アーヴリルはエステルの返答に唖然としていた。
「ダンジョンって──たったの三人でですか?」
普通未開のダンジョンを攻略するのに三人だけでなど心許ないとかいうレベルではない。
はっきり言って自殺行為である。
だがエステルは涼しい顔で言ってのける。
「ああ。このダンジョンを攻略すれば、私は冒険の実績と運が良ければお宝を手に入れられる。そうすれば父も縁談の取り消しを認めてくれる。そう口に出させたからな」
アーヴリルは頭痛がするような感覚を覚える。
たしかに一攫千金を狙うなら未開のダンジョンを攻略してその所有権を得るのは選択肢に挙がるが、だからと言って迷いなくそれを選択するのは無謀だ。
島の上空に入っただけであれだけの数のモンスターに襲撃されたのだ。ダンジョンに入ればそれこそ何が待ち構えているか知れたものではない。エステルが駆って暴れ回った鎧もダンジョンではおそらく使えない。
だが、そのことを指摘する前にエステルはアーヴリルの逃げ道を塞ぎにかかる。
「お前がついてくると言い出したんだ。ここまで来たからには付き合ってもらうぞ。嫌とは言わせないからな」
有無を言わせないような迫力を感じる声音に一瞬気圧されるが、だからといってはいそうですかと黙るほどアーヴリルは気弱ではなかった。
「確かについてきたのは私の意志です。ですがダンジョン攻略など無謀です。島の上空に入っただけでもあれだけの数のモンスターに襲われたのですよ?ダンジョンに入ったらそれこそ何が出てくるか分かりません」
「心配はいらない。何も闇雲に進もうとしているわけじゃないからな。それに私の実力はその目で見ただろうが」
「で、ですがあれは鎧を使っていたからです。ダンジョンの中に鎧は入れるのですか?」
「それは明日の探索で確かめる。もし入れないなら入れるように広げればいい。簡単な話だ。それに駄目でも私には奥の手もある。明日は体力と魔力が要るからもう寝るぞ」
そう言ってエステルは歯を磨いてさっさと毛布を被ってしまう。
諫言を聞き入れられなかったアーヴリルにティナが声をかけてきた。
「私も考え直すようお願いしましたが、お嬢様はこうと決めたら絶対に譲らないお方です。誰にも説得はできません」
その言葉はアーヴリルの胸中に燃え上がる、義憤のような独り善がりな感情に油を注ぐようなものだった。
思わず立ち上がってティナを睨み付ける。
「お前は──なぜそうあの方に盲従する?家出に付き従うなど奴隷らしくもない。さりとて主人が危険に飛び込もうとしているのに、一度説得に失敗したからといって黙っているなど──」
奴隷という言葉に一瞬ティナの顔が引き攣り、手が僅かに動く。
アーヴリルに協力する気はない、そして力を行使するならば応戦する──その覚悟が翡翠色の瞳から読み取れた。
アーヴリルはその瞳を見て座り込む。
主人の言うこと以外は聞かない──その点はアーヴリルのよく知る専属使用人の特徴だったと思い至った。
「お前が分からない。お前は──あの方のことを何だと思っている?」
その質問の答えはアーヴリルの予想──そんなものを具体的にしてはいなかったのだが──を超えていた。
「お嬢様は──私の生きる理由です」
「どう言う意味だ?」
尋ねたアーヴリルにティナは自分の身の上を話した。──エステルに話した時よりもずっと詳しく。
話が終わった時にはアーヴリルはティナを抱き込むことを諦めていた。
◇◇◇
翌日。
俺は鎧で【大墳墓】の上空を飛んでいた。
大墳墓は森に覆われて山にしか見えない。前世で見た古墳を思い出す。
だが案内人がくれたコンパスのお陰で見つけるのは簡単だった。
俺がコンパスと地上を交互に見ながら入り口を探し、後ろからティナたちが飛行船でついてくる。
不意にコンパスの針が百八十度違う方向を指した。どうやら入り口を通り越したらしい。
飛行船に着陸用意の合図を送り、鎧を反転させた。
地上に降り、剣を振るって木を切り倒し、飛行船の着陸場所を確保する。
飛行船が着陸し、探索用の装備に身を包んだティナとアーヴリルが降りてきた。
俺は一足先に鎧で道を切り開きながらコンパスの指す方向へと前進する。
程なく、無数の木の根に覆われた崖が見つかった。
「──あれだな」
コンパスはその崖を指している。
鎧の手で木の根を剥がしていくと、硬質なものに行き当たった。
軽く叩いてみると金属のような音がする。
「当たりみたいだな」
それは巨大な扉だった。
