俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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プライド

 こうすると決めた時から覚悟はしていた。

 

 彼らはある意味不幸なことに、年頃の少女たちから好奇心と性欲と権力欲が混じった視線と嬌声を常に受け続ける存在だ。

 

 既に婚約者がいて既に彼女のものと決まっていることが、他の女たちを視線と嬌声を浴びせる程度に留まらせている。

 あわよくば側室に収まりたいと思っている者もいるだろうが。

 

 そんな男たちを本気で口説いたりすれば、他の女たちから怒りと恨みを買うことくらい分かっていた。

 

 分かっていてなお、彼らをものにしようと思ったのは貧乏暮らしから抜け出したいのと、不幸の連続だった過去への復讐である。

 

 誰か一人──特に婚約相手の家が潰れて婚約が流れ、フリーになった辺境伯家の跡取り──に狙いを絞ることも考えたが、それでは納得がいかなかった。

 

 実際もっと上を狙えるのだし、全員をものにできる道もあると知っているのだ。

 

 知っていて、しかも自分にもできる自信があってなお諦められるほど無欲でも謙虚でもなかった。

 

 今まで不幸続きだった自分には誰よりも大きな幸せを掴む権利がある。

 少なくともこの世の不条理を何も知らない頭お花畑の主人公よりはずっと。

 

 それに見方によっては彼女の味わう苦労を肩代わりしてやるのだ。むしろ感謝してほしいくらいである。

 

 そういう独りよがりな心持ちに反して、彼らを口説き落とすのは容易かった。

 

 直前に鉢合わせた主人公に打たれた怒りも少し込めて平手打ちと説教をかました王太子ユリウスは、自分を清く正しく芯のある女と見做して惚れ込んでくれた。

 

 武芸が不得手というコンプレックスを抱えたブラッドは、彼の読んでいた小難しい本に関心を示すふりをすればすんなり胸襟を開いてくれた。

 後は魔法と勉強で頼りにすれば勝手に良いところを見せようと張り切ってくれる。

 

 御曹司らしからぬ豪快な肉体派のグレッグは、グループ授業で一緒になった時から自分を気にしてくれていた。

 あとは外食に誘われた時に空腹に任せて思う存分食べまくるだけで良かった。

 

 ユリウスの乳兄弟のジルクはユリウスから自分の話を聞いて、当初品定めするつもりでいたようだが、知っている罠には引っかからず、むしろ彼の弱点を抉ってやった。

 するとあっさり気を許してデートに誘ってくれた。

 

 唯一、剣豪のクリスだけはエステルが近くにいるせいで迂闊に近づけずにいるが、諦めたわけではない。

 仲の良い男女を引き裂く手などいくらでもある。

 主人公に打たれた時の仕返しも兼ねて、いつかは自分が掻っ攫ってやるつもりだ。

 

 そんな風に自分の欲望のまま突き進んでいる【マリエ・フォウ・ラーファン】だが、さすがに周りとの軋轢が高まり過ぎていた。

 

 最初は睨まれたり陰口を叩かれたりする程度だったのが、校舎裏に呼び出されたり、持ち物を捨てられたりし始めた。

 

 覚悟の上でも腹は立つ。

 ただ、迂闊に反撃するわけにもいかなかった。

 

 主人公たるもの、攻略対象から心配されるまでどんなにいじめられてもじっと耐える可哀想な存在でなければならない。

 

 そう思って、じっと待った。

 

 待ったが──主人公と違って弱みを無理に隠すようなことはしなかった。

 

 シナリオ通りユリウスが自分の顔色の悪さに気付いた時、堪えていたものが溢れた風を装って洗いざらい告げ口してやった。

 

 すると、ユリウスは激怒した。

 

 そして、そのような卑劣な行いに及んだ者には必ず然るべき報いを受けさせると請け合った。

 

 その言葉に安堵する演技をしつつ、内心湧き上がる優越感と達成感から高笑いが溢れるのを必死で抑えた。

 

 おそらく自分をいじめてきた者──主に女子──たちはこれからユリウスたちに問い詰められ、キツい折檻を受けることになるだろう。

 

 当然心証は最悪で、お近づきになるどころか口も利いてもらえなくなること必至だ。

 

 ──ざまあみろ。

 自分の魅力で勝負せずに他人を貶めてばかりいるからこうなる。

 女なら狙った男は自分の美と愛嬌で落としてみせろってのよ。

 まあ、人生一周目の甘ったれた小娘共には酷かもしれないけど。

 

