「だったら──もう死んでもらうしかねーよ」
小男が頭の悪いことを言い出したので、ここはきっぱりとお断りしておく。
「悪いがそれは無理な相談だ。私は貴族で、領主だからな。そう安い命じゃない」
「何だと?」
理解できないか?
ならもう少し分かりやすく説明してやる。
「私の肩には数百の家臣と数万の領民の命が載っていてな?今はまさにこれからそいつらの暮らし向きが良くなっていくってところなんだ。それから、お前のお仲間が殺そうとした師匠とは剣術の流派を受け継ぎ繋ぐと約束した。オリヴィアには私のコレクションを見せてやると言ったし、クリスにはいつか剣で勝つと宣言した。アルス・ノヴァの連中とはまた冒険に行くことになっているし、リオンの領地の温泉にもいつか連れて行ってもらう約束なんだ。そんなわけで、私にはまだまだやるべきことや、やりたいことが沢山あるのさ。だから、死んでくれなんて言われても無理だな」
つい長々と話してしまったが、自分でも驚きだ。
入学した頃は周りのほぼ全てが敵みたいな雰囲気だったのに、いつの間にか友人や仲間と呼べる関係ができていた。
これも案内人のおかげなのだろうな。感謝しなければ。
「──はっ、そうかよ。ならテメェをぶち殺した後テメェのダチも家族も皆殺してやる。シンジケートを舐めんじゃねぇ!地獄の特等席でそいつらが落ちてくるのを──」
「もういい黙れ」
勢いだけは一丁前な戯言は聞き飽きたので、床を蹴って小男に飛びかかった。
狙いは手に握られたナイフ。
俺の喉を掻っ切るために振るわれたそれを難なく躱して思い切り遠くへ蹴り飛ばした。
あまりにも呆気なく飛ばせたのは意外だが、これで一先ず小男の自傷によってオリヴィアを殺傷される危険は排除した。
ただ──
「やっちまえ!」
「逃すな!」
周りの男共が一斉に武器を手に襲いかかってくる。
オリヴィアの方に向かった二人ほどを咄嗟に風魔法の刃で倒したが、直後に十人近くに肉薄され、そちらの対処に意識を割かれてしまう。
最初にナイフを振り下ろしてきた奴を躱してお返しに横っ面を蹴り飛ばし、あの小男を追おうとするが、既に他の男共に回り込まれていた。
しかも小男は蹴飛ばされたナイフを探すでもなく、オリヴィアの方へと向かっている。
オリヴィアに痛い思いをさせることは承知の上で風で吹き飛ばそうかと一瞬考えたが──
「ぐわっ!!」
回り込んでいた奴が突然吹っ飛んだ。
吹っ飛ばしたのは鎧のパイロットスーツのような黒い衣服に身を包み、フルフェイスのヘルメットのようなものを被った男だった。
突然の乱入者に俺もオリヴィアも小男も周りの悪漢共も、一瞬呆気に取られる。
乱入者だけが間髪入れずに構えていたショットガンを発砲して更に二人を倒し、オリヴィアの所へ向かう進路が開けた。
『こいつらは引き受けた。行けぇ!』
ヘルメット越しのくぐもった声。
誰かは分からないが、助太刀に来てくれたということのようだ。
「──助かる!」
俺は乱入者とすれ違いで小男を追いかけ、捉えようとするが、小男は直前で身を翻した。
眼前にナイフの刃が迫る。
まだ別のを隠し持っていたらしい。
目を潰す狙いだったのであろう一撃はギリギリで躱したが、髪に僅かに掠り、数本宙を舞う。
間髪入れずに蹴りが飛んでくるが、その靴にも刃が仕込まれていた。
「ははっ!躱してばっかりじゃ勝てねぇぞぉ?攻撃してみろよォ!!なぁあ!!」
傷を押し付けられるのをいいことにノーガードで怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる小男。
攻撃自体はクリスの剣に比べれば欠伸が出るほどの鈍さではあるが、不規則で却って読みにくく、しかもこちらに都合の良い場所を嗅ぎ取ってそこを通らないように動いているようだった。
路上の喧嘩程度のものとはいえ、積み上げられた経験に裏打ちされた勘のようなものがあるのだろう。
傷移しの権能を持つ魔装具で相手の反撃を実質無効化して強制的に同じ喧嘩の土俵に引きずり込み、攻撃に全振りして圧倒する──なるほど、道理であのチンピラ共がやけに強気だったわけだ。
カラクリを知らなければいくら攻撃しても傷つけられない不死身の気狂いに可愛がられているともなれば、並大抵の奴は逆らえないだろう。
やはり俺のあの時の選択は間違っていなかった。
あの時あの場に師匠がいなくて何事もなかったとしても、いずれ俺やオリヴィア、リオンやクリスの脅威になったかもしれない。
こいつらは野放しにしておけない──俺の近くに存在してはいけない者たちだ。
(糞が!なんで俺がこんなこと!)