遥か昔には幾つものブロックが重なって巨大な扉を形成していたのだろう。
今は殆ど地中に埋まっていて所々開いた場所から土砂が流れ込んでいる。
鎧を使って土砂を掻き出し、進入経路を確保する。
幸い、鎧が通れるだけの穴を掘ることができたのと、中も相当広いようなので、ダンジョンの中でも鎧を使うことはできそうだ。
アーヴリルの懸念は今の所当たっていない。
暗くて周りが見えないので鎧の翼から噴き出すマゼンタ色の炎を松明代わりにし、長い年月の間に流れ込んだ大量の土砂が積もってできた山を下っていく。
ほんの数メートル先は闇、入ってきた穴から差し込む光はどんどん離れていく中でどこまで続いていくのか分からない下り坂を進む──その状況に強い精神的バイアスがかかり、時間が長く感じられる。
下り坂が光沢を持つ硬質な水平面に変わった時、入ってきた穴は見えなくなっていた。
炎を強くして前方を照らすと、金属質の床がずっと奥の方まで続いているのが見える。
コンパスはその奥の方を指している。
「大墳墓の中にこんな場所があったなんて──」
ティナが驚いている。
「こんな広いダンジョンは見たことがないぞ?どこまで続いているんだ?」
アーヴリルも目を丸くしている。
俺はふと炎を上に向けた。天井はどれくらいあるのか──それを見ようと思ったのだが、これが物凄く高かった。目測で百メートルはあるのではないだろうか。
天井には骨組みやレールのようなものが無数に走っているのが薄らと見える。
魔力で空間把握を試みたが、天井はともかく壁が感知できない。この空間はどれだけ広いのだろうか。
だが金属質の床と天井に走る骨組みやレールから推測するに、ここは人工的に作られた建物だ。しかも殆どが地中に埋もれ、その上を森に覆われ、流れ込んだ土砂が山を形成するほどの長い年月──おそらくだが数千年──を経ても内部が錆びたり朽ちたりすることなく残っているオーバーテクノロジーの産物。
一体どうやったらこんな建物が作れるのか、そしてこの建物を造って使っていた者たちはどこに行ったのか──疑問は尽きないが、差し当たっての関心は別のことだ。
(これだけ広い空間なら飛んで移動できるな)
どこまで続いているかもしれない平面を歩いて踏破するなど論外である。ダンジョン内で食糧が尽きて行き倒れになりかねない。
案内人のコンパスが指す目的地までどれくらいかは分からないが、なるべく行程は短縮したい。
「二人とも、ここからは飛んで行くぞ。手に乗れ」
鎧の手を差し出すとティナとアーヴリルが上に乗る。
二人を圧し潰してしまわない程度に手を握り込み、鎧を離陸させる。
思わぬ障害物にぶつからないよう、魔力で空間を把握しながら飛ぶ必要があるのであまりスピードは出せないが、徒歩よりは段違いに速く進むことができる。
二十分ほど飛び続けてやっと突き当たりの壁が見えてきた。
鎧を減速させ、壁の手前で着陸する。
コンパスを見ると、目の前の壁を指している。
再び魔力での空間把握を使うと、どうやら目の前の壁は扉であるらしいことが分かった。その先には通路が続いているようだ。
ティナとアーヴリルを降ろし、扉に近づいて取っ手か或いは開閉ボタンでもないものかと探してみるが、見つからない。
剣で壊そうとしてみたが、かなり頑丈な素材でできているらしく、傷一つ付けられなかった。
「お嬢様!」
不意にティナが呼びかけてきた。
「何だ?」
ハッチを開けて問いかけると、ティナは上を指差して言った。
「上に開口部があります」
見ると確かに格子状の穴が空いた四角い蓋のような物が見える。
おそらく換気用ダクトの蓋だろう。小さ過ぎて鎧は通れないが、人間なら楽々通れそうだ。
「でかしたティナ!」
鎧を浮かせて剣を突き立て、梃子の要領で蓋を外す。
当たりだ。蓋の内側は大人が立って進める程の大きさのダクトになっていた。
一旦鎧を着地させ、コックピットを出て頭部によじ登る。
そこからジャンプしてダクトに飛び込む。
ランタンを灯し、足下を照らしながら少し進むと、通風口の蓋らしきスリットが見つかった。
足で蹴ってみると、簡単に割れて下に落ちる。
通風口から床に降り立ち、扉の近くへ行くと、不意に小さな光が灯った。
扉のすぐ近くの壁に小さなディスプレイがあり、それが淡い光を発している。
「生きているのか──?」
驚いた。まだ電気が通っていて電子機器が動いているなんて。
こんなSFチックな古代遺跡があるなんてこの世界は一体どうなっているんだ?
