土曜日。
朝の鍛錬が終わった後、冒険用の服装に着替え、普通クラスの女子寮の前でオリヴィアを拾い、エリスと校門で待ち合わせて、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドというと互助会か何かのようにも聞こえるが、ホルファート王国においては冒険者ギルドは国の機関だ。
冒険者の活動に関するあらゆる業務を所掌し、ダンジョンの維持管理から冒険者向けの金融業まで担っている。
ここで冒険者としての登録を行わなければ冒険者としての活動はできず、冒険で得たものは数パーセント、査定額によっては三割ほどまで国に上納しなければならないが、それ以外は完全に冒険者の所有物であることを保証してくれる。
オフリー家との戦争の時には大いに世話になったし、今も俺の総資産の半分ほどを金融部門に預けている。
それだけの巨大組織なので当然建物も非常に立派だ。
初見ではまず間違いなくどこに何があるのか分からず迷子になるだろうが、冒険の授業の帰りに見学しているのでそこに抜かりはない。
一面に募集や依頼の紙が貼られた巨大な掲示板の近くで、ヘスティア先生が待っていた。
「すみません!お待たせしちゃいました」
早めに来たのに先に着いて待っていたヘスティア先生にエリスとオリヴィアが頭を下げる。
俺もここは彼女たちに倣っておく。
「構いませんよ。私たちが早く着き過ぎただけですから。それじゃ、パーティーの皆を紹介しますね」
ヘスティア先生に促されて、彼女の後ろにいたパーティーメンバーたちが前に出てくる。
その中に見知った顔がいた。
「あ──エステルちゃん。と、オリヴィアちゃんも?」
ちゃん?
そんな呼ばれ方をするほど仲良くなった覚えはないのだが、ここは言わないでおくか。
目を見開くロイス──ついこの間柏餅を巡って一騒動あった伯爵令嬢の先輩に、俺は努めて笑顔で返す。
「ロイス先輩?先輩もヘスティア先生のパーティーに参加していたんですか?」
「そうだよー!また会えるなんてびっくりした〜」
「あら、知り合いでしたの?」
俺とロイスの様子を見てパーティーメンバーの一人が問いかけてくる。
「え〜っとね、話すと長くなるんだけど、エステルちゃんとオリヴィアちゃん、この前私のファンの子たちと揉めちゃって──」
「あぁ──深くは聞かないでおきますわ。災難でしたわね」
俺とオリヴィアの方を向いて同情の言葉をかけてくるパーティーメンバーの女子。
お嬢様言葉を使っているが、失礼ながら見た目と口調がまるで合っていない。
普通こういう口調で話すのは──新田君から見せられたり聞かされたりした情報で知る限り──金髪や紫髪を洒落た縦ロールにしていたりするのがテンプレだが、目の前の女子は黒髪黒目の地味というかおぼこい顔立ちで、体格はゴツい。
全身に纏ったアーマーのせいで余計に無骨に見える。
「ねーアンタたち、今何かレベッカにすごーく失礼なこと考えているでしょ?」
リーダー格と思しき背の高い赤毛の女子が間にひょこっと割り込んできて、俺たちの顔を覗き込む。
「え?そ、そんなこと考えてないですよ〜!凛々しくてカッコいいな〜と」
「本当かな〜?」
エリスが言い訳するが、赤毛の女子は懐疑的だ。
「メルセデスさん、あまり後輩たちをいじめないの。元はと言えば貴女の普段のが移っただけでしてよ」
「は〜い」
レベッカと呼ばれたゴツい女子に注意されて、メルセデスというらしい赤毛の女子は追及をやめた。
──しれっとメルセデスが普段お嬢様言葉で話しているという情報が出たが、こちらの方もあまりイメージは湧かないな。
髪は簡素なオールバックで化粧っ気はまるでなく、服装も実用一辺倒。かと思えば装備品には妖しげな紋様をペイントしていて、剣の鞘にはキルマークらしきものまで入れている。
お淑やかとは真逆、見るからに我が強く自由奔放なタイプである。無駄な気位がない、とも言えるけどな。