一人で十人以上はいるであろう犯罪組織の構成員たちを相手取ることになって、リオンは激しく後悔していた。
エステルが小男に飛びかかり、乱闘が始まったことでもう後がなくなり、遮二無二飛び出したはいいが、その先のことなどノープランだ。
ショットガンの弾はすぐに尽きた。
悠長に再装填などしている余裕はなく、リオンは弾切れのショットガンを放り捨てて拳を構えた。
振るわれたナイフはヘルメットのディスプレイに表示された予測イメージに従って躱し、カウンターの拳を放つ。
命中と同時に拳から電撃が放たれ、相手は痙攣を起こして倒れ込んだ。
息つく間もなく後ろから鉄パイプを振り下ろそうとしていた相手にハイキックをお見舞いして空中高く吹っ飛ばし、横から迫ってきたナイフをその腹への打撃でへし折りついでに電撃を流し込んで使用者を失神させる。
接近戦は危険だと判断したのか、他の構成員たちが距離を取って銃や魔法で攻撃してくるが、その全てを掻い潜って内懐に飛び込み、拳を叩き込む。
気絶させた相手の腰を抱えて身体を捻り、全身の力で投げつけると、三人ほどまとめて壁際に吹っ飛ばせた。
「くそっ、こいつ!手強いぞ!」
「ちぃ、何モンだテメェ」
残った数人が歯噛みする。
彼らを指差して、リオンは言い放つ。
「ならず者に名乗る名は持ち合わせていない。それよりさっさと降伏しろ。お前らじゃ俺は倒せないぞ」
オリヴィアを庇いながら小男と戦っているエステルの下に駆けつけるためにも、残った連中にはさっさと逃げるか降伏してもらいたかった。
だが、人質を取るような卑劣な連中でも兄貴分を見捨てて逃げることはプライドが許さなかったようだ。
「ここまで来て今更引き下がれるかよ。俺たちゃミンク・シンジケートだ!」
そう叫んで、一人の構成員が突然太い針のようなものを取り出した。
止める間もなく腕に突き立てられた針から何かの薬品が注入されたようで、構成員は一瞬激しく痙攣したかと思うと、先ほどとは桁違いのスピードで襲いかかってきた。
残った構成員たちも次々に針を打ち、加勢してくる。
ディスプレイの予測イメージが追いつかず、回避よりも僅かに早くナイフが喉元に届く。
防刃防弾仕様のスーツは貫通こそされなかったが、それでも嫌な衝撃は伝わってくる。
「ドーピングだと!?」
「そうだぜェ!テメエらみてえな魔法使いを縊り殺すための薬だァ!」
律儀に答えてきたもう一人が鉄パイプを振り下ろし、うなじに直撃するが、スーツの表面が瞬時に硬化し、衝撃を吸収する。
すかさずその鉄パイプを引っ掴んで電撃を流し込むが、その隙に左右からナイフの鋒が突っ込んできた。
瞬時に脚に渾身の力を込めて跳躍すると、ブーツに組み込まれた補助機能で天井近くまで跳び上がる。
手には強引に引き抜いて奪い取った鉄パイプ。
「わざわざスタンバトンをくれるとは、なッ!!」
鉄パイプに電撃を纏わせ、着地と同時に振るう。
