俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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聖域へ

 時計の針は少し戻って、エステルたちが公園で返り血を落としていた頃。

 

 屋敷の執務室で書類仕事をしていたアクロイド家当主【モーリス・フォウ・アクロイド】は悶々としていた。

 

 理由は客人として滞在している【リック・フォウ・ノックス】である。

 彼はアクロイド家が頼りにしているノックス子爵家の息子であり、跡取りでこそないが正妻の子である。

 

 リックは交易で潤っているアクロイド領を気に入り、度々遊びに来ていた。

 それだけならまだいいのだが、彼の態度は目に余る。

 部屋を用意して食事も出しているにも関わらず、滞在費などびた一文払わず、毎日のように取り巻きたちと遊び歩いては、引っ掛けた女を屋敷に連れ込んでいる。

 

 領民たちからもちらほら苦情が上がってきており、正直言ってすぐにでも追い出したい。 

 だがノックス家の庇護によって平和と繁栄が保たれているという負い目から言いたいことも言えなかった。

 内心いつになったらリックが出ていくのかと思いながらモーリスは黙々と書類に判を押していく。

 

 と、不意に扉が激しくノックされ、判を押す位置がずれた。

 音の主は街の警邏を統括する騎士である。

 

 一体何事だ、ノックの力加減も忘れよって、と不機嫌になりながらも入室の許可を出す。

 入ってきた騎士は大慌てだった。

 

「男爵、一大事にございます!リック様と連れのメルル様が港町で殺害されました!」

「何だと!?」

 

 モーリスは思わず机を叩いて立ち上がる。

 

「何があった!」

 

 事の経緯を問うたモーリスに騎士はハンカチで流れ出た冷や汗を拭きながら答える。

 

「目撃者の証言によると、リック様の取り巻きの一人が二人連れの女性を口説こうとしたところ、揉み合いになり、リック様と残りの取り巻きがその場に介入されたとのこと。リック様たちが件の女性二人を取り囲んだところ、女性の一人が剣を抜き、リック様の右手を切断したそうです。その後その女性は応戦したメルル様も負傷させ、もう一人の女性と共に逃走。リック様とメルル様は救護所へ搬送しましたが、失血死が確認されました」

「何たることだ──」

 

 たしかにリックにはいなくなって欲しいとは思っていたが、領内で死んでもらいたかったわけでは断じてない。

 むしろリックがアクロイド領内で死亡するのは最悪の事態である。まして病死や事故死ではなく、殺されたとあってはアクロイド家の面子が丸潰れ──どころでは済まない。

 

「すぐに港を封鎖しろ。何としてもリック殿を殺めた犯人を捕らえるのだ。さもないと我が領地が存亡の危機に陥るぞ」

 

 モーリスの命令を受けて騎士は部屋を駆け出していく。

 それを見送ったモーリスは力が抜けたようにどさっと椅子に座り込んだ。

 そのまま俯いて頭を抱える。

 

 

◇◇◇

 

 

 目の前で片膝をついて俺に感謝してくる金髪の美女に俺は困惑する。

 

「無念?それってどういうことですか?」

 

 俺の問いかけに美女は目を落とす。

 

「妹は──貴女が斬ったリック・フォウ・ノックスの誘いを断ったという理由で奴とその仲間に(かどわ)かされ、辱めを受けたのです。奴は子爵家の嫡出子、私たちはその家に仕える騎士家の娘。事は揉み消され、妹は泣き寝入りを強いられました。それ以来、彼女は部屋に閉じこもったままです」

 

 ──マジか。あのリックとかいうチンピラ野郎、子爵家のボンボンだったのかよ。

 そりゃアクロイド男爵家が躍起になって犯人を探すわけだ。領内で他家──それも子爵家の息子が斬られたなんて知れたら、間違いなく子爵家からの報復が待っている。

 ──捕まらなくてよかった。

 もし捕まったらリックの実家に突き出されて処されるだろう。

 