「じゃ、改めて。私、メルセデス。このパーティーのリーダーやってるよ〜。よろしくね。あ、そうそう、私とレベッカもロイスと同じ三年だから、先輩には敬語ね?」
笑顔だがそこはかとなく圧を感じる──つい誘惑に負けて衝動買いしてしまった時のティナやセルカみたいな顔と声で言われて、返事は「はい」しかない。
「全く。うちの馬鹿リーダーがごめんなさいね。私、レベッカと申します。三年とは言っても普通クラスですから、そこまで気負われなくともよろしいですわよ?」
「もう、またそうやって甘やかして」
メルセデスが口を尖らせるが、それ以上は言わなかった。
「次は私かな?ロイスだよ。エリスちゃんは初対面だよね?よろしくね」
「はい!よろしくお願いします、ロイス先輩!ひゃ〜本物だ」
差し出された手を両手で握ってぶんぶん振るほどにテンションが上がっているエリス。
彼女もどうやらロイスのファンのようだ。
「エステルちゃんとオリヴィアちゃんもよろしくね」
屈託のない笑顔を浮かべてこちらにも手を差し出してくるロイスに応えて、手を握り返す。
しかし、見れば見るほど宝塚の男役のような奴だ。
顔はクリスやユリウス殿下に似たバランス良く引き締まった造形で、背は俺と同じくらい高く、おまけに趣味で冒険に行くくらいには身体能力や運動センスも高いのだろう。
そしてトドメとばかりにこの人懐っこい笑顔。
そんなだからあんな狂人たちに囲まれた籠の鳥になるんだぞ。
「は、はい。よろしくお願いします──」
オリヴィアまでもがどこか熱っぽい。
何やら変な空気になりそうなのを断ち切ってくれたのは、片目が隠れるほど前髪が長い小柄な女子だった。
「え、えっと──次は私でいいよね?モニカだよ。い、一応二年生。よろしくね?」
モニカと名乗った小柄な女子はさっきの三人とは打って変わってどこか気弱そうな雰囲気の持ち主である。
だが、その振る舞いを以てしても安定した重心とバランス良く鍛えられたしなやかな身体は隠せていない。
マリエやイリヤ、エリスと同様にかなりのパワーを秘めた身体だ。
そして最後の女子は──
「シビル。同じく二年。よろしく」
表情に乏しい顔で無理矢理笑顔を作っているのが丸分かりだが、その目つきは明らかに尋常ではない。
それに背中に背負っているライフルだ。
取り回しを良くするためか、銃身が切り詰められてストックに大きな穴が空いているが、間違いなく狙撃の名手が使う高精度な狙撃銃。
それをダンジョンの中で使うということは相当な腕前と見ていい。
イリヤと良い勝負ができるかもしれないな。
女子ばかりの冒険者パーティーというから、どこかお遊びのようなものかと思っていたが、とんでもない。ヘスティア先生と同様、本物の冒険者ばかりだ。
さすがにリオンには及ばないだろうが、そんじょそこらの男子はおろかグレッグやブラッドよりも間違いなく優秀だろう。
「そ・れ・で〜?今回はどこの層まで行きますか先生?」
自己紹介が済んで早々、メルセデスがヘスティア先生に問いかける。
「今日は体験入団ですから、エリスさんたちに合わせましょう。授業では第三層まででしたから、第五層まででどうですか?」
ヘスティア先生が提案してくるが、それでは授業と大差がない。どうせなら中層くらいまで遠出してみたいものである。
ただ、それだとオリヴィアが心配だな。主に体力面で。
「いえ、もっと深い所でも大丈夫です。私、鍛えていますから。それに先生たちが見ている景色、早く見たいんです!」
さすがエリス、早速冒険者魂が発揮されている。
「うんうん、見所あるねぇエリスちゃん。先生、十層の大シャンデリアまでなら私たちがいつも通る場所ですし、そこくらいでどうですか?」
メルセデスの提案にヘスティア先生は少し考え込んで、俺の方に問うてくる。
「エステルさんとオリヴィアさんは大丈夫そうですか?」
「私は全く問題ありません。オリヴィアは──適宜休憩を挟んでいただければ。本当に歩けなくなったら私が背負います」
「えぇ!?本当に大丈夫なのですか?」
「あはっ♪いいねエステルちゃん。それでこそ冒険者だよ!」