残った構成員たちはまとめて感電し、痙攣するが、それでも踏ん張って耐えながらこちらに向けてナイフを振るおうとしていた。
「悪いが、いつまでも付き合ってはいられないんだ。寝てろ」
リオンは魔法で肉体を強化して鉄パイプを振り抜き、構成員たちを壁に向けて吹っ飛ばした。
致死レベルギリギリまで引き上げられた威力の電撃に打たれた状態で壁に思い切り叩きつけられて、ようやく彼らは動かなくなる。
──片付いた。
早くエステルに加勢しなくては。
呼吸を整えるのもそこそこに、リオンはエステルたちの方へと向かい──とんでもないものを見てしまった。
(私のせいだ。私が何にもできないから、エステルさんが──)
小男とその一味相手に肉弾戦を繰り広げるエステルたちをただ見ていることしかできず、オリヴィアは自分が情けなかった。
傷も痛みも一切合切押し付ける謎の魔装具を装着された自分を傷つけまいと、エステルはまともな反撃をしていない。
ひたすら小男の攻撃に押され、ナイフが振るわれるたびに白銀の髪の切片が舞い、時には微かに血が滲み、拳や蹴りが直撃して吹っ飛ぶ。
どうにか肉薄して体術で抑え込むか、武器を破壊することを狙っているようだが、上手くいっていないようだ。
もちろんオリヴィアもただ無策だったわけではなく、何度も魔装具の指輪を外そうと、あるいは壊そうと試みた。
だが、指輪は外そうとしてもまるで肉や骨に深く根を下ろしているかのようにびくともしなかった。
腕力を魔法で強化して無理に引っ張れば激痛が走った。
外すのは諦めて、落ちていた煉瓦の欠片を叩きつけて壊そうとしても傷一つ付かず、打ち所を間違えて自分の指を潰しかけた。
それでもオリヴィアは諦めない。
(何か──まだ何か私にできることは──)
必死で考えるオリヴィアの脳裏にある考えが過ぎる。
攻撃魔法で援護しても自分が傷つくだけで役には立たず、下手をすればエステルに当ててしまうかもしれない。
でも──それを自分に使うなら、どうだ?
エステルから教わった風魔法の刃で指輪を嵌められた指ごと切断してしまえば──魔装具は自分から切り離され、こんな理不尽な盤面をひっくり返せるかもしれない。
自分には治療魔法がある。
切断した指を繋げたことはないので元に戻るかは分からないが、やってみる価値はあるはずだ。
最悪失敗して指を失うことになっても、それでエステルが勝てるなら──大切な友達が助かるなら、後悔はない。
過ぎったアイデアはすぐに最後の希望のような光明に変わり、オリヴィアは指輪を嵌められた指を床に置いた。
痛いだろうか──想像して一瞬躊躇する。
引っ叩かれても殴られても蹴られても、痛みこそすれ身体の一部を失うことはなかった。
肉を裂き、骨を断って指を切り落とすというのはそれとは比べ物にならない苦痛だと、想像できる。
床に置いた手が震えているのが分かる。
それでも──
(何もできないなんて嫌!)
