戦姫絶唱シンフォギアAG・歌とメダルと13のコンボ   作:バルバトスルプスレクス

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前回の三つのあらすじ

一つ、秋桜祭を控えたリディアン校舎で同級生に追われていたクリスは不承不承ながらも翼と飾りつけの手伝いをしていた

二つ、武装組織フィーネのアジトを襲撃した響達二課のシンフォギア装者。彼女たちはそこで謎の怪物を目撃する

そして三つ、マリアが新たなフィーネと明かされるも、映司はレリックコンボに変身するも結果的に彼女達に逃げられてしまった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


大義と祭りと飢餓の怪物

 

「(神獣鏡(シェンショウジン)の機能解析の過程で手に入れたステルステクノロジー。私たちのアドバンテージは大きくとも同時に儚く脆い……)」

 

 自動操縦に切り替えて、予め決めていた次の拠点へと飛行する機内でナスターシャはコンソールに備え付けられているギアペンダントに目をやった。

 群馬県皆神山で発掘された聖遺物。魔を祓う光を放ち、その応用として光の屈折率を操り光学迷彩のように周囲の風景に溶け込むことが可能になる。現在エアキャリアはその力により目視は勿論センサーなどの機器類からも補足されない状況にある。これもまた、先史文明期の巫女・フィーネの置き土産。その際の駄賃が天羽奏の両親と妹の命である事はナスターシャは知らない。

 

「急がねば……、儚く脆いモノは他にもあるのだから……」

 

 吐血混じりの咳をするナスターシャ。その掌にべっとりと付いた血を見て、表情を一層険しくする。

 残された時間はとても限られている。急がねば計画の全てが水泡に帰してしまう。

 

 

***

 

 

 エアキャリアの一室。シンフォギアの展開を解くマリア達三人に続いて、ポセイドンはベルトを取り外してその変身を解いた。

 

「切歌さん。貴女の言いたいことは分かりますが、ここで私に八つ当たりをしても何も変わりませんよ」

 

 無機質な口調。無機質な表情。胸ポケットにしまい込んだ人形を肩に乗せた清彦はメガネの位置を直す。懐にポセイドンドライバーをしまい込んでその場を後にする。続けてウェルもマリア達三人に申し訳なさげに会釈して清彦の後を追う。

 今やアジトを追われた一行は飢餓衝動が抑えられているとはいえ、ネフィリムの餌である聖遺物は手元になく、今まで与えていた物は恐らくは二課が押収しているはずだろう。

 残された三人、特にマリアは掌に爪が食い破ろうとするほどに拳を強く握っていた。

 自分たちには大義がある。その大義のためならば、たとえかつての家族と刃を交えようと構わないと誓ったはずなのに。

 

「(覚悟はしていたと思っていてのに、出来てないと言うの。私も映司も……)」

 

 出来ていたと思っていたつもりだった。だが実際には、実質痛み分けで終わり勝っても負けてもいない。

 非情にならねば、と自らに言い聞かせながら慕ってくる妹分二人に作り笑顔を見せて何も言わずに抱きしめた。

 

 

***

 

 

 コンボの疲労が癒えきっていないにも拘らず、映司は仮設本部甲板でエアキャリアが飛び去った方向を眺めていた。もう見えていないというのに、それでも視線はそらさずにずっと同じ方向を眺めたまま動かなかった。

 

「映司……」

 

 又聞き程度であるものの、映司とマリアの関係を知らぬ弦十郎ではなかった。同時に映司の気持ちも心なしか理解できた。フィーネに塗りつぶされた了子を前にした時も、非常になり切れず不意を突かれて返り討ちにあってしまった。

 ここで下手な慰めや喝を入れるのは簡単だ。言葉を投げかけること自体誰でもできるが、傷付けられた心を癒すのは容易なことではない。

 

「弦十郎さん、稽古をつけてもらえますか?」

 

「映司……?」

 

「俺、マリアはマリアのままだとか言ってましたけど、どこかでそれを信じ切れずにフィーネに使ったメダルで変身したのに、結局勝つことは出来ませんでした。でも、それでもマリアはフィーネに塗りつぶされていないってことは確かです!」

 