ヘスティア先生が驚き、メルセデスが褒めてくる。
「大丈夫です。毎日鍛錬していますので」
「頑張ります!」
俺が重ねて太鼓判を押せば、オリヴィアも気合を入れる。
それに押されて、ヘスティア先生は折れた。
「分かりました。では今回は十層の大シャンデリアと呼ばれる広間までとします。ですが、もし許容範囲を超える負傷や体調不良などがあれば、行程は中止、即時撤収とします。いいですね?」
ヘスティア先生の決定に全員が「はい!」で応える。
「それでは、ダンジョンの入場手続きをしましょうか」
前回は事前に学園がまとめて済ませてくれていたが、ダンジョンに入るには冒険者ギルドでの入場手続きが要る。
この王都のダンジョンは王国の資産であり、そこから産出するものも同様。無断での立ち入りや採掘はご法度なのだ。
ここは典型的な受付嬢のいるカウンターでヘスティア先生とメルセデスが冒険者証を出す。
簡素な木製のドッグタグみたいなものだが、割符になっていて木目が合わないとすぐに偽物と分かる優れた設計だ。
彼女のパーティーということでここでは名が通っているらしく、あっさりと手続きは済んだ。
「じゃ、面倒な手続きも終わったし、行くぞォ!」
メルセデスが元気に号令をかけて、俺たちはダンジョンへと向かう。
◇◇◇
二度目のダンジョン行は授業の序盤と同様、静かなものだった。
今回は細工をしていないので、モンスターもちらほらジャイアントアントが出るくらいで、殆ど襲ってこない。
先輩たちは周囲に時々目を遣りながらも、お喋りに興じている。
主に俺たち新入りについて。
俺が冒険の経験があると知れるや、質問攻めにしてきた。
エリスやオリヴィアが可愛いものだと思えるような勢いで。
ようやく俺関連の話が落ち着いて、今度はエリスとオリヴィアの方に話題が移り、俺は人心地ついていた。
ふと、俺と同様話の輪から少し離れて聞き耳だけ立てているシビルの姿が目に入った。
ちょうど良い機会だと思って、話しかけてみることに。
「シビル先輩、今お話いいですか?」
「──何?」
視線をこちらに向けてくるので、拒絶されているわけではなさそうだ。
「そのライフル、特注品ですよね?射撃をされているんですか?」
「──趣味で。うちの寄親が射撃場持ってるから、そこで習った」
「へぇ──いつからされているので?」
「十二の時。寄親が主催した射撃大会で初めて撃った。その次の年の大会で危うく番狂わせで主役連中の面子潰しかけて焦ったなぁ」
懐かしげに語るシビル。
先程までの無表情とは打って変わって明らかに愉快そうである。
俺としてもその番狂わせとやらは気になる。
「何があったんです?」
「ん〜とね、その主役の一人が寄親のお嬢様の婚約者だったの。その顔を立てないといけなかった。でも、わざと外すのは嫌だった。君と同じ。大人の事情は嫌いってやつ」
その気持ちは分からなくもない。
俺も他人の面子のために手を抜けなどと言われたら、承服しないだろう。
他のことならばともかく、俺の大切な剣術ならば絶対に。
「それでその主役に勝ってしまったと?」
「そこまではさすがにね。一瞬あと一歩か二歩まで食らいついたけど、年季の差で駄目だった。向こうは私より一つ下だったけど、小さい頃から色々訓練されてたから。でも、後で父には怒られた。立ち回りってものを覚えろって。笑えるよね。必死こいて頭下げて変な気を遣って」
「そうでしたか。勝っていたらそれこそ面白かったでしょうね」
「そうだね。でも、お嬢様は怖い人だから、それで良かったんだ。それに、負けたそいつがお嬢様に慰められてるのを見るのも癪だしね?」
それは残念だ。
成功していたら一生モノの自慢話になっていただろうにな。
だが、そのシビルに勝った主役とやらも気になる。
一つ下ということは、俺と同級生かもしれない。
シビルの寄親がどの爵位であれ、その家の娘の婚約者なら当然同格くらいの貴族だろう。
つまり、上級クラスだ。
「ひょっとしてその主役って奴、うちの学年にいたりします?」