恐怖を振り払い、腹を括る。
吃りそうなのを必死に堪えて呪文を詠唱すると、腕に魔法陣が浮かび、風の刃が周囲を旋回し始める。
そのまま風の刃を地面に置いた指目掛けて振り下ろそうとしたその時。
『駄目だ!!やめろッ!!』
怒鳴り声が耳をつん裂き、オリヴィアは思わず縮み上がる。
その拍子に魔法は解けて風の刃も魔法陣も霧散した。
怒鳴り声を発したのは先ほど割り込んできた黒ずくめの男である。
『あ、えっと、じ、自分の身体は大切にしなよ。俺もあいつも君を助けに来たんだから。あの悪党は俺たちに任せて』
怒鳴ってしまったことが気まずくてか、あるいは自分の格好が怖がらせていると感じてか、若干慌てた口調で取り繕う男。
顔は見えないが、どこかで会ったことがあるような不思議な安心感が湧く。なぜだろうか。
「あ、あの──貴方は──」
『おっと、早くあっちに助太刀に行かないと。そこを動かないでくれよ』
何者なのか尋ねようとすると、黒ずくめの男はそそくさとその場を立ち、エステルの方へと向かっていく。
その後ろ姿がやはりどこか見覚えがある気がして、オリヴィアは記憶を探る。
だが、その直後、手元が突然眩く発光し始め、その思考は中断された。
『待たせてごめんなさい。解呪完了よ!もう心配ないわ』
(でかした!部隊を呼び戻せ!)
『了解よ。五分で来させるわ』
もういい加減に傷つけず飽きさせずに気を遣いながら戦うのも限界だった。
下手に距離を離すと即座に自傷しようとしやがるので、わざと数発クリーンヒットを貰う羽目になったし。
鍛錬の道具以外に負傷させられるというのは久しぶりだ。
その苛立ちを込めて本気の一撃を叩き込んでやろうとしたが、小男は突然後ろに退がり、振るった拳は空を切る。
小男自身もなぜそうしたのか分からないようで、僅かに首を傾げていた。
勘の良い奴め。
そのまま突っ込んできていたなら首を殴り折ってやったものを。
だが、見ようによっては都合が良い。
一撃で終わらせてしまっては仕返しにならないしな。
呼吸を整えるついでにどうやってコイツを料理してやろうかと考えていると、さっきの乱入してきた黒ずくめの男が俺の隣にやって来た。
『お前の仲間は全員倒したぞ!残っているのはお前だけだ。武器を捨てろ!』
拳に電撃を纏わせながら告げる男。
だが、その程度で止まる奴ならそもそもこんなことはしていないだろう。
実際小男は周囲をチラッと見渡して起きている仲間がいないことを悟るや、また床を踏み鳴らし始める。
「あ〜あ〜あ〜なんて奴だよォ──みーんな殺しちまいやがったのかぁあ?」
『ッ!俺は殺していない。お前のことも殺さない。ただし、大人しくお縄につくことが条件だ』
何を勝手に殺さないと決めて場を仕切っているのだろうか。
助太刀に入ってくれたのはありがたかったが、こんな奴を生かして捕らえてどうするんだ?
「あ"あ"!?お縄につけだァ?この狂犬グルム様にィ?どいつもこいつも舐め腐りやがって、誰が──」
グルムと名乗った小男が言い終わる前に黒ずくめの男が踏み込み、顔面に思い切り拳骨をお見舞いする。
電撃が炸裂し、グルムは痙攣しながら吹っ飛んで壁にめり込む。
『ふん。少しは痛みが分かったか』
黒ずくめの男の言葉にグルムからの返答はなかった。
奴はめり込んだ壁から剥がれてそのまま膝をつき、倒れ込んで動かなくなる。
静かになった廃工場に残った俺たちの呼吸と焚き火の音だけが響く。
「──ッ!エステルさん!」
我に帰ったオリヴィアが沈黙を破って駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいでこんなに──」
治療魔法の光が俺の身体を包み、傷と痛みを消していく。