 そんなことを思いながらマリエはユリウスに差し出されたハンカチで流した涙を拭う。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゴミが減って清浄になったかと思いきや、学園の──正確に言うと上級クラスの空気はかつてないほどピリついている。

 

 マリエからの訴えを受けたユリウス殿下から直々に呼びつけられ、放課後自分のところに顔を出すようにと言い渡された数名の女子たちの顔が蒼白になり、それを見た他の学生たちも凍り付く。

 

 どうやら多かれ少なかれ心当たりのある者が殆どのようだ。

 その中にはオリヴィアに対して嫌がらせをしてきた者たちも混じっていた。

 

 俺がいつかやらなければならないと思っていたことを代わりにやってくれるとは、ありがたい限りである。

 

 ただ、アンジェリカはいい顔をしないだろう。

 王太子といえども周囲の学生たちと軋轢を作れば良い結果にはならない。

 

 そして俺も──陥れられているのがいじめっ子だからまだ見ていられるが、俺を陥れて間男と一緒に嗤っていた忌まわしい元妻の記憶が蘇る。

 

 今頃マリエもあの女のような顔をしているのだろう。

 前の方の席にユリウス殿下たちに周りを固められる形で座っていて顔は見えないが──アンジェリカを怒鳴りつけるユリウス殿下の後ろでほくそ笑んでいた奴のことだ。絶対に嗤っている。

 

 これを機にアンジェリカに言われた通り、今一度クリスにあの女の危険性を注意してやる必要があるな。

 

 そう思いながらふと隣を見ると、オリヴィアは複雑な表情をしていた。

 怯えるいじめっ子たちに同情心でも湧いたのだろうか?

 

「気にするなよあんなの。私たちには関係ない」

「はい──」

 

 オリヴィアの浮かない顔は晴れないまま、やがて始業のチャイムが鳴り、教師が入ってくる。

 

 と、同時に俺の隣に座ってくる奴が一人。

 

「間に合った〜」

 

 滑り込みで座った拍子にダークグレーの髪が踊り、聞き覚えのある声がする。

 

「や、先週ぶり」

「意外と早かったな」

 

 前回とは打って変わって飾り気のないストレートの髪型をしているが、間違いなくエリスだった。

 

 必修科目だから来るだろうとは思っていたが、ドンピシャで隣に座ってくるとは期待していなかった。

 だからさっきのは別に嫌味でもなく、単純に驚きから発した言葉だ。

 

「ふふ、せっかく同じ班になった仲だからさ。もしかして迷惑だった?」

「いいや。嬉しいよ」

「私もです。全然迷惑なんかじゃありませんから」

 

 さっきまで曇った顔をしていたオリヴィアが嬉しそうに言う。

 

「そう。良かった。じゃ、よろしくね〜」

「ああ。エリスはこういう科目得意そうだし、頼りにさせてもらうぜ」

「え〜君たち私程度に頼る必要ないと思うけど?」

 

 エリスがそう言った直後、先週のダンジョンの授業で引率を務めていたヘスティア先生が教壇に上がり、授業の開始を告げた。

 

 今回はダンジョンの授業の座学。ダンジョン内の生態系についてだ。

 

 黒板に何枚かの写真が貼られ、それを資料にダンジョンの独特な環境についての解説が始まる。

 

「先週ご覧になった通り、ダンジョンには太陽の光が届きません。そのため、植物が存在せず、それらを食べる動物もまた生息できません。入り口の一部を除き、一般的な生物は存在せず、現在見つかっている全ての生物がモンスターです」

 

 ちらっとオリヴィアの方を見ると、やはり興味を惹かれる内容だったようで、さきほどまでの曇り顔は跡形もない。

 

「モンスターは人間を認識すると例外なく攻撃を仕掛けてきますが、その目的は不明です。彼らは食事を必要とせず、攻撃した人間を捕食することはありません。また、人間以外の、例えば犬などの動物には全く関心を示さないことで知られています。一方で彼らの形態は一般的な洞窟に棲む生物に比べて非常に多様で、地上に棲む生物と同じ姿をしたものも多く──」

 

 その話を聞いて思い出したのは以前領地に出現した魔獣のことだ。

 あの魔獣は魔力さえ纏っていなければ普通の熊そのものの見た目だった。

 

 モンスターの正体が何なのかは未だ謎らしいが、もしかすると元は普通の生き物だったのかもしれない。

 あるいは遥か昔に当時の生き物に似せて作られたか。

 

