ノルディン達の集会場では大宴会が開かれていた。
勝利を祝い、そしてヴァルハラへと旅立った者を讃える為の壮大な宴だ。
先の戦いにより港町を占拠し、大量の食糧と武器を仕入れたノルディン達は大きな喜びに酔いしれているのだ。戦士達は神の子が現れてからの一連の戦いをノルディン史上最も偉大な略奪であると称賛し、そして自らがその襲撃に参加したことを強く誇りに思っている。ノルディンの最盛期は間違いなく今なのだ。
襲撃後の宴会だけは神の子もハメを外し、集会場中を歩き回って戦士達と酒を飲み交わす。それがまた士気を跳ね上げるのだ。
「神の子よ! 今度の戦いも見事だった!」
「まさか他の一族を傘下に入れ、伏兵とするとは!」
「あの騎士との一騎討ちも素晴らしかった! ああ、あなたはやはり我々の救いだ!」
「ハッハッハッ! 王国の腰抜けなど所詮この程度よ! 我々ノルディンは力を増すぞ! いつの日か、王国を討ち破り我々の国を築くのだ!」
湧き上がるノルディンの戦士達。調子に乗りやすい神の子であったが、実際に時が経てばノルディンが王国を滅ぼすのは不可能ではないだろう。今や王国にとってノルディンは島の田舎者共ではなく、無視できない脅威の一つとなっているのだから。
「神の子よ! 王国より伝令が来ました! 殺しますか!?」
集会場に飛び込み、開口一番に物騒な事を口走ったのは白い毛皮の男、マルバであった。酒を飲んでいたノルディン達が立ち上がり、殺気が溢れ出す。
「通せ。傷一つなくな」
が、それは神の子の一声によって治る。席につき直したノルディン達は、口に杯を運びながらも集会場の入り口を注視して……入ってきた男を見て落胆のため息をついた。ノルディンの住処へ送り込まれるのだからそれなりの戦士だと思っていたのに、現れた男の非力さを見て一気に興味を失ったのだ。
伝令の男はビクビクと震えながら集会場に入り、辺りを見回した。そうして吃りながらも、ようやく言葉を絞り出した。
「……ヴ、ヴァルハラ殿はおいでか……?」
その言葉に、ノルディン達は首を傾げた。伝令の男に近い席に座っていた1人が杯を傾けながら言う。
「ヴァルハラってのは俺らが戦って死んだら行く世界の名前だ。そんな名前の戦士はいねえよ」
「へっ? ヴァ、ヴァルハラというのは神の子の名前ではなかったのですか……?」
「違えよ。神の子ならそこにいるお人だ」
男が目線で示すと、神の子が伝令の男の前まで歩み寄る。伝令は神の子の様相が聞いていた話よりも随分小柄である事に拍子抜けしながらも、口を開く。
「わっ、私が来たのは他でもない。ハイリヒ王国が国王、エリヒド=ハイリヒ様より仰せつかった言葉を伝える為である……! まず、王はノルディン達との同盟を望まれた……!」
戦士達の間にどよめきが伝わる。
「あの傲慢な王国が俺たちと同盟だと?」
「罠に決まってる。油断させておいてここを攻めるつもりよ」
「そもそもその伝令が本当に王国から来たかも怪しいだろ。やっぱり殺して吊るすか?」
ノルディン達が口々に物騒なセリフを口走るが、神の子が手で諫める。
「して、条件と見返りは?」
「きっ、来たる魔人との戦争に王国側として参加することと占拠した町を返還することです! 見返りは戦力に見合う分の金や食糧、そして王国内のダンジョンの探索許可ですっ!」
「おお! 魔人と戦争するのか!」
「あの糞どもの顔面に斧を叩き込めるわけだ!」
「ダンジョンってのは確か魔物がいるとこだろ? 深く行けば行くほど強い奴らが出てくるらしいぜ」
「おお! 最高じゃねえか!」
湧き立つノルディン達。亜人族も多いこの民族にとっては、人間よりも亜人への差別意識が強い魔人族は憎悪の的である。人間と魔人との戦はここ最近治っていた為にその憎悪を持て余していたが、目の前に魔人と戦える好機が転がっているのならば是非もないだろう。その上潜れば潜るほど強敵と戦えるダンジョンにも入れる。略奪した町を手放すことなど問題もならないほどに。