泣いて謝りながら治療魔法を使い続けるオリヴィアを見て、猛烈に後ろめたさが湧き上がる。
そもそも俺があの夜チンピラ共を考えなしに斬り殺し、その後の処理を他人任せにして忘れていたのがこうなった原因である。
やはり王宮や憲兵などに任せず、俺が直々に組織ごと潰しておくべきだった。
「謝るなよ。お前の方がよほど酷い目に遭っただろうが」
治療魔法で傷は消したのだろうが、怯えぶりからして相当痛めつけられたのは想像がつく。
心が男の俺にはその恐怖や苦しみが分かるとは思わないし、そんな俺が慰めの言葉などかけても無駄だろう。
だから、これはせめてもの労りだ。
「もう大丈夫だ。学園に帰ろう」
そっと抱きしめて頭を撫でてやると、オリヴィアはか細い涙声で「はい」と返してくる。
少しは落ち着いてきたかと思った直後。
また刺すような嫌な視線が背中に突き刺さる。
またか。いい加減にしつこいぞ。
「やってくれたなぁぁ。よくもォ──ダックスにタルスにビリーにラゾにルイにアンリにガイにレグにガドにコニーにベズにギムにコブにリンクにフォスにピコにヤンに──」
壁にめり込んだ拍子にあちこち負傷して血を流しながらなおも立ち上がり、こちらに殺気を向けてくるグルム。
黒ずくめの男が前に出て俺たちを庇おうとするが、それを手で制する。
コイツは俺がやらなければならない相手だ。
「タフさだけは褒めてやる。だが、お前のインチキ魔装具はもうないぞ」
せっかくオリヴィアを安心させたばかりだというのにこれ以上流血を見せるのも忍びないと思って、一応降伏勧告をしてやった。
だが、グルムは光のない目をくわっと見開いて吠える。
「それがどうしたァ。ンなモンはな、ただのオマケだ!」
そしてグルムは手に持った針のような何かを自分の腕に突き立てた。
『お前もドーピングかよ!?』
黒ずくめの男が毒づいた直後、グルムの顔とナイフの鋒が面前に迫る。
だが、奴の視線と身体の傾き方からして本命の狙いは俺ではないことはすぐ分かった。
後ろ手でオリヴィアを黒ずくめの男の方に思い切り突き飛ばし、軸線上から外す。
すかさず狙いを俺に変えて迫ってきた刃は身体を傾けて躱した。
「きゃっ!」
『おっと!危ないな』
小さく悲鳴を上げて倒れかけたオリヴィアを黒ずくめの男が無事に抱き止めたのを横目で確認して、俺はグルムの方に意識を戻す。
あの黒ずくめの男が何者かは分からないが、少なくとも俺たちの味方ではあるようだし、オリヴィアの守りには申し分ない。
これで邪魔はなくなった。
──遊んでやる。
「エステルさん──」
泣きそうな顔でエステルとグルムの戦いを見守るオリヴィアだが、リオンはもう自分の役目は終わったことを悟っていた。
いくらドーピングで身体能力を引き上げたところで、ゴロツキごときがエステルに敵うわけもない。
それに先ほど相棒が知らせてきたところによれば、エステルが一旦下がらせた戦力を呼び戻している。
もうあと三分と経たずにここはまた包囲されるだろう。
あとはそれまでオリヴィアの側についていればいい。
だからこうしてオリヴィアの肩に手を置いて飛び出そうとするのを抑えている。
「あいつなら大丈夫。信じてあげてくれ」
「でも──」
オリヴィアは今にも駆け出しそうだが、そんなことはさせられない。
どうにか思い止まらせるための言葉を探し、リオンは先ほどエステルが見せた横顔を思い出す。
「これはあいつなりのけじめなんだ。自分のしたことで君を酷い目に遭わせてしまった責任を取ろうとしているんだよ」
「そんな──私は──」
オリヴィアは納得できない様子だったが、それでもエステルの性格はよく分かっているようで、伸ばそうとしていた手を下ろした。