 少なくともセルカが作られた時代にモンスターはいなかったと彼女から聞いたから、旧人類の文明が滅んだ後のどこかのタイミングで出現したと考えられる。

 

 所詮仮説だが、モンスターの生まれる原因が分かれば、発生源を絶ち、被害を未然に防げるようになるかもしれない。

 セルカに研究させてみるか。

 

 ただ──

 

「一般的にダンジョンはモンスターとは切っても切れない関係にあります。モンスターを駆逐し、ダンジョンコアと呼ばれる領域に到達すると、程なくダンジョンは消滅します。このことから、ダンジョンを維持し、そこから得られる各種の資源を生成する過程にモンスターが関わっているという説もあります」

 

 そう、ダンジョンは攻略すると消えるのだ。

 まるで最初から何も存在しなかったかのように。

 地形が残ることはあれど、魔石も金属も宝箱も綺麗さっぱり消えてなくなる。

 

 ファイアブランド領にはダンジョンがないので聞いた話でしかないが、ダンジョンを持つ領地はその維持に気を配っているという。

 深部に行けば行くほど良質な資源を得られるが、うっかり攻略してしまえば何も産出しなくなる。

 

 そのような事情があるからこそ、冒険者たちはモンスターを積極的に探して殲滅しようとはせず、襲いかかってきたものを撃退するだけに留めている。

 ダンジョンでは戦いの主導権は向こうにあり、常に不意打ちの危険が付きまとう。

 だからこそ、冒険者は最も勇敢な者として今でも尊ばれるのだ。

 

 そして、ダンジョンの維持にモンスターが関わっているのなら、ファイアブランド領にも未発見のダンジョンが存在する可能性がある。

 

 あるとすれば、モンスターを駆逐するのは却って悪手だ。

 フィニステラに収監している空賊共でも動員して資源を採掘させた方が有益だろう。

 

「ダンジョンのモンスターは深部に行くほど大型化する傾向が見られます。当然それに連れて危険度も増していきます。そうあることではありませんが、先日のように下の階層のモンスターが表層に上がってくることもあります。そのような場合は、くれぐれも身の安全を優先してくださいね」

 

 明らかに殿下たちの方を向いて言ったヘスティア先生にグレッグがズレた返事をする。

 

「次はあんな不覚は取りませんよ。だから安心してください先生」

「グレッグ、君が言うと失敗の前触れに聞こえるね」

「何だと?お前は勝手に前に飛び出してきた挙句速攻でやられただろうが。魔法使いが聞いて呆れるぜ」

「まあまあ、二人とも今は授業中ですよ。喧嘩なら後で二人だけでしてください」

 

 それに対してブラッドが嫌味を言い、ジルクが窘める。

 その様子を見て、マリエは肩を震わせて笑いを堪えるような仕草をしていた。

 更にそれをユリウス殿下が可笑しそうに見つめている。

 

 自分たちの世界に入り込んで随分楽しそうなことである。

 

 実際、ヘスティア先生は彼らに対してどう反応したらいいのか分からない様子だった。

 

 そしてエリスは遠い目で失笑している。

 

「これだから脳筋は──ねぇ?」

「ああ──そうだな」

 

 同意を求められたので適当に返しておく。

 脳筋なのは事実だろうが、あれでも名門伯爵家の跡取り様である。

 貸しを返してもらうためにも必要以上に悪く言うのは控えた方が賢明だろう。

 

「コホン、ともかく、ダンジョンは危険がいっぱいです。予想外のことの一つや二つは毎回起こるものと考えて、よくよく気を付けてくださいね。それでは、話を戻しますが──」

 

 ヘスティア先生がやや強引に話を引き戻し、解説が再開される。

 

 クラスは再びどこか弛緩した空気に包まれる。

 

 その後ユリウス殿下たちに話が振られることはなかった。

 

 

 

 鐘が鳴り、授業の終わりを告げる。

 

 学生たちはぞろぞろと教室を出ていくが、その流れに逆らってヘスティア先生の元に向かう奴が一人。いや、二人。

 

「すごく面白かったです!私先週行ったのが初めてのダンジョンだったんですけど、想像以上でした!あの写真、二層と三層のですよね?全部ヘスティア先生が撮ったんですか?」

 

 目に星が浮かびそうな勢いで質問を投げかけるエリス。

 

「はい。私が個人的な冒険の際に撮影したものですよ」

「やっぱり!さすがベテラン冒険者ですよね!行った時に散々見たはずなのにぐーって引き込まれちゃって」

「わ、私もすごく引き込まれました。特にこの宝箱の──」

 

