続くからわかんないですわ。
「行くぞ戦士供ォ!!! 勝利か! ヴァルハラか! 好きな方を選ぶのだァァァ!!」
呼応する蛮勇達の叫び。
飛来する無数の火矢。
呻る荒波。
長船が陸に乗り上げる音と衝撃。
斧と剣とが交錯する戦場。
敵の苦しみの断末魔。
味方の悦びの断末魔。
ついぞ何も聞こえなくなって……
最後には、我らの勝鬨。
「よくぞ戦った!! さぁ、略奪の時間だ! 最優先は食い物! 次に船! 最後に武器だ! 抵抗する大人は殺して晒せ! しない者は見逃せ! 抵抗する子供は有望な戦士だ! 拐って船に乗せろ!」
これが、俺達の世界。
家柄も、肌の色も、生まれ故郷も、何も関係ない。
ただただ強いモノだけが正義。
ここが、俺達の魂の場所だ。
あの日、俺は全てが満たされていた。
齢15にして総合格闘技のスターで、身長は低いが顔もスタイルも悪くはない。勉強も嫌いだったが、できないわけではなかったし、そこまで色を好む方でもないが、女にもモテた。
だからなのか、少しばかり慢心していたのだ。
ある夜、一人暮らしのマンションの屋上で煙草を吸っていた時のことだ。
いつの間にかそこにいて、目の前で屋上から飛び降りた知らない女を命懸けで助けてしまった。落ち始めた女の腕を掴み、力尽くで後ろへ投げる。同時にバランスを崩して俺が落ちる。
全身に感じる風と、猛烈なスピードで近づいてくる地面。
後悔だの、無念だの、そう言う感情が頭を支配した。
コンマ1秒が引き延ばされるその中で、俺が死を覚悟した瞬間……眩い光が俺を包んだ。
光がようやく治ってきて、目を開けた時、俺の周りをヴァイキングのような様相の屈強な男達が取り囲んでいた。
足元には真っ赤で踏みごこちの悪い絨毯。目の前には騒めく男達がいて、後ろを振り向けば動物の骨で作られた祭壇がゴウゴウと燃えていた。
すぐに俺の全身を混乱が支配する。
「戦神の子だ……」
「儀式は成功したのか……!」
「やった! これで我々は救われる!」
騒めきは徐々に悦びに変わっていって、最後には雄叫びを上げて跳ね回る者や、歓喜のあまり泣き出す者まであった。
状況を飲み込まない俺に、男達の中から1人が歩み出てくる。大柄な男達の中でも一際体がデカく、腹や胸などはもはや大木の幹のようであり、白い毛皮を羽織った男だ。
「戦神の子よ、どうか……我々を、ノルディンをお救いください……!」
絞り出すような声と共に、目の前で跪く男。それに共鳴する様に、周りの男達も膝をつく。
「いいぞ。まずは状況を説明してくれ」
なんとなく、俺は戦神の子とやらを演じてやる事にした。保身のためだったか、いたずら心だったかは覚えていない。
しかしまあ、辛い真実より優しい嘘が必要になる時もあろう。
狂喜する男達の中、白い毛皮の男が俺を促した。その後についていく最中、辺りの様子を伺ってみる。
生活水準は限りなく低いと言えるだろう。所々に雪が残る寒い地だと言うのに、家は簡素な物。そしてそれが戦士の正装なのか、男達は上半身を露出させた格好が多い。女の方は毛皮などを着込んでいる者が多数だが、鍛えられた肉体の女などは戦士と同じ服装をしている。
そして誰もが、白い毛皮の男と俺を見て跪くのだ。
気づけば、一つの大きな建物の前にいた。作りこそ他と同じだが、サイズは10倍近い。