そして胸の前で祈るように手を組む。
その祈りに応えてか、エステルは躱したついでに身体を回転させて猛烈な蹴りを繰り出し、グルムを吹っ飛ばした。
再び壁にめり込んだグルムにエステルは言い放つ。
「お前がお仲間を殺した落とし前をつけろと言うなら、私も師匠を殺そうとしたこととオリヴィアを拐って痛めつけた落とし前をつけろと言わせてもらう」
「何だとテメ──あ?」
今度は気絶せずにすぐに戦闘を再開しようとしたグルムだったが、その右手が手首からダラリと垂れ下がる。
先ほどの蹴りを受けた時に折れていたのだ。
「その腕じゃ武器も振るえない。拳骨もな。これでもまだやるか?」
「舐めやがって!狂犬グルム様の牙は一本じゃねぇ!」
エステルの挑発に、グルムは垂れ下がった右手に握られていたナイフを左手に持ち替えてなおも挑みかかる。
「何本あろうが全部へし折ってやるよ。いつまで吠えていられるか見ものだな」
「抜かせガキが!牙がなきゃ爪で、爪がなきゃ骨でその首掻っ切ってやるァ!!」
「強情な奴だな。利き腕を折られてもまだ足りないのか」
「甘ったれた貴族のガキがほざくんじゃねぇ!首だけになってもテメェの喉笛を噛みちぎってやる!テメェの家族やダチやその家族のもなァ!!」
それを聞いたエステルは寒気がする笑みを浮かべて言った。
「そうか。そこまで言うなら試してやるよ。少なくとも他所の領地で悪人気取りのボンボンよりは骨がありそうだしな!」
その言葉と共にエステルはグルムの左手首を引っ掴み、そのまま魔法で強化した握力で握り潰してしまった。
グルムは一瞬目を見開くが、すぐに醜悪な笑みを浮かべて膝蹴りを繰り出し、エステルの腹を打ち抜こうとする。
だが、その一撃もエステルは瞬間移動でもしたかのように寸前で躱し、逆にグルムの軸足の膝に蹴りを喰らわせた。
膝が反対方向に折れ曲がり、グルムは体勢を崩すが、なおも残った足で地面を蹴って飛びかかる。
だが、両手とも潰れ更に片足だけともなれば、もはや無手と変わらず、あっさりと綺麗な右ストレートを喰らって吹っ飛ばされた。
そのまま焚き火が燃えるドラム缶に頭から激突し、衝撃でドラム缶が倒れる。
溢れた中身をモロに被ったグルムの顔はたちまち焼け爛れる。
「ぐっ──グアァァァアアア!!」
苦悶の声を上げて燃える薪から逃れようともがくグルムだったが、それよりも早くエステルが残った足の膝と両肘を思い切り踏みつけて破壊した。
手足を完全に動けなくされ、垂れ下がった左手に握られていたナイフも遠くに蹴飛ばされ、顎も歯も先ほどの右ストレートで粉砕されて、グルムはもはや無手を通り越して死に体となった。
「どうだ?これで牙も爪も骨も折れたぞ。次は何で私の喉を掻っ切る気だ?」
エステルの問いかけにグルムはヒューヒューと息を漏らしながら呻くばかりだった。
だが、グルムに降りかかった薪の火が衣服に燃え移り、その下の身を焼き始める。
それを見てようやくグルムは言葉を発した。
「──は──へて──」
「何だって?」
「
「今更命乞いか?
割れた顎で聞き取りにくい命乞いをするグルムだが、その態度がエステルの神経を逆撫でしたようだ。
さっきまでのどこか楽しげですらあった声色が完全に冷え切って、一人称まで変わっている。
「ほ、
「そんな口約束を信用できると思うか?甘く見られたものだな」
エステルの声に込もった怒気が膨れ上がっていく。
「ひぃぃぃ!!頼む!
火傷で腫れ上がりまともに開かなくなった目から涙を流してなおも命乞いを続けるグルム。
それを見てエステルは少し考えた後、オリヴィアの方を振り向いて言った。
「オリヴィア。お前が決めろ」
本来最後にルク君が登場するはずだったけど、長くなり過ぎたので次回に持ち越し