「ん、絶対君も知ってると思うよ。ジルク・フィア・マーモリア。殿下の腰巾着の腹黒緑」
驚きと同時に思わず笑いが噴き出そうになる。
腰巾着の腹黒緑とはよく言ったものだ。
「知っていますよ。授業の時一緒のグループでした。道理で男子なのに銃を持っていたわけですね」
ダンジョンの授業では同士討ちを避けるために、銃器の使用は基本的に許可されない。
エリスや他数名の女子が拳銃を持ってはいたが、精々が護身用で大した威力はない。
ジャイアントアントを一撃で倒していたのは、急所を的確に狙い撃ちしていたエリスの技量あってこそだ。
なのにジルクだけが大型で高威力な拳銃を持っていたのは、それだけ銃器の扱いに優れていたからだったようだ。
結局一度も使っていなかったが。
「ふーん。ま、あいつらしいね。あいつは絶対自分の手は汚さないし」
「やっぱりそうですか」
「──そう見えたなんて珍しいね。あいつ外面は良いから」
「アンジェリカさんへの物言いを見れば嫌でも気付きますよ」
ま、俺は力のある悪人が好きだから、ジルクのことも嫌いじゃないけどな。
俺に不利益をもたらさない限りは。
それはそうと、先程から嫌な気配を感じるのだが──
「おっと、ようやく歯応えのあるのがお出ましみたいだね」
「皆さん、警戒を。この先にモンスターがいます」
メルセデスとヘスティア先生が気付いたらしく、足を止めて武器を手に取る。
他のメンバーも次々にそれぞれの武器を手にして闇の奥を見つめる。
「こっちに向かって来ますわね。けっこうな数ですわよ」
「望むところだよ。いつものフォーメーションでやっちゃおう」
「ブレませんわね」
「当たり前だよ。新入りの子たちも私たちが付きっきりになるほどヤワじゃないし。皆、やるよ!」
レベッカとメルセデスが何やら相談すると、最後の呼びかけに応じてロイスとモニカが二人の左右に、シビルが後ろについた。
攻撃役と援護役が相互に支援し合う典型的な冒険者パーティーの布陣だ。
闇の奥に目が光り、二メートル近い大型の蜘蛛のようなモンスターが複数体姿を現した。
「スカルスパイダー!初めて見た」
エリスがその正体を看破し、実物を見た感動に目を輝かせる。
「よく見ておきな。すぐ片付けちゃうからね!」
メルセデスがエリスにそう言って、肉厚の剣を八相に構えて走り出す。
スカルスパイダーが牙を剥き、先端に毒の滴が光る。
「その手は食わないよ」
水鉄砲のように噴射された毒液を首を傾けるだけで躱し、逆にガラ空きになった裏側目掛けて下から斬り上げるメルセデス。
先頭の一際大きかったスカルスパイダーが頭胸部を左右に両断され、斬られた所から黒い煙と化していく。
その隣ではレベッカが両手に持ったハチェットで細切れにし。ロイスとモニカが側面から槍で突き伏せ、魔法で焼き払い。天井を這って忍び寄っていた奴はシビルが撃ち抜いた。
髑髏のような模様を持つ大蜘蛛たちは残らず黒い煙と化して消えた。
「すごい!すごいです!」
エリスが手を叩いて先輩たちを褒め称える。
その隣でオリヴィアも目を丸くしている。
「あんなに大きなモンスターを一瞬で──どうしたらそうなれるんですか?」
オリヴィアの質問にメルセデスが得意げに語る。
「前だけ向いて進むことかな。冒険ってのは一にも二にも度胸だからさ。前進あるのみ!だよ」
「それじゃ答えになっていませんわよ。やっぱりパワーがありませんと。結局全てを解決するのは筋力ですわ」
レベッカがツッコミを入れるが、言っていることは大差ないように思える。
確かに筋力は大事だが、それで全てが解決できたら苦労しないだろう。
ロイスも同じことを思ったようで、首を傾げながら口に出した。
「どっちも答えになってないような──?」
「何よロイス、だったら貴女の答えは何なの?」
メルセデスに問われて、ロイスは──答えられずにうんうんと唸り出す。
「あれ──?言われてみたら──うーん、何て言ったら──えっと──あ、そうだ!」
お、何を言うつもりだ?