扉を開けた男に促されるままに中に入ると、集会場のようであった。
中央に大きな長机があり、その周りに小さな円卓が乱雑に並べられていた。長机には既に何人かが座っている。戦士の格好な者、祈祷師の様な服装の者、毛皮を着た老人。どれもこの集落の重鎮なのだろう。
白い毛皮の者が長机の奥の上座に座るよう言い、その後は俺の後ろについた。
「神の子よ、よくぞいらっしゃった……」
真っ先に口を開いたのは老人だ。若い頃はさぞ勇敢な戦士だったのだろう。痩せ細り、角ばった体ではあるが、その声からは強者の威厳が感じられる。
「彼が神の子だと? 確かに体は鍛えられているが……随分と小柄だ」
「口を謹みなさいローマン。名を残す戦士にも小柄な者はいたわ。それに彼は伝説通りの儀式で喚び出された存在。素の筋力は少なくとも、精霊の加護を受けている筈」
赤い革の戦士に次ぎ、祈祷師の女の言葉。
察するに、俺はこの集落のために召喚されたのであろう。確か幼なじみが……異世界召喚だなんだと話していたことがあったな……
現実離れした現実に頭が痛くなる思いだが、こうなっている以上、うまく身を振るしかない。
「では、我々の状況をお話ししましょう」
老人が説明を始める。
まず一つに、彼らはノルディンと呼ばれる民族らしい。古くから大陸北東の島に住み、漁業や交易などで身を立ててきたそうだ。しかし百数年も前、何年も続く大不作に襲われたノルディンは、海賊となり周辺の島や大陸沿岸の村から略奪を行い、今では戦闘民族として名を馳せる存在らしい。まるでヴァイキングのようだ。
そして二つ目、やはりというか、この世界は俺がいた世界とは違う場所だそうだ。トータスとそう呼ばれる世界であり、神や魔法、亜人や魔人というものが実際に存在するらしい。
最後に三つ目、ノルディンは再びの大不作に襲われているらしい。元々が北の痩せた地に住むために戦士や武器の数も少なく、略奪も思うようにはいかない状況であるという。
その状況を打破するために、ノルディンが信仰する神の遣いを召喚するための儀式を行ったそうだ。身の丈の数倍の熊の骨だとか、敵の血で全体を塗られた絨毯だとか、三日三晩飲まず食わずの祈祷が必要だとかで、儀式は壮絶を極めたようだ。
そして呼び出されたのが……俺か。
略奪など、褒められた行為ではない。
しかし、運命には歯向かう事なく、誰も傷つけない代わりに緩やかに滅びを迎えるというのも決して賢い選択ではない。戦う事だけが、斧と剣だけが彼らの生き残る術だったのだろう。
ならば俺に彼らを否定することはできない。
そして、そんな彼らが最後に縋ったのがこの俺なのだ。勇敢な戦士達のために、俺も報いなければならないだろう。
「食糧は後どれほど持つんだ??」
「10日ほど……でしょうな。我々はそれほどまでに追い詰められているのです」
「そうか……略奪先の目星は?」
「大陸沿岸、ここより南東に下った先に手付かずの町があります。規模の大きい町です故、抵抗も大きいでしょうが……その分、略奪できる物資にも期待できるでしょう」
「よし……戦士達をここの前に集めろ! 明日の日暮れごろに船を出す旨を伝えよう!」
「直ちに! マルバ、行くのだ!」
白い毛皮の男が駆け出す。マルバという名前だったのか。
席を立ち、外へ向かおうとすると、赤革の男が肩を組んでくる。こいつは確かローマンだったか?
