戦いが起これば民を故郷を守るために死地に赴き命を擲つのが我が本懐、死は常に我が隣にある──などと貴族連中は宣う。
だが、下の者に言わせれば、それは自分たちの特権を正当化するための詭弁だ。
彼らはひたすらに嘘を吐く。
皆のため領地全体のためと言って吸い上げた重税は彼らの──あるいは彼らの妻や娘の贅沢と享楽に流れている。
国を領地を民を守ると言って戦いには行くが、形勢不利となるやそれらを見捨てて本土の奥へと逃げ去り、有利になるとしれっと戻って来て恩着せがましく英雄気取り。
──反吐が出る。
少なくとも彼らには餓死しない程度の食事と温かい家があるし、常日頃から路傍に転がる死体を目にするわけでもない。
そんな彼らの悩み苦しみなど所詮甘ったれた弱虫の気色悪い泣き言だ。
だから、そんな彼らを殺すのは楽しい。
正義漢を気取って剣や拳銃を手に自分たちのような者を狩りに来たどこかの馬鹿息子の喉を掻っ切り、腹を掻っ捌いてやった時の快感は極上だ。
彼らは勇気ある若者としてカッコよく──少なくとも彼らにとっては──死ねて、こちらは気持ちいい。まさにウィンウィン。
あるいは滅多にないことだが、権力争いに敗れたか何かしてどこぞの馬鹿の箱入り娘が落ちてくることもある。
今までこちらを見下すどころか視界にすら入れてこなかった雲の上の住人である彼女らが、いくら拒絶しようが抵抗しようが無意味な暴力を前にひたすら怯え、泣きながら許しを乞うのを無視して徹底的に蹂躙して壊すのもまた極上の娯しみだ。
どんなに身分や気位が高くとも、所詮はか弱く卑しい牝、プライドも理性もかなぐり捨ててひたすらに目の前の男の寵愛を得て我が身を守ろうとする他人本位の無様な本性を現した時の美しさときたら!着飾ったドレス姿よりよほど似つかわしい。
──彼の滅茶苦茶な思考を言語化するならこういったところだろうか。
腹が減れば食い、飲みたくなれば飲む。そのための金がないなら、ある奴から奪い取る。
舐めた態度を取る馬鹿は叩きのめし、やられたことは倍にしてやり返す。
それが暴力と死が常にすぐ隣にある貧民窟育ちの悪漢の考え方だが、彼の場合はそれが格上の相手にすら向けられ、諦めるということをしないという点で特異だった。
人間はおろか、獣や虫ですら敵わないと思った相手には闘争ではなく逃走を選ぶものだが、彼は一度敵と見做した相手には絶対に逃走をしない。
したように見えたとしても闘争のための駆け引きに過ぎない。
執念深く付け狙い、油断した隙を突いて背後から襲いかかるなどは序の口。
思いもよらない所からねぐらに侵入して寝首を掻いたり、火を放ったり、子分や女や子供といった身内から狙ったりと、手段を選ばず追い詰めて必ず叩き潰す。
相手からすれば厄介極まりない。
何しろ後先も利害も考えていないので、威嚇によって退かせることも、どこかで手打ちにするということも全くできない。
何かできるとすれば、首を垂れてつくばい、平伏して許しを乞うて満足してくれるのを祈るか──あるいは彼を殺すかのどちらかである。
当然後者の選択肢を取る者も数多くいたが、それらがことごとく失敗に終わったのは彼がまだ生きているという事実が証明している。
何があったのかは定かではなく、彼も話さないので、「頭を吹っ飛ばされても身体だけで動いた」だの、「埋めた穴から這い出してきた」だの、「正体は黒騎士の成れの果て」だのと、様々な噂が生まれている。
そして付いた渾名が【狂犬】である。
怪物として、都市伝説として、触れてはならぬ者として、その名は裏社会で囁かれている。
「そろそろ果たし状が届く頃かぁ?」
犯罪ギルド【ミンク・シンジケート】の一派がアジトにしている廃工場で、グルムは
すぐ側に置かれたドラム缶で焚かれる火に照らされたその顔は心底楽しそうに見える。
「ですね〜。どんな反応してくるか──」
「いや〜さすがグルムさんっスね!こんな極上の女捕まえてくるなんて」
「自分いっぺん貴族の女がどんな声で啼くのか見てみたかったんスよ。やっぱグルムさん俺たちにできないことさらっとやっちまいやすね!」
おべっかを使うシンジケートの構成員たちだが、実のところ心のどこかで戦々恐々としている。