 そしてオリヴィアまでも、エリスに釣られてヘスティア先生の授業に感銘を受けたことをつらつらと述べる。

 

 俺はそんな二人に付き合って教壇まで来てはいるが、あそこまで熱狂的にはなれないので、少し呆れながら後ろで見守っている。

 

 ヘスティア先生は嬉しかったのか、優しい笑みを浮かべる。

 

「そう言ってもらえると用意した甲斐がありますね。貴女たちのように言ってくれる人、珍しいですし」

「私、ここに入ったら絶対ダンジョンで冒険してみたいって、ずっと思っていたんです!それで、私もヘスティア先生みたいに休みの日はダンジョンに潜る生き方できたらいいな~って」

 

 それを聞いたヘスティア先生はふと何か思い出したような顔をして、提案をしてきた。

 

「でしたら、今度私が顧問をしているパーティーに来てみますか?私と同じように冒険が好きな子たちが集まっているんです。月に二回ほど皆でダンジョンに挑んでいるのですが──興味はありませんか?」

「えーっ!?そんなものがあるんですか!?行きます行きます!君たちも行くでしょ!ね?ね?」

 

 思わず身を乗り出して興奮するエリス。

 

 なぜ俺とオリヴィアまでしれっと参加することになっているのだろうか。

 

 解せないが、エリスとは接触の機会があった方がいいのは確かだ。

 リオンとの約束もあるが、アンジェリカとのチャンネルとしても彼女は役に立つ。

 

「ああ。行くよ」

「よし!決まり!先生、いいですよね?」

「もちろんですよ。仲間が増えるのは大歓迎ですから。それでは、今週土曜日の朝八時に冒険者ギルドで待ち合わせましょう。そこでパーティーの皆を紹介しますね」

「「はい!」」

 

 揃って目を輝かせて頷くオリヴィアとエリス。

 

 なし崩し的に俺もダンジョン同好会とでも言うべき集団と一緒に冒険に行くことになってしまった。

 ま、新しい刺激があるのは悪くないけどな。

 

 

◇◇◇

 

 

 朝。

 

 今日も今日とて掛かり稽古でクリスと木剣を打ち合わせるが──だんだんこちらの動きが読まれてきている。

 

 身を沈めて足元を狙えば最適なタイミングで脳天目掛けて斬撃が降ってくるし、重心をずらして避ければ勢いの乗った横薙ぎの斬撃が追ってくる。

 

 上半身を限界まで反らして紙一重で躱し、戻した勢いで大上段から思い切り振り下ろせば、足捌きで避けられ、空を切る。

 

 そのまま斬り上げると見せかけて身体を捻って木剣を引き、横薙ぎに振るえば、まるで瞬間移動でもしてきたかのように木剣の腹が立ち塞がる。しかもご丁寧に衝撃で圧し折られないように計算された位置に手を当てて。

 

 鍔迫り合いでは膂力と体重で優る向こうに利があるので、一旦距離を取って仕切り直す。

 

 木剣が立てていいとは思えない音と派手な土煙を立てて攻防を繰り広げるも、なかなか決着はつかず、最後には互いの喉元に同時に切先が到達して引き分けとなった。

 

「相変わらず堅いな」

「──君こそ」

 

 木剣を下げると額から垂れた汗が滴る。

 いつの間にかお互い汗ぐっしょりになっていた。

 

「やっぱり型ができているな。なかなか参考になるぜ」

「そうか──だが、防げるだけでは片手落ちだ。まだこれでは足りない」

 

 クリスからすれば相手の攻撃を防御するのは当たり前で、間髪入れずにそこから反撃を喰らわせるか、生じた隙を突いて一太刀入れられなければ意味がないようだ。

 

 それは分からないでもない。

 防御だけでは相手の疲弊やミスを待つ以外に手がなく、ジリ貧になるだけだからな。

 

 だが、俺としても悠長にはしていられない。

 型を実戦の動きに落とし込めた時どれだけ強力かは、鏡花水月そのものが証明しているのだ。

 クリスが流派の型を完全に落とし込み、俺の動きを見切れるようになったら、奥義──即ち魔法を使わないと勝てなくなる。

 魔法なしでは勝てないとなると、魔法を封じられた時に不安が残る。

 そんなの許されない。

 

 不意に考え込んでいたクリスが口を開いて問いかけてくる。

 