「ですから、私自身の手で復讐すべく、リックを追っていたのです。彼らへの復讐を果たした後はいかなる裁きも甘んじて受ける覚悟でしたが──思いがけず貴女がそれを代行してくださいました。奴は妹を辱めたその手を切り落とされて失血死したとのこと。そして彼に断罪の刃を突き立てた貴女が追われているのを見過ごせず、助太刀致しました」

 

 そして美女は立ち上がり、飛行船を指差して言った。

 

「港を目指しておられたようですが、もはや陸路で港に入ることは不可能です。私の飛行船にお乗りください。空路であればまだ入港する飛行船に紛れて港に入れます」

 

 それはありがたい。

 断る理由もないので俺はその申し出を受ける。

 

「感謝します」

 

 ティナに合図して荷馬車に積まれた荷物を降ろさせ、三人で飛行船に運び込んだ。

 

 それにしてもこの美女、偶然とはいえ他人が仇を討ってくれたのだから、そいつ一人に咎を背負わせて去ってもいいだろうに、わざわざ危険を冒して助けに来るなんて──馬鹿なのか?

 下手をすれば逃亡幇助の罪で諸共に捕らえられて処罰されるばかりか、実家にまで累が及びかねないのに。

 

 それでも──心の奥底では嬉しいという気持ちが頭をもたげる。

 前世で俺が身に覚えのない罪を擦り付けられた時、誰も助けてはくれなかった。

 借金取りに追われるようになってからはそれなりに関わりがあった連中も逃げるように俺から去っていった。

 あれ以来もう人間は信用しないし、期待もしない──そう思っていたのだが、見ず知らずの俺をこの騎士の娘は助けてくれた。

 本当にどうしようもなく馬鹿で、義理堅くて、家族思いな騎士の鑑だ。

 

 異世界転生して初めて、俺は案内人とティナと師匠以外の人間に感謝した。

 

 

 

 騎士の娘の飛行船で桟橋に行き、俺の飛行船に買い込んだ物資を運び込み、いざ冒険の再開──というところで待ったがかかった。

 騎士の娘──【アーヴリル・ランス】と名乗った──がついてくると言い出したのだ。

 

 彼女は俺たちには他の旅仲間がいるものと思っていたらしく、俺たちが二人だけで旅をしていると知って驚愕していた。

 そしてなぜ二人だけで船旅をしているのかと尋ねてきた。

 

 仕方なく俺はアーヴリルに自分の身の上を掻い摘んで話した。

 彼女はその話を聞いてドン引きしていた。

 そりゃそうだろう。家の財政を再建するためと言って娘を三十路のメタボ野郎に売りつけようとしたばかりか、その娘が家出したら軍隊を動員して抹殺にかかる親父の神経はこの高潔な騎士には理解できないだろう。

 

 そして彼女は俺たちを見過ごせないから一緒に行くと言い出した。

 正直、これ以上旅仲間なんて要らないのだが、下手に追い返して俺たちのことを誰かに話されても困るので仕方なく連れて行くことにした。

 こうして、旅仲間に騎士の娘アーヴリルが加わり、俺たちは三人旅となったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 貨物船のブリッジで舵輪を握るアーヴリルはまだ驚愕が治まらない。

 その理由は船長席でふんぞりかえっているエステルである。

 

 この少女が自分に語って聞かせた身上話によると、彼女は貴族──はっきり言わなかったが、専属使用人を従えていることから男爵家乃至は伯爵家──の令嬢であり、十二歳にして筋骨隆々たる男に剣で勝つほどの力量がある。

 そして現在自分の鎧──専用の鎧をこの年齢の貴族令嬢が持っていること自体おかしい──に乗って家出中。

 更に家出した直後に実家の私設軍の鎧一個小隊に追撃され、振り切れなかったので交戦して返り討ちにし、無人島で一夜を明かした後、補給と飛行船の購入のためにアクロイド男爵領を訪れた、とのことである。

 信じ難い話ではあるが、それ以上に驚いたのは家出した理由である。

 

 見合いが嫌だったから。

 

 それだけの理由でこの少女は空を飛び、追い縋る鎧を撃墜し、海を渡ったというのか!? 