ディスプレイを覗き込んでみたが、そこに映る映像は緑がかっていて画質も悪く、何が映っているのか分からない。
『お嬢様?聞こえますか?』
不意にディスプレイからティナの声が聞こえてきた。
どうやらこのディスプレイはインターホンのような機器で扉のすぐ向こうを映しているらしい。
とすると、どこかに開錠ボタンがあるはずだが──ディスプレイの周りをよく見るとすぐ下に四角いボタンがあった。
押してみると「ギイイイイイ」と耳障りな音を立てて扉が横に開く。錆び付いているらしく、スムーズには開かないが、それでも開閉装置は生きているようだ。
「お嬢様!」
ティナが扉の向こうから駆け込んできた。
「どうやって開けたのですか?こんな大きな扉なのに──」
アーヴリルは扉を見て首を傾げている。
「なに、ちょっとした魔法だよ。この遺跡の仕掛けはまだ生きているんだ」
抽象的な種明かしをしながら俺は鎧に戻り、翼を畳んで歩行モードにする。
「さて、行くぞ」
通路は真っ直ぐに続いていた。
俺の乗る鎧がコンパスを頼りに先頭を歩き、その後ろにティナとアーヴリルが左右を固めながら進む。
静寂と暗闇が支配する遺跡の中で俺たちの足音がやけに大きく響く。
鎧の翼を畳んでいるせいで翼から噴き出す炎で照らすことが出来なくなったため、光源はランタンだけだ。
通路の両脇には大きなドアが幾つも並び、通路を挟んで部屋が並んでいることが分かる。
こういう場所にはモンスターが棲みついているものと思っていたが、全く現れない。
──少々不自然だ。
遺跡の外には無数にモンスターがいたのに、なぜここにはいないのだろうか。
それこそ部屋という部屋に巣食っていてもおかしくないのに。
──もしかしてこれも案内人の加護か?
あいつは異世界を行き来できるような存在だから、俺たちが来る前にモンスターを一掃するくらいやってのけそうだが──
あるいはモンスターを駆逐できるような何かがこの遺跡にはいるのだろうか。
「──ん?」
不意にティナが足を止めた。
耳をピンと立ててあちこちの方向に向けて動かしている。
犬が何かを警戒するかのような仕草だ。
「どうした?」
問うてみると、ティナは珍しく俺と目も合わさずに歯切れの悪い返事をする。
「いえ──何か聞こえたような気がして」
「何か?どこから聞こえた?」
「分かりません。何か物が落ちたか倒れた音かもしれませんが──嫌な気配がします」
ティナはそう言ってライフルを握り直す。
「私には特に怪しい音は聞こえなかったが──」
アーヴリルは懐疑的だ。
俺にも鎧の足音以外は何も聞こえなかったが、獣人であるティナは人間より何倍も耳が良い。俺たちには聞こえないほど小さな音も聞き取れるだろう。
嫌な気配がするというのも聞き捨てならない。
魔力での空間把握をしても、モンスターはおろか動く物一つ感じ取れないが、警戒しておくに越したことはない。気配とか野生の勘とかそういうのは馬鹿にならないのだ。
「警戒して進むぞ。指は引き金に掛けとけ」
この人数なら誤射の心配はないだろう。
鎧の操縦で手が塞がっている俺の代わりにライフルを持つ二人が無言で頷く。
それからどれくらい経っただろうか。
今まで真前を指していたコンパスの針がグイッと動いて左を指した。
照らしてみると、通路が突き当たりに達し、左右に分かれている。
──その曲がり角の向こうにソレはいた。
異様に大きな腕と丸みを帯びたマッシブな胴体、そして太く短く接地面の大きな脚を持ったソレは前世のSF映画で見たような──
頭に相当する部位はなく、胴体の真ん中についた丸いレンズのような物が赤く光っている。
そのレンズが俺たちを捉える。
ファンタジー世界でロボットを見た驚きで俺はしばし動けなかった。
だがロボットの方は機械らしく冷静に──或いは無機質に俺たちを観察し、プログラムに照らして適切な行動を取った。
ロボットが叫ぶような機械音声を発して、俺の鎧に向けて腕を突き出したかと思うと、その先端が発光した。
──その直前に咄嗟に身を捩ったのはこの身体の本能的な危機回避だったのかもしれない。
発射されたレーザーが鎧の装甲を貫通し、俺のすぐ横に熱を帯びた大穴が空いた。
あと何センチかずれていたら灼熱の光線に貫かれて死んでいただろう。
「隠れろ!」
