない。
彼女に世界を救ってもらうには必要な物がある。
その入手はなるべく彼女自身の手で成し遂げてもらいたい。
そのためには逸れたシナリオに対する修正とそのための多少の介入は避けられない。
リオンはそう自分を納得させた。
ただ、そろそろ引き時だとも思った。
これ以上ここにいると、壁を乗り越えたオリヴィアがまた次の挑戦をして、図書室の時と同様質問攻めに遭いかねない。
「おめでとう。たった一日でこんなにできるなんて凄いよ。でもあまり一度にやり過ぎるのもよくないから、今日はこのくらいにしておこうか」
何度目かも分からない拍手をしながらそう切り出すと、オリヴィアは素直に従ってくれた。
安堵するリオンの内心を知らずに、オリヴィアは眩しい笑顔でお礼を言ってくる。
「ありがとうございます、リオンさん。おかげでちょっと自信が持てました」
「私からもありがとうな。やっぱりお前に頼んで正解だった」
さらにはエステルまで追い打ちをかけてくる。
「いや、オリヴィアさんの努力があってこそだし、俺は大したことはしていないよ」
「何を言っているんだ、お前は私にできなかったことができただろうが。それよりこの後暇か?お礼に屋台のクレープでも奢るぞ」
どうやらもうしばらく逃してもらえなさそうだ。
それにしても、ファンタジーな世界なのに甘いものはやたらと充実しているのは、実に女性に優しいこの世界らしい。
「イチゴ味がいいな」
「任せろ。あそこのイチゴジャムは美味いぞ」
何やら盛大な勘違いがどんどん深まっている気がして胃が痛くなりそうなので、厚意に甘えることにした。
この苦々しい現実を前にすると、甘いものが食べたくなってくるのだ。
◇◇◇
週明け。
いつものように朝練していると、いつもより早い時間に足音が聞こえてきた。
「クリスか。今日はいつもより早いんだな」
「ああ──少し、鍛錬を増やそうと思ってな」
それはいい心がけだ。
結局モンスター討伐数で最後まで俺に及ばなかったのが堪えたか?
「使うか?」
「いいのか?」
人形の前を空けてやると、クリスは木剣を構える。
そして一撃。
今度は手首を気にする様子はない。
「──なるほどな」
何かを掴んだ様子で、また一撃。
今度は打ち込んだところから煙が上がった。
やはり俺より素の腕力が強い分、強力な打撃になるようだ。
それに剣豪の技量が合わされば、こうもなるだろう。
何だかあっさり追いつかれたようで、少し癪だけどな。
「やるな。さすがは剣豪様じゃないか」
褒めてやるが、クリスは嬉しがる素振りは見せない。
「まだまだだ。私は君に勝たなければならない」
ほう、俺に勝つと来たか。
望むところだ。
「こっちこそ、お前に勝って鏡花水月の強さを証明してやるよ」
「それはこちらの台詞だ」
しかし、こいつも随分と表情が明るくなったものだ。
「──やはり思い過ごしだな」
「何だ?」
クリスが何やら呟いたので訊いてみたが、「こちらの話だ」とはぐらかされてしまう。
俺たちはそのまま朝稽古を再開した。
登校の時間。
今日も今日とて朝から不躾な視線とちらほら聞こえてくる陰口が俺を出迎えるが、今までに比べると明らかに少ない。
そしてダンジョンでの俺の活躍に関する噂も聞こえてくる。
そしてアンジェリカがわざわざ俺をお茶の席に招いたという噂も。
この様子だと作戦は大成功のようだ。
上手くいった安堵感と解放感から思わず深呼吸をしてしまう。
「ゴミが減って清浄になった空気は実に心地良いな」
「え?清浄、ですか?」
真に受けたオリヴィアが空気を吸い込んで確かめようとするので、「独り言だ」と言っておく。
彼女も先週まであった焦燥感が消えて明るい顔をしている。
次はその才能に酔いしれて増長してくれると良いのだが、それはまたおいおいやるとしよう。
良い気分のまま校舎の門をくぐる俺たちだったが、その日のうちにまた騒ぎが起きた。
あのマリエが週末寮を空けた隙に部屋を荒らされた挙句、教科書や鞄を燃やされたと殿下たちに訴えたのだ。