防人の4人と1人の巫女が加わり、勇者部の戦力は最初よりは増していた。聞いた話によると私たちが合流する前の戦いではさらに10人の勇者と2人の巫女がともに戦ってたというが、全員を呼び戻すのは時間がかかるらしい。つまりそれまでは今の人数でなんとかするしかないようだ。一応神樹様の中の世界であるとはいえ時間だとか、日にちだとかの概念はあるらしい、私がこの世界に来た頃はまだ涼しかったはずなのに、もう雨の季節である。雨は嫌いではないのだが、どうも湿気が好きになれない。幸いにも讃州中の教室には空調設備が整っており、快適ではある。
「毎日雨ばっかりだと外の活動はできないねー。」
友奈が残念そうに呟いた。今日は特に依頼もなく、自由解散ということになったのだが誰一人とまだこの部室を出ていない。
「こうも雨が続くと洗濯物が生乾きになって困るのよねぇ…。」
「分かるわ、風。部屋で木刀振るわけにもいかないから筋トレしかできないのよね。」
「夏凜はもっと雨の日の活かし方を考えるべきじゃないかしら。」
「なによ芽吹。」
部室の机で何か作業をしていた彼女は手を止めて夏凜のほうへその何かを置いた。
「切り絵ですか?芽吹さん。」
「そうよ、樹ちゃん。」
私を含め数人がその切り絵を覗き、各々歓声を上げている。繊細に切り込まれたそれは美術館に飾られているような作品であった。
「切り絵かぁ…普通の絵ならにっちゃんうまいんだけどなぁ…。」
涼の奴がぼそっとつぶやいたせいで一気に私のほうへ視線が集まる。
「すず!何言ってるの、私は別に…。」
「描いてみてよ結ちゃん!私結ちゃんの描いた絵を見てみたい!」
友奈のまっすぐな視線とどこからか感じる鋭い視線を向けられては引くに引けなくなっていた。
「簡単な絵でいいなら…。えっと楠さんそこの紙とペンを取ってもらっていいですか?」
「ええ、これね。」
私はなんでもいいだろうと思ってふと目に入ったサンチョと呼ばれているぬいぐるみを簡単に描いてみた。3分ほどのデッサンだ。特段気合を入れていたわけではない。
「結、かなり上手いじゃない…!」
「かわいい!」
「どれどれ…、お!これは以外!結!部活のポスターの絵、頼んでもいいかしら!」
みんな口々に私の絵を褒めてくれている。
「ね!にっちゃん絵上手いでしょ!」
「別に私は…。」
「謙遜することはないんじゃないでしょうか。」
「東郷さんまで…。」
いつしか部室にいた全員が私の描いた絵に集まっている。どこか恥ずかしい反面、うれしかった。
「やっぱ言ってよかったでしょ?」
帰り道、涼はそんなことを言っている。
「そうだけど…。」
「だけど?」
「いや、なんでもない。」
まだあの気恥ずかしさで赤くなった顔は平静を取り戻していない。加えてここで反論すれば自分の気持ちに嘘をつくことにはなる。そんな私を見て涼はまた笑うのであった。
しかし…
「どうしたの?」
涼が急に足を止めた。表情も先ほどと打って変わって笑ってなどいない。
「来るよ…。」
あの時と同じ表情だ。あの樹海で見せた表情。
「来るってまさか!」
「うん、離反神が。」
私達のスマホがけたたましい警告音を発した。
「やっぱり樹海化警報か…。」
取り出したスマホには赤と黒の帯に“樹海化警報”の文字。周りの鳥や草木、風までもがその動きを止め、光の壁が迫ってくる。光によるくらみが無くなった時には辺りは植物の根のようなものに覆われ、空は橙に染まっている。黄昏の樹海…。前回はわけもわからないままバーテックスを倒して涼が離反神の核を打ち破った場所…。
「他の人たちと合流しないと。」
「うん。」
スマホに表示された情報をたどって合流できたのは楠さんたちだった。
「結、それに涼も。これが黄昏の樹海ってことね。」
「いつもと違って怖いよぉ。」
「泣き言いわないの、雀。」
「そうですわ、離反神だろうとこの弥勒夕見子が、」
「弥勒だけじゃ無理だと思う。」
「なんですの!しずくさん!」