素早く跳び退がり、通路の曲がり角に身を隠す。
ティナとアーヴリルも弾かれたように曲がり角に逃げ込んだ。
直後にロボットが再びレーザーを撃ってきて壁の一点が赤熱化する。
レーザーの軌跡は舞い上がった埃に反射して薄らと見えるだけ。ファンタジー世界のくせに嫌にリアルだ。
「無事か!?」
呼びかけるとティナとアーヴリルは恐怖を必死で堪えている表情で、それでも健気に頷く。
曲がり角の向こうからはロボットの機械音声がまだ聞こえてくる。
ロボットに感情はないはずだが、俺たちを殺そうとする執念のようなものを感じる。
推測するしかないが、人間の施設として生きていた頃から侵入者排除の任務に就いている警備用ロボットなのかもしれない。
誰もいなくなって、使われなくなった場所を愚直に守り続ける哀しさには憐みを感じるが、俺たちの邪魔をするならば排除する他にない。
だが、生憎とこちらにはあのロボットを倒せそうな火力はない。
鏡花水月でレーザーを打ち返せば倒せるかもしれないが、こちらから出て行けばその瞬間にレーザーでやられるのは明らかだ。
ここは待ち伏せた方が良いだろう。
空間把握を使うと、ロボットがレーザーガンを内蔵した腕を構えて少しずつこちらに近づいてくるのが分かった。
念のためティナたちを近くの部屋に退避させ、俺は壁にぴったり張り付いて曲がり角に意識を集中する。
奴が腕を動かして俺を照準する一瞬の隙に鏡花水月を発動させなければならない。
できればあのレンズを狙いたい所だ。戦闘用ロボットなら自分の攻撃に耐えられる装甲を持っているだろうが、カメラやセンサーの類には装甲が施せないはずだ。
ロボットの足音がどんどん近づいてくる。
様子を窺いながらじりじりと少しずつ近づいて来るのではなく、通路の真ん中をのっしのっしと歩いている。
完全にこちらを侮っているらしい。実際こちらの武器は歩兵用のライフル二挺と剣くらいしかないので無理もないが、その認識が奴の命取りになる。
──そのはずだ。
──大丈夫だ。俺には最強の盾と言っても良い【鏡花水月】と地の利がある。焦ってミスさえしなければ勝てる。信じろ──
自分に必死で言い聞かせるが、心臓が早鐘のように脈打つのは止められない。
脳はロボットが姿を現す瞬間を見逃すまいと極度の緊張状態になり、その脳の要請を受けた肺が少しでも多くの酸素を取り込もうと呼吸を急かす。
──来るなら来い。というか早く来てくれ!このままじゃ過呼吸を起こしかねない。
そんな叫びが心の中で上がった直後──ロボットが曲がり角から姿を現した。
赤く発光するレンズと視線が合ったかと思うと、ロボットは上半身全体を回転させて一瞬で腕を俺に向けた。
見て反応することなど許さない早撃ち。だがそれでも鏡花水月の発動には充分だった。
次の瞬間、赤く光るレンズは融解し、赤熱に縁取られた黒い穴に変わる。
弱点はレンズで合っていたらしく、ロボットは大量の火花を散らして前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
腕だけは最後まで二発目を放とうと俺の方を向き続けていたが、結局発射されることはなかった。
──勝った。──倒した。
どっと冷や汗が噴き出してくる。安堵で全身から力が抜けた。
手汗に濡れた操縦桿が手から離れ、鎧が両膝をつく。
「お嬢様!ご無事ですか?」
ティナが駆け寄ってきてハッチを開ける。
「ああ──大丈夫だ。ただ、疲れただけだ」
「一旦休みましょう。あの敵はもう倒されたのですよね?」
動かなくなったロボットをチラッと見て確認してくるティナ。
「ああ。もう動かない」
そう言ってコックピットから降りようとするが、足元がふらつく。
咄嗟にティナが支えてくれたが、すぐに自分で立った。
悪徳領主を目指しているのに人並みの弱さなんぞ見せられるか。
通路の床に飛び降りるとアーヴリルが怪我はないかと訊いてきた。
ティナへのものと同じ返事をして床に座り込む。
通路の壁に背中を預けると、ひんやりした金属の質感が少し頭を冷やしてくれた。
ティナが水筒を渡してきたので、受け取って中身を一気に半分ほど飲み干す。
「これは──モンスターではないようですが、一体──?」
アーヴリルが倒れたロボットを見て呟いた。