貴族の女性というのはこの国で最も手厚く保護される存在だからだ。
ましてや権力争いに敗れたり、とんでもないヘマをしでかして落ちぶれたのでもなく、学園に通う生徒である。
手を出したと知れたら、学園も王宮もメンツにかけて自分たちを潰しに来る。
それでも彼らが今こうしてグルムと共にオリヴィアを監禁し、エステルを殺そうとしているのは、グルムが怖いのもあるが、彼女たちがはぐれ者だからだ。
学園の女子生徒が夜遊びを楽しむ店は大抵どこかの犯罪ギルドに場所代や用心棒代を払っており、店に出入りする女子生徒たちから情報を得るのはそう難しくない。
オリヴィアが平民出の特待生であること。
エステルがオフリー伯爵家を倒したファイアブランド子爵家の娘で学園中から恐れられ、一部の上級貴族からも睨まれていること。
それらを知って、彼らはグルムの企みに乗った。
彼女たちなら、消えたところで学園も王宮も本気で動くことはないだろう、と。
実際話が伝わっているであろうシンジケートの上層部も止めに来ることはなく、黙認されている状態だ。
それでもまだ恐怖が完全には消えないのに対して、グルムは取り立てから逃げようとする輩を捕まえて締め上げるのと同じくらい当たり前にオリヴィアを拐ってきた。
しかも、エステルへの挑発としてオリヴィアの髪を束でぶった切って果たし状に同封するというおまけ付き。
その一切の迷いのない様に改めて彼らは痺れるのだった。
「さてと、そろそろ目を覚ましてもらおうかぁ、オリヴィアちゃんよ」
グルムは空になった酒瓶を放り捨てて立ち上がった。
気を利かせた構成員が、水をぶっかけてオリヴィアの意識を無理矢理覚醒させる。
「起きろガキ。聞きてェことがある」
「けほっ──な──にを──」
ぶっかけられた拍子に口から気道に入った水でむせ返りながら、オリヴィアは問うた。
「テメェのお友達はどーゆー了見でダックスたちを殺りやがった?」
「な、何のことですか?知りません」
次の瞬間、横っ面に強い衝撃が走った。
一瞬遅れて痛みと熱が頬を灼く。
前髪を思い切り掴まれ、光のない目に射竦められる。
「とぼけんじゃねぇよ。その場にいたんだろ?いつも一緒だものなァ?」
「それは──でも──」
「でもじゃねーんだよ。ダックスたちを殺りやがったのはなんでか訊いてんだこっちはよォ」
「ひっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
詰問と共に何度も拳骨を打ち込まれ、オリヴィアはひたすら謝ることしかできない。
するとそれを見たグルムは白けたように前髪を掴んでいた手を離した。
「テメェらはいつもそうだよなァ、人が質問してんのに全然関係ないことばっかくっちゃべって挙句泣きやがってよォ。えぇ?」
詰りながら、倒れ込んだオリヴィアに容赦なく蹴りを浴びせ続けるグルム。
それを見て、構成員の一人が遠慮がちに声をかける。
「あのぉ、グルムさん。そいつにそこまでしなくても──」
「あン?なんだテメェ、今更憶病風か?」
「い、いえ、そうじゃなくてですね、もし、万が一にもそいつが死んじまったら──」
「はン、死にゃしねーよ。このくらいなら自分で治せるからな、このガキは。だろ?」
爪先で顔を庇っていた腕を払い除け、恐怖に染まった瞳を射竦めて、グルムはオリヴィアに問いかける。
「は、はい──」
腫れ上がった目元にまた新しい涙を浮かべながら、オリヴィアは治療魔法を使う。
白い光がオリヴィアの身体を包み、傷を跡形もなく治癒していく。
「な?見ての通りさ。何なら不死身かもなァコイツ。バケモンだぜ、ったく。あーそうだそうだ、まだ答えを聞いてねーなァ」
再びオリヴィアの髪を掴んで引き起こし、グルムは問うた。
「ダックスと、タルスと、ビリーと、ラゾ──あいつらはま〜ヤンチャだったけどよ、素直で可愛い奴らだったんだよ。なのに魔法一つで虫ケラみてぇに殺されるなんてよォ、あんまりじゃねーか。お前のお友達はなんでそんな酷ぇことするんだ?」
髪を掴む手の力が強くなり、嫌な音を立てて前髪が何本か抜ける。
苦痛と恐怖に耐えかねて、遂にオリヴィアは知っていることを話した。
「そ、その人たちが、エステルさんの大切な人を殺そうとしたから──」