「そうですよ弥勒先輩、みんなで力を合わせるんです!」
「え…亜耶ちゃんも樹海に…?」
驚くのも無理はないだろう。普通巫女は樹海に転移させられるはずがないからだ。
「そうなんです、黄昏の樹海だけは巫女も一緒に飛ばされてくるみたいで…。」
「そういうことなのね、ということはバーテックスから涼や亜耶ちゃんを護らないと…。」
「護るならまかせて。」
遠くから向かってくる影が見えた。周辺に他の勇者も巫女もいない。戦うしかないようだ。
「防人隊!それと結!行くわよ!」
それぞれはスマホのアプリを立ち上げて表示されたマークを押す。体が光に包まれて私は勇者装束に変身した。しかし他の4人は誰一人変身できていない。
「どういうこと…アプリが拒否!?」
「こっちもだめだよぉっ!」
「どういうことですの!?」
「私もだめ…。」
変身できない?じゃあどうして私はできてるのだろうか。
「では問題です。にっちゃんだけ変身できたのはなぜ?」
「涼、私たちは増援で呼ばれたの、邪魔をしに来たんじゃない。」
「お、それ正解!」
「え?」
「どういうことなの、涼。」
「つまり造反神との戦いに私たちは参加してないからだよ。だから離反神にはにっちゃんの勇者システムのデータがない、つまり変身を拒否させることができないってこと。」
ということは私と涼は神樹様にとっては切り札だったということか。
「楠さん達は巫女の2人を頼みます。バーテックスはなんとかします!」
「ええ。」
私は凪鎌を呼び出した。前よりも凪鎌が重く感じたのは気のせいだろうか。自分の手に涼だけでなく防人組5人の命がかかっていることを意識すればするほど凪鎌は重く感じた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
叫び声で自分を奮い立たせて大地を蹴る。過去2回の戦闘は誰かが隣にいたが今は誰も隣にいない。独で戦うことがこれほど心細いとは思わなかった。それでも私はバーテックスに立ち向かう。他の合流できていないみんなはどうしようか、防人が変身できていないことを考えると今勇者としてバーテックスと戦えるのは私だけ…。今ここに見える星屑だけでも倒せるかどうか、正直自信はない。一つ、また一つと丁寧に数を削っていく。
「これで…ラスト!」
星屑の一団はなんとか退けることができた。しかし思いのほか体力を消耗してしまっている。
「ありがとう結。変身できないのがここまで悔しいなんて…。」
楠さんは肩を落している。他の防人達の表情にも戦うことができないもどかしさが現れていた。
「今度戦う時は手を貸してください。今は私が頑張りますから!」
「そうね。」
「今はメブよりも結ちゃんが頼りだよぉ~。」
「何。スズメ。」
「いや、なんでもないです。この加賀城雀、芽吹様にお仕えを!」
「確かに今はまったくもって無力には変わりないんだけれどもね。」
「ところでみなさん。風さん達も一応別の場所で集まっているようですがどうしましょう。」
そうだ、私しか変身できていないとすれば風さんや友奈達は誰一人バーテックスに立ち向かえない。一刻を争うんじゃないだろうか。
「急ぎましょう!」
とは言ったものの変身していないと移動速度は大きく下がってしまっている。私だけならすぐに跳んでいけるが防人達を置いていくと彼女らを危険に晒してしまうことになるからだ。
「遠くで何か爆発しませんでしたか?」
何かが風さん達の場所で起きていることに気が付いたのは亜耶ちゃんだった。
「結、先に行って。犬吠埼さんたちが襲われているとすればあなたが必要よ。」
「分かりました楠さん。行きます!」
私は地面を蹴った。十数分歩いてきた距離を一瞬で通過し、スマホに表示されている風さん達がいると思われる場所を捉える。
「戦っている…!?」
造反神との戦いに参加した勇者は変身できないはずなのに戦っている勇者が3人。よく見ると防人のような装備を身にまとっており、銃剣と盾を繰って戦っている。私と同じ援軍ということだろうか。