度胸、筋力の偏重にツッコミを入れていたのだから、どんな考えを口にするのかと思えば──
「いっぱい食べて、いっぱい遊ぶ!そしたら自然と強くなるよ!」
──うん、まあ、確かにその通りではある。
食事が身体を作るし、鍛錬は楽しんでこそ続くし効果も上がる。
だが、それだけで強くなれるというのは無理があるだろう。
「そ、それは──そうですけど──何かちょっと、違うような」
「それだけで強くなれるのはロイス先輩だけかと」
モニカが首を傾げ、シビルがばっさりと切り捨てた。
「えぇ!?じゃ、じゃあモニカとシビルは?」
「わ、私は一生懸命やってやっと人並みだから、他の人の二倍頑張る、かな?」
「得意なことを極めれば良い。私は射撃。貴女も得意なことの一つや二つあるでしょう?」
やっとまともな意見が出てきたな。
さっきまでの三年生三人が残念だった分余計に素晴らしく聞こえる。
「私の得意なこと──」
「魔法だろ。もう基本の攻撃魔法は全属性使えるし、治療魔法だってあるじゃないか」
考え込む前に指摘してやる。
さっき言ったことを全部できる奴はまずいない。立派な才能だ。
そのことを自覚してもらわなければ。
「え、それって凄いじゃない。全属性使えるってだけでも珍しいよ?それに加えて治療魔法も使えるってなると──」
「そうですね。魔法は専門ではありませんが、全属性の魔法を満遍なく使えるのは魔法全般に高い適性がある人だけです。凄い才能があるということですよ」
エリスもヘスティア先生も俺と同じ意見のようだ。
そしてメルセデスも目に星が浮かびそうな勢いで力説する。
「治療魔法!?治療魔法が使えるの?凄いじゃない!まるで聖女様みたいだよ!いいえ、これはもうきっと聖女様の導きね!ぜひうちの正式メンバーになってちょうだい!治療魔法があればいざって時の安心感が違うし、きっと深層にだって挑戦できるよ。オリヴィアちゃんも興味あるでしょ?だからうちでその治療魔法の腕を存分に振るって一緒にこのダンジョンの深層に──あいたっ!」
「およしなさい。中層の中程ですら私たちはおろか男子たちでさえ難儀するんですのよ。それに、まかり間違ってダンジョンコアにでも入ってしまったらどうするんですの?」
何やら面白そうな勧誘だったが、レベッカがメルセデスの頭を引っ叩いて中断させてしまう。
そしてすかさずヘスティア先生がいい感じに話をまとめた。
「ま、まあ、とにかく、オリヴィアさんは魔法が強みなわけですから、それを磨いていけばあの程度のモンスターは簡単に倒せるようになりますよ。自信を持って、焦らずに」
「はい。皆さん、ありがとうございます」
殊勝に頭を下げるオリヴィアにその場は温かい空気になる。
「さて、モンスターも倒したことだし、先に進もうか。もうすぐお昼だよ」
復活したメルセデスの号令で行軍が再開される。
◇◇◇
それから小一時間ほど歩いた末に、十層入口と書かれた標識が見えてきた。
標識の先には岩肌を削って作られたトンネルと下に続く階段がある。
その階段を降りていくと、岩肌から露出する鉱石が明らかに増え始める。
階段が終わる頃には、壁や天井、地面からすらも水晶のような透明な鉱石がびっしりと埋め尽くし、ダンジョンの中なのに満月の夜のように明るくなっていた。
階段から真っ直ぐに大きな坑道が伸びているが、どうやら進むのはそちらではないようだ。
「よし、十層に入ったね。もうすぐだよ。足元気を付けてね」
メルセデスは脇道へと入っていく。
そこら中から鋭い鉱石が突き出しているが、何の苦もなく避けながら。
俺たちは彼女の辿った場所をなぞって行くが、それでも足元から小さな鉱石が折れ砕ける音がする。
冒険者の使う靴の底に金属板が仕込まれている理由がよく分かる。