 振り返って見せた映司の顔。決意を新たに迷いのない目に何かを見出した弦十郎は二つ返事で了承。更に響達も喜んで協力してくれた。意気揚々の響と翼に、ややあきれた様子のクリス。通じないなら通じ合うまで手を伸ばせ続けばいいだけのこと。

 だがその前にまず、響達の登校時間が差し迫っていた。

 

 

***

 

 

 数日後。仮設本部潜水艦内部で弦十郎が斯波田事務次官から情報提供を受けている時同じくして、新リディアンでは秋桜祭が開催されていた。

 規模は一般的な高等学校のそれよりも規模はさほど変わらないが、リディアンは音楽院である通り音楽に関する催し物に一際力を入れており、特に一番は音楽堂を利用したカラオケ大会だろう。勝ち抜き戦で行われるそれは最終的に勝ち残った挑戦者の要望を生徒会が叶えると言うもの。

 なので、挑戦者の殆どは部費の増量や同好会の新設、設備の追加。また、過去には異性との出会いの場を求める生徒もいたが、エントリーの時点で却下された事もあった。

 響の級友の三人組、特に板場弓美がアニソン同好会設立の為に創世と詩織を巻き込んでエントリーしており、音楽堂の壇上ではアニメ『電光刑事バン』の登場人物に扮した三人が主人公と怪人、女幹部の衣装でその主題歌を三人で歌っていた。

 観客席に座る響と未来もこのアニメを好いており、級友たちの歌に聞き惚れていた。

 同じころ、新リディアン敷地内の食べ物屋台が並ぶ通りでは、タコ焼きの包み片手に食べ歩く切歌と調の姿があった。

 

「楽しいデスなぁ。どの屋台も美味しいものばかりデスよ調ぇ」

 

「じー…」

 

「な、何デスか調?これは……、そう、作戦。作戦デス!」

 

「作戦……?」

 

 実のところ、調には切歌の言う作戦が只の食べ歩きにしか思えなかった。マリアがリディアン高等部の生徒だった三年間に映司と彼の両親と五人で来たその当時と同じように切歌が食べ歩きに夢中になっていたからだ。自信満々に、取って付けたかのようにペラペラと語る親友に調は半信半疑の目を向ける。

 

「人間誰しも美味しいモノに引き寄せられるものデスッ!学院内のうまいもんマップを完成させることが捜査対象の絞り込みには有効なのデスッ!」

 

 自信満々に決めポーズまでして言い切った切歌だったが、膨れっ面で睨む調の威圧されてたじろいでしまう。

 しかし、切歌とて自分たちの使命を忘れた訳ではない。

 マリアの事、ネフィリムの事。そしてそれらと同じくらいに大切な事。だが、それらの為にも二課の装者たちのギアペンダントをどうにか入手する為の妙案が中々に浮かんでこなかった。はてさてどうしたものかと腕を組んで思案していると通路を歩く風鳴翼の姿が二人の視界に入った。

 

「切ちゃん、鴨葱!」

 

「なんデスとぉ!」

 

 ツキが回ってきた。二人はそそくさと木陰や柱の陰に身を隠しながら先を歩く翼を見失わないように尾行する。時折振り返って見つかりそうになるも、間一髪危機一髪のところでギリギリ見つかりはしなかった。業を煮やした調がシュルシャガナのギアペンダントを握りしめたその時、翼が誰かとぶつかったようで彼女の軽い悲鳴が二人の耳に届く。

 

「一体なん……雪音か?」

 

「た、助けてくれ、追われているんだ!!」

 

「やはりそういうことか。私も先程から誰かに見張られている気がしていた……まさか、フィーネの」

 

「いや、そうじゃ……っ!!」

 

 慌てふためきながら翼の背に隠れるクリス。そこに現れたのは、切歌たちは知らないが先日からクリスを追っかけてくる彼女のクラスメイト三人だった。

 切羽詰まった三人のその様子が柱の陰からよく見える。

 

「お願い、雪音さん!」

 

「これから出る子が急に出られなくなっちゃって!」

 

「もう雪音さんしかいないの!」

 