普通モンスターは倒せば黒い煙になって消え、死体を残さない。
なのに消えずに残骸を晒しているロボットが不可解なようだ。
「古代の使い魔の類だろ。多分この遺跡がまだ使われていた頃からここを守っていたんだろうさ」
ロボットを使い魔に置き換えて適当に推論を述べる。
アーヴリルは首を傾げていたが、やがて不安げな顔でこちらを振り返る。
「エステル様、また同じような敵に出くわすかもしれません。やはり我々三人だけでは危険過ぎます。ここは退くべきです」
その問いかけに俺は首を横に振る。
退くにはまだ早い。被害は鎧に穴が空いただけだ。それにロボットは鏡花水月で倒せると分かった。
まだまだ進めるはずだ。
「こんな所で退けるか。あれがまた現れたらその時はまた倒すだけだ。私に任せておけばいい。先を急ぐぞ」
そう言って俺は立ち上がるが、ティナがそれを止めた。
「無茶をなさらないでくださいお嬢様。進むにしても休息を取ってからにすべきかと。正午を過ぎています」
そうなのかと思って懐中時計を取り出して覗き込むと、確かに針は両方とも十二と一の間を指していた。
真っ暗な遺跡の中を警戒しながら進み続けていたせいで時間の感覚が狂ってしまっていたようだ。
意識したら急に空腹感が襲ってきた。
◇◇◇
鎧に積んでおいた缶詰をティナに持って来させ、遅い昼食を摂る。
さっきみたいなロボットが来ることも想定して鎧のすぐ近くで聞き耳を立てながらの食事だったが、お腹に食べ物が入ると幾分か気が落ち着いた。
それに極度の緊張の反動で抜け切っていた力が戻ってくる。
やっと人心地着いたところで針路を確認しようとコンパスを探すが──見つからない。
「あれ?」
ロボットに出くわすまであったはずのコンパスがない。
待て、ロボットと出食わした時コンパスは手に持っていたはずだ。レーザーを食らう直前で身を捩った時に落としたのか?
「お嬢様?どうされました?」
怪訝な顔をするティナを無視して急いで鎧のコックピットに戻り、コンパスを探した。
すぐに見つかったが、手に取った俺は悲鳴を上げた。
「ああああああっ!!」
案内人のくれたコンパスは壊されていた。レーザーを食らった時にやられたようだ。
その壊れ方は酷いもので、針を含めて全体の三分の二ほど
これでは道が分からないではないか!
冷や汗を流す俺に更なる追い討ちが掛かる。
背後から赤い光で照らされたと思ったら「ベーッ!」という警告音とサイレンのような音が周囲で鳴り出した。
何事かと思って外を見ると、通路の壁のあちこちで赤い光が点滅している。
「何だこれは!?どうなっている?何が起こっているんだ!?」
ライフルを構えたアーヴリルが狼狽している。
確かにいきなりこんな音と光に見舞われたら訳が分からず恐怖しか感じないだろうが──俺はこんなことを起こす存在を知っている。
「警報か?今更!?」
どういうわけか今になってこの遺跡──というか、施設の警報システムが作動したらしい。
捨てられて何年経っているかも分からないのに、よく生きているものだといっそ感心してしまいそうだが──いや待て、心当たりならあった!
さっき警備用と思しきロボットを倒したではないか!
あのロボットが通報したに違いない。それにしては警報が出るのが妙に遅いようにも思うが、現に警報が出ていて、俺たちは十中八九
「何か近づいてきます!左と──後ろからも!さっきの怪物の足音と同じ音──いえ、大群です!」
ティナが耳をピンと立てて叫ぶ。その声と表情には明確な恐怖が宿っていた。
コンパスが最後に示した方向から、そして来た道からも敵がやって来る。群れをなして。
「逃げましょうエステル様!危険です!」
アーヴリルが叫ぶ。
「は──?逃げる?どこにだ?来た道からも敵は来ているんだぞ?」
恐怖でこんがらがる頭が他人事のような呟きを口から発させる。
どうすれば良い!?突破するか?それともさっきみたいに待ち伏せるか?
でも一体だけならともかく大群だぞ?──全方向からレーザー攻撃を仕掛けてこられたら──俺にはとても対処できない。そして一つでも逸らし損ねたら──終わりだ。
鳴り続けるサイレンの音が恐怖を煽り、再び鼓動が激しくなり、呼吸が荒くなる。
──頭が働かない。
──身体が動かない。
────怖い。
ティナの身の上話の詳細は十五話の追想にて