 才能の無駄遣いとかいうレベルの話ではないぞ?

 嗚呼、取り逃して大目玉を食らっているであろう騎士たちが哀れでならない。

 

 ──アーヴリルはエステルの父の所業よりもエステルの行動の方にドン引きしていたのだった。

 

 だが、彼女に家に帰るように説得するのも、このまま彼女を行かせるのも、どちらも違う気がした。

 実家に帰っても彼女には辛い未来が待っているだろう。家出したことを責められるだろうし、鎧は取り上げられるだろうし、下手をすれば監禁されるかもしれない。それに望まない結婚を強いられる辛さは同じ女性として同情できる。

 

 かといって、このまま専属使用人と二人だけで旅に送り出すのも抵抗がある。

 年端もいかない少女二人での旅など、どう考えても苦労する未来しか見えない。それを分かっていて見て見ぬふりをするのはアーヴリルの信じる騎士道に反する。

 ランス家で匿うことも提案したが、どうやらエステルには明確な目的地があるらしく、断られた。

 

 だから考えた末にエステルに同行することにした。

 忌まわしいリックが死んだことを一刻も早く妹に報告したいという気持ちはあるが、エステルたちへの心配の方が勝った。

 

 結果、乗ってきた飛行船からエステルの買った軽貨物船に乗り移り、こうしてブリッジで舵輪を握っている。乗ってきた飛行船は曳航してもらっている。

 エステルは目的地について詳しく教えてはくれず、時々コンパスを見て指示を飛ばしてくる。アーヴリルに許されたのはその指示に従って飛行船の針路を調整することだけ。

 旅仲間として対等に扱われていないのは否めないが、それも無理からぬこと。地道に信頼を得ていくほかはないだろう。

 

 ふとブリッジの扉が開く。

 

「昼食ですよ」

 

 専属使用人のティナがそう言ってサンドイッチを持ってきた。

 

 この専属使用人もアーヴリルからすれば驚きの存在である。

 アーヴリルの知る限り、女性の専属使用人を雇っていた貴族令嬢はいない。わざわざ大金を払って雇うなら男性の専属使用人、というのが普通だ。

 そして、その専属使用人が家出について来ているというのも信じられない話である。

 家出などという不祥事に付き合っても、専属使用人側にメリットは何一つない。

 そもそも亜人たちが専属使用人になるのは手っ取り早く大金を稼ぐためであり、主人への忠誠などない。

 だから普通は主人が家出すれば家から契約を切られるか、それとも自分から契約を終了して出て行き、新しい主人を探そうとするはずだ。

 なぜこの専属使用人は家出したエステルに付き従っているのか、気になる。

 

「どうぞ。ランス様」

 

 ティナがサンドイッチを差し出してきた。

 

「頂こう」

 

 受け取るとティナは一礼して出て行った。

 

(礼儀を弁えている奴隷など初めて見たな──)

 

 これまで見てきた専属使用人は自分の主人より格下の相手には横柄な態度を取る者ばかりだったが、あのティナという専属使用人は騎士家の娘である自分に礼をした。

 

(やはり不思議だな。この二人は)

 

 そう思いながらサンドイッチを一口齧る。

 ティナが作ったのであろうサンドイッチは柔らかく、優しい味がした。

 

 

◇◇◇

 

 

 アクロイド男爵家の屋敷ではモーリスが焦っていた。

 

「ええい!見失ったで済むか!もっと兵を動員しろ!捜索範囲を広げるのだ!」

 

 怒鳴り散らすモーリスに報告に来た騎士が平身低頭する。

 

「申し訳ありません!直ちに!」

 

 駆け出していく騎士。

 