 代打としてではあるがクリスに出て欲しくて当日も追っかけてまでするその三人の表情には懇願の意が表れており、事の重要さが受け取れる。

 しかしクリスには壇上で、しかも多くの見物人の目の前で歌った経験がない。それならその経験がある翼に出てもらえば良い。様子を見ていた切歌と調も翼の歌唱力を知らないわけではないので、その通りだとついつい頷いてしまう。

 その旨を伝えても、そもそも翼はクリスの一学年上の先輩であり、出る予定だった生徒はクリスのクラスメイトの一人であるためお鉢が回ってきたらしい。そのまま話を聞いていくうちに、切歌の頭の中で妙案が浮かび始めていた。

 

 

***

 

 

 新リディアンの講堂でクリスが歌い終え、切歌と調が飛び入りで挑戦を叩き付けていた丁度その頃、海沿いの倉庫群の一つに格納されているエアキャリアの中で、ブリーフィングルームとして使われている一画で、マリアは暗い面持ちで半壊状態のギアペンダントを両手で握りしめていた。

 事情を知っている身であるウェルとナスターシャは、そんな彼女の様子を見て今はそっとすべきかと二人は顔を見合わせてると、仕掛けていたセンサーが何かに反応してモニターに幾つもの映像が表示された。

 

「本国からの追手がもうここまで……!」

 

 表示された映像には武装した米国の特殊部隊らしき集団がマリア達がいるエアキャリアに徐々に近づいていく様子が映し出されていた。

 

「もうここが嗅ぎ付けられたのッ!?」

 

「ま、異端技術を手にしたといっても僕たちは飽くまで素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどと思い上がるのは虫が良すぎますよ」

 

 お手上げだとばかりにウェルが言った。確かに三人の装者は二年半前までは学生の身であり、ポセイドンに変身する清彦も元々は武闘派ではない。そんな彼らが徒党を組んでもたかだか付け焼刃に過ぎない。ナスターシャに至っては下半身不随であり、ウェルも清彦と同様だ。

 

「踏み込まれる前に攻めの枕を押さえにかかるとしましょう。マリア、排撃をお願いします」

 

「そんな、先生(マム)!排撃って……相手はただの人間ッ。ガングニールの一撃を食らえばッ!」

 

「そんな悠長なこと言ってる場合ではないですよ?」

 

 画面から轟く米国特殊部隊の断末魔。

 ポセイドンに変身した清彦が己の得物を振るい、襲い掛かる敵を切り捨てていく。血飛沫が舞い、肉片をまき散らして返り血を浴びる。

 一方的な蹂躙を前に、反撃の糸口すら見付けられない彼らは母国語で命乞いの言葉をポセイドンに投げかけていた。

 

『命乞いをしないでいただきたい。時間の無駄です』

 

 足がもつれ、腰が抜け、立つこともままならない米国特殊部隊の部隊員達はポセイドンの前にいとも簡単に殲滅されてしまった。

 その様子をモニター越しに観ていたマリアは思わず両手で口を押えていた。喉の奥からすっぱいものが込み上げてきそうになるのを必死に抑えていたが、ポセイドンが変身を解かずに倉庫の外へと歩き出して行く光景を見て、何やら嫌な予感がし始めたマリアは端末を操作して外に設置されていたカメラの映像を映し出す。

 表示された映像には自転車に跨った中学生らしき三人の野球少年達だった。

 

『おやおや?』

 

 機械的で無機質なポセイドンのその言葉にどのような意味が込められているのか。それが分からずに三人の野球少年達はポカンとした表情をしていた。

 

「やめろ、真木原……!」

 

 得物である槍を地面に突き刺し、背面に隠していたソロモンの杖を取り出したポセイドン。彼の次にとる行動が容易く想像できたマリアは画面の中のポセイドンに叫ぶ。

 

「その子たちは関係ないはずだ!止めろ、真木原!止めろっ、止めろォオオッ!!」

 

 彼女の前に通信用のマイクがあったとしても、マリアの嘆願がその耳に届こうとも、ポセイドンは恐らく聞く耳を持たなかったことだろう。掲げられたソロモンの杖から三体のノイズが召喚された。

 幼い命が一瞬の内に、断末魔の叫びも、命乞いも何も出来ないまま炭素と消えた。

 直後にマリアの慟哭が室内に木霊する。自身の甘さと弱さが多くの命を奪ってしまった。自分が出ていれば、この様な結末を迎える事はなかった事だろう。今の彼女には泣くこと以外に何もできなかった。