「いい話だな……よし、受けてやろう! 喜べ戦士達よ! 次の敵は腰抜けの人間ではなく憎き魔人共だ! 戦いに備えて腕と斧を磨け!」
戦いへの興奮がノルディン達を包み、感情のままに叫ばせた。腹の底まで響く叫び声の中で、伝令の男はオズオズと手をあげる。
「あっ、あのう……」
「なんだ?」
「か、神の子殿に名はないのでしょうか……?」
「ああ、俺の名前か……考えてなかったな……ああ、これがいいな」
神の子は顎に手を当て、しばらく考えた後に顔を上げ、こう名乗った。
ラグナル・ロズブローグ、と。
「で、ではロズブローグ殿! 私は早く帰って国王へ報告を……」
「まあ待て、伝令よ」
ラグナルが手で制すと共に、ローマンがガッシリと伝令の男を捕まえ、無理やり円卓につかせる。
「ビールはお好きかね?」
「へっ、ひっ、人並みには……」
「ようし! 樽持ってこい! 同盟結束の祝いだ!」
酔い潰れた伝令の男が大陸へ帰れたのは、2日後の夜のことだったとか。
王国。
同盟を飲んだノルディン達、そしてノルディンの指導者であるラグナル・ロズブローグが今日国王への謁見に訪れる予定であり、城内は緊張に包まれていた。
騎士は十全な装備で城の内外を警備し、国王以外王族や使用人たちは、僅かを残して部屋に籠っている。何しろ、北東の蛮族たちがこの城を訪れるのだ。本来ならばこの城を汚す行為であり許されることではないが、蛮族たちの武力と城の品位を天秤にかけた結果、武力の方に傾いたようだ。
騎士団長メルドは玉座の間にてノルディンを待つ最中、一握りの恐怖を感じていた。あの恐ろしい狂戦士達が再び目の前に現れるのだから無理もない。
兵士の報告や噂話などでノルディンの恐ろしさを知る他の騎士達も、緊張の面持ちだ。
「ノルディンが到着しました」
1人の騎士が玉座の間で跪き、王に蛮族の到着を伝えた。彼は通せと答えると玉座に頬杖をつき、扉を見つめる。緊張の中、3人の戦士が扉を潜る。1人は赤い革鎧のローマン、1人は白い毛皮のマルバ、そして1人は小柄な男、ラグナル・ロズブローグ。
戦闘時は仮面と兜で隠されていたラグナルのその顔が、予想よりも遥かに幼いものであったことにメルドは驚きを覚えた。
3人はそのまま歩みを進めた。そして玉座の直近で止まり、跪くことなく王をジッと見据えていた。
「良くぞ参った。ノルディンの戦士達よ」
静寂を破ったのは王だ。
本来ならば国王を前にして跪かない事を咎める場面であるが、3人の戦士の重圧で騎士達は口を挟むことができなかった。
「此度の同盟の話、感謝している」
「ああ、強い奴と戦えるからな」
「しかも食糧も頂けるとは、素晴らしい待遇です」
ラグナル、ローマン、マルバの順だ。ラグナルは国王を前にしても敬語を使わないローマンに若干呆れながらも、次の言葉を続ける。
「魔人共との戦いに力添えが欲しいとの事でしたな?」
「左様。王国も力を蓄えてはいるが、魔人との戦争には重大な被害が伴う。無論、我々にも考えはあるが、ノルディンの戦士達の力を借りたいのだ」
「お任せください。我々の同胞には亜人族の者も多い。つまり魔人族への憎悪も人間以上に大きいのです。奴らが相手となれば、我々も喜んで刃を振るいましょうぞ」
「感謝する……さて、親交の証として食事を用意してあるのだ。良ければ食べていくといい。案内をさせよう」
「はい。ありがとうございます」
3人の戦士は最後まで跪くことなく、威圧感を放ちながら玉座の間を去って行った。メルドや他の騎士達にドッと疲れが押し寄せる。この中で直接ノルディンと戦った経験があるのはメルドだけであったが、他の者もノルディンの恐ろしさを思い知ってしまった。
しかし、同盟となればその恐ろしさも心強さに変わるものだ。加えて、王国には異世界より勇者達を召喚する手筈も整いつつある。
今玉座の間にいる誰もが、今度の魔人族との戦争は少しばかり有利になるだろうと予感していた。