「あ?つまりあいつらが全部悪い、死んで当然のドブカスでーす、私たちは全然悪くありませーんって、そう言いてぇのか?」
「うぁ──ち、が──ッ!」
光のない目がすぐ近くに迫り、オリヴィアは引き攣って声にならない悲鳴を上げる。
それでも、思わず出かかった否定や謝罪の言葉はすんでのところで必死で呑み込んだ。
エステルの行動が何もかも完全に正しかったとは思わない。
でも、彼女が本当に優しくて、大切な人が傷つけられているのを見過ごせない性格なのは知っている。
彼女の師匠のことは知らないが、とても尊敬し、恩人として慕っているのは話を聞いただけでも伝わってきた。
そんな相手がこんな恐ろしい連中に殺されかけていたら、とても冷静ではいられなかったのだろう。
つまるところ、彼女が彼らの仲間を殺したのは学園でいじめられていた自分を助けてくれたのと根っこのところは同じ。
それを我が身可愛さに否定して貶めるなんて、できるわけがなかった。
オリヴィアのその考えを読み取ったのか、グルムは額に青筋を浮かべてオリヴィアを張り倒した。
「否定しねぇってことはそういうことでいいのか?えぇ?」
グルムの凄んだ念押しにも答えないオリヴィアに、周囲の構成員たちも殺気立つ。
「お友達と一緒に可愛がってやる予定だったが、気が変わったぜ。これから身体を切り刻んでやるが、気絶したりしねーでしっかり起きてやがれェ。どこまで治せるか見ものだなァ」
ナイフを取り出して刃をねっとりと舐るグルムにオリヴィアは全身怖気立つ。
腰が抜けたまま後退りするが、すぐに壁際にぶち当たって、追い詰められてしまった。
グルムの足に腹を踏みつけられ、動きを封じられる。
「上と下、どっちの口から切られたい?選べェ」
踏みつけた足にかける体重を増しながら最悪な二択を突きつけてくるグルムだが──
「ぐ、グルムさん!」
背後から狼狽した声が聞こえてきて、思わず振り返った。
「てぇへんです!奴が──」
最後まで言い終わらないうちに、声の主の構成員は入口の方から飛んできた物体に吹っ飛ばされ、派手に乱回転しながらグルムの足元まで転がってきた。
見ると、飛んできたのは入口で見張りに立っていた構成員だ。
その顔面は熊にでも殴られたかのように陥没していた。
周囲の構成員たちが一斉に入口の方を向いて武器を構える。
外の夜闇から悠々と踏み入ってきた人影が、焚火の明かりを受けてその容貌を浮かび上がらせる。
「来たか」
グルムは冷や汗を浮かべて呟いた。
あの日、書店で見たのと同じ顔の少女がそこにいた。
◇◇◇
セルカが特定したオリヴィアの居場所は意外なことに脅迫状に書かれていた場所と同じだった。
探して助け出す手間が省けたので、セルカと彼女が集めた戦力にはオリヴィアが囚われた廃工場のある区画を包囲の上で待機を命じた。
そして誘拐犯のお望み通り、俺だけで廃工場にお邪魔したわけだが──
「来たか──待ってたぜ?エステルちゃんよォ」
下卑た笑みを浮かべてそう宣う男は随分と小柄で姿勢が悪く、覇気のない面構えだった。
俺を相手に宣戦布告してくるような命知らずなのだから、さぞかし凶悪な奴なのだろうかと思っていたらこれとは、少々がっかりだ。
ただ──唯一その目から放たれる禍々しい気配だけは本物だった。
生気がないというか、底の見えない穴のようなどこまでも暗く冷たい虚ろな目だ。
まあ、それはさておき。
「どうして私の名を知っているのか知らないが、呼ぶなら『様』を付けろ。それから、さっさとオリヴィアを解放しろ」
「おぉっと、そう慌てんじゃねえよお嬢様ァ。まずは話し合いだろォ?」
「お前と話すことなんかねーよ。もう一度だけ言うぞ。さっさとオリヴィアを解放しろ。でないと全員斬るぞ」
風魔法を発動して腕に魔法陣を纏わせると、周囲の仲間と思しき男たちが表情を強張らせる。
だが、濁った目の小男だけは動じた様子がなく、これ見よがしに溜息を吐いてきた。
「そーやって今までムカつく奴がいりゃあ虫ケラみてぇに斬り捨ててきたんだろうがなぁ、今回はそうはいかねぇぜぇ?俺たちを斬れば、お友達が代わりに傷を受けて死ぬからなァ」
「何?」
己の所業を棚に上げ、不可解なこと言って詰ってくる小男に怒りが湧き上がる。
「信じられねェかぁ?なら見てな!」