 

 

***

 

 

 秋桜祭のカラオケ大会に飛び入り参加した切歌と調。ツヴァイウィングの『ORBITAL BEAT』を高らかに歌い上げると、米国からの特殊部隊に襲われたとナスターシャから通信を受けて審査を受けずにそそくさと会場を後にした。

 しかし、旧リディアンには何度も行ったが、ここ新リディアンの校内は今日が初めてな訳で、あっさりと響達に囲まれてしまった。

 

「ここで戦うことで貴女たちが失うもののことを考えて」

 

 調の吐いたそれは紛れもない脅迫の言葉だった。

 切歌と調がギアを纏えば来場者を人質にすることも出来、響達がギアを纏えば機密の観点から非常にややこしく面倒な事態を招いてしまう事だろう。

 

「よく言う!そんな汚いことを言うのかよッ!さっき、あんなに楽しそうに歌ったばかりのその口でッ!」

 

「今はこの場で戦いたくないだけだから……」

 

「だから決闘デスッ!然るべき決闘を申し込むのデェスッ!」

 

 ビシィッ!と効果音が付きそうな勢いで響達に指さした切歌。その行動から行き当たりばったり感が滲み出る様子に戸惑いながら根っからの平和主義である響は双方を落ち着かせようとどっちつかずな態度を見せてクリスと切歌から突っ込みを受けた。

 

「と、とにかく!決闘の時間と場所はこちらが指定するデス!!顔を洗って待ってるデスよ!」

 

「切ちゃん。顔じゃなくて首だよ。さっきの言葉、ハッタリじゃない」

 

 去り際にそう言い残して新リディアンを後にした二人の背中を、二課の装者達は黙って見逃すしかほかなかった。

 

 

***

 

 

 僅かながらにノイズの反応があったとの仮設本部からの連絡を受けて現場に急行した映司が目にしたのは、バラバラにされた遺体と炭の山だった。遅れてやって来た二課のスタッフや慎次も交えて現場検証を行うと、ここに間違いなくエアキャリアが停留されていた形跡があった。

 遺体はそれぞれ鋭利な刃物によって殺害されていた。詳しい検死結果はまだだが、それがマリアによるものではなく、ポセイドンによるものと考えた映司。素人目で見ても遺体の切断面が滑らか過ぎており、刺突が主のガングニールの矛先では出来ない芸当であった。

 その隣では慎次が弦十郎へ連絡をいれていた。

 

「……はい。では」

 

「慎次さん。検死結果ですけど、やはり鋭利な刃物によって両断されていたようです」

 

「本部の方でも例のガングニールの解析結果が出たそうで、僕と映司さんに戻ってくるようにと司令から連絡がありました」

 

「黒いガングニールの、ですか?」

 

 

***

 

 

「黒いガングニールから観測されたアウフヴァッヘン波形と、響ちゃんが纏うガングニールのアウフヴァッヘン波形を照合した結果、この二つはトリリオンレベルで一致。つまりは双子というかクローンね」

 

 大型モニターに表示された黒と黄色の二つの波形。それぞれが一つに重なり合い、一つの波形図になる。ピッタリと一致した画像が表示され、各部に殆ど誤差がないことを表しているが、映司や装者達の視線や注意はそれどころではなかった。

 出るところは出て引っ込んでるところは引っ込んでるグラマラスなボディ。特徴的に纏め上げた長髪。ピンクフレームの眼鏡。

 

「あらぁ?ちょっと、私の話聞いてないんじゃないの?」

 

「あ、いや……えっと……」

 

 解析結果報告は勿論聞き逃してはいない映司ではあるが、その報告した人物にどう反応すれば良いのか、どんな表情をすれば良いのか分からなかった。

 彼と同じように響と翼も、さらに言えばクリスも鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、ポツリと映司が問いかける。

 

「何で……何で()()さんがここにいるんですか?!」

 