 生きていたリックの取り巻き──ティナをナンパした男と腰巾着と呼ばれた男──と事件当時周辺にいた人々の証言により、リックとメルルを殺害した犯人は十代前半くらいの銀髪碧眼の少女で、彼女の連れは十代後半乃至は二十代前半の獣人の少女と分かった。

 

 その情報を聞いた時、俄かには信じられなかった。

 リックもメルルも腕力はあるし、剣の腕はそれなりに立つし、魔法も使える。いくら油断していたとしても十代前半の少女が戦って勝てるような相手ではなかったはずだ。

 

 だが、事件を目撃した者たちの証言は皆同じであり、信じないわけにもいかなくなった。

 そしてその二人は港付近の検問で見つかったのだが、検問所を強引に突破され、逃走を許してしまったとのことだ。

 騎兵隊まで動員したのに何をやっていたのかと叫びたくなる。

 

 そしてその二人の少女は一体何者なのかという疑問も大きくなった。

 何せその二人の少女の周りでは不可解なことがあまりにも多く起こっている。

 リックが見切れないほどの速さの斬撃で手首を切り落とされ、メルルが正面切っての剣戟で一手も打ち合うことなく背後を取られて両脚を斬られた。そればかりか、彼女を追った騎兵隊に至っては発砲した直後に馬が三頭同時に倒れたり、味方同士で()()()()したりしている。

 

 奇妙なことに馬が倒れた原因は乗っていた騎兵が発砲した弾丸と同じ種類の弾丸で撃たれたことだった。誤射や別の場所からの狙撃では説明がつかない──まるで()()()()()()()()()()()()()()()怪奇現象に捜査関係者は頭を悩ませている。

 

 騎兵同士が正面衝突したという話も妙だ。騎兵たちは何が起こったのか分からないと言い、目撃者たちは騎兵たちが急に曲がって互いにぶつかりに行ったように見えたと言った。騎兵たちは街中でも互いに衝突しないように訓練されているし、何より馬が本能で衝突を避けるはずだ。それなのに正面衝突を起こすとは何があったというのか。

 

「恐ろしい──私が何をしたというのだ──」

 

 リックに迷惑をかけられ、そして今日摩訶不思議な少女にリックを殺害され、配下の兵にも損害を被った。

 このまま少女たちを捕らえられなければ、リックの実家のノックス家はアクロイド家の手落ちだとして落とし前を付けさせにかかるだろう。

 

 モーリスは自分の不幸を嘆いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 アクロイド領を出た一週間後。

 

 聖域と呼ばれる島に近づいた俺たちは島の住民から手厚い歓迎を受けていた。

 

「はっ!無駄だ!モンスター風情が!」

 

 叫んで剣を振るうと、空を飛ぶイカのようなモンスターが切り裂かれ、黒い煙を噴いて落ちていく。

 

 聖域にはイカやオウムガイのようなモンスターが大量に巣食っていて、上空に入った俺たちの飛行船に襲いかかってきた。

 だが、所詮はモンスターである。俺と俺の鎧の敵ではない。

 可変式推力偏向翼によって繰り出される変則的な機動で翻弄し、一方的に敵を叩き落とす──楽しくて仕方がない。

 そしていくら墜とされても性懲りもなく挑みかかってくるモンスター共の救いようのない馬鹿さ加減が更に笑いを誘う。

 

 俺が鎧で襲いかかってくるモンスターの相手をし、ティナが飛行船を操縦して俺たちは聖域へと侵攻する。

 

 ふとモンスターの一体が俺の迎撃をすり抜けて飛行船の方へ向かった。

 そのままブリッジに襲いかかろうとするが、待ち構えていたアーヴリルにライフルで撃たれて撃墜された。中々射撃の腕が立つようだ。存外良い拾いものだったな。

 すり抜けられてもアーヴリルがいると思えばこそ、俺はそこそこ安心して戦える。ティナと二人だけだったらこうはいかなかっただろう。

 

 もしかしてアーヴリルとの縁ができたのも案内人の加護なのだろうか──一瞬そう思ったが、すぐに目の前の敵に意識を戻し、剣を振るう。

 モンスターはまだいる。いくら簡単に倒せても気を抜くことは許されない。

 