普通の靴ならとっくに底を鉱石に突き破られて大惨事になっているところだ。
「凄い鉱石ですね。表層には大きなものは中々見られないって聞きましたけど」
「ここの鉱石は採掘が難しい割に使い道があまりないですからね。それに、この先の大シャンデリアはとっても綺麗ですから、採掘されずにちょっとした観光地になっているんです」
エリスの疑問にヘスティア先生が答えた。
「ちなみに、大シャンデリアは開拓史の付記にも出てくるんですよ。教科書には載っていませんが、発見したのは聖女様だそうです」
「そんなに歴史ある場所なんですか!?」
エリスが驚くのも無理はない。
開拓史と呼ばれる王国の歴史書には、数々のダンジョンが出てくるが、どれも「誰それがこれこれこういう敵を倒して攻略しました」程度の記述しかない。
詳しく書いていたらページが足りないのだろう。
それにしても──聖女様、か。
メルセデスはオリヴィアのことをまるで聖女様などと口走っていたが、見る者が見ればそう見えるということか。
オリヴィアの能力が知れ渡れば、彼女を我が物にしようとする者たちも山程出てくるのだろう。
今後はあまり軽率に口にすべきではないな。
「着いた!ここが大シャンデリアだよ!」
振り返ってこちらを呼んでくるメルセデスを追って鉱石で形成された狭いアーチをくぐり抜けると、その先には見たこともない絶景が広がっていた。
王宮や神殿の大広間よりも広い空間に長さ数十メートルはありそうな巨大な柱のような鉱石がそこら中から突き出し、その周囲もびっしりと鉱石に覆われている。
中央には透き通った池があり、その中にもびっしりと鉱石が生えている。
天井に目をやれば、さながら鍾乳洞のように無数の鉱石が先端を下に向けてぶら下がっている。
それらの鉱石が互いの発する光やこちらのランタンの明かりを乱反射して様々な色に輝き、まさに大シャンデリアの名に相応しい輝きを纏う。
さながら宝石でできた珊瑚礁のような様相を呈していた。
オリヴィアもエリスも言葉を失い、ただ見入っている。
「ここは私たちのお気に入りなんだ。いつ見ても綺麗だし、マイナーだからあんまり人も来ないしね」
メルセデスが言う通り、周囲に他の冒険者の姿はなく、荘厳な静けさが漂う。
「せっかくですし、記念写真撮りますか?」
「はい!」
ヘスティア先生の提案にエリスが頷き、俺とオリヴィアも半ば強引に良いスポットに立たされる。
フラッシュが焚かれ、シャッターの切られる音がする。
記念撮影が終わると、池のほとりで昼食である。
倒れた大きな鉱石をベンチ代わりに腰掛け、先輩たちが背負っていた荷物を開け始める。
そして、ヘスティア先生が折り畳み式の焚き火台を手早く組み立てて火を起こした。
「お昼♪お昼♪レベッカ特製のホットサンド!」
「一人二つですわよ」
がっつこうとするメルセデスを窘めて、レベッカがランチボックスを開いた。
中には紙に包まれた小ぶりな三角形のホットサンド。
冷めてもなお香ばしさが漂い、口の中に唾が湧く。
レベッカがホットサンドを配り、ロイスが魔法瓶とマグカップを取り出して温かいコーヒーを注いでいく。
全員にサンドイッチと飲み物が行き渡ってから、食事が始まった。
「う〜ん、いつ食べても美味しい!」
メルセデスの言う通り、ホットサンドは絶品だった。
具材はシンプルなハムエッグとチーズだが、パンは湿気を吸うことなくサクサクした食感を保ち、それが具材とよく合っている。
あっという間に配られた二つとも平らげてしまった。
正直物足りないが、それは俺だけではないらしく、メルセデスが荷物の中から洒落た袋を取り出した。
「そ・し・て〜弁当といえばおやつ!この私御用達のお店から今朝取り寄せた絶品マシュマロだ!」
大仰な台詞と共に豪快に袋が破られ、真っ白な砂糖菓子が顔を覗かせる。