 櫻井了子。

 ルナ・アタック事変の黒幕である先史文明期の巫女フィーネ。十二年前、天羽々斬の覚醒(めざめ)と共に意識を塗りつぶされたとされていた。

 しかし、その精神は完全に消えてはなかったのだ。紫のメダルとレリックメダルのギガスキャンの効果によりフィーネの精神が引きはがされて、櫻井了子元々の精神が復活した。その際に自分がフィーネであった十二年間の記憶が一切なく、まるで浦島太郎の様な体験をし、響や映司達が隔離されていたその間は日本政府の監視下での入院生活を過ごしていた。

 フィーネとして暗躍していた期間に犯した罪を償う意味で現在了子は異端技術の対策アドバイザーとして仮釈放。少なくともこれで武装組織フィーネ、(もとい)F.I.S.への対抗策を持つことが出来た。

 

 

***

 

 

 飛行中のエアキャリア内でナスターシャは好転しないこの現状に顔を歪ませていた。

 本国からの追手に補足されてしまい、またいつ新たな部隊に追われるかもわからない。

 

「(しかし、依然としてネフィリムの今の状態ではフロンティアの起動など夢のまた夢。セレナの為にも、貴女は全てを受け入れたのではないのですか、マリア)」

 

 思い出されるのは二年ほど前の事。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴがその身を犠牲に家族を救った。

 

 

***

 

 

 白亜の巨体に大きく裂け牙を剝き出しにした大顎。

 歌を介せずに強制覚醒した生体型完全聖遺物ネフィリムがF.I.S.の施設の中で暴れ回っていた。

 剛腕を振るい、近くにある物を破壊し。その巨躯に鉛弾をいくら受けようとも皮膚を切り裂き血を流すどころか弾力のある肌に阻まれ、大したダメージはなかった。

 

「もはやこれまで……。やはり強制的に目覚めたのが仇となりましたか」

 

 聖遺物研究を専門とし、米国連邦聖遺物研究機関F.I.S.に席を置くナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ教授は爆発と崩壊の只中にある施設からの脱出を試みていた。彼女のそばにはマリアとセレナ、そして切歌と調がおり、命の危機に瀕していた。

 シンフォギア装者とオーズがいる日本に後れを取るまいと焦りだした米国政府のタカ派が間接的に招いたこの事態。既に強制停止信号を送り込んでも、暴れまわるネフィリムに対して何の効果もなく、それどころか電子機器のほとんどが火を吐いて爆発を起こしている。

 もはや逃げる事しか選択肢がなかったナスターシャが四人の手を引くも、我先にと逃げ出した役人達が彼女を押し飛ばして通路の奥へと消えていき、爆発の炎だけが帰ってきた。

 逃げ道は残されていない。炎に焼かれるか、白亜の怪物の餌食になるかの二択しかない。

 

「…………姉さん、先生(マム)をお願い!」

 

「待ってセレナ!貴女一体何を……セレナァッ!」

 

 握りしめていたギアペンダントから何かを感じ取ったのか、セレナは姉からの静止の声と妹分二人の声にも反応せず、単身ネフィリムへと駆け出す。

 その行為は勇気か無謀か。或いはその両方を胸に、聖詠を紡いで純白のシンフォギアをセレナは身に纏う。

 百合の花の様な美しい装飾が施された戦装束を纏い、臆することなく白亜の怪物へと歩みを進める。

 癇癪を起して暴れまわる幼子を優しくあやすかの様に、微笑みを崩さずにいた。

 死にに行く表情ではない。湧き出る恐怖心をひたすらに隠し、一歩一歩ゆっくりと確実にネフィリムへと歩みを進める。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 絶唱。誰に教わらずとも、シンフォギアを纏う者ならば唄うことが出来る諸刃の剣。

 最後の一小節を唄い切ったその瞬間、セレナとネフィリムを包み込むように眩い光と衝撃が起こり、次第に建物内を包み込んでいった。

 衝撃と光がやみ、火の手が消え去り、視界を取り戻したマリアはセレナに近づいていく。ネフィリムは純白の身体が鈍く黒ずんでいた。それと相対していたセレナはネフィリムに向き合ったままでマリアにはセレナの表情が読み取れない。

 

「セレナ!せれ……ッ!!」

 

 振り向いた我が妹の顔を見て、駆け寄ったマリアは思わず足を止めて絶句する。

 全開の目と微笑みを浮かべる口の端から鮮血を流していたのだ。

 