 

 

 ブリッジの真上の見張り台でライフルを構えるアーヴリルはまたしても驚愕していた。

 

 数千はいるであろうモンスターを齢十二歳の少女が殆ど一人で屠り続けている。

 モンスターたちが強い魔力を発し、仲間を大量に殺戮しているエステルの方に引き寄せられているお陰で、アーヴリルの方は手持ち無沙汰に近い有様だ。

 

「凄い──」

 

 どうにか口にできた感想はそれだけだった。

 

 普通なら襲ってくるモンスターの大群を視認した時点で一旦退却を開始しているところだが、エステルはアーヴリルの反対を一蹴し、飛行船を守る最後の砦になるよう命じて鎧で出撃していった。

 しかもその鎧は重量級の機体を背中に取り付けた推進装置付きの可変翼で無理矢理高機動に仕立てたゲテモノであり、正規軍の騎士でもまともに使いこなせるとは思えない。

 そんな機体を自由自在に操って一方的にモンスターを屠るエステルがアーヴリルには頼もしくもあり、恐ろしくもある。

 

 一体何をどうやったらこんな十二歳が育つというのだろうか。

 

 たまにエステルの迎撃をすり抜けて飛行船に向かってくるモンスターに気を配りながらも、ついつい目線がエステルの方に行ってしまう。

 

(あの方は一体何を目指しておられるのだ?)

 

 これほどの規格外な才能の持ち主が上陸先の島で何をしようとしているのか、気になって仕方がない。

 モンスターが大量に巣食う辺境の島に何があるというのだろうか。

 まさかとは思うが、未開のダンジョンでも見つけようというのだろうか。

 

 不意に飛行船が大きく揺れた。

 慌てて周りを見渡したが、何かがぶつかったようでもない。しかし、揺れは収まらない。

 

 一瞬混乱したが、ブリッジからティナが大声で伝えてきた。

 

「下です!」

 

 ティナの言う通りに下を覗き込むと、無数の触手を持った巨大なタコのようなモンスターが船底に張り付いて揺すっている。

 

「このッ!」

 

 ライフルを撃ち込んだが、相手の身体が柔らか過ぎて弾が通り抜けてしまい、ダメージになっていない。

 

 アーヴリルに気付いたモンスターが素早く触手を伸ばしてきた。

 たちまちライフルが絡め取られるが、アーヴリルは剣を抜いて触手を切断する。

 痛みからか触手はライフルを手放して引っ込んだが、船底に張り付いた本体を倒す手段はアーヴリルにはない。

 

(クソッ!どうすれば!)

 

 歯噛みするアーヴリルだが、モンスターは待ってはくれない。

 ブリッジからティナの悲鳴が聞こえてきた。

 

 すぐにハッチを開けてブリッジに飛び込むと、ティナに触手が迫っていた。

 ティナはナイフを手に必死で触手から舵輪を守っている。

 

「はあああっ!」

 

 剣を振るい、ティナに襲いかかる触手を切断する。

 触手はのたうち回りながら出て行ったが、すぐにまた来るだろう。

 

「助かりました。ありがとうございます」

 

 ティナがお礼を言ってきたが、アーヴリルは張り付いたモンスターをどうしたものかということで頭が一杯だった。

 

「礼はいい!それよりあのモンスター、船底に張り付いてて打つ手がない!銃も効かないぞ!」

 

 正直期待できなかったが、今は猫の手──否、狐の知恵も借りたい。

 エステルは群がる他のモンスターの相手で手一杯なようで、助けは期待できない。

 

 打開策を求められたティナは少し窓の外を見回したかと思うと、舵輪を思い切り左に回した。

 

「何をしている?」

「左に岩があります。そこに船をぶつけてこそぎ落とします!」

 

 見ると確かに左斜め前方に大きな岩が浮かんでいる。

 だが──無茶である。少しでも操船を誤れば飛行船が壊れてしまう。

 