次の瞬間、グルムは持っていたナイフを自分の掌に突き立てた。
「うぅっ!!」
その後ろでオリヴィアが悲鳴を上げ、掌から血が滴り落ちる。
小男がニタリと嗤ってナイフを引き抜き、掌を見せつけてくるが、そこには傷一つない。
「──手品ってわけじゃないみたいだな」
「キヒヒッ!何も仕組まずに挑みかかるほど俺も馬鹿じゃねェさ」
嗤いながらまた掌にナイフを突き立て、グリグリと動かしてオリヴィアをいたぶる小男。
傷口を滅茶苦茶に裂き広げられ、大量に血を流しながらも、オリヴィアは健気に悲鳴を堪えていた。
今にも風の刃で首を刎ねそうになるのを堪えて、俺は問いかける。
「要求は何だ?」
「キヒヒ、そう来なくっちゃなァ、お嬢様よォ。あ〜だが、その前にこの区画の囲みを解いてもらおうかぁ?兵隊に囲まれてちゃビビって話もできねェからよォ」
気付かれていたか。まあいい。
短距離用の携帯型通信機を取り出し、セルカたちに連絡を入れる。
「配置を解け。撤収しろ」
『エステル様!?』
アーヴリルの驚いた声が聞こえてくるが、状況が状況だ。もはや包囲に意味はない。
「いいから、さっさと引き上げろ。私は大丈夫だ」
『ッ!──承知いたしました』
その返事を最後に通信が切れる。
「これで満足か?」
「素直で助かるねェ。にしても、面白ぇ玩具だな。こっちに渡してもらおうか」
応じて通信機を投げ渡すと、小男はすぐに床に叩きつけ、踏みつけて破壊してしまった。
火花を散らす通信機の残骸を一瞥して、小男は目を細める。
「まァだ何か他の玩具隠してんじゃねぇだろうなァ?見せろ、全部」
つまり脱げと?
全く図々しい奴だ。
何が悲しくてこんな前世の借金取りみたいな野郎共に肌を見せなければならないのか。
──別に恥じらいとかではない。
断じてないが、足元を見られているのが許し難い。
だが──
『カラクリが分かったわ。あの男が着けている指輪、あれは対になっている魔装具よ。一方の装着者が負った傷をもう一方の装着者に押し付ける機能があるみたい。その片割れがあの子に着けられているわ』
セルカが久しぶりのテレパシーで解析結果を伝えてくる。
傷移しの権能というわけか。
これはまた随分とファンタジックな代物だな。
オフリー家の手先が使ってきたロストアイテムを思い出す。
そういえば、あれを使えば無力化できるのではないか?
『残念だけど、あれは魔装具には効かないわ。それと、あの指輪の傷移しは一方通行よ。逆用は無理だわ』
(ならどうする?手はあるんだろうな?)
『
(分かった)
勝ち筋が見えたなら、一時的な不利もやむなし。
勝つことが肝心だ。
勝てばいくらでも仕返しはできる。
ゆっくりとボタンを外して、練習着を脱ぎ捨てる。
仕込まれていた重りが床にぶつかって鈍い音を立てた。
それを早速検分した男共がその重さに驚愕しているのが雰囲気で分かる。
「下もだ。さァ?」
脱ぎたての上着にも驚くお仲間にも目もくれずに下まで脱げと言ってくる小男に、オリヴィアは目を見開き、悲壮な顔で俺を見てくる。
「え、エステルさん──?」
そんな顔をするくらいなら、刺された時に「助けて」の一言でも言えばよかったのに。
自分に構わずに敵を倒せとも言えず、さりとて惨めに命乞いするでもなく、高潔にも卑怯にもなり切れない、半端で哀れで弱い良い子ちゃん。
──反吐が出る。
ズボンも下ろして、スポブラとスパッツだけになると、周りの男共が生唾を呑む。
「ほら脱いだぞ。そろそろ要求を言ったらどうだ?」
元々武器など必要ないので持っていないが、これで丸腰だと馬鹿でもはっきり分かるだろう。
お望み通り、話し合いと行こうじゃないか。
「──気に食わねェな」
「あ?」
小男は爪先で床を何度か蹴って、禿げた頭を引っ掻きながら、俺の方を睨みつける。
「その目付きだよォ。ずっとずっと余裕ぶっこいたツラしやがって、ムカつくぜ」
「いや、こっちはお前がまずは話し合いだって言うから、こうして丸腰だと証明して話を聞いてやっているんだが?もう忘れたのか?」
煽ってやると、小男は急に動きを止めた。
「話合い──話──話し合い──キヒヒッ!そうだ、そうだったなァ!なら話してやるよォ。お前は俺たちの仲間を殺したよな?それも四人。覚えてっかァ?」