「姉さん……よかっ……た」

 

 既に体力の限界だったのか、力なく倒れこむセレナ。だがしかし、マリアがセレナを抱きかかえるよりも、それ以前に触れるよりも先に、大口を開けたネフィリムが最後の力を振り絞りセレナをその口に取り込んだ。

 味わうように咀嚼することもなく、ネフィリムはセレナ諸共待機状態に退化してしまった。

 

「セレナァァァァッ!!」

 

 残されたのは砕けて半壊状態になったギアペンダントと、基底状態にリセットされたネフィリムだけ。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。17歳を目前としたこの日、世界からその姿を消した。

 

 

***

 

 

 周囲が茜色に染まりだし、切歌と調は荒れた大地を駆けていた。

 エアキャリアとの合流地点となっているここで、二人はマリア達との合流を果たした。

 

「成程。つまり貴女達二人は、二課の装者達に決闘を申し込んだということですか」

 

 肩に乗せた人形に目を向けながら切歌と調の報告を受けた清彦。

 全体的に見れば、切歌と調のやったことは決して得策ではない。下手を打てばイガリマとシュルシャガナのギアペンダントを奪われたかもわからないのだ。それだけでなく、勢い任せに決闘を申し込んだまでなると独断専行の域を越していた。計画変更を余儀なくされる恐れすらある程に。

 だがしかし、清彦はそんな二人を叱責して罰するどころか、一度考え込む素振りを見せるとウェルからソロモンの杖を取り上げた。

 

 

***

 

 

「ノイズの出現パターンを検知ッ!」

 

 二課仮設本部発令所で藤尭の声が上がった。

 それがソロモンの杖によるものであるのは明らかである。

 

「古風な真似をッ!決闘の合図の狼煙とはッ!」

 

「藤尭、場所を絞り込めるか?」

 

「出ました。東京番外地、特別指定封鎖区域――!!」

 

「カ・ディンギル跡地だとォッ!!」

 

 ルナ・アタック事変の折、カ・ディンギルが屹立した際に壊滅状態になった旧リディアンの敷地。

 今では住所を定める番地の一切が剥奪され、日本政府の管轄下に置かれ特別指定封鎖区域となっている。また元の住所が戻るのは十年か二十年先か、或いはそれ以上の月日が必要になるだろう。

 その土地を決闘の舞台とする辺り、やはりフィーネと浅からぬ因縁が自分達にはあるようだ。

 

「マリア……」

 

 誰に言うでもなく映司が小さくポツリと呟いた。

 

 

***

 

 

 現場に到着した頃には、ルナ・アタック事変の際に土星状になってしまっている月が上りだしていた。

 カ・ディンギル跡地。現在解体作業が進められているこの場所に、一際場違いな装いの男が映司達を待ち受けていた。

 映司と翼はその男を知っている。あの日、翼とマリアのコラボライブでマリアの代わりに楽屋挨拶に来た肩に人形を乗せた男、真木原清彦だ。

 

「お待ちしておりました。二課の装者の皆さんと映司さん」

 

「マリアのマネージャーの真木原さん?貴方が何でこんなところに?!」

 

「それにつきましては、これをご覧に入れてもらいましょう」

 

 映司の問いに答えるように清彦がスーツの内側から取り出したのは、映司達が見知ったポセイドンのベルトだった。装着されたベルトのバックルには、三枚の水棲系のコアメダルが既に装填されており、瞬く間に清彦の身体を三種のメダルのオーラが包み込んだ。

 

「……変身!」

 

サメクジラオオカミウオ

 

 その変身は、オーズのものとはかなり違うものだったが、そのスペック自体はオーズを軽く凌駕する。

 さらにポセイドンはソロモンの杖を掲げ、雑兵のノイズを召喚して槍を構えた。

 

「あの!切歌ちゃんと調ちゃんはどうしたんですか!」

 

「あの二人に出る幕はありません。さぁ、あなた方のメダルとギアペンダントを大人しく渡してもらいましょうか」

 

「寝言は寝て言えってんだ!」

 

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

「変身!」

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

 