「えぇ!?そのお店凄く高いやつじゃないですか!」
エリスが驚きの声を上げると、メルセデスは満足げに頷く。
「ふふ、新入りが入るかもってなったら歓迎しなきゃでしょ?ちょっと奮発したんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
「「ありがとうございます」」
エリス、オリヴィアと一緒にお礼を言うと、メルセデスは鷹揚に笑う。
「いいのよいいのよ、私先輩だし。ノブレスオブリージュってやつよ。さ、焼くよ!串出して」
メルセデスの指示でモニカとシビルがいつの間にか取り出していた長い焼き串を差し出す。
早業でマシュマロを串に通して全員に配り、そこからは雁首揃えてマシュマロを回しながら焚き火で炙る。
程なく、真っ白だったマシュマロが狐色になり、ふっくらと膨らむ。
中までしっかり温まって溶けたマシュマロは今まで食べたことのない味だった。
隣を見れば、オリヴィアは先日の高級菓子店で見せたような蕩けた表情をしている。
見ているこっちまで頬が緩んでくる。
その様子を見てメルセデスが声をかけてきた。
「いいものでしょ?こういう景色を見ながらお昼するの」
「そうですね。こんな楽しい冒険は初めてです」
学食や高級レストランも良いが、たまにはこういう地上にはない景色を見ながらのキャンプ飯も良いものだ。
冒険に出た時は余裕がなくて景色も食事も楽しめたものではなかったが、今なら存分に味わえる。
「それは良かった!こういうの楽しめるのも短い間だから、思い切り楽しまないと!」
短い間──か。
確かに学生時代というのは短い。
ましてやこの世界の学園は三年間だけ。
──エリスとの接触を維持するのと、オリヴィアへの付き添いで参加したが、思ったよりもずっと楽しくて居心地が良いパーティーだった。
昼食が終わり、パーティーは片付けをして帰途に就いた。
冒険者ギルドに帰り着き、受付で帰還報告を済ませたことで冒険は終わりだ。
「どうだったかな?今回の冒険は。うちに入る気になってくれた?」
メルセデスに訊かれて、エリスが二つ返事で了承する。
「すっごく面白かったです!私、このパーティーに参加します!もう決めました!」
「私も参加したいです。ダンジョンのこと、もっと知りたいです」
エリスとオリヴィアが参加希望なら、俺の答えは決まっている。
「私も参加します。今度はもっと深いところに潜ってみたいですね」
それを聞いて、メルセデスは破顔する。
「そう言ってくれると思っていたよ!ようこそ!【アルス・ノヴァ】へ!」
「それがパーティー名なのでしょうか?」
差し出された手を握り返しながら訊いてみる。
「そう、行きたいところに自分たちの力で行く。今までのやり方、古い考え方、家名や家格なんかに囚われない。私たちがここで家名も爵位も口にしないのはそういう理由。だから
「──良い名前ですね」
どこか優雅でそれでいて新鮮な響きである。
今まで見てきた学園の女子生徒たちとはまるで違う彼女たちには相応しい名前だろう。
「考えたのは貴女じゃありませんけどね」
「メルセデスちゃんが考えたのはそのまんま過ぎたもんね。ヘスティアスリーとかヘスティア=ファミリアとか──」
「あああ!言わないでよ〜!」
すぐに結成当時からの付き合いらしいレベッカとロイスに締まらないネタバラシをされて、メルセデスがまた残念な子に戻ってしまったが。
でも、これくらいの方が見ていて面白いし、気楽でいい。
実際優秀なのは確かだ。
「皆さん、よろしくお願いします」
楽しませてくれること、人脈を広げさせてくれること、俺とオリヴィアが困った時は助けてくれること、リオンに紹介させてもらうこと──色々な思惑を乗せて、俺はそう言った。