真・恋姫†夢想 三国志的中華飯伝 ~特級厨師流琉~   作:פסטה

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典韋vs程立(前編)

「私と料理戦、してくれませんか」

 

流琉の口が動いたのと自分がいま何を言ったのかを理解したのはほぼ同時であった。

 

先程まで飴ちゃん一つで程立の掌の上で踊らされていた一刀は、突然の流琉の宣戦布告に、文字通り他人の掌の上で踊りなど踊っている場合ではないといった具合で問い質す。

 

「流琉、いきなり料理戦って本気かよ」

 

「私は本気です!」

 

 

(わ、私なに言ってるんですか!勢いまかせにとんでもないことに・・・)

 

仮にも一人の料理人たる流琉は、その動揺など絶対に程立に悟られまいと表情には出さなかったが、奇しくも今回は相手が悪かったか、程立は流琉自身ですら理解できていない事の真意に気が付いたようで、微笑ましいかなとでも言うかのようなにこやかな笑顔を流琉に向ける。

 

「乙女の恋路は譲れねぇってか、典韋ちゃん」

 

「こらこらホウケイ、そこは言わぬが花というものですよ」

 

「ち、違いますよ程立さん!」

 

ホウケイもとい程立の一人芝居にもいい加減慣れた流琉は、ホウケイ自体にはもう何も言わず、必死に程立の推測を否定した。

 

が、傍から見ればこの時、自分の顔が赤面しており、その慌てっぷりだけでも既に程立の言い分を肯定してしまっているということは、当方の流琉には知る由もなかった。

 

「すまん、なんで乙女がなんたらって話になってるんだ?」

 

「なんでもありません!!!」

 

無論、これまでの人生で女性との交際経験もなく、女と言えば真っ先に思い浮かぶのは同じ剣道部の女学生が気合の入った甲高い声と共に道場で竹刀を打ち合う姿くらいの一刀には、乙女の会話などに耳をそばたて内容を案じる機敏さなど持ち合わせているはずもなく、すっかり置いてけぼりであったが、かといってその会話に入ろうともいかないので、一刀にできることと言えば話の本筋を元に戻すくらいが限界だった。

 

「あのぉ、とりあえず典韋ちゃんからの料理戦の申し入れは受けましょう」

 

「お兄さんはこの料理戦の立会人と結果の証人になってもらいましょう。ここで料理をするなら風たち以外に見物人はいませんし、ましてや認定協会の人もいませんからね」

 

「じゃあ今回は流琉と程立さんの1対1ってことでいいんだな」

 

「はい、兄様は何も手伝っちゃだめですよ」

 

「それじゃあ流琉、頑張れよ」

 

「・・・はい!」

 

こうして流琉は、実力未知の程立との料理戦、もとい無自覚にも負けられない女の闘いに挑むのであった。

 

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今回の料理戦は以下のように取り決められた。

 

流琉と程立の一騎打ちで一品勝負。

調理の制限時間は一刻半。

料理題目は一刀のその場で思いつきで「かに玉」に決定。

材料は料理戦開始までに各々仕入れることとした。

味見と判定は一刀が行う。ただし、通例では審査員は調理過程は見ないことになっているが、今回は一刀が料理人見習いである点を考慮して、今後の成長のために二人の調理過程を好きに見てよいことになった。

特級厨師の認定協会への結果の通達は地方役人でもある程立が行うこととし、その結果の信憑性を、審査員と見物人を兼ねた一刀が保証するという段取りだ。

 

 

 

 

 

 

 

「兄様は芙蓉蟹が好きなんですか?」

 

「その『芙蓉蟹』ってなんだ、流琉」

 

「もう兄様ったら、兄様の言っていた『かに玉』のことですよ、大陸の言葉では芙蓉蟹っていうんです」

 

「へぇ、だから最初にかに玉って言っても通じなかったんだな。しかも天津飯もないみたいだし」

 

料理戦の打ち合わせの時にかに玉を提案した一刀であったがなぜか懇切丁寧に説明しなければ伝わらなかったのは、ひとつに大陸ではカニ玉という料理名は存在しないということ、ふたつに天津飯が日本発祥だと言うことを知らなかった一刀が、説明の例えに天津飯を引き合いに出してしまったことに起因していた。

 

「お兄さんに典韋さん、そろそろ準備はいいですかー」

 

料理戦の直前にもかかわらず程立はいつもの緩い雰囲気と口調をそのままに、準備していた食材を厨房へ広げはじめた。

 

「こっちはいつでも。流琉は?」

 

「はい、問題ありません」

 

流琉も程立の家にある厨房に食材をせっせと準備していた。

もちろん程立と同じ厨房は使えないので、程立が昔、修行用にと作った別屋根の厨房を借りることとなった。

 

「それでは双方の準備が整ったみたいだ。これから料理戦を始める」

 