「大丈夫ですか!」
「お、変身できた勇者がまだいたとは、話は向こうに避難してる彼女達から聞いたよ。」
「よかった。今の状況を伝えてきます。」
「ここは3人で間に合わせるから、行っておいで!」
3人の勇者に背をあずけて私は風さん達のもとへ向かった。
「結!あんたは変身できてるの!?」
6人ともけがなく隠れることができていたようだ。
「よかった。みんな無事みたいで。」
「そうだけども私たち変身が拒否されちゃって…。」
「造反神との戦いに参加した勇者は離反神にシステムに干渉を受けて変身できないみたいです。今戦えるのは私とあの3人の勇者だけみたいです。」
「なるほどね…。あの3人も増援ということね。」
「芽吹ちゃんたちは?芽吹ちゃんたちは無事なの?」
友奈は自分達の心配よりも楠さん達の心配をしていた。
「ええ、さっきまで一緒にいたから。じゃあ私はあの3人と離反神を倒してきます。」
「わかったわ、でもけがだけはしないこと。部長命令よ。」
これで全員の安全と今戦える仲間がわかった。あと問題はどうやって離反神を倒すかだ。
「戻りました。」
「はやいな。だがこの襲撃はどうやったら止められるんだ?」
「核があるはずなんですが…。」
「核ってあの遠くに見える奴のことじゃないか?」
遠くで星屑を捌いていた少女が指を指す。その先には1回目の時に見た逆四角錐の物体が浮遊していた。
「あれです。あれが核です!」
核は見えたが星屑が多くて巫女を護りながらたどり着くのは難しいだろう。
「あの場所でどうすればいいんだ。たたき割るか?」
「いえ、巫女が封印します。」
「ということは1人を護る必要があるな。ならば行こう。」
「ちょっと耐えててください。連れてきます」
私は楠さん達の場所へと戻った。
「涼!核を見つけた。そこまで行くよ!」
「結、風さん達は大丈夫だったの?」
「大丈夫、それと防人みたいな増援の勇者が来てくれたから!」
私はすぐに涼を抱えて大地を蹴った。
「早い、早いって!」
「我慢しなさい。」
「にっちゃんの鬼!」
私たちは3人の勇者と合流した。
「よし来たね。まっすぐ核に向かって跳んで、降りかかる火の粉は私たちで振り払う。」
「あの数ですよ、そんなことできるんですか?」
「やってみせる。」
彼女らの強さがどれくらいか分からない以上は賭けだった。しかしこれ以外の回答もあるわけではない。私は涼をしっかりと抱え大地を蹴った。
すぐに大量の星屑が降りかかる。それでも1匹たりとも私たちに到達できるものはない。1人が遠距離からの狙撃で数を減らし、残りの2人が的確に迎撃している。
「よし取りついた!」
「涼、たのんだ!」
「うん。」
涼が逆四角錐の物体に手をかざすと物体が光に包まれる。それを妨害しようとせんばかりに星屑が降り注いだ。
「イユキ!構えて!」
「おうよ!」
2人は銃剣を盾に持ち替えてそのすべてを受け止めている。私はその合間から薙鎌を突き出して少しでも数を減らす。
「よし!」
涼の声とともに四角錐は消滅し、辺りに押し寄せるバーテックスもまた花びらとなって消えた。
「なんとか勝てた…。」
次に気が付いた時には讃州中学の屋上に居た。
「結!やったのね!」
「私だけじゃないです。えっと…」
辺りを見回してあの3人を探す。顔はバイザーで見えなかったが私たちとも防人とも讃州中とも違う制服を着ているはずだ。
「さっき一緒に戦ってくれた人達ですか…?」
私は初めて見る制服の少女に話しかけてみた。
「あなたはさっきの…ところでここはどこなの?私たちは今治にいたはずなんだけれど…」
「愛媛県!?ここは香川県の讃州市なんだけれども…。」
「讃州市?どういうことなの?」
私は現状を彼女たちに伝える。その中で彼女たちの名前も分かった。3人はそれぞれ
神世紀の270年で今治市といえばあの来島海峡大橋崩落事故だが…まさかね。
夕日が差し、梅雨の空は少しづつ夏へと向かっていた。