 反対しようとしたアーヴリルだったが、それよりも早くモンスターの触手が再び窓を破って襲いかかってきた。

 やむなく舵輪を握るティナと背中合わせになり、剣で応戦する。

 

「来い!相手は私だ!」

 

 魔法で風の刃を作り出し、触手目掛けて投げつける。

 触手は魔法を使ったアーヴリルに反応して襲いかかってくる。

 

「ランス様!」

 

 ティナが持っていたナイフを投げて渡してきた。

 それをキャッチし、二刀流で左右から襲いかかってくる複数の触手を迎撃する。

 モンスターも怒り昂っているのか、傷を負わせても触手は引っ込まない。

 

「衝撃に備えてください!」

 

 ティナが警告してきた直後、飛行船がズシンと揺れる。

 船底が岩を擦り、ゴリゴリと耳障りな音を立てたかと思うと、グチャリと柔らかいものが押し潰されたような音に変わる。

 

 体感にして数分にも感じられる一瞬が過ぎ、飛行船は岩を通り過ぎる。

 

 後ろを見ると、タコのようなモンスターは船底から剥がれて力なく落ちていく。飛行船の損傷は軽微なようだ。

 

「──やった。よくやってくれたな」

「いえ、ランス様が援護してくださったお陰です」

 

 破天荒なのは主人と同じだな、と内心思いつつもアーヴリルはティナに感謝を伝え、見張り台に戻った。

 

 しばらく見ないうちにエステルに群がるモンスターはだいぶ減っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 襲いかかってきたモンスターを駆逐し尽くし、聖域の北端に上陸した時には日が沈みかけていた。

 

 森の木を幾らか鎧で薙ぎ倒して着陸場所を作り、そこに飛行船を降ろして夜営の準備をする。

 拾ってきた木の枝で焚き火をし、アクロイド領で買った缶詰を開ける。

 微かに柑橘系の甘みのあるパンを食べながら、地図を取り出して広げる。

 

 俺たちは確かに印が付けられた島にやってきた。だがこの島に誰かが住んでいる気配はない。

 可能性があるとすれば【大墳墓】に眠る何か──魔神と呼ばれる正体不明の存在だが、案内人は詳しくは教えてくれなかった。

 あいつは肝心な所で不親切だな。俺の味方になる存在とは何のことなのか、どうすれば会えるのか、どうすれば味方にできるのかは教えてくれないまま去って行った。

 

 ──まあいい。今更文句を言っても詮ないことだ。

 取り敢えず方角だけでもとコンパスを取り出して見てみると、針はこれまで南西を指していたのが、南を指していた。大墳墓のある方角だ。

 どうやら案内人が言っていた存在がいる場所は大墳墓の中か、その周辺で間違いないらしい。

 

 そうと分かれば明日は大墳墓の探索で決まりだな。まず飛行船と鎧で上空から偵察して大墳墓を探し、近くに降りてコンパスの指す方向に向かって歩いていけばコンパスが示すものに辿り着けるはずだ。

 

「あの、エステル様」

 

 ふとアーヴリルに声をかけられた。

 

「何だ?」

 

 ちなみにアーヴリルに俺の身の上を話して以降敬語はやめている。

 

 アーヴリルは俺が持つ地図とコンパスを気にしながら尋ねてきた。

 

「エステル様は何の目的でこの島を訪れたのですか?」

 

 やはり話しておいた方が良いだろうか。

 きっとうるさく反対するだろうと思って今まで正確な行き先と目的を話していなかったが、その行き先に着いてしまった今、隠し続ける必要性はあまりない。

 だが全て正直に話すわけにもいかない。

 案内人のことをどう説明すればいいか分からないし、俺もこの島に何がいるのか、あるいはあるのかを把握してはいない。

 

 だから嘘は吐かず、それでいて納得──賛成するかは別として──させられそうな答えを用意する。

 

「──ここのダンジョンを攻略するためだよ」

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