 三人の装者達がシンフォギアを纏い、映司がガタキリバコンボに変身を遂げて一気に駆け出した。

 ガタキリバ固有の必殺技『ガタキリバキック』で召喚されたノイズの大半を撃破すると、すぐさまオーズはメダルをカマキリからゴリラに、バッタをチーターに替えて、高速で移動しながら紫電纏う剛腕で壁となるノイズ達を打ち砕き、そのままポセイドンへと駆け抜けていく。

 行く手を阻むノイズは響が殴り、翼が切り捨て、クリスが悉く撃ち抜いていき、ようやくオーズの剛腕がポセイドンに迫る。対するポセイドンもそう簡単にやられる訳もなくオーズの剛腕を槍で軌道を逸らして回避する。

 

「何が目的なんですか、貴方達F.I.S.は何が目的で!マリアがフィーネであることも何か関係があるんですか!」

 

「目的ですか。特別悪巧みをしているわけではありません。私達は月の落下から多くの無辜の命を可能な限り救い出し、この世界を美しいままの終末を望んでいるのです」

 

 淡々と冷たく語るポセイドンの答えに、オーズ達四人は困惑の声を上げるしかなかった。

 クリスが命がけで逸らしたカ・ディンギルの砲撃は月の表面の一部を削り取るだけに留まった。その後は三か月もの間各国機関が月に大きな影響がないかを計測している。仮に落下する結果が出たとすれば、簡単に隠し通せるものではないだろう。

 

「月の公転軌道は各国機関が三か月前から計測中の筈ッ!」

 

 その事は二課に所属している翼達も周知の事実。仮にポセイドンの言うことが事実ならば、既に何らかの情報が日本政府を通じて二課に届く筈である。

 

「落下などと結果が出たら黙って――!!」

 

「黙っていますよ」

 

 遮って出たポセイドンの言葉に、翼達は思わず息をのむ。

 

「対処方法の見つからない極大災厄などさらなる混乱を招くだけ。不都合な真実を隠蔽する理由などいくらでもあるのですよ」

 

 その時ふと、オーズは思わず月を見た。今の今まで気のせいだと思い込んでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてポセイドンは、オーズ達が月に一瞬だけ注意が向けられた瞬間、陰に置いていたケージからネフィリムを放つ。

 ネフィリムは純粋な強力の身で翼とクリスを圧倒し、響に肉薄する。

 援護に向かいたいオーズだが、ポセイドンの追撃がそれをさせてくれない。

 最初に廃病院で見た時よりもその身は大きく成長していたネフィリム。相対していた響は重くなったネフィリムの一撃一撃を躱し続け、どうにか反撃の糸口を掴もうとしていた。

 一方、ネフィリムの一撃で気を失ったクリスを抱きかかえていた翼だったが、水飲み鳥に似た形状のノイズの粘液にからめとられてしまっていた。

 

「さて、ルナ・アタックの英雄、立花響さん。貴女はその拳で何を守るのですか?」

 

 オーズと互角に渡り歩いてその片手間に響とネフィリムの間にノイズを召喚するポセイドン。紫電纏うオーズの剛腕を槍でいなし押さえ付けながらソロモンの杖の能力をフルに使い続ける。

 しかし、響にはいくらノイズが増えようと関係なかった。両腕のハンマーパーツを最大限引き、威力と小回りを重視した拳でノイズ達を一掃。腰部バーニアによるブーストで再度ハンマーパーツを引き伸ばした左拳をネフィリムに繰り出した。

 

「何も守れはしない。そうやって君は誰かを守るための拳で大勢の名も知れぬ誰かを、貴女自身の偽善が死に追い詰めるのです!!」

 

「ッ!?」

 

「駄目だ響ちゃん!退くんだ!」

 

 以前月読調から突き付けられた『偽善』という単語に反応してしまった響。突き出した拳の威力が徐々に弱まっていき、オーズの叫びも届く前に大口を開けたネフィリムに食いつかれてしまった。

 一瞬。ほんの一瞬動揺した響は、間が抜けた声を漏らして自身の左腕を見る。肩と肘の間までがネフィリムに噛み付かれていた。

 次の瞬間、何のためらいもなく、ネフィリムは響の左腕を食いちぎった。

 

 

 

 

続く

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