程立と流琉からの提案により、せっかくの機会だから料理戦の取り仕切りもやってみろと助言を受けた一刀は、先の料理戦の呉懿さんに倣って進行を務めた。

 

 

暫しの沈黙ののち、

 

 

 

 

「それでは、はじめ!」

 

 

 

 

 

瞬間、このまま涅槃に至るのかというほどに微動だにせず一点を見つめていた流琉とと程立の双方が一斉に調理を始めた。

 

まず一刀は流琉の厨房を観察することにした。

 

芙蓉蟹は大まかに料理の構成を分類すると、玉子、具材、そして餡の3つに分けられる。

 

流琉は玉子には鶏卵2つ、具材は欠かせない蟹のほか、長葱、椎茸が並んでいた。そして餡に使うであろう調味料は塩、胡椒、醤油、だし汁、砂糖、調理酒、胡麻油、とろみをつける葛粉だ。

 

「流琉、順調?」

 

「わっ兄様、気づきませんでした。いまのところは順調ですよ」

 

先の料理戦で厨房に漂う緊張感を知っている一刀は流琉に話しかけていいものか迷っていたが、いざ話しかけてみると自分が見学に来たことも気づかないほどの集中力を発揮していたらしく、実際調理は順調なようで安心する。

 

「俺が学べそうなところ、何かないかな」

 

「そうですね、うーん。例えば蟹の調理ですかね、見ててください」

 

何か少しでも知見を広めようと流琉の調理を見守る一刀。

 

今の工程は蟹を茹でるところだ。

 

流琉が蟹を鍋に入れた瞬間、流琉は火力を一気に引き上げた。そして茹で上がるとすかさず蟹を冷水に浸して保存していた。

 

「これは、」

 

「はい、蟹の茹で方の最大のコツはお湯の温度と冷水〆です。蟹を鍋に入れた瞬間、お湯の温度は当然少し下がりますよね。これが良くなくて、できるだけ一定の高温で茹で続けることが理想です。そうして茹で上がった蟹を冷水で〆れば蟹独特の食感と旨味を最大限に引き出せるんです」

 

すごいなと思った。

 

呉懿さんから程立との面会を進められた後、ひと月ほど流琉と修行していたわけだが、確かに一刀は流琉からたくさんの技術を取り入れようと努力していた。

 

しかし、こうして今も流琉の調理を見れば、未だ自分の知らなかった技術を流琉はたくさん知っているんだと知り、改めて一刀の中での流琉の尊敬をより大きなものにした。

 

「あれだけ鍛錬を積んだんだ。頑張れ、流琉」

 

「はい!まかせてください」

 

程立のところへ向かうため、いったん流琉のもとをはなれる。

 

一刀の応援の声はたしかに流琉に届いていたように思われる。

 

 

 

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「おやおやお兄さん、見学の時間ですかー」

 

「ああ、何か少しでも学べればいいなと思って」

 

と言いつつ程立の厨房を見ると、一刀は即座に流琉との決定的な違いに気が付いた。

 

食材だ。

 

程立は玉子に鶏卵ではなく鶉の卵が4つ。餡には塩、砂糖、胡椒、調理酒、胡麻油、葛粉とここまでは流琉と同じだが、加えて現在進行形で鍋には大量の生姜とともに鶏ガラのスープを煮立てていた。

そして具材だが、流琉は蟹、長葱、椎茸であったのに対し、程立は蟹、長葱、ハトムギだ。

 

「やっぱり典韋ちゃんとは食材がすこーし違いますか?」

 

「ああ、よく分かりましたね。これはどういう意図が?」

 

「簡単なことです」

 

いつもの飄々とした物言いと仕草はたとえ調理中であってもそのままに、程立は自らの計らんとする策略を話し始めた。

 

「『食べた人が幸せになれる』、これが料理のすべてなのです」

 

「なんかものすごい哲学的な話ですね」

 

 

 

「・・・いやぁ、この話は典韋ちゃんとも一緒に3人でお話しした方がいいかもしれませんね」

 

「?」

 

程立のあまりに抽象的な解説も途中でお開きとなり、『食べた人が幸せになれる』という言葉だけが一刀の中に残った。

 

その後も一刀は流琉と程立のふたりの厨房を見回った。

 

それから一刻も経たずして、双方の芙蓉蟹が完成し、一刀の目の前に配膳された。

 

 

 

 

「それでは双方の料理が完成したので実食に移ります」

 

一刀による、初めての料理戦の実食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『食べた人が幸せになれる』、これが料理のすべてなのです」

 

 

 

 

程立の真意に気が付いたのはその直後、一刀が二人のかに玉を実食した時であった。




こんにちは、ぱすたです。
今月わずか2回目の更新となってしまいました。
旅行に行ったりエロゲしてたりと、執筆以外の趣味に引っ張られてしまいました(汗

さて、程立の伝えたかった料理の意図とは何だったのでしょうか。
後編に続きます。

ではまたm(__)m

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