「あぁ──いたな。少し前に私が貴族だと分かっていて喧嘩を売ってきた奴が。あれお前の仲間だったのか」
あまりにも弱い雑魚だったのでもう顔もよく思い出せないが、たしか斬る直前に「ミンク・シンジケート」とか名乗っていたな。
聞いたことがない組織名だが、こいつらがそうなのだろう。
「そうだぜェ。ダックスと、タルスと、ビリーと、ラゾ。そいつらの名前だァ。お前とそう違わねー年で故郷を出てここに来てな?行く当ても仕事もねーでスラムでヤンチャしてやがったから、色々と教えてやったのさ。生き方ってモンをよ。若えってなァ良いよな。教えた分だけすんなり覚えるんだからよォ。おかげで最近はちったぁ羽振りが良くなってきてたんだがよ──一振りだったんだってなァ?たった一振りで首チョンパ」
ナイフを持っていない方の手を首筋に当てて大袈裟に手刀を振るって見せる小男。
「お嬢様よォ、酷ぇぜ。なんでそんなことするんだ?あんまりじゃねーか。俺ァあいつらのことマジで可愛いと思ってたんだぜ?手柄立てて、シンジケートがこれからもっとデカくなって、出世して、店持ったら、美味え酒奢ってくれるって話もしてたしなぁ。なのになんで殺したんだ?死んじまったらもう酒も飲めねえよ、なあ!どうしてくれるんだよォ!?」
ごちゃごちゃとうるさい奴だ。
弟子というか子分を殺された怒りは至極当然の感情だろうが、そもそもの話むやみやたらに喧嘩を売るな、貴族には絶対に逆らうなと教育しなかったコイツの責任だろう。俺に言われてもお門違いである。
「それは悪かったな。だが、生憎と死んだ奴を甦らせる方法に心当たりはない。どうにもならないな」
すると、小男は一瞬視線を落として考え込むような仕草をする。
そして顔を上げると、先ほどにも増して暗く冷たい完全な無表情で宣告してきた。
「だったら──もう死んでもらうしかねーよ」
◇◇◇
(おい馬鹿ふざけんなよ!相手を見て喧嘩を売ってくれよォォォ!!)
廃工場のすぐ外で、相棒が用意した光学迷彩と遮音機能付きの特製ステルススーツで身を隠しながら聞き耳を立てるリオンは、内心で絶叫していた。
誘拐犯からの脅迫状を見てすぐにオリヴィアの救出に動き出したエステルを追って、この廃工場を突き止めたまではいいが、そこで待ち構えていたのは思いもよらない相手だった。
さすがにこんなのは想定外である。
なのに、エステルはそんな恐ろしい敵を相手に挑発的な物言いをしていた。
いつ敵がブチ切れてオリヴィアの喉を掻き切るか、気が気ではない。
もしそうなってしまえば、一巻の終わりだ。
いよいよとなったら、自分の持つ秘密が色々と露見するのも承知の上で突っ込むしかないが──
『マスター!今からでも遅くはありません。攻撃の許可を!奴が気付いていない今のうちに本体から主砲の一斉射撃で塵も残さず消滅させるのです!今!すぐに!』
肝心の相棒が訳の分からないことを言って荒れていた。
どうにか聞き取れた内容によれば、どうやらエステルが屋敷に連絡して集めさせた戦力の中に「存在してはならないもの」が人の姿をして紛れ込んでいるとのことだ。
それは相棒にとっては不倶戴天の敵であり、もはや本能レベルで破壊し消し去りたい衝動を掻き立てるものらしかった。
ただでさえ世界を破滅から救う鍵である主人公が命の危機に陥っているというのに、相棒までおかしくなるという踏んだり蹴ったりな状況にリオンは胃に穴が空く思いだった。
「駄目だ!外れとはいえ街中なんだぞ!どれだけ人が死ぬと思っている!?」
『関係ありません。これは私のプログラムに深く刻まれた絶対の使命であり、義務なのです!人間で言えば本能です!』
このように何度説得を試みても折れてくれず、一切の攻撃を禁ずるという命令でどうにか踏み止まらせている。
一応マスターの命令が優先するらしいのは不幸中の幸いだが、いつまで保つか分かったものではない。
実際、少し前に下した傷移しの魔装具の無力化という指示は聞きこそしたが、実行しているようには見えない。
「とにかく却下だ。撃つのはいつでもできるだろうが。今はアイツがしくじった時に助けられるようにしないと」
頭と胃の痛みに耐えながら、リオンは監視を続けるのだった。