「しかし──君はいつも思いもよらない動きをする。このような鍛錬だけでできるようになるものなのか?」

「さっきのあれか?うちの屋敷の庭を走り回って覚えた動きだ。毎日走ったり、跳んだり、登ったりしていれば自然と身につく。今でも毎朝ここにくる前にやっているぜ?」

 

 試しに訓練場の丸太に登って、跳び移って、滑り降りて見せてやる。

 

「──なるほどな。関節の自由度が最大限高まるわけだ。私にはとてもできない芸当だな」

「何事も遅すぎることはないぞ。普段と違う動きを取り入れるだけだ」

 

 そういえばクリスは普段何をしているのだろうか。

 授業選択も違うし、放課後や週末に見かけたことはない。

 

 まあ、大方予想はつくが──

 

「違う動きと言っても、何をしたらいいのか──剣の鍛錬以外のことはあまりしてこなくてな」

 

 やはり、愚直に素振りと足捌きの練習、それと掛かり稽古以外のことはやっていないらしい。

 

「体育で教練をやっているだろ?この前は格闘術だったか?あれだけでもだいぶ違うぞ」

 

 リオン曰く、男子の体育は非常に厳しく、内容も多岐に渡るそうだ。

 格闘術の訓練の時は投げられまくって、あちこちの打撲と筋肉痛で翌日起きられなかったと言っていたな。

 

「剣を握らない戦い方が剣の役に立つのか?」

「そうだ。お前はもう少し剣以外のことにも興味を持った方がいいぞ。一見関係ない所から新しい発見があるものだからな」

「そうなのか──グレッグのようなことを言うんだな」

 

 クリスが複雑そうな顔で口にしたその名前に思わず反応する。

 

「知り合いなのか?」

「ああ。王宮で顔を合わせることが多くてな。昔から何かと向こう見ずで──父や殿下に失礼な口を利く奴だった」

 

 ──その時の光景が目に浮かぶようだ。

 ワイルドさを強調して他者を威圧するのが好きなあいつのことだ、さぞかし何度もプライドを傷つけたのだろう。

 

「ま、好き嫌いはあるだろうけどさ、誰からでも盗める技術は盗んでおいて損はないぞ?私もそうしてきたから、今こうしてお前と渡り合えている。同じように強くなって見返してやれよ」

「──なるほど。今よりもっと強くなって見返せば──」

 

 さっきまでと僅かに、だが確かに声色が変わった。

 これは良い兆しだと感じ取った俺は、そのまま煽てて焚き付けてやる。

 

「ああ。もう二度と舐めた口は利かせないようにできるだろうぜ。いつか機会があったら、試合でもして叩きのめしてやれよ。その時はお前を応援してやるからさ」

「──ああ。その機会が来ればそうしよう」

 

 どこか消極的にも聞こえる物言いだが、元々こいつはこういうキャラだ。

 それにどことなく嬉しそうにもしている。

 

「お前ならできるさ。今までだって他の奴が遊んでいる間もずっと鍛錬してきたんだろ?だから今までと同じことをするだけだ。あいつが色恋遊びに現を抜かしている間にさ」

「それは──そうだな。まあ、グレッグも殿下たちもあの子とは遊びではないと言っていたが」

「──マジかよ」

 

 あの女、思っていた以上に危険かもしれないな。

 見た感じではそうは見えなかったが、粉をかけた相手を例外なく虜にする手管の持ち主だとすれば──根がナイーブなお坊ちゃんであるクリスを籠絡するなど容易いだろう。

 

「側室でも狙っているのかね。前にも言ったけど、お前はあの女に関わらなくていいからな?あいつは素直でも気立て良くもねーから。それに、可愛い女友達ならここにいるだろ?」

「──君がそれを言うのか?」

 

 若干呆れた顔でクリスは言った。

 

 あまり人のことを悪く言うばかりでも気まずくなると思って、最後に茶目っ気を入れてみたが──失敗だったか。

 大体これではマリエとやっていることがさして変わらないじゃないか。

 

 内心後悔する俺だが、クリスはさっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「だが──ありがたいとは思っているよ。私はどうにも不器用だから、こうして話せる相手も殆どいなかった」

「そうか。なら何か話したいことができたら私に言えよ。聞いてやるからさ」

 

 まあ、マリエに籠絡されるよりはマシか。

 少なくとも俺はクリスを甘やかして骨抜きにするつもりはない。

 

 ただ、アンジェリカに睨まれるのはよろしくないので線引きはきちんとしておこう。

 

 そんなことを思っていたら、寮の起床時間を告げる鐘が聞こえてきたので、朝稽古は解散となった。




難産だった──すごく。
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