「神の子、さっきは悪かった! あんたは小柄だが……気迫ってやつを感じる! それに判断が早いのもいい! 明日になれば戦えるだなんて、どの戦士も喜ぶぜ!」
「そうかい。ローマン、ここの人間の立場はどんなもんなんだ?」
「ああ、俺は戦士長、ここじゃ一番強い。あそこの老いぼれが族長で、そこの女は見ての通り祈祷師さ。今走ってったマルバは2番目に強い奴だ! 当然強い奴や昔強かった老人ってのは立場が強くなるからな!」
「それはすごい……頼りにしてるぞ!」
胸を叩きながら返事をするローマンを尻目に、扉を開け放つ。
出て行った時と同様に駆け足で戻ってくるマルバ、その後ろには先ほどチラホラと見かけた戦士達が集っていた。
彼らの正面に立つ俺の後ろに老人と祈祷師とローマンがつく。
「では、神の子よ」
「ああ」
応じてもう一歩前に出て、戦士達を見渡す。
人間、亜人が入り混じった20人にも満たない様な無勢だ。だが、全員が驚くほどに気力に満ちている。食糧も人数もなく、追い詰められた状況だと言うのに、戦いに目を輝かせているのだ。
「戦士達よ、貴様らは死んだらどこへ行く?」
「……死ねば、無に還ると伝えられております」
少しの騒めきの後、女の戦士が答えた。
そう言う信仰になっているのか、これは都合が良い。
「それは臆病者の行く世界だ。神の子の名をもって、真実を伝えよう」
そう言うと、さらに大きな騒めきが訪れる。他でもない神の使徒がその信仰を変えようとしているのだから当然だろう。
しかしまあ、立場は利用させて貰うに限る。
「勇敢に戦い死んだ者は、戦神に連れられてある世界へ行く。その世界では、いつの日か来たる神々の戦いの為に朝から夕まで戦士達は殺し合いの訓練を続けるのだ! 夕暮れになれば、訓練で死んだ戦士達は復活し、訓練の最中に負った傷も全てが治る! そして夜は極上の飯が与えられ、また極上の酒を極上の美女や美男が酌をして戦神や戦友達と呑み交わすのだ! 神々の世界で戦士の腕を磨き、来るべき神々の戦いの時には復活し、神の敵を打ち倒すのだ! 言うまでもなく、これ以上の名誉はなかろう!」
シーン、と戦士達が静まり返る。
あ、マズったか? 流石に信仰捻じ曲げちゃうのはアウトだったのか……?
先ほどの女兵士が恐る恐ると挙手し、口を開く。
「その世界は……なんと言うのですか……?」
「……ヴァルハラだ」
ヴァルハラ、と女戦士は何度も、口の感覚を確かめるかの様に繰り返す。その言葉が戦士達の間に広がり、小さく、ボソボソと騒がしくなっていく。
そうして、1人の戦士が叫んだ。
「ヴァルハラァァァァ!!」
それに呼応するかのように、全員が口を合わせ、ヴァルハラと大きく叫ぶ。
「ヴァルハラ! 我々が行き着く先はヴァルハラしかない!」
「そうだ! 死を恐れることなどないんだ! 勇敢な死の先にはヴァルハラがある! 名誉がある!」
「ああ、なんてこった! 最高だ! ヴァルハラ、ヴァルハラ!!」
口々に叫び出す戦士達。
ああ、よかった。やっぱりこいつらは頭がおかしいんだ。最高だ。明日はきっと……勝てる。
「それで良い! それで良いぞ戦士達よ! 明日、日暮れごろに船を出し略奪へ向かう! 勝利か、ヴァルハラだ!」
戦士達は熱狂の渦を起こした。
殴り合いが生業だった俺にはわかる。戦いは士気がモノを言う。もしも誰1人として死を恐れず、寧ろ全力の殺し合いの末に名誉を望むのなら……それは最強の軍勢となるに違いない。
そしてそれは真実だった。
夕暮れ、波に揺られる長船の先頭で戦士達へ向かう。
他の船も近くにつけさせ、全員に手を止めさせた。
「戦士達よ! 我らは今日、これまでのノルディンの歴史の中で最も偉大な戦いに臨む! 例え窮地に陥ろうとも、血液の最後の一滴が地に落ちようとも、斧を握る手が斬り落とされようとも、全力で抗え! 死を迎えるその一瞬まで全力で戦った者だけがヴァルハラの栄光を手にするのだ!」
これから、最高